この話しが、ある意味で本編との違いを最も大きく表す回になるかもしれません。
ヴァンガードIFではマスク・ザ・ダーク……もとい、レンに協力者がいることが判明。声的にこの人かな?っていうのはありますが、これは続きを待ちましょう。というか、櫂がいないって言う状況にビックリしている私がいました。
ガルパピコのキャラ交換で遊ぶのは、それだけ信頼があればこそでしたね。しかもオンラインゲームでこれをやるってことは、Roseliaメンバーの絆の強さを感じます。
……友希那が友情崩壊案件をやらかしそうになったことには目を瞑りましょう……未然に防げたんだからいいんです(汗)。
「紗夜、今日がライブだっけ?」
「ええ。今組んでいるチームとの、最後のライブになるわ」
貴之が戻って来た四日後の放課後。ヴァンガードも一旦触れて見てから少ししたこの日、紗夜はライブ会場へ向かう前に黒い髪を肩より下までおろし、女子にしては少し細めの目つきに紅い瞳を持つ少女と話していた。
彼女の名は
入学した時のクラスが同じで隣の席であったこと、入部した部活がそれぞれ弓道部と剣道部であり、更にその部活を行う場所が近かったので度々顔を見ることが多かった。
そんなこともあり、最初は互いに部活の話しを持ち掛けて話し合い、その後は紗夜がギターをやっていることであったり、希美が元ヴァンガードファイターだったりを話して交流を重ねていった。
紗夜が弓道部に入ったのが集中力を高める一環であるのに対し、希美はヴァンガード以上にやりたいと思ったのがこの剣道であり、それが入部の理由となった。
これに関しては紗夜はヴァンガード以上にやりたいものが見つかったならと、希美は弓道以上にやりたいものの補助にするならと言うことで納得しており、お互い頑張ろうと激励を送り合っている。
「そっちもあったか……やっぱりさ、紗夜の求めてるハードルって結構高くない?かれこれ結構経っちゃってるし……」
「希美も分かっていると思うけれど、行こうと思ったらそれくらいの人と組まないといけないと思うから……」
紗夜がこうして砕けた口調で話す相手は小学時代からの友人、家族と遠導兄妹に絞られるのだが、彼女はそれ以降で初めて砕けた口調で話す程に仲良くなった数少ない人物である。
これは付属中学の二年に上がった頃、再び同じクラスになった時に希美からそれを持ちかけたものであり、紗夜もここまで仲良くなったならいいだろうと考えて承諾したことが始まりだった。
ちなみに、紗夜が貴之の努力の跡を知ったのは希美がヴァンガードファイターを引退した後も、大会直後の時だけ買っていたゲーム雑誌を見せて貰ったおかげであり、これを知って以来は大会直後のものだけ買って、貴之がどこまで進んでいるかを確認していた。
また、紗夜の殆どを受け入れられるようになったきっかけとなった貴之とはこの前顔を合わせており、その人柄からなるほど……と納得している。
「今日は意中の彼も見に来るんでしょ?だったらカッコよく決めないとね」
「もちろんそのつもりよ。
貴之がどれだけ強くなったかは間近で見させて貰っているし、そこから更に強くなるつもりでいるのは明らかだった。
ならばこちらも、どれだけできるようになったかを披露し、自身にある上昇志向を見せる時であった。
「本当はあたしも見に行きたかったけど……大会近いし、レギュラーだしでちょっと無理だね」
「でも、剣道で上を取るのは夢なんでしょう?」
「勿論。だから今日も頑張るだけ……よし、そろそろ行ってくるよ。ライブでも恋でも、進展があったら教えてね」
「もう……そんなに上手く行くかは分からないわよ?けど、そうするわ。そっちも剣道頑張って」
それぞれの道を目指す友の成功を、祈らずにはいられなかった。
「あっ、紗夜はもう行くの?」
「ええ。大丈夫そうで気が向いたら来てくださいね」
紗夜は友人たち送ってから教室を後にする。その直後、行ける人が行けない人の為に見に行き、後で感想を送ると言うことになった。
* * *
「よし、到着だ」
「悪いな……
「心配ねぇよ。お前は今日が初めてなんだし、複数の意味で案内は必要だからな」
紗夜が教室を出てから数十分後。彼女に遅れて貴之は男三人でライブハウスにやってきた。
貴之と少年の一人は青を基調とした色の制服を着ており、貴之に竜馬と呼ばれた赤髪の少年──
また、貴之と同じ制服を着た白い髪を持つ少年は
ちなみに貴之と俊哉は
竜馬が通っている学校は
「ライブに興味があって、仲のいいヴァンガードファイターがいるって聞いたから誘ってよかったよ」
「こっちとしてもありがたかったぜ。貴之をどうやって誘おうかは悩んでたからな……」
竜馬と俊哉は波長が合いやすかったようで、恐らくは今後も上手く付き合っていくだろうと貴之は確信していた。
なお、貴之と俊哉は先日貴之の転校によって初めて顔を合わせたのに対し、竜馬は貴之と小学生時代からの付き合いがある。
竜馬以外にも貴之と小学生時代から関わりがあった友人は後江と宮地に一人ずついるが、その三人の中で最も仲の良い、親友の間柄となるのはこの竜馬であった。
「紗夜は今、チームメンバーと交流中っと……まあ今日が最後だって言ってたしな」
「ああ……そういや、サポートやってるって話しだったな」
最初は自分から声を掛ける側だったのに、今では掛けられる側なのだから、大分進めているのだろうと貴之は考えている。
それが紗夜に届くかは分からないが、ライブを聴き終わった後に伝えて見ようと思った。
「そうだった……二人とも、この名前に聞き覚えはあるか?」
「えっと……
聞いたことのある竜馬が俊哉に聞いた理由を問えば、どうやらその少女は超が付く程の実力派なのだが、自身の求める技量を持つメンバーがいない故にずっとソロ活動をしているらしい。
その為、場合によっては紗夜に声を掛けるのかもしれないとのことだった。
「なら、後で話してみるか……って思ったけど、今は出番来るまで控え室だろうな。サポートするようになって以来ずっとそうだし」
「まあ、仲間内を大切にしてるならいいんじゃないか?」
「それもここにいる
「俺も紗夜には助けられたからな……あいつを助けられたならそれでいいさ」
紗夜の方針を確立させる程の支えになっているのだから、貴之は我ながらとんでもないことをしたと思う。
この後その話しを聞いていた近くの女子に、「そっちはそっちで紗夜を紹介することで支えてたよね?」と竜馬は言われていた。どうやらサポートをする紗夜を紹介するのを通し、竜馬は結構な人と仲良くなったらしい。
