ワクワクプリキュア!   作:ネフタリウム光線

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(前回のあらすじ)

 私、光山輝は中学校の入学式の午後、突然街に現れた『クライナー』と言う怪物の引き起こす騒動に巻き込まれちゃった!? 
 そして電話が切れちゃった親友のマナミちゃんを探しているうちに、変な小さな生き物と、バブル時代でもあり得ないような奇抜な格好している男の人と鉢合わせちゃって、しかもプリキュアになれだのなんだの言われるし……
 
 これから、どうなっちゃうんだろう?


第2話「弾ける心!その名も……」

第2話「弾ける心!その名も……」

 

 

「だから、さっきから言ってる、そのプリキュアってなに!?」

 わけがわからない。街を救いたいという想いは当然あるに決まっている。だがこんな、片手でも持てるような小さな、それも可愛らしいハート型の、女の子用のおもちゃみたいなモノを渡されたところで困惑することくらいしかできないのは当たり前だ。

 

「……あの小娘……隙だらけだな。なにも理解できていない様子だ。今なら……強奪できる!」 

 レインはそう静かに叫ぶと、ヒュンッと、私の方へと一瞬で詰めてきた。

 

「あぁ!やばいラエ!」

「キャッ!」

 私は輝樹を守るように、その場にしゃがみこんだ。

 同時に、私を囲むように今度はピンク色の、ドーム状の光を出現した。その光に、ガチィンという音を立てレインは弾き返されてしまう。

「な、なんだ!?」

「……助かった……?」

 いよいよ何が何だかわからない。このバリアーみたいな光が、あのおもちゃから出てきたというのか。

「あの娘を守った!やっぱり、あの子がプリキュアラエ!」

「で、でも私にはただの人間のひとりにしか見えないレティよ?特別な存在にはとても……」

「えぇい!みんなしてつべこべとうるさいラエ!違った時は次を探すまでラエ!やってみないことには何もわからないし、始まらないラエよ!君、名前は!?」

 黄色い耳の妖精=ラエティがそう言いながら、ストンと私の肩の上に飛び乗った。

「あなたね、人に名前を聞く時はまず自分が名乗ってからってのが常識だよ?」

「キーッ!なんでよりにもよってこんな面倒臭いのが……!ラエティ!僕はラエティラエ!そしてあっちのピンクのがレティツ!」

 かなりイライラしている。余計な一言を言ってしまったか。

「ラエちゃんにレティちゃんね。私はヒカル、光山輝」

「……その変な呼び方に突っ込みたいところラエが、今はスルーしといてやるラエ!ヒカル!今のこの瞬間から、僕と君はバディラエ!とにかく、僕の指示に従って欲しいラエ」

「……さっき、私にプリキュアってやつに変身して、なんとかを倒せって言ったよね?……そうすれば、この街を……マナミちゃんを助けられるの?」

 私は改めて尋ねた。そこが一番重要だ。

「そのマナミってのは君の友達ラエか?」

「うん。とっても大事な」

「変身することができれば、きっと助けられるラエ。もし君がプリキュアなら、友達やこの街は愚か、世界だって変えられる。それだけの力が眠っているということなんだラエ」

「……わかった。レティちゃん、テルキを……弟をお願いしてもいいかな?」

「お安い御用レティ!」

 私は、背負っていた弟を、ピンクの妖精に預けることを決心した。つまりはー

「覚悟、決めてくれたみたいラエね」

「正直わかんないままだけど、今は私がやるしかないんでしょ?なら、腹くくるしかないよ!」

「……よくぞ言ってくれたラエ!クリアハートを利き手で握って、胸に軽く触れるくらいに持ってくるラエ!そして叫ぶラエよ!『プリキュア・エキサイティングフィーバー!』」

 私は、この妖精の指示した通り、右手にアイテムを握り、その動作を行った。

「プリキュア!エキサイティングフィーバー!!」

 その瞬間、私は黄金の光に包まれた。体の奥底から、これまでに感じたことのない高揚感、そして力が漲ってくる。

「こ、このキサトエナジー……!馬鹿な!?たった一人の小娘から、この量だとぉ!?」

 レインは再び起こった頭痛に思わず手を頭に当てながら、私から距離を取るように後方へとジャンプした。

 

