僕らの終わりに、陽だまりを   作:神話好き

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解放とマッドネスの十一月   3

 最悪の目覚めだった。いきなり影時間に取り込まれたり、シャドウや敵に襲われるなんて突発的な事にもいい加減慣れてきたと思っていたのが、状況は思いのほか最低だった。覚えているのは痛み。それも意識が飛んでしまうくらい強烈なヤツを浴びて、私たちは倒れた。結末は分からない。全員で出し合ったなけなしの力が順平君を守るのにどれだけ有効だったかも定かではないのだから。それでも、あの暴威を前に私は託すくらいしか出来なかった。その後、無防備に攻撃を受けて……、どうなったのだろう。分からない。完全に断絶している。記憶と記憶の合間にある空白。私たちは気絶している間に、いったい何があったのか、てんで理解できないままに。

「うっ、痛た……」

 身動きが取れないので、首だけを捻り辺りを見渡す。随分と視点が高くて、見える景色も限定されているけれど、なんとなく肌で感じる雰囲気は既知の物。ここはおそらく『タルタロス』なんだろう。でも、何故。それが分からない。やがて寝起きで霞がかった視界もはっきりとし、自分と同じような人影が他にも存在するのに気が付いた。

「皆!?あ、っう……」

 反射的に前のめりになった勢いで拘束された全身に軋むような痛みが奔る。視界に映る仲間と同じ状態ならば、私も白い十字架へ磔にされているようだ。募る危機感は湧き上がる嫌悪感とともに増加の一途をたどり、オーバーフローした恐怖は余計な思考をそぎ落としてくれた。見渡してみてもまだ、私しかこの状況を知り得ていない。なら、行動を起こせるようになるまでは、せめて頭の中で戦っていよう。

「場所……、『タルタロス』。じゃあ、何のために?……分からない。誰が……?」

 誰が。そうだ、まずはここをどうにか明らかにしておかないと、高確率で徒労に終わってしまう。残念ながら手がかりは殆ど無いが、いくつか分かっている事柄もある。最たる例が、これは日向春一の犯行ではないということだ。確証も何もあったもんじゃないけれど、いかにも大仰で悪趣味な舞台なんて、あの人らしくない。それに、違うのだ。荒垣先輩が倒れた決別の夜、町全体を覆う瘴気はもっと純粋だった。悪意を可能な限り凝縮し、絶対に触れたくないと忌避させるある種の超越性を感じさせていた。だが、これは違う。磔や十字架に狂気も悪意も感じるが、中途半端だ。もしも、日向先輩が舞台を整えるとしたら、きっと何もしない。真っ新な舞台上にあの人一人が佇むだけで、全ての舞台装置は必要なくなる。それほど濃い。冷静に考えると改めて彼の抱える闇の深さを痛感する。諦めてあげない、なんて、どの口が言うのか。無責任に希望を与えるのは簡単で、途方もなく残酷だ。

「……止めよう。少なくとも今はやることがある」

 そう言って眉根を寄せると、落ち込んでいく思考を断ち切る。ええと、そうだ。なら、誰がこんなことをしたのか、だったっけ。

「思い当たるのは『ストレガ』……、も多分違う。あの戦いの後なら、そんなこと出来る状態じゃなかったし」

 選択肢を二つ潰したところで、急ぎ左右を確認する。風花ちゃん、順平君、ゆかりちゃん、真田先輩、桐条先輩、天田君、コロマル、チドリ、そして私。……足りない。何度も私を大切だと言ってくれた彼女の姿がどこにもない。嫌な予感がする。取り返しのつかない何かが目前まで迫っている、そんな漠然とした不安が段々と大きくなっていくような言葉に出来ない感情に体が震えた。

「ん……、あれっ?なにこれ!?」

「えっ!?」

 よぎった考えを纏めようとしたのも束の間、ゆかりちゃんの驚愕を皮切りにみんなが次々に目を覚ましていく。

「幾月……!これは何の真似だ!?」

「見てのとおりですよ。あのバケモノのせいで少々気を揉んだりもしましたが……、問題はありません。彼らには滅びの先駆けに生贄となってもらう」

 いったい何を言っているのか。眼下で口論をするのは幾月修司と桐条武治。というよりも状況が掴めない。いつもの雰囲気は完全になりを顰め、幾月の表情は邪悪そのものだ。

「おや、目が覚めたかい?」

「理事長!これは何の真似ですか!?」

「ははは、第一声がそれか。流石に親子だね」

 糾弾をこれっぽっちも意に介さず嗤う。悪い夢か、もしくは別人だと言われた方がしっくりくる変貌ぶりだ。私たちが幾月修司だと認識できたのは、偏に日向先輩たちとの対峙で、大きな変化になれていたのが大きい。信じたくなかろうが、敵は身内にもいたのだ。親切で人の良い仮面を被って、腹の底では虎視眈々とこの時を待っていた。言動から察するに、私たちを葬り去る機会を、だ。

