前回の『ヘキサゴナル・メイガス』となった燐子の攻撃描写についての補足ですが、アニメ(2018)版の動きを見た時に、セリフと攻撃モーションが某ガイナックスのロボットアニメで思いっきりやっていたもので、燐子には合わないと言うことであの光の弾を使う描写に置き換わりました(リアガードのユニットが違うのもあります)。
「はぁ……。全く人助けも楽じゃねぇな……」
「まあまあ、許してもらったんだからそこまでにしよう?」
帰宅後、リビングのテーブルに両肘を立てながら貴之は溜め息をついていた。
小百合は麦茶の入ったコップを二つ持った状態で、テーブルの方に移動しながらそれをなだめる。
「……まあ、そうなんだけどな」
――いきなり名前で呼び合ってる姿を見せたのはマズったか……リサが見ればどう見ても咎めるだろう状態を思い返し、反省しながらもらった麦茶に一口つける。
あの後帰り道を三人で歩いている際に、燐子と何があったのかを問いつめられ、大人しく全てを正直に話した。
その結果、リサからは「貴之は後々後悔しないよう、そういうのは控えなって!そっちも次から気を付けるって言ったよね?」と釘を刺された。実際に自分で言ったそばからこれなので、ただ詫びるしかできなかった。
実際にリサの言っていることは間違っていない。何しろそう言った本人にその気は無い接し方でも、相手側がいつの間にか恋慕の情を抱き、図らずもその想いを踏みにじるようなことになる恐れも十分にあり得るので、最悪は『せっかくメンバーを集める橋渡し役となったのに、チーム崩壊の元凶になった』と言うシャレにならない事態も考えられる。
ただし、今回の場合は『目の前で泣きそうになった女の子を見捨てるか?』と言う問答があり、そんなことができるわけも無い。それがあのハンカチを渡す行動に繋がったのだ。
それを話せば流石に二人も納得してくれたが、リサからは「それは最終手段にしておきなさい」と言われた。どうやらそれは「優しい人」と言う認識を与え、された人をその気にさせやすい行動の一つなのだそうだ。
友希那の方からは、近いうちに付き合って貰うと言われており、それで友希那の気が済むならと貴之は迷わずに承諾した。
「それにしても珍しいね?向こうに言ってから、今まで女の子の名前呼びは避けてたのに……何かあったの?」
「その子が変わる第一歩として頼んで来たんだ。元々内気な子が進もうとする意志を見せたから、それを尊重した結果だな」
向こうにいる間は仲の良くなった一人の女子を省いて、同年代の女子は名前呼びをしないようにしていたのを知っていたので、小百合は理由を聞いてみる。
紗夜とあこについては一度も名を呼んでいないので例外だが、恐らく紗夜に対しては名前呼びだろう。
これに関しては日菜との呼び分けが関係しているので仕方ないが、こちらに戻ってきてから少しその心掛けが薄れていたような気もする。
兄弟姉妹がいる人にはその制約が薄れるとは思うが、基本的には継続するつもりでいた。
それを考えると、兄弟姉妹を省いて名前呼びになった燐子は完全に例外だった。
「なるほどね……でも、胸の内にあるのは変わらないんでしょ?」
「ああ……それは変わらないよ」
ここで小百合が問いかけたのは友希那への想いのことで、貴之は迷わず肯定する。
そして、それ故に間違えてはいけないものがある。
「ともかく……今後が問題だな。この人がそうだから自分もと言う頼みは基本的に避けなきゃいけない……」
「……?そう言ってくる人がいたの?」
「いや、そうじゃないけど……。リサに言われたばっかりってのもあるし、それに……」
――俺の勘が……そう警告の鐘を鳴らしてる。一歩間違えればつられてそうしてしまいそうな予感が、二人咎められてから強まっていたのが原因だった。
これは本人にしか解らないものなので、小百合はその感覚を理解してやることはできない。この辺りはどうしようもないところだった。
「意識するのはいいけど、意識しすぎるとボロが出やすくなるから気を付けるんだよ?」
「……分かった。そうするよ」
小百合の教えは素直に聞く。実際に以前も意識しすぎてボロを出しかけたことがあり、その時強引に誤魔化して胃に悪い思いをしたことがある。
一瞬間が開いたのは、誤魔化した時のことを思い出していたのが原因だった。
「(まあ……そうなったらそうなったで、ちゃんと対処法は確率しておこう)」
――付き合ってもらうとは言われたけど、何をすりゃいいんだろ?
