先導者と歌姫 -高みを目指して-   作:ブリガンディ

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紗夜に多くのスポットを当てると言って、あまり増やせてない気がしてならない状態になってしまいました……(汗)


イメージ15 気持の変わり始め

「そっか……出来上がったようで何よりだ」

 

『おかげさまでね。本当にありがとう』

 

夕飯も食べ終え、風呂から上がって情報収集とデッキの確認等を行っていた最中に、友希那から電話が掛かって来たので貴之はそれ応じていた。

内容は歌詞が出来上がったとのことで、それのお礼だった。貴之は無事に出来上がったことで安心したと同時に、礼を言われたことで照れながら頬を指で撫でる。

 

「後はメロディ作るんだっけ?」

 

『ええ。ただ……今回はテーマにしたものがしたものだから、もしかしたらまた頼ることになるかもしれないけど……』

 

電話越しだから実際の表情は分からないが、伝わってくる声から友希那が少々恥ずかしそうにしているのが伺える。

ただそれでも、聞かないといつまで経っても完成しない恐れもあるので、頼れる時に頼るのは間違いではないし、貴之も「自分で良ければまた手伝う」と言ってやる。

それを聞いて一瞬だけ気を遣わせてしまったかと思った友希那だが、その考えを捨てて礼を言う。

 

『それにしても、頼られるなら進んで手伝おうとするのは相変わらずね』

 

「……まあ、流石に出来ないものは諦めるんだけどな」

 

『でも、その姿勢を続けられるのは凄いと思うわ。この間の燐子の事だって、それを続けていたおかげでしょう?』

 

――それを言われたら否定できねぇな……。友希那に問われた貴之は、再び頬を指で撫でながらそう返した。

ヴァンガードを他の人たちよりも早く始めていただけあり、貴之は後発の同級生たちに度々教えを請われることがあり、その都度「俺でよければ」と引き受けていたのだ。

それ以外は一切引き受けないかと言われればそうでも無く、話しを聞いて欲しいと言われれば基本的に聞いてやるし、人手が足りないから手伝ってと言われて自分でできるものなら手伝っていた。

貴之がその姿勢を続けたことで、友希那たちが知り得ない向こうでの友人の一人は自身の夢に向けて進み続けることを選び、もう一人の友人は夢中になれるものをようやく見つけ、燐子は自分を変えることができていた。

 

「俺の手伝い一つで、誰かを助けられるならもう少し続けていられそうだ」

 

そう答えながら、これが終わる日なんて来るんだろうかと言う疑問が浮かび上がるも、考えている内は答えなんて出ないだろうと予想してその思考を終える。

日が回りそうな時間になって来たからそろそろ切ろうかと思っていたところで、友希那が自分の名を呼んだので「どうした?」と返す。

 

『貴之は覚えてるかしら?この前、私がそのままのあなたでいて欲しいって言ったことを……』

 

「ああ。それと、俺も友希那にまた音楽が楽しめるようになるって言ったのも覚えてる……」

 

――今、どうしたいと思ってるか伝えたいのか?と問えば、『その通りよ』と返ってきた。

リサが言うに、友希那は前より素直に笑えるようになってきてるらしいので、いい方向に変わったはずと信じたかった。

 

「前は『親父さんの音楽を認めさせる』だったが……」

 

『ええ。あなたが戻って来た直後まではそうだった……。でも今は、どうしたいかが分からないの……』

 

「……分からない?」

 

友希那の回答が予想外だったので思わず聞き返す。

貴之に問われた友希那は、説明不足だったことに気づいて「ごめんなさい」と謝って、もう少し話すことにした。

 

『正確には迷っているところね……。今まで通りお父さんの音楽を認めさせる為に歌うか。それを考えず、チームになった五人でFWFを目指して歌うか。この二つで……』

 

更に友希那は、ヴァンガードに触れた日の電話とリサの復帰宣言が自分の変わり始めで、こう思うようになった決定打はチームが五人揃った時であることを伝える。

この時、現段階では自分なりに悩みながら、ダメなら手伝って貰ってでもいいから答えを見つけるつもりでいることも忘れずに伝える。

 