また、これは貴之も俊哉も預かり知らぬことだが、どうやら竜馬は知り合った中に一人、気になっている女子もいるようだ。
「とりあえず紗夜の順番が来たら、ちゃんと聴くんだぜ?あいつこの日を待ってたんだからな……」
「そりゃ当然。俺だってこの為に帰って来たまであるんだし」
少年二人のやり取りを、偶然近くで聞き入れた人物が一人いた。その人物は長く綺麗な銀色の髪をおろしていて、金色の瞳を持ったどこかのお姫様なのではないかと思う寡黙そうな少女であった。
「(わざわざ遠くから戻ってきたいと思うのなら、紗夜と言う子……意識しておく必要があるわね)」
話しが耳に入った少女──湊友希那は紗夜をマークすることに決めた。
友希那も紗夜と同じFWFに行きたいと行動している身ではあるが、紗夜のように純粋な想いからの発展ではない。
彼女がそう考えたきっかけは敬愛した人から音楽を奪われた故の、恨み節や復讐心とも呼べるものであった。
「……?」
「貴之、どうかしたか?」
「気のせいだとは思うんだが……」
──何かこう、怨念みてぇなものを感じたんだ。貴之が感じ取ったものはもう間もなく知ることとなるのを、この時はまだ知らなかった。
* * *
「(ダメね……このチームも技術が足りなすぎる)」
ライブが開演してから数十分後──。順番に演奏するチームごとの技術力を見て友希那は内心落胆する。
既にエントリー自体は始まっていて、十分な実力を持つメンバーが揃わなければ今回も断念せざるを得ない状況ではある。
ただ、今年を逃すと来年は受験生であり、そうなると自身の進路のせいでそれどころじゃない事態に陥ってしまう。
友希那自身は別にいいのだが、流石にメンバーを見つけられない場合は問答無用で両親に止められる未来が予想できるので、今年見つけられないと非常に不味いと考えている。
「俺……今日初めてバンドしてる光景を見た知識ゼロのド素人だけどさ、量とか形とかはそれぞれだけど……演奏してる人たちからは頑張ってきたのが伝わってくる」
「最初は今日の為の頑張りが分かればいい……って思ったけど、お前初日でそんなの分かるのか」
「これは……結構見る目があるっぽいな」
貴之の感想に竜馬は驚き、俊哉は貴之に素質ありと見出した。
これには友希那も驚いており、初日からそんなことをできる人は中々いない証拠であった。
「参考までに聞くけど……どうやって身につけた?」
「これか……俺がこう言うところに鋭いって言うのもあるかも知れねぇけど、ここを離れている時にいろんな場所でヴァンガードファイトを重ねててな……それを繰り返してたらいつの間にってところだ」
「(やはり、彼は別の道の人……アテにはできないでしょうね)」
ド素人と言う単語を聞いた時点で期待はしていなかったが、一人でもダメな人が増えると残念に思う。時期が時期だからだろう。
「ほらほら、紗夜が来たよ!ちゃんと見てあげてね?」
「ああ……五年前の宣言からどこまで行ったのか、それが楽しみでしょうがない」
気になる単語は出てきたが、友希那はそれを頭の隅に置いておく。
この他にも、紗夜の演奏を聴くために大急ぎで来た人もいるのが見え、期待している人の多さを理解する。
そして演奏が始まった後、チーム全体を見ていた友希那に取って、紗夜はいい意味で目立った。
「(他の子は大したことないけれど、彼女は完璧ね……やっと見つけられたわ)」
紗夜が今回サポートしているチームはパフォーマンス──来てくれた人たちを動きで楽しませることを優先しているチームで、自分たちが低いと思っている技量を無理矢理補っているチームでもあった。
これは貴之のように初めて来た人が楽しみやすいと言う利点を持つが、同時に友希那のように知識が豊富で、技術力最優先の人には基礎の不足を見抜かれると言う問題点も含んでいた。
一人だけ飛び抜けてしまっている紗夜が今回の演奏に不満が無いのか気になった友希那だが、演奏している彼女からそんな様子は感じられない。
真剣に、しかしながらどことなく
そんなものを持っている筈はないと、友希那は頭の中で言い聞かせて、それ以上考えないようにした。
「ありがとうございました」
演奏が終わってチームの代表の人が挨拶すると同時に、歓声が上がった。
中でも特に多いのは紗夜を称賛する声であり、最高だと言う旨の声をよく送っていた。
「で、どうだったよ?紗夜の演奏を聴いてみて」
「すげぇいい演奏だったよ。量も形も、今日見てきた中で一番多くて綺麗なものだった。直球で結論を言うとだが……」
俺は、ここに戻ってきてよかった……これは間違いない──。貴之が下した揺るぎない結論に、竜馬も俊哉も、この三人の近くで見ていた紗夜や竜馬と仲のいい女子も大満足であった。
それなら後でちゃんと伝えるようにと貴之の背を軽く叩きながら告げる竜馬と、それを当然の如く受け入れる貴之を見ながら、友希那は先程の戻ってきてよかったと言う評価に内心で同意する。
「(そうね。これだけの技量があるなら……今の内に声を掛けに行きましょう。私の順番も近いから、そのままステージの方まで行けばいいわ)」
ただしそれは純粋に音楽の技量を見ての話しであり、貴之の本質の意図とは程遠いものであった。
「あっ、湊さん。この後演奏だよね?」
「……」
「(お、おい……なんつーことしてんだあの子。完全な無視は流石に可哀想だろ……)」
友希那が動いた気配を偶然察知した貴之は、嫌なもの見たなと思った。せっかく声を掛けた少女はとても落ち込んでいた。
そんな貴之の様子に気づいた俊哉は、その少女が友希那であることを教え、基本的に音楽の世界に入り込まない人と、十分な実力を持たない人とは相手をしない人物であることを教える。実際彼女は、声を掛けてきた少女を一瞥するもそれっきりで、何も言わずに去っている。
俊哉の説明にはこのライブハウスによく来る女子も同意を示しており、貴之は彼女の身に何かあったのだろうとことだけは理解した。
「……貴之?どこ行くんだ?」
「ちょっとトイレ。小さい方だからすぐ終わるし、残りの演奏をちゃんと聴くために一旦行ってくる」
竜馬への回答に偽りは一切ないが、運よく友希那がそんな風に
特に追及はされなかった為に、貴之はそのまま一旦部屋を後にするが、友希那の演奏は人が増えるから急ぐようにとも言われたので、少しだけ足早に行動する。
* * *
「(さて、どう切り出そうかしら?)」
スタジオロビーに来た友希那は、紗夜を勧誘する為の切り出しを考えていた。
最悪は強引に引き抜くことすら考えてはいるが、本音を言えば今日で解散などという都合のいいことが起きてくれるのが一番である。