 

 私はというと、身を包む衣服が先ほどまでの制服から、少なくともこれまでの人生の中では、アニメ番組でしか目にしたことのない様な、黄色いフリフリのド派手なものへと変貌し、毛量も色はそのままに倍以上に増加。何も手を加えていないのに勝手にツインテールになっている。

 スカートも短く、身軽そうではあるが、動くたびに色々と余計な心配をしなくてはいけなさそうな格好となってしまっている。

 

『弾ける心!キュアスパーク!!』

 

 そして無意識のうちにそう叫びながら、左膝を右足の方へと僅かに曲げ、同時に右腕を顔の下半分を隠す様に左斜め上に45度の角度で突き出し、左腕の肘を直角に曲げ、その突き出た右腕と三角形を組む様な姿勢のポージングをとっていた。

『……な、なにこれかわいいお洋服……けどポーズだっさ!』

 私は慌ててポーズを解き、変貌した自分の姿をまじまじと見つめた。

「キュアスパーク!ヒカル!やっぱり君は正真正銘、プリキュアだったんだラエ!」

『てゆうか髪!せっかくお洒落な髪型なのに、クルックルのままじゃん!台無しだよ〜』 

 ラエティの言葉をよそに、指先で髪をいじりながら嘆いた。

「……こいつひょっとして天然……いや、アホラエか?」

 だが、その呟きだけは聞き逃さなかった。

『誰がアホですって!?もう一度言ったら、あのお兄さんよりも先にぶっ飛ばすからね!』

「わ、悪かったラエ……」

 先ほどまでは立場が上だった妖精であったが、まるで逆転したかの様だ。プリキュアを怒らせたら、シャレにならないことになるということだろう。

 その裏付けに、実際はまだなにもしていないというのに、レインの方も引きつった顔をしていた。それだけ恐れられている存在なのだろうか。

「こ、これがプリキュア……!なんてキサトエナジーだ……!」

 彼はそう震えた声で呟きながら、後ずさりをする。

『……あなたがこの街をおかしくしちゃったんでしょう!?マナミちゃんは無事なんでしょうね!?そう、私がプリキュアよ!わかったらとっととおうちに帰りなさいっ!的な?』

 格好良く台詞でも決めようかと思っていたが、ちぐはぐで変な文脈となってしまった。なかなか、咄嗟には出てこないものである。

「なんかデジャブなセリフレティ……」

「レインの奴もビビってるラエ!スパーク!やっちゃうラエ!」

 

『よーし!』

 

 腕をブンブンと振り回し、身構える。

 変身前とは明らかにテンションが違う。私自身に経験のないことで例えるのも如何なものかとは思うが、酒に酔うのと似た感覚だろう。確かに動いているのは我が身体、喋っているのも我が口なのだが、どこか自分じゃない様な気もする。

 

 これがプリキュアに変身するということなのだろうか。それとも、先ほどからあの兄さんの連呼している『キサトエナジー』というものが関係しているのだろうか。

 いずれにせよ、今ならたとえ算数の難問であっても攻略できそうな気がする。つるかめ算だろうが植木算だろうがなんでもこいだ。それだけ高ぶっている。

 

「勘違いしてんじゃねぇぞ!これは武者震いだ!天下の将軍、レイン様が小娘ごときにビビってたまるか!クライナー!!捻り潰してしまえ!」

『クライナァァァァ!!』

 どこからともなく、先ほど聞いたのと同じ奇声をあげる、ひとつ目の怪物が現れた。これこそが、怪獣だの何だのと騒がれたモノの正体なのだろう。予想以上に不気味で、どちらかというと妖怪に近い。今度はこちらが気圧され後ずさりする番だった。

