「悪い。待たせたな」
「ううん。今来たばかりだから大丈夫」
友希那がヴァンガードに触れた翌日。先日と同じく、貴之ら三人は遠導家の前で集合していた。
玄関のドアを開ければ既に二人がいたので、貴之が軽く詫びればリサからフォローが飛んできた。
「さて、全員揃ったのだから行きましょう」
「ああ……って、ちょっと待った」
友希那の促しに頷いた貴之だが、リサの右手を見て思わず制止の声を掛けてしまう。
突然の制止に二人が首を傾げるのは無理もないだろう。友希那の場合はリサの真横にいるから気が付けないし、リサ本人は知っていてもバレるまでは心配させたくないと隠すだろう。
だからなのだろうか。貴之はその変化を言わずにはいられなかった。
「リサの右手って……そんなに荒れてたっけ?」
「……?少し見せて……!」
「えっ?ああ、ちょっと……!」
貴之の指摘するような声を聞いた友希那が、半ば強引にリサの右手を取って注視する。
昨日まで付けていたネイルは剥がされていて、何かを必死にやっていたような形跡が伺える荒れ具合だった。
思い当たるものは一つだけあるが、それは本人が自分の目の前で辞めると宣言したものだった。しかし、それ以外ではこれ程の荒れ具合など起こりようも無く、推測できるものは一つだけになった。
「まさかだけど……リサ、あなたベースを?」
「うん……。二人が頑張ってるのを見て、アタシももう一度やってみたくなったんだ……」
「(こりゃ予想外だな……。友希那の曲を作るヒント探しを手伝ってた筈だが、一人のやる気に火を付けることになるなんてな……)」
友希那の予想は当たっており、バレた以上リサは胸の内を隠さず伝える。
リサの告げたことを聞いた友希那は少し嬉しくなり、貴之は心の中で驚く。流石に全く別のことで影響を与えるとは思ってもみなかったからだ。
「えっと……友希那。無理にとは言わないけど、そっちが良ければアタシをメンバーに入れてもらってもいいかな?アタシもFWFに出たいんだ」
「……!」
恐らくリサは自分と出たいと言う思いがあるだろう。しかしそれでも、メンバーを集めるのが困難な中、自分から名乗り出てくれるのはありがたいことで、友希那は思わず硬直してしまった。
とは言っても、友希那には父親の音楽を認めさせると言う目的がある以上、無条件にと言うわけにもいかないのが気難しいところだった。
「構わないわ。それ相応の実力を取り戻せれば……だけれどね」
「あっ!言ったな~?絶対に取り戻すから、ちゃんと見ててよね?」
友希那が自信を持った笑みで伝えると、リサも
そうして友希那に言い返したリサは、礼を伝えるべく貴之の方へ向き直る。
「貴之、昨日は連れていってくれてありがとう。もしかしたらアタシ、ベースをまた始めることなんて無かったかも知れないから……」
「なんてことは無い……誰かのためになれたならそれで十分だ。ベース、頑張れよ?」
「……うん!」
リサから礼を言われた貴之は、他人が前に進める切っ掛けを作れたことを嬉しく思った。
そして、貴之の問いかけるような声に、リサは笑みを見せて力強く頷いた。
その後少しの間その場で談笑していたが、貴之の携帯電話に小百合からCordのチャットで『学校大丈夫?』と言う文が飛んできたので、もうそろそろ危ない時間となっていたことに気が付いた三人は少々慌ただしい登校を始めた。
* * *
学校に着いた後は問題の無い態度で授業を受け、放課後を告げるチャイム音と同時にクラスの全員が立ち上がる。
「お前ら、今日は予定あるんだっけ?」
「うん。あたしはバイトで……」
「俺は別の身内に呼ばれてるから、集まるのはまた今度だな」
俊哉が予定を確認すると、玲奈と大介の二人がそれぞれ肯定する。
予定があるならそれはそれで仕方ないので、とやかく言うことは無かった。
「遅れるわけにはいかないし、あたしはそろそろ行くよ。じゃあね~」
「俺も時間来てるしそろそろ行くか……じゃあな」
「おう。また明日」
「気を付けて行けよー」
二人が先に教室を後にするので、貴之と俊哉は軽く手を振りながらそれを見送る。
「貴之、ライブハウスに行かないか?」
「行かせてもらうよ。友希那に誘われてたんだ」
俊哉の誘いに貴之は頷く。実は昼休みの間にCordで『ライブハウスに来れる時間はあるかしら?よければ五年間の成果を見せたいの』とチャットが入ってきており、貴之は『それなら是非行かせてもらうよ』と返していた。
