兎にも角にも少々の時が流れ、時期としては四月の序盤。本日は僕の在籍する月光館学園の始業式だ。新しい一年の始まりを祝福するかのように新緑が風に揺れ、全盛期とまではいかないものの、桜も凛として咲き誇っている。近年稀にみる入学式日和なのだが、僕の心情はそれほど晴れやかに、とはいかなかった。
「えー、諸君らの新しい一年の始まりに……」
右耳から入った校長の長話が左耳から抜けていく。そんな表現が適切と言えるくらいに、昨日の夜に感じた違和感は、僕の思考を独占している。あれは間違いなく過去に一度知っている。最も本能に忠実な二葉が尋常ではない警戒を促してきたのは、後にも先にもそれが原因の時だけだからだ。名称は『デス』。狂った学者どもが召喚しようとして失敗に終わった存在、のはずだったのだが。
「終わってなかったってことなのか」
とんだイレギュラー。想定外も想定外すぎて頭痛がしてきそうだ。当時の僕はまだ幼く、それほど多くを知っている訳ではないが、それでもその目的が『滅びの将来』だと研究員が声高に叫んでいたのを覚えている。滅びの未来とやらがどのようなものなのかは知らないけれど、今来られるのは歓迎できない。当代の桐条当主である桐条武治はペルソナ能力こそ持っていないが、『影時間』と呼ばれる適性の無い者しか入り込めない時間への適応もしている。忌々しくも傑物だ。どんな備えをしてくるかも分からない中の暗殺は、相打ちになる可能性がある以上、最後の手段とする。僕は、そこで止まる訳にはいかないのだから。
「日向君。難しい顔して、何か悩み事?」
「何でもないよ、平賀。昨日なかなか寝付けなくて、少し寝不足なだけさ」
「ダメだよ。睡眠はきちんととらなくちゃ。疲れで免疫が落ちちゃうと、いろいろな病気の元になるんだからね」
寝不足、という単語に気弱そうな雰囲気を一変させて捲し立ててきた彼は、平賀慶介。学校にあまり特定の友人を作っていない僕の、唯一と言ってもいい友人だ。変に気を使わない僕とは、気兼ねなく話せていいらしい。
「大丈夫。昨日は、今年が最後の一年になるんだと感慨深くて、ついね」
「くれぐれも体調には気を使うようにね。今年は受験もあるんだし。それに、君が休むと話し相手がいないんだ」
「了解、了解」
気兼ねなく話せる。突然に面と向かって言われた時は、呆けてしまったものだが、後で弁明を聞いて納得がいった。平賀は大きな病院の跡取り息子なのだ。本人も優秀だし、将来は約束されたも同然。すり寄ってくる奴らには事欠かないのだろう。有名な病院に医者の友人がいる。招来へと向けた、その見栄やコネのために烏合の衆が作り笑いで寄ってくる。そんな中、将来など微塵も考えていないやからを見かけたら、思わず声を掛けたくもなっても仕方のないことだ。
「それはそれとして、本当に悩みは無いのかい。これでも話を聞くのは得意なんだよ?」
「そっくりそのまま、こっちの台詞だ」
軽いため息をつきながら返答をすると、平賀は分かりやすすぎるほどに狼狽し、米神のあたりを指で掻いた。
「あ、あはははは……。君は本当に鋭いなあ」
「お前が分かりやすいんだ。必要以上に他人の心配をするときは、決まって自分に悩み事がある。出会った時から変わらないな」
くっくと、喉を鳴らして笑いながら、額に一発デコピンをお見舞いしてやる。油断しきっていた平賀は思いっきりのけ反りパイプ椅子から滑り落ちてしまう。思えばこんなやり取りも慣れたもので、集会があるときなどの恒例行事となっている。仮初とはいえ、僕にとっての掛け替えのない日常がここにはあるのだ。
「大いに悩むといいさ。お前はきっと答えを出せる人間なんだから」
今にも鼻歌を歌いだしそうなくらい上機嫌になった僕は、尻もちをついて周囲の注目を集めている平賀にすっと手を差し伸べる。
「でもまあ、出来れば今年中に答えを出してくれると助かる。見届けるくらいは、してもいいだろ」
気分のいいスピーチにノイズを入れられた校長の恨みがましい視線を受けながら、僕の新学期は例年通りに始まりを告げたのだった。
○○○
「あの、すみません!」
新年度初のHRを終え、春の陽気で暖かい廊下を歩いていると、快活な声で呼び止められた。聞き覚えのない声だ。
