僕らの終わりに、陽だまりを   作:神話好き

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親愛とパッションの七月   2

 青い空、白い雲、そして見渡す限りの大海原。などとパンフレットにありがちな言葉を並べてみても、僕の気分は高揚と正反対の場所にしがみつき、ちっとも離れようとしない。流れる汗の大半は、真夏の日差しに焦がされた健康的なものではなく、冷や汗である。勘弁して欲しい、などと嘆く前に行動を取らなくては。このまま何かあれば、社会的に抹殺されてしまうかもしれない。

「参ったな……。ここから人目のない場所まで、どれくらいある?」

 ゴシックロリータの服を翻し、肩の力を抜いて思案する。仕草は概ね問題ない。誰にも話しかけられなければ、と注釈が付くけれど。ああ、もはや語るまでもないと思うが、今、僕が危うい状態にあるのは大体三日月のせいだ。三日月には、ナルコレプシーに罹っているのかと疑うくらい突然寝てしまう癖がある。あるいは、本当にそういう類いの疾患を抱えてるのかもしれない……、いや、今回の件は間違えようもなく計画的犯行だが。でなければ、僕が真夏の屋久島の砂浜で、女装などしているはずがないのだから。

「とりあえず、林の方に……」

 いたずらに視線を集めるのは好ましくない。唯一の救いは、周囲は変わり者の女の子と見てくれているところくらいか。ドレスのような華美な装飾の服は、体幹を隠すのに一役買ってくれている。変装にはもってこいだ。しかし、そうと決まれば即時行動あるのみ。外見や話し方、細かな仕草まで誤魔化せても、やはり精神衛生上よろしくない。断じてよろしくない。

「あの、ちょっとお時間よろしいっスか?」

 浮かれた声を聞いた瞬間、鳥肌が総立ちになる。もちろん、これから自分に降りかかる災厄を予見してだ。ていうか、こいつら思ったより精神的にタフだな。暫くは凹んだままになるかもしれないと考えていたのに。

「あのー……?」

 怪訝そうな呼びかけに振り向くと、そこにはやはり見知った顔があって。

「…………」

 思えば、そうだ。全ては、何の変哲もない一日から始まった。あれは、五月雨の一戦を終えて少し経ったくらいの日だった。

 

○○○

 暑い。全開にした窓から入ってくる生温い風と蝉の大合唱を受けながら、僕は由々しき事態への対策を講じるべく頭を悩ませていた。暑すぎる。いや、冗談ではなく、割と本気でまずい。今日まではどうにか我慢してきたが、何気なく鉄製のスプーンを触ったら火傷をしたあたりで、その考え方は改められた。

「文明の利器は偉大だった……」

 ひょい、と窓から顔を出して見下ろした先にあったのは、エアコンの室外機の残骸。つい先日まで元気よく騒音を奏でていたというのに、見る影もない。おんぼろアパートにお似合いなおんぼろだったので、いつかはこうなるだろうと思っていたが、よりにもよって最後の年になる今年、ぽっくり逝ってしまった。で、だ。ここからが本題なのだが、修理には多少の金銭と、そしてなにより時間が必要となる。お金に関しては問題ない。『ストレガ』の仲介や、脱走の生き残りからの依頼でいくらか蓄えがあるからだ。しかし、さしもの僕らでも時間だけはどうにもならない。大人しくこの苛烈な環境が改善されるのを待つばかりの日々。

「駄目だ。流石に駄目だ。大家さんの通達によると、問題が解決するまで約一週間。確実に干からびてしまう」

 いくつか案は浮かぶものの、最善策とは言い難い物ばかり。暫定、最有力候補のホテル暮らしですら、どうやっても在らぬ誤解や要らぬ懐疑を集めてしまう。生徒会を介さずにこっそり一週間をやり過ごす手もあるけれど、万が一にでもばれた時の事を考えるといろいろ面倒だ。

「うわあ!熱っ!」

 サウナよりも温度の高い部屋で頭を抱えていたところ、いい具合に情けない悲鳴が耳を突く。間違えようもなく平賀だ。書類の上でならともかく、僕がここに住んでいると知っている者は極々少ない。『ストレガ』の三人と平賀のみ。ああ、どこにいても補足してきそうなエリザベス達は例外として扱う場合の話だが。

