ワクワクプリキュア!   作:ネフタリウム光線

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 あいたた……スノウとの戦いに負けちゃって、怪我までしちゃった私、キュアスパークこと光山輝。負けただけならまだよかったんだけど、どうもマナミちゃんの様子もおかしいし……
 そんなマナミちゃんと月野さんがまさかの衝突!?

 え!?月野さん、もうプリキュア辞めちゃうの!?


第6話「驚愕!?クリアハートの謎!」

第6話「驚愕!?クリアハートの謎!」

 

 

 

「あらヒカル……どうしたの、その手……」

「あはは……ちょっと派手に転んじゃって……」

 

 全力の撤退後、学校へと帰還し、保健室で応急手当てだけはしてもらった。結構な深い傷かと思っていたが、想定よりは軽傷のようだった。プリキュアとして強化されていた肉体が関係しているのだろうか。

 しかし、我が娘が両掌をガーゼでぐるぐる巻きにして帰ってくるのだから、母もたまげただろう。目を丸くしている。

 

「あんたって子は……もう。元気なのはいいことだけど、もう少し自分を大切に……昔も言ったけどね、あの時も〜」

 

 玄関先でお説教が始まってしまった。別に悪いことをしたわけでもないのにこの仕打ちであるものだから、プリキュアというのも辛いものである。

 

「あ、お姉ちゃんおかえり!!」

 

 この窮地を救ってくれたのは、奥の方からドタバタと騒がしく足音を立てながら走り寄ってきた弟の輝樹だった。

 

「テルキ〜!ただいま!退屈だったでしょ!?遊ぼっか!!」

 

 弟を都合よく利用し、彼の手を引いて、階段を駆け上がり自室へと一目散に逃げて行く。

 

「ったく、中学生になってもちっとも落ち着かないんだから。もっとひどい怪我しても知らないからね〜!!」

「は〜い!!」

 

 返事だけすると、そのまま自室の扉を閉めた。

 母なりに心配してくれているので、ろくに話も聞かずに退散というのは申し訳ない気持ちにもなる。

 父が家に帰ってこなくなって、はや5年にもなるだろうか。それだけの間、幼稚園から小学校低学年という1番やかましい時期のテルキと、いつになっても騒がしいこの私とを育ててきてるのだから、頭が上がらない。

 

 ー 父が帰ってこない、というのは語弊のある表現だっただろうか。離婚した、別居中、そういうシリアスな話ではなく、単に海外に単身赴任しているというだけだ。なかなか、帰国できるほどの纏まった休みが取れないらしい。

 

 できることなら、心配をかけたくはないが、これから戦いも激しくなるかもしれない。本当に、これ以上の怪我をする日も来るかもしれない。となると、私がもっと強くなって、毎度無傷で家に帰ってこれるだけのたくましい、頼れる存在にならなくては。

 

 プリキュアの前に、私は中学生であり、この家では母の次にしっかりしなくてはならない長女なのだ。もっと、強くならないとーー

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 その翌日。私たちは登校の前に、いつものように私の家の前で待ち合わせをしていた。

 

 今日は珍しく、目覚し時計のなる前に起床することができた。いつもはマナミを15分ほど待たせ、あわや遅刻というギリギリの登校に巻き込んでしまうのだが、今日は問題ない。

 

 ガーゼは、目立つとクラスでの話題の種にはなるかもしれないが、ドジをやってしまった、では誤魔化しきれない事態になることも想定しなくてはならない、とのラエティの助言を受け、薄い黄色のオープンフィンガーグローブを着用することでこれを隠すこととした。

 

 一見こちらの方が目立ちそうにも見えるが、これはついこの間、小学生の頃までは、部活動のソフトボールをプレーするときのバッティンググローブとしても活用していたため、私の知り合いはこのグローブを見慣れている。私の場合、こちらの方が自然なのだ。

 

 しかし、今日はマナミの方が遅い。彼女は某有名な架空のスナイパーのごとく、時間はピタリ賞で厳守するタイプのはずだ。1分でも早く来ることもなければ、同じく遅れることもない、そんな彼女の姿がまだ見えない。

 風邪でも引いたのだろうか、あるいは、昨日のショックなども考えられる。あれだけの至近距離で凶器を振り回して来る異世界人を目の当たりにし、私が傷を負ったシーンも見てしまっている。なんらかの精神的影響を受けていても、不思議ではないのだ。

 とはいえ、そんじょそこらの女子中学生の何倍も強い子のはずだ。大丈夫だとは思うがー

 

 結局、10分待っても来なかった。さらにそこから2分ほど経過した後、母が私の元へとやってきた。今、彼女の母親から、今日は少しだけ遅刻するとの連絡があったそうだ。欠席、ではないようなのだが、なかなかないことなので心配ではある。

 でも、彼女のことだ。きっと何食わぬ顔で、元気に登校して来るだろう。私は彼女を、学校で待つこととした。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「おはようございます光山さん、昨日は、大変失礼いたしましたわ」

 

 教室に入るやいなや、月野紅羽が私にそう謝罪してきた。表情も伺ったが、反省はしているような顔色ではある。

 だが問題だったのは、皆がニュースなどを見たのだろう、昨日のクライナー事件のことを認知している様子であることだ。紅羽が謝罪してくれることはいいこと、ではあるのだろうが、あまり大きな声で話したい内容ではない。

 しかし流石にクレハもそこは理解しているようだ。私にしか聞こえない程度の声量しか出していない。

 

「すぐにでも駆けつけるつもりでしたが、思いの外手続きに時間がかかりましてよ。まぁ、私たちは中学生ですので、今後もこのように揃わないことはあるでしょうし、お互い様かもしれませんわね」

 