小百合と話せたことで気が楽になった貴之は、友希那に言われたことを考えながら、再び麦茶の入ったコップに口をつけた。
* * *
「……と、言うことがあったんだ」
「うわぁ……何というか、遠導も大変だな」
翌日の朝、クラスの男子生徒に昨日のことを聞かれたので答えると、貴之はどうにかその男子生徒に理解をもらえた。
何やら昨日燐子と親しそうに話していたのが目撃されていたようで、「振られて別の子に走った」、或いは「その好きな人が白金さんだった」と言う二つの説が新しく立ち上がっていたらしく、それを確認したい為にこの男子生徒は聞いてきたのだ。
しかし実際には二つとも違っており、燐子とは昨日仲良くなったばかりであることと、まだその人には告白もしていないしされてもいないことが伝えられ、その上で昨日自分がどういった経緯で商店街を歩き回っていたかを話したので、完全に自分たちの邪推だったと大人しく引き下がってくれた。
――というか、燐子も人気高いんだな……。会話で得られた情報で貴之はそれに気が付いた。
内気な黒髪ロングの美少女……こうやって特徴を上げるだけでも十分に注目を集めやすいことが伺えるし、そんな燐子が笑った姿は絶対に可愛いと信じて止まない人たちからの期待もあったらしい。実際、その笑顔の良さは当たりだった。
「
「お前……色んな方面でリアル
机の上に突っ伏して脱力する貴之を見て、俊哉は呆れて交じりに同情を寄せる。
本人は
頼まれた人の為に頑張ったら、その人を不安にさせてしまったとはこれ如何に。俊哉のみならず、大介と玲奈からしても、自分が貴之だったら御免被りたい結末だった。
「じゃあ、これでパートは全部揃ったんだね?」
「ああ。全部揃うはずだ」
玲奈の確認に貴之は肯定する。揃ったと聞かれて肯定したのは最早確信だった。
何しろ変わりたいと願って頼み込んだ燐子がああやって変われたのだから、もう心配は要らないと言う結論だった。幼少の頃からピアノをしていると言う点もプラスだった。
「そうなると後は曲作りだな……進捗どうなってんだ?」
「聞いてみたところ、三分の二は終わったらしい」
俊哉に問われたので、貴之は聞いていた段階の進捗を答える。
これは昨日の帰り道で聞いていた内容なので、最新の情報と言っても過言ではない。
「そうなると後はオーディションの合否と、新曲完成で一段落か……ともかくお疲れ様だな」
「後はその白金さん次第だね?」
大介と玲奈が掛けてきた言葉に貴之は頷く。
できることは全てやったので、残りは祈るだけだった。
「(頑張れよ……あのファイトで変われたお前なら、できるはずだ)」
――自分を信じて、前に進んで行くんだ。朝のHRを告げるチャイムが鳴る中で、貴之は心の中で燐子を応援するのだった。
* * *
「こうして実際に話すのは初めてですね……」
「そう言えば……私自身、余り口を開きませんでしたね……」
時間は進んで昼休み。空いてるこの時間帯では使われていない教室を使って、紗夜と燐子は共に昼食を取っていた。
誘ったのは燐子の方からで、それに紗夜が応じたことで決まったこの話しは、クラス内を驚かせた。
まず初めに燐子が自分から進んで人を誘う姿を見るのはこれが初めてで、これによって今までクラスの人たちが持っていた『内気で引っ込み思案』と言うイメージが崩れ始めた。
話しかけた相手が紗夜だったのもそうだし、それに対して殆ど間を置かずに紗夜が受け入れたことで、『真面目で硬い感じのある人』と言う紗夜の印象も変わり始めた。
移動した教室にあるテーブルに、向かい合って座った紗夜が早速燐子に話しかけて見ると、やはり昨日までと比べて明らかに前向きな姿勢を見受けられた。
「(昨日一日でここまで変われるなんて……)」
途切れながら話すようなことの多かった燐子だが、明らかにその途切れる回数が減っていて、表情も明るさが増しているのは、紗夜の目からも明らかだった。
そのことで昨日何があったかを帰り道で燐子に聞いてみたのだが、彼女の口からヴァンガードが出た時はあこと二人で驚いた。
「(これは……認識を変える必要があるのかしら?)」