しかしながら、紗夜の演奏を聴いた感じではそのような方法を用いてもあまり良くないようにも見えるので、非常に悩ましいところであった。
ならばどうするかと友希那が思慮の海に落ちそうなところ、誰かが自分の後ろを通り過ぎたのでそちらを見れば、わざわざ紗夜の演奏を聴くために戻ってきたであろう少年の姿を目撃する。
「(さっきの様子から、紗夜がギターを始めたきっかけを知っていそうだったけれど……)」
聞けるなら紗夜から聞いてしまえばいいのだろうと考え、聞けなかった時の案として留めておく。
考え直そうとしたところで、チームメイトと話し合っている紗夜がロビーまでやって来るのが見えた。
「今までありがとう。お陰様で凄い助かっちゃったよ」
「いえ。こちらこそ、誘ってくれてありがとうございました」
紗夜とチームメイトの少女が話し合っている様子から、このチームが今日までだというのが伺えた。
何故かと考えていたが、その理由は次の会話が教えてくれる。
「一応聞くけど……このまま続ける?FWF行きたいって言ってたし、反応悪そうだけど……」
「すみません。お誘いは嬉しいのですが、もう一度探してみようと思います」
「あちゃ~……ダメ元だったけどフラれたかぁ」
これは仕方ないと、誘ってみた少女も今度こそキッパリと諦める。元々紗夜は今日までの協力者である為、またギターのメンバーを探すか、一度休んで勉強やその他に時間を回すのか、彼女がいたチームには選択肢が与えられた。
しかしながらすぐに答えを出す必要はない為、また今度みんなで考えようと言う話しに纏まる。
「私たちはこの後上がっちゃうけど、紗夜はどうする?」
「もう少しこちらを見ていこうと思います。もしかしたら声を掛けたい人がいるかもしれませんし……」
「(ええ。丁度ここにいるわよ……その声を掛けたい人が)」
まさかの今日が解散であり、紗夜の意思に委ねられていて、しかも紗夜が断ったのはこれ以上ないほどのチャンスであった。
一種の出来レースのようなものを感じてしまうが、友希那からすれば懸念材料が消えて大助かりである。
「じゃあ、私たちはもう行くね。打ち上げは……空いてる日にしようか」
「ええ。日程が決まったら連絡しますね」
チームメイトを見送ってひと段落と思った紗夜はそのまま会場の部屋に戻ろうとして、友希那がいたことに気づいた。
「あっ、ごめんなさい。他の人がいたのに気づきませんでした」
「いえ、気にしていないわ。それよりもさっき、あなたがステージで演奏しているのを見たわ」
紗夜はこればかりは暫く治らなそうだと思いながら詫びるのに対し、向こうから話しかけて来てくれたことに有り難さを感じた友希那はそのまま本題を切り出す。
音楽以外に興味が薄いのもそうだが、紗夜の目指す場所に対してどれ程の覚悟があるかを知りたかったのだ。故に鎌をかけたような問いかけを選んでいる。
これには疑問に近い感情も混じっており、原因は紗夜が上を取ろうとしているのに楽しさを捨てていないことであったのは、意外にもすぐに気づけた。
「ありがとうございます。ただ、一つの問題があるとすれば……ラストの曲、アウトロで油断してコードチェンジが遅れてしまいました。拙いものを聴かせてしまって申し訳ありません」
「……!確かにほんの一瞬遅れていた……。でも、殆ど気にならない程度だったわ」
友希那ですら疑問符が出る場所を、紗夜はハッキリとミスだと告げた。恐らくは自分と彼女が反対の立場でもこうなっているだろう。
──これで懸念事項は全て消えたわね……。紗夜の回答を聞いた友希那は、彼女となら行けると思い、次の段階に話しを進める。
「紗夜って言ったわね?あなたに提案があるの」
「提案……ですか?」
友希那の切り出しに、紗夜は耳を澄ませる。
──もしかして、バンドの勧誘かしら?紗夜は最近自分の身によく起こることを思い返し、一番来そうな予想を出した。
「……私と、バンドを組んで欲しいの」
「なるほど……。では、こちらからも確認しますが、方針と期間はどうしますか?私は技術力で勝負する方が得意ですが、そちら次第では合わせますよ」
紗夜はサポート時代での経験が多い為、まずは相手の意思の確認から始まる。ここが決まらなければどうしようもないからだ。
友希那は自分も技術力最優先であることを最初に告げ、改めて自己紹介をする。
「私は湊友希那。今はソロでボーカルをしてる……。『FUTURE WORLD FES.』に出る為のメンバーを探しているの」
「……!私も『FUTURE WORLD FES.』には以前から出たいと……。ようやく同じ考えの人が来てくれたんですね」
その出会いに喜ぶ紗夜だが、ここで手放しにするのはまだ早いと気を取り直す。
何故ならそこに行く為の門は非常に狭いからである。
「……でも、フェスに出るためのコンテストですら、プロでも落選が当たり前の……このジャンルでは頂点と言われるイベントですよね?」
アマチュアのみならず、プロでも普通に落ちるこのコンテストが、出場するにあたって最大の壁になっていた。
実際紗夜も、アマチュアでも出れることが理由で目指すことを決意し、そう言ったメンバーが出てこないので保留にし続けて来ている。
「(本気で考えているのなら、今回は厳しめにする必要がありそうね)」
普段なら実力を問わずにそのまま承諾するのだが、今回は場所が場所なので方針を変更する。
自分が合うなら継続としているが、今回は自分が合わないと思った段階で断らせてもらうことを決めた。
「私も本気で考えていますので、今回ばかりは無条件と言うわけにはいきません……」
「なら、私の歌を聴いて決めて貰えるかしら?出番は次の次。聴いてもらえば分かるわ。あなたがダメだと思うなら、断ってくれていいわ」
まるで「自分の歌を聴けばわかる」と言わんばかりの姿勢に、紗夜はそこまで言うならとこちらが引き受ける為の条件の提示をすることに決めた。
「……わかりました。なら、まずは一度聴く。私が納得できないのであればバンドの提案は却下……これでいいですか?」
「構わないわ。あなたを失望させることはない……。納得してくれたのなら方針は技術力最優先、期間は一先ずFWFのコンテストが終わるまででお願いするわ」
ここまで持ち込んだことで、友希那は勝ちを確信したような笑みを見せた。
そのまま移動してもよかったが、聞きたいことが一個だけあったので「そう言えば……」と、友希那は前置きを作る。
「あなたには誰か……自分のギターを聴いて欲しい人がいたの?」