『こ、怖くなんかないよ!あれをやっつければ、みんな助かる……!なら、やるしかないよ!』 

 足を震わせながらも、気づけば私は地を蹴り、宙へと躍り出ていた。

『はぁぁぁぁぁ!!』

 そして、振りかざした拳を勢いよく繰り出す。

『クライナァァァ!』

 同じくパンチを浴びせんとしていた怪物=クライナーの腕と、空中でぶつかる。その衝撃波がコンクリートで整備されているはずの道路を抉りながら、広範囲に渡った。

『こ、これが私の力……?』

 私は自分の右腕を、口をポカンと開けながら見つめることしかできなかった。重量級格闘技の男性金メダリストですら、一撃でリング外に吹き飛ばせそうな腕力だ。これならー

『勝てる!』

 足の震えはすっかり治っていた。この力が私に自信を与え、その自信が恐怖心や不安を跡形もなく何処かへと飛ばしてしまった様だ。同時に身体の奥底から、さらにパワーが湧き上がってくる感覚を覚えた。

「ゆ、油断はしちゃダメラエよ!」

 ラエティの忠告に無言で頷くと、そのまま空中で身体を捻らせ、奴の脳天にかかと落としをお見舞いした。

『プリキュア天空落とし!』

 この一瞬でテキトーかつ適当に考えたこの技の名前だ。次に使用する頃には忘れているかもしれないが。 

『ク、クライナァ…』

 一瞬顔が潰れた怪物は、そのまま頭から地面にクレーターを形成させながら倒れこんだ。

「お、おい!しっかりしろ……うん?」

 レインはクライナーのお尻を蹴り上げながら、ふと何か異変に気がついた様だ。

 

「雨が止んでる……いや、晴れている……?」

 

 私も、そう言われるまで気がつかなかった。先ほどまで、輝ヶ丘全域に降り注いでいた雷雨が止んでいるどころか、雲まで消え去り、再びお日様の光が暖かく照らし始めていたのだ。これにすら気がつかないとは、やはり今のテンションはおかしい。

 

 そして異変は、クライナーにも生じていた。先ほどまでと比べても、明らかに身体が小さく、いや、しぼんでいるというのが的確か。もう威圧感は微塵もなく、枯れかけの草花の様である。 

「スパーク!今ラエ!必殺技で決めるラエよ!」

 ラエティが叫んだ。

『どうやるの?』

「胸に手を当てるラエ!クリアハートが、力を貸してくれるラエ!」

『そういえば、あのおもちゃはどこに消えたの?』

 ここで思い出した。変身の際に使用したあのクリアハートというアイテム、どこを探しても見当たらないのである。

「後から色々説明してやるから、とっとと決めるラエ!友達助けるんじゃなかったラエか!?」 

『わ、わかった!』

 言われるがままに、変身時の様に胸に手を当てた。

『闇に呑まれたあなたの心に、ワクワクを取り戻してみせる!』

 またもや無意識にセリフが放たれるとともに、胸に当てていた右腕が虹色に輝き始めた。その腕を、クライナーへと向け、一気に力を込め、虹色のオーラを解き放つ。

 

『プリキュア!ミラクルスパークレインボー!』

 

 オーラを放つ、というよりは、レーザービームを撃ち込んでいる様な感覚だった。虹色のビームは瞬く間に、クライナーの全身を飲み込んだ。

『……タノ……シィ……ナァ……』

 そう呟きながら、怪物は消え去った。

『雨のち虹!プリキュアがいる限り、止まない心の雨もない!』

 ビシッとレインを指差しながら、私は自動的にそう続ける。もはや私自身がロボットになったかの様な感覚である。

「ちっ……あーあ、しけっちまった。今日のところは撤収してやる!覚えていやがれ!」

 レインは捨てセリフを吐きつけると、そのまま姿を消した。 

 上空には、輝く虹がかかっていた。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

「マナミちゃん!マナミちゃん!大丈夫!?」

 親友は、ただ気を失っていただけの様だ。今は、私の膝の上で眠っている。

「ん……?ヒカルちゃん?……私、何があって……?」

 私の呼びかけに反応し、ゆっくりと目を開けるマナミ。

 あの後どういうわけか、倒壊したはずの建物は蘇り、発生していたはずの火災などは綺麗さっぱりに収まり、輝ヶ丘はクライナーが出現する前の、いつもの光景を取り戻していた。これにも、プリキュアの力が関係しているのだろうか。

