僕らの終わりに、陽だまりを   作:神話好き

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親愛とパッションの七月

 今日は七夕の夜。織姫と彦星が会えるだなんてロマンチックな日を彩るべく天に映えている満月は、私たち特別課外活動部の面々にとって、特別な意味を持っていた。私たちのやるべきこと。大型シャドウの討伐。理屈はてんで分からないけれど、満月の夜に、それは顕れるのだ。例に漏れず、今夜もそのはずだった。

「ええっ……、なにこれ!?」

「どうした、山岸!」

 困惑する風花ちゃんへと声を掛ける桐条先輩を見ながら、ふと思った。この驚きを、私は知っている、と。不安と期待が入り混じった思考の最中で、たった一度の邂逅で脳裏に焼き付き離れないあの日を想起した。理解できないほどに強大で、瞳に宿した光は何よりも強く。そんな、謎のペルソナ使いの事を。

「大型シャドウの反応、突然消失しました!」

「そうか……」

 その言葉を聞いて、対面を果たしていない風花以外のメンバーの顔つきが、より緊張感を増す。確定はしていなくとも、これで確信した。雪辱戦に燃える事すら烏滸がましい大敗を齎した、あの夜の再現が来た。

「あ!反応が一人。これは……、『タルタロス』に向かってるの?」

 未だに困惑から抜け出せない風花ちゃんをとりあえず宥めながら、方針を決めるべく円陣を組む。

「リベンジの機会は思ったより早かったな」

「の、ようだ。出来れば捕えたいところだが……」

「難しいっスよね。正直、あれから急激に強くなった!なんてこともないワケで」

「そうだな……。これだけあからさまな挑発だ。無視する手もある。有里、君の意見を聞きたい」

 期待に満ちた瞳が一斉にこっちを向く。これ、選択肢なんてあって無いようなものじゃあなかろうか。だって、真田先輩はここで行かなきゃ男じゃないって顔してるし、桐条先輩は信じてるぞって顔してるし、順平君はノリノリだし、ゆかりちゃんは飛び火しないように目を泳がせてるし、風花ちゃんは話についていけてなくておろおろしてるし。

「行きましょう!」

 巡る思考を全て放棄して、私は声高に宣言した。彼の持っていた絆に、少なからず羨望を抱いていたから。彼の振るっていた力に、多大な畏敬の念を抱いたから。誘蛾灯に群がる羽虫のように、私の本能はその輝きに魅せられてしまった。

「分かった。では、予定変更だ。山岸に事情の説明が終わり次第、『タルタロス』へと向かう!」

「了解!」

 鶴の一声。本日の最重要目標は、大型シャドウの討伐から、正体不明の誰かへの接触になった。それから、走って。走って。息が切れるのも自覚しないくらいに必死に走って。慌ただしくも、大体の事情を理解した風花ちゃんに導かれるままに走った。幸い、学校までそう離れていなかったため、相手の行動のすぐ後を追いかけるようなタイミングで、私たちは『タルタロス』に到着した。相手との差は二、三分らしい。タッチの差とも取れるこの僅かな時間で、何をどうしたらこうなるのか。

「一応、新手の存在も考慮していたが、この非常識加減、間違いないようだな」

「ですね」

 門を潜った先にある、いつものエントランスは、その趣を大きく変容させていた。今が夏だと忘れてしまうほどに暑く、至近距離ですら歪む視界の先には、佇む人影が一つ。暇つぶしとでも言わんばかりに炎に包まれ、炎を繰り、炎を纏う。目に見える範囲を縦横無尽に動き回る炎を、全て操っているらしい。出鱈目だ。ただ、魔法を生み出し相手にぶつけるだけの私たちとは、領域が違う。違いすぎる。

「なるほど。やはり、それなりに優秀な探知だ。無論、予測の範疇を出ることはないが」

 眼帯に、両の手と顔面の殆どを埋め尽くす包帯。逆立つ髪の毛。灼熱の道を我が物顔で闊歩して、第二の刺客は口を開いた。

 

 