とんとん拍子で話しが決まった二人は、善は急げと言わんばかりに早速教室から移動を始めた。
「リサがまたベースを始めたって……それマジか?」
「ああ。今日の朝……俺がリサの右手が荒れてるのに気づいて、それ見た友希那が聞いたら肯定で返した」
「そんなことがあったのか……」
話しながらライブハウスに向かう途中、今日の朝に判明したことを話した。
事情を知っていた俊哉はまさかそうなっているとは思ってもいなかったので、思わず問い返したところ、貴之が詳細を簡潔に話してくれたからもう認めるしかなかった。
「リサをベースの道に戻すきっかけをやるなんてな……流石は
「おいよせ……それは買い被り過ぎだろ」
俊哉が称賛をすると、貴之は困ったような笑みを見せながら返した。
『俺たちの先導者』というのは、俊哉や玲奈、その他多くの友人をヴァンガードの道へ導いたことから、俊哉がごくたまに貴之をそう呼んでいた。
貴之自身にそんなつもりが無かったので、前にここにいた間は今一実感が沸かないものだった。
「だけど、俺が誰かの力になれたなら……それは少し嬉しいかな」
「お前がそう思えてるなら、俺としても嬉しいよ」
しかし、再び戻って来て、最も身近な人の一人であったリサにそのきっかけを与えられたとなれば、そう呼ばれるのも納得できたし、そんな貴之の胸の内を聞いた俊哉も、満足そうに頷く。
離れている間の五年間も何人かをヴァンガードの道へと導き、先導者だと見られることはあったが、貴之にとってはどんな時でも、夢中になれるものを探そうとするきっかけをくれた友希那が先導者だった。
今はまだ答えないでいるが、もし友希那に先導者と言われた時は堂々と伝えようと思っていた。
「まあこう言った話しはまた今度として……ライブのメンバー探しのことで、もしかしたら友希那にもう一つ朗報ができるかもしれないぜ?女子高生の中で一人、滅茶苦茶ギター上手いやつが同じ場所に来るんだよ」
「そりゃ本当か?リサに続いてその人もとなれば、友希那も喜ぶだろうな」
俊哉は友希那が知れば自分から誘う可能性を見込める人が一人、同じ場所で参加するという情報を掴んでいた。
友希那がメンバー探しに難行しているのを知っていた貴之は、本当ならば確かに朗報だと頷けた。
「ああ。必要最低限の人数は三人らしいから、リサに続いては入れれば……って、ちょっと待て。どうしてリサがメンバーに入ること前提なんだ?」
「友希那の前で宣言したんだ……それ相応の実力を取り戻して見せるってさ」
「なるほどな……それならお前が前提にした理由も不思議じゃないな」
いたずらな笑みを見せた裏側で、その瞳の奥に映った強い意志は確かに焼き付いている。
――あの状態なら大丈夫だ。朝にリサの様子を見た貴之は、やり遂げてくれると信じていた。
貴之から理由を聞いた俊哉は、それを聞いて納得できた。
「そういや、お前の言ってたギター上手いやつってどんな人なんだ?友希那に朗報ができるってことは、上昇志向強いのは間違い無いだろうし」
「そいつは花女にる子でな……ちょっとお堅いところはあるけど、音楽に対して真剣に取り組む姿は友希那と一緒だし、波長が合わないなんてことは無いと思う」
「なるほど……」
俊哉の言っている『花女』というのは、
話しを聞かせてもらった貴之は、波長が合って上昇志向も備えているなら何ら問題無いだろうと考え、少し危険な要素もあることを思い出した。
それは他ならぬ、友希那の『父親の音楽を認めさせる為に』と言う目的だった。FWFに出て結果を残すこと自体は何も問題無いのだが、その目的が今後築き上げるだろう信頼を一瞬で砕け散らせる爆弾になる可能性が否めないでいる。
「(そうなる前に、友希那が『復讐に似たようなことをするよりも、組んだメンバーと一緒に結果を出したい』と思えるようになってくれればいいが……)」
なまじ約束したことと、目的を知っていて理解できている二点から、恐らく自分は強く言えない可能性がある。自分も共犯者と思われるかもしれない側面があるからだ。
ただそれでも、友希那が話しを持ち掛けてくれれば相談に乗ることはできるので、その時に伝えようとは考えていた。
「貴之……どうした?」
「……ん?ああいや、友希那がその子とチーム組めたらいいなと思ってな……」
「あら?誰が組めたらいいなと思ったのかしら?」
俊哉に呼ばれたことで思考を現実に戻した貴之は、それらしく返す。考えていた内容は違うが、友希那がチームを組めたらいいなと思っているのは本当なので、特に追及はされなかった。