 

 人々も、彼女の様にただ気を失っているだけ、という結果になっていた。もちろん、あの時に負傷した人だっていたはずだ。それほどの騒ぎになっていたのだから、いないわけがない。

 それでも、全ての人的被害が『失神』に上書きされるーとかなんとかを、妖精たちが説明していたが、私にはよく理解できない。こればっかりは私でなくても不可能なはずだ。多分。

 しかし怪物が暴れた、という記憶そのものから失っているわけではなく、実際に実物を見て、その姿形まで覚えている人も多い様だ。

 

 怪物が暴れていた気はするが、誰も怪我ひとつしていない。人によっては、ここで何かの異常に気がつくかもしれない。もし今後、プリキュアの出番が増えるとしたら、どれだけ勘が鈍い人であっても、このおかしな現象には首を傾げずにはいられなくなるだろう。

 

 そしていつか必ず、誰かがプリキュアの存在に気がつく。善意からか悪意からかは人によるだろうが、その正体まで探ろうとする輩も必ず現れる。そこからが大変だぞ、とも、これまた妖精たちが述べていた。

 

「いやぁ無事でよかった。電話いきなり切れるから心配したじゃん!」

「あーごめんごめん。そこで気を失ってたみたいね……。それにしても、奇跡的になんともなかったみたいでよかったわ。入学式早々に怪我して入院とか困るからね?よかったよかった」

「そ、そうだね〜……」

 とはいえ今は、この街で誰も被害にあっていない、というこの上書き(?)された事実に安堵する他ないだろう。ややこしい仕組みやらなんやらは、私の様な中学生になったばかりの女子が気にすることではない。

 怪物は確かにいた。けれども私がプリキュアとなり、親友を、人々を、街を救った。それもまた揺るがない事実だし、それだけで満足ではないか。

 しかし私もつい数日前まで小学生だった身分だ。妖精からは『どんなに信用できる近親者や友人であっても、絶対にその正体をバラすな』との忠告を受けてはいるが、これは自慢したくなるもの。

 なぜなら、周囲からは抜けてるだのアホだのとの酷評を受けることすらあるこの私が、みんなを救ったのだから。それも漫画みたいな、魔法少女みたいな格好に変身して、だ。いっそのこと道端で路上ライブをする感覚で変身のお披露目でもしてスターになりたい気分である。 

 しかし、それこそ本当にお披露目でもしなければ誰にも信じてもらえないだろうし、下手をすれば私の天然キャラが電波系キャラへと進化を果たし、さらなる笑い者になるだけである。

 それにあの変身、いくら光に包まれているとはいえ、一瞬全裸になるにも等しい感覚も覚える。流石の私も公衆の面前でそれを、積極的にやろうとするほど抜けてはいないし、そういう趣向もない。 

 忠告があろうとなかろうと、結局はバラさないのではなく「バラせない」のだ。

 

 

 

 彼女を家へと送り届けた後、私も自宅へと戻った。弟は、レティツが先に帰してくれていた。親もまだ帰宅前で、テルキ本人も気を失ったままであるという都合の良い条件が揃っていたので、それほど難しくはなかったらしい。

 

「さて、妖精さん。質問がたくさんあります!」

 

 母親の帰宅後、入学式そのものは無事に終わったこと、マナミと同じクラスにはなれたがレベルの高いクラスに配属されてしまったことなど、今日の出来事の一部を話し、夕飯とお風呂を済ませ寝巻きに着替えた私は自室で、二匹の妖精を前に手を挙げた。

「答えられる事なら答えてやるラエ」

「えっとまず、そもそもラエちゃんとレティちゃんは何者?あの奇抜なお兄さんも何者?」   

「その呼び方やめるラエ……僕は一応雄ラエよ」

 ラエティは結構、冗談抜きで嫌がっている様子だ。

 

「奇抜なお兄さんってレインのことレティか?あいつは帝国カバークラウダーの将軍。とっても強くて怖いやつレティ。私たちの住んでる、クリア王国って国も、奴らに侵略されてしまったレティ。だから、国を取り戻すために、カバークラウダーの連中と渡り合える……いや、かつては封印までしたともされるプリキュアを探すために、こっちに来たレティ」

