僕らの終わりに、陽だまりを   作:神話好き

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 予定よりも投稿が遅れてしまい申し訳ありませんでした。


対話とデタミネーションの十二月

 天田君が完治した。そんな吉報が舞い込んだのは十二月も中旬に差し掛かったある日のこと。正直言って、それどころではない事態がてんこ盛りの一月を過ごしていたけれど、あの日、元日向春一の住居にあった資料を精読していた私たちは、少しだけ冷静に時を待つことが出来ていた。しかし、それも今日まで。体は万全になった。後は心と手段を用立てて、塔を上り頂を目指す。詰まる所、待機と束の間の休息の時間はもう終わったのだ。各々が定めた決意と覚悟の動機は、きっとバラバラなのだろう。それでも目指す場所は一つしかない。

「本当に完治でいいんだな?天田」

「はい。あれだけまともに食らっても運よくヒビで済んでましたから」

「うわ……。順平、爪の垢煎じて飲ませてもらったら?」

「ひ、ひで―!俺っちだってそれなりに頑張った名誉の負傷だってば!」

「過労は負傷?」

「さあ、どうなんだろ?」

 場所は寮のラウンジ。時計が刻々と時を刻み続ける音を背景に、『特別課外活動部』の一同が集う。面持ちに険しさは無く、いつぞやの『ダイス』の襲撃で力の差をまざまざと見せつけられたあの時とは違う。気負う様子がないのは、それぞれが自分自身の意思を強く持つことを学んだから。貴賤も善悪も関係なく、ただ進むべき道を貫く意思を。

「そうか……。ならばこの時を以て『特別課外活動部』の活動を再開。同時に各々が下した決断を聞かせてもらう。異論はあるか?」

「ありません」

 桐条先輩からの問いかけに対して、私は皆を代表して返答する。

「俺は行くぞ」

「僕も右に同じです」

 間髪も入れず我先にと意向を示したのは、真田先輩と天田君だった。迷いなど無く、はっきりと。恐らくこのメンバーの中で徹頭徹尾一度たりとも揺らがなかった最も強い二人だ。正直言って、この結果は誰が口に出すでもなく予想通りである。

「昨日、シンジの病室に行ってきたんだがな、不思議と仇討しようなんて気持ちは沸かなかった。生きてるのがデカいのか、はたまた俺が意外と薄情なのかすら分からん。だから俺は、小難しいことは、全部終わってから考えることにしたよ。三つ子の魂百まで、なんて諺にもあるとおり、悩むよりも先に体が動くのは昔からちっとも変わらんらしい」

「なるほど、実にお前らしい」

「そういう訳だ。俺は一足先に覚悟を決めさせてもらう」

「じゃあ次は僕ですね。といっても、あまり言う事も無いんですけど……」

 治ったばかりの体の調子を確かめながら話を聞いていた天田君が、これまた気負わず追従する。

「……この中で一番あの人と付き合いが長いのは僕ですしね。そりゃ、色々柵もあるでしょうけど、僕は何が何でも決着を着けなきゃいけません。お世辞にも碌な二年間じゃありませんでしたし、お世辞にも良好な関係じゃなかったとしても、あの時間はきっと僕の人生において掛け替えのない重要なファクターになると思っています。とりあえず一発ぶん殴って、早いとこ悪い夢から醒ましてあげないと」

 弟子は師匠を超えなきゃなりませんし、と軽く笑って、口を噤む。もうこれ以上語ることはないようだ。日向先輩の弟子を明言するだけあって、その年齢に不相応な達観した様子からはどことなく似通った雰囲気を感じる。いや、だからこそ自身の時間を削ってまで弟子にしたのかもしれない。などと考えている最中、室内を沈黙が支配する。まあ、織り込み済みの事態だ。決して折れず曲がらず、そして決断を躊躇わない二人が強すぎるだけであって、多分、普通はこうなるはずなのだ。

