僕らの終わりに、陽だまりを   作:神話好き

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解放とマッドネスの十一月   2

「そう怪訝な顔をするな。事ここに至って、白を切るつもりもない」

 驚愕、よりも呆然。当てられる熱気は汗をも即座に蒸発させてしまうと言うのに、誰もが体よりも頭を動かすのを優先していた。答えはそう難しくない。完全に別人へと切り替わったのなら、選択肢は二択。この場の全員が疑念を挟む余地すらない完璧な演技か、本当に二人いるかのどちらかである。そして、一人、また一人と政界へとたどり着く。日向春一が何者で、何を以て特別であるかの回答へと。

「しかし、まるで出来の悪い冗談じゃないか。未来を胸に戦うお前たちが、未来を奪われた俺たちを阻むのだから」

 炎の柱が揺らめき消える。コンクリートからは燻りの黒い煙が立ち上り、肺腑を焦がす熱も一先ずは収まった。後に残ったのはお互いの喉元に短剣を突き付けあうような剣呑な雰囲気。隠す気など毛頭ないが、言葉とは裏腹に俺は強い憤りの渦中にいた。四季ほど苛烈ではなくとも、二葉のように冷静なままではいられない。別段、誰に非がある訳でもないが故に酷く抗いがたい。理不尽は、嫌いだ。偶然才能があって、偶然目を付けられて、偶然実験の副作用で未来は閉ざされた。それが俺の勝手な理想なのは分かっている。文句を言うつもりも、あまりない。けれど、いい加減はっきりさせるべきだろう。決着の時は、もうすぐそこ。

「……やっぱり日向先輩、なんですね」

「期待に応えられなくて申し訳ないが、兄様は出てこないぞ。離別はとうに済ませた筈だ」

「でも!」

「勘違いするなよ。本来なら、今宵の相対も想定外だ。おかげで仕事を一つ逃したが……、本能に生きるのが愚兄の有り方だ。致し方あるまい」

 いかにもわざとらしく顎に手を当てて見せたのは、単純に気を落ち着けて話をしようと思ってのこと。二葉も言っていたが、こうして直接顔を付きあわせるのもこれで最後になるだろう。楽天家な発想かもしれないが、態々悪い記憶を残すこともない。必要最低限の警戒だけでいい。一度灯れば、焔は一切の容赦なく敵を焼いてしまう。

「そも、対話を望むのなら愚兄が表にいる時点で声を掛けるべきだった。いくらか阿呆に見えても、アレは兄様を除いて話の通じる唯一の存在だ」

「それは言外に聞く耳持たん、と言っていると取るぞ」

「構わん。俺の存在意義は忠実であること。兄様が白と言えば救い、黒と断じれば倒す」

「何を言っても、無駄なんだね……」

 眉間に皺を強く寄せ、強く目を瞑った有里。苦虫を噛み潰したとはこれのことを言うのだとばかりにその表情は苦々しく、目の前にある存在に手が届かないもどかしさを如実に表していた。何もかも。解決の糸口も、手段も、対象も手を伸ばせば届きそうなのに、炎熱がそれを拒絶する。筆舌尽くしがたい葛藤を経て、争う以外に道が無いことを悟った。妥協とは、諦観の系譜にある感情だ。あまり、見ていて気分のいい顔ではない。

「……ふむ。しかし、拝聴するのは結構だが、盗み聞きは感心しないな。出てくるといい」

 宣告の声は高らかに。確証がある訳でもない。しかし、確信はしていた。未だ意識の戻らない荒垣を除いてほぼ全ての役者が集う夜に、彼女は除け者であることを良しとしないだろう。あの研究所で失ったモノは確かに多い。けれど無くさなかった矜持があるなら、どんな苦悩の最中でも光を失わずに道しるべとなる。それは犍陀多が地獄で蜘蛛の糸に縋ったように、追い詰められた最後の拠り所。死期を先延ばし、もがいてまで何故執着するのか。答えを知るため機会のを逃すなど、有り得ない。

「…………」

「チドリ!?」

 伊織の驚愕を一瞥しながら、ゴシックロリータの服の少女が歩く。希薄な存在感に乏しい表情、夜風に煽られたなびく赤い髪。暗闇を切り裂いて登場したのは『ストレガ』の一員、チドリだった。