 

「……えっ、私ってこれから、そのなんとかって帝国を相手にしなくちゃいけないの!?」 

 顔が引きつる。今日の戦いの結果から、悪い奴のひとりや二人ならやっつけられる自信は生まれていたが、敵が国家レベルとは予想だにしていなかった。しかも『帝国』ときた。もうすでにやばそうである。

「まぁ、そうなるラエな。プリキュアにしか奴らと戦うことはできないし、僕たちの国を救ってもらうこともできない」

 

「救ってもらう立場にしては、ちょっと偉そうにしすぎているんじゃありません?」

 私は眉毛をピクピクと動かしながら、ずっと上から目線の黄色い妖精をなじる。

 

「他人事だと思っているのなら大間違いラエよ。現に、レインはこの人間界に現れた。今回は僕たちを追ってきただけ、と捉えることもできるけど、クラウドのことラエ。必ず、この世界も手中に収めようとしているに違いないラエ」

「……でも、私というそのプリキュアの後継者は見つかったわけじゃん。あなたたちも見ていたでしょ、このキュアスパークの戦いっぷり。怖がる必要はないよ!」

「そんなに甘くはないラエ!あの程度のクライナー、プリキュアならば圧倒できない方が問題ラエよ!……君がなんでプリキュアとして選ばれたか、少しだけわかった気がするラエ」

 ラエティは怒鳴ったあと、呟くようにそう続けた。

「……どういう意味?」

「そのお気楽な性格、確かに君みたいなアホは良くも悪くも、キサトエナジーに満ちているラエ」 

「この!アホって言ったね!?また私を馬鹿にして!」

「事実ラエ」

「くっ……!」

 私とこの生意気な妖精がキッと睨み合う。それを見かねたレティツが、慌てて口を開く。

「ヒ、ヒカル!まだ質問、あるレティ?」

「そ、そうだ!その、キサトエナジーって何?あのお兄さんもたくさん喋ってたけど」

 くだらない喧嘩をしている場合じゃない。これも重要なことだった。

 

「不安や絶望、悩みなどといった、心にある負の力……すなわちクライナーやレインたちの力の根源である『ウィザパワー』と対をなす、希望や夢といった心をワクワク、楽しくさせる正の力レティ」

 

「プリキュアは、そのスペックにキサトエナジーが100%関わる存在ラエ。故に、正の力が強い者ほど、強いプリキュアになれる。もちろん逆も成り立つラエ。それに戦闘中は、変身者の心臓となるクリアハートが興奮作用を高め、無意識のうちにキサトエナジーが嫌でも高まるような仕様にもなるラエ」

 変身者の心臓、とは文字通り、物理的な意味だろうか。それならば確かに、胸に手を当てる動作や、変身後に見当たらなかった理由にもなる。

 

「な、なんとなくわかった。でもちょっと情報量が多いよ……。今日はこれ以上聞いても頭に入らなさそう。もういいや」

 私はパンクしそうになる頭を押さえながら、ベッドに横になった。

「……この街、輝ヶ丘って言ったラエ?ここの人々からは、本当に強いキサトエナジーを感じる。僕らの故郷、クリア王国そっくりラエ……」

 突然、ラエティが声のトーンを変えてそう切り出してきた。私は黙って、耳を傾ける。

「……奴らは強いキサトエナジーを感じると体に異変が起こる。だからこそ、それが奴らを寄せ付けないための最強の結界のような役割になるはずだったラエ。でも、現にクリア王国は侵され、この街でも活動できていた。何かが引っかかるラエ。……色々小言は言い続けるだろうけど、それでも今頼れるのはヒカルだけラエ」

 

「……まぁ、他人事じゃないってのはよくわかったし、あのバブリー兄さんとだって、戦うよ。別に、あなたみたいな生意気な妖精を助けるためじゃなくて、私の生まれ育ったこの大切な街と、大切な友達や家族のためだから」

 私は小声ながらも、はっきりそう言い切った。

 

「君がプリキュアになれた理由、またひとつわかった気がするラエよ」

 その言葉を聞いて、妖精は、今度は少し微笑みながら言った。

 

