僕らの終わりに、陽だまりを   作:神話好き

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君臨とフェアウェルの十月   3

「……エリザベス」

「ここに」

 影時間があけ、急ぎ落ち着ける場所まで逃げ帰ったのが一時間前。郊外にある若者が肝試しにでも使いそうな廃墟の奥で、僕は無茶のツケを支払っていた。せり上がってくる血を粗方吐き出しつくし、脳髄を揺さぶる鈍痛も我慢が出来る程度にまで治まったのを確認すると、彼女の名を呼んだ。僕がこの様なので、契約に基づきほんのちょっぴりサポートしてもらおう思ってのこと。来ればいいかな、くらいの気持ちで読んでみれば、いつの間にやら夥しい量の血だまりの中にエリザベスはいた。一応警戒網くらいは敷いていたのだが、いつからいたのか。相も変わらず出鱈目な存在である。

「明日の朝、会っておきたい奴がいる。どうにも心配性でな。僕が突然いなくなったりしたら、多分自分の事情をそっちのけにして探し回るだろう」

 少しばかり迷惑を掛けてしまうかもしれないが、あいつは本当に何も知らない。悪くても二、三聴取を受けるくらいで済むだろう。一方的に秘密を抱えたまま友人面するのは些か気が引けたが、それでもあいつを巻き込むよりは数段マシというものだ。

「辛うじて動けるまでで、いい。世話を頼む。それと、寝てしまわないように、話し相手を」

「承りました」

「なら、まずは薬を……」

 痺れる腕を持ち上げて、必要最低限の雑事に対する指示を出す。非常に情けないが、反動が収まるまではこれが限界だ。

「見たいものは、見れたか?」

 重い瞼が閉じてしまわないように、口を動かす。気を失ったところで、エリザベスは定刻通りに起こしてくれるのだろうが、問題は睡眠という行為そのものにある。苦痛に塗れて眠った夜は、決まって悪夢。それもとびっきりの、だ。どんな夢になるかは皆目見当もつかないけれど、まず間違いなく過去に受けた実験と銘打ったバリエーション豊かな拷問の中からチョイスされるため、より消耗すること請け合いである。

「いえ……。しかしながら、一端を感じ取ることは出来ました」

「それを聞いて、ほっとしたよ。今さら無駄足でした、なんてことにならなくて」

 壁に凭れ掛かったまま、逆流しそうになる薬を無理やり押し込める。だが、所詮は抑制剤。治療薬とは違い、その症状を一時的に抑えるだけの代物であり、導火線に着いた火を消すことは出来ない。この一時間で腕は一回り細くなった気がするし、床に散らばった鏡の破片に映る顔は、まるで死体だ。

「予定では、後二回奴らとぶつかる。悲観するにはまだ早い。それに……」

「その先は口にしていただかなくて結構でございます。不肖私、貴方様の旅路にお供すると決めたのです。何があろうと、最後まで」

「最後、か……。まさか知り合って一年と経ってない人に、看取ってもらえるとは夢にも思わなんだ」

 口の端だけ釣り上げて笑う。どうやら表情筋も暫くは仕事放棄するつもりらしく、歯医者で麻酔を打った後のようなぎこちない笑顔になってしまった。ついつい打とうとした舌打ちも不発に終わり、申し訳なく思いながらも無表情のまま会話を続けることにした。ああ、碌に動かない体が恨めしい。

「……僕はね。取り戻したかっただけなんだ」

 深夜ということを鑑みても、辺りは不気味なほどに静か。秋口だと言うのに虫の鳴き声一つしないのは、本能的に僕を避けているからだろう。無音の静寂に浅い呼吸音だけが響き、そんな雰囲気に酔いしれるように、僕は語りだしていた。抱え込むのが億劫になったか、はたまた彼女にだけは伝えておこうと思ったのか。自分でも分からない。ただ、見方になってくれる存在は、本当に久しぶりだな、なんて思った。