・・・

 ハル兄様の懸念は当たっていた。新たに参入した山岸風花は、恐らくポートアイランド全域程度ならば探知してのけるだろう。例え、六道に遠く及ばなくとも、最低限の範囲さえ探知出来れば事足りる。大型シャドウとそれを取り巻く一件に対してお誂え向きの才能を、彼女は有しているようだ。以上、分析終わり。餅は餅屋。得た情報からの詳しい考察は今も中から見ている六道が下してくれる。

「まずは、よく来たと言っておこうか」

 様式美に則って、主導権を握る。炎を使ったパフォーマンスで、ある程度の差は伝わっているはずだ。ならば、ありきたりな言葉すら深読みしてしまうのが賢しい者の常。精々、無駄な緊張をするといい。手の平の上で誰かを躍らせるのは、思いのほか気分がいいな。後で話のタネにでもしてやろう。

「本来なら言葉を交わすまでもなく屠るところなのだが、我が愚兄が名乗りを上げる前に全員倒すなどという愚行を犯してな」

 慢心なく睥睨し、背後に控えるペルソナの威光を叩きつける。湧き上がる炎熱に彩られて君臨するもう一人の俺。ゾロアスター。崇拝に値する善を定めしものなり。

「『ダイス』。それが俺たちの名だ。決して忘れぬように刻み込んでおけ!」

「……やはり、まだ仲間がいたか」

 呆けていた奴らだったが、桐条美鶴がいち早く立て直して沈黙を破る。それを皮切りに、残りのメンバーからも力の籠った視線を感じ始めた。そうでなくては。今宵のオーダーは俺の独り舞台にして独り舞台に非ず。挑む側には挑む側できちんと盛り上げて貰わなければ話にならない。

「愚兄ほどではないが、俺も武闘派だ。言葉を交わすよりも、早々に矛を交えたいが、宜しいか」

 清々しいまでの宣戦布告に気圧されながらも、己を通そうとか細い声が上がる。

「その前に……。その前に、せめてあなた達の目的を聞かせて!」

 声の主は言うまでもない。背後に控えるペルソナの放つ威圧を跳ね除け、この状況下で流されない人物。有里美奈子。ハル兄様が天敵と評価を下した女性。どうしたものか。必要以上の情報を与えてはならないとの仰せだが……。

「『ダイス』としての到達地点を教える事は出来ない」

「でもっ……!」

「そう逸るな。うむ!我ながら妙案を思いついたぞ!」

 温度が更に数度上がり、猛る心は燃え盛る。

「ふはははは!お前たちが奮闘の果てに俺の切り札を出させたのなら、俺個人の情報をいくらかくれてやろう!」

 指を弾くと、エントランスの壁面を余すことなく炎が覆う。脈動する炎を激しく仰ぎ、犬歯を剥き出しにして。過剰な演出を皮切りに、俺の舞台は開幕の時を迎えた。

「見せ場だぞ、ゾロアスター!ありったけの意思を炉にくべろ!」

「総員、山岸を守れ!」

 叫びに近い支持を出した桐条は、有里とアイコンタクトを取ると自分だけ前に進み出た。

「ペンテシレア!」

 ペルソナの召喚と共に飛来してくるのは氷の刃。火には水を。実に分かりやすい。確かに俺の弱点は水だ。尤も、まったくもって意味は無いが。

「その攻撃は既知である!」

 両腕を組んで仁王立ちをしたままに、氷を消し去って見せる。すさまじい熱量の前に、弱点であれ生半可な攻撃は悉く蒸発してしまう。炎への超一点特化な俺のゾロアスターは、攻撃しか出来ないようでいて、その実兄弟の中で最も堅固な防壁を張れるペルソナだ。

「そ、そんな!?水属性が弱点のはずなのに……」

 存外早く解析を終えた山岸が狼狽の声を上げる。しかし、これで覚醒してから一月程度とは、末恐ろしい。十年後には六道にすら比肩しうるかもしれない。奴が負けるところは微塵も想像できないが、一先ずは俺が出て来て正解だったようだ。

「どうした?もう終わりならば、こちらから行くぞ!」

 そう言って懐から取り出したのは、前衛芸術的な小型のナイフ。いかにも脆そうな形状だけれど、どうせ強度は関係ない。どんな業物を引っ張って来ようが、一度の戦闘で使い潰してしまうのだから。