「順番的に俺、だよなぁ……、やっぱり。男だし」

「そ、そんなことないと思うけど」

「けど?」

「あはは……」

 風花ちゃんのお茶を濁すような苦笑い。困ったような笑顔は、押し付けでもなんでもなく

順平君自身がこの一年で築いてきた信頼だ。弱さと強さ。二つを兼ね備えた誰よりも人間らしい私たちのムードメーカー。迷い、悔い、妬み、嘆き。ペルソナ使いという特殊を異端で塗り固めたような存在の中でも、伊織順平はまるで凡人の様に思い悩むことが出来る。心が固く、強くなるのは、そうしなければ辛いからだ。人は弱い自分の殻を破り強くなっていく過程で、弱さを捨てていってしまう。弱さを抱えたまま強くなるのは困難を極める。異常に身を置きながら、普通であり続ける過酷さを理解しているが故に、この場にいる誰もが順平君を信頼していた。強く、強く。命のやり取りを一年間も積み重ねながら、逸脱しなかった弱さという名の強さを、敢えて口に出さずとも全員が認めている。

「……正直言って、まだよく分かんないってのが本音っす。資料を読んでみてもどっか遠くの出来事みてーだし、新しく転校してきた奴が突然世界が滅びるなんて言い出しても現実味がねーって言うか……」

 乱暴に頭を掻き、眉間には自然と皺が寄る。

「絶対死ぬ、なんて怖えよ。考えてみただけで足も手も震えが止まらないし、何もかも忘れてリセットできんなら、悪くないって思っちまった!」

 ドン、と机を拳で叩いたのは、物に当たるというよりも、自身を痛めつけて震えを止める目的だろう。

「でもさ……。全部忘れちまったら、チドリのことも忘れちまうのって考えたら、もっと怖かったんだ。この一年間がなかったことになったら、俺は、一番ダサかった俺に戻る。みんな、俺なんかよりすげー早くて、嫉妬しちまったこともあったよ。有里なんかは誰がどう見ても特別だし、天田もまだ子供なのに俺なんかより全然強かったのは正直かなりヘコんだ。普通が嫌で、平凡に飽き飽きしていて、特別な自分を諦められなかった俺が、この一年間で一歩だけでも前に進めたなら、それはきっとチドリのおかげだから……、何があろうとそれだけは忘れるわけにはいかねえんス」

 双眸に宿った光の、なんと力強いことか。迷いがそのまま気力へと変換されたような気迫と、ひしひしと肌にまで伝わる想い。日向先輩は、普通に生きるのが最も難しいと言ったらしいが、なるほど確かに。今ならきちんと理解できる。

「んなワケで、俺も行きますよ。男、伊織順平、土壇場で逃げ出すような情けねえのは真っ平っス!」

 にひひ、と事も無げで照れくさそうに笑って、未だ迷う二人へと顔を向けてみせる。元々心配されていない私を除いた二人。ゆかりちゃんと風花ちゃん。

「もう、順平はともかくアンタまでそんな顔しないでよね、まったく。行くに決まってるでしょうが」

 肺の空気を全部絞り出したのではないかと勘繰るくらいに深くため息をつき、ゆかりちゃんはやれやれと首を横に軽く振った。

「私ね、この寮のこと結構気に入ってるんだ。アンタには話したでしょ?お母さんと反りが合わなくて、反発して、家に居場所なんてないって思って飛び出した。ここで私が逃げてもみんなは変わらずにいてくれるんだろうけど、私はそんなの嫌。助けられっぱなしは性に合わないのよ。それに……、友達、だから」

「ゆかりちゃん……!」

「同性のクセにゆかりっちを落とすとは……、有里恐るべし」

 感涙に目尻を濡らす私を一瞥し、仄かな慄きを見せる順平君を氷点下の視線で黙殺した後、もう一度真っ直ぐにこちらへと視線を投げかける。思わず感動の坩堝に突入してしまったが、まだ話は終わっていないらしい。

「大体、みんな心配性過ぎなのよ。私も風花もそこまでヤワじゃないんだから。ねえ、風花?」

「あ、あはは……。でもゆかりちゃんの言うとおりかな。私だってここが大切な場所だって思ってるんだから」

 突然ふられて驚きはしたものの、気の弱い風花ちゃんにしては珍しくはっきりと意見を口にした。決して咄嗟の言葉じゃあない。なら、大丈夫だ。残るは二人。私と桐条先輩。最初から行くの一点張りだったアイギスは今更言うまでも無く、コロマルは残念ながら話こそ聞けないが、着いて来てくれるのだろう。

「無論、私は行く。行かねばならない」

 凛とした声に負い目や後ろめたさは一切ない。端的に表現するなら、陳腐な言葉になるけれど、とても立派だ。因縁は手の施しようがない絡まった糸の様で、桐条の立場と持ち前の明達さや、あらゆる事情と柵に苛まれながら出した答え。あまり自分を卑下する趣味はないが、それでもこの人の纏う雰囲気を感じてしまえば私の悩みなどちっぽけに思えて仕方がない。