紗夜はヴァンガードに関しては『流行しているが、結局はやりたい人がやるカードゲーム』と言う程度の認識しか持っていなかった。貴之と初めて話した時も、その認識は変わらなかった。
ただ、今までそれに触れたことが無くて引っ込み思案だった燐子がそれに触れ、練習が終わった頃にはあそこまで変われたことから、『ヴァンガードは人を変える力がある』と言う認識も紗夜は持ち始めた。
それについて確信をしているわけではないのは、自分と日菜の問題はそれで解決できるわけではないと言う考えを持っていたからで、仮にその力があっても紗夜はそれに頼ってはいけないとも思っている。これ以外にも人が変わる瞬間を目の当たりにしていないことも大きい。
「氷川さん……どうかしましたか?」
「えっ?いえ……何でもありません」
暫し沈黙を保ってしまったのが原因か、燐子に問いかけられた紗夜は思考を現実に戻す。
せっかく彼女が話しかけて誘ってきたと言うのに、考え事するのは酷だろう。
「あの後、練習はできましたか?」
「はい。と言っても、少しだけですけど……」
話してみようとするのはいいものの、肝心な話題を持ち合わせていないので二人からして無難な話題を選んだ。
燐子としても、いきなり趣味の話し等をされてもどうしようかと思ってたので、少々安心した。
実際かなり時間が押していた状況下で申し出ていたので、余り練習はできなかったのである。
「でも……オーディションまでには間に合うと思うんです」
「それなら何よりです。本番を楽しみにしています」
昨日と比べて明らかに笑みを浮かべることが多くなった燐子を見て、紗夜もつられるように柔らかい笑みを見せる。
これにはメンバー探しをやり直さないで済むかも知れない安堵の念も込められているが、嬉しい知らせなことには変わりない。
「それにしても……昨日はよく遠導君と合流できましたね?」
「お互い当てずっぽうに探していたら、たまたまぶつかった人が私たちだったんです……」
――本当に、あんなことが起きるとは思いませんでした。燐子は困ったようで嬉しいような笑みを見せた。
彼の探していた相手はとにかくキーボードのできる人なので、完全にそうだというわけではないが、これがお互いに相手を追うことを考えていなかったら運命めいたものを感じてしまっていただろう。
また、彼は自分の様子を見てどうなっているかに気づくのが早く、手を差し伸べたその後もこちらの想いを汲み取ってくれていた。
「ところで、白金さんは遠導君のことをどう思っているんですか?」
「あっ……やっぱり、気になりますか……?」
そんな燐子の表情が見えたからなのか、紗夜は気になって燐子に聞いてみた。
燐子がやっぱりと言ったのは、午前中にクラスの人たち殆どに聞かれたのが理由だった。
その中でも多かったのは「彼のこと好きなの?」と、「彼とどういう関係?」と言ったもので、燐子は「別に付き合っているわけではないし、昨日たまたま出会っただけ」と答えていた。
年頃の女子と言うのは噂話にはとても敏感らしく、誰かが貴之と燐子が共に歩いている姿を目撃したのをきっかけに、推測で止まっているまま広まっていたのだろう。
流石に配慮不足だと思った紗夜は謝るが、燐子は大丈夫だと答える。燐子自身、一度答えれば誤解を与えたまま広がりそうで、まともに答えるのを避けていた節はあったのだ。
「ちょっとだけ厳しいところもあるけど……優しくて……我慢強くて……」
思い返すのは昨日出会ってからファイトをした時のこと。
厳しいと言うのは『オーバーロード』を使った連続攻撃、優しいと言うのはハンカチを渡してくれたことや前に進めるよう補助してくれたこと、我慢強いと言うのは最後まで嫌な顔一つ見せずに付き合ってくれたことだった。
最も、最後に至っては彼の性格上あまり気にする必要もないのだろうとは思っているが。
これで終わりというわけではなく、まだ言い残していることがある燐子は「そして……」と付け加える。
「ヴァンガードが好きな……私の先導者です」
燐子は昨日も見せた花咲くような笑顔を見せ、自分が知る中で信頼できる人であることを伝える。
ちなみにこれは、帰ってきたら明るくなっている燐子の様子を見た両親にも答えていたが、異性としてどうかと聞かれたらそれは否と答えていた。