「いや、参ったよ。『ストレガ』の連中だけならまだしも、あんなのが介入してくるなんてね。まあ、おかげで今日の催しを円滑に勧められたから、結果オーライだったかな」

 口元を歪めて語る幾月は不気味で、何かに憑りつかれているようにしか見えない。自慢げに垂れ流される言葉の羅列を、私たちは呆然としながら聞いていた。

「これで滅びを得ることが出来るんだ。君たちに嘘をついていたのは謝るよ。でも、君たちは未来のためになる事をしたんだ」

「貴様……正気か!?」

「先代の失敗は、欲をかいてしまったこと。副産物として出来たあのバケモノは、あまりに上等過ぎた。結果、計画は遅れ、失敗に終わったってしまった。実に嘆かわしい」

「やはり……!あの時の少年がそうなのか」

「あんな悍ましい存在、他にありません。てっきり既に死んでいると思ってましたが……。流石は『エルゴ研』が誇る最高傑作。しぶとさも一級品のようだ」

 苛立った態度を隠そうともせず、頬を引き攣らせて吐き捨てる。眩暈がする。こんな人に付き従って、自分たちは何をしていたのか。

「では、必要のない貴方にはそろそろ御退場願おう。アイギス……、は駄目だったか。最後の最後まで忌々しい」

 嘆息しながら懐から取り出した銃を桐条武治へと突き付ける。

「光栄に思って下さい。僕が直々に救済してあげましょう」

「やめろ!やめてくれ!」

「さようなら」

 桐条先輩の叫びをかき消す轟音が響いた。誰もが最悪の未来を予見し、息をのんでいた……、はずだった。

「自分の分を弁えるんだな。取るに足らないから今までほっとかれていたのに自覚すらないとは、中々におめでたい奴だ」

「ぐ、ああ……!ああああああ!」

「その程度で喚くんじゃない。三下なら、せめて去り際はもっと慎ましやかにしておけ」

「ぼ、僕の腕があああ!痛い!痛いい!」

「…………」

 呼吸が止まった気がした。肘から先がごっそりもぎ取られた幾月の悲鳴が、まるで耳に入らない。彼の足音だけが木霊している中、ふと視界の端に映った仲間の誰もが震えているのを見て、漸く自分も震えていることに気が付いた。当然だ。街を飲み込める純然たる悪意が指向性を持ったなら、こうなるのは当たり前なのだろう。

「……その瞳、十年経とうと見紛うことない」

「ああ、この夜をどれだけ待ち望んだことだろう」

「私を、殺すのか」

「やっとだ!やっとここまで来たぞ!」

 噛み合わない会話は、それでも互いの目的だけは容易に読み取れた。

「桐条武治!」

「日向春一」

 即ち、あの二人は殺す者と殺される者である、と。

 

 

・・・

 目的を完遂すれば舞台に上がってくるだろうと思って、相手の思惑に乗せられておいた。存在だけチラつかせて決して止めを刺さなかったのも、後悔に塗れた桐条武治は、その必要も無く命を差し出すだろうと察していたからだ。尤も、それは理由の一つに過ぎないが。

「しかし、度し難い男だ。痛みのなんたるかも知らない奴が、声高に滅びを騙るだと?まるで白痴にしか見えないな」

 腕が千切れたくらいで喚き続け、気を失ってしまった幾月を一瞥すると、つまらなそうに鼻を鳴らす。返答なんて微塵もしていなかったが、罵倒すら受け取ってもらえないとは、少々過大評価が過ぎたようだ。狂信者は往々にして肉体の枠を超えるものだが、こいつはそこまでの器じゃなかった。それだけのこと。