「思うところは多々ある。望んだものではないにしろ、私と日向との間柄には多くの軋轢と溝が存在している。春先まではお互い知己程度の同輩だったというのにな」

 腕を組み、淡々と心境を連ねていく。

「不甲斐ない話になるが、父を失って私は目標を見失ってしまった。正直言って、引き継ぎでの忙殺はとても在り難かったよ。突き動かされるままとはいえ、最も空虚な時間を埋めてくれた。幸か不幸か、これからの事とこれまでの事を考えようと思えるまで回復する時間は勝手に転がり込んだ。私には、その時間がまるで父が残してくれた最後のモノだと思えてならなかった」

 何か、当事者ではない私たちが憶測で語ることなど出来ない何か大きくて複雑な何かは、とても儚くて貴い想いなのだろうと、桐条先輩のあまりにも綺麗な笑みが如実に表していた。陳腐な言葉になるが、一枚の絵画に魅せられるように、全員が一瞬だけ息を呑む。言葉の節々にまで張り巡らされた確固たる意志もさることながら、底抜けに自然体であることに驚いた。数日前まで心配していたのが、とんだお門違いだったと十二分に理解した。たった、たった一月もしない間だ。各々が未来への選択へと向き合い、自分なりの答えを出した。そこに貴賤などありようもない。ない、が一番の躍進を遂げたのは間違いなく桐条先輩なのだろう。

「私は桐条グループを背負っていく。目指すべきは背中などではなく、見据えられていた未来だと気付いたからだ。日向が桐条グループが背負う過去の咎だというのなら、私は見届けなければならない。それが終わった時こそ、私は本当の意味で桐条グループ総帥として父の後を継ぐことができる。ならば、是非もない。例えどれほどの困難が待ち受けていようとも、私は彼の元へと行く」

 凛とした声ではっきりと、桐条先輩は宣誓をした。となれば、当然次は……。

「皆まで言うなって感じはありますけどね」

 あはは、と困ったように笑ってごまかす。あの見事な宣言の後とくれば、多少緊張もあるけれど、それこそ今更だ。年始には殆ど空っぽだった私の中身も今では抱えきれないほどにたくさんの絆で満ちている。小さな欠片はたくさんの勇気を私にくれた。なら、ちゃんと応えなければ、前に進まなければならないだろう。

「もしも何か一つ違えば、日向先輩は志を同じくした仲間かもしれない。手が届きそうで絶望的に遠いところに、あの人はいます。きっと、十年もの間ずーっと醒めない悪夢の中をもがきながら彷徨ってるんです。十分過ぎますよ。そろそろ誰かが目を覚まさせてあげないと」

 目を閉じて、大きく、可能な限りめいっぱい息を吸い込む。肺が大きく膨れ上がっていき、苦しいと感じるまでの間、瞼の裏にはこの一年で得た情景が浮かんでは消え、弾けた。

「行きましょう。今度こそ本当の意味であの人と戦うために」

 真夜中のロビーを牛耳っていた底冷えする空気を吸い込んで尚、気持ちに少しの変質は無い。私自身でも理解しがたいくらいに、心が昂ぶって収まりがつかないのだ。抗い難い力への畏れ、一後輩としての感謝、一人で嘆き続けることへの憤り、あるいはありえたかもしれない自身の可能性への親愛。どれもが混ざり合っていそうで全然違う。須らくが一致しない多くの想いの中で、大前提として変わらないものが一つ。日向春一から、私はたくさんのモノを受け取った。もしも、最後に出来るお返しがあるとするなら、それくらいはしてあげたいと、そう思ったのだ。

 

 

 

・・・

 こつんこつん、と足音が響く。今も溢れ出続ける黒い河に侵され、気配すら呪われて死んでしまった静寂を打ち破る、いかにもわざとらしい足音。真っ直ぐに僕を、いや、僕の先にある塔の頂上を目指して接近してくる。

「……やれやれ。まったくもってお呼びじゃない。出来うる限り体力の消耗は避けたいと思っていた矢先からこれだ」

「酷いな。そこまで邪険にすることないと思うけど」

「心底呆れた。その軽薄な仮面がお前の十年の集大成なんだとしたら大したものだ。僕よりも数段本物らしい殻じゃないか」

 目の前に立つ少年は整った顔立ちを、まるで人間の様に動かして佇む。生きとし生ける者にとって毒となる瘴気を極限まで濃くしたこの場所に普通にいるのを見なければ、あるいは僕がこれを過去に見た覚えがなければ相応の驚きを露わにしたことだろう。僕の放つ死臭を遥かに上回り、逆に侵食すらしてくるこれに対して。