「彼のこと、信じているんですね」
その想いは紗夜にも伝わっており、それだけ燐子にとって大きな影響を与えた人であることを再認識できた。
「あそこまで付き合って貰ったから、その恩を返すためにも、今回のオーディションは絶対に成功させたいんです」
「(白金さん……本当に明るくなりましたね)」
燐子がオーディションを受ける理由には、
今まで余り主張することが得意で無かったクラスメイトが、自分からどうしたいかをはっきりと伝え、それに目指して頑張っているとなると紗夜も応援したくなった。
「どこか難しいと思った部分はありますか?少しだけですが、手伝えるはずです」
「そうですね……この部分なんですけど……」
少しお節介かも知れないかとは思いもしたが、聞いた方が手伝いやすいので紗夜はそうした。
すると燐子は鞄からキーボードの楽譜を取り出し、それを広げて自分の中で難儀している部分と、どのように上手く行っていないかを紗夜に教えた。
場所と理由をはっきりと教えて貰った紗夜はどうすればいいかを教え、それを聞いた燐子も忘れないようにメモを取る。
そうして纏め終わったところで予鈴の音が聞こえ、二人は荷物を纏めて慌てて教室に戻るのだった。
* * *
「(うん。どうにか上手く行ってる)」
その後日にちは進み、オーディションを翌日に控えた夜。燐子は自室でキーボードの練習を行っていた。
紗夜に聞いたおかげで難儀していた部分の改善も早まり、落ち着いて技能を高めることに専念できたのは大きく、問題の無いものができて安心できた。
先程から通しでキーボードの練習をし続けていたので、休憩するために一度キーボードから手を離す。
「(あっ……あこちゃんからチャットだ)」
パソコンの前に移動すればあこからチャットが来ているのが分ったので、それを開いて確認する。
内容は『明日のオーディション頑張ろうねっ!あこも全力で手伝うから!』と言う内容だった。
今までの恩返しということなのだろう、嬉しく思った燐子は『ありがとう。あこちゃんが手伝ってくれると心強いよ』と返した。
その後はキーボードの調子はどうかというバンド関係の話しや、『NFO』で次に行われるイベントの話し等暫しの間チャットで雑談をしてから『また練習に戻るね』と燐子がチャットを送る。
それを見たあこも『分った!また明日ね!』とチャットを送り返し、今日の雑談はお開きとなった。
「(前までは自分から全く踏み出せなかったのに……今はこうして、少しずつでも進んで行けてる……)」
机の上に置いてあるデッキケースを見ながら、燐子は最近に起きたことを振り返る。
あこに連れていかれてライブハウスに立ち寄って友希那の歌を知ったが、最初は自分にはできそうにないと諦めていた。
キーボードのできる人を探しているのを知って、自分ができると答えられなかった後悔から変えたいと願い、出会った
チャンスを与えられた燐子はそれを掴み取り、こうして前向きな考えを持てるようになった。
ケースから
「(また……一緒に戦ってくれる?)」
燐子が心の中で問いかけると、彼女の仲間たちはイメージの中で頷いてくれた。
それを感じ取れた燐子もまた、満足そうな笑みを見せて頷いた。
「(ありがとう。私も頑張るから……)」
――明日はよろしくね。投げかけた燐子はケースにデッキをしまい、再びキーボードの練習に戻るのだった。
* * *
「では、行きましょうか」
「はい」
遂にやって来たオーディション当日の放課後。紗夜に促された燐子は頷いて彼女の後をついていく。
オーディションを受けるに当たって、同じクラスである紗夜が案内の担当になっていた。
「……緊張していますか?」
「失敗したら終わりで、この前と違ってオーディションは待ってくれないと考えたら……緊張します」
燐子の緊張した表情を見た紗夜の問いには肯定で返す。これは前回と状況が違うことも大きいだろう。
踏み出す勇気が欲しいと願った時は貴之が待ちながら手伝ってくれたが、今回はそれが無く、全てが一度で決ってしまう。
あれ以来少しずつ進んでこれた燐子も、流石にチャンスが一度きりとなれば緊張してしまうものだった。