「ええ、一人いましたよ。今日来てくれたので、ギターを始めた理由の一つがゴールを迎えました」
これを聞いたのは、自分の近くでそんなことを感じさせることを言っていた人たちがいる影響だった。これに対して紗夜が安堵の様子と共に答えたので、先を聞いてみることにする。
聞こうとした内容は、聴いて欲しいと願った人がどんな人物であるかで、紗夜程の人へそう言わせる程の存在が気になったのだ。
「そうですね。少々口の荒いところはありますが……何があっても折れない程意志は固く、人が困っている時には寄り添えるくらいに優しくて、思い悩んでいた私を助けてくれた……誰よりもヴァンガードを愛する、私の……いえ、私たちの先導者です」
──私がギターを始めるきっかけの一つは、彼が夢中になるくらいヴァンガードを楽しんでいる姿を見たのが始まりなんです。屈託ない笑みと共に告げられた言葉を聞いて、友希那は意外に思った。だが、それを聞いて紗夜が楽しさを兼ね備えている理由が分かった。
憧憬となる人がそうやって自分の好きなことを楽しんでいるのだから、紗夜もそうでありたいと願うのだ。何もおかしいことではない。と言うよりも、こうなってしまっている自分が少々特殊でもある。
また、今でもこうして楽しんでギターをやっているのは、憧憬となる人以外にもこんな理由があった。
「彼が夢中になることを教えてくれた恩返しもありますが……私は、上を目指すのに
紗夜の言葉からは紛れもない自分の意志を感じさせ、同時に人へ強要はしない柔らかさも感じさせる。
それはとても純粋で、綺麗な考え方だと素直にそう思わせた。
「(私にもそんな人がいれば……紗夜のようになっていたのかしら?)」
思わず考えた友希那だが、それはないだろうと断言できた。恐らく自分の一番きっかけである人を上回れないし、その人の音楽を奪われれば結局変わらない。
聞きたいことも聞けたので友希那は礼を言い、一先ずこれ以上は考えないことにした。話しも終わったので、紗夜が会場に、友希那はステージ裏に移動を始める。
「お……?」
「あっ……」
移動する途中、タイミング悪く用を足し終えた貴之がトイレから出てきたことにより、友希那は彼とぶつかってしまった。
少しだけ早足にしていたせいでそのまま転びそうになったが、貴之が反応してこちらの手を引いてくれたのでそれは免れた。
「悪い……大丈夫か?」
「ええ。大丈夫」
流石にこんな状況になれば友希那もまるっきり無視などという真似はせず、しっかりと答える。
落ち着いたことで、友希那は目の前の少年が紗夜のことを話していたことに気づいた。
「あなた、紗夜と関わりのある人……でいいのよね?」
「……ん?ああ……。俺と君は割と近くにいたみてぇだな。気分害しちまったなら悪いな」
ライブでの勝手を掴み切れていないので、自分たちの話し声を邪魔に思っていたらと貴之は詫びるが、友希那は大して問題ないことを告げ、寧ろ悪いのは盗み聞き紛いなことをしている自分であると言い張った。
そこまで言われれば貴之もそれ以上踏み込むつもりにはなれず、詫びることに関しては終わらせることにした。
本来ならこのまま終わりなのだが、貴之は自分が意識した紗夜のことを知っているので、彼女の人物像を知るならと問いかけてみることにした。
「ところで、紗夜が『自分たちの先導者』……と言っていた人のこと、あなたは誰だか知っているのかしら?」
「紗夜が、か……。ああ……それどう考えたって俺じゃねぇか」
紗夜が──。と、言われた段階でもう確定だった。自分や日菜に夢中になることの楽しさを伝え、竜馬たちをヴァンガードに誘ったのを知っているし、そこに『自分たち』と主語を絞られれば外れようが無かった。
貴之が認めたことで、友希那は彼がヴァンガードをやっている人であることは理解した。ただし、興味を抱いていないので詳しいことは
「割と近くにいたってことは、俺が五年前……とか言ってたのも聞こえてそうだな」
「……!確かに言っていたわね。あれはどういうこと?」
「そうだな……かいつまんで話すけど、俺は五年前に一度ここを離れてな……戻ってきたのは丁度今週が始まる直前なんだ」
紗夜がギターを始める宣言と、戻ってきたら聴いて欲しいと言ったのはその時であり、貴之もそれならば自分はヴァンガードでもっと強くなってくると宣言していたことを伝える。
今現在は紗夜がFWFと言う場所、自分はヴァンガードで全国大会優勝を狙っている身であることまで話しておく。
「楽しさを捨てない……ね。それで本当に、上を目指せるの?」
「そうだな……。今でもこの手が届いてないし、難しいとは思う。けどさ……」
──諦めちまったら、全部そこで終わりだと思うんだ。その言葉に友希那は同意できた。
更に、ここだけでは終わらず、「それに……」と言葉が続く。
「こう言うのって……『できる、できない』じゃなくて……『やる、やらない』だと思うんだ」
「言われてみればそうね……ごめんなさい。変なこと聞いてしまったわね」
結局のところ、上を目指す人は大体これなので友希那は納得しながら詫びる。
紗夜の考え方を知ることはできたので、彼女とは上手くやっていけそうであることを考えながら「ただ……」と前置きを作り、一つだけ抱いた想いを告げる。
「……何故かしら?同意できる言葉が多いのに、あなたとは
告げたことで、友希那はずっと引っ掛かっているものが取れたのを感じる。
理由は同じ一つの分野に突き進んでいる身でありながら、貴之はその分野以外にも足を踏み入れている場面があるからだった。
──どうして……そんなことをしていられるの?友希那からすれば、それが不思議でならなかった。
「……それは俺もだよ。俺が戦ってきたヴァンガードファイターに……せっかく声掛けてきたって人を無碍にする奴なんざ、
友希那が疑問を抱いていたのに対し、貴之が友希那に抱いていたのは一種の怒りであった。少なくとも紗夜から話しを聞かせて貰った限り、音楽も上を目指すのにそこまで切り詰めるような日々を過ごす必要は感じられない。
貴之から見る先程やった友希那の行為とは、再戦を求める声を無視するようなものであり、気が合わないと思った理由に拍車を掛けている。
何もそんなことをする必要はないだろ……と、思っている内に両手に力が籠ってしまい、友希那から「痛っ……」と苦悶の声が聞こえたことで貴之は我に返った。
「あっ、悪い……!怪我は!?」
「いえ、無いわ」