「やり方も半端。生贄とはいかにも『エルゴ研』の残党らしいやり方だが、嘗てに比べれば生易しいことこの上ない。落第点だ。なあ、そうは思わないか?桐条武治」

「……ああ、そうだろうな」

「なんだ、話し甲斐のない。僕はこれでもこの時を十年近く待ったんだぞ」

 憎悪、歓喜、憤慨、悲哀。どうやら湧き上がる感情が多すぎると逆にフラットになっていくらしい。冷静を保てる自信は無かったが、これはこれで嬉しい誤算だ。

「日向……、先輩」

「ああ、有里か。悪いけど下ろしてもらおうだなんて期待はするんじゃない。今日ばかりは邪魔者は無しだ」

 闇夜に映える趣味の悪い十字架を見上げて声に応える。見たところ完全にグロッキーなのは、真田と伊織と、半壊気味に鎮座しているアイギス。コロマルや天田も怪しいが、先に挙げた三名以外は戦闘となれば一応動くことくらいは出来るだろう。

「ドラマなんかだとこういう時は、長いようで短かった、なんて言うんだろうけど、見当違いも甚だしい。本当に長い、長すぎる十年だった。まあ、僕が死に体だったこともあるんだろうけど、やらなきゃならないことも多かったから」

「復讐、か……」

「そんな顔をするなよ、死にたがり。お前だって十年間僕のような存在を待っていた筈だ」

「……否定は、せん」

「お父様!?」

 逃れようのない結末を悟ってしまった美鶴が、どうにか抜け出そうと手足の拘束を解こうとする。しかし、現実は無情だ。二葉や五月雨との戦いの後、疲弊しきった体ではいかんともしがたい。召喚器無しでの召喚でもできれば話は変わってくるのだが、そんな訓練なんてしたこともないだろう。

「頼む、日向!お父様を殺さないでくれ!」

「僕は、どんなことでもする。己の全てを賭して、僕は僕を取り戻す」

 懇願を無視し、取り出した銃に弾丸を込めていく。

「僕はね、安らかに眠りたいだけなんだ」

 異形のリボルバーに六発の弾薬。何があろうと、撃たれた相手は絶命必至となるだろう。

「未来は奪われた。過去も踏みにじられた。だったら、せめて今だけは、最後の時だけは誰にも渡さない。そう決めた。それなのに……、どれだけ幸福を感じてようと、奥底に一点の淀みが消えてくれない!どす黒い感情の渦が、僕の中から無尽蔵に湧き出てくる!」

 背後に控えたペルソナが哭き、大気を悲しく震わせる。

「腕を切られたことがあるか!?純粋に痛みを与える目的で何度も何度も!虫けらのように弄られてたことは!?毒を投与され続けたことはあるのか!?目の前で自分の臓物を切り刻まれる恐怖を知っているのか!?昨日まで命を預けていた相手が目を覚ませば冷たくなっている無力感。泥を啜って生きて帰った場所がまた地獄である無間地獄。許せないんだよ……。運命とやらの一言で片づけるには、僕は賢しすぎた。正常な答えは、もう憎しみで狂ってしまったから、これしか道を選べない」

 蒼白、なんてものじゃない。想像していなかった領域の話に、頭が追いついていないのか、それともそんな残酷な事実の理解を拒否しているのか。この場の全員から血の気が失せ、死人も同然の様相を呈する。

「……小さい頃。もう霞みがかった記憶でしか思い出せないけれど、僕はそれなりに大きな一軒家に住んでいて、無垢に笑っていたんだ。特に、庭に会った木の幹に凭れ掛かって眠るのが好きだった。木漏れ日の位置が計ったように絶妙でね、隙間が重なり合って丁度子供一人が入れるくらいの小さな陽だまりだ出来るんだ」

 重苦しい雰囲気からは考えられないような明るいトーンで話は続く。

「幸せだった。なんの気兼ねもなくまどろんでいられた幼少の僕は、きっと僕の短い人生で最も満たされていた。だから、そこを目指すんだ。お前たちの敵として」

 万感の籠った語りとは裏腹に、清算へと向けた準備は粛々と熟されていく。一歩一歩踏みしめて、十メートルばかりの距離を詰めるだけとは思えない時間を掛けて、ゴールを目指す。

「何故、奇跡が持て囃されると思う?世界が悲劇で飽和しているからさ。お前たちが使っている召喚器が夥しい数の屍の上に成り立っているのと同じく、世界はごく限られた奇跡と、それを支える悲劇で構成されている。全ては縮図だ。僕がこうしてこの場に立つまでに、何度悲劇の舞台に立ったと思う?その都度、慟哭に塗れ、絶望に暮れ、憎しみに狂って、それでも踏破してきた末である僕の到達点を、誰にも否定させはしない」

