魔法があり、魔物が闊歩し、冒険者が凱歌する世界で、非合法な仕事を請け負う三人が城下の闇をかける。


※短編連作の予定です

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サイスエンド

 怒号が響き、テーブルの酒瓶が床に落ち割れ、床を濡らしていく。

 カーマインと名乗る若い素行不良集団は混乱に陥っていた。

 規律だった戦闘の訓練を受けたことがあるわけではなく、ただ、寄り集まり威をかざしているだけの集団にとって、不意を打たれた際の行動など、知る由もなかった。

 ただ逃げようとして味方とほつれ転がるもの、武器を手に取り大声で威嚇しながらパニックに陥ってるもの、まるまって机の下で震えいてる者、反応はさまざまであった。

 それをさらにかき乱すかのように霊狼がうなり、パニックに陥った若者たちへとかみついていく。

 中は蜂の巣をつついかのような騒ぎとなっていた。

 一人の騎士が五角形の盾を体前に掲げるように構え、その腕の下と交差するように、剣を胴につけるように構えを取る。

 それに呼応し、クルスは剣を頭上に掲げ、構えを取った。

 喧騒の中で二人だけはひどく静かに感じた。

 張りつめた緊張感がそう感じさせたのだろう。

 そして、しばり二人はにらみ合い、どちらかともなく歩を進めた。

 

 

 地平線に陽が沈み、時間がしばらくたつ。

 すでに夜には星が散らばり、月が煌々と輝いていた。

 石造りの建物が並び、人々が思い思いに歩いている。

 最近、導入された魔導の灯がついた柱が道を照らす。

 日々の労働を終え、あるいは仲間と集うために酒場へと足を進める者も少なくない。

 その中の一つである「鷲の羽亭」の門をクルスがくぐる。

 店内はすでににぎわっており、

「いらっしゃいませー! 席は――」

「一名だが、すでに先客がいる」

 犬の顔をした店員が店内の喧騒に負けない、よく通る声で話しかける。

 クルスはそれをあしらい、なじみの顔をみつけると、そちらへと歩を進めた。

 彼が歩を進めるたびに、腰元まで伸びた長い黒髪の先がゆらゆらとゆれる。

 甘く漂ってくるにおいにつられて、そちらのほうを向いた客が、その白皙の美貌に目を見開き、混沌の気を孕みしもの(グリム)の証である額から出た一つの角に視線を移した。

 足元までゆったりとスカートに隠れているが、その布服(スカート)がゆらめき、形の良い臀部へと好色な視線が突き刺さる。

 それを知ってか、知らぬか、クルスは見知った顔が並ぶ席へと進むと椅子を引き、背負っていた引き金のついた剣を足元に置き、座る。

 どこかで残念そうなため息が聞こえた。

「よう、相変わらずにおいだけは女だな」

「住んでる場所が場所だからね」

 娼館の用心棒であるためかクルスには香料のにおいがまとわりついている。

 狼男は唇を裂け、大きく笑う。獣人族として鼻が鋭い彼には香料に加えて、男女の性臭まで嗅ぎ付けているのである。

 クルスはきちんと体を清め、身を売ってはいないものの、人族よりははるかにすぐれた嗅覚に嗅ぎ付けられないほどではない。

 しかし、普段は娼館に暮らし、娼館の用心棒をしているクルスには仕方のないことであった。

「まぁ、クルス君を見て一目で男性であると気づく子の方が珍しいんじゃないかな。私も初めてみたときは驚いたもんだよ」

「俺は気づいたけどなー、鼻で」

 ぽんぽんと自らの鼻先をつつく、人狼(ウルフィン)