「……最初からこういうシナリオね。趣味が悪いわ」

「主に六道が主導の計画だ。胡散臭い雰囲気で誤魔化してはいたが、自分が焚きつけたのではないか、と気を揉んでいたよ」

「そんなこと、頼んでない」

「そうだな。かつて『エルゴ研』から脱出した時と同じ。あの日、勝手に連れ出したのが俺たちなら、引導を渡す役目も、また俺たちしかいないだろう」

 憎々しげな睨みをこれまたどこ吹く風で受け流し、善意も悪意もなく真っ向から視線を返す。どう転んでも長くない。迷う者にとって影時間は殊更厳しい場所だ。確たる己を持たざる者は死ぬ。そんな場所である。等しく無慈悲に、無感動に。

「虚心坦懐。では、始めようか。俺としても朽ち果てる前に全力を出せそうで嬉しいぞ」

 心を燃やす。俺にとっての撃鉄は、意思のトリガー。『ステュクス』など、とてもじゃないが扱えない。というよりも本人以外でアレを扱える二葉と六道が異常なのだ。一芸特化でも優劣があるとするなら、その時点でこの身は劣等生である。妬みや嫉みなどするものか。六人の中で最も努力を続けた者の苦労も、超越者として生み出された者の抱えている苦悩も知りえない俺が、羨むなど烏滸がましいにもほどがある。そんな暇があるなら、研鑽を。あまり頭脳明晰とは言えない俺の出した答えだ。ただ、愚直であればいい。信仰は限りなく、世界を燃やす糧となる。

「ふはははは!負けられんぞ、ゾロアスター!火力比べだ!」

 手に教典をはためかせ、枯れ枝のような老人は歓喜する。滔々と紡がれる祝詞は到底理解できる類の言葉ではなく、しかし、そこに込められた感情だけははっきりと伝播していったことだろう。俺が示す。俺が讃える。そんな意地こそが、俺のペルソナ、ゾロアスターを引き当てた所以だと思っている。勝手な妄想ながら、ペルソナが醸し出す力の発露具合を見るにそう的外れでもないはずだ。

「構えて、順平。それにあなたたちも、生き残る事だけを考えなさい」

「ちょ、ちょっと待ってよ!いきなり出て来て勝手に話進められても困るっての!」

「……うるさいわね。今それどころじゃないでしょ」

「いやいや、流石に、はいそうですかって訳にはいかないでしょ。……順平君以外」

「なんか視線に棘がある気がするんですけど……」

「ア、ン、タ、が一人でにやにやしてるからでしょうが!まったくもう」

「落ち着け、岳羽。信用しきれないのも分かるが、敵に回られるよりは数段いい。それに私情を挟むようで悪いが、私は彼を是が非でも捉えたい。その為ならば多少の無茶も飲み込む所存だ」

 迷いのない目がこちらを射抜く。清濁混ぜ合わせて飼い慣らしてこその桐条。やはり、育った環境云々など戯言だ。蛙の子は蛙。未だ未熟ながらに有り余る素質をはっきりと感じさせる瞳は、本当に大した才媛だ。十年、いや五年もあれば情に流されず必要な判断を下せるようになって、俺たちを相手に堂々とやりあえたのかもしれない。まあ、所詮は可能性の話。現実はそうはならなかったし、もしそうなっていても俺たちの役目は変わらない。

「……まだ描き終ってない絵があるのよ」

「絵、ですか……?」

「笑いたければ笑えばいい。自分でもどうかしてると思うから」

 澄んだ声が凛と響く中、伊織は一人感涙を堪えて歯を食いしばっていた。ほんの小さな、それこそ気まぐれのようなあまりにも弱い変化かもしれない。けれど、いつか芽吹くきっかけにくらいはなってくれる。一人の惜しみない献身が、凍りついた一人の心を動かしたのだ。やはり、いい。まるで物語の主役のようじゃないか。二葉の考えを踏襲する訳ではないが、敵は強大であるほど俺もまた真価を発揮できる。

「話が纏まったのならば、いくぞ?」

 火花が右腕を包み込み、想像されしは金色の刃。別段これが得意な武器なのではなく、ゲン担ぎに近い。桐条美鶴対策として、分かり易い記号をゾロアスターが誇る彼の偉大な英雄が化身から拝借したに過ぎないが、その切れ味だけは抜群だ。元々得意技は魔法である俺は、剣術の心得で遠く及ばない。なら、得意の魔法を駆使して差を埋めるだけの獲物を用意するまで。