 永遠に続きそうな気すらした道のりも、もう終わり。達成感よりも、半ば義務感とまで化した復讐も遂げられ、漸く肩の荷が下りる。よく目を凝らしてみれば、自前の銃は無数の傷が付き、多分、丁寧に手入れしていようともう長くない。本当に、よくぞ今日まで持ちこたえてくれた。

「最後に言い残すことはあるか?」

「……無い」

「随分物わかりがいい。抵抗の一つでもするかと思っていたが」

「過去の因果に決着をつけられるのは、十年前を知り、今代の桐条である私だけだ。この務めだけは、誰にも譲るつもりはない。そう、決めていた」

「そうか。じゃあ無駄話は無しだ」

 僅かな震えを矜持で押さえつけ、今こそ過去から抜け出よう。残りの時間が一日か、一か月か、あるいは一時間しかないのか見当もつかないが、兎に角、前へ。

「せめてもの慈悲だ。必ず一瞬で殺してやる」

「そうか……」

 疲れ果てた顔は、先ほどまで幾月に怒声を浴びせていたのと同一人物だとは肯定思えない。迎合する事こそ有り得ないが、僕も、桐条武治も、過去を背負わされて亡霊となった。ある意味で最も過去に縛られた被害者同士であり、互いの存在がまた救いでもある。なんて無様。こんなモノ、悲劇ですらない。

「さようなら、桐条武治」

 撃鉄を下ろせば眉間の少し下に突き付けた銃は、その放射状にある何もかもを消し飛ばす。少なくとも僕はそのつもりで引き金を引いた。しかし……。

「なんだと?」

 来るべき未来はまたしても指の間をすり抜けていった。余韻とは別件で痺れる腕

に、複数の銃声。何が起こったのかを視認する前に、カロンが天を割る怒号を放ち、黒い濁流があふれ出した。

「……お前たちの出る幕ではないと、理解できなかったか?」

 衝撃で気を失った桐条武治を庇うように、立ちはだかる影は五つ。つまりは戦闘可能な者全員が立ちふさがったことになる。初めて見せる明確な怒気は、何よりも色濃く僕のペルソナに反映されて、黒い波は際限なく荒れ狂う。絶叫が鼓膜破るのも時間の問題だ。

「…………」

「いいだろう。『エルゴ研』が、桐条が何を生み出したのか、身を以て知れ!」

 櫂で床を殴りつけると、その衝撃で跳ね上がった『ステュスク』が何事もなかったように右手に収まる。シリンダーを素早く外し中の弾を抜き取れば、それは、武器の領域を大きく越え兵器と化す。

「望んで地獄の釜の蓋を開けたんだ。相応の代償は払ってもらうぞ」

 十分。二発目を使うならばその半分。恐らくそれが、どうにか筋書き通りに進めるにあたっての限界。しかし、懸念すべきはその制限内で倒しきれるか、ではなく、もう殆ど機能しなくなった抑制剤でペルソナを鎮められるかである。借り物は僕の家族がどうにかしてくれるので、問題は自身が持つカロンだが……、それこそ気合でどうにかするより他ないようだ。綱渡りをしないように気を使ってここまで来たのに、寸前でこういう展開になるとは。つい、やれやれと首を振りたい気分になる。

「……みなさん、気を付けて下さい」

 ポーカーフェイスに一筋の汗を垂らしながら、天田が言う。

「アレに少しでも触れたらお終いです」

 あまりにも重苦しい声音で告げられたそれは真剣そのものな忠告だったが、同時に的外れでもあった。言われるまでもなく、爆風もかくやの勢いで拡散し続ける黒い何かから本能的な恐怖を感じていたからだ。アレは触れてはならぬモノ。手を伸ばせば届くかもしれない場所に居ようと、間には深淵が広がっている。近づけば等しく破滅しか残りはしない。

「薙ぎ払え、カロン」

 人間のあらゆる生理的な嫌悪感を引き出す絶叫と共に、黒い流星が撃ち放たれる。無差別に分け隔てなく、視界が黒一色に覆われていった。逃げ場など殆どない。万全であれば、また違った対応が出来たかもしれない。いや、万全ですら一人を盾にしなければ切り抜けられなかったと言った方がいいだろう。