「なるほど……。自分がどうしたいかの指標は色んな所に転がってるから、それを見逃さないようにするといいかもな」

 

――ヴァンガードでデッキを組む時も似たような感じだ。貴之は自分の所感を友希那に話す。とは言え、貴之の場合デッキの軸が『オーバーロード』一辺倒なのであまり言えたことではないと思ってもいる。

しかしながら指標となるものが様々な場所にあるのは事実で、友希那の言っていた紗夜とのメロディ作りでも、「一人と二人の違い」と言った何気ないものも指標となる。

また、今こうして電話している時ですら、何か変化を与えられるものが存在しているかもしれないことを、貴之は友希那に伝える。

 

「俺も話しくらいは聞けると思うから、何かあったら言ってくれ。少なくとも『フェス』に出る頃には決まってた方が良さそうだし」

 

『そうね……。あなた以外に言えなそうだったら、その時はお願いするわ』

 

基本的にはチームのみんなと見つけるつもりでいるのを理解しているため、貴之はそれを不服には思わない。

寧ろ、自分は友希那が事情を隠し続ける罪悪感に潰されそうになった時、吐き出せる相手になるくらいに留めるべきとすら思っていた。

幸いなのは、今回の場合は友希那が最初からそのつもりでいる為、認識の違いが起きないところにある。

これらをコンテストが始まる前に決めないと後々選択で押されてしまうので、その辺りだけは何としても気を付けなければならない。

 

『もうこんな時間……。あなたと話せて少し楽になったわ』

 

「お役に立てて何よりだ」

 

――やはりこの人(想い人)との電話は気が付かぬ内に時間が経ってしまう。この二人は同じことを考えていた。

名残惜しいものを感じるが、それでも無理して互いに明日へ支障をきたすのは良くないので、「お休み」と伝えてから電話を切った。

 

「(どっちに転ぶかは友希那次第だが、俺も考えとしてはリサに近いかな……)」

 

携帯を充電器に刺しながら、自分の考えを纏めると同時に最後の整理を行ってしまう。

友希那が音楽を楽しめるように戻って欲しいと思うし、信じているが、最後に決めるのは彼女自身だから尊重するし、悩むようなら手伝う。それが貴之の回答だった。

 

「(前にも言ったが、俺は信じているからな……)」

 

心の中で友希那を応援しながら、貴之は睡眠するべく意識を放り投げた。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「(……こんなところね)」

 

翌日の昼過ぎ。紗夜は外出前にギターの自主練習を行っていた。

常日頃から空き時間の殆どをギターの練習に費やしていたことはあり、余程のことがない限り安定した実力を発揮できるようになっていた。

今日もギターを持って行くのは決まっているが、今回は練習ではなくメロディ作りの為に出掛けるので、家に戻ったらまた練習だと決めている。

行くべき場所と帰ってきてからの予定を確認した紗夜は、ケースにしまう直前に一度ギターを注視する。

普段なら弦が切れて無いか等の確認だけで済んでいるのだが、今回だけは少々違う事情がある。

 

「(もうじき、日菜もギターを始める……その時私は、荒れないでいられるかしら?)」

 

紗夜の違う事情と言うのは不安から来るものだった。

先日家族で夕食を摂っている際に、日菜が両親にギターを始めたいという話しを持ち掛け、それが受け入れられたのが事の発端になる。

どうにかしたいと思って、意識を少しづつでいいからと変え始めたばかりの紗夜は、自分が今一番のめり込んでいるギターが関係して今まで通り……或いはそれ以上に荒れないかが不安でいた。

置くスペースの準備や必要なものが届くまで時間が掛かるが、それは少なくとも今はこのままでいられると言う安心と、時間が掛かったとしても荒れるかもしれないと言う心配と言う二つの感情に挟まれる事態を生んでいた。

 

「(何か一つでも飛び抜けていれば……ここまで悩まなかったのかしら?)」

 