 ウルフィンは手をあげ、獣人種――犬顔――の給仕を呼び止めると、料理を注文した。

「エレアちゃん、鶏のシチューを一つ! エレアちゃんの愛情込々で」

「僕も同じものを。愛情はいらないが」

「あいよ! 愛情よりも金をちょうだいな!」

 愛嬌のある笑顔を浮かべたエレアが引っ込んでいく。

「さて、仕事の話をようか」

 片眼鏡をかけた男、ピグマが切り出した。

「ああ、次は誰を斬ればいいの?」

「のっけから物騒だな、おい……」

「あはは。まぁ、今回は間違えでもないよ。君たち『カーマイン』というチームに聞き覚えはないかい?」

 クルスとウルフィンが顔を見合わせる。

「先日、娼館で投げとばしたチンピラが捨て台詞に、そんなことを言っていた気がする」

「最近、ここらへの酒場やら娼館やら梯子してると耳にしたりするな。良い噂は聞いたことないけど」

「君たちが思い浮かべてるチームであってるよ。今回の仕事はそのカーマインのメンバーを殺すことさ」

「物騒だなぁ。で、依頼人は?」

「聞いて驚くかないでくれよ。なんとカーマインのリーダーの父親だよ」

「どういうこと? その依頼、罠かなにかじゃないの?」

 訝しむクルス。その横でウルフィンが砂を噛み潰したかのように苦い顔をしていた。

「まぁまぁ、聞いてくれ。カーマインは最近、できたチームだけど、急速に勢力を伸ばしていったんだ。その大きな理由は中心人物であるヴィルケの後ろ盾にあってね」

「ほう?」

「まぁ、ありていにいうと彼の父親が貴族というのが理由なんだけどね」

「貴族が武装集団もどきの後ろ盾をしてのか?」

「正確に言うとヴィルケが貴族の子息だからね。まぁ、父親も不肖の息子がやった悪行をもみ消すにはだいぶ苦労してたみたいだけど。

そのせいで警吏も手が出せなくて、やりたい放題だったとうわけさ」

「迷惑な話だね。歯を三本ほど折った程度じゃ、足りなかったかな?」

 クルスがシチューを口に運びながら、白磁の肌をした額に皺を刻む。

 骨付きの鶏肉を咀嚼しながら、ウルフィンは論点はそこじゃねぇよなぁ、と思った。

「ま、それも先日、押し込み強盗を働くまでだね。さすがのお父さんもそれには呆れて、見切りをつけることにしたみたい。

 だから、家名に傷がつく前に、僕たちに依頼して、さっさと葬ってしまおうって魂胆だね」

「わぁ、……血も涙もない話だな。けど、それで全部なのか? なにか別の思惑はないだろうな?」

「ああ、もちろん裏はとってあるよ。少し出費が痛かったけど、カーマイン周りの話は役人から黒蛇の旦那まで抑えていた。

 黒蛇の旦那曰く、そろそろ粛清しようとする動きもあったみたいだから、一石二鳥だそうだよ」

「ピグマが言うならそうなんだろう。僕は難しい話はよく分からないし」

「可及速やかにじゃなければウルフィンにも裏取りを手伝ってもらうんだけどね」

「いつ、決行するんだ?」

「できれば今夜、今からかな。話し合いが終わったらすぐに行こう」

「……マジかよ。やれやれ今回も簡単なお仕事ってやつかよ」

「そういうこと、ただし難易度はとても面倒(ベリーハード)さ」

「斬ればいいんだから、簡単だと思うけど?」

「そりゃ、お前だけだ。……あーもう、これが終わったら絶対に命の洗濯にいってやる。つーわけでクルス、おまえのところいい娘入った?」

「新人は入ってないけど。アヤネがお前に会いたいっていってたよ」

「可愛いやつめ」

 クルスが薄い布、ベビードールをまとった半裸の女性思い浮かべる。

 金払いがいいから、ウルフィンに会いたいとアヤネは確かに言っていた。