そんな半分嘘で半分本当な貴之の言葉を、聞き覚えのある声が拾ったので、貴之と俊哉の二人がそちらを振り向けば、羽丘の校門を出てきたばかりの友希那がいた。
「今日は二人だけなのね?」
「ああ。残った二人は用事あるから仕方ない」
友希那の問いには俊哉が答える。そもそもヴァンガードのことなど一切関係のない場所に行くので、仮に大丈夫だったとしても無理に連れてくるものではない。
話しを聞いた友希那も、それなら仕方ないと納得する。
「友希那、今日は楽しませてもらうぜ?」
「ええ。期待してくれて構わないわ」
貴之の誘うような笑みに、友希那は自信に満ちた笑みを見せて返した。
友希那自身、昨日見せてもらった貴之のヴァンガード五年間掛けて鍛え上げたヴァンガードの成果を見せてもらってから、自分も五年間の成果だと自身を持って言えるものを見せたいと気合いは十分だった。
「っと……。開始の時間も押しているから、そろそろ行きましょう」
そのまま昨日と同じように空間を作るかと思えば、時間を気にしていた友希那のおかげでそうはならず、促された二人は友希那についていく形で移動を始める。
友希那がすぐに促してくれたので、俊哉は面倒なことにならないで済んだと一人安心する。
「珍しいわね……俊哉がそう言うのなら、期待しても大丈夫そうね」
「前にも何回か見かけたんだが、チームに入っては方針や技術差を理由に抜けてる……もしそれが今も続いてるなら、勧誘するチャンスだと思ってな」
俊哉は貴之が離れた後、ライブを見に行くのが目的で時々ライブハウスに足を運ぶようになっていた。
その過程で上手い人は誰だ等を確認するようにもなっているが、普段は自分が個人的にそう思うだけで、友希那の観点では合わないだろうという人たちだけだったから伝えないでいた。
しかし、今回は友希那に教えても問題無い技量を誇る人がいたので、それを伝えた形になる。
「リサは付いてきそうだと思ったけど……練習しに帰ったか?」
「ええ。私も、『メンバーになるかもしれない人と顔合わせしたいから』……という理由で付いてくると思ったけれど、それは違ったようね」
友希那は下校前に教室を出た直後にリサと鉢合わせしており、その時来るかどうかを聞いたら「一刻も早く追いつきたいから今日は練習しに帰る」と言って、そのまま自分より一足先に帰っていた。
そのことは友希那自身も予想外だったので、貴之に同意の旨を返す。
考えられることとすれば、リサはブランクがある以上『メンバー内で一番下手なのは間違い無くアタシになる!だから頑張らなきゃ!』と言う思いがあったのだろう。そう考えれば意外にもあっさりと納得できた。
「リサがそういったことを諦めてまで練習するのだから、少し楽しみね」
「そうだな……って、珍しいな?友希那がそんな風に言うのは」
「す、少しくらい期待してもいいじゃない。リサもああ言ったのだから……」
笑みを見せながら呟いた友希那の言葉を貴之が拾い、問いかけて見れば、彼女は頬を朱色に染めながら顔を横に向けた。
そんな様子を見た貴之は、素直やらそうじゃないのやらと思いながら「それもそうだな」と返した。
「着いたわ。今日はここでライブをするの」
友希那の言葉で、ライブハウスに辿り着いたことを告げられる。
当日に参加費だけを払えば参加できる場所であったため、中に入った三人は参加費を支払い、会場として使われる部屋に入っていく。
今回は友希那もライブをする側の人間である為、二人とは違って一度控え室に移動して最終確認をしに行った。
その為、今現在は貴之と俊哉の二人で開始待ちの状態となっていた。
「そういや、友希那のいるチームとギター上手い人の順番ってどうなってるんだ?順番連続だったら話しかけに行くの大変じゃないか?」
「これを見てくれ。友希那の順番はギター上手いやつがいるところの次の次……だから、話しかけに行く時間自体はどうにか確保できる」
話しかけるタイミング等を危惧していた貴之が俊哉に確認を取ると、携帯電話を操作してプログラムが載っている画面を見せてくれた。
プログラムを見せてもらった貴之は「それなら大丈夫そうだな」と安堵した。
「途中参加も途中退場も大丈夫だなんて、結構珍しいよな……」
「ああ。後、友希那の歌う番の時は気を付けておけよ?確実に人が増える」
「……容易に想像できちまったよ」
俊哉の念押しを聞いた貴之が頭を抱える。