回りから見ればギターは同世代の中でも飛び抜けているし、学校内でも全ての科目で好成績を出している紗夜だが、常に日菜と比べられていたのが原因で実感が湧かないでいた。

この時友希那と貴之の(一つを打ち込んでいる)二人を思い出すが、彼らのように何か一つがあったとしてもそれ以外の分野で……。となりそうなのが想像できた辺り解決法が違うのを教えられる。

今までの自分と日菜のことを考えれば、後は自分から踏み出せばいいだけなのだが、それが思うように行かないのが悩みの種になる。

――助けた側の私がこんなことでは、後で余計な心配をさせてしまうわね……。燐子を手伝っていた時を思い出しながら自嘲していると、ノック音の後「おねーちゃん時間大丈夫?」と日菜が声を掛けてきた。

珍しくノックをしてから声を掛けてきたことに一瞬気を取られるが、自分が出掛ける為にギターを片付けていた途中だったことに気づき、それと無く声を返しながら準備を追え、ドアを開けるとそこには少々驚いた様子を見せる日菜がいた。

 

「どーしたの?考え事?」

 

「い、いえ……もう大丈夫だから……」

 

そんな様子の日菜を見てなんて言おうか考えていたからか、日菜に問われたところを慌てて否定する。

またやってしまったかと思う反面、今これを話したら荒れそうだと思っていたのでこれで良かったとも思えていた。

 

「じゃあ、私はもう行くから……」

 

「あっ、うん!行ってらっしゃい♪」

 

せめて笑顔で送り出そうと思ったのか、或いは強めの反応が来なかったことへの安堵か、日菜は自分の言葉を聞いて笑顔で送り出してくれた。

そんな彼女の対応をありがたいと思いながら、紗夜は顔を向けないまま軽く手だけ振ってそれに反応していることを示した。

 

「(おねーちゃんが少しだけるんっ♪ってする感じに変わった……。一体何がそうしたんだろう?)」

 

「(絶対と言うものが無いかどうかはともかく、まだ時間はかかりそうね……)」

 

最近姉の反応が悪くないので日菜は変えた要因が気になり、一方でまだ進めそうに無い自分を振り返って紗夜は心の中で詫びる。

能力差が原因で始まった仲違いと言う暗闇は、予想よりも大きかった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、私はこのまま向こうへ行くわ」

 

「ああ。暫くの間ここにいるから、用があったら来てくれ」

 

貴之と友希那は途中まで同じく道のりだったので、行動を共にしていた。

貴之はいつも通り『カードファクトリー』でファイトをしに、友希那は予約の取れているライブハウスで紗夜とメロディの詰め込みにだった。

今日は元々予約が取れていたものの使える時間が短く、予定の合う人が自分と紗夜しかいなかったので、いっそのことメロディを作る時間にしてしまおうとなった。

貴之が店内に入って行くのを見送ってから、友希那は歩みを再開する。

 

「(どう詰めて行こうかしら?せっかく手伝って貰ったのだから、いいものを完成させたいところだけど……)」

 

メロディの詰め方を歩きながら考えるが、それを重荷にしてはいけないことも忘れてはいない。

そこを怠ると他人に当たって空気を悪くしてしまうし、最後は自分が「こんなはずじゃなかった」となりかねないので、それだけは何としても避けたい。

 

「(そう言えば、紗夜はヴァンガードに関する知識を持っていないかったわね……?)」

 

今回歌詞を作るに当たってヴァンガードをテーマにしていたのを思い出し、友希那は紗夜がその知識を全く持ち合わせていないことを思い出した。

普段通りの歌詞であるならこうしたいと話しながらやれば進みやすいのだが、今回は知識が無いとそれなりに難儀するだろうことを予見する。

気が付いて良かったと言っていいのだろうか?予想外の事実を目の当たりにした友希那が頭を抱えた。

 

「(どこから話して行くべきかしら……?『クレイ』の世界観だけ?いえ、ファイト上のルールも必要ね……。でもそうなると、私が持ってるデッキだけでは足りない気がするわ……)」

 