「前回のデカいだけのハンマーとは格が違うぞ。正真正銘、俺の全力で編んだ剣だ。身を焦がす覚悟のある奴からかかってくるがいい!」

「言われなくたって!」

「今更誰が怖気づくかよ!」

「ふはははは!敵ながらなかなかに格好いい台詞だ」

 哄笑を慎もうともせずに剣を振るう。乱雑に、闇雲に。才など無いのだ。小奇麗に縮こまった及第点の剣技なんかよりも、この方が随分と性に合っている。というのも、偏に隙を隙とさせない余波を放つ武器の恩恵によるところが大きい。

「もっと、もっとだ、ゾロアスター!この程度じゃあ奴らは止まらん」

 轟々と燃え盛る剣を振るう度に盛る炎で景色が遮られ、一瞬呼吸が止まってしまいそうな熱波が奔る。だからどうした。それはいったいどちらの心境なのか。奴らは俺がそこまでの力を有していると想定して挑んでいるし、俺は奴らが力の差などに一片だって絶望しないことを知っている。とてもとても歪な、ある意味で信頼とも取れる不思議な関係性。存外、愉快な気分だ。

「……っ、ふぅ。本当、つくづく思い知らされる、ね……!」

「……言葉もない。これでも少しは強くなったつもりだったが」

 脳裏に浮かんだ手練手管を尽くしても一向に攻めきれずに誰ともなく愚痴を漏らす。それもそのはず。俺は未だ一歩たりとも動いていない。ただ、それとなく剣を振っているだけで、戦略戦術全てをご破算にしているのだから堪ったもんじゃないだろう。

「メーディア」

 軽い嘆息の後にチドリが動く。伊織単体との連携ならばともかく、他のメンバーとのそれは比べるべくもなく拙い。だから援護に回った。訳ではなく、己が最も生きるポジションに着いた。チドリは必用に狩られて最低限の武力は有しているものの、大して強くは無い。本職はサポートと、回復。特に回復術の一点においてはこちら専門家も一目置いているくらいだ。おまけに彼女は甘くない。どんなにえげつない戦法でも迷わず実行する胆力がある。

「呆れた。相変わらずのバカの一つ覚え」

「む、心外だな。この剣にどれだけの技巧が凝らされていると思っている」

「……貴方のそういう自信過剰なところ、悪い癖ね」

 そう言って、ダン、と音を立てて地面を踏みしめると、足元のコンクリートが橙色に変色し溶解していく。

「だから足元を掬われる」

 魔法の遠隔発動。様子見のふりをしつつ、狙っていたのは橋の下から行われる不可視の奇襲。大仰に足で音を鳴らして見せたのもたった一瞬俺の注意を引くためか。しかし、それしきのこと計算の内だ。

「だから、なんだって?」

「足元掬われるっつってんだよ!」

 横薙ぎ一閃。チドリの火柱をより大きな力で食い破りった余波の残り火。それを突き抜け、俺の目の前に躍り出たのは伊織順平。切っ先でも掠めれば服ごと溶解してしまう炎剣を振った刹那の、一秒もない隙だらけの時間だけを狙って、文字通り身を焦がす覚悟を示した。口角が吊り上っていくのが分かる。迫る白刃に連動して心拍は上昇を続け、目に映る景色は色彩を失くしていく。アドレナリンの分泌が最高潮に達した。即ち、万事滞りなく順調だ。

「須臾に己の浅はかを悔いろ!」

 スローになった世界で鉄塊が体を叩きのめすよりも早く、焔は意思を反映する。思考とタイムラグ無く焔の剣は消失し、瞬く間に再構成されたのだ。剣としてではなく、紅い多頭の鞭として。

「固定観念だよ、伊織順平。なまじ剣の形をしているから、剣以外の動きを取れる可能性を排除してしまう」

 先にも述べた通り、俺に備わっている才で出来ることなど高が知れている。近接戦闘では二葉に遠く及ばないノロマだ。それ故に俺は策を弄する。相対で見れば俺とて強者なのだろう。しかし、俺は俺以上の中で生まれ、育ち、鍛えた。殲滅という名の格下狩りばかりが上手くなった。