貴之がいない五年間の間に、『歌姫』とすら呼ばれるようになった友希那の技術は他の人たちと比べて飛び抜けており、彼女の歌の為だけに来るという人も少なくない。
その技術力で人を集められる友希那が凄いのは確かだが、同時に他の人たちは全く興味ないと言わんばかりの反応をされかねないので、少々可哀想だと思えてしまう。
「でも、そういうのが起こるってことは、友希那がそれだけ頑張ったってことなんだよな」
「そういうことだ。お前に見せたくて意気込みもいつも以上……絶対に聴き逃すなよ?」
「……ああ。友希那は俺の成果をその目に焼き付けてくれた……なら、今度は俺の番だ」
友希那の凄さを話しである程度想像できたのが確認できたので、俊哉が貴之に投げかける。
当然聴き逃すつもりなどさらさらない以上、貴之は否定と言う選択肢など初めから捨て去っていた。
* * *
「ありがとうございました」
控え室にて最後の確認を終えた友希那は、礼をしてからその部屋を立ち去る。
今回はソロでライブを行うため、用意した音源が問題無いかを確認していたのだ。
何度か確認をして問題無いのが分かったので、友希那はメンバー探しをするために会場として使われる部屋へと移動を始める。
「(リサはああ言ってくれた……それは嬉しいけれど、大丈夫かしら?最悪は私が帰ってくるまで、必要最低限の時間以外はベースを弾いていそうな気がするわ……)」
その間で、友希那はリサのことを心配していた。
自分が「相応の実力を取り戻せたら」と言い、「絶対に取り戻す」と言ったので、リサは当然ベースの練習をする。別にそれだけなら何ら問題はない。
一つ心配なのがその練習を自分の状態に気がつかないままやりかねないことで、最悪は右手がどうしようもないくらい酷いものになる可能性すらあった。
「(一言だけ……何か言っておけばよかったかしら?)」
友希那は己の配慮不足を悔やんだ。もう間もなく参加チームごとのライブが始まるので、こうなった以上はそうならないことを祈るしかなかった。
そう結論を付けたところで最初に演奏を行うチームの人たちとすれ違い、その内の一人から「歌を楽しみにしてる」と言われたので、「そちらも頑張って」と友希那は返した。
自分には自分のやり方、彼女たちには彼女たちのやり方がある以上そこに口を挟む必要はない。だからこそ、友希那は彼女たちが楽しみながら演奏するならそれは一向に構わない。
「(私もいつか、楽しさを取り戻せる日が来るのかしら……?)」
少しだけ考えて見たが、すぐに考えるのを止めた。
――悩んでいるくらいなら今に集中……FWFを目指す過程で取り戻せたらなら、それでいいじゃない。そう結論付けた友希那は、会場に使われている部屋のドアを開ける。
中に入って周囲を見回すと、俊哉が貴之に今回入ったライブハウスのことで説明している姿が見え、友希那もそちらへ足を運ぶことにした。
「まあ大体こんなところだな……。他に聞きたいことはあるか?」
「いや、十分だ。わざわざありがとうな」
「せっかく親友連れて来たんだからな……。やっぱ楽しんでもらいたいんだ」
丁度一通りの説明が終わったらしく、それを聞いた貴之は礼を言う。
それを聞いた友希那は、自分は楽しむ心を失ってしまっているので、こう言った役目は当分できそうに無いだろうと思った。
取り戻せたらその時だと決めた友希那だが、いつまでも任せてっきりは良くないとも考え始めていた。
「ここにいたのね」
「ああ。前の方にいると移動が大変だからな」
俊哉の理由は最もだと友希那は思った。前の方にいた場合は後々移動する際に面倒なことになる。
彼らが前にいたとしても、友希那は自分の番があるので後ろ側にいることは変わりなかったが、その時はその時だろう。
「……うん、大丈夫だ。もう卒業したからな」
「お前……昨日もやらなかったと思ったら、あの癖消せたんだな……」
俊哉は貴之がここを離れる直後まで、できる場合はドリンクを二種類混ぜ合わせて飲むと言う一種の悪癖があった。
いい加減子供っぽすぎると言うのと、以前玲奈にドン引きされたのがあって、それ以来もうしなくなった。
神妙に頷く俊哉を見た貴之は、呆れ混じりに笑いながら呟いた。最後に見たのが、衝動を抑えようと必死に抑えていた姿だったので、少し不安だったからだ。
「ところで、私とそのギターが上手い人の順番はどうなっているの?」
「友希那の順番はギターが上手い奴の次の次だ。一応、話せる時間はあるかな……」
「そう。それならよかったわ」