――これは……思い切って紗夜に言うべきなのかしら?最後の手段すら視野に入れて友希那は考える。

ヴァンガードをテーマにしている以上、それに関する説明に対応するべくデッキを持って来ているのだが、果たして上手く伝えられるかどうかが不安だし、そもそも一つでは足りない気がしている。

ちなみに『最後の手段』と言うのは事前学習と称して、紗夜にヴァンガードを触れてもらうことにある。しかしながら紗夜の性格や方針を考えると、出来れば避けたいのが本音である。

一番楽なのは紗夜から言ってくれることだが、友希那はとてもそうなるとは思えなかった。

こうなれば自然な流れで言い出せるような会話をするしかない。リサ程話術(トークスキル)に優れている訳ではないが、やるしかないと友希那は腹を括る。

 

「湊さん。こんにちは」

 

「ええ。こんにちは、紗夜」

 

丁度腹を括った直後に紗夜と顔を合わせて挨拶をする。

行き道途中で合流出来たので、そのまま二人でライブハウスに向かうことになった。

そしてこの時、二人は同じ悩みに直面することになる。

 

「「(どう……話しかけようかしら?)」」

 

二人ともヴァンガードに関する話しの持ち掛け方に悩んでいた。友希那は誘うことで、紗夜は頼み込むことにある。

友希那は普段からヴァンガードの話題に入っているので誘う分には問題無いが、紗夜に何故聞いてきたと思われないかが。紗夜は基本的に無関心的な反応をしてしまっていたので、いざ頼む時に驚かれないかが不安だった。

とは言え話しかけないことには始まらないので、二人は意を決して伝えて見ることにする。

 

「「ところで……」」

 

全く同じタイミングで声を掛けたことで、二人はその先の言葉を詰まらせた。

お互い話すことはあるのだが、詰まらせたことで話しづらくなったので何か打開策を考える。

 

「今日のメロディ合わせ、何か方針は決まっていますか?」

 

「まずは出来上がった歌詞を見てもらって、そこから決めていきたいと思うわ」

 

ここで分かりましたと紗夜が答えたことで、何から始めるかを決めたのは良いことではある。

しかし、この二人は本来は全く違う内容の話しをするつもりだったのに、無難な話しに切り替えてしまっていた。

 

「「(や、やってしまった……)」」

 

この時の心境をお互いが知ったなら、何故こんな所まで似ているんだと余計に頭を抱えていたところだろう。

本来聞きたいはずのことを迷わず聞けなかった辺り、それぞれで自分に変化が起きているのを感じた。

と言っても、友希那は彼女より早い段階で変化の始まりを自覚していた為、感じ方は浅めだった。

 

「(もう少し……思い切って頼んでもよかったかしら?今の湊さんなら、結構簡単に引き受けてくれるだろうし……)」

 

「(変に待ちの姿勢をしてしまったわね……。これでは紗夜も話しづらいはずだわ)」

 

自分の失敗を悔みながら何とも言えない空気を連れて行ったまま、二人はライブハウスまで歩いて行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど……じゃあもうすぐで動けるんだ?」

 

「後はチーム名とか決まればすぐらしい」

 

友希那と別れた直後、貴之は玲奈に昨日起きた出来事を話していた。

話した内容が朗報であったことから、玲奈もかなり満足している様子だった。

 

「チーム名かぁ……なんかお洒落な名前になりそうだなぁ」

 

「ああ……なんかセッション中に出てきたイメージがあるから、それでいいか聞いてみるらしい」

 

「そうなの?何が見えてたんだろ?」

 

楽しみにする玲奈ではあるが、貴之が伝えられない旨を伝えれば「それは残念」と表情を曇らせないまま言う。

昨日も別れる前に聞いてみたところ、「それは決まった時のお楽しみ」とウインクと共に断られたのでそれ以上踏み込むことはできなかった。

そのウインクを見て顔を赤くした貴之を、燐子が暖かく見守るような目で見ていた時は膝を着きたくなった。

――もしかしたらバレてんのかな……?反応が余りにも素直過ぎたのを思い出して頭を抱える。

 