「少し待ってろ。今、開ける」

 そう言って、若干歪んだ椅子から立ち上がると、台所で鍋つかみを装着してから玄関に向かう。これでドアノブも恐るるに足らない。

「珍しいな、平賀。お前が態々訪ねてくるなんて、いったいいつぶりだ?」

「あ、あはは……。やることが多くてね」

「だろうさ。まったく優純不断な奴だよ、お前は」

 当人がずっと悩んでいる問題を、僕は鼻で笑ってやる。

「しかし、折角来てくれたところ悪いんだが、クーラーが壊れてしまってな」

「いや、いやいや。これはもう、そういう問題じゃないって……。なんでこの部屋だけこんな有様なのさ」

「去年までは、太陽を遮ってくれる適度な大きさのビルがあったんだけど、不況の煽りをくらって跡形もなくなってしまった。そして、止めがアレ」

 ドアから完全に外に出て右方を指さすと、その延長線上には、一面ガラス張りの巨大なビルが。場違いすぎる。不況とはいったいなんだったのか。

「角部屋だったのが災いして、この部屋は二つの太陽に照らされてるような状態なんだ」

「それにしても、これは……。訴えれば勝てるんじゃない?」

「面倒事は勘弁してくれ」

 ようやく、学校での生活も元通りに戻ったんだ。少なくとも、計画の大詰めまでは平和な学園生活を送っていたい。まあ、無理なのだろうが。

「それで、要件はなんだ?よもや家出でもしたんじゃあるまいな?」

「い、いやだなあ、日向君。僕がそんな突拍子もないことするように見える?」

「案外、常識無いからな、お前は」

「君にだけは言われたくないよ」

 それまでは狼狽えていたのに、最後の部分だけははっきりと反論しやがった。その態度を、僕じゃなくて親に取れればいいのに。

「僕は未だに君が優等生で通ってるなんて信じられないよ」

「そうでもないぞ。勉学に励んで、素行が良ければすぐそう呼ばれるようになる。そこに無難な人当たりの良さを追加すれば、たちどころだ」

「絶対に優等生の発言じゃないよ、それ……」

 呆れかえる平賀を見ていると、ふとその足元にある大荷物が目に入った。こいつ、まさか本当に……。

「とりあえず場所を変えよう。こんな炎天下の中で話し込むのは、健康に悪いだろ。まさか図星とは思わなかったけど、それなりに意を決して来たなら、友人としてその話を無下にはしないさ」

「……やっぱり、君は鋭いなあ」

「お前が分かりやすいだけだ」

 こうして、僕の屋久島一人旅敢行へ向けた布石の一つ目は投じられた。もちろん、本人の知る由もなく。

 

○○○

 平賀の持つ大荷物をアパートに置いてから、僕たちは街に繰り出した。たどり着いたのは神社なので、街というには語弊があるかもしれないけれど。

「ここのベンチは木陰になってる。直射日光に関してはほぼ気にならない程度までシャットダウンしてくれるだろうよ」

「神社かあ。高校に上がってからは初めてかも」

 きょろきょろと、物珍しそうに辺りを見回す平賀。寂れた神社だけあって、ここは穴場だ。入り浸ってる僕を含めて、参拝するような人間は二十に満たないだろう。ただ、年に一度。夏祭りという例外はあり、その時ばかりは結構賑わっている、らしい。行ったことはないので伝聞だ。

「神様なんぞ信じちゃいないけど、キツネには縁があってね。それに、町中よりも、こういう場所の方が好きだ」

「桐条さんの一件から暫くの間、ものすごく機嫌悪かったもんね」

「……あれだけ奇異の視線にさらされれば、誰だって居心地悪くなる」

 思い出すだけで苦虫を噛み潰したように顔が歪んでしまう。このまま計画が進めば、少なくとももう一度はあの思いを味わうことになるのだから尚更だ。いっそ、その時が来たら退学でもしてやろうかと考えた事もあるが、僕の学友は一人にしたらヘタレてしまいそうなので、限界までは付き合ってやろうと決めた。それに、平賀を観察するのは、もしもの自分を見ているようで、なかなかに面白い。後、僕が唯一普通の友人として接しているのだから、せめて別れの言葉くらいは送ってやりたいのだ。本当に、ガラじゃないけど。