 どうやら勘違いだったようだ。反省してなさそうである。これが来なかった側の言うことだろうか。それは、私が気を遣っていうセリフのはずなのだが。

 

「い、いいよ……。今度からは、私1人でも大丈夫になるよう、頑張るから」

 

 私はこれでも、最大限に皮肉を込めたつもりであったがー

 

「結局は片方しか行けない日の方が増えますわ。それが理想ですわね」

 

 澄ました顔でそういった。本当に、心底腹立たしい人だ。彼女のことが苦手、から嫌い、にまで進化しそうになったが、ここはもう、何も考えないことにした。

 

 これは間違いのないことだが、彼女とタッグなど、そんなもの成立するはずがない。ならば、どのみち2人揃ったところで負の感情、ウィザパワーが私たちの間に蔓延し、本来の力を発揮できないはおろか弱体化し、さらに敵を強化してしまうという最悪の事態にもなりうる。

 彼女の言っていることはその意味では正論だ。結局は、1人で戦う術を身につけるしかない。

 だが、敵は帝国、一つの国家である。1人ではいずれ限界が来ることはわかっている。いや、すでにもう限界ではないか。単身での戦闘は、いまだに初陣でしか勝利を収めていない。実に3連敗中と言ってもいいのだ。これでは1人でもーなど、強がりでしかない。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 1時間目の授業を終え、昼休みを迎えた頃に、マナミは登校してきた。具合が悪そうな顔色、というわけではないが、いつもの明るみなオーラは鳴りを潜め、どことなく機嫌の悪そうな雰囲気を醸し出していた。

 

「あ、マナミちゃん、おはよ……」

 

 声をかけた私に対し、横目で軽く視線を送り返すだけの反応を示すと、彼女はそのまま一直線にクレハの机へと向かって行った。

 

「……おはようございます、大田さん。あなたが遅刻とは珍しいですわね。体調でも悪くて?」 

 

 自らの机の前に足音を立てながらやってきて、静止した後も険しい表情で仁王立ちしているマナミの姿を見て、クレハはそう挨拶をした。 

 

「おはよう。悪いのは体調じゃないわ、機嫌の方よ」

「……私が何か?身に覚えはありませんことよ」

「……へぇ、そう。自覚がないってのなら、わからせてあげなくちゃいけないみたいね……」 

 

 私はそこで、ハッとただならぬ雰囲気を感じ取り、すぐに立ち上がり、マナミの方へと駆け寄ろうとしたが、一瞬遅かった。次の瞬間、マナミはぐっとクレハの胸ぐらを掴み上げたのだ。ガタッという音を立て、クレハの椅子が倒れる。

 

「……なんの真似ですの?」

 

 クレハは冷静だった。多少は面を食らったようだが、落ち着いた表情と口調で、自らを掴み上げた者にそう問いかける。

 

 大田愛海が、月野紅羽をつまみあげている、この異様な光景に、クラス中の視線が集まり始めた。

 

「あなた、昨日何してたの?」

 

「その話ですか、安楽加清と生徒会室にいましたわよ、その件なら朝から光山さん本人に謝っています。あなたに、このような暴力を受ける覚えはないと申し上げているのですが」

 

「生徒会?クライナーが出現したことを知っていて、そっちを選んだってわけ?」

「えぇ、そうですわ。ではお伺いしますが、何が問題ですの?私は中学生にして、次期生徒会長候補の月野紅羽ですわ。街の平和は暇な光山さんでも守れる。忙しい身である私が学校ごとを優先するのはごくごく当然のことでして、私でなくとも、多くの方はそう動くと思いますけど」 

 

 クレハは相変わらず、済ました顔でそう言った。

 

「……その結果、ヒカルちゃんは怪我をしたわけだけど、そこはどうお考え?」

 

「あら、お怪我まで負われていたのですね。お気の毒ですわ。でも、戦うのなら当然背負うリスクですし、それは光山さん本人の問題でしょう。私が来ていたら、負わなかった。その決定的保証があるのなら、このことについても重ねてお詫び申し上げますわ。それで、ありますの?」

 

「こ、この……!」

 マナミの顔は真っ赤に染めあがっていた。もう、我慢の限界が来ているかもしれない。これ以上はーまずい。私は慌てて、この2人を引き離そうとしたがー

 

「お話は終わりですか?そろそろ首が苦しいので、離していただけます?しょうがないことでしょう?みんながみんな、すぐに現場に駆けつけられるほど、暇というわけじゃないのですわ」 

 

 この一言が余計だった。その時、マナミの中で、理性が切れる音がしたような気がした。

 

「えぇ……今すぐに離しますとも……!こうやってね!!」

 

 一瞬だった。バチィンッという乾いた音が、教室中に響き渡り、その次には机が倒れる音、そして、人が床に叩きつけられる音が続いた。クレハが、マナミの手のひらによって、真横にはたき落とされたのだ。

 

「な……!ま、マナミちゃん!?何やって……!」

「く、紅羽さま!?」

 

 私はマナミの方に、そしてクレハの囲いの生徒は彼女の方にと慌てて駆け寄って行く。

 

「な、何をしますの!?これはれっきとした暴力ですわ!犯罪ですわ!あなたがこんな凶暴な人だとは知りませんでしたわ!」

 

 弾かれた左の頬を真っ赤に染めたクレハがそう叫んだ。

 

「少しはわかった!?ヒカルちゃんがどんな思いをしたのか、1人でどれだけ苦しかったか、怪我というものがどれほど痛いのか、少しはわかったのかって聞いてるのよ!この温室育ち!」

 

「お、落ち着いてマナミちゃん!暴力はダメだって!!」

 