「何かな?」
「えっと、友達とはぐれちゃったみたいで……。ピンクのカーディガンとハートを象ったチョーカーを付けてる子なんですけど、見ませんでしたか?」
首をかしげながら質問を投げかけてきたポニーテールの彼女。やはり見覚えはない。多分、新入生なのだろう。何処で売っているのか分からないローマ数字のヘアピンは、一度見たら忘れないだろうから。
「すまないね。僕もそれらしい人は見てない」
「そうですか……。もう、ゆかりちゃんったら、どこに行っちゃったんだろう」
「もし良ければ探すのを手伝おうか。多分、君が闇雲に探すよりは早く見つかると思よ」
「あ、ありがとうございます!私、転校してきたばかりなもので、実はここがどこなのかも分かんないんです!」
僕の提案が余程嬉しかったのか、一も二もなく飛びついて両手を握りブンブンと振り回す。よく見れば、目元にはうっすら涙が滲んでいる。今時、珍しいくらいに真っ直ぐな子のようだ。僕の中にも直情的な奴はいるが、大違いである。
「自己紹介くらいしておこうか。僕は日向春一。三年生だ」
「有里美奈子っていいます!今年、二年生に転校してきました!」
コロコロと変わる表情に、赤い瞳も一役買って、小動物のような雰囲気を醸し出す。天田が犬だとするなら、こちらはさながら猫だ。
「ああ、もう!こんなところにいた!」
さて、出発しようかと促したのと丁度同時に、今度は聞き覚えのある声が耳に届いた。下の名前になじみがないから気が付かなかったが、そうか岳羽の事だったのか。
「もう、案内は必要なさそうだ」
「みたいです」
お礼を言ってペコリとお辞儀をすると、小走りになって手を振りながら駆けて行く。不思議な奴だ。少なくとも今までで会った事のないタイプの人間。何も考えていないのか、それとも……。屈託のない笑顔は、ほんの少しだけ僕の心を疼かせた。
○○○
春は出会いの季節だなどと言うが、今日ほどそれを実感した日は無い。
「おや、どうされました。お客様」
「いや、何でもない。何でもないから、もう一度説明を頼んでいいかな」
目の前に佇んでいる全身を青に包まれたエレベーターガールへと向けて、僕は再度質問を投げかける。考えが上手く纏まらない。この場所がいったい何なのか。そして、最も重要な事案は、今僕は一人だということ。曰く、夢と現実、精神と物質の狭間にある世界らしいのだが、なるほど意味が分からない。
「なんともまあ……。五月雨が聞いたら、大喜びしそうな話だ」
「五月雨……。確か、梅雨の別称と記憶しております。これは大変驚きました。お客様は自然現象と会話することが出来るのですね」
「いや、そうじゃなくてだね」
思わず目頭を指で押さえてしまう。唐突な出会いから始まった奇妙な談笑だが、どうにもちぐはぐな会話になってしまう。常識を知識として知っているだけ、とでも言うのか。通常ではそんなこと有り得ないのだろうが、路地裏にあったドアを開けたら知らない場所にいるよりは、まだ現実的な気がしないでもない。
「それで、僕をここに招待した目的はいったい何かな。今留守にしている君の主が誰なのかは知らないけど、多分面識は無いと思うんだけど」
「今回の件に主は関わっておりません。そうですね。有体に言えば、私は貴方様に興味を持ったのでございます」
表情を変えずに淡々と、しかしその声は誰が聞いても分かるくらい弾んでいた。間違いなく本心から言っているのだろう。邪な意思など一切感じさせなず、代わりに伝わってくるのは子供のように純粋な好奇心。何から何までアンバランスな人だ。
「貴方様の感じている通り、私には求める答えがある。そして、私はその答えを貴方様に見出しました。居てもたってもいられなくなり、少々強引な手段となってしまいましたことはお詫び申し上げます」
教科書通りの礼をすると、真剣な眼差しでこちらを見据える。
「……それで、答えは出たのかな」
幾何かの沈黙が耐え切れなくなって、返答を促す。一人ぼっち二度と御免だ。あいつらと共にある事だけが、僕の支柱なのだから。
「残念ながら、そう簡単にはいかないようです」