「今の時間帯なら、人は来ない。来たとしても、僕の顔見知りだ。あの大荷物をお前の親の病院に送りつけられたくなかったら、観念して話せ」

「か、観念って……。そんなに大げさな事じゃないってば」

「進路が大げさな事じゃないって?意外に図太いんだな平賀は。恐れ入ったよ」

 などと、厭味ったらしく言ってみたものの、そもそも進路など決める必要すらない僕の言葉に説得力など無い。自分で聞いてても、言葉の底が透けて見える浅さだ。が、平賀にはそれなりに効いたらしく、バツの悪そうな顔をしている。

「要は、決めたならおどおどするなって話だ。意を決したんだ。少なくとも何かを手に入れるまでは引くな。折角の覚悟が無駄になる」

「覚悟に無駄なんてあるのかい?」

「あるとも。大体、人生に覚悟を決めなきゃならないような転機なんか、そう多く在っていいものじゃない。道は真っ直ぐであるほど遠くまで伸るからな。間引きの要領だよ」

 二つの道を漏らさず完璧に進む特異な輩も世の中にはいるのだろうが、そんなものは極々少数。到底手本になどなりはしない。

「……しかし、そうか。思いのほか早かったな」

「えっ……?」

 平賀の困惑は、自然と声が固くなるのを抑えきれなかったが原因だろう。あるいは、その機会が来ることなく終わるのではないかとさえ思っていた。ぬるま湯のような環境が、ぬるま湯のままで終わる事も吝かではないと本気で考えていた。けど、それもどうやらここまで。

「なんでもない。それに、今はお前の無鉄砲な家出計画の再建といこうじゃないか」

「あはは。やっぱり、無鉄砲だと思うかな」

「僕の家に転がり込めなくなっただけで、万策尽きてるじゃないか」

「でも、これでも考えたんだよ?色々考えてみたんだけど、参っちゃってさ。勉強ばっかりできても、こういう時にはこれっぽっちも役に立たないね」

「だからと言って、初めから僕に丸投げするな。もっと悩め」

「ゴメンって。まさか、日向君も抜き差しならない事態に陥ってるとは思ってなかったんだ」

 抜き差しならない事態。あの灼熱地獄と化した一室のことだ。火事の心配がないように、燃えそうなものは冷蔵庫に放り込んでおいたので、そこまで急を要する話ではない。細々とした事情に拘らなければ、手は十二分にある。この日向春一、懐具合はそれなりに好調なのだ。

「まず第一に。家出という手段で何かを訴えたいのなら、適度に痕跡を残すんだ。じゃなきゃ、良くてスルー。悪くて警察総出で行方不明者の捜索が始まってしまうからな」

「なるほど」

「いいか?大切なのは意思だ。お前が医者になる可能性を盲信している親へ、お前の覚悟を叩きつけてやれ。ようやく目が覚めたなら、後はガチンコ勝負さ。本気の方が勝つ」

 僕がそうであるように。言葉にはしないが、付け加えるならそう続く。

「あれ、もしかして日向さんですか?」

「ん?」

 しんみりとした雰囲気の中、子供らしい快活な声がした。天田だ。手に槍こそ持っていないが、動きやすい服装をしている。軽い訓練でもするつもりだったのだろう。

「ああ、やっぱり。珍しいですね、こんな時間にいるなんて」

「落ち着けるところなら良かったんだけど、他にいい場所も知らなかったからね」

「そういえば日向さん、優等生で有名でしたもんね」

「そういえば、は余計だ。まったく、一本入れてから途端にふてぶてしくなったな、お前は」

 ストレッチをしながら話を続ける天田は、つい先日目出度く師たる僕に有効な一撃を叩き込んだ。痣が残るくらいの威力だったけれど、ほんの一瞬、確かに僕の手は痺れてその動きを止めた。まだまだ、互角の勝負をするには遠くとも、勝負が成立するようになった。自分よりも一回り小さな少年が、自分と同じ土俵に上がってきたのだ。これ以上ないくらいに目出度い。