 私は必死に彼女の体にしがみつき、どうにか彼女を制止しようとするが、今の彼女は怒りのあまり正気ではないようだ。私の声が聞こえていない。

 

 大きな騒ぎになってしまったからか、隣のクラスの生徒までもが、廊下の外からこの光景を静観している。先生たちが到着するのも時間の問題かー

 いや、今はそんなことを考えているような時ではなかった。

 

「はぁ!?別に、私が怪我をさせたわけでもあるまいし、第一あなたは第三者、全く関係ないじゃないですの!?あなたにはたかれて、さらに説教までくらう?そんなバカな話はありませんわ!……今この場で土下座すれば、クラスメートという間柄ですわ、穏便に済ませましょう。さもなくば、あなたの家族もろとも、この月野家の長女に手をあげたこと、生涯にわたり後悔させてやりますことよ!」

 

「まだわかってくれてないみたいね!私の今のビンタが犯罪というのならば、あなたのその言い分も立派な脅迫罪だわ!聞き入れるまでもないって感じよ!そんなに自分のことが最優先で大事なら、とっととプリキュアなんかやめてしまいなさいよ!」

 

 あまり、こう注目されている場面で、堂々とプリキュアという言葉を使って欲しくはないのだがー

 

「……あぁそうですか!そうですわね!こんなもの、やめてやりますわよ!私の敵はハナから安楽加清ただ1人!その彼女ではなく私が選ばれたのは事実、それだけで満足ですわ!言ってしまえば、もう必要ない力ですの!!やめてほしいのならやめますわ!」

 

 彼女は売り言葉に買い言葉の勢いでそう叫ぶと、ポケットから取り出したクリアハートを、床へと勢いよく叩きつけた。ガチャンッという乾いた音が鳴り響く。

 

「もっとも、これで私が空いている日でも、光山さんをサポートしてあげることはできなくなりましたけどね!光山さんを思うあまりのあなたの行動が、彼女をさらに苦しめているのですわ!その時になって泣きついてきても、知りませんことよ!」

 

 そう捨てセリフを吐いて、彼女は教室の外へと飛び出して行った。取り巻きたちが慌ててその背中を追っかけて行く。

 

「……ちょっと、誰か説明してくれるかしら?」

 

 たった今、クレハと入れ違いで騒ぎを聞きつけ、教室に到着した私たちの担任の教師、桑田先生がそう問いかけた。当事者以外の生徒は、全員が一体全体、何をそんなに激しく喧嘩しているのかを理解していなかったため、誰も答えられないという、一転して静かな空気となっていた。 

 

「……おもちゃの取り合いです」

 

 最初に声をあげたのは、やはりカスミだった。叩きつけられ、床に転がっていたクリアハートを拾い上げると、先生へと手渡す。

 

「お、おもちゃ?」

「そうです。私たちも中学生といえど、先日までは小学生だった身分。仕方のないことでしょう。子供っぽさがあって可愛げがあると考えます」

「……事実なの?」

 

 先生は、一応、彼女の供述に間違いがないかを確認するため、その場にいた全員に問いかけるように言った。誰も状況を理解できてはいなかったが、安楽さんがそう言っているのだからーという空気に包まれていた。全員がお互いの顔を確認しながら、徐々に頷き始める。

 

「……ではとにかく、これは没収ね。私は月野さんを追いかけるわ。みんな、もう2時間目の授業はとっくに始まっているのよ、移動教室でしょう?すぐに向かいなさい。担当の先生には後から私からも謝っておくけど、ちゃんとお詫びはするのよ」

「はーい」

 

 生徒たちはゾロゾロと移動を始める。

 

「……先生、私、職員室に行きます」

 

 その中で、そう発したのはマナミだった。正気を取り戻したのか、顔色は元に戻っており、目にはうっすらと涙を浮かべている。

 

「大田さん?どうしたの?」

「私……私……人に……暴力を……」

 彼女は身を震わせながら、頬にツーッと涙を流し始めた。

 

「……詳しいことは後で聞くわ。あなたは職員室の前に、保健室かどこかで落ち着く必要がありそうね。それと光山さん、私にはどうも、ただのおもちゃの取り合いではこうはならない気がしているの。何か知っているのなら、放課後私のところに来て。些細なことでも構わないわ。何か教えてちょうだい」

「はい……」

 

 私は小声で返事をした。またプリキュア絡みの問題であるため、多くのことを説明することは、いや、ほとんど喋ることはできないだろう。前回、桑田先生に怒られた時もそうだった。正当な理由がないわけではないのに、それを説明することは許されない。こちらとしても歯痒いし、先生としても、自らが担任を務めるクラスで今何が起こっているのか、把握することもままならないということに頭を抱える事態ともなりうる。

 いっそ、正体やここまでの経緯などを全部話すことができれば楽なのに。

 

 しかし、そこにどんな背景があったとしても、よほど正当な防衛でもない限り暴力は許されない。マナミは、その重さこそ不明だが確実に何らかの制裁は受けるだろう。暴力を振るった生徒になんのお咎めもない学校など存在しない。特にここは私立。考えたくもないが、最悪、この場を追われることだってー

 

 だが、では私はどうなのだろう。平和のため、みんなを守るためとはいえ、異世界からやって来た、命ある生き物に対して暴力を駆使して戦っているではないか。大義名分があれば、許されることなのだろうか?それならば、今回のマナミにだって理由は存在している。というよりも、この世には理由のない暴力こそ少ないのかもしれない。

 

 プリキュアとしての戦いは、あくまでも正当防衛の範疇なのだろうかー

 

 ーーーーーーーーーーーーーー

 

「クソっこの剣、取説とかないわけ!?」

 