そう言うと彼女は瞼を閉じて、ゆっくりと首を左右に振る。落胆、悲嘆。微細な感情の渦の中にある感情。その中で唯一、僕が許容できないものがあった。
「君は外に出て、世界を見て回った方がいい」
「何を……?」
「諦めるな、と言っているんだ」
不思議そうに様子を窺っていた彼女の表情が、初めて大きく崩れた。
「驚きました。そして、ありがとうございます。やはり貴方様を選んだのは間違いではなかったようです」
「類は友を呼ぶ。案外、僕の目指す場所に、君の答えがあるのかもしれないよ」
「エリザベス、と御呼び下さい」
「なら僕の事は春一、いやハルでいい」
ついさっき会ったばかりの人物にこれほど心を許してしまったのは、予感があったから。僕らの終わりの物語の見届け人になってくれるような、そんな気がして。
「じゃあ、僕はそろそろ帰るよ」
「はい。大変有意義な時間でございました。次回の会合、心待ちにしております」
こうして、春先の世にも奇妙な出会いは終わりを遂げた。気が付くと元のポロニアンモールの路地裏に。そうして、少しの間とはいえ僕がいなくなった事に半狂乱に陥った家族を宥めていると、いつの間にやら影時間を迎え、以降は何事もなく次の日を迎えた。
・・・
有里美奈子の新しい日常は、順調な滑り出しを見せていた。この巌戸台に来て最初に会った岳羽ゆかりと同じクラスになる事が出来、早々に伊織順平と言う友達も作れた。クラスは馴染みやすそうだし、親切な先輩もいた。まさに順風満帆。非の打ちどころなんて何処にもない。
「おい、美鶴。彼女は大丈夫なのか。さっきから定期的にニヤニヤしているぞ」
訝しげにそう言ったのは、真田先輩。まだ、あまり話したことは無いから分からないけど、なんでもボクシングが超強いらしい。
「有里。新生活に浮足立つのも無理はないが、ほどほどにしておくんだぞ」
「はい!気を付けます!」
そして、今私の事を注意してくれたのが、桐条先輩。なんと、あの桐条グループの令嬢で、更に生徒会長もやっている。完璧超人みたいな人だ。先に挙げた真田先輩共々、校内では知らない人がいないくらいの有名人らしい。まあ、さっきからの殆どがゆかりちゃんからの受け売りなんだけど。
「返事だけはいいんだから……。案内中に突然いなくなった時は焦ったわよ」
「あ、あはは。まあ、そのおかげで親切な先輩とも会えたし。結果オーライ?」
「どこがよ!いい?偶然、日向先輩だったから良かったものの、順平みたいな奴だったら何されてたか分かったもんじゃないんだから」
人差し指をびしっとこちらに向けて、子供に言い聞かせるようにお凸を突く。もう少し警戒心を持てとのお達しだけど、私にはいまいちピンとこないのだ。
「ほう。日向と会ったのか」
それまで、各自くつろいでいてあまり会話らしい会話をしていなかった先輩方が、その名前を耳にした途端に食いついてきた。
「あっ、はい。迷子になってる時に会いました」
「むう。偶然会えるとは羨ましいな。それとも、やはり俺は避けられてると見るべきか……」
「ええ!?あの人に避けられるって、一体何したんですか真田先輩!」
ひっくり返りそうな勢いで立ち上がりながら発せられた声は、出会ってから聞いたゆかりの声の中で一番大きかった気がする。気持ちは分からないでもないが、隣にいる私の事も考えてほしかった。
「別に変なことをしたわけじゃないぞ。ただ、手合せを願っただけだ」
「あの、どう考えてもそれが原因ですよね……」
「ていうか、なんで日向先輩なんですか、それ。あの人が戦うとかまったく想像出来ないんですけど」
「そんなことは無いはずだ。何故か隠してはいるが、体の使い方が絶妙に上手い。絶対に何かしらの武術の心得がある」
瞳にはしっかりとした確信の色。その方向に精通していない私では推し量ることが出来ないけれど、なんとなく説得力はあった。
「でも、確かに謎の多い人ですよね、日向先輩って。私もたまに話すしますけど、いい人ってこと以外何にも知らないし」
「おおよそ、その認識で間違っていない。模範生と呼ばれるだけあって、絵に描いたような善人だ。ただ……」
「ただ……、なんですか?」
「去年の暮れの話だが、屋上で一人物思いにふけっていたのに鉢合わせたことがある」