「威光を示すは崇め奉られし焔。受けようなどと、思ってくれるな」 

 胸と水平に付きだしたナイフ目掛けて、その体積の何十倍もの火柱が迸る。圧縮され、収束し。さながら鍛冶のごとき工程が幾度か繰り返され、完成したのは赤の刃。華美に装飾されたおよそ実用的ではないナイフは、こうして生命を脅かす凶器への変貌を遂げた。鈍色が鮮やかに赤く、怪しく。それはもはや、閃光と言っていい輝きを放つ。

「小手調べってのは、こうやるんだよ!」

 赤銅色のナイフをこれ見よがしに掲げてみせると、相手の緊張をあざ笑うかのように適当に放り投げた。同時に駆け出し、驚きによって出来た一拍の隙間での接近を試みる。体術の才能は全て愚兄が持っていったため、俺は体の使い方がそう上手くない。しかし、それを補って余りある力を貰った。小細工、力押し。両方を難なくこなす火を総べる力を。

「こいつも頼む」

 咄嗟の判断で真田がこちらへと向かって来る。殴り合いでは分が悪いと判断を下し、両手首で結んで止めておいた包帯を解くと、ペルソナへ指示を出す。走っていなければ床に垂れてしまう長さまで伸びた包帯は、ひらひらと舞いながら赤みを帯びた。腕を振り翳せば、ワンテンポ遅れて動く包帯は灼熱の鞭へと早変わり。

「まっ…さか!」

「勘は良いみたいだな!」

 迎撃の拳へ巻き付かせようと舞う包帯の変化を感じ取り、寸前で腕を引く真田。こちらの手を看過した訳でもあるまいに。

「お前、愚兄に似てて厄介だな。俺の策を直感で乗り切りやがるタイプだ」

 おどけたように手をふらふら振ると、直後に放り投げていたナイフが中空で小さな太陽と化した。爆炎により視界を轟音により聴覚を封じて、更に降り注ぐ熱線は気力を削る。

「全員纏めて吹き飛ばす!」

 完全にこちらを見失った真田を抜き去り、残りのメンバーの間合いギリギリで静止する。

「ゾロアスター」

 そうして、奴らがナイフの爆発から復帰した直後に、俺の魔法は臨界を迎えた。

「大き過ぎる……」 

 表情を歪ませながら呟いた桐条。膨れ上がった火球は既に、氷でどうにか出来る領域を大きく超えている。時間だ。ゾロアスターが諸手を上げて、天へと昇りゆく炎を崇め奉る。

「さあ、照覧あれ!」

 静寂とは程遠い今この瞬間でも、その声は凛と響いた。呼応して、天蓋近くまで舞い上がった火球が勢いよく弾けた。上方へと打ち上げたのは、そうでもしなければ全滅必至。最悪、命を散らしてしまうと考えたからだ。多少手心を加えたが、油断や慢心からそうした訳じゃない。実際、あの一撃には『タルタロス』のフロアを二つ、三つ殲滅できる威力を持たせてあったのだから。

「……ジャックランタン!」

 だから、この結果を前に暫し呆けてしまったのも、きっと無理からぬことなのだろう。

「桐条先輩!」

「ああ!」

 晴れた炎の壁の向こう側から、背後にいるはずの真田を除く全員が無傷のままに存在していて、剰え反撃をしてくるなどと、考慮の外だった。

「いや、言い訳だな」

 ばっちり、隙を突かれた。俺が悪い。だから甘んじてそれを受けることは認めよう。だが、この体に傷をつけることだけは断じて許さない。

「受けろ」

 俺にだけ痛みが伝わるように、己がペルソナを盾にした。

「はあっ!」

 意気昂然。自らを奮い立たせる号令の後に、レイピアの細い刀身がゾロアスターの腹部を貫いた。

「が…あ……」

 細身だったからか、思ったよりも大したことはなかったけれど、腹を異物が貫通する奇妙な感覚についつい嗚咽が漏れてしまう。痛みが無いわけではない。刺された場所は未だ熱い。それでも俺は知っているから。ああ、ならば。これしきの事で痛いなどと、どうして吹聴できようか。