 輝ヶ丘の街を囲む山の奥で1人、漆黒に染まった長剣の素振りをしながら、苛立っている女性の姿があった。スノウである。

 

「普通に振り回すことはできたけど、ウィザパワーを込めると途端に私の力では制御できなくなった……いや、あんな重さになったんだ、レインや、ストーム、クラウド様ですら扱えるか怪しい代物ではないか……。実戦で使えないなら意味ないじゃないの」

 

 この長剣こそ、かつてプリキュアと闇の勢力が戦ったときに使われたとされる古代兵器『エンシャント・ウエポン』の一つ、ダークブレードなのだが、どうにも手に追えていないようだ。実際、前回の戦闘ではキュアスパークを単独にするという作戦が物の見事に決まり、勝利まで後一歩というところまで追い詰めた。だが、そこで制御不能の事態に陥り、そのすきに逃げられてしまっている。作戦が完璧に遂行できていただけに、非常に悔やまれるシーンとなった。  

 

「ったく、せっかく惜しいところまで行ったってのに……!でも、今度こそ問題ないはずよ!剣に頼り切らずとも、もう一度スパークを1人にする作戦を練れば、今度こそ!やつと一対一なら勝率は10割に限りなく接近する、昨日の戦闘で確信した。いや、昨日だって引き分けとは言ったが、実質私の勝利ではなかったか!ククク、次こそおしまいだよ、プリキュア!!」

 

 自信に満ちた顔でそう叫び、長剣の刃を長い舌で舐め回す。確かに、一対一でスノウに勝つのはーーいえ、戦闘の術を有したとはいえ、ただの女子中学生が訓練されている軍事帝国の幹部に単身で勝てるはずが、そもそもないのである。やはり、2人でなくては勝てない。

 

 だが、キュアイラーレこと月野紅羽は自らクリアハートを放棄。スノウはこれから、再び作戦を練り始めるのだろうが、それは無駄な準備に終わるだろう。

 

 何をしようが、すでにプリキュアとして戦えるのはキュアスパークただ1人となっているのだから。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 そのままあっという間に放課後を迎えた。

 桑田先生には、何かを知っているのなら教えて欲しいと頼まれているが、行くべきなのだろうか。流石に学校の先生である、口から出まかせの『おもちゃの取り合い』という口実でやり過ごせるほど簡単な大人ではないはずだ。むしろ、それであの暴力沙汰の誤魔化しが効くのならば、教師として如何なものか、素質を疑うレベルの事案である。

 とはいえ、話せるようなものでもないのだから困っている。

 仮に正直に話すとしたならば、それはマナミを庇うことには繋がるだろうか。いや、そうともいかない。友達をかばうために、非現実的でわけのわからない証言をした電波系少女として余計に目をつけられるだけだ。

 

 どうしろとーーすでに私の脳みそでは処理が追いつかない事態となってしまっている。

 

「珍しく頭がフル回転している様子ね」

 

 昼休みになっても机から動かず、しかめっ面でこのことを考えていた私に対して、声をかけてきたのはカスミだった。

 

「かす…、じゃない、安楽さん……」

「考えてることは察しがつくわ。余計なことしちゃったかしら、ごめんなさいね」

「い、いや、あの時は助かったけど……。ねぇ、安楽さんは、マナミちゃんが悪いと思う?そりゃ、私だって暴力はダメだと思うし、やりすぎだったとは思うけど……」

 

「……難しいこと聞くのね。一概には言えないわ。私は『生徒会を優先し戦場に駆けつけられなかった』問題では月野さん側の意見ではあるけど、これが正しいとは言い切れないわ。少なくとも、道徳的な面では限りなくアウトに近い。あなたは怪我しているし、敵にも逃げられてますもの。その後ろめたさがあるから、私には大田さんが悪いとすることはできなくてよ」

 

 カスミはそう述べた。

 

「そっか……」

 

「光山さん、正直月野さんのこと嫌いでしょ?見ていればわかるわ。なら、あなたにとっての正義は比べるまでもなく大田さんのはず。彼女は悪くない、そう断言できるのはあなただけよ」

 

「き、嫌いというか、苦手ではあるけど……。でも、月野さんが安楽さんを超えるために色々努力してることは知ってるよ。生徒会だってその一環だし、たまたま戦士になっちゃっただけなんだから、普段通り学校優先するのもわかるの。わかるから、私には月野さんが悪いとも言えない……」

 

「お人好しなのね。まぁ、私は今後この問題には介入しないと言ったばかりだから、踏み込んだ言及は避けるけど、一つだけ聞いてもいいかしら?」

 

 カスミは私の前の机に腰をかけると、私の目を正面から見つめてきた。その眼力に押され、思わず無意識的に頷いてしまう。

 

「大田さんは、なんで暴力を振るってしまうまでに熱くなってしまったと思う?」

 

「そ、それは、月野さんの態度にムカついたからじゃー」

 

「それはそうね。でも、月野さんが迷惑をかけた対象は彼女じゃないわ。あなたよ。それなのになぜ、あそこまで熱くなったのか、手まであげたのか。どんな理由をつけようが決して許されることではないけど、その真の理由を汲み取ることができたならば、貴方がとるべき行動も自ずと見えてくるはずよ。……無関係かつ何もしていない傍観者の立場でありながら、上から目線でごめんなさいね。じゃあ」

 

 それだけ言った後、カスミは教室から出て行った。

 

「真の理由……?暴力まで振るってしまった真の理由……そっか!それなら!」

 

 ガタッという音を立て、勢いよく立ち上がった私は、そのまま駆け足で職員室へと足を動かした。

 クレハが到着しなかったことで私とともに窮地に立たされ、怖い思いをした、理由としては確かにそれもあるだろうが、カスミの言う真の理由がこれを指しているわけではないのは流石の私にもわかっている。