友希那を救助してからそのままだったことに気づき、貴之は慌てて手を話す。自分が『体を鍛えたらイメージしやすくなるか?』を検証すべく体を鍛えていた時期があったせいで、半端に力が強くなってしまっているのを完全に失念してしまっていたのだ。
また、初対面である貴之がここまで怒る程のことをしていたのを知った以上、友希那はそこまで怒る気にはなれなかった。強く握られた部分が赤くなっているが、時間が経てばすぐに引くし、骨にもヒビは無いのでこれは不問とした。
互いが一旦冷静になれたところで、これ以上は時間が来てしまうだろうことを思い出した貴之は、最後に一つだけ聞いてみることにする。
「無理に答えなくてもいいけど……何が君をそうさせた?」
「っ……あなたには……関係無いわ」
元より期待はしていなかったので、貴之も「そうか……」と、諦めをつける。今踏み込んだら絶対に不味いネタであることを確信したからだ。
対する友希那も『答えなくていい』と言う言葉に縋って全力で逃げたが、何故貴之がこの短期間でそんな所まで感づいたかが理解できないでいる。
「まあいいや。何か、君の演奏の時は人増えるって言ってたし、そろそろ戻るよ」
貴之がそう言って会場に戻ろうとしたところで、友希那に引き留められる。
「あなた、名前は?」
自分と似ているようで異なり、ここまで相容れなかった人の名前を、友希那は聞かずにはいられなかった。
貴之はお互いに忘れてしまった方が楽だとも考えていたが、紗夜と関わりを持つ場合は間接的に関わる確率が上がってしまうので、恐らくは互いに知り合った方がいいのだろうとは思った。
「俺は貴之……遠導貴之だ。遠導は、『遠』くと先『導』者って書いて遠導になる。んで、そっちは湊さん……だったな?」
「ええ、私は湊友希那。あなたのこと、覚えておくわね。遠導君」
こうして、先導者と歌姫の出会いは若干嫌悪な形で終わりを迎えるのだった──。
* * *
「遅かったな……どうしてたんだ?」
「戻ろうとした時に湊さんとぶつかって、そっから俺のことを少し聞かれたから答えてた……。お互いに気が合わないだろうって
貴之が戻る頃には、もう一チームが最後の曲を演奏している頃だった。
彼の言葉を一瞬意外だとも思ったが、竜馬はこの中で唯一納得できる。
紗夜は先程の光景を目の当たりにはしておらず、俊哉は貴之の思想を知っていても理解しているわけではない。二つの要素が重なった竜馬だからこそ、そこに気づけたのだ。
「まあそこは深く考えすぎねぇ方がいいだろ。それよりも、湊さんの演奏くると話したいことも話せなくなるだろ?」
「ええ。危うく忘れるところだったわ……」
竜馬も小学生時代からの付き合いである為、紗夜は砕けた口調で話す。ちなみに呼び方は名前に君付けであり、異性で完全な呼び捨てをするのは貴之ただ一人である。
聞きたかったことと言えば至って単純、自分のギターがどうだったかであり、貴之も答えが決まっているのでそれをしっかりと伝える。
この時、自分がファイトを重ねて行く内に人の努力の量や形が分かるようになったことを先に伝えると、紗夜は簡単に納得してくれた。全面的に信頼してくれているのはありがたい話しである。
「すげぇいい演奏だったよ。量も形も、今日見てきた中で一番多くて綺麗なものだった……ありがとうな。俺が戻ってきてよかったって、胸張って言えるものだったよ」
「……!よかった……その言葉、ずっと聞きたかったの」
「昔からの知り合い……でいいのか?」
「ああ、この二人は幼馴染みでな……よしよし。これでお互いにひと段落だな」
──後であいつらに連絡しておこう。目の前の光景に安堵しながら、竜馬はそう決めた。楽しみにしているはずなので、必ず送るつもりである。
「……?人が増えてる」
「次が湊さんだからね……固まっておこうよ」
近くにいた女子に言われたことで、貴之は友希那の番は人が増えることを思い出し、紗夜も嬉しさで目尻から浮かんでいた涙を慌てて引っ込める。
そして友希那がステージに上がった時、一気に空気が変わった。先程まである程度バラついた場所があった空気も、一瞬で統一されたようであった。
「(すごい熱気……こんなにファンがいるの?しかも、時間が押しているのに全然騒がない……)」
――みんな、あの子の歌を待っているみたい……。紗夜は周りの空気を感じ取って驚いた。
この会場を使える時間も限られているので、どうしても出番の遅いメンバーは「早くしてくれ」と言った空気に浴びせられることが多い。
しかし、ここにいる人たちはまるで時間のことを気にしていないかのように、友希那が歌いだすのを待っていた。
「あ、あれ?予想より人が多い……。りんりん、大丈夫?」
「う、うん……でも、この中に……入れるの……?」
「だ、大丈夫だよ……!えっとね……。あっ、向こうなら通れるし、その先端っこだから行こうっ!」
「(あれは、
自分が通う花女の制服を着た黒髪の少女──白金
この二人を知っていた理由として、燐子は同じクラス。あこは小百合と学校での席が隣なので、遠導兄妹の転校初日に顔を合わせていた。
「(見た限り白金さんは同意したけど、この人数に予想外みたいね)」
あこが少し焦っていたのは、燐子が多くの人がいる空間を苦手としていることを理解しているからだろう。その焦りは自分にも原因があるので、少し申し訳なくなった。
友希那がここまで惹き込めるのも予想以上だったが、紗夜も紗夜で思いの外人を集められるようになったことを自覚する。
──私が行って、助けになって上げた方がいいかしら?行動に移そうとした紗夜だが、人数が多すぎて難しいことに気付く。
「――♪」
「……!?」
打つ手なしか──。と思った矢先、友希那が歌いだしたことで紗夜を含む全員が惹き付けられた。
「……!やっぱ……カッコイイ……!」
「(!?……なに……この声……?……こんなの……)」
先程まで燐子を気遣っていた少女は満足げに呟き、顔を青くしていた燐子も、大勢の人がいると言う状況下で感じていた重圧感がどこかへ飛び去っていた。
すっかり顔色の良くなっていた燐子は、その歌声を夢中で聴いていた。
「(こんなの……聴いたことがない。言葉のひとつひとつが……音にのって、情景にかわる……色になって、香りになって……会場が包まれていく……)」
また、紗夜も今まで聴いてきた歌とは全く比較にならない、飛び抜けた技術を前に聴き入って、確信に変わった。
彼女の歌に懸ける思いと覚悟の強さを知り、自分の前であそこまで堂々と言ってのけた、自分の音に対する絶対の自信を理解するに至る。
「うわぁ……こりゃすげぇな」
「これだけの技量を持ってれば、実力の見合わない人と組まないって言われても仕方ない面は出てくるんだよな……」