俊哉の回答を聞いて一安心する。もしこれで自分がその人の次であろうものなら、最悪話す機会を得られないまま終わる可能性が高かった。
その確認を終えたところで、開始を告げるであろうブザーの音が部屋中に響き渡る。
「……?この音……」
「ええ。今日のライブが始まるわ」
その音を聞いてステージに注目する人たちを見た貴之の様子に気づいて、友希那が肯定する。
友希那の言っている通り、周りの人たちはこれから始まる演奏が楽しみで心を躍らせていた。
「(当然他の人も見るけど、言っていたギターの人はどんなものかしら?)」
それは同時に、友希那がFWF出場の為にメンバーを探す……その時間の幕開けにもなった。
* * *
「(この人たちもダメね……)」
最初の数チームの演奏が終わって、友希那は未だ十分な技量を持つ人が現れないことに落胆する。
エントリーの締め切りまではまだ時間が残っているとは言え、練習などを考えるといい加減誰か一人でも見つけないと厳しい時期になってくる。
どうにかしなければならないのだが、焦っても仕方ないのは確かなので、友希那は気を取り直して次のチームを見ることにした。
「どうだ?楽しめてるか?」
「ああ。間近で聴くとやっぱり違うな。それに、量とか形とかはそれぞれだけど……演奏してる人たちからは頑張ってきたのが伝わってくる」
俊哉の問いに貴之は肯定で返した。
離れている間は遠征を行って多くの人を見てきた貴之は、ある程度までならそれぞれの違いにすぐ気づけるようになっていた。
「(そう。本当なら私にもそう言う見方はできるかもしれない……でも、今暫らくはお預けね)」
音楽の知識を持っていたとしても、実際に目の当たりにしなかったことで素人目の見方しかできない貴之ではあるが、だからこそそういった見方ができたのかもしれないと友希那は思った。
無論貴之のその見方を否定はしないが、今自分がその見方をするのはよくないことも十分に分かっていた。
いつかそれができる日を一瞬だけ思い描き、友希那は思考を現実に戻し、プログラムの順番を確認する。
「あっ、次が例の人みたいね……」
「本当だ。一体どんな人が……」
友希那の呟きを聞いた貴之がプログラムを確認し、ステージの方を見ると、蒼いギターを持っている人の容姿を見て固まった。
「なあ友希那、あの子日菜に似てないか?」
「ええ。以前言っていた、日菜のお姉さんかもしれないわね……」
貴之が思っていたことは友希那も肯定する。
日菜と同じで水色の髪を持っていて、他人を寄せ付けないような雰囲気を持っている少女は、どことなく日菜と似ていた。
ちなみに貴之が何かを感じたのか小声で話しかけて来たので、友希那も小声で答えていた。
「双子なのかもしれないな……。日菜たちは」
「……?お前、そんなとこまでわかるのか?」
「いや、あくまでも憶測だ。俺もそこまで物分かりがいい訳じゃない」
俊哉への問は否定で返す貴之だが、実際は当たっている。
共通点は水色をした髪と若葉のような緑色の瞳が共通点で、差異点はつり目とたれ目、髪を短くしているのか長く伸ばしているのか、天真爛漫な感じがあるのか真面目な雰囲気があるのか等がある。
ちなみに差異点に上げたものの前者は全て日菜、後者はステージに上がってきた少女の方だ。
貴之は日菜と少女の差異点を見つけながら、双子ではないと言っても、自分と姉の方が似てないだろうなと感じていた。
話している間にもメンバーの紹介が終わったようで、演奏開始直前の状態になっていた。
その為三人は一度話しを中断し、ライブを見ることにした。
「「「…………」」」
約一分半と言う短い時間での演奏を行われる中、聞き入っていた三人はそれぞれの視点でライブを見ていた。
この時純粋に楽しんでいたのは俊哉一人で、その人の技術を中心に見ていた友希那と、人の質を中心に見ていた貴之はそれぞれ違った答えを出していた。
「(他の人たちはそうでもないけど、ギターを弾いている彼女は凄いわね……この曲を完璧に弾いて見せてる。俊哉の紹介は当たりのようね)」
友希那の場合はギターを弾く少女の技術を称賛していた。
今までの中で、疑いようも無くトップの技術力を誇っている彼女を見て、俊哉のサーチに心の中で感謝した。
その後も数曲彼女のいるチームは演奏を行うが、最後まで殆ど全てをノーミスで完走して見せた。
他の人たちと比べて圧倒的に高い技術を見て、友希那は彼女を是非ともメンバーに誘いたいと思った。
「(ギターの子から飛び抜けたものを感じるのはいい……ただ、彼女からもう後がないかのような焦燥感を感じさせられるのは何でだ?)」
