先導者と歌姫 -高みを目指して-   作:ブリガンディ

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予告通り紗夜にスポットを当てた話しとなります。

ちなみに前回の『ノーブル・ローズ-歌、至りて-』を走り終わった後にガチャを10連だけ回したところ……その時追加された燐子と紗夜が当たると言う金星が出ました。
……この時もう一つの星4がつぐみではなく、当時追加された友希那だったら完全勝利だったんですけどね……(汗)。


ライド11 差し伸べる手

「(ここは問題なし。次はここを確認かしら?)」

 

リサが不在の状態で練習をした日から二週間。期末試験が終わった直後の休日、紗夜は自室でギターの自主練習をしていた。

早速みんなで集まって練習しに行こう……とはならず、予定ありの人が半数いたのでそれは叶わなかったのだ。

そうして再びギターを弾き出そうとしたところで、紗夜はこの前Roseliaのメンバーで話していたことを思い出す。

自分たちが思った以上に貴之から手を差し伸べて貰っている身であることで、少なくとも一人一回はそれがあるようだ。と言っても、あこの場合は軽く背を押して貰っただけなので、ノーカウント一歩手前でもあるが。

これを思い出したのは、その話しをしていた際に自身が抱いた情が起因している。

 

「(私もああやって、()()()()()()()()()()()……そう願っているのね)」

 

彼や友希那と出会った直後に比べ、自分の思想がほぼ間反対になりつつあるのを自覚しながら、それは悪くないと思う自分がいた。

自身が願ったことを実際にやっている人のおかげで、自分含め少なくとも六人の救いや手助けを果たしているのだ。悪いと思うはずがない。

そうする為にはどうするのがいいか?実際にやっていた人はどうしていたのか?それらを考えてからがいいとは思うが、今は練習をしている最中なので、終わった後で考えることにする。

気持ちを切り替えてから一度通しで弾いて見たところ、問題無いのでそのまま次に行こうとしたが、そろそろ弦の変え時だったので、予備の弦を取り出すべく机の引き出しを開ける。

 

「あら、切れているわね……」

 

開けたのはいいが、予備の弦が残っていなかった。仕方がないので練習を一時中断し、弦を買いに行くことにする。

携帯電話と財布、それから全員が家から出た時のことを想定して家の鍵だけ準備して部屋を出ると、自室に戻ろうとしている日菜と鉢合わせする。

 

「あっ、おねーちゃんこれからお出掛け?」

 

「ええ。と言っても、ギターの弦を買って来るだけだから、そこまで時間は掛からないと思うわ」

 

紗夜の返事を聞いた日菜は少しの間考え込む。彼女もギターをやっているから、どうしても避けて通れないものがあるのだ。

 

「あたしも……予備の弦、残ってたっけ?」

 

「無くなっているのなら、私が纏めて買って来るわよ?」

 

「ホント!?ちょっと見てみるーっ!」

 

2メートルも無いだろう距離を一瞬でも走って勢い良くドアを開け、その後3秒で弦の確認を済ませて欲しいものを伝える日菜を見て、そうまで急がなくても良いだろうにと紗夜は思ったが口には出さなかった。

何しろ今まで突っぱねていた自分が歩み寄ってきたのだ。それに嬉しさを感じないことは無いだろう。

日菜が欲しいと言ったものをしっかりとメモしてから、紗夜は今度こそ外に出て商店街へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「(日菜が欲しいと言ってた弦はここにあったわね……)」

 

商店街を歩いて普段自分が立ち寄る楽器屋に向かう途中、紗夜は今回買おうとしている弦が売っている場所を確認する。

幸いにも彼女が欲しいと言っていた弦と自分が今回使っていた弦は同じ場所にある為、一々移動せずに済むのは気が楽になる。

 

「いらっしゃい紗夜ちゃん。今日はどうしたの?」

 

「ギターの弦を買いに来ました。少し見ていきますね」

 

紗夜の返しを聞いた店主は「ゆっくり見ていってね」と言葉を投げ返す。

ギターの弦が置いてある場所まで行って、日菜が欲しいと言ってた弦が後一つだけだったのでこれは手に取ることで真っ先にキープしておく。

久しぶりに別の弦を使ってみようかと考えた紗夜だが、結局いつも通りの……自分が一番馴染んでいると感じた弦を買うことにした。

と言うのも、曲を作り終えたばかりなので、すぐに弦を変えると危険かもしれないと言う危惧からであった。

 