 

 要は、人として、友達として、親友として、私を危険に追い込んだクレハが許せなかったのではないのだろうか。人に対して直接文句を言うなどということができない私を守って、私の代わりに怒りをぶつけてくれたのではないのだろうか。もちろん、やりすぎだが。

 

 私のために、彼女はあそこまでしてしまったのだ。なのに、どうして私がここで彼女を見捨てるかのように何もしないなどという選択肢が取れるだろう。取れるわけがない。先生に対して私なんかが上手く説明できるかどうかは不安だが、今度は私が矢面に立って彼女を守らなければいけない。

 

 世界や街の平和を守ることだけが戦士の役目ではない。親友一人救えない人間に何が守れるというのだ。ない頭を最大限に使って、説明するしかないだろう。

 不幸中の幸いか、記憶がすり替えられていないために、先生たちもクライナー騒動のことを認知しているはずだ。少しは話も早くなるだろう。そして、近日のうちにあのクライナーを倒せば、そこで説明した情報も記憶から消えるはずだ。

 そう考えれば、そこまで難易度の高い話ではない。もっとも、あのクライナーを1人で倒せる自信はないのだがー

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

「さーて、準備は整ったね!事は早急に済ませるよ!クライナー!!」

『クライナァァァァァァ!!』

 

 ビジョンが定まったのだろう。スノウは、昨日猛威をふるった、ハートマークのような身体を分厚い氷で覆う大型のクライナーを呼び出した。

 

「スパーク1人を狙う作戦に変更はないけど、最初から最後まで優位に立つためにも、あのお友達も一緒におびき出したいところね。お前がプリキュアを攻め、私があの小娘にちょっかいを出す。そうすれば、奴は必ずそいつを庇って隙が生まれる。ククク、完璧ね」

 

 ニヤリと笑みを浮かべるスノウ。そのまま右腕を、クライナーに対して合図を送るかのように動かした。それを受けて、氷の塊のような大きな怪物が、学校へ向けて飛び出して行った。

 

「さぁ、今日も楽しませておくれよ、キュアスパーク!!」

 

 そう叫ぶと、彼女も後を追うように地面を蹴り上げ、空中へと躍り出た。

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

「来てくれたのね、光山さん」

 

 私が職員室を訪れると、すぐに桑田先生が出迎えてくれた。マナミはというと、職員室奥の応接間のような空間のソファに腰をかけているのが、この出入り口からも見て取れた。

 

「……うまく説明できるかはわからないけど、でも、私の話を聞いてください!」

 

「話してくれる気になってもらえたのね。嬉しいわ。そういえば、前にも光山さんや安楽さん、大田さんが私たちに無断で外出したこともあったわよね。その時は話してくれなかったけど、これと関係があることなの?」

 

「……はい。あの時はすみませんでした……」

 

「いいのよ。中学生は誰にだって、大人に話したくないことの一つや二つはあるの。デリケートな話かもしれないじゃない、だから、私たち大人も深く詮索はできないのよ。でも、あなたたちはまだ子どもなの。大きな問題になりそうなら、子どもだけで抱え込まないで。私じゃなくてもいい、信頼できる大人に話してちょうだい。……今日は私に話そうと思ってくれてありがとう。先生じゃ力になれないかもしれない。でも、先生にも、大田さんがなんの理由もなしに暴力を振るうような子には見えないのよね」

 

 桑田先生は、ゆっくりと穏やかな口調でそう述べた。その優しい声色を聞いて私は安心していた。この先生になら、あるいは話せるかもしれない。

 

「……先生、これから話すことを、笑わないで、ばかにしないで真面目に聞いていただけますか?おかしな子だと思われるかもしれません、それでも聞いてもらえますか?」

 

 これが最終確認だった。恐る恐る、そう切り出してみる。

 

「当たり前じゃない。どこの世界に生徒の話を真面目に聞かない先生がいるの」

 

 先生は少ししゃがんで私に目線を合わせながら、変わらない優しい表情でそう言った。

 

「立ち話じゃあれでしょ?大田さんの隣に座ってあげて。そこで聞くわ」

 

「わかりました。失礼します」

 

 指示通り、マナミの隣に腰をかけ、そこでかくかくしかじかの事情を説明した。怪物が現れた、そのニュースはやはり認知されていたため、クライナーのことについては話が早かった。

 もっとも、私たちが戦ったわけではなく、あくまで襲われた被害者だったこと、襲われた際にクレハたちと喧嘩し、そのゴタゴタが今日の騒動につながった、という風に辻褄が合うように虚偽も含めたが。

 もっとも話さなければならない部分である、「マナミはクレハが私を危険な目に遭わせたことに対して怒っている」ということはもちろん伝えた。

 

 そういえば、前回レインが襲撃したときも、最初の戦闘でクライナーを仕留め損ねたため『未確認生物』の記憶が改変されていなかったか。その際の記憶は後に上書きされたとはいえ、これが続くとやはり何か異常が出て来てもおかしくはないだろう。クライナーは確実に倒さなくてはー

 

「なるほどね……そんな怖い思いをしたわけね……。……重ねて質問してもいいかしら?じゃあ、これは何?」

 

 先生は、カスミから受け取っていたクリアハートをポケットから取り出し、テーブルに静かに置くことで私たちに提示した。さて、これはどう言い逃れようかー

 

「えーっと……まぁ、安楽さんの言ってた通りです。これはただのおもちゃでして、昨日もこれを巡ってちょっとした喧嘩になって……。今日の喧嘩でも、ヒートアップしちゃってこれの話もついでに出て来てしまったというか……」

 

 苦しいが、間違ってはいない。

 