「今度交流戦とかできたらやってみたいよね」

 

「ああ……それはいいな。その時は大介が『ルジストル(向こう)』側か?」

 

「そうだね。人数差もそうだし、大介とその二人身内だからね」

 

実際にやれるかどうかは分からないが、もしやるならと言うことで意外にもあっさりと進んでいく。

大介は竜馬たちと小学生時代からの付き合いなので、ある意味小学別の対抗戦にもなる。小学校が終わってから結構な時間が経っていることはさておきだが。

 

「それにしても……あたしだけ貴之が一緒にいても全く問題ないのはヴァンガードファイターだからかな?」

 

「お前の接しやすい雰囲気も影響してるだろうな。平時から『男子の輪に混じってる女子』ってのもあるし、俊哉共々昔からの付き合いだとも判明してるし」

 

友希那とリサ、燐子と関わりが深かったことと貴之が転校初日に恋心持ちを宣言しているのもあり、変に噂が先行してしまっている。

だと言うのに玲奈が例外的に平気なのは、彼女の普段から関わっている人が男子とだからと言うのもあるのだろう。故に『友人』と言う認識で通っていたからだ。

それはいいのだが、今度は玲奈が女子から「誰か意識したりしないの?」と心配されている。それ程男子に混じっている玲奈から色恋沙汰を全く聞かないのだ。

 

「あたしの心配をするくらいなら、貴之は友希那とどうお近づきになるかを考えないとね?」

 

「ごもっとも……」

 

こう言われてしまえば貴之は何も言い返せない。転校等の都合があったにしろ、全く進んでいないのが全ての原因だ。

何度か女子に問われることのあった玲奈だが、「なんでだろうね?」と返している。詰まる所自分でもよく分かっていないらしい。

 

「まあそんなことはさておき……そろそろ始めるか」

 

「うん。そうしよう」

 

他人にファイトを挑まれない限りは、互いにデッキ調整を兼ねてファイトとデッキ内容の編集を繰り返すことになっている。

それもあって有効に時間を使いたいと言う共通の考えの下、二人は話しを切り上げてファイトの準備を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「こっちが元々考えていた方で、こっちがヴァンガードをテーマにした方よ」

 

「なるほど……。少し時間を貰いますね」

 

ライブハウスの借りた部屋で、二人は早速メロディ作りを始める。

と言っても紗夜がまだ歌詞を見たことがないので、まずはそれに目を通すことから始まった。

その間に友希那はメロディ作りに必要な楽器を準備して、いつでも録音等が可能なようにしておく。

 

「(こっちの方は比較的膨らませやすいけれど……問題はこっちね)」

 

友希那が元々温めていた歌詞の方はお互いにそれぞれのペースで作っていた以上、早く進めばこの時間に出来上がるだろう。

問題はヴァンガードをテーマした方の歌詞で、この二つを平行行おうものなら確実にこの時間内で終わらないだろう。

一通り把握し終えたところで準備を終えた友希那が戻ってきたので、礼を言って歌詞の書かれているノートを返した。

 

「元々の方は途中まで進んでいるので、先にそちらから終えてしまいませんか?その方が新しく作っていたのに集中しやすいと思います」

 

「そうね。私もその方がいいと思っていたわ」

 

思惑の一致を確認し、二人は早速元から作っていた方のメロディ作りを始める。

今回は元から友希那の作っていたメロディがあり、それの詰め込みと紗夜がパートのベースを作っていたので、それを合わせて確認することからになった。

担当を別々に作っていくと、それぞれの考え方によるずれが多少なりとも存在してしまうもので、この二人もかなり少ないとは言えそのずれは存在していた。

なのでずれの修正から始め、終わった後にまだ出来上がっていない部分を作り上げる形になる。

 

「ここはもう少し……」

 

「そうですね。後、こちらは……」

 