「この二つをお願いします」

 

「この二つだね。それなら合計で……」

 

言われた金額は丁度出せるものだったので、それを出してレシートを受け取る。弦の値段は払うからと言う旨がCordにて日菜から飛んできていたのだ。

これくらいは気にしないと言おうと思った紗夜だが、こう言う時に日菜はそう簡単に止まらないだろうことが予想できたので、その言葉は飲み込んでいる。

 

「(嬉しそうなのが画面越しでも伝わって来るわね……)」

 

無事に買えた旨をCordで送信したところ、1分もせずに嬉しそうな様子が伝わる文面が返ってきた。

しかしながら、今までのことを考えると咎める気にはなれず、彼女が落ち着くべき時期になったら促すくらいで良いだろう。

今までが今までだったが故に、過ちは繰り返さない。誰かが自分と同じような過ちを重ねそうになったらそうなる前に止める。それが、自身の苦悩に終止符を打ってくれた人に対する恩返しだろうと紗夜は捉えていた。

 

「(あら?確かここって……)」

 

喉が乾いたので休憩すべくどこかに寄ろうかと考えていた紗夜が、今自分の歩いている場所であることを思い出す。

──貴之君と白金さんがぶつかった場所の道じゃない。燐子が変わった直後に話していた内容だったので紗夜はよく覚えていた。

実はここ、貴之が帰って来た当日にリサとぶつかった場所でもあるのだが、それは紗夜の預かり知らぬ場所である。

 

「(ま、まさか私も……?いえ、そんな何かの因果みたいなことは……)」

 

起こらないでしょうと思いながら歩いて行くのはいいが、一応周りだけは意識しておく。

幸いにも周囲にはこちらへ真っ直ぐ突っ込んでくるような人は見かけなかったので、一先ずは安心だろうか?と言うよりも、そう言う人は日菜くらいだろう。

しかしながら、紗夜のいる位置は皮肉にも貴之と同じく曲がり角まで気を配ることはできない位置であり──。

 

「あっ……」

 

「お……?」

 

幸いにも互いにゆっくりな速度であった為、勢い余って尻餅を突く……と言うことは無かったが、一、二歩程後ろに下がってしまう。

これは知らないことだが、紗夜は貴之と全く同じケースで人とぶつかってしまっており、直前に危惧した因果みたいな出来事になってしまった。

しかしながら落ち込むのは後回しであり、先にやるべきことを行う決断をする。

 

「すみません。不注意でした……って、谷口君?」

 

「いや、悪い。俺も周り意識して無かった……って、紗夜?」

 

ぶつかった相手は貴之の友人である少年の俊哉であった。一先ず知人であったが為に、そこまでの面倒ごとならないことが分かって紗夜は一安心する。

何しろ、こういう時に気の短い人だと一方的に怒鳴る可能性もあるし、それどころじゃない人すらいる為、それが起こらないだけでも大分気が楽になるのだ。

互いに怪我がない事、今持っているものがダメになっていないことを確認し、懸念される面倒ごとが全て無くなったことが判明する。

 

「今日はどうしてたんだ?」

 

「私はギターの弦を買いに来てました……そう言う谷口君は?」

 

「俺は……これからファイトしに行こうと思ってた」

 

──デッキを組み替えてみたからな。言葉だけなら大いに納得して、応援の旨だけ残して終わらせようと思ったが、紗夜には見逃せない様子が見えた。

その理由は俊哉の表情にあり、その取り繕うかとしている笑みは、以前の自分が焦りを誤魔化す時にやっていたものとほぼ同じであったのだ。最も、自分の場合途中から取り繕う事すらしなかったが。

最初の一瞬こそ「何故?」と言う疑問が出てきたものの、彼の知人や友人関係を思い起こせば最も思い浮かびやすい人物が出てくる。

 

「(貴之君ね……。確かにファイトも強ければ、他の事でも気を回せるのだから、気にしないでいられない時間は現れるわね)」

 