その歌を始めて目の当たりにした竜馬は圧倒され、俊哉は彼女の方針を思い返しながら納得する。
「(音楽における努力の量は膨大で、それこそ紗夜すらをも超える……。だが、形は紗夜と比べて綺麗とは言えない。
──なんて言うか、すげぇ歪だな。この会場の中で、貴之は唯一と言っても過言ではない程複雑な表情を浮かべていた自信がある。
仮に組むのであれば、自分が感じたものが露呈するよりも前に何とかする必要があることは明らかであり、紗夜の為なら最悪自分も頭を回すつもりでいた。
「私、決めたわ」
「どうした?」
「湊さんから、バンドを組まないかって誘われていたのを……受けることにするわ」
ようやく自分と同じ道を目指す人が現れたのだから、逃さない理由は無かった。
それならば貴之は止めはしないが、組む上にあたって、自分が感じ取ったものを伝えておく。
「なるほど……。なら、私やこの後組むだろう人たちと一緒に、どうにかしてみるわ。一人では無理でも、誰かと一緒ならきっとできるはずだから」
「ああ。何かあったら、俺にも手伝わせてくれ」
──一人では袋小路でも、二人以上なら乗り越えられる。それを知っている二人だからこそ、迷わずできる約束であった。
* * *
「……どうだった?私の歌」
「何も……言うことはないわ。私が今まで聴いたどの音楽よりも……あなたの歌声は素晴らしかった」
ライブが終わった後、片付けの行われている会場として使われていた部屋で、友希那は紗夜に問いかけ、問われた紗夜は素直に彼女の歌を認める。
ちなみに、自分の知人は既に上がっている。貴之が友希那と印象の悪い出会いをしでかしたので、長居するのは不味いと言う判断であった。
「FWFに出ると言う話し、引き受けさせてください。やっと同じ場所を目指す人が現れたこと、嬉しく思います」
「ありがとう。契約成立ね」
互いに右手を差し出して、握手を交わす。この時、友希那は紗夜の瞳に貴之と同じものを感じた。
その理由は二人揃って『好きと楽しさを持ったまま上に行く』であり、納得が行った。
「さて、まずは今後の予定を決めて行きましょう」
「わかりました。では、互いの予定から確認しましょう」
──その中で、私は湊さんのことを助け出してみせる……。確かな決意の下、友希那との第一歩が始まった。
* * *
「く、来るかな……会えるよね……?」
「だ、大丈夫……だと思うよ……?」
今日のライブが終わって数十分後──。あこと燐子はライブハウスの出入口近くで張り込みをしている。
目的はあこが友希那のバンドに入りたい故声を掛けることにあり、一人では色々危ないので燐子も同伴している形になる。
当のあこが自信無さそうに問いかけて来たので、燐子も思わず疑問形で返してしまった。
燐子自身、大勢の人がいる中に紛れるのは苦手なのだが、友希那の歌はそんな不安を簡単に吹き飛ばしてくれたので、来てよかったと思える。
あこの方も、燐子がいるからこそギリギリまで張り込みを選択している。
「(大丈夫かな……自己紹介とかどうしよう?)」
緊張した心持ちで友希那が来ることを待っていると、ついにそのチャンスが巡ってくる。
「あなたと組めることになってよかったわ。もうスタジオの予約、入れていいかしら?時間は限られているから……」
「構いません。ところで、他に決まっているメンバーは?」
「(……!ゆ、友希那が来た!っていうか、組む人って紗夜さんだったの!?)」
二人の少女が話しながらスタジオロビーからこちらにやってきていた。その片方は、話しかけようと思っていた友希那だった。
その姿を見たあこは緊張が強くなるのを感じた。もう誰もいないのだろうか、出入口で立ち止まって話しているので、十分にチャンスはあった。
紗夜の姿を認識していたのは、小百合と仲良くなった当日に顔を合わせ、兄と共々幼馴染みであることを教えてもらっていたかららだ。
「まだ決まっていないわ……だから、後三人必要ね」
「となると、急ぐ必要がありますね……」
今回、ただでさえ奇跡的な巡り合わせだったので、次も上手く行くとは限らない。寧ろ、お互い前情報も無しによく巡り会えたと思う。
なら、いっそこうしてしまうのは──?思いついた提案を、紗夜は友希那に伝えてみる。
「湊さん、メンバーのことはオーディションで決めてしまうのはどうですか?」
「オーディションで?理由を聞いてもいいかしら?」
友希那としてはあまり時間を無駄にしたく無いので、紗夜の提案が効率的なら採用するつもりでいた。
即座に拒否されることが無いのは有り難い話しなので、この考えに思い至った理由を話させてもらう。
「湊さんはライブする過程で他のチームから探して、私はサポートを求められたチームと音を合わせながら探していましたが……それを続けて集まったのは私たちだけ。これを繰り返していても、コンテストには間に合わないでしょう」
「確かに。このままではまた繰り返しになってしまうわね……」
紗夜は二年間、友希那は恐らくそれ以上の時間を繰り返していたが、それが非常に非効率なメンバー探しであると言う認識を共有する。
同意した友希那は、紗夜が何故オーディションの提案を持ちかけたかを理解する。
「なら、他の人から来てもらって、私たちが判断する……。そうすれば練習時間も確保できて、メンバー探しに困ることもない……そう言いたいのね?」
「理解が早くて助かります。音楽を完成させる為の時間も必要でしたので、これが一番いいかと」
友希那も反対する理由が無いので、紗夜の提案は可決された。
懸念していたことも方向が決まったので、後は作りかけである曲の話しをしておく。
「メロディはさっき聴いて貰ったものを、私の方で詰めてみるわ」
「わかりました。では私は、そのあとのパートのベースを……」
「あっ、あの……すみません」
話していた二人は、あこに声をかけられたことで話しを中断してそちらを振り向く。
紗夜からすれば知人が声を掛けてきたので、少し驚きではあった。
「……宇田川さんですか?」
「あっ、どうも……!二日ぶりですっ」
覚えてくれていたのはかなり有り難い話しだった。
友希那の方が「早くしてほしい」と言う目を向けるので緊張が走っていたが、紗夜の「話があるならどうぞ」と言った柔らかい雰囲気がそれを緩和してくれる。
ここで「何でもないです」など言おうものなら話しかけた意味もないし、彼女らを不愉快にさせるのは明らかだ。ましてやあこにそんな選択肢は無いので、勇気を持って踏み出すことを選んだ。紗夜がおだててくれたのもあるので、尚更引くと言う選択肢は消えていた。