「……まぁ、おかげでなんとなーくの事情はわかったわ。話してくれてありがとう。今日はもういいわ、時間取らせてごめんなさい。大田さんも、そんなに自分を責めないで。あなたが一方的に悪いわけじゃないし、誰だって過ちの一つや二つはあるものなの」

 

「でも……」

 

「確かにいけないことをした。それは事実かもしれない。だけど、それは光山さんを想ってのこと、だったんでしょう?」

 

「……はい」

「それに、ちゃんと月野さんに対しても申し訳ない、と想う心があるじゃない。あなたは優しい子だわ。だからこそ、その優しさを別の、いいことで表現できるようになればいい。それだけのことよ。反省も大事だけど、それを活かすことの方が大切だわ」

 

 先生は相も変わらない穏やかな表情で、マナミをそう励ました。

 

「……わかりました」

 

「さぁ、帰るわよ。遅くなっちゃったわ」

 

 先生がそう言って、立ち上がった時だった。遠くから、聞き覚えのある遠吠えが聞こえて来たのは。

 

『クライナァァァァァァ!!!!』

 

「何、何の音かしら?」

 

「……先生、また勝手なことをすることを許してください」

 

 私はそう言うと、テーブルの上に置かれていた、クレハが所持していた方のクリアハートを掴み取り、マナミへと投げ渡した。

 

「光山さん!?何をー?」

 

「マナミちゃん行くよ!」

 

 先生はキョトンとした顔をしていた。あまりに突然、私がこのような行動に出たことにわけがわからない、と言った心境だろう。だが、クライナーさえ倒せば、先生のこれに関する記憶は消去されるのだ。今は何を思われても、どれだけ怒られても構わない。まずは、確実に倒し、街を守り、そしてマナミを守らなければならない。

 

「で、でも私が付いて行っても仕方がないよ……」

 

 クリアハートをキャッチしたマナミだったが、いつになく弱気だ。

 

「何言ってるの!……ほら、私弱虫だから!マナミちゃんいないと戦えないから!とにかく行くよ!」

 

 私は彼女の腕を無理やり引っ張ると、そのまま職員室を飛び出した。

 

「ちょっと、光山さん!?」

 

 先生も慌てて私たちの後を追おうと足を動かさんとしたが、それを他の先生の一言が制止させた。

 

「桑田先生!まだ学校に残っている生徒がいるかもしれない!避難のアナウンスと準備をしますよ!」

「し、しかしあの子達が……」

「率先して避難しただけでしょう!大丈夫です!早く他の生徒も!」

 

 この隙にかなり距離が開いてしまっていた。

 桑田先生には大変申し訳ないことをしてしまった。反省文はいくらでも書くし、掃除だって宿題だって後から人一倍こなしてもいい。それだけで許されることではないかもしれないが、これが生徒である私にできる最大限の償いだろう。

 

 だが、戦士としての償いも別にある。クライナーを確実に倒し、平和を守り切る、これこそが「それ」にあたるはずだ。

 

 この一連の事の発端は、誰のせいかと問われれば駆けつけなかったクレハーもそうかもしれないが、何より戦士として目の前の友人すら満足に救えなかったこの私のせいなのだ。同じ失敗を二度繰り返す、それは嫌だ。

 

 私がこの手で、全てを解決してみせる。きっと大丈夫だ。それだけの強い意志があれば、キサトエナジーだって無限に湧いてくる。とにかく、私たちは先を急いだ。

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 街では、すでにクライナーが好き放題に暴れていた。学校からも走って5分も経たずに現場に到着してしまったくらいには、住宅地や学校が近い。早く止めなければー

 

「来たねプリキュア!!今度こそ、逃がしはしないよ!!」

 

 スノウの声だ。どこにいるのかはわからないが、確かにはっきりと聞こえる。

 

「またあなたが……でも、もう負けないし逃げない!!」

 

「ふん、まだその手の傷、癒えていないのだろう?ただでさえ逃げ出した身分のくせに手負い、そんな小娘に何ができる!?まぁ、せいぜい楽しませておくれよ!!」

 

 そう叫びながら、奴は吹雪とともに姿を現した。クライナーの頭の上に飛び乗り、私たちを不敵に笑いながら見下ろしている。

 

「……ラエちゃん、いる?」

 

 私は小声で囁いた。

「だから、ラエちゃんって呼ぶのやめるラエ……。いるラエよ」

 

 私のささやきに反応し、妖精がポケットから頭を出した。実は、ここにきてようやくの今回初セリフでもある。

 

「マナミちゃんをお願い。それと、レティちゃんも呼んどいて」

「……レティツを召喚したところで、金持ちはもう来ないラエ……」

「いいの。確か、あなたたち妖精にもクリアハートの力、ほんの少しは使えたはずでしょ?フリーのクリアハートもここにある。あなたたち2人で、いえ、2匹でマナミちゃんを守って。私1人じゃカバーしきれないから、お願い!」

 

「……まぁ、そういうことなら。でも、僕たちじゃ限界があるラエ。ヒカル、酷なこと言うラエが、それでも君の守備しなくちゃいけない範囲は広い。かつ攻撃もしないと、防戦一方では一行に勝ち目もない。やれるラエか?」

 

「わからない。でも、やれるやれない、じゃないよね。やらなきゃ。任せて。もう、プリキュアは私しかいないんだもん。私1人でもやれるってところ、見せてあげるから。プリキュア!!エキサイティングフィーバー!!」

 

 クリアハートを握りしめ、私はそうを叫んだ。

 これを合図に、私の身体が、そしてそれを纏う衣服が大きく変化していく。衣装は黄色いフリフリのド派手なもの。髪の毛については、色はそのままだが毛量が倍以上に増加。おまけに何も手を加えていないのに、勝手に髪型がツインテールになっている。