時間が短いので集中してやろうと言うのが共通の想いがあるので、予想以上の進行速度で修正が終わり、残りの部分の詰め込みを行う。

それも途中に入れる間奏の部分を修正するだけだったので、その部分を作って直していくだけだった。

そうすることで、予約している時間の半分でどうにか終わらせることに成功した。これ程スムーズに進めたのは二人にとっても嬉しいことだった。

 

「では、こちらの曲は練習できるように各パートごとの楽譜を後で準備をしましょう」

 

「ええ。残りの時間はこの歌詞にメロディを入れていきましょう」

 

Cordで『新曲が一つ出来上がったから、次の練習で楽譜を渡すわ』と伝えてから、もう片方のメロディ作りを始める。

この二人がメロディ作りで集中している故に気づけなかったが、三人はそれぞれ『次の時を楽しみにしてる』と言う期待と『もう片方のメロディ作りも頑張って』と言う応援の旨を送ってくれていた。

見る見ないに関わらず最善を尽くすつもりでいた友希那と紗夜だが、ここで先程の移動時間で話せなかったことが問題点として浮き彫りになってしまう。

 

「ごめんなさい。先に説明をしておくべきだったわね……」

 

「いえ、私も聞く内容を選ぶべきでした……」

 

どちらかが多少のことで怯まずに聞き出すことができれば、多少は避けることのできる事柄だったのだが、互いに同じタイミングで一歩引いてしまったのが完全に仇となっていた。

と言っても、何も知らない人に世界観やルールを言葉だけで説明しようとしたところで些か時間が足りないし、分かりづらさ故に寧ろ混乱を招いてしまう恐れがある。

仕方ないので現段階では友希那が主導で作り、直した方が良さそうな部分は二人で修正していく形で進めていく。

しかしこの方法、友希那の中にメロディが浮かばないと先に進めないと言う問題点があり、このせいで思うように進まなかった。

 

「余り進まなかったわね……」

 

そうして難航している内に時間が来てしまい、もう片方は出だしができたかどうかの段階で切り上げることになってしまった。

これに関しては自分の知識不足が原因だと紗夜は謝るも、友希那も自分の配慮不足が問題だと詫びる。

 

「この後は私一人でやって、あなたと確認する方向で進める?」

 

「そうですね……」

 

友希那に問われた紗夜は顎に手を当てて考える。間違いなく友希那が自分に無理させたからと思っていることが感じ取れたのだ。

チームを組んで間もない頃なら間違いなく頼んでいたところだろう。しかし、今の紗夜はその選択を良しと思っていない。

――聞き出せるチャンスがあるならここね。答えを出した紗夜は友希那に一つ提案があると話しを切り出す。

 

「何かしら?言ってみて」

 

そうすると友希那は話しを聞く準備を済ませる。ライブのことでもメロディ作りの課題でも、何でもいいと言う雰囲気が感じ取れる。

こう言ったどこかに柔らかい雰囲気を残している状態が多くなった友希那を見て、紗夜は彼女が変わったと言うより、失ったものを取り戻している(・・・・・・・)ように見えた。それが以前本来の姿だと認識したことにも繋がっている。

だが今はそう言った考察をする為に友希那を呼び止めた訳では無いので、紗夜は先程頼めなかったことを頼むことにした。

 

「どこか空いている日で構いません。私に、ヴァンガードのことを教えていただけませんか?」

 

「今回のことが理由ね?」

 

自分の頼みを薄々と感じ取っていた友希那が問いかけて来たので、迷うことなく頷く。

紗夜が頼み込んできたことに関しては、誘うタイミングを計っていた友希那にとってもありがたいことだった。

 

「知識が何も無いと言うのは表現を意識する際にも響くでしょうし、私一人だけ共有ができないのは今後に支障をきたしそうなので早めに解決しようかと」

 

――それに、と紗夜が付け加えるので、友希那は彼女の話しに意識を向けさせられる。

これを言ったら彼女はどんな反応をするだろうか?少々気になりながらも、紗夜はそれを告げる。

 

「白金さんがあそこまで変われたのを見てから気になっていたので、頼むなら今がいいと思ったんです」

 

「なるほど。そう言うことだったのね」

 