 ならば、これは嘘ではないだろう。善行をした、とクルスはあたかなお茶を含みつつ、うんうんとうなずいた。

「それでここからは厄介な点なんだけど」

「なんだ、さすが数十人単位が相手なら別に人を雇わないと無理だぞ」

「いや、カーマインは十数人程度らしいよ。それとは別にヴィルケの母親が護衛を雇っているそうだ」

「おいおい、依頼は父親だろ。なんか矛盾してないか、それ」

「いや、年を過ぎてからの子供らしいからどうも母親は溺愛してるそうでね。表立って勘当とかできなかったのもそれが原因らしいんだ」

「あー……、まぁ、そこらへんはヴィルケってやつに同情するな。年を食ってからの溺愛は重荷だろうに」

「一人で切り開けないやつが悪い」

「名前はアダムス。流れの自由騎士らしいけど、腕はたつみたいだね。とっつきづらくて寡黙な性格だって、黒蛇の旦那が言ってたね」

「―――強いの?」

 クルスが食事の手を止めピグマを見据える。

 抜き身の刀身のように鋭い雰囲気。

「ああ、腕はたつそうだよ」

「なら、よかった」

 クルスが頬を緩ませ、この日、初めて笑みを浮かべた。

 ピグマは握った手の中がいつの間にか汗ばんでいた。今にも刀を抜きかねないクルスの雰囲気に気おされたようだ。

「騎士つーだけあって、重武装なんかね」

「伝え聞く限りは重武装なうえに“力ある言葉”でそれを強化するタイプみたいだね」

「ならクルスの方が相性がいいな」

「もちろん、僕もそのつもりだよ」

「まぁ、ウルフィン君。君にもがっかりさせない情報があるよ」

 ピグマが意地悪そうににやりと笑い、ウルフィンが魚の苦い内臓にあたったかのように渋い顔をした。

 だいたいこういうもったいぶっているときほど、ろくでもない情報を持ってくるのがピグマである。

 その経験則上、あとで少し多めに飯代をつけてやるとウルフィンは心で誓う。

「なんと、リーダーのヴィルケ君だけど東の学院の首席だったらしくてね、腕のいい精霊術師らしいよ。

 君と同じだねウルフィン君」

 ウルフィンが大きくため息。

 世界の生命力(マナ)の塊である精霊は自然の化身であるといえる。

 それらに自らの生命力を与え、なんらかの契約と引き換えに力を貸してもらうのが精霊術師である。

 その行動理由は余人の及ぶところではなく、術者の力量を大きく超えた強大な存在が、不可思議な理由で力を貸してあることも珍しくないのが厄介な点である。

「マジかー……契約してる精霊の内容はわかるか?」

「そこまではわからない。さすがに都市をいくつかまたいだ学院まで調査に行く時間はなかったからね」

 再びウルフィンがため息をつく。

「全部斬ればいいではないか」

「刃が通る精霊とは限らんし、精霊がなんか別の魔物を召喚してくる場合もあるんだぜ」

「関係ない、すべて切り捨てる」

 ウルフィンがエレアを呼び、ピグマ名義で料理を追加する。

 肉を中心に食べていたため、次は川魚を茹でて生姜であえた料理にするようだ。

「そういう細かい嫌がらせはどうかと思うよ、ウルフィン君」

「うるせー」

 運ばれてきた量を鋭い牙で噛みちぎり、苛立ちとともにウルフィンは腹に収めた。

「ピグマのことだから、相手の居場所までつかんでるんでしょ。それ食べ終わったら、さっさと行こう」

「そうだね。ここから先はどうしても場当たり的にならざる得ないから早い方がいいだろうね」

「どうせ、もうちょっと夜がふけてからのほうが動きやすいんだから、焦る必要はないだろう」

「早めに下見しておきたいからね」

 ウルフィンは肩をすくめ、残った料理を急いで口の中に詰め込んでいった。

 

 