「さて、まずは誰を切り捨てる?」

「誰も切り捨てません!」

 振り下ろされた薙刀は床を砕き、飛び散った破片が風に運ばれ飛翔する。同時に美鶴の眼前へ薄く堅い氷の板が傾斜を作り展開された。ああ、なるほど。実に賢いやり方だ。確かに真っ向勝負する必要なんて初めから無いのだから、逸らしてしまえば事足りる。

「イオ!」

 舞い上げられた破片を核に、疾風の槍が降り注ぐ。

「牽制が見え見えだ。せめて一発くらいは殺しに来い」

 顔の真横、僅か数センチを掠めていくそれらを尻目に、次なる一手を見定めんと目を見開く。岳羽の攻撃は当てるつもりがなかった。なら狙いは着弾点から上がる土煙とによる目くらましと陽動だ。誰が来る。目に自信のある僕ですらキツイ視界だ。合図は不可能。

「止めだ……」

 雑多な思考の一切を断ち切り、見る事だけに集中する。後の先。微細な空気中の埃の動き一つ見落とさずに起こる全てに対応しきる。こと防御に関してなら、それなりに高い能力を持っているんだ。最悪の場合でも急所をぶち抜かれなければ、更に言えば即死しなければ戦闘続行は可能である。この土壇場で、僕を殺せるか。天田は出来る。僕はそう仕込んだ。半壊状態だが恐らくアイギスも出来る。現実的に牙が届くかは置いといて、やれるはずだ。なら有里はどうだ。分からない。目に宿る意思の強さは相当なものだったし、伝わってくる雰囲気も一世一代の勝負を思わせた。彼女は何物にも染まらないし、どんな物にでも染まれる。じゃあ、その天秤は今、殺す覚悟と殺さない覚悟のどちらに傾いているのだろうか。前々から感じてはいたが、残念なことに僕の器じゃあ彼女は推し量るにはちょっとばかし足りてないらしい。

「仕方ない。二発目も視野に入れるべきか」

 そう言ってフィンガースナップを鳴らすと、足元から波紋が広がっていく。等間隔に、いくつも。反響を利用した簡易なソナーだ。僕が位置を把握する頃にはそこから何メートルも進んでいるが、大まかな方向だけならこれで十分。僕が奴らなら無駄は省く。狙いは最速、捨て身で最大の効果を得られる急所。即ち頭。で、済めば話は早いのだけれど、やはり有里の存在がネックだ。

「カロン」

 左斜め後方から、高々三十センチもない的に十を超えるの弾丸が集約し、それを遮るようにカロンのもつ巨大な銃の銃身が地面へと叩きつけられる。腕は全壊。飛び散る破片を避ける余力もなくなったアイギスは瓦礫を腹部へと受けて機能を停止した。

「次」

 今度は右方から白銀の穂先が土煙を貫いて迫る。しかし、哀しいかな。かつて僕に肉薄した時のスピードはあらず、閃光のような突きも数段落ちてしまって見る影もない。二葉の攻撃をまともに受けツケだ。

「囮ですよ!」

「まだだ。まだ足りてない。認識が甘いんだよ、天田!」

 カロンの持つ巨大な銃身から一発の弾丸が射出され、反動が腕を跳ね上げる。感覚の殆どをリンクしている僕の腕が軋みを上げ、半ばへし折れそうな圧力に苛まされたが、甲斐あって漆黒の銃身は天田を蹴散らし、遠くに聳える壁面に小さな体躯をぶっ飛ばした。骨がひしゃげる感覚に痛みに漏れた呻き声。そんな不快感が消え去るよりも前に、薙刀の切っ先が左腕を裂いた。肘の少し上を横薙ぎ。心臓の真横からの斬撃は腕によって阻まれたようでいて、その実狙いは最初から左腕なのだろう。優しすぎる。この期に及んで僕なんかに情けを掛けるなんてのは、遠回しな自殺と変わらない。

「私はっ!諦めて、あげないんです!それしか、……それしか出来ないから!」

 骨を砕き肉を断ち、白刃は胴の皮膚一枚で停止した。ああ、本当に。これしきで

、腕が一本捥げたくらいで止まれなくなってしまった自分が酷く悍ましく思える。世界の非情さを知っても綺麗な言葉を吐ける彼女が羨ましい。一片の雲りもなく、心からそう思う。