「俺の感謝は深いぞ。漸く敵に遭えた」

 明確に悪意を纏い紅い鞭が幾重にも分化し、非常事態に際して誰かが動き出す前に、持ち手の部分を残して消失した。

「ヘルメスっ!」

 伊織は引き攣った声でペルソナの召喚をし、周囲に万遍なく火を放つ。夜風に運ばれ、そよそよと浮遊した火は程なくして何度も鎌鼬にでもあったようにコマ切れとなった。猪気味かと思いきや意外と鼻が利くらしい。

「順平!」

「分かってる!クソっ!」

「さあ、世界を焼け、ゾロアスター」

 これ見よがしに地面を踏み付けると、俺を中心とした円状に紅い波が広がる。起点は指先。小細工の全ても、この一撃を放つための時間稼ぎに過ぎないと自信を持って言える、技とも呼べない技。何よりも伊織を救出するという目的の優先順位を上げさせ、半端になった防御ごと抜く。ボコボコと地面が火にかけ過ぎたシチューみたいに泡立ち、遥かに下方の水面に落ちた残骸から嫌な臭いの煙が立ち上り始めまでには、大凡の準備を終えていた。誰一人、寸分たりとも動けぬままに。奴らは何ゆえ少ない時間を無駄に過ごしたのかを理解する術は無い。それにどの道事ここに至っては真っ向勝負以外に道も無い。

「拝火」

 力としか呼べない奔流を全て内包し、完成したのは小さな種火。あまりにも場違いで、しかし、絶大な存在感は一目でこの場にいる全員にあらゆる感情を抱かせた。畏敬であり、恐怖であり、憧憬であり、渇望であった。万人が、超然とした災害やその爪痕に人知を超えた力を感じるのと同じく、暖かな温もりを届ける優しげなそれに、背筋が凍る怖気を憶えた。取り巻く周囲の何もかもをが、今となっては薄まって危機感すら抱けない。例えるならば、喧嘩の途中に竜巻に見舞われたような、そんな理不尽。分け隔てなく洗礼を与え、不平等に選別する。無論、俺も例外ではなく、この炎からは逃れる事も、防ぐことも出来ない。

「祈れ。煉獄の焔が幾度その身を焼こうとも」

 両手を固く組み、ここが戦場であることを度外視して膝をつく。目を閉じ、深く息を吸い込めば、臓腑が焼け爛れてしまいそうな空気が肺を満たした。齎される痛みのイメージは、俺が生まれた時に流れ込んできた痛みの再現。死なない程度に全身を焼かれるという実に悪趣味な拷問は一々記憶しておくのが馬鹿らしくなる数の実験の中のほんの一つだが、残した痛みは今でも鮮烈に思い出せる。誕生も間もなく混濁した意識の中で垣間見た光。嘲笑に塗れ、苦痛に見舞われながら寸分たりとも曇らなかった魂に、俺は魅せられた。生まれたてで何も知らなかろうが、雛鳥が初めて見た者を親鳥と認識するように本能で悟った。己の何もかも全ては、この人の為にあるのだと。疑問を挟む余地もなかった。掃き溜めにいた鶴は、あまりにも美しすぎたのだ。望む安寧を奪われ、夢見た未来を奪われ。目を背けたくなるような悲劇のお手本の最中でも、日向春一は日向春一として生を完遂する。ハル兄様は徹頭徹尾俺たちのために行動するだろう。完全には理解できていないが、この復讐だってきっとその一環だ。冗談ではない。俺は、何も返せないまま終わる訳にはいかない。皆で笑って隣に立つために、最期の場所には自分の足で辿りついてやる。そうやって自分を誇るのだ。堂々と比類したと、俺たち全員でここまで来たと言うために。

「…………っ!ぁ、っ……!」

 声は声にならず。弱々しい呻きがいったい誰の嗚咽かすら判別できない。もしかしたら無意識のうちに俺が発したのかもしれないし、苦痛慣れしていない相手のメンバーが耐えきれなくなって漏れたのかもしれない。尤も、どちらにしても意味のない些事。この技に安全圏なんて都合の良いモノは無く、火が衰えるまで身を焦がし続けるしかない。痛みを越えれば次の痛みが、また越えればその次が来る。必ず来る痛みを受け入れるのは至難を極め、普通なら心は折れてしまう。強い意志。今、この瞬間に命を懸けられると言い切れる意思がいる。

「……………………ああ」

 俺だけが、その事実を知っているが故に感動を覚えた。何にか。多くを語る必要も無い。静寂に包まれた橋の上で、立っている男がいただけだ。ボロボロで、朦朧としていて、呼吸は明らかに異常で、それでも眼光は鋭く俺を貫いている。