一方で貴之は、彼女から発せられるものに不安を覚えた。
大抵の人たちは演奏に夢中になっているので気がつかないが、他の人たちとは明らかに纏っている雰囲気が違っている。
どこか一つ間違えれば何らかの大切な部分の糸が切れ、自滅していくのではないかとすら思えていた。
友希那が彼女を誘うならそれはそれでいいのだが、触れ方には気を付ける必要があるだろうと貴之は考えた。
しかし、どう接するか自体は友希那が決めることなので、貴之自身にできるのは、上手く行くように願うことだけだった。
「ありがとうございました」
「
「紗夜……それがあのギターを弾いていた子の名前かしら?」
「ああそうだ。そっちのお眼鏡には合ってたか?」
観客の歓声や拍手が響く中、ギターを弾いていたであろう彼女を呼ぶ声が聞こえる。
それを拾った友希那の呟きに、俊哉は肯定で返しながら確認してみる。これで合わなかったのなら、残るはプロの人を探すくらいしかないだろうとすら俊哉は思っていた。
「合っているどころか予想以上ね。そろそろ向こうへ行かなきゃいけないから、移動するついでに一度話しに行ってみるわ」
友希那が満足そうな笑みを見せて答える。その答えを聞いた俊哉は心底安心した。
また、彼女たちのチームが終わった以上、もうじき順番がくる為、友希那は移動する必要があり、部屋の外に移動を始めるので二人はそれを見送る。
数歩移動してから友希那は貴之の名を呼んで立ち止まり、顔だけ貴之の方に向ける。
「私の全力、その目に焼き付けて貰うわよ」
「勿論そのつもりだ」
友希那の自信を持った笑みを見せながらの言葉に、貴之も笑みを返しながら頷いた。
それを見て満足した友希那は部屋のドアを開けて、スタジオロビーの方へと去っていった。
また、去り際にライブを見るために来ていた女子から「頑張って」と声をかけられた友希那は、「ありがとう。期待に応えて見せるわ」と余裕そうな笑みを見せて返していた。
「俺も何か、こう言った情報に詳しくなるべきなのかな……」
「まあ俺のは楽しむ上で知ろうと思った結果だから、そんなに気にするなよ」
俊哉の詳しさを見て、貴之が考えていたことを吐露すると他ならぬ俊哉にそう言われる。
事前調査をしておくとまた違う楽しさを得られたので、俊哉はそのついでで友希那に見合う人がいるかどうかを探してみただけだった。
「それに……肝心なヴァンガードで成果を出せない方が互いに苦しいだろうから、覚えられたら程度でいいんじゃないか?」
「……それもそうだな。悪いな。こんなことに付き合わせて……」
「まあそれだけお前が友希那を大切に想ってるのが分ったし、それでよしとするかな」
俊哉の念押しで割り切ることができた貴之は一言詫びる。元々こう言った話しがしたくて来たわけではないのだから、これ以上この話題を出すことはない。
そう思った矢先に友希那に対する恋心関係で俊哉が弄って来たので、貴之は「そっちは別にいいだろ……!」と顔を赤くしながら言い返した。
少しした後に次のチームが入ってきたので、二人はまたライブを見ることに集中した。
* * *
「(話して見ると言ったのはいいけれど……どうしようかしら?)」
ロビーに出るや否、友希那は紗夜と呼ばれた少女にどう話そうかで悩んだ。
今現在はチームを組んでいる以上、そのメンバーが彼女の引き抜きにいい顔をしないのは間違い無いだろう。
一番楽になる状況としては、彼女のいるチームには申し訳ないが、紗夜と呼ばれた少女が自らそのチームを一人脱退、或いはチーム自体の解散になる。
と言っても、友希那自身は続けるなら続けるでそちらを尊重するので、あくまでも聞いてみるだけだった。
「……もう無理!あなたとはやっていけない!」
「私は事実を言っているだけよ。今の練習では先がないの。バンド全体の意識を変えないと……」
ダメならその時だと決めてステージ裏に進もうとしたところで、一人の大声が聞こえたので、友希那は思わずそちらへ顔を向ける。
どうやら、先程自分が目を付けた少女と、そのチームメンバーが揉めていたようだ。
話しの一部しか聞けていないので全貌までは解らないが、恐らくは紗夜の方から細かい指摘が入り、我慢の限界が来た少女がそれで声を荒げたのだろう。
「(この流れは止められそうにもない……。彼女を誘いやすくなるのはいいけれど、チームが一つ無くなるのは残念ね……)」