いつもであれば厳しい言葉を出していたであろう紗夜も、流石に新しく進み始めたばかりである燐子の心を折るような真似をする気にはなれない。
そうして投げかける言葉に迷っていたところで、「でも……」と燐子が口を開きながら、鞄の中に入っているケースを取り出す。
「みんながいるから……怖くはないんです」
「(……みんながいる?ひょっとして、カードのことを言っているの?)」
まるで「自分の仲間はここにいる」と言わんばかりにケースを見つめて微笑む燐子を見て、紗夜は首を傾げるだけしかできなかった。
小さい頃から貴之と関わりを持っていた友希那とリサなら、燐子の言っている意味はほぼ確実に理解できるだろう。あこも未確定ではあるが、リサの意識誘導を理解できている以上は理解できる可能性が極めて高い。
――となると……唯一全くと言っていいほど理解できないのは、私だけ?紗夜は一種の危機感を覚えた。仲間だなんだと言うより技術を最優先していた身ではあるが、一人だけ浮いた状態では余りにもやりづらいだろう。
技術的に問題ないと判断した人たちばかりで、彼女たちは共有できるのに自分だけ共有できないと言う状況を無視するのは、些か厳しいものだった。
「『
「舞台に立つことを許されない……?」
聞くべきか迷っていたところで、燐子からヴァンガードに関する話しが切り出された。
それを聞いた紗夜は、カードゲームなのだから使用するカードが無ければ参加できないと言うことの別表現だと思った。
こう思ったのは、まだヴァンガードに関する知識が名前以外ゼロであることが起因する。
「あの世界での自分たちは知恵がある代わりに力を持たない……だから、自分たちに足りない力を持っている『
――そして……それはバンドも一緒だと思いました。その言葉を聞いた紗夜は一瞬考えたが、その答えはすぐに導き出された。
ボーカルだけいても周りの音は何も無い。ギターとベースはボーカルを兼ねることができても、一人でやるには限度がある。ドラムだけあっても、キーボードだけあっても、支えるべきパートが無ければ持ち味を生かせない。
何よりも、一人だけでやっているのならそもそもバンドでは無く、それは
そこまで考えを纏めた紗夜は、友希那と出会った日に組んでいたメンバーをほぼ全否定した自分に何か一言言ってやりたい気分になった。
「その様子なら、ライブをすることも大丈夫そうには見えますが……どうですか?」
「はい。『
紗夜の問いに対して、燐子は肯定と一緒に眩しさを感じさせる笑みを見せた。
それを見た紗夜は安心した笑みを見せると同時に、自分の状況を省みて表情を曇らせる。
「(白金さんは
私はまだ、
周りには自分と似ている部分はあれど、思ったより柔らかい対応のできる……或いはその対応が本来の姿である友希那。暫くの間ベースから身を引いていたが何かが理由で再燃し、急速に実力を取り戻しているリサ。最初こそ自分たちとチームを組みたいと言う想いしか無かったが、その実力は確かなもので上を目指す覚悟を示したあこ。今まで引っ込み思案なせいで前に進めなかったが、
――このままではいつか……私が実力とは関係ない部分で足を引っ張ることになる……。紗夜は思わぬところで危機感を覚えることになった。
しかしながら、それを引きずったままオーディションを行ってやり直しになったりでもしたら余りにも酷なので、紗夜は気持ちを切り替える。
「着きましたね。中に入りましょう」
「(みんな……もう集まってるのかな?)」
紗夜の促しで二人はライブハウスに入り、友希那たちが来ているかを確認してみるが、まだ来ていなかった。
その為紗夜はCordを使って『到着したので先に準備をしながら待っています』とチャットを送り、受付で部屋の鍵を借りる。
鍵を借りたので燐子を伴ってその部屋の鍵を開け、荷物を置きながら練習用に使える楽器の置いてる場所を説明する。
それを聞いた燐子は後で困らないように紗夜が置いた荷物の近くに自分の荷物を置き、キーボードを取りに行く。
「時間はありますから、先に練習を始めましょう。合わせたいのなら、その時は一言言って頂ければ手伝います」
「分かりました。ありがとうございます」