「これすら……、これすら凌ぐか!ふは、ふははははははは!いいぞ!素敵だ!」

「うる、せえ!」

「許せ。俺の想像を超えた敵なんてのは初めてなんだ」

 絡繰りは分からない。単純に気合で乗り切ったのか、一番有りそうな展開としては全員で伊織だけを守ったか、だ。様子を見るにどうやら後者。つくづく俺の望む展開だ。

「礼を尽くそう、なんて言えるだけの隠し玉があればよかったんだが、残念ながら品切れだ。正真正銘、さっきのは俺の切り札だった」

 色濃く疲弊を反映した体中からは冷や汗が吹き出、視界に映る景色もぶれて見える。余裕ぶってみても正直相手とどっこいどっこいだ。そもそも、今の一撃で勝負が決まるはずだった。再び喉元に剣を突きつけてくる勇者を期待はしていたが、所詮は夢物語と切って捨てた可能性だ。事実は小説よりも奇なりなんて言葉もあるが、なるほど、正鵠を射ているではないか。

「……小細工は、止めだ」

 沸き立つ血潮に身を委ねよう。ここは分岐点。忠実な僕で終わるか、五月雨という個人で終わるか。どちらも目移りしてしまうくらい魅力的でな結末だが、どうにも感化されてしまったらしい。まさにクライマックスに相応しい激情を湛えて、華々しく。

「ふはははは!……かかって来いルーキー。俺の十年、今一度その身に焼き付けてやろう」

 赫炎の中漸く理解した。これは、いかに相手を超えるかという戦い。肉体を屈服させるのではなく、心に思い知らせるのだ。自分は全力で戦い、負けたのだと。そんな確かな納得をくれてやるための戦い。限界を超えて何度も何度も、それはまるで火に群がる蛾の様に。羽根が焼け落ち、地べたに這いつくばっても俺を目指すのだ。何故なら、バトンを受け継いだから。膨大な多幸感の影響で思考回路は破壊され、今の伊織には俺以外のなにもかもが見えていないのだろう。酷い火傷に爛れた腕も、精一杯で千鳥足しか叶わない足も例外なく。

「……トリス、メギストス」

 大気を震わせるのはしわがれた声。殻を破り、ペルソナを進化の頂へと押し上げる祝詞。紅い体躯に純白の翼。眼前で進歩を続ける風前の灯火は、果たして俺を超えるにまで至るのか。放たれた火球と火球がぶつかり合い、互いに食い合って消滅する。一発、二発、三発。相殺する度に威力とスピードが釣り上げられ、一歩も動かず睨みあったままに死闘は続く。俺の家族は優秀だ。多少の無茶はリカバーしてくれる、と思いたい。

「済まないな、兄様。最初で最後の我が儘だ。許してくれ」

 タガが完全に吹っ飛んだ炉心は、臨界を越えて俺を焼く。肉体的にではなく、魂を。次に目が覚めるのはちょっとばかし時間がかかるかもしれないが、まあ、敗北よりは幾分かマシだろう。

「ではな、伊織順平。お前は敬意を払うべき敵だった。そして兄様方よ、不甲斐ないことに無茶をせねばならんらしい。眠りこけたまま審判を過ぎ去る無礼を許してくれ」

 イメージは解放。燃えたぎる炉を破壊して、中身を余すことなく開放する。俺の太陽は、熱く、近づく者を焦がしてしまうだけだけれど、兄様の目指す陽だまりは、きっともっと優しい。楽しみだ。

「寝坊を、しないように、気を付けなくちゃ……」

 閃光に貫かれ、まどろみの中へと落ちていく。決着は着いた。それを視認してこそいないが、理屈ではないところで感じ取れた。意地を通すために自爆もどきの特攻を仕掛けてしまったのが心残りと言えば心残りではあるが、良い戦いだった。少なくとも俺の心に蟠りや後悔はない。なら、十分だ。それに、眠っていようが力は貸せる。だから、最後にみんなで笑うために今は眠ろう。

「……お疲れ、五月雨。安心して寝ててくれ。僕も頑張ってくるから」

 どこまでも凶悪に破壊しつくされた橋の上で、暖かな声が響いた。どこまでも、どこまでも。闇を切り裂いて彼方まで。

 

 




遅くなって申し訳ありません。
どうにも納得いかなくて何度か書き直しをしていました。
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