友希那は対して驚いたりすることはなく、そこまで変わったなら気になりもするだろうとあっさり納得していた。

時期的にもこれからライブに向けての練習やFWFのコンテストが近いことを考えると、これ以上遅いと手遅れになりそうな予感がしていた。

紗夜の言い分を理解した友希那は一瞬だけ考えたが、思い切って紗夜に聞いてみることにした。

 

「紗夜。今日この後は空いているかしら?」

 

「……今日ですか?空いていますが……」

 

いきなりだったので紗夜は反射的に答え、それを聞いた友希那は少し待ってと携帯電話を取り出して操作する。

耳元に当てたと言うことから電話だろうと言うことが伺えた。

 

「……ええ。お願いできるかしら?」

 

「(どうして急に電話をしたのかしら?)」

 

どうやら何かを頼んでいるようで、紗夜は友希那が電話をした理由が気になった。

少しすると「ありがとう。これからそっちに行くわ」と言って電話を切る友希那の姿があった。

 

「待たせたわね。今からヴァンガードを詳しく教えられる人のところに行くけど……構わないかしら?燐子が変わった理由もその人が知っているわ」

 

「……え?」

 

友希那が問いながら柔らかい笑みを浮かべているのを見て、紗夜は呆然とした様子で問い返してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「どの道その人の所へ行くから、確認は必要だったの」

 

「そ、そう言うことだったんですか……」

 

商店街を歩く際中、友希那から電話をした理由を教えてもらった紗夜は一先ずの納得はできた。

実際にやって貰った方が早いし、自分がデッキを一つしかないのもあってデッキを買う必要がある以上、場所の移動は必須事項だった。

紗夜がこれ以外にも不安だったのは、そのデッキに掛かる費用が分からないことがあった。これを友希那に話すと紗夜にとっては非常に予想外な答えが返ってくることになる。

 

「その心配はいらないわ。そのデッキ代は向こうが負担してくれるから」

 

「……それはそれで悪い気がするのですが」

 

一瞬本当に大丈夫かと疑う紗夜だが、これに関しては自分と燐子の時もそうだったので今回も同じだと友希那が伝えれば、流石に諦めざるを得なかった。

 

「着いたわ。ここにいるの」

 

「ここに……」

 

友希那が指さした場所は『カードファクトリー』。今日貴之が暫くの間いることを宣言している場所だった。

こう言った場所へ明らかに来ないような生活を送っていた紗夜は、自分が入っても驚かれないかどうかを考えてしまう。

そんな様子が見えていたのか、「自分もそうなったことがあるけど、入ってしまえば後は楽になるわ」と友希那が言ったので、紗夜も決心する。

 

「分かりました。私も覚悟を決めます」

 

「ええ。では入りましょう」

 

意思を固めたのを確認してから店内に入る。

最初はどんな反応をされるかと思ったが、対戦に夢中な人が多いのでこちらに向いた視線は少なく、向いてても自分たちのような人たちが来るなんて珍しいと感じさせるものだけだった。

入って来た自分たちに気づいたのか、「いらっしゃい」とカウンターから声をかけられた。声の主は友希那が始めて来店した時もカウンターにいた美穂だった。

 

「お久しぶりです」

 

「うん、久しぶりだね。もしかして教える側になった?」

 

「いえ、教えるのを頼みに来た……と言うところですね」

 

紗夜は始めてみる人なので聞いて見たら、友希那が困った笑みを浮かべながら答える。

それによって大方察しをつけた美穂が、貴之の場所を教えてくれたのでそちらに足を運ぶことにする。

そちらに移動してみれば貴之と玲奈がファイト中で、貴之の攻撃が行われるタイミングだった。

 

(クリティカル)トリガー……効果は全てヴァンガードにだ」

 

「……『ダメージチェック』」

 

攻撃が通り、(ヒール)トリガーも出なかったので今回は貴之の勝ちになった。

 

「手札を使いすぎたかな……どっちで補おっか?」

 

「一本デカい一撃ってのも悪くないが、安定性に欠けるな……」

 