しかしながら、自分のように目を背けたい一心ですぐに別の道へ走ろうとするのではなく、その人に追いつきたいが故に同じ道を進もうとする継続の意志を悪いとは思わなかった。自分がそうしなかったからと言うのも大きいだろう。

ただそれでも、その進み方だけは止めなくてはならない。自身と同じく能力差で苦悩しているのなら、分かち合うことはできる筈だと紗夜に考えさせるには十分だった。

自身が持っていた苦悩の連鎖を終わらせてくれた人の残したものを、助けて貰った自分が摘み取る。何かの因果を感じてしまうが、それとは関係無しに自分が考えていた一歩を踏み出すなら絶好のタイミングであることも理解した。

また、彼自身も準決勝まで勝ち残っているので十分な戦績を残してはいるものの、戦績だけで終わる話しであった場合、彼は今頃そんな様子を見せないだろう。

 

「(それだけじゃない……。私自身が、()()()()()と思っているんだわ)」

 

それは最も大事な理由であった。誰かが言ったからではなく、自分がそうしたい。自主的な選択の方が多くのものを得られる。

こう結論付けるまでの五秒間、反応を見せなかったのが理由で俊哉が声を掛けて来た為、紗夜は考え事をしていたことを謝る。

一度気を落ち着かせてから、自分のやってみようと思ったことを実践する。

 

「どこか焦っている様子が見えますが……何かありましたか?」

 

「こないだ貴之が優勝しただろ?俺も負けちゃいられないと思ってな……」

 

まずは軽く、どうしてそうなっているかを聞いてみると、自分の実体験の話し込みで止められる布石を見つけることができた。

後は話しを強引に切り上げられるよりも前に咎め、話しを持ち込んで上手く行くかどうかになるが、俊哉がこちらに配慮してか強引に切り上げるのではなく、それとなく本心を突かれるのを避けようとしているのが伺えた。

どうにかして話しに持ち込みたいと思っていた紗夜からすれば、この状況は非常にありがたい。後は俊哉がこちらの話しを聞く気になるよう、言葉で縫い留めるだけであるからだ。

 

「確認ですが、あなたのやろうとしている方法で……貴之君は喜ぶと思いますか?」

 

「……!」

 

完全に図星だったらしく、目を見開いた後、隠せなかったことに気づいた俊哉が諦めたように溜め息をつく。

単にわかりやすい訳では無かったが、今回は自分より先にその道を進んだ経験のある紗夜だった故に隠せなかったのだ。俊哉側からすれば単純に『相手が悪かった』の一言に尽きる。

実際の話し、リサや大介たちであれば言葉だけでそれとなく避けられる可能性はあったので、そのまま放置されてしまった可能性がある。似たような経緯のある友希那はグレーなところだが、絶対に気づかない……とはならないだろう。貴之の場合は人の内面に対して非常に鋭いのであっさりと看破される未来が見える。

今回紗夜に問われて気づいたことだが、これを知れば間違い無く貴之はショックを受けるだろう。それが、馬鹿なことをする手前であったことを俊哉に自覚させる。

 

「けど、どうしてそんなことが分かったんだ?」

 

「……私が、その道を()()()()()()()()()()()()からです」

 

紗夜の答えを聞いた俊哉は何があったと言いたげな顔になる。その顔をみた紗夜は一つのことに気が付く。

──大多数の人からは、私は特にそう言った苦悩は無かったと……そう見えるようね。重荷が下りた事で視野が広くなった紗夜は、客観的に自分がどんな風に見えるかを改めて理解できていた。

自分が日菜との間に作ってしまった確執(コンプレックス)は、基本的に主観的なものであり、今回俊哉の危険な状態に気づけたのは彼も同じく主観的なものであるからだ。

意外かと聞いて見れば案の定頷かれたので、こう言う話しをする時は必ずこの反応に付き合うことになるだろうと頭に入れておいた。

 

「そうなってしまっていたのはつい最近までですが……一度腰を下ろせる場所に行きませんか?この話し、少し長くなると思いますから」

 

「……それならすぐそっちに喫茶店があるから、そこにしよう」

 

一瞬紗夜の提案を断ろうかと思った俊哉だが、そんなことをしたらもう戻れないだろう未来が予見できたし、そのまま進むにしても話しを聞いてからでもできるので一旦それは無しにした。