さっきから燐子を気遣うような言葉が自然と出ていることに、紗夜は内心で驚く。
普段なら「合わせたいのなら」から先の言葉など出てこなかった可能性が高いのに、今回はまるで意識せずともそのつもりかのように自然と口から出ていた。
少し考えて見ると、意外にもあっさりと思い当たる節は見つかった。
「(私は、白金さんのことを手伝いたいと……そう思っているのね)」
これは自分が諦め半分な状態になってしまっているからだろう。
だからこそ、自分を変えようと諦めない燐子を見て、自分の二の舞になってほしくないと言う願望もあった。
故に彼女を手伝いたいと思っているところまで辿り着き、紗夜は意外にもあっさりと納得できた。
ただ、それと同時に自分の中にも一つの考えが浮かび上がる。
「(いつまでもこのままと言うわけにはいかない……私も、いい加減向き合う必要がある……)」
意識してもすぐに全てが変わると言うことは、余程のことが起こらない限り無いだろう。
ただそれでも、集まったメンバーで
とは言え今は実行しても意味の無い場所なので、まずは家に戻ったら始めてみよう。そう決めた紗夜は考えを頭の隅に置いて練習を始める。
紗夜が考えを纏めている間に一足早く練習を始めた燐子は、手始めに練習用のキーボードで軽く音を鳴らして調整から始める。
調整を済ませた後は慣らしとして簡単な調整用の曲を弾いて、その後から今回のオーディションで演奏する課題曲の練習を始めた。
「(うん。一通りちゃんと弾けてる)」
サビの部分やソロの部分を分けて弾けるかを確認し、その後一度一人で通しで弾いて見た段階では問題無かった。
それに一安心できた燐子は、紗夜に合わせて貰うべく声を掛けようとしてそちらに顔を向ける。
すると自分の視線に気づいてくれたのか、ギターを弾いていた紗夜は手を止めてこちらに顔を向けた。
「合わせますか?」
紗夜の問いに燐子が頷き、ギターとキーボードで音を合わせた通しを行う。
燐子のキーボードは落ち着いていて、どこか安心感を与えてくれるものがあった。
まだオーディション前ではあるが、これなら心配する必要はなさそうだと紗夜は感じた。
「大丈夫そうですか?」
「はい。合わせてもらえて嬉しいです」
安堵の笑みを浮かべる燐子を見て、紗夜もひとまず安心することができた。
そうして二人で一通り確認を終えたところで、ドアノックの音が聞こえたので紗夜は「どうぞ」と促す。
その直後に開けられたドアから、友希那たち羽丘組の三人がやって来た。
「ごめんなさい。少しHRが長引いたわ」
「それは仕方ないでしょう。準備でき次第始めますか?」
「全員が大丈夫ならすぐに始めたいところね」
遅れた理由が仕方ないものなのですぐに本題へと移る。
確認を取ってみたところ、リサはいつでも大丈夫。あこもドラムを準備できれば平気と言ってくれたので、残りは燐子次第となった。
「燐子、あなたは大丈夫?」
「はい……!今日はよろしくお願いします」
友希那に問われた燐子は力強く頷いてから頭を下げる。本番が始まることで緊張している面もあるが、それでも慌てることなく伝えられたことで燐子は一つの安心感を覚える。燐子から確認を取れたので、荷物を置いて三人も準備を始める。
「りんりん、あこも手伝うから頑張ろうねっ!」
「うん。あこちゃんもありがとう」
準備に行く際あこに声を掛けられた燐子は礼を言ってから、自分の置いた鞄に目線を向ける。そこにヴァンガードのデッキケースがしまわれているのだ。
「(掴んで来るね。私の望んだ
燐子の心の声に、『ヘキサゴナル・メイガス』が代表して「私たちも手伝います」と言ってくれたような気がした。
そうして燐子が一安心したところで、全員の準備が終わった。
「始めるけど……大丈夫ね?」
「いつでも大丈夫です」
「(これなら、貴之式はやらなくても平気そうかな)」
友希那の確認に柔らかい笑みを見せながら返した燐子を見て、リサはそう判断する。
燐子が大丈夫なことを確認できたので、友希那の合図に合わせて演奏が始められる。
そして演奏が始められた瞬間――。燐子は初めて、他の四人は二度目の『キセキ』を味わうことになる。
「(練習の時みたいに弾いてるのに、いつも以上に弾けてる感じがする……。みんなが、力を貸してくれてるのかな?)」