挨拶をした後、二人は編集したデッキが満足いくものかを確認する。

玲奈は今回のような相手から攻撃を防ぐ為の対応法を検討、貴之は何枚も入れるわけにはいかないが、隠し玉程度なら良いと言う判断になった。

二人が再度編集する流れに入り始めたので、頃合いと見た友希那が彼らに声を掛ける。

 

「お疲れ様。連れて来たわ」

 

「わざわざ来てくれてありがとう。俺は……って氷川さん?」

 

「教えてくれる人と言うのは……遠導君だったんですか?」

 

友希那が連れて来た人を見て、貴之は少々驚き、紗夜も思わず友希那に問いかけた。

ちなみにここで貴之が紗夜を苗字呼びにしたのは、以前抱いた危機感に従い、日菜のことを彼女から話していないのに自分から墓穴を掘るのは危険だと思ったからだ。

二人がどう話しかけようか迷っていたところで、玲奈が紗夜に目をキラキラさせている顔を近づけたのが見えたことで一気に空気が変わる。

 

「なになに!?女の子が新しく始めるの?」

 

「えっ?あ、あの……」

 

「ああ……これを忘れてた」

 

「玲奈、気持ちは分かるけど落ち着いて」

 

紗夜が困惑し、友希那が玲奈の肩を持って制止の言葉を投げ、貴之は頭を抱える。

元々同性のファイターが少なかったことを悩みとしていたので、新しく始めるのが女の子だと分かった玲奈は嬉しくなったのだ。

ちなみに、友希那の時はようやくだねと思っていたので平時のままを維持できていた。

 

「あはは……ごめんね?久しぶりに新しく始める女の子が来たから盛り上がっちゃって……」

 

「いえ。ここにいる人の人数比を見たら、その気持ちは分かりますから……」

 

照れた笑いをしながら謝る玲奈に、紗夜は困った笑みを見せながら返す。

今現在でも、ファイトスペースでプレイしている人は8割以上が男子であることから、玲奈の気苦労は伺えた。

玲奈が始めたての頃は彼女が女子のプレイヤーが増えて欲しいと願望を口にし、貴之と俊哉が笑いながら聞いてやると言うこともあった。

 

「あっ、自己紹介忘れてた……あたしは青山玲奈。今日は貴之と一緒に教えていくからよろしくね」

 

「氷川紗夜です。今日はよろしくお願いします、青山さん」

 

気持ちを切り替えた玲奈から切り出したことで、二人が軽く自己紹介を済ませる。

 

「じゃあこれから教えて行くわけだが……時間取っちまうから、ギターは立て掛けとこうか」

 

移動の際もギターケースを背負いながらの移動はぶつかりそうになって危険だと感じていたので、紗夜は特に反対しない。

幸い隅っこ側を取れていたのが幸いし、壁に合わせて立てかけることができるのでそうする。

そして壁側に友希那と玲奈、通路側に紗夜と貴之と言う形でそれぞれ向かいあって座る。この時レクチャーがやりやすいよう、玲奈が紗夜の隣りに座るようにしている。

 

「さて……それじゃあ始めるか。まずは世界観から話して行くぞ」

 

「(これからも他の人に合わせることは必要になって来る可能性は高い……。そう言った意味ではまずここからね)」

 

――上手く行けばいいけれど……。微かな期待と不慣れなことへの不安を抱えながら紗夜は貴之の話しを聞くのだった。




キリのいい所まで来たので今回はここまで。後2か3話分書いたらRoseliaシナリオ10話に行けるかと思います。
タグ通り遅い展開となって来ましたが、付き合っていただければ幸いです。

次回は紗夜の初ファイトになるかと思います。初期プロットだとRoseliaメンバーでは一番最後になる予定でしたが、速くなりました。今のところ予定した順番守れてるのは友希那だけです(笑)。

ただ、大事なのはプロットからずれが生じても本当に重要な部分はずれないで、ずれた所はしっかり修正できることだと思いました。ファイトの順番は割とずれてても問題ないタイプでした。

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