 

 これがプリキュアとしての私、キュアスパークの姿だ。

 

『弾ける心!キュアスパーク!!』

 

 ビシッとポーズを決めつつ、スノウたちをキッと睨みつける。

 

「作戦は固まったかい?じゃあ、来な!!」

 

 スノウは挑発するように、手首をクイッと捻らせ、手招きのような仕草を見せる。

 

『言われなくても!!はぁぁぁぁぁ!!』

 

 私は両拳、そして両足の先にキサトエナジーの黄色い鎧を纏い、コンクリートの地面を思い切り蹴り上げ、敵の待つ方へと飛び出した。私の後方で、今の今まで道路だったはずの小さな破片が舞っている。

 

『クライナァァァァァァァ!!』

 

 クライナーはその大きな拳を振りかざし、私を迎え撃たんとしている。望むところだ。

『プリキュア!スパークパンチ!!』

 

 怪物と戦士の繰り出した拳同士が宙でぶつかった。直下の地面を抉り取るほどの衝撃波を生み出したが、当の1人と1体は均衡している。どちらも譲らず、5秒ほどその場でせめぎ合う。

 

『はぁぁぁぁぁぁぁ!ダァッ!』

 

 だが、最後に押し込んだのは私だった。拳にさらにキサトエナジーを流し込み、瞬間的に火力をあげたのだ。腕を思い切り押し切られ、後ろへと仰け反り、姿勢を崩したクライナーに、さらに攻撃を仕掛ける。

 

『プリキュア!トリプルアクセルかかと落とし!』

 

 そのまま宙で、フィギュアスケーターのごとく体を3回ほど回転させると、そのまま勢いのついたキックを、怪物の腹へと叩き込む。

 

 奴を纏っていた氷が、全てではないが砕けた。蹴られた箇所を中心に、蜘蛛の巣状にヒビが入っている。さらに、吹き飛ばされたことで思い切り背中から地面に叩きつけられ、その箇所の対角線上の氷も砕け散った。しかし、やはり分厚いので、まだまだ中身にダイレクトアタックできるような状態ではない。

 

 だが、間違いなくダメージは受けている。その分体重もあるので、思い切り叩きつけられればそれなりの衝撃があるようだ。

 

「さすがに体術は強いねキュアスパーク。恐ろしい火力だ。あれだけの敗戦を喫した相手との戦いだというのに、これほどまでのキサトエナジーを保てるとはな。心底、感心するよ。お前ほどプリキュアというシステムにベストマッチできる人材はそうはいない。本当、面倒なやつにクリアハートが『渡ってしまった』な」

 

 スノウはクライナーから飛び降り、安全な場所で静止しながらそう言った。

 

『それはどうも!でも、あなたに褒められても嬉しくないよ!』

 

「そうかい。でも、その両手、やはりプリキュアの肉体でも、傷の影響があるか。常にキサトエナジーの鎧を纏わなければ、マトモに振るうこともできないか?」

 

 私の拳を指差し、詮索するかのように問いかけてくる。

 

『どうだろうね』

 

「……まぁなんでもいいさ。ただ、忠告しとくよ。そのように、常にエナジーを可視化できるほどに消費していれば、消耗も格段に早くなる。さぁ、とっとと私たちを倒さないと、また苦しくなるよ」

『心配してくれてありがとう!でも、敵に心配されなきゃいけないほどじゃないよ!』

 

「あーそう。ま、いくらお前の体術が強烈でも、何か新しい戦術でも考えてない限り、昨日の二の舞さ。そもそも、プリキュアは2人揃って初めて真価を発揮する存在。キュアイラーレが加入する前に、私がお前をー」

 

『大丈夫だよ。イラーレはもういないから』

 

「……なに?どういうことだ?」

 

 思いがけぬ返答に、少し困惑したのか、スノウは隙を見せた。

 

『プリキュア!スパークショット!!』
 

 それを逃すわけにはいかない。私はキサトエナジーを電撃のように変化させ、敵にぶつける技を披露した。ツインテールの両端から発射されているため、二方向に別れている。格闘技のようなものが多い私にとっては、貴重な中距離攻撃技だ。

 

 黄色に着色された電撃攻撃が、二手に別れてスノウとクライナーを襲う。

 

「チッ、こんなこともできたか!」

 

 だがスノウはこれをジャンプして避けた。彼女への命中は敵わなかったがー

 

『クライナァァ!!』

 

 奴は直撃を被ったようだ。それに、先ほどの一連の肉弾攻撃よりも手応えがある。分厚い氷に覆われているとはいえ、電撃はそこに隠れている本体にもなんらかのダメージが通るようである。 

 

「そういや、レインのデータには中距離攻撃もある、とか書いてあったかな。だが、データにあった技とは違い、髪から出てきやがった……。複数パターンあるのか?確かに、とんでもない量のキサトエナジーを抱えているからな、力任せの体術も、量にモノを言わせた電撃も可能ってわけか。……戦術を度外視した無鉄砲型だから助かってる部分があるが、こいつに戦闘脳があったらと思うと寒気がする。……プリキュアはキサトエナジーで成り立つ存在。そのエナジーを底なしに生み出せるガキか……。末恐ろしい小娘だよ、ここで芽を摘んでおかなければ、いずれクラウド様をも脅かす脅威に……」

 

 スノウはこの攻撃を見て、早口にブツブツと独り言を唱えた。

 

「だが、新たなデータもある。何、ただの力任せのばかだ。昨日と同じことをするだけで、勝手に自滅してくれる!はっ!」

 