「久しぶり、とでも言えばいいのかな?」

「笑えない冗談にも程がある。十年前に羽虫を追い払う扱いで僕の計画をご破算にしといて、よくもまあふてぶてしい態度をとれるものだ。お蔭様で本当にギリギリの滑り込みになったんだぞ」

「そこらへんはほら、勝手に呼びだされた僕にだって選択権なんかなかった訳だし」

「いかにも加害者側らしい意見だ。つくづく馬が合わないと実感できるよ」

「……参ったね。まさかここまで露骨に嫌われてるとは」

 困る素振りを見せる男から一時たりとも視線は外さない。妙な動きを少しでもすれば、全力で自衛行動を展開せねばならないからだ。

「君に自己紹介が必要かどうかは分からないけど、一応、今は望月綾時って名前で通ってる」

「ご丁寧にどうも。僕はエルゴ研所属ペルソナ能力特殊発現検体及び、特例草案『全方向対応ペルソナ使いの作成実験』被験者だ。今後ともよろしく」

「取り付く島もないね」

 握手目的で差し出された手を引っ込めながら頭を掻く綾時だが、その実別段気にした様子は見受けられない。お互い、こうなるのも織り込み済みだし、綾時の感情がもっと育ち、人間と遜色なくなれば間違いなく嫌悪感を抱くだろう。関わったモノを破滅へと導いてしまう因子を持つ同士の歪んだシンパシー、醜い同族嫌悪を。

「まあ、いいさ。彼女を介して君の事は少なからず知ってるから」

「分かっているなら無駄は省いてくれ。せり上がってくる胃酸で今にも喉が焼け爛れそうだ」

「そうだね……。君とは一度じっくり話をしてみたかったけど、どうやら状況がそれを許さないらしい。本当に残念だよ」

「傷の舐め合いは、好きじゃない。どこまで、行っても、負け犬気分が付きまとうから」

 痙攣と間違うような浅い呼吸を繰り返しながらの言葉は、必然的に途切れ途切れとなってしまう。苦しさは無い。強いて言うならば崩壊していく肉体への正確な順応を選択せねばならない緊張感だけが、凪ぐ精神に波紋を投じるくらいか。

「僕は最後に勝ってやるために生きてきた。お前はそうじゃない。それが差だ。決定的で覆しようがなく。理解したなら帰ってくれ。僕は諦観が大嫌いなんだ」

 自分に似たモノが、自分の敵に屈している様を見せつけられるなど冗談ではない。これなら昔の、研究所にいた頃の夢を見ていた方がいくらかマシだ。ド直球な嫌味を溢れさせた訳だが、健常なら武力行使に出ていてもおかしくない心境である。特に今は。

「手厳しい。でも、君だって分かっているはずだよ。死は、絶対だ。全部忘れて、穏やかな最期を迎えるほうが苦しまないで済む」

「……はっ、ははは。なんだ、お前はつまり、喧嘩を売りに来たのか」

 黒壇の左腕がみしりと軋む。再三落ち着けと言い聞かせても、猛りは些かも静まらない。余程腹に据えかねたらしい。激情は肩を伝い、やがて口へと到達した。

「血反吐吐いてここまで来たってのに、全部忘れておねんねしたまま死んでけってか?人様たちを舐め腐るのも大概にしとかねーと俺様直々にぶっ潰すぞ、テメェ!」

「…………!」

 突然の粗暴な口調に、余裕を湛えていた綾時の表情が初めて大きく崩れる。

「驚いた。僕の知ってる君より攻撃的だと思ってたら、その腕の影響だったのか」

「……仕切りが壊れれば当然こうなる」 

 腕一本分、僕は既に僕だけではない。丁寧に作り上げてきた六つの均衡は『ステュスク』によって完膚なきまでに破壊され、各々が確固たる自分を持つことでのみ自己を保ち続けている。

「もう帰ってくれ。二葉の言葉は僕らの総意でもある。僕は納得して逝く。そう決めた。背を押してくれる家族と一緒に幸せになる。半端な結末なんて死んでも願い下げだ。それに、これ以上刺激するなら、出張ってくるのは二葉だけじゃ済みそうにない」