「わあ、絵になりそう」
夕日を浴びながら佇む少年。真田のように精悍な男前ではないあたりが、逆に情緒ある空気を作り出していそうで、とてもグッドだ。
「まあ、それだけの話だ。多くを語るのは偏見になる可能性がある。人となりを知りたいのならば、やはり本人に直接聞くしかないだろう」
よく見ていなければ気が付かなかっただろう。桐条先輩は何かを言い淀んだ。きっと良い事ではない何かを。会話はここで途切れてしまったけれど、その後も一人悶々としながらその何かについて考えを巡らせて唸っていた。
・・・
辺り一面に四散しているシャドウの死骸を意に介せず俺様は『タルタロス』の長い階段を降りていく。ぐちゃ、っと不愉快な音を立てて崩れるそれらに、ついつい八つ当たりの蹴りを入れてしまう。
「今日も収穫無し。ダメだ。あの柵、ビクともしやがらねえ」
幼すぎてあやふやな記憶だが、最近感じたあの感覚。舌が痺れて震え上がるような感覚は、身に覚えがあった。あれは、桐条鴻悦の求めたモノ。ならば先手を打って接触する価値は大いにある、らしい。頭脳労働は俺様の仕事じゃねえから、よくは分からない。
「思ったよりも汚れちまったな……」
万が一の事態に備えて着用していたバイク用のヘルメットとライダースジャケット。他の奴らと違って拳しか取り柄のない俺様に、ぶかぶかの服は致命的なため、普段のイメージとかけ離れたこれを着用することにした。俺様としては気に入っているのだが、四季を始めとしてハル以外の全員から大いに批判を浴びた。まあ、いつもの事だ。いちいち気にしてられねえ。
「仕方ねえ。今日はもう帰るか……」
明日言われるであろう嫌味を思い浮かべてウンザリしながら『タルタロス』の外に出た。丁度その時だった。
「ようやく、ようやくお出ましかァ!」
全身の毛孔が例外なく開き、尋常ではない冷や汗と鳥肌が皮膚を覆う。それでも鼓動は高鳴り、メットに隠れた口元は喜びによって大きく裂けていた。懐からつい先ほどしまい込んだ装備を取り出す。専用装備、と言ってもそうたいした物じゃない。元より、俺様に出来るのは殴り合いだけ。頑丈で、召喚機能があればそれ以外に何も要らないから。
「行って来るぜ、お前たち!」
堅くて頑丈で軽い手甲と靴。それが俺様の持つ武器。単純だからこそ強力で、多彩な他の連中にも引けを取らない。
「ああ、ついてねえ!」
夜風を全身に受けながら走って走って、そうして到着した現場にはすでに先客がいた。興味は無いが知識として知っている。あれは真田明彦。ハルと同じ学校に通う生徒。そして桐条美鶴の協力者。
「……分かってるって。余計な接触は避ける、だろ」
こういう時に限っての話ならば、ある程度お互いの心が繋がっているのは良い物だ。普段から馬鹿と罵倒されたりしていても、この瞬間、本気で心配してくれているのが分かるから。
「だがよ。このまま黙って傍観してても何も進展なしだぜ。どう転ぶにせよ、ってか一歩踏み出さなきゃ転べもしねえ」
それに、俺様のペルソナなら上手くやれる。小さな声で呟いたその言葉が決め手となったようで、ようやくゴーサインが出た。付け加えて、やるなら完璧にやれとのお達しだ。実に滾るじゃないか。
「起きろ。俺様の……」
強く握りしめた拳を米神に当て、強く想う。イメージは通常の召喚機と変わらない。引き金を引くだけ。
「ドッペルゲンガー!」
黒いガス状のペルソナ。多重人格特有の事なのか、それとも日向春一が特殊なのかは知らないが、残りのメンバーも含めて一風変わったペルソナを宿している者が多い。このドッペルゲンガーは強化、弱体にのみ特化しているペルソナだ。そして、もう一つの特性として変身能力を備えている。背格好だけしか真似られないが、それでも事情を知らない者を混乱させるに十分な能力だろう。
「皮はこの際誰でもいいか……、いや」
都合のいいことに多少の差はあれど、この体の肉付きは眼下で奮戦している真田明彦と似通っている。打ってつけじゃあないか。
「こういういたずら心の結晶が、お前なんだろうな」
物言わぬペルソナに向かって話しかけると、ガス状の体が分解、再構築されていく。重さのない服を着せられるように、手に足に顔に纏わりついて、数秒と経たずに真田明彦と瓜二つへと変化させた。