 城下より離れ、街中からさえも離れた寂れた家屋がある。

 街下でもひと際、外縁部にあり、混沌のもの(まもの)が生息する森の方に近いためか、寄り付く人も少ない。

 主に狩人などが狩りを行う際に仮の宿として扱う場所であるが、いまはカーマインの面々が勝手に占拠していた。

 整然と道具が置かれていたはずの納屋にはゴミが投げ捨てられ、酷い有様となっている。

 鼻が鋭いウルフィンは異臭に顔をしかめた。

 家屋の周囲には簡易的な柵が取り付けられていたが、修繕するものがいないため、柵を止める紐のほつれが目立ってきている。

 百メートル以上離れた茂みに隠れ、三人は家屋を確認していた。

「一応、ぐるりと回って様子をうかがってみたけど、どう見る?」

 目に着けていた筒を離し、ピグマはその筒を回し、望遠鏡を折りたたむ。

「んー、土の精霊が三、あとは中に入ってみないと確定できないな」

 ウルフィンが鼻を鳴らし、目を細めた。

 夜もすでに更けているが、獣人族である彼にとってはこの暗がりは問題ではなかった。

 故郷の森に比べれば、この程度は昼と大差がない程度である。

 同じく混沌の気を孕むもの(グリム)であるクルスも問題なく見えているようだ。

 しかし、人間族のピグマは見えづらそうに眼を細めて家屋をうかがっていた。

 彼は愛用の杖をついて、地面へと座り込む。

「なにか荒れているようだが、まぁ、どんちゃん騒ぎしてるところだな」

 ウルフィンが耳を小刻みに動かし、白塗りの壁を見つめる。

 小屋の周りには蛙、あるいは山椒魚に似た外見の土でできた怪生物が這いまわっていた。

 低位の土の精霊である。普段は人には見えない姿でそこらを漂っているが、いまは土の体を得て、あの家屋の番犬のようなことをしているのだろう。

「まぁ、あいつらは肉体を壊しても土がある限り復活する、ってところじゃないか」

「なら、私の出番だね。力ある言葉で固めてしまおう」

「おびき寄せるのは俺がやる」

「そのあと三方に分かれて突入、だね」

「そうなるな……ある程度、行き当たりばったりになるのは否めないが」

「まぁ、用意する時間が少なかったからね。……突入の合図は僕の攻撃、でいいよね?」

 ウルフィンとクルスがうなずいた。

 

 

 普段は気にも留めない喧騒が苛立たしく感じる。

 ヴィルケは苛立たし気に酒の入ったグラスを机へと置く。

 その動作に彼の仲間が顔を見合わせ、おずおずと彼を見やるが「なんでもねぇ」と険を滲ませた言葉に、触らぬ神にたたりなしと、身を引いた。

 部屋の端から面覆いを外した騎士、アダミムが淡々と見つめている。

 これもヴィルケの苛立ちを加速させる要因だった。

 護衛だと? おふくろも余計なことしやがって。

 再び酒をあおる。

 琥珀色の液体が喉を通り、辛みと酒気を残して胃へと流れ込んでいく。

 酩酊に身を浸しつつも、ふと右手を見ると、小さな手が手首をつかんでいる。

 思わずグラスを放してしまい、グラスが床に落ちた。

 割れはしなかったものの、琥珀色の液体が床を濡らした。

「くそったれっ」

 あれは、自分が殺した商家の子供の手だ。

 最後に自らの袖を引いた手、光を失った目が忘れられない。

 ふわり、と風が吹く。

 窓を閉めている室内で吹くはずのない風。

 見ると半透明の少女が彼のそばで不満そうに頬を膨らませて舞っている。

 楽しい悪戯をする、という契約でヴィルケと契約している風の精霊である。

 最近、外に出歩いていないから、不満気だ。

 人の気もしならいで、と忌々しく思うも、精霊――特に混沌そのものともいえる風の精霊が顧みるはずもないとため息をついた。

「まぁ、もうすこし待ってろ。また、なんか面白いことを考え付いたら誘ってやるからよ」

 長い髪をなびかせ、本当にしっかりしてよ、と言わんばかりに息をつくと、風と共に大気へと消えた。

 ああもう、忌々しい。この忌々しい気持ちを振り払うためにもなにか、どでかいをことを……と、ヴィルケが考えていると、家屋の扉に何かを勢いよく打ち付けたかのような大きく乾いた音が響いた。

 

 

 ピグマが手ごろな石を拾い、ポケットから投石紐(スリング)を取り出した。

 二人から離れた位置でウルフィンは自らの体毛を数本抜くと、

「さぁ、お前ら出番だ≪来たれや、来たれ、おいしい肉はあったいだぞ≫っと」

 途端、半透明な狼が数匹現れる。

 ウルフィンの使役する霊狼たちである。

 彼が小さく吠えると、彼らは一糸乱れぬ動きで土の精霊たちへと向かっていく。

 それぞれ二組ずつ土の精霊にかみつくと、

「《一の位階、溶かし、集まり、固まれ》」

 ピグマが力ある言葉を紡ぎ、霊狼ごと溶けた石灰(セメント)の術で、埋めてしまう。

 固まるまで少し時間がかかるので、それまで霊狼に抑えていたもらわなければならない。

 それを見た、二人が小屋へとそろりそろりと近づいていく。

 目視では特に確認できなかったが、罠などが残っているため、警戒することにこしたことはない。

 そして、ピグマが投石紐(スリング)で石をくるむと回転させ、扉に向けて投げつけた。

 