「その決断力と意思の強さ。戦士としては欠かせない大切なことラエ。今日だって、本当は怖くて、逃げたかっただろうに、友達を心配して、わざわざ危険な場所めがけて走ってきた。そういう行動ができる若干小学生はそうはいないラエ」

 

「……ところで……バブリー兄さんって誰レティ?」

 さっきの私の台詞の中に出てきた謎の名詞が気になったのか、レティツが訊ねてきた。

「レインって人に決まってるでしょ?うちのお母さんが若い頃は、バブル?かなんかであーゆう派手な格好の人が多かったって聞いたことあるし!」

「……人間って生き物は、みんなすぐに人にニックネームをつけたがるレティか?」

「さぁ?みんなかは知らないけど、でもその方が呼びやすいし覚えやすいじゃん!」

「知らないところで変なあだ名つけられてそうで怖いラエね……」

 

 とにかく長い1日だった。明日から通常授業も始まるので、もう寝て備えなければならない。

 しかし、戦うと宣言はしたものの、敵さんにはなるべく放課後か土日祝日に出てきてもらいたいところだ。 

 平和のためとはいえ、授業中にふと抜け出すような非行少女と思われたくはないからである。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 ここは帝国カバークラウダー首都。

 上空を分厚い雲に覆われ、激しい突風が吹き荒れる、高層ビルの建ちならぶ街の大通りを、レインは歩いていた。目指している場所は、この先にあるもっとも大きな建物、レイン含む幹部の拠点である城だ。

「おぉ、レイン将軍が戻ってきたみたいだぞ?」

「でも手ぶらだ。まさか、失敗したのか?」

 すれ違う民達が口々に、小声ではあるが、将軍をチラチラと見つめながら囁いている。どうやら、既に人間界に赴き、クリアハート強奪の命を課せられているということは知れ渡っていることらしい。

 それもそのはずで、彼らが党首クラウドは、その部下に課す命令のほとんどを、一般国民レベルにまで開示しているのだ。

 

 普通には考えられない、この異常とも取れる方針。だがこれが、幹部達をうまく縛り付けているのだ。

 必要以上かもしれないが『失敗は許されない』という使命感が強く発生するのも勿論、党首に向かっても反抗心が生まれにくくなり、統率が取りやすくなるというメリットまである。

 むしろ党首への不信感や不満などが募りそうなやり方ではある。しかし、その中でも任務を遂行できるものにとってはなんのデメリットもなく、遂行できないものにとっては、ただの逆恨みにしかならないからだ。加えて、その任務の内容も国民に知られているとなると、その動機から謀反を起こそうとでもすれば付いてくるものがいないどころか、窮地に立たされるのは自分ということにもなる。

 クラウドはこれを上手く利用しており、課す任務も、その者のレベルに合わせた、実現可能な範囲にしている。無茶振りなどはまずあり得ない。そしてその優しげな雰囲気、市街地にも積極的に顔を出し、民に声をかけて回るなどの活動から深く尊敬されているため、幹部外から反感を買うというのも考えにくい。

 

 クラウドにとって、理想的な支配ができる国が完成しているのである。

 

 単純に彼と拳を交えたところで、誰も勝てるわけがないというのも大きな理由だが。 

 

「レイン将軍。失敗したのはその身なりを見ればわかります。しかし、天下の将軍がこのざまだなんて、何か大きな理由があるのでしょう。まぁ、察しはつきますが」 

 城内にたどり着いたレインは、早速クラウドの構える部屋へと迎え入れられ、ここで彼の前に跪いていた。

「……おっしゃる通りです。それも、クラウド様の恐れられていた最悪の展開となってしまいました」

「プリキュアですか。こんなに早く蘇るとは思ってもいませんでしたよ。クリアハート、アレには、自らその力を使いこなせる者を探し出せる能力でも備わっているのでしょうかね。そうでもないと、あまりにもあちらにとって都合が良すぎる」