「狂っちまったモノを受け入れるのは、別に良かった。今の自分も嫌いじゃない。癖の強い家族だって出来たからね」

 僕を踏みとどまらせてくれている枷であり、内側に紡いだ切れない絆。無二の環境でこそ産声をあげた特異な同居人たちが、あぶれず幸せになるために。

「動き出す前、と言っても備えだけは大分前からしてあったから、最終意思確認のちょっと前の話。あいつら、口を揃えてこう言うんだ。僕のためなら、ってさ」

 大本である僕を除いて五つある人格は、十年を経て各々個と呼んでも差支えない存在にまで昇華した。それぞれが嗜好を持ち、自律していて、世界を切り開いていける力を有している。しかし、大なり小なりあるはずの欲よりも、僕のためになる事が幸せだと言う。

「生まれながらに、寿命が決まってる。僕は、そんな地獄のような生を与えちまった。許されない。眩い光に満ちたあいつらが、幸福知らないままに朽ちる事を、僕は決して許容しない。例えそれが天に唾吐く行為だとしても」

 次第に弁へと熱がこもり始め、独白はいつしか演説に変わった。

「僕は幸せになるぞ。あの優しい陽だまりに、全員でたどり着いてやる」

 心の内を吐き出し終えるや否や、ぱちぱち、と優雅な拍手が鳴り響く。最終的に、聞かせるのではなく自らへの鼓舞になってしまったが、どうやらエリザベスは気に入ってくれたようだ。かと言って、面と向かって拍手されるのもなんとなく気恥ずかしいのだけれど……。

「まあ、心配しなくても、シナリオは既にレールの上にまで乗っかった。君は大船に乗ったつもりで観察を続けるといい」

「確かに物語は佳境。しかし物事にハプニングは付き物でございます」

「分かってる。努々油断だけはしないさ。上手いこと奴らを手の平の上で転がせてるんだ。最後まで得体の知れない先輩を貫かせてもらおう」

 眼前で手を何度か握り、力の入り具合を確認する。相変わらず凄まじい薬だ。あの研究所を狂っていたけれど、副作用や被害を顧みないスタンスは、確実に現代技術の粋を数段高みから見下ろしていた。尤も、研究対象がこんなオカルト染みた事象なだけに、使い道は殆どないのだろうが。

「経過良好。この感じなら追加の薬は必要ないか……」

 大きく限界まで息を吸い込むと、全身から余計な力を抜いて吐き出す。痛い。けれど、それだけだ。一連の呼吸に乱れは感じられない。良かった。精神面での問題だけならば、気合と根性でどうにかなる。十年間も我慢してきたんだ。今更、後数ヶ月程度でどうにかなる程弱くはない。むしろ、ようやく訪れたこの時に猛っている節さえある。

「態々寿命縮めてまで街一つ飲み込む怪物を演じたんだ。疑念程度でも、遅かれ早かれ、必ず桐条武治は出てくる。後は潜伏しながら、それが早いことを祈るばかりだよ」

 桐条武治。僕の怨敵。業腹ながら奴は傑物だ。先代の影響を受けて狂いかけた桐条グループを一代で立て直し、僅かな情報をかき集めて贖罪とやらを続けている。復讐者と、十年の後悔を背負った死にたがり。もはや筋書きは決定的だ。現在の懸案事項が片付けば、自らそっ首差し出しに来るだろう。全ては、己の清算のため。あの日、桐条鴻悦の凶行を止められなかったのを悔いているというのなら、僕が負の連鎖を止める楔となってやる。

「そういえば」

 ふとした疑問が口を突く。

「有里美奈子の、彼女の持つ力。あれは何を起点に発生するんだ?あの研究所には十年近く幽閉されてたが、近い力の片鱗すら感じたことは無かった」

「有里様が特別であることは確か。ですが、かの『ワイルド』を論じるには、ハル様自身を客観視するのがよろしいかと存じます」

「……なるほど。過程はともかく、結果だけ見れば似ているな。可能性の数で負けてるだけか」

 一つの体に多数のペルソナを宿す。その一点において、僕と彼女は似た者同士だ。僕が六に対して彼女が比較にならない数のペルソナを使役できるのは、内包する可能性の数で圧倒的に上回っているからだろう。劣化版。宛ら僕は『疑似ワイルド』と言ったところか。