「さっきの話って……本当ですか?友希那……さん、紗夜さんと、バンド組むんですか?」
「ええ。その予定よ。……その話しが聞こえていたと言うことは、メンバー参加を希望しているの?」
あこの問いに友希那は肯定を返し、重ねて問いかけると、あこはそれに頷くことで肯定を返した。
「えっと……これも聞こえちゃったことなんですけど……。オーディション、やるんですよね?それっていつ頃ですか?」
「まだ未定ね……何しろ、そのメンバーは一人もいないから」
そこに希望の活路を見いだしたあこは、更に入り込んでいく。
あこの様子を見た友希那は、あこのチームに入りたい気持ちが極めて強いことを感じ取り、現状を説明する。
今回あこにとって大事なのはオーディションの日程では無くやるかどうかで、やると答えて貰えたあこは最後の一押しに出る。
「あこ、世界で2番目に上手いドラマーですっ!1番はおねーちゃんなんですけど……!あこをそのオーディションに参加させてください!」
「「…………」」
「あ……あれ?」
あこ個人から見れば何の問題もない自己紹介と同時に頭を下げるが、二人は一瞬固まってから顔を見合わせる。
二人から返事が返って来ないのでおかしいと思ったあこが顔を上げると、丁度二人がこちらに目を向け直していた。
あこにとっては問題ない自己紹介でも、友希那たちからすれば「2番目」を自慢したことが頭を抱えさせる内容だった。
また、この時紗夜は彼女の自己紹介に引っ掛かるものを感じたが、その理由には思い当たるものがあった。
「(この様子……宇田川さんは、日菜と同じだけど違う。自分の姉に対する『
小百合も日菜と似通ったものを持っているが、あちらは対象が
日菜とあこが共通していることとしては、『自分よりも姉が上』、『自分は姉が好き』と言う二点だった。ここは深く探らなくてもいいくらいであり、何ならあこが言葉で説明してくれている。
大事なのはここからの差異点で、日菜は『表面上の能力では勝っていることを理解した上で、元より持っている内面上の能力を加味して姉が上』と言う判断であり、貴之と自分が共に悩んだ日を境に人の違いを理解した結果元より持っていた認識が改まっている。これを先程の『
あこの場合は『表面上の能力や元より持っている内面上の能力を関係なしに、姉の方が上』と言う判断を下していることを推測できた。そうでなければ、『一番は姉だ』とあっさり言うことは無いだろうし、友希那の方針に気づいていれば今日は出直した可能性が高い。
「紗夜、悪いけれど
「方針が方針ですし、そこは仕方ありませんね……」
友希那の言いたいことは分かる。FWFに出る以上、二番目で甘んじる思想は勘弁願いたいのだ。
だからこそ紗夜もこれには反対せず、一度見送りと言う形にする。
「えっ?あの……」
「もう一度来る分には構いませんが……同じことを繰り返すのはお互いの為になりませんので、私からオーディションを引き受ける段階を提示してしまいますね」
「……紗夜?」
あこの性格を鑑みると、ここで言わなければ今日のようにこちらに来て、考えが変わっていないからまた却下を繰り返しそうな気がした。
その為、自分ならこうするのがいいと思うし、友希那も納得するだろうと条件を出していく。
「あなたが一番と思っている人……つまり、あなたのお姉さんを抜かすのと、本気で上を目指そうとする決心……この二つが準備できたらまた来てください。私たちは、それが必要な場所を目指して組みましたから……」
「……えっ?えっと……」
あこが少々混乱気味な様子を見せたので、紗夜は柔らかな笑みを浮かべながら頭を優しく撫でることで落ち着かせる。
「早く決めてくるに越したことはありませんが、何も今すぐに……と言うわけではありません。落ち着ける場所でしっかり考えて来てください。ね?」
「あ、はい……」
紗夜の言葉で安堵した辺り、あこは結構慌てていたようだ。これなら、後は彼女の身の回りが解決してくれると紗夜は確信する。
あこが自分たちの望む答えを出す為の簡単な促し方は知っているが、それでは本人の為にならないので、紗夜は敢えてそれを言わなかった。
「湊さんも、大丈夫ですか?」
「ええ。一先ず、この話しは一旦ここまでね。行きましょう」
友希那も納得してくれたので、今度こそこの話しは終わりとなる。
このまま二人は上がるのだが、紗夜が夜は外食する予定でいた為、今回は友希那と同じ方角へ足を運んでいく。
「あこちゃん……大丈夫?」
「う、うん……大丈夫。ごめんねりんりん、長い時間待たせちゃって……」
燐子に声をかけられたあこは、待たせてしまったことを詫びる。
普段なら前向きな発言の多いあこが今回は特に言わないので、燐子は少々不思議に思った。
「あこちゃん……どうかしたの?」
「ちょっと考えごと。どうしようか考えてて……」
紗夜に言われたことが引っ掛かっていて、あこは悩んでいた。
ここで考えてもすぐに答えを出せそうには無いので、待たせても悪いと思ったあこはライブハウスに背を向けた。
「そんなすぐに答え出なそうだし、帰ってからゆっくり考えてみるよ。そろそろ行こっ」
「うん……そうだね」
そんなすぐには自分にも話せないだろうと思った燐子はそれ以上追及することはせず、あこと共に帰路へ付いた。
「(本気でやるのはそうなんだけど……おねーちゃんを抜かそうとするか……)」
――それってできるのかな?そのことが、あこを悩ませていた。
それを相談できぬまま燐子と別れ、家に帰った後も考えて見たが、その日一日で答えは出せなかった。
* * *
「ところで、どうしてあんな提案を出したの?」
「断った理由を話さなければ、また何度も相手をする必要があると思いましたし、最後はオーディションで決めるのですから、その前すら一回で落とすのもどうかと思いまして……」
行き道で友希那に問われたが、これは友希那に納得してもらいやすい建て前の答えである。
紗夜の本音は別のところにあり、友希那から他に無いかと問われたことで答えることにした。
「彼女はまだ、自分の姉に対する『
「その言い方……まるでそんな人を知っているような言い分ね?」
「私は双子の妹がいるんです。聞いた限りでは今日、湊さん出会ったと言っていた貴之も妹がいるので、この手の状態の相手を見ることは結構あったんです」
「彼が……?」
普段ならどうでもいい話しとして全く頭に残さないが、紗夜があこへ取った対応と、気が合わない貴之のプロフィールが明かされるとなれば無視は出来なかった。