燐子は初めて味わった感覚に驚きながらも、演奏を続ける。この時は体が自然と演奏を続けているとも言えた。
ちなみにここで言う『みんな』とは、ユニットたちだけではなく、一緒に演奏をしているあこたちも含まれていた。
「……!」
「(白金さんから……!?まさかまたすぐにこれを経験できるだなんて……!)」
歌い始めに入る前の前奏部分であったことから、友希那は思わず息を飲んだ。欠けていたものが見つかったようにも感じられたからだ。
紗夜も何が理由でこの感覚が起きたかに気づいており、短期間で二度も味わえたことに歓喜する。
「(さすがりんりんっ!手伝うつもりだったけど、みんなで繋がる感じになった!)」
「(あっ、またこの感じだ……!これなら友希那も……)」
あこは燐子を称賛しながら、この状況に喜びを感じてドラムを叩く。
この感覚に気づいたリサは友希那を気に掛ける。自分が気づいている以上、友希那と紗夜も気づいているのは間違いないが、確認したい所は別にある。
それは友希那の歌う様子で、父親の音楽を否定されて以来基本的に表情が固かったり、思いつめた様子ばかりだった。
貴之が戻ってきてもそれはまだ変わっていなかったのだが、今回はパートが全て揃った状態で演奏していて、この状況下なのでもしかしたらと期待せずにいられないでいる。
「(……何かしら?欠けていたものが拾い上げられて……私を中心に、みんなが集まってくるような……)」
友希那はこの感覚に気づくと同時に、自分の中でまだ揃っていなかった歯車がかちりと嵌ったようなものを感じる。
そして、これ以外にももう一つ感じたものがあった。
それはどこか遠い地に降り立った自分の下に、ここで演奏している四人が駆け寄ってくるようなビジョンで、少し前に覚えのある感覚だった。
貴之と初めてヴァンガードファイトを行い、その決着が着いて貴之に話しかけられる直前と言う一瞬ではあったが、自分の先導によって勝利を得た『シャドウパラディン』のユニットたちが集まって自分を見つめていたイメージを見たことがあり、今見えたビジョンがそれに近しいものを持っていた。
「(ずっと……取り戻すのを諦めていたけど……今、この時なら……)」
――昔の頃に戻って歌えるかも知れない。そう思いながら、友希那は歌い始める。
「――♪」
「(うん♪やっぱり昔の頃みたいに歌えてる……)」
歌い始めた友希那の表情は嬉しさや楽しさと言った『喜』の感情を表すものになっていて、それを見たリサも安心した。
前回のオーディションの時に合わさった四人の音に、燐子のキーボードの音が加わり、この時だけのかけがえのない音が完成していく。
「(前に進めて良かった……。この人たちと、もっと一緒にやっていきたい……!)」
「(どうにか力になれたみたい……でも、やっぱりりんりんは凄いやっ♪)」
演奏している最中に、燐子は変われたことに改めて喜びを感じると同時に、この四人と一緒に演奏をしたいと言う願望も生まれた。
その時燐子が笑みを浮かべて演奏しているのに気づいたあこは、安心すると同時に再び彼女を褒め称える。自分の
そして、五分もしない演奏が終わる間際に、この場にいた五人は蒼い薔薇の蕾が、花として咲く瞬間のイメージが出来上がっていた。
「(本当に取り戻せるかはまだ分からない……それでも、この五人なら望みはあるわ)」
歌いきって、今回の歌い方がまだできることを知って友希那が安堵した直後に演奏は終了し、全員で顔を見合わせる。
まだ練習の時間は残っているが、先に燐子の合否判定が必要となり、合格の場合は大丈夫そうなら今日から早速練習に参加してもらうつもりだった。
「私としては文句無しの合格です。湊さんは?」
「ええ。私も合格よ」
――私たちのチームにようこそ。歓迎するわ。燐子の合否は迷うこと無く告げられた。
また、合否を伝える時は友希那のみならず、紗夜も柔らかい笑みを見せていた。
「……!ありがとうございます……!」
それを聞いた燐子は一瞬だけ硬直するも、すぐに笑みを見せて頭を下げる。
そして、顔を上げたのはいいものの、その直後に体制を崩して危うく転びそうになる。