「反吐が出る研究ばっかりだったけど、優秀は優秀だったらしい。よくもまあ前例もなく、僕みたいな出鱈目を創れたものだ」

 血の気のない真っ白な手の平は、血に染まっていて、これから更に赤く濡れることになる。

「……手ごわかったな」

 暗い暗い天井をぼーっと眺めながら呟いた。幾千、幾万のシャドウには無いモノ。意思の強さ。残りの戦いはそういう戦いになるのだろう。そして、そうなったのなら、僕らの勝ちは揺るがない。ざっくりと裂けた頬を撫でながら、おぼろげにそう思った。

 

 

・・・

 事態は緊急を要する。なんて段階をとうに超えていた。一月に一度の脅威を跳ね除け、得意になっていた私たちの裏側で、一体何が動いていたのか。それを一刻も早く知らなくてはならない。もはや、資料が無くなってしまったことなど、言い訳出来るはずもなく、負の感情をかき集めたような影時間の、更に深淵に眠るモノ真実を探し出す必要がある。例え、見たくないモノを見て、知りたくない事を知る羽目になろうとも。

「エルゴ研、所属……。確かにそう言ったのだな」

「間違いありません」

「で、でも、エルゴ研ってのは桐条の傘下でしたよね?」

「……そういう意味合いでは無いのだろう」

 眉間に皺を寄せた桐条先輩が呻くように告げると、全員の瞳がそちらへ向く。

「自分の中では、何一つ終わっていないぞ。エルゴ研所属と言ったのは、そんな意思表示だ」

「戦いは、避けられませんね」

 自分でもびっくりするくらい平坦な声が出た。ダメだ。いけない。この大変な時に心配なんてかけたくないのに、心と体が一致してくれない。何をしているのかと問われれば、ただ一言。多分、私は恥じているのだ。過去の選択に後悔はあっても、逃げたりはしない。けれど、今回ばかりは、正直効いた。私は、諦めてあげないと言った相手の、彼の持つささやかな希望を、摘み取るのかもしれないのだから。何度言葉を交わしただろう。浮かれて、はしゃいで、暖かな視線のその奥にある淀みから目を逸らして……。結果、この有様だ。

「……ごめんなさい。今回は、少しだけ」

 大きなため息。どうせなら、陰鬱な気分をちょっとだけでも持って行ってくれればいいのに、状態は一向に改善の気配を見せない。ふと視界の隅に映った鏡には、能面よりも無表情な私がいる。なんて顔、これじゃあみんなが心配そうにするワケだ。

「大丈夫。なんとなくだけど、あの人に関わった時から覚悟だけはしてたの。きっと辛いことが待ってるって。だって、あの人はそういう人だから」

 関われば、碌でもない目に合う。だから彼は仮面を被り、細心の注意を払って生きてきたのだろう。一人きりでいることこそが、彼の取れる最善の策だとするなら、十年の孤独を復讐だけを胸に耐え忍んできたというのなら、日向春一の目に有里美奈子は、どう映っていたのか。なんて細かい自責をいくら積み重ねてみたところで、もう答えは返ってこない。多分、それでも私は前に進めるから。……進んでしまうから。

「逃げませんよ、私は。私に出来る事は、自分の行動から目を背けないでいることだけです」

 瞼を閉じて一秒、二秒。思い出と呼ぶにはあまりに少ない記憶が巡る。あの夜から何度もこうして、結局最後に辿りつくのはがらんどうな日向先輩の素顔。立場も、想いも、関係ない。私はどうあってももう一度あの人の前に立たなければならない。血生臭い復讐の螺旋に乗ってしまって、それでもあの夏の日の想いは変わらず胸裏に刻み込まれている。

「皆、私は前に進むよ。諦めてあげませんって約束しちゃいましたから!」

 虚勢を張っている自覚はある。ぎこちない笑みだとか、そんなの鏡を見れば一目瞭然だ。足も小刻みに震えているし、恥ずかしながら声は裏返っていたかもしれない。誰もが痛々しいと見受けるような有様を前にして、皆は仕方のなさそうに微笑んでくれた。