 

 カーマインの一人が訝しみながらも扉を開けた、瞬間、その男の顔面に石が突き刺さる。

 鼻をへこませ、歯が数本、地面に落ちた。ぼたぼた、血がこぼれてゆく。

 突然の凶事に、何事か、と仲間が入り口へと集まってゆく。

 そこへ、赤い稲妻(ファイアボルト)が突き刺さり、入り口付近の面々に感電し、声も出せずに倒れ伏した。

 白い煙を上げ、倒れている仲間を見て、予期せぬ出来事に室内は金縛りにあったかのように凍り付く。

 唯一、騎士だけは静かに面覆いをつけると。

「これから襲撃が起きる。入口以外に警戒しろ!」

 と静かに、しかし、不思議と耳に届く声に、室内は、はっと我に返ったかのように周囲を見渡す。

 瞬間、それらは起こった。

 半透明の狼が数人にとびかかり、勢いをつけた人狼が有無を言わさず、跳躍すると、跳び膝蹴りをカーマインの人員に突き刺した。

 何が起こったか把握するよりも先に、人狼は大きな咆哮を一つ。

 先ほどから予期せぬ出来事の連続で混乱が続くカーマインの面々は、この咆哮で襲撃者(ウルフィン)へと意識を向けた。

 そこへ、別の出口から音もなく侵入したクルスが、抜刀した大剣で不意打ちを敢行した。

 まったくの死角からの攻撃に、武器を取ることすらままならなかったカーマインの面々は一人、二人と切り捨てられ、クルスはそのまま一際、品の良い恰好をしているヴィルケにあたりをつけると、一息で踏み込み、大剣を振り下ろした。