自分の見てきた人たちがたまたまそうだからではあるが、紗夜は『妹=上の子に対して全面的な信頼を置きやすい』と言う認識を持っていた。
あこが今回のような建て前を持ってきたのはこれが理由であり、それを外したらどうなるかを見る必要があると判断したことを、紗夜はしっかりと友希那に伝える。
「そう……。なら、もう一度くらいならいいかしら。けれど、あの子の技術が私たちの求めるものではないのなら……」
「ええ。その時は仕方ありません。宇田川さんがどれだけ意識を変えられるのか……それを信じましょう」
紗夜があこの気持ちへ寄り添うような対応を見せていたのに、今日話していたことが理由かも知れないと思った友希那は聞いてみることにする。
「その考え方も……遠導君と関係が?」
「はい。正確には……お互いが影響を受けたのでしょうけど」
あの時解決できていなければ、今まで組んでいたチームとは全て喧嘩別れしていたかも知れない──。そう考えれば本当に貴之がいてくれて良かったと思う。
友希那としてはその姿勢はあまり必要だとは思えないが、強要するつもりにはなれないので置いておくことにした。
また、紗夜と彼の話しを聞いていると、どうしても思い出す人物が友希那には一人いる。自分が素っ気無い対応をしても、変わらずに接しようとしてくれる少女である。
「(紗夜と組んだことを知ったら、どうするのかしら?)」
普段は全く意識しないはずなのに、今日は寝るまで度々意識することになった。
Roseliaシナリオ1章の2話と3話を同時に入れるとこんなに長くなるんですね……いやはやビックリ(汗)。
こちらでは友希那の思想が原作通りなのが仇となり、貴之との相性が悪いです。早い話が、この世界での友希那は『
互いに紗夜との関係を得ている故に今後も関わる以上、どうやって改善または変化させるか……二人が関わり続ける場合はここが大事になります。
次回は本編で言うところのイメージ7~8……オーディションを受けられるか否から、オーディションを受けた直後までになると思います。
本編で全く同じになってしまう箇所は省略していく予定です。
ここからは今回新たに明かす本編との差異点になります。
前回と同じく長いので、お気を付けください。
紗夜の相手の呼び方と人間関係に関して
・基本は原作と変わらず名字+さん付けの敬語だが、特定の相手である場合は変わる。
・小学時代から付き合いのある友人である竜馬、大介、弘人の三人は名前呼び+君付け、砕けた口調になる。貴之を呼び捨てにするのはそれだけ自分に取って特別な存在であることの証
・希美も中学生時代以降の知り合いであるにも関わらず、呼び捨て+砕けた口調と、自分に取って大切な存在である証拠になっており、彼女が例外中の例外でもある
・中学生時代からは希美、その他サポート時代で組んだ人たち。小学生時代からは竜馬、大介、弘人の三人。それよりも前からは遠導兄妹の関わりが増えている
・貴之らは本編だと学校が違うので仕方ないが、本編で他三人と同じ小学なのに面識が無かったのは、『接点が浅かった』のと、『互いに中学以降は違う学校』である二点から『同じ小学にいたことを忘れていた』から
貴之の人間関係に関して
・小学生時代に仲が良かったのは氷川姉妹以外に、竜馬、大介、弘人の三人。もし転校せず同じ場所にとどまっていた場合、大介と同じ中学に進んでいた
・親友は竜馬で、彼にサブカルチャーの面白さを教えて貰う
・本編と比べて名前呼びにする為の条件が緩いので、クラス内では親近感が強くなっている
小百合の人間関係と通っている学校に関して
・羽丘女子学園へ編入しており、あことは隣の席
・あこと仲良くなったことで、リサとも認識ができている
・貴之とその友人は『可愛げのある後輩たち』から一転、『優しいお兄さんたち』になっている
友希那の個人の変化
・遠導姉弟との関わりがない為、俊哉をはじめとする友人関係が激減。
・父親の音楽を奪われた際、復讐心を咎める人が殆どおらず、原作通りの道を辿ることに
・原作通りの思想になった影響で、貴之との相性が悪くなる
・こちらでも俊哉、玲奈と小学は同じなのだが『接点が浅い』ことと、『互いに中学以降は違う学校』である二点から『同じ小学にいたことを忘れている』。これはリサも同じである
白河希美に関して
・紗夜たちとは別の小学にいた元ヴァンガードファイター。貴之らとも対戦経験ありで、竜馬たちとは剣道に走っても交流を持っていた
・ヴァンガードは嫌いになったわけでもなく、今でも好きな為情報収集はしっかりと行っており、これが紗夜に貴之の情報を伝えることに繋がる
・別方向とは言え、紗夜と非常に距離が近いもの同士である貴之とは相性が良く、互いに紗夜の良さを堂々と話し合える一種の悪友的な関係を築くことになる
・ヴァンガードファイター時代に使っていた『クラン』は『むらくも』。デッキ自体は今も大事に保管してあり、やりたくなったらそのデッキを引っ張り出せばいい状態
竜馬個人の変化
・貴之が親友になる
・サポートギターを始めてから少しした後に空いてるチーム探しの協力者となり、その影響で友好関係が増加。しかもその中に気になる相手ができるくらい交流を増やせている
・紗夜が活動する場所には基本来なかったので、友希那のことは名前だけ知っていた
・こちらでも一真との席が隣なので、彼に貴之のことを伝える情報網にもなった
友希那から見る貴之
紗夜の技量を作り上げることにおける原点とも言える存在で、上昇志向と諦めの悪さは共感できるのに、そりの合わない人。紗夜との関係を見ると懐かしさを感じさせるが、異様なまでの洞察力から警戒心を抱いてしまう。
ただそれでも、何度躓いても立ち上がるその姿は自分が持たない……と言うよりも、経験の関係上得ることのできなかったものなので、見習うべき点であると感じている。
貴之から見る友希那
自分の考え方に共感してくれる部分はあるようだが、どうしても合わない部分があり、余裕をなさそうにしてる人。本人に取って許せない出来事があったのは確定と見ているが、何があったかまでは分からず、今後大きな問題にならないかが不安。
紗夜に協力する形ではあるが、彼女が抱えてしまっているものを取り出すことでなんとか助け出してやりたいところ。
こんなところになります。本編と比べて友希那は結構割を食ってしまっていますね……。
ちなみに希美の容姿は『リトルバスターズ!』より『来ヶ谷唯湖』がベースで、目つきを細目にした感じです。
全部読んでくれた方は、本編も長いのに本当にありがとうございます。