せめてものの詫びに自分たちのいる場所から一番近い喫茶店を教え、そこへ案内することにした。

店に入った時には軽食を取るのに良い時間ではあったものの、お互いにその気は無かったらしく、コーヒーを一つずつ注文するに留まった。

 

「さて……この話しをする前に一つ確認です。あなたは氷川日菜と言われたら、誰だか分かりますか?」

 

「ああ。リサや友希那と一緒にいるところを時々見かけるからな……」

 

何があったかを話す為にも、彼女のことを知っているかどうかの確認を取る。

思えば日菜と友希那が友好関係を持っているのなら、友希那かリサ、或いは貴之を経由すれば知っている可能性は十分にあるし、俊哉は三人とも全員と交流があるのでその心配は要らなかった。

 

「けど……どうしてそれを聞いたんだ?お前が進んじまったことと、何か関係があるのか?」

 

俊哉の問いに紗夜は頷く事で肯定を返す。その反応を見た俊哉は一つのことを思い出した。

 

「(そう言えば、日菜は自分の姉……紗夜の話しをする時……)」

 

最近ではもうそんな様子を見受けられないが、貴之が戻って来て少しするまでの間も、日菜は紗夜の話しをしようとする時、或いはしてから少しすると距離感を掴み損ねて落ち込んでいる様子を見せることがあった。

どうしてそうなったかが、今回紗夜が進んでしまった道に関係していることはもう分かる。後はその経緯を聞く必要があった。

 

「何が……原因だったんだ?」

 

「私の場合は能力差です。それを意識するようになったのは、小学生の高学年になる直前からですね……」

 

これを普通の人が聞いたら予想外でならないだろうが、似通った理由で焦りを抱いた俊哉はなんとなく理解することはできた。

紗夜の場合は殆どの物事で、自分が大なり小なり努力して形を実らせて行くのに対し、日菜はその過程を数段飛ばしするかの如くあっさりと終わらせ、自分と同等かそれ以上のものを完成させる。それを何度も繰り返されれば堪ったものでは無いだろう。

運動神経や勉学と言った表面上のところで完全に負けており、更には日菜が自分のやっていたことを真似したがる傾向があったので、自分のやって来たことは大体が比較対象となり、周りから比べられる回数が多くなっていくのも堂々巡りだった。そうなると日菜(いもうと)より劣るので、影口等何らかの形で自分に嫌なものがやって来るのだ。

更に苦しいと感じた追い打ちは学期末にある成績表で、こうなると毎回の如く日菜が自分以上に讃えられるので、返されても紗夜に取っては苦痛でしかなく、逃げるように別のことへ走ったり日菜に突き放すような言動が増える原因にも繋がっていく。親にも理由を問われたことはあるが、答えられる気にはなれず、それと無く流して問題を放置した程である。

その話しを聞いた俊哉は、自分がまだ軽傷であることを認識することができた。

 

「俺の場合は、クラスメイトが俺の歩みに気づいてくれてるからだろうな……」

 

「理解してくれる人がいるというのは、とても大切なことです。自分のことに気づいてくれる人がいる……と言うことにも繋がりますから」

 

紗夜の場合は自分の苦悩に気づいてくれる人がいなかったからこそ、そうなってしまうのが止まらなくなっていた。しかし俊哉は違う。まだ気づいてくれる人がいるのだ。

現に、才覚関係無しに戦う貴之の姿と姿勢を知らなければ、間違い無く地方の翌日は酷いことになっていただろうと紗夜は確信している。

自分の力以外頼れるものは何も無いと考えていたところに、自分一人で出来ることはたかが知れいていて、誰かと共にいられることこそ本当の強さと証明する人が現れたことが、その道を引き返す切っ掛けとなり、今に至るのが紗夜だった。

 

「そっか……そんなことがあったんだな……」

 

「ええ。そんな道を辿った私は、一つ気づいたことがあるんです。適度なペースアップと過剰なペースアップは別だと……」

 

──やり過ぎは却って自滅を招いてしまう……それが、私の辿り着いた一つの答えです。紗夜が俊哉を止めたかった理由はここにある。実際に自分もギターでそう言うことをして、倒れそうになった事すらある。

それ故に、今では過剰とも言える自主練習はもうやっていない。適度な練習をこなしてしっかり休んだ時と上達量が殆ど変わらず、休まない分前者の方が明らかに練習効率が悪いのだ。