「りんりん大丈夫っ!?」
「あはは……ちょっと緊張しすぎて力が抜けちゃった……」
自然と弾けてはいたものの、やはり一回しかチャンスが無いのは緊張してしまうようで、燐子はそれから解き放たれての脱力だった。
とは言え一瞬だけのものだったので、動こうと思えばすぐに動けるのは幸いだった。
「一度休憩しましょうか。休憩が終わった後、大丈夫そうなら燐子も練習に参加してもらうけど……どうかしら?」
「あ、大丈夫です。今日からよろしくお願いします」
友希那に聞かれた燐子は今日からの参加を伝え、それを聞いた友希那も満足そうな表情で頷く。
「オーディションお疲れ様。それと、これからよろしく」
友希那が笑みを見せて労いと同時にこれから共にやっていくことを告げられ、燐子も笑みを見せて頷いた。
「アタシたちはほぼ初めましてだったね?アタシは今井リサ、これからよろしくね♪」
「こちらこそ、これからもよろしくお願いします。今井さん」
リサと燐子は顔を合わせはしたものの、実際に話すのは初めてなので自己紹介を行う。
この時リサが「リサでいいのに~」と言って来たが、それに対して燐子は「慣れて来たらそうします」と慌てること無く返した。
流石に強制するつもりは無いので、リサもそれで納得した。
「そう言えばりんりんって、あの日にヴァンガード始めたんだよね?」
「うん。『オラクルシンクタンク』で始めたよ」
「あっ、それなら友希那。今回は燐子に手伝ってもらってもいいんじゃない?」
休憩の最中、あこに問われたので燐子は肯定で返したところ、それに食いついたリサが友希那に尋ねてみる。
問われた友希那は「それもいいわね」と提案に乗り、鞄の中から歌詞作りに使っているノートを取り出す。どうしてそのノートを取り出したのかが解らなかったので、燐子は首を傾げた。
「実は一曲……ヴァンガードをテーマにして作っている最中の曲があるの」
「そこで、ヴァンガードに触れたことのある白金さんに手伝って貰う……そういうことですね?」
紗夜の問いに友希那は頷く。ヴァンガードに関してはまだ知識が不十分なので、燐子にも協力を頼みたいのだった。
「私で良ければ、手伝わせて下さい」
「ありがとう。今完成しているところだけど……」
燐子が承諾してくれたので、礼を言ってから友希那は燐子に現段階の進捗を共有する。
「(ありがとう。私の先導者さん……おかげで、私はここまで来れたよ)」
友希那と話し合いを進めている間、燐子は心の中で貴之に礼を言う。最後に変わろうとしたのは自分ではあるが、きっかけをくれたのは彼だったからだ。
その後歌詞に作りについては友希那と燐子共々知識不足なので、今度貴之のところにまた学びに行こうと言う話しに落ち着き、近いうちにライブを行いたいことを共有してから休憩を切り上げて練習に戻る。
五人で揃って行う演奏は特別なものがあり、どこを直せばいいか等を確認しながらやっていたらあっという間に時間が経っていき、ロビー側から時間が過ぎている連絡を受けてしまう程夢中になって練習をしていた。
「(大分遅れてしまったけど……私もここからね)」
メンバーが揃ったことでようやく一歩進むことができた友希那は、一先ず安堵してこの先の行く末に視野を向けた。
Roseliaシナリオ9話が終わりました。変更点としては……
・先に課題曲を渡しているので、練習等は特に疑われない。
・紗夜が燐子に対して協力的+変わった燐子を見て自分を振り返る。
・ライブを行うと言われても燐子が慌てない(描写では端折り気味になってしまいましたが)。
・あこに連れて来られていきなり本番では無く、先に紗夜と燐子で音を合わせることができている。
大体この辺りでしょうか。現状紗夜とリサの変化が少ないですが、紗夜は貴之との関わりが少ない。リサは自分がどうしたいかだけだったのが理由です(ただし思考がほんの僅かに染まっている)。
評価欄に色がついていたので確認してみましたが、思ったより良い評価で安心しました。これからも頑張っていきたいと思います。
次回は原作との変化確認として後回しにしたRoseliaシナリオ6話の話しを書き、その後はヴァンガードファイトの話しになるかと思います。