「あいつらからのオーダーは一つ。あのでかぶつシャドウの目指す場所を突き止めろ」
タイミングを違えれば、手傷と最悪の場合顔が割れる。そうなれば悲願の達成は困難を極めるのだろう。
「ヒートライザ」
得意の身体強化を自らに付与し、準備は万端。難しかろうがなんだろうが必ず成功させてやる。多少の無茶などねじ伏せるのが俺様の役割なんだから。
「ふっ!」
双方の動きをこれ以上ないくらいに読み切り、呼吸を合わせ、真田とシャドウが交差する瞬間を狙って躍り出る。
「なっ!?」
狙いはただ一つ。微かに視界を掠めるだけの接触だ。シャドウを挟んだ対角線上に自分と同じ顔がいる事実に、狙い通りに真田は驚きで体を固くした。格闘における一瞬の隙は総じて敗北へと直結する。此度もなんら例外ではなく、しまったと後悔に顔を歪めながら来る痛みに歯を食いしばる真田のあばらを、シャドウの一撃が深く打つ。骨の折れる甲高い音と共に四肢からは力が抜け、派手に吹き飛んでいく。運よくゴミ捨て場をクッションにして衝撃は和らいだようだけれど、もはや走る事も出来はしまい。
「ミッションコンプリートだな!」
真田の怪我の程度を把握すると、すぐさまその場を後にする。無論、目的地へと爆走を開始した大型シャドウを追跡するためだ。あの一瞬を真田が見間違いと取ってくれるかは分からないがが、リスクを侵した分のリターンがあるように祈りながら、俺様は棺桶のオブジェの立ち並ぶ街中を疾走した。
「俺様、完っ璧!」
そう叫ぶと、走りながら天へと向けて拳を突き上げる。五月雨とまではいかないが、思わず高笑いもしたくなるというもの。後で、四季の奴に自慢してやろう。
「ふはははは!ものども、もっと敬うがいいぞ!」
脳内ではまさかの頭脳プレーに歓声が沸き、先ほど名前を挙げた二名など、驚愕で震えが止まらないらしい。
「っと。ああ、なるほど。やっぱりこの寮、なんかあんのね」
目的地は予想の範疇を出ず、桐条の息のかかった物件だった。先ほどの真田明彦や、岳羽ゆかり、そして桐条美鶴の住む寮。以前から目を付けてはいたが、いかんせん部外者なため手出しができなかった。その建物の壁面を、蠢く影が屋上目指して這いずりまわっている。考えなしにせわしなく動き回る姿は、遠目から見るとさながら巨大なアリだ。先ほどまで感じていた威圧感が嘘のように消え去り、今では処刑を待つだけの虫けらにしか見えない。
「おいおい。どんな偶然だこりゃあ。今なら宝くじ買っても当たりそうな気がするぞ」
手早く付近の建物の屋上へと駆け上がり、その瞬間を一望できる位置に付く。状況はすでにクライマックス。岳羽ゆかりの所有物であろう拳銃型の召喚機が弾かれ、ある少女の目の前まで転がっていく。
「有里美奈子、だっけか。なるほどね……」
必用のなくなったメットを乱雑に剥ぎ取り、髪を掻き揚げる。もっとよく見ておかなければならないと、そう思ったから。
「アレが物語の始まりで、終わりだ」
彼女本来のペルソナの内から異物の脈動を感じる。それは醜悪に殻を破り顕現し、生まれて間もなく本能のままに迫るシャドウを惨殺せしめた。ああ、ならば。アレこそまさしく死の具現。
「胸糞悪い」
あんなものを植え付けられるのは桐条しかいないだろう。死を内包しながら無邪気に笑うのが、どれほど酷なことなのか。ふつふつと沸きあがる怒りはとめどなく、噛みしめた奥歯が軋みをあげる。
「出来れば、あいつとは戦いたくねえな」
途方もなく強大である事など二の次にして、桐条の被害者である同士争いたくない。虐げられて、それでも笑って未来に進めるのならば応援してやりたいとすら思う。けれど、もう選択は済ませたから。ぶつかるのなら砕いて進むと決めたから。
「ま、バカな俺様くらいは夢物語を垂れ流してもいいだろ」
あくまで気楽に不敵な笑みを作りながら、俺様はそう呟いた。
大筋に影響がなさそうなところは、改変させてもらう場合があります。
今回の場合ですと、始業式の後にゆかりと行動してたり、真田との対面が一日早かったりですね。
後、女主人公の名前は海外版の呼び方を参考にしました。