当時の自分ができたできないばかりを見て練習するように、俊哉も勝った負けたのみでファイトするあまり、何が良くて何がダメなのかに気づけないまま繰り返して大して上達しない可能性を、紗夜は危惧していた。

紗夜が危惧したことを聞いて見れば当たりであり、俊哉はどうしてそう思ったかを振り返ってみる。

 

「多分、表向きに分かりやすい結果を出してたからなんだろうな……」

 

望まない形ではあったがグレード4を使用して優勝、そのグレード4を完全制御、それでいながら次はどうしたいかが既に明白で、更には自身の道を進む合間を縫って身近な人を助けて見せる。俊哉はどうして焦っていたかを素直に話した。

確かに俊哉から見る貴之は、ある意味では以前の自分から見る日菜のようだと紗夜は思った。ヴァンガードのみで絞れば、大体貴之が一歩先を進んでいる。

ただし、最大の違いは今まで人の感情等に対して非常に鈍い日菜に対して、それらに鋭敏な貴之であり、知れば間違い無く自分が理由だと気づいた反応を示す人物だった。

これだけ見ると自分が特に何もしなくても引き返せる可能性はあるものの、それは絶対とは言えないし、早い内に摘み取ることで後腐れが起こりにくくなるので無意味では無いと言える。

現に俊哉は自分がどうなろうとしていたかに気付き、もう既に引き返す準備を始めていた。

 

「悪い……手間をかけさせて。おかげで目が覚めた」

 

「こちらこそ、無理に引き留めてすみません。ですが……気づいてくれたようで何よりです」

 

俊哉は心配を掛けて、紗夜は半ば強引に誘ったことを相手に謝る。

この話しを終えたタイミングで互いに注文したコーヒーを飲み切っていたので、会計だけ済ませて店を後にした。

 

「時間を使わせてしまいましたが……この後はどうするのですか?」

 

「今日はそのまま帰るよ。無理なペースアップがダメだって言われたばっかりだし」

 

一応聞いてみるものの、俊哉は引き返しを宣言した。流石にこんな状況でファイトしに行くとは言えないだろう。

ただ、それだけが理由ではないらしく、俊哉は「それに……」と続ける。

 

「俺の知っている勇者がどんな存在だったかを振り返りたい……今日はそんな気分なんだ」

 

紗夜と話すまでの間、俊哉の中で勇者とは『最後まで立ち続ける者』だと考えていたが、それは違うと思えた。

故に今までどんな定義が自分の中にあったかを思い出しに行く。それが俊哉の出した結論であり、それをゆっくりでもいいからやっていこうと考えた。

ちなみにどうして俊哉から『勇者』と言う単語が出たのかと言えば、自身が使用しているユニットの『ダイユーシャ』からである。彼の思いの丈は地方大会が終わった直後に教えて貰っているので、紗夜は理解できている。

──ここまで来れば、後は少しの手助けと時間が解決してくれるわね。俊哉の様子を見た紗夜は一安心する。

 

「今日はありがとうな。今度礼をさせてくれ」

 

「分かりました。その時はお願いしますね」

 

以前ならそんなことをする暇があったら答えを見つけるように急かすか、そもそもそう言った話しを一切聞かなかっただろう。思い返すと自分も大分変わったのだと紗夜は気づかされる。

ただ、これを悪い変化だとは思わない。寧ろいい変化だと考えていた。この変化のお陰で自分は進んでは行けない道から引き返せたのだから。

いい加減日菜を待たせているので、最後に一言だけ別れの挨拶をして帰ろうとしたところで俊哉から制止の声が掛かる。

 

「どうして、ここまで気を使ってくれたんだ?」

 

「誰かに言われたとか、そう言うことではないんです」

 

──ただ、私がそうしたかった……それだけです。俊哉の方へ振り向きながら、紗夜は今までで一番優し気のある笑みを浮かべていた。

そして、その笑みは俊哉の瞳に焼き付き、忘れさせてくれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

その日の夜。俊哉は自宅にて早速自分にとっての勇者の模索を行っていた。

模索の為に使っているのは、昔に発売した勇者となって世界を救うRPG(ロールプレイングゲーム)であり、そのプレイをしている際に気づいたことがある。

このゲームの勇者は例え強大な敵にやられたとしても何らかの形で立ち上がり、何度も挑み、最後はその敵を打ち取っている。これはプレイヤーによる努力の形跡にはなるのだが、画面の中で何度も戦う勇者を自分と捉えた際に、一つの結論に辿り着けた。