「……ドッペルゲンガー」

 召喚器によるブーストの二発目を頭蓋に叩き込むと同時に、同調していた感覚の大半が変質する。膨大な負荷は頭の芯から鈍痛を惹起し、異なる己が三つ在る感覚は言いようのない吐き気を催した。

「あの研究所は下種と狂人の吹き溜まりだったが、反吐が出ることに優秀だった。君という前例無しに、僕を作り上げたのだから疑いようもない」

 ぼとりと鈍い音を立てて落ちた腕の代わりに、黒いガスが集まって腕を作る。

「疑似、いや、劣化ワイルドとでも言おうか。決して万能ではないし、代償もかなり大きい。でも、一点だけ勝っている部分を上げるとするなら、これが正にそうだ」

 ペルソナの複数召喚。それが僕の最大にして最高の切り札。『ステュクス』も本来はその為の兵装であるが、負担が大きすぎてまともに扱えない為にブースターとしての用途を主としていた。実際、そこまで無理しても家族の補助が無ければ扱えないし、脳みそが焼き切れるまでのタイムリミットもあまりに短い。言うなれば短期決戦専用の自爆兵器だ。それに、操作だけなら僕に分があっても、本人が使うよりは当然見劣りする。

「何もかもを奪われたから、何があっても奪われない家族を願った。僕だけの力。お前たちとは異なる絆の形!」

 幸福に生きたい。あの地獄で何人の子供が願い、志半ばで朽ちていったことか。幾千の憎しみを受けた。傷の舐め合いじみた事もした。みんながみんな、ただ幸せに生きたくて、必死にもがいた。信じて、騙して、裏切って、恨んで。いったい誰が責められる。生き残って細いチャンスの糸を掴んだ僕は、紡がなければならない。亡骸で出来た道の上を歩く。どこまでも、自身が道半ばで溶けてしまわないように祈って。

「……醜いかい?」

 黒檀色の左手を二、三度開閉しながら、慄く有里へと声を投げかける。欠損の補完。あちらからしてみれば、生きたままに倒すという退路は塞がれたのだ。

「次は右手を切り落としてみるか?それとも内臓を突き刺してみるか?……無駄だけどね」

 援護ももう期待できない。あの状況でアイギス、天田、有里の三人が仕掛けてきたのは、近接が得意だからじゃない。比較的まともじゃないからだ。信念に命を懸けられるか否かの差。残りの二人、岳羽と美鶴については、良く言えば健全で悪く言えば戦力外。多分、既に昏倒しているだろう。つまり一対一だ。この僕と、有里美奈子は。

「君には、……君には感謝してる。だからこそ一度だけ言おう。未来に生きてくれ。君にはその力がある。きっと何か大きなことを成し遂げる」

「お断り、します」

「はは、やっぱり駄目か。本当に頑固者だな、君は」

 眩しい。僕もねじ曲がらないでいられたなら、彼女の様になれたのだろうか。世界は狂おしく悪辣だ。最後に立ちはだかる相手は、幼い僕が思い描いた理想の体現者だった。折れず曲がらず、誰もが幸せであって欲しいと願う純粋な人。倒さなければならない。理想も、夢も既に捨てた。たった一つ、たどり着くべき陽だまりのために。

「願わくば、君が僕を越えて羽ばたかんことを」

 掃射は一部の隙もなく、黒々とした闇は全てを飲み込んだ。倒れ伏した有里を見据え、想い足を引きずって歩く。目的を果たさなければ。顔面の筋肉が痙攣を起こし、胃液が逆流しながらも倒れない。そうしてとうとう、今度こそ本当にたどり着いた。

「今の僕からなら……、逃げられるかもしれないぞ」

「それには及ばん」

 戦闘の余波で多少なりとも負傷し、額からは血を流しているけれど、微塵も意に介さずに歩く。

「私は桐条グループ総帥、桐条武治だ。付随する責任から逃げるつもりは毛頭ない」

「……僕もだ」

 頬を伝う涙が地に落ちていき、指は動く。数多の過去への想起で混濁した意識の中で確かに聞いたのは、粛然で放たれた一発の銃声。底なしの夜にどうしようもなく響く音だけが、僕に現実を認識させてくれた。復讐は成れり。かくして僕はその先と向かう。即ち、終わりの陽だまりへ。

 

 

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