「あの!これ、持っててください」

「これ……、銃弾?」

「初めてあの人へ一撃入れた時にくれた物です。多分、僕の元での役目はもう終えました。十分に」

 天田君の懐から取り出されたあまりに規格外な弾丸は、初見にも関わらず歪さだけで日向先輩を連想させるには十分だった。恐らく先日手にしていた魔改造も甚だしい銃の番となる一品に相違ない。

「手強い、本当に手強い人ですけど、他のめちゃくちゃな人たちに比べたら平凡でした。二人で協力すれば手傷を負わせられるくらいには」

「それは、いや、しかし。だからこそ警戒が必要なのではないか?」

「そうですね……。まず前提として日向さんの戦い方は、相手を上回るんじゃなくて相手を引き摺り下ろすんです。もしかしたら、だとか、これはまずい、とか思わせて相手の長所を削り取る感じで」

「顔に似合わずえげつねえ……」

 優等生、日向春一としての面しか知らなかった順平君が頬を引き攣らせながら苦笑している。隣では真田先輩も顔を顰め、桐条先輩は納得の表情。かくいう私も稽古を付けてもらおうとして突っぱねられた一人なので、所詮は想像するしかないのだが。

「それと、一つ引っかかるんですよ。全方向対応ペルソナ使いって言ってましたけど、あの人の戦い方は、到底万能とは呼べない感じでした」

「手加減、じゃないっスよね、多分」

「分かりません。少なくとも僕の目からは真剣に見えましたけど」

 記憶の糸を辿る天田君の額に汗が滲む。体調は回復しても尚、脳髄に沁み込む呪いの悪辣さは、傍から見ているだけの私たちですら息をのんでしまう。

「あの……」

「どうしたの、風花ちゃん?」

 自身なさげに挙手をした風花ちゃんは、半ば確信を持ってある疑問を口にする。シンプルな、だからこそ誰も脳裏から消してしまった選択肢。

「普通に考えればあれだけ大きな力なら、リスクがあるんじゃないですか?何か、そう、ペルソナを初めて使った時にすごく消耗したみたいに、あの人にも、同じような何かが」

 ある意味で、偶像崇拝に近いやり口だ。日向春一は、今まで歯が立たなかった『ダイス』のリーダーだから強い。根拠のない想像が、全員の中でいつの間にか共通認識にまで昇華されてしまっていた。あるいは、狙ってそうしたのかもしれない。

「……『ストレガ』の件もあるが、まずは総員で目的のはっきりしている『ダイス』の対処に当たろう。山岸は私と来てくれ。お父様に事情を説明してもう一度過去の資料を徹底的に洗い直す。天田は知ってる限りの情報を。病み上がりですまないが、一刻を争う事態だ。よろしく頼む」

「了解!」

 号令が、新たなスタートを告げる。限りある時間の中で後手に回ったままでいるのは、もうお終いにしよう。陽の当たる綺麗な場所だけを見ていられる時間は、もうとっくに終わっていて、遅ればせながらも私たちは一歩を踏み出す。真の意味で、運命と対峙するために。

 

 

・・・

 条件は概ねクリアした。イレギュラーもその実態を把握できた以上、ほぼ支障はないと言っていいだろう。要は取扱い方の問題だ。よく分からないなら理解してやればいいし、そもそもアレは僕の因果ではないのだから、恐れる必要もありはしない。

「……人事は尽くした。後は良い目が出るのを待つだけだ」

「問題ねえって。いざとなりゃ俺様か三日月がひっ捕らえて来るからよ」

「ええ。……そこの考え無しと同じ意見なのは甚だ不本意ですが、憂う必要はありませんよ」

「ありがとう。でも、それは最終手段だ。最善手を打てる内は大人しく祈っているよう。無茶をするのは切羽詰ってからでいい」

 ぐでーっと擬音が出そうな程にだらけながら受け答えをする。力なく五体を投げ出し、何をしているのかといえば休息だ。奮発して過剰演出したせいで、一息付いても焼け石に水状態に陥った僕の心身は、半強制的に充電期間を強いられていた。せめてもの救いは、体の損害が思ったよりも軽かったことぐらいか。次の満月までの間大人しく療養していれば、十全に至るだろう。