「お友達、ですか?」

「そうだ。同じ学校の平賀。数少ない僕の友人の一人さ」

「初めまして……、ええと」

「天田です。天田乾。月光館学園初等部の五年生です。よろしくお願いしますね、平賀先輩」

「こちらこそよろしくね」

 柔和な笑みを浮かべて、握手をする二人。意外と気が合うのかもしれない。

「ん……。それじゃあ、僕は一旦帰るよ。アドバイス通りにやる事やっとかないと」

 フン、と鼻息を荒くして、意気揚々と平賀は立ち上がる。

「今日はありがとう、日向君。じゃあ、またね!」

 足取りは軽く、こちらが返事を返す前に、神社には僕と天田の二人だけとなった。相も変わらず行動力があるのかないのか分からない男だ。

「さてと。天田はどうする?」

 砂利を踏み鳴らして天田に向き直り、言葉を投げかける。どうする。その意味するところは、優しげなものではない。他の場所でならばいざ知らず、この神社で会ったなら、目的のために全てを掛ける愚者の会合だ。万難を排すべく足掻く弱者の群れだ。狂人は狂人らしく、適度になれ合いながら武を磨いていればよい。決意が錆びつき、鈍になってしまわないように。

「……今日は遠慮しておきますよ。こっちも、少しだけ前に進んだんで今は大人しくしていたいんです」

「朗報だな。ともすれば、僕よりもお前の方が早く遂げるかもしれない、か」

 嬉しいような哀しいような不思議な気持ちだ。戦技指導をした者など、『ストレガ』依頼になる。今でも親交が厚い奴らとは違い、天田の場合は世間一般で言う雛鳥の巣立ちになるだろう。きっと、もう会える回数も数えられる程度しか残っていない。一先ずの区切りとしては、ここが丁度いいのかもしれない。

「天田」

「はい?」

「これをやる。俗に言うお守りというやつだ」

 ストラップの扮しておいたホルダーから、一発の弾丸を取り出して天田に渡す。僕の持つ特殊な造形の召喚器の弾丸だ。天田にやったところで使い道など全く無いが、もしもの時に一歩踏み出す拠り所ぐらいにはなってくれると思いたい。

「……色々言いたいことはありますけど、やめておきます」

「ま、僕は天田が思っているよりもずっとまともじゃないって事さ。そう難しく考えるな」

「無理ですよ……。だって、これを受け取るってそういう事でしょう?」

「心配しなくとも、これからだって時間がある時はここに足を運ぶさ。その時がくるまでは」

 突っ返そうとする天田の手を強制的に握らせると、軽く頭を撫でてやる。

「免許皆伝だ。ここから先に僕は必要ない。奪われた者と奪った者と、その採決を下すんだ。他でもないお前だけがその権利を持つ。だから、ここから先に僕はいない。分かるね?」

「日向さん、やっぱりスパルタですよ。最後まで厳しいんだから」

 煌々と輝く太陽にも勝るその表情を、僕は直視することが出来なかった。

 

○○○

 それなりにすっきりとした気分で天田と別れた後、歩いているうちにポロニアンモールへと赴いていた。いや、赴かされていたと言うべきだろう。気のせいかな、と思うくらいの薄い気配を撒いているうちに、いつの間にやら路地裏だ。あからさま過ぎて作為的なものしか感じない。となると、あの気配の主は件の弟君か。この炎天下にご苦労な事だ。