「く、ふ……」

 だが、しかし。今は喜ぶべきだろう。そんな方法で俺の炎を破るとは。まったく、くらったのが俺で良かった。

「くはははは!なるほど!今のは炎が効かないペルソナか?ペルソナを自由に付け替えられるアドバンテージには、こういったものもあるのか!」

 有里美奈子にとって、これは至って普通の事なのだろう。相手が水に弱いから、水を使えるペルソナを使う。なら、火を使ってくる敵には火が効かないペルソナを。勝手が違いすぎて埋まらなかった手札が、一枚把握できた。それも、場面によっては致命的になったかもしれない札を、だ。大収穫と言っていいだろう。

「き、効いてないの?」

「馬鹿な……。確かにこの手で貫いたはずだぞ!」

 信じられないものを見る目を向けて警戒を強める奴らを尻目に、俺は背を向け距離を取りがてら、有里の後ろに隠れそびれた真田を拾う。多少、こんがりしているけれど、別段命が危ないようにも見受けられない。俺のようにペルソナで受けたワケでもあるまいに、どんなタフネスをしているのだか。

「あの程度の痛みで止まれるほどに軽い気持ちでここ立っていない、というだけの話」

 壁際、は燃えてるので、振り返り伊織目掛けて真田を放り投げる。

「しかし、耐性を変化させる事が可能ならほぼ無敵だな。図らずも、兄様の見立ては間違っていなかったと証明されてしまった」

 このまま成長を続ければ、こちらの攻撃に対して常時無敵だなんて曲芸すらやってのけるかもしれない。エルゴ研が、検体日向春一を使って辿りつこうとした場所がアレか。面白い。

「ならばその理想、俺が砕く!」

 試すまでもなく無効化された魔力付加を一足飛びで飛ばし、切り札を切る決意を下した。

「だが、その前に約束を果たそう」

「約束……?」

「ん?なんだ、もう忘れたのか。仕方のない奴らだ」 

 下準備のために、腕に巻かれた包帯を少しばかり千切りながら言葉を交わす。

「俺は、切り札を切らせたら俺個人の情報をくれたやると言ったぞ。二言は無い」

「切り札……」

「情報……」

 反応は四種類。頬を引き攣らせている者が一人。目を輝かせている者が一人。その中間で微妙な顔をしているのが二人。どうしたら良いか分からずに怯えているのが一人。ああ、厳密に言うならば、気絶して無反応が一人で計五種類か。

「恐らく、お前たちが最も知りたい事柄は俺の目的だろうが、期待に添えるものではないぞ」

「どういう意味だ?」

「上辺だけの返答では、満足しないのだろう?なら承諾しかねる。俺の目的は俺たちの目的である故に」

 三十センチほどの長さの包帯を折りたたんで手の平の上に乗せると、そこに火をくべる。耐熱性に優れた特殊な繊維で編まれたこれこそが、あの研究所から持ち出した俺専用の武装が持つ、もう一つの特殊な使い道。

「それでも聞きたいのなら、教えてやろう」

 バチバチと火花を散らせて包帯が燃える。その燃焼と共に、不気味な黒色の煙が立ち上り鼻孔を突いた。

「俺の全ては、俺を家族と呼んでくれた兄様のためにある!」

 タガが外れた。今の俺の状態を表す言葉として、これほど適切なものは無い。嗅覚を用いた召喚器『アヴェスター』。溶鉱炉にでもぶち込まなければ燃焼しない繊維は、ゾロアスターを介して、俺だけが世界で唯一服用出来る。もちろん効果は絶大。一つしかない取り柄を、限界を遥かに超えて引き上げる薬は、とても重宝するのだ。今、目の前にいるような、炎の効かない敵を相手にするときなど、特に。

「デカいハンマーだ。大雑把にいく」

 命じられるがままに、俺のペルソナはいつの間にかその手に持っていた教典の頁をはためかせる。派手な火柱もなく、唐突に。初めからそこに在ったと言われて違和感がないくらい自然に、俺の両手には武骨で大きなハンマーが握られていた。感触を確かめる目的でゆっくりと素振りをし、反動で床に触れると、砕けた瓦礫の破片が音を立てて割れた。熱ではなく、重さに押しつぶされて。