 左腕は既に臨戦態勢の一歩手前。暴力を端的に表現した、腕と呼ぶにはあまりに禍々しく恐ろしいフォルムと殺気は、僕の許しを得たと同時に相手を粉砕しつくさんと疾走するだろう。

「薄々感じてたけど、やっぱり君の頑固なところ彼女とそっくりだね」

「あのな、話を聞かないにも程があるだろ。帰れって言ったじゃないか」

「まあまあ。さっきも言った通り、君との対話は楽しみにしてたんだ。もう君の選択に口出しをしたりしないから、あとちょっとだけ付き合ってよ」

「……勝手にしてくれ」

 呆れを全面に押し出すために、無理をしてまでこれ見よがしなため息をつく。この、相手を強制的に巻き込んでいくマイペースさ加減には酷く覚えがある。この野郎はいったいどの口で人の事を彼女に似ているだなどと言えたのだか。

「一つ。本当に一つだけ、どうしても聞いておかなきゃならないことがあるんだ」

「前置きはいい。そろそろ話すのもしんどい」

 滲み出る脂汗がゴルフボール大の染みを地面に描き始めた。命懸けの戦いの前に命懸けで談笑するのは、流石に御免こうむりたい。

「僕の見てきた限り、人は何か生きた証を残すために生きてるらしい。例えば芸術家なら作品だったり、スポーツ選手だったら実績だったり、あるいは普通の人なら子孫だったりね。……だったら、君は、何者にもなれたかもしれなかった君は、何を残すんだい?」

 神妙な面持ちから投げかけられた問いは、途轍もなく他愛ないものだった。しかし、ふざけた様子は無い。掛け値なく本気の詰問だ。

「決まってる。僕は、僕が僕のままで僕の生を完遂した事実だけを残す。それだけでいいし、それだけがいい。態々藪を突くようなちょっかい出してまであいつらを鍛えたのは、その為さ」

「……つまり何?彼女たちは生き証人ってこと?うわぁ、すごく嫌な先輩だ」

「五月蠅い。どうせあいつらは明るい未来に行くんだ。それくらいしても罰はあたらないだろ。それに、最初からそうなるように画策してた訳じゃない。無駄は嫌いでね。棚から牡丹餅ならありがたく頂戴するまでさ」

 うへぇ、と今度は綾時が心底呆れた顔をした。最初から狙ってことを運んだならばいざ知らず、偶然そうなっただけなのでそこまで白い目で見られるのは心外なのだが、相手側からしたら同じくいい迷惑なのだから甘んじて受けよう。

「納得したなら今度こそ本当に帰ってくれ。肝心な時に喋る気力もないなんて無様は笑えない」

「ああ、うん。君が意外と俗っぽかったのも知れたし、もう十分かな」

「一言多い」

 動こうとしてくれない右腕に変わって、左腕役の二葉が嫌悪感丸出しで綾時へ蠅を追い払うが如き仕草を向ける。精神構造の九割以上を本能で構築されている二葉にとって、目の前で薄く笑っている死の化身様は精神衛生上よろしくないらしい。

「じゃあ、僕はもう行くけど。安眠妨害しちゃったお詫びに、何か伝言があれば承ろうか?折角だからさ」

「……町はずれの廃墟に、小汚い封筒がある。お詫びと言うなら、誰かに発見される前に処分しておいてくれ」

「そう……。君がそれでいいならそうしておくよ。さようなら、短かったけど君との会話、楽しかったよ」

 最後の最後に屈託のない笑顔を浮かべて、綾時は闇に溶けて行った。もう二度と言葉を交わすことはないだろう。元より、此度の会合とすら呼べない機会ですら、たまたま道ですれ違った程度の希薄な交差。もう一度を期待するだけ無駄だと、お互いに感じているのだ。奴も、僕も、普通の人よりも運命とやらの機微には敏感であるが故に。

「なんだ、ちゃんと笑えるんじゃないか……」

 復讐の夜を超えてからずっと、ここに缶詰状態で自信がなかったけれど、今、とても気分がいい。あいつは笑った。合わせ鏡の様に。僕の真似をしたのだ。なら、いい。綺麗だったから、まんまと上澄みをかすめ取られたのは水に流してやるとしよう。淡く心地よい微睡みに包まれながら、そう思った。

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