「で、ですがご安心を!今回は妖精から奪い取るのが目的だったため、油断して弱いクライナーを作ったのが敗因!次は奴を本気で潰します!」

 レインは慌てて弁明した。

「レイン!見苦しいねぇ言い訳かい」

 横から口を挟む者が現れた。真っ白な、ボリュームのある長い髪を、後ろは背中まで、前は目が隠れるほどに伸ばした、白い、毛皮のような質感漂うマントともコートとも取れる上着に身を包んだ、雪女のような風貌漂う女性だ。

「ス、スノウ!今は俺とクラウド様が話している!黙っていろ!」

「いや、スノウ。あなたにもいてもらいましょう。遅かれ早かれ、出番はあると思いますからね」 

 クラウドが許可を出したため、スノウと呼ばれた女もレインの隣で跪いた。

「そ、その必要はない!…です!俺だけで十分!この女の出番などー」

「ほう、それは頼もしい。ですが、二人で協力してもらわなければならない展開にもなりうる。というのもですね。彼の証言によると……いえ、ここからは直接話してもらいますか。ストーム、あのお方をこの場へ」

「承知」

 クラウドはその脇に控えていた2メートルは優に超えているだろうスキンヘッドの大男に、そのような指示を出した。大男は、相撲取りのような図太い体を揺らしながら、大きな足音を立て歩いていく。

 

 その男が連れてきたのは、他でもない、鎖に繋がれたキラメリアン王だった。

「これはこれは王様じゃねぇか!けけっ、良いザマだぜ!テメェのせいで俺は…!」

 レインは今にも殴りかかりそうな姿勢である。

「およしなさい。……陛下。先ほど私に話してくれたことを、彼らにもお願いします」

「……ふん、貴様ら風情が調子に乗れるのも今だけだ!伝説上、プリキュアは2人いる。しかも、複数の技や姿があるとのことだ。貴様らが何を企もうと、必ず勝つのは光、プリキュアだ!」

 キラメリアンは強い口調で、はっきりと叫んだ。

「……らしいです。私が目にした伝説の書物でも確かに似たような記述があったので、嘘ではないでしょう。なので、レイン将軍。あなたに実力がない、というわけではなく、単純に1人じゃ無理です。この私とて、苦労するかもしれない案件だ」

「しかし、囚われの身というのに口数の減らないジジイですね。もう必要なことは話してもらったのでは?処分してもよろしいですかね?」

 スノウが苛立った口調でそう訊ねる。

「あなた方はどうしてそう血の気が盛んなのだ。落ち着きなさい。さて、本題はここからですよ。今からあなた方に、仕事を振ります」

 クラウドのその言葉に、その場に佇む幹部たちの顔が強張る。

 

「レインは引き続き人間界でお願いします。クリアハートはもう一つある。次のプリキュアが目覚める前に回収できれば最高ですが、まあそう上手くはいかないでしょう。さっきあなたは自信たっぷりに潰せるといった。信頼してますよ。奪い取ってきてください」

「はっ!必ずや、ご期待に応えます!」

 レインは敬礼し返事をすると、すぐに部屋を出て行った。

「スノウにも、場合によっては人間界に行ってもらうかもしれませんね。というのも、探し物をしてもらいたいので」

「探し物、ですか」

 

「はい。古代、プリキュアと闇の勢力は、様々な兵器を利用し戦ったらしい。この私のカオスロッドやクライナー、プリキュアのクリアハートは、そのほんの一例。これを『エンシャント・ウエポン』としましょうか。陛下の話した、複数の技や姿、というのにも関係があるかもしれない。もちろん、闇の勢力が使用していたというモノも欲しいですし、敵の戦力を削ぐことも大事。手がかりなど一切なく、わかっているのは各世界に散ったということだけ。大変だとは思いますが、頑張ってもらいますよ。探し物なら得意でしょう?」

 

「わかりました、お任せください」

 こちらも自信ありげに返答した。そしてレイン同様、すぐに仕事に取り掛かるために部屋から姿を消した。

「……あぁ、そうだストーム。レインに渡しそびれたものがあるので、後から代わりに渡してください」 

 そう言いながら、大男ストームに、植物の種子のような小さいものを手渡した。

「カオスシードか?悪いが、レインに渡したところで……」

「いいから、お願いしますよ。では、解散」

「……承知」

 ストームは、部屋中に突風を巻き起こしながらその姿を消した。同時に、外で吹き荒れていた風もすっかり治ったのだった。

 