「愚直な俺は、一つを極めた。誇らしいこの力が、たかだか炎が効かない程度で遮られてなるものか!その一心で!」

「もう一度防ぎます!皆、私の後ろに……!」

「なら、存分に防いで見せろ!」

 途中でまずいと感づきながらも、もう手遅れだ。様子見のつもりで受けたのだろうが、それはこの上なく握手だ。何故なら、このハンマーは炎で作られながら質量を持つ。数キロなんてもんじゃない。二葉が築き上げた土台がなければ、持ち上げる事も困難なくらいの重さ。そんなものでぶっ叩かれれば、当然ただでは済まない。済まさない。

「あばよ」

 防御の薙刀をへし折ったハンマーは、インパクトの瞬間に爆発を引き起こした。威力はさほどでもないけれど、その爆炎は有里に届いた。火炎に耐性のあるペルソナの守りを悠々と突破して。

「……っ、あ」

 その場から数メートル吹き飛ばされ、有里美奈子は気を失った。

「自らを盾に差し出す心意気は好ましいが、強度が足りん。俺の炎は炎すら焼く」

「有里!」

 中核は倒した。残るは四人。現状、取るに足らないと評価を下している者たち。さて、伸び代を垣間見れればいいが……。

「抵抗を許す。存分にかかってくるがいいぞ」

「な……めんじゃねえ!」

 震えながらも奮起したのは、伊織順平だった。不恰好で、無様に。しかし、その特攻まがいの行動は、俺にとっての嬉しい誤算。

「ヘルメス!」

 業火に対抗するにはあまりにもちっぽけな炎。追い込まれて自棄になったか、それともこの行動が最後に縋りついた意地なのかを知る由はないし、知る必要もない。

「極度の重圧で余計な柵が吹き飛んだか……。よかろう!その蛮勇を以て、お前は俺の敵となった」

 ただがむしゃらに突っ込んだだけの伊織だったが、その行動は正しい。相手の戦力で俺に勝つつもりならば、それ以外に手は無いからだ。

「クソッたれっ……!」

「もっとだ。もっと燃やせ。それでこそ。言い訳できないほどに打ちのめしてこそ、兄様に捧ぐ勝負に相応しい」

 伊織と俺の間にはマッチ対火炎放射器並の差がある。アリを踏む労力と大差ない力の発露で、ねじ伏せかき消し勝負はつく。それでお終い。幕引きはこの上なくあっけないもので、ぶつかり合いの余波が全てを飲み込み終わらせた。静かに揺れる炎が消えた後には、物音一つしなくなったエントランス。伊織が必死になって放った火球も、桐条が危険を察して張った氷壁も、岳羽が恐慌状態で繰り出した風刃も、山岸のどうにか状況を打破したいという願いも、一切合財を飲み込み踏破する覚悟の焔。

「これにて、閉幕」

 静謐な空気に包まれながら、両手を組んで祈りを捧げる。命を忠実にこなして、おまけに相手の手札を暴き出した。上出来だ。自分で自分を褒めてやりたいくらいに。しかし、そうじゃない。俺が欲しいのは、決して自画自賛や自己満足なんかじゃない。そんなものに価値は無い。ゾロアスターが炎を善と説き崇めるべき神を定めたように、俺は兄様を善としたのだから。

「滅私が基本とはいえ、楽しくなかったと言えば嘘になる。特に火を扱う者は心の在り方次第で大きく化けるからな。ああ、愚兄。言っておくが、アレは俺の獲物と決めたからな。今回、全開を披露する事は出来なかったが、次回ならあるいは全力で……。ならば、その可能性、小手調べで潰してしまうのはあまりに惜しい」

 上っ面だけ捉えれば二葉へ向けた言葉だが、本当は三日月と四季に対する牽制だ。奴ら、目的の遂行可能な範囲で潰しかねん。いや、まったく冗談ではなく。特に三日月は、家族内で唯一兄様に、そんな馬鹿な、と言わせた実績を持つ。突飛過ぎて、誰にも行動が読めない。まあ、そんなこと言ったら女装で外出したまま体を任せられる恐ろしい折檻が待っているので、誰も口には出さないが。

「……後始末をして、早く帰ろう」

 バトンは繋いだ。今は素直にその事実を喜ぼう。次の戦いまでの束の間の休息の中で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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