――最も、つい先日……同じようなことをした私が言えたことではないけれど。話しの行く末が予想できた友希那は、彼女らが続かなかったことを悔いながら己を自嘲する。
そうやってせっかく頑張ってきた人たちの道を折ってしまっているのに気付き、罪悪感が込み上げてきた。
「(いけない……!今は気にしている場合じゃないわ。そういうのはその時よ……)」
もし会えたのなら、その時はしっかりと詫びよう。その思いを胸に、思考を切り替える。
その短時間の思考の間にも言い合いは続いており、紗夜からは「パフォーマンスで誤魔化しても、基礎を磨かねば後から出てきたバンドに抜かれる」と言う指摘が入り、彼女に反発した少女からは「いくら何でも度が過ぎている」と言う趣旨の反論があった。
どうやら彼女とメンバー間では相当意見の食い違いがあるらしく、もう一人のメンバーからは「理想はわかるけど、バンドの技術以外に大切なものはないの?」と問われる。
しかし、その問いかけに対して紗夜は――。
「ないわ。そうでなければ……わざわざ時間と労力をかけて集まってバンドなんてやらない」
「……っ!ひどいよ!」
ごくあっさりと。堂々と否定して見せた。
それが相当に堪えたのか、最初に荒げた少女の目尻に涙が浮かんできた。
「私達は確かに、いつかプロを……って、目指して集まった……。でもみんな、仲間なんだよ……?」
「……仲間?」
泣きそうになりながらも、どうにか少女は言葉を紡いだが……それを拾った紗夜の次の言葉が、このチームの存続にトドメを刺すことになる。
「馴れ合いがしたいだけなら、楽器もスタジオも……ライブハウスも要らない。高校生らしく、カラオケかファミレスにでも集まって、騒いでいれば充分でしょう?」
その言葉は、彼女たちの方針を全否定するものと言っても過言では無かった。
移動と話しかけることを同時に行おうとして偶然居合わせた友希那も、紗夜の言葉を聞いて複雑な思いをする。
「(音楽への考え方は私と似ている……。その点は大いに理解できるわ)」
技術が最優先というのは、自分と似ているので方針が合わせやすい。これは非常に嬉しい点だった。
問題はメンバーへの意識の向け方で、これはかなり違っていた。
「(私も……止めてくれる人がいなければ、きっとああなっていたのね……)」
まだそれなりに仲間意識を持っている友希那に対し、紗夜は殆ど持ち合わせていない。
友希那自身も、父の音楽を否定されてから俊哉や玲奈、リサや他ならぬ自分の父親に言われなければ、間違い無くこちらの道を一直線に進んでいただろう。
そう思うと、自分は周りの人には恵まれたのだと思えた。それを確認した友希那は思考を切り替える。一番大事なのは、紗夜のことである。
「(仲間意識のことはこれからいくらでも、どうとでもなる……。私が欲しいのはその技術力よ)」
現在自分だけが一方的に実力を知っている状態なので、今日のライブで見せれば問題無い。そもそも仲間意識に関しては自分も結構危ない節があるから、今は考えない方がいい。
そこまで結論を出した友希那は、話しかけに行くタイミングを伺うことにした。
「……最低……もういい!こんなバンド解散よ!」
「落ち着きなって……私達がバラバラになることはないような。この中で考えが違うのは一人だけ……紗夜、そうだよね?」
先程涙を浮かべていた少女が、それを抑えられなくなってやけになり、傍にいた少女がそれを窘めながら紗夜に問いかける。
それに対して、紗夜は迷うことなく頷いた。
「そうね。私が抜けるから、あなた達はバンドを続けて。その方がお互いの為になると思う。今までありがとう……」
それだけ告げて、紗夜はメンバーを探す為に移動を始める。
解散にあたって無駄な徒労をしたのだろう。思わず盛大なため息をついた。
その後顔を上げれば、目の前に友希那がいたので、場所も気にせずに話していたことに気づいた。
「……!……ごめんなさい。他の人がいたのに気づきませんでした」
「いえ、気にしていないわ。それよりもさっき、あなたがステージで演奏しているのを見たわ」
やってしまったなと思いながら謝る紗夜だが、友希那は気にしていないことだけを告げて本題に入る。
少々鎌をかけるような言い方だが、これによって友希那は紗夜がどれ程の理想を持っているかを測る為だった。
「……そうですか。ラストの曲、アウトロで油断してコードチェンジが遅れてしまいました。拙いものを聴かせてしまって申し訳ありません」
「……!確かにほんの一瞬遅れていた……。でも、殆ど気にならない程度だったわ」