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 

「昨日僕は、正体はバレちゃダメと言ったラエ」

「……うん、そう言ってましたね」

 眩しい太陽の光が、カーテンの隙間から差し込んでくる。今日も気持ちのいい朝のはずだ。

 とはいえ、私が目を覚ますなりすぐに、先に起きていた妖精が目の前で真剣な顔をしているのだから、やはり気持ち良くはない。 

 私はまだ寝ぼけたまま、目をこすりながら彼の話に合わせる。

「でも、もう1人のプリキュアは探さなくちゃいけないラエ。それも、条件はだいたい揃っている。僕も詳しくは知らないけど、間違いないのは、15歳以下の少女ってことラエ」

「へぇ〜」

 まだ脳が起きていないのに、また小難しい話をするつもりかこいつは、とも思ったが、振り切る元気もないため、とりあえず聞いておくことにする。

「つまり女子中学生!この街の住民はみんな強いキサトエナジーを持っているから、中学校に行けば、たくさんの候補生がいるはずラエね」

「そだね〜」

 大きくあくびをしながらベッドから起き上がり、朝ごはんを食べるために1階に降りようとする。 

「というわけラエ。今日は僕とレティツも学校に付いていくラエ」

「お〜それはよか……えぇ!?」

 まだ顔も洗っていないというのに、スッキリ目が覚めた。

「い、今なんと?」

「だから、学校に付いていくって言ってるラエ」

「いやいやなになに?喋るハムスターを見せびらかしながら、はーい!プリキュアの仲間募集中で〜す!とか言うわけ?冗談やめてよ!」

 そんなことしたら、ただでさえ昔から天然系だった私が電波系に……

「流石にそうはさせないラエ。まぁ、探すのは僕とレティツの仕事だから、ヒカルは普通にしてくれればいいラエ。正体を明かしていいのは、見つかったもう1人のプリキュアにだけ、ラエ」 

「ペット持ち込みは当然禁止なんですけど」

「ペットじゃないラエ!」

「……私にばっかり正体があーだこーだって言ってきますけど、バレちゃいけないのはあなたたちもだからね!あ、後間違ってもマナミちゃんを巻き込んだら怒るからね!」

 私は慌てて、まず念を押しておかなければならない注意事項を述べた。

「なんでラエ?仲良い方が意思の疎通も図りやすく、戦闘時もいいコンビになれるラエ。効率いいラエよ」

「あのね、普通嫌でしょ?そんな、なんとか帝国とかいうわけのわからない奴らをやっつけるために一緒に戦って、だなんて、いくら親友でもお願いできないでしょ!そんな危険なことに巻き込めるわけないじゃない!」

「まぁ、そんなに言うなら仕方ないラエ。けど、何よりも最終的に選ぶのはクリアハートラエよ。そのマナミって子が選ばれる可能性はあるラエ。一応、そうなった時のための覚悟は決めておくラエよ」

 ラエティはそう言った。

「ヒカル〜!起きてるの?早くしないと遅刻するわよ〜!」 

 階下から、母親の声が聞こえてくる。

「……まぁ、とにかくそう言うことだからよろしくラエ。なに、ヒカルの学校生活に迷惑はかけないラエ」

「ならいいんだけど……」

 不安だ。不安しかない。果たしてこの妖精たちが誰の目にも留まることなく、バレずに1日を終えることができるのだろうか?ただ黙って付いてくるだけならいけるかもしれないが、候補生を探すとまで言っている。

 見つかって、私が怒られるくらいで済むならまだいい。しかしそれ以上の大ごとになる可能性だって……

 

「行ってきまーす!」

 朝食と身支度を終えた私は、カバンに教科書と、今日は二匹を詰め込んで家を飛び出した。考えている時間はない、考えていたら遅刻するからだ。とにかく、祈るしかないだろう。

 今日もまた、引き続きはちゃめちゃな1日になりそうだ。

 


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