「時に、一つ質問があるんだけど」

「承らせていただきます」

「今日はいつもと雰囲気違うみたいだけど、何かあった?」

「いえ、私共の方には特に」

 微笑みは一切崩さずに、エリザベスは言う。

「なら、言い方を変えよう。もしかして、僕の部屋の室外機壊した?」

「ああ!あんなところにUFOが……」

「…………」

「……おかしいですね。話を切り替えるのに効果的な台詞だと本で読んだのですが」

「いつの時代のマンガだ、それは」

 ベルベットルームにある物の基準がまるで分からない。以前も、きな粉が大量にあるらしいと聞いた時も三度くらい聞きなおしたが、折角塗り固めた僕の常識が瓦解しそうになったので無理やり納得したのだ。段々、自分の方が間違っている気分になる、世にも恐ろしい精神攻撃だった。ついぞ、今でもスーパーに行くと無意識にきな粉をカゴに放り込んでしまう後遺症付きだ。

「別に咎めるようなことはしないよ。そうまでしてでも、ここに連れて来たのなら、それはきっと僕にとっても重要な事だと思うからね」

「御慧眼、恐れ入ります。本日、不躾にもお呼び立てしたのは、急遽ご提案をさせていただきたい事柄がございまして」

「提案?」

「はい。碌にサポートもままならない現状を、私共は良しとしません。ハル様の切り開いた血路をお供させていただく対価を、お支払したいと思った次第」

 そう言って丁寧な一礼をすると、背後に聳える青の扉がぎい、と音を立てて開いた。中からこちらを待ち受けるように見据える人影が三人。鼻の長い老人、イゴール。ベルボーイのテオドア。そして、もう一人。年の頃はエリザベスよりも上の美人さん。初対面でも分かるくらいに、臨戦態勢だ。つまり、対価とは……。

「所謂、戦闘訓練の場を提供したく存じます」

「それは……在り難いけど、僕はあまり戦えないよ」

「ご心配なく。私共が払う対価には、その点の補助も含まれております。どうぞ、後顧の憂いなく存分にお力を振るって下さいませ」

 実にいい笑顔のエリザベスは、こちらの二の腕を掴むと問答無用で扉に引きずり込もうとする。その様は傍から見れば、宛ら妖怪である。

「ま、待ってくれ!僕の力を見たいなら、それじゃあ本末転倒だぞ!命懸けだからこそ、君たちの眼鏡にかなってるんだから」

 ペルソナは心の力。強さの源には色々な要素が含まれるが、一番の要因はやはり心なのだ。外的要因で底上げしようとも、所詮は上っ面だけの強さにしかならない。それでは、到底彼女たちに太刀打ちなど出来はしない。僕自身のペルソナしか使わなければ、数分でぶっ飛ばされて終わるだろう。いや、彼女たちが強すぎるだけで、決して僕が弱いと言う訳ではなく。

「構いません。私共が見たいのは、ハル様お一人の力ですから」

「竹槍で重火器に挑む気分だ」

 ジリジリと近づいてくる扉が死刑執行台までの扉に思えてきた。額には、先ほどまでとは異なる種類の汗が流れ落ちる。エリザベスやテオドアも相当なものだが、特に美人さんからのプレッシャーが尋常じゃない。取って食おうって気満々だ。

「……参った。降参だよ。引っ張らなくても逃げないって」

「そう言っていただけると思っておりました」

「そうだな」

 もはや投げやりな返事を返しつつ、思考はその先に行われるであろう戦いのシュミレーションに裂いていた。そもそも考えてみれば、ここで逃走に成功してもどうせ夢の中でこんにちわする羽目になるのだから、選択肢など無いようなものじゃないか。

「失敬。大切なことを言い忘れておりました。空調の修理を終えるまでの間、ハル様の自室に変わる宿の手配を済ませております」

 それはもしかして、僕は病院送りになると遠回しな勧告なのだろうか、と勘繰ってしまう自分が憎い。エリザベスほど無垢な者など、そういないだろうに。

「ぱんぱかぱーん!屋久島五泊六日ツアーチケットでございます」

 エリザベスが取り出したのは二枚のチケット。こちらの事情は筒抜けらしい。

「…………」

 無言のまま携帯電話を取り出すと、数少ない電話帳の中から目的の人物を選びコールを開始。大凡十秒程度待ってから、通話は開始された。

「平賀、明日から屋久島に行くぞ」

 僕の長い一日はまだ続く。

 

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