友希那ですら疑問符が出る場所を、紗夜はハッキリとミスだと告げた。恐らくは自分と彼女が反対の立場でもこうなっているだろう。
――あれがミスだと言うなら、相当な理想の高さね……。紗夜の回答を聞いた友希那は、彼女の持っている理想が予想以上であることを嬉しく思った。
この子となら行けるかもしれない。そう思った友希那は更に一歩を踏み出すことにした。
「紗夜って言ったわね?あなたに提案があるの」
提案と言う言葉を聞いて、紗夜は耳を澄ませる。
――私の様子を見ていたのなら、今更あのチームに戻れは無いと思うけれど……。初対面の人に提案があると言われた紗夜は、警戒心を高めていた。
「……私と、バンドを組んで欲しいの」
「…………え?私とあなたで……バンドを?」
予想外のことを頼まれた紗夜は、思わず呆けた声を出してしまった。
彼女がこちらを誘ったのは実力を見てのこと……それは別に構わない。しかし、問題なのは向こうだけが一方的に知っていて、こちらが何も相手の情報を持たないことだ。
「……すみませんが、あなたの実力問題分りませんし、今はお答えできません」
故に現段階では保留と言う回答以外しようがなかった。
「私はこのライブハウスは始めてなんですが、あなたは常連の方なんですか?」
また、自分がこのライブハウスに来たのが初めてであることも、紗夜が保留を選ぶのを後押ししていた。
こうして彼女が誘ってきたと言うことは常連の可能性があるので、それも確認しておきたかった。
紗夜の問いに、友希那は頷くことで肯定を示した。
「私は湊友希那。今はソロでボーカルをしてる……。『FUTURE WORLD FES.』に出る為のメンバーを探しているの。あなた程の人なら、聞いたことない?」
「……!私も『FUTURE WORLD FES.』には以前から出たいと……」
友希那が自分を誘った理由と、目指している場所を知った紗夜は驚いた。
確かに自分もFWFには出たい……しかし、その前に大きな問題点があった。
「……でも、フェスに出るためのコンテストですら、プロでも落選が当たり前の……このジャンルでは頂点と言われるイベントですよね?」
その問題点は、コンテストが非常に厳しい点にあった。
アマチュアのみならず、プロでも普通に落ちるこのコンテストが、出場するにあたって最大の壁になっていた。
実際紗夜も、アマチュアでも出れることが理由で何度もバンドを組み、実力不足から諦めてきていた。
「(私は『あの子』と比べられない為に、必死でやってきた……でもいつもそう。肝心のバンドが私についてこない……)」
――もうこれ以上、時間を無駄にしたくない。紗夜は心の中で相当に焦っていた。自分より後に初めてはあっさりと抜き去り、つまらなくなってやめていく……身近な人のそんな行動に嫉妬心を持っていた。
ちなみに紗夜の言う『あの子』とは、友希那も実際に対面したことがあるし、リサとの縁でそれなりに話す機会もある人物だったが、それを知るのはまた先となる。
「ですから、それなりに実力と覚悟のある方とでなければ……」
「なら、私の歌を聴いて決めて貰えるかしら?出番は次の次。聴いてもらえば分かるわ。あなたがダメだと思うなら、断ってくれていいわ」
紗夜の言葉を遮るように、自信を持ってハッキリと友希那は伝える。
まるで「自分の歌を聴けばわかる」と言わんばかりの姿勢に、紗夜はそこまで言うならと思考を切り替えた。
「……わかりました。でも、まずは一度聴くだけ。私が納得できないのであればバンドの提案は却下……これでいいですか?」
「構わないわ。あなたを失望させることはないから」
自分が納得できないものであれば断るだけ。そう決めて棘のある表情をする紗夜を前に、友希那は勝ちを確信したような笑みを見せた。
話しを済ませた友希那は出番が近づいて来たのでステージ裏へ移動し、それを見送った紗夜は彼女の歌を聴くべく、会場の部屋へと足を運ぶ。
そして、この会話を機に、蒼薔薇が芽吹くことになる。
進んだ話数的には1~2話まで。前回で触発されたリサはベースの復帰が早まりました。
個人的には意外と進んだなと思いました。遅かった場合は一話の途中で区切りになっていた可能性があります(笑)。
本来はあこと燐子の会話も原作にはあったのですが、原作そのままになってしまうので今回は省略という形になりました……。
次回はそのまま3話の部分に入るので、そちらで今度こそ登場という形になります。