 室内であるにもかかわらず、苦もなく振るわれる大剣。

 呆気にとられていたヴィルケが風の精霊を呼び寄せとするも、間に合うはずもなく、大剣は吸い込まれるように彼へと振り下ろされ――。

 それを騎士が合間に入って阻止した。

 騎士、アダムスの構えた盾は淡い緑色の光を放っている。

 力ある言葉による強化か、とクルスはあたりをつけ、一度、距離を取った。

 そして、二人はにらみ合った。

 背後ではウルフィンが霊狼の統率を取りつつも、率先してカーマインの面々を追い込みにかかっている。

 それを成功させるためには目の前の相手を引き付け、立て直す隙を与えてはならない。

 対するアダムスも、まずクルスを倒していかなければ、ヴィルケを守るどころではないだろう。

 外には正体不明の火雷矢の呪文(ファイアボルト)を放った謎の呪文師も存在しているのだ。

 三対一に持ち込まれてしまえば、勝機はない。

 かといって時間は襲撃者(クルス)側に有利である。

 完全に恐慌(パニック)に陥ったカーマインの連中は役に立たない。

 こうなるともはや数の有利は、逆に不利へと働く。

 ほかの面々のパニックに引き寄せられ、どう動いたらいいのか、どう動くのか本人たちですらわからなくなってしまうのだ。

 そこを霊狼がかみつき、追い回し、ウルフィンとともに致命的な一撃を加え、主導権を取り戻せない。

 ならば、まず、なによりも目前の敵を倒してヴィルケを連れ出すしかない。

「風の精霊よ―――」

 アダムスの背後で声がした。

 どうやらヴィルケが風の精霊を呼び戻したようだ。

 こうなればアダムスから見てもヴィルケは厄介な手合いへと成り上がる。

 一度、ヴィルケのことを頭からはずしアダムスはクルスを注意深く観察した。

 周囲の喧騒をよそに涼しげな顔でアダムスを見つめている。

 凪いだように静かな瞳。

 額から一つ角が生えていることからグリムのようであるが、力ある言葉を使う様子は見られない。

 白皙の美姫といってもさしつかえない容姿であるが、細い肢体に反して、剣を上段に掲げ続けることに苦を覚えている様子はない。

 そのままじりじりと距離を詰めてきている。もう一歩か二歩で彼の射程に入るのだろう。

 受けてばかりでは不利と悟ったアダムスが一歩踏み出したところで、クルスが大きく一歩踏み出し、剣先を反転させ斬りつけてきた。

 勢いをつけた天辺斬り。相手の防御ごと打ち砕く一撃。

 自らの盾と剣を交差するかのようにクルスの一撃を受け、のけぞる。

 クルスの細い腕とは思えないほどの膂力。力ある言葉で強化していなければ危なかったもしれない。

 しかし、それも束の間、アダムスは反撃に転じた。

 二人の間で金属音が鳴りひびき、剣が幾度となく交差した。

 幾度かの剣劇で、下から救い上げるかのように剣を振り上げたクルスが、そのまま剣先を反転させ、盾の上に大きく大剣をたたきつける。

 魔力で強化した盾の上からも衝撃が響く。しかし、アダムスはこの一撃を受け流すことができた。

 あとは反撃の一撃を―――

 クルスが鍔もとについている引き金を引き、そして、アダムスは予期せぬ一撃が脇腹へと突き刺さった。

「なにが―――っ」

 剣ではありえない軌道。防御のために盾を掲げていため視界をふさがれ、何があったのかアダムスには理解できない。

 そして、盾を下げたアダムスの視界に最後に映ったのは、大鎌を振り上げたクルスの姿であった。

 

 

 ヴィルケがウルフィンに首をつかまれている。

 すでに首を折られている様で、手足が力なく地面へとたれ、頭部が傾き背後へと倒れ掛かっていた。

「終わった?」

「ああ、全員片づけたぜ。そっちは?」

「こっちも終わったよ。強かった」

 倒れた騎士を見下ろしながらクルスは大剣を振るい血を振り払う。

 ウルフィンが首をつかんでいたヴィルケを手放すと、首を折られたヴィルケが力なく地面へと落ちる。

「んじゃ、一応、全員にとどめをさしてから撤収かね」

「そうだね、さっさと済ませよう」

 二人が倒れた死体の心臓を刺し直して行き、その夜の騒動は終わりを告げた。

 

† 

 

 一人の人狼が歩いている。

 灰色の毛並みの上に白い服をまとい、腕には籠手、足には具足。

 拳闘志(ファイター)として素手での格闘を得意としてる証だろう。

 白い石造りでできた月神ルナの神殿の前を素通りし、その裏手通りへと入る。

 神殿に併設される形で作られたそこは娼館であった。

 夜をつかさどる女神であるルナの神殿には近くでは神殿が娼館を経営することが多い。

 この娼館も例にもれず、神殿が経営している娼館であった。

「なんだ、こんな昼間から来たのかい」

 表を箒で掃いていたクルスがウルフィンの姿を認め、声をかけた。

「金が入ったら命の洗濯に行くって言ってただろうが」

「なにもこんな昼間からこなくても……。まぁいいさ、好きに行くといいよ」

「あいよ。ところで、先日の仕事の件だけど。ピグマ曰く、乱入した獣に食い殺されたってことで片がついたようだぜ」

「刀傷があったと思うんだけどなぁ」

「そこはほら、親父さんが事を大事にしたくなかったみたいで、警吏のほうに圧力をかけたらしいぜ」

「なるほどね。なら、僕たちも安心できるね」

「そういうこった。また、話があるときには声をかけるさ」

「頼むよ」

 ウルフィンがクルスの肩をたたき、だらしのない表情で娼館の門をくぐっていく。

 中にいた少女の娼婦であるリコリスにおみやげを渡し、さっそく馴染みの子が開いてるかどうか受け付けの嬢に声をかけていた。

 それを認めたクルスは箒で残った塵と砂埃を集め、塵取りで集め、捨てる、娼館の中へと戻っていくのだった。


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