 

「(そっか……そう言うことか……。思えば、貴之もこんな感じだったんだろうな)」

 

俊哉が辿り着いた結論は後々に大きな舞台で声を大にして宣言することになるが、これさえ分かればもう先程のようなことにはならない。

これは貴之のみならず、自分や紗夜も該当する為、恐らくは誰でもそうなのだろう。

明日からファイトしに行けば、今よりも全然いい形でファイトが繰り返せるのを確信し、紗夜には感謝しかないと俊哉は思った。

 

「(そう言えば、さっきのあの笑み……)」

 

──見たことあるのは、俺だけなのか?紗夜のことを思い返した結果、どうしても気になってしまった。

もし自分だけなら少し嬉しいが、どうしてそんな気持ちになるかの答えは出ていない。そうでない時は少し寂しい思いをするが、それに対しても答えが出ていない。

何とも言えない状況だが、紗夜のあの笑みが忘れられず、同時に彼女のことが気になって仕方ないと言う情が沸いて来た自分がいることに気づく。

 

「(貴之が友希那に持った気持ちってのは、こう言うものなのか?)」

 

考えれば考える程、もっと話しがしてみたい。彼女とどこかに出掛けてみたい。そんな感情が生まれて悩ましい気分にさせられる。

心なしか心臓の鼓動が大きくなっているのを感じ、気がつけば模索の為にやっていたゲームで一度プレイヤーキャラがやられて蘇生してもらっていた。

結論を出せてはいるので、次やる時から普通にプレイすべくセーブだけして、集中でき無さそうな今日はそこでプレイを終了した。

その後携帯電話を操作して、今日交換した紗夜の連絡先を見ながら考えだす。

 

「……週明け、貴之に聞いてみよう」

 

少しの間考えては見たが、全く持って分からないので考えることは止めにして一度寝ることにする。

寝ようとした俊哉だが、その後も紗夜のことが気にかかって、寝付くまでにかなり時間が掛かるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「(大分いい時間になって来たし、ここまでにしましょう)」

 

同じくその日の夜。紗夜は自室でギターで軽く今日の復習をしておいた。

普段ならもうやらない時間ではあるが、今回は予想よりも外出時間を取ってしまったので、その埋め合わせ分である。

そして、今日は自分がやる時決めた時間の練習を済ませたので、これ以上の練習はしない。

 

「(意外だったわね……谷口君もあのような悩み方をするだなんて)」

 

始めて貴之と会話している時を見た限りでは、そうなることはないだろうと思っていた。

しかしながら、自分が常に近しい人との比較で参ったように、彼も知人が近くに戻って来たことで少しずつ自覚させられたと考えれば分からない話ではない。

──模索の方、上手く行っているのかしら?別れた後様子を一切見ていない紗夜は、それが気掛かりであった。

気にしたところで一つのことを思い出して、日菜の部屋がある方を見る。

 

「(まだそこまでは進んでいないと思うけれど……何とも言えないわね)」

 

今日の帰りが遅かったので何があったかを話せば、日菜は「友希那ちゃんたちと同じようになるの!?」と聞いてきたのだ。この時ばかりは答えを持っていなかったので、紗夜も分からないとしか答えられなかった。

これに関しては今までそう言ったことを全て無視して進んでいた弊害であり、戻って来て良かったと再認識させることになる。

 

「答えを探すこと……私も、始めていいかもしれないわね」

 

──何かが分かればいいけれど。そんな希望を抱きながら、紗夜も部屋の明かりを消して意識を眠りの中に沈めて行った。




本小説で始めて貴之と友希那に出番が回ってこない回となりました。

この話では先週書いたバレンタインイベントがあるので、紗夜とああなる相手は今回で明かした形となります。後はここからどういった書き方をやっていくかが、私の腕の見せ所になってきますね。

次回は貴之がメインの話しとなり、彼が初めてファイトした相手と再会する話しになるかと思います。
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