「うむ。急いては事を仕損じるとも言う。全てはハル兄様の疲弊が解消されてからでも遅くはあるまい!」

「同意する。この場で口喧しく騒ぎ立てても意味は無い。それに臨機応変に対応するために私たちだ。殊更、狼狽えるに値しない」

「然り、然り。畢竟、ハルの選択次第じゃ。心配せんでも全力を出し切る機会など、自ずと転がり込んでくるわい。望もうが、望むまいが」

「一足先に抜け駆けしたおめーが言うな」

 達観したかのような六道の言葉に、二葉が半眼になって言い返す。僕の、というよりこの場にいる全員の予想を超えてはっちゃけた六道としては、もう割と満足しているのだろう。自由にやっていいと許可した身でとやかく言うつもりもないけれど、あの時の二葉と五月雨の驚愕は忘れられるものではない。ついでにその後の憤慨も。

「クソっ!やっぱり出番早くに設定しすぎたぜ!」

「右に同じく。俺をして不完全燃焼だなんて、笑えない冗談もいいところだ!」

 バンバンと机を叩いて声高に抗議を叫ぶ二人。一番手と二番手。鍛え抜かれた武威を受け止めるのは、芯も定まらず、流されるがままに戦う雛鳥たちには荷が重すぎた。曰く、半紙でできたサンドバックを叩く気分だったらしいので、その気苦労は計り知れない。

「ああ……、このままでは秘密のままで終わる秘密兵器とかいうよくある笑い話のタネになっちまう」

「むう、愚兄に賛同するのは心外だが、それは頂けないな」

「息をするように俺様を貶るな、テメエらは」

 突っかかってこないことに些か拍子抜けした五月雨であったが、二葉が自分同様鬱憤が溜まっていることを思い出して嘆息する。喧嘩よりも本気でやりあう機会を。根っこが似ているからこそ、取っ組み合いを始めなかった。二人ともデザートは最後まで取っておくタイプだ。尤も、二葉は絶妙に食いっぱぐれるタイプの人間だが。

「そうだな……。そういう事ならいくらか仕事がなくもない」

 大局は決したものの、未だ小さな歪みや不安要素は残っている。例えば、桐条グループにおける『エルゴ研』の残滓だったり、十年前に廃棄しそこねた資料だったり、それなりに抱えている案件はある。ただし、そのどれもが多大な影響を及ぼさないだろうとの判断で、保留とされたものたちだ。実際のところ、こなすだけの時間を確保できないという問題が理由の大半を締めているのだが、まあ、要は無理してまでこなす必要のないと判断した。

「本来ならこんな使い走りは僕がやるんだけど、いかんせんフットワークが鈍重過ぎる。下手したら補導されるレベルだ」

 寝ころんだまま腕を持ち上げてぶらぶら振る。家長の威厳がどうとか気にしている余裕はない。今の僕の急務はさっさと快復して見せること。家族が望む僕であり続けることを考えていればいい。

「本音で言うなら残りの僅かな時間を各々好きに過ごすのもありかと思ってたけど、やめよう」

「おお、そうしときな。どうせ自由になっても、その仕事とやらを嬉々として消化するんだ。変わんねえぜ」

 快活に笑う二葉に釣られて、元々明るかった雰囲気が、更に暖かさを宿す。弛緩していて、しかし悪ふざけするでもない。そんな空気がとても心地いい。

「……幕引きの準備は万全だ。フィナーレに必要のない役者には、そろそろご退場願おう」

 上手く、笑えているだろうか。上辺だけの幸福も、上辺だけの笑顔も、上辺だけの友誼も。そして、この命さえも要らない。たった一つ、真実の安息を。命の答えを。さあ、行こう。二度と引き返せない人生を駆け抜けよう。命を燃やして、魂を煌めかせて、一瞬の閃光のように。僕らは今こそ、その生の意味を問う。終わりの陽だまりを手に入れるために。

 

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