 何かを決心したのか、宙に浮いたまま右腕を空にかざし、どこからともなく現れた『ダークブレード』を手にとると、まるで空を蹴るかのような動作でマナミめがけて急降下を始めた。

 

「うわっ!こっちくるラエ!」

「は、早い!避けれないよ……」

 

『マナミちゃん!?あんな速度で突っ込まれたら、ラエちゃんの扱うクリアハートの力じゃ防げない……私がいかなきゃ!』

 

 私も、スノウから親友を守るべく、全速力で迎撃に向かう。

 

「かかったね!クライナー!!」

 

 しかしスノウはとっさに動作を止め、その場に静止してしまった。それを見て驚き、僅かに速度を緩めた私の前に、クライナーが立ちはだかる。奴にはハナからマナミらを攻撃する意思はなく、ただ私に隙が生まれるのを伺う魂胆しかなかったようだ。

 

『しまっー!?』

 

「まずい!スパーク!避けるラエ!」

 

 わずかに速度を緩めたとはいえども、その前まで最高速度に近いスピードで移動していたのだ。避けろと言われて避けることも、止まれと言われて止まることもできない。

 

 次の瞬間 ガギンッ という鈍い音を立て、私は氷の塊のようなクライナーに衝突し、一気によろけてしまう。

 

「隙あり!!トドメだ!!」

 

 動けない私めがけて、今度は本命の攻撃を仕掛けてきた。クライナーごと斬りつけるつもりなのだろう。スノウは黒いオーラをまとったツルギ、ダークブレードを思い切り振りかざしている。このままではー

 

「そ、そんな、また私を庇ったせいで、ひかるちゃんが……」

 

 マナミはいまにも泣き出しそうな顔をしている。

 

 そうだ「また」なのだ。これではそれこそ昨日の二の舞。ハイライトを見ている気分になる程、そっくりそのままの展開でまた敗れようとしている。無理やりマナミを連れてきたのがまずかったのだろうか。連れてこなければ違う展開にもー

 

 否、そうではない。もうすでに、昨日とは違う要素が揃っている。私はまだ、最後の秘策を残している。もっとも、かつて一度失敗したものになるのだが、可能性が0ではないはずだ。その秘策のために、彼女を連れてきたと言っても過言じゃない。

 

 僅かでも光があるのなら、望みは捨てられない。そもそも、プリキュアとはスノウの言う通り、キサトエナジーで成り立つ存在だ。希望を捨てる=負けなのだ。

 

「嫌だ……もう、私のせいで傷を負うひかるちゃんは……悔しい思いをするひかるちゃんは……見たくない!私に力があればー」

 

 その時、もう一つのクリアハートが輝きを放ち始めた。それだけではない。スノウめがけて、光弾のようなものを一発だが、発射したのである。

 

「何!?くそっ!」

 

 緊急回避のため、彼女は地面に不時着する。おかげで、斬撃は免れたがー

 

「妖精さんが、やったの?今の?」

 

 マナミは突然のことに驚き、きょとんとした顔をしている。

 

「ち、違う、君のキサトエナジーに共鳴したんだラエ……でもなんで……君はあの時、クリアハートには選ばれなかったはず……」

 

『違うよ。あの時選ばれなかったのは、多分マナミちゃんが100%純粋なキサトエナジーを持っていなかったから、だと私は思う。いや、よくわかんないけど、勘がそう言ってるの。あの時のマナミちゃんは、安楽さんに対して僅かだけど負の感情があった。そうじゃない?』

 

「……よく覚えてないけど、多少なりとも、自分だけ離れようとする安楽さんに何かを思っていたーかもしれない……」

 

『でしょ。そしてイラーレに変身した時の月野さんは負の感情のない、安楽さんの先を越したいという正の感情が占めていた。だからそれが結果的にキサトエナジーとなって、クリアハートと共鳴できた。ラエちゃん、違うかな?』

 

「……お、お前にしては理屈が通ってるラエ。伊達にプリキュアじゃないラエ、戦闘を重ねることで、本能がキサトエナジーについて理解しているみたいラエ。けど、こんなことってあるラエか?本人は放棄したとはいえ、このクリアハートは金持ちのモノのはず。なら、その力を使いこなせる『プリキュア』になれるのは、金持ちだけのはずだがー」

 

 ラエティは困惑している様子だ。

 

『やってみなくちゃわかんないよ。だって、さっきの攻撃も、マナミちゃんのキサトエナジーがやったって言っても正解なんだし!マナミちゃん、一緒に戦ってくれる?やっぱり私、弱虫だから、マナミちゃんがいないとダメみたい!』

 

 私はそう言って、強い光を放ち続けているもう一つのクリアハートを、マナミに手渡した。

 

「……私でも、できるのかな……」

 

『もう!マナミちゃんってば、迷ったらダメだよ!だって、マナミちゃんは私なんかよりとっても凄くて強い人なんだから!私にできることができないわけないじゃん!』

 

「……そう、だね。ごめん、ちょっと自分を見失ってたかも。でも、そうだね。私がいなくちゃ、ひかるちゃん、ダメだもんね。私が、ちゃんと見ておかなくちゃ、危なっかしいもんね!」

 

 マナミの表情が打って変わった。もう、しょげている彼女ではない。たまに私を小馬鹿にしてはニヤニヤと笑う、イラつくことはあるけど大切な親友、私の知っている大田愛海の顔をしていた。

 

「……いいキサトエナジーラエ。文句なしラエね。悪いけど、今は君にしか託せない。2人で、スノウを倒してくれ、ラエ!」

 

「わかった!えーっと、なんだったっけ?プリキュア、エキサイティングフィーバー?かな?」 

 

 その瞬間、クリアハートの輝きが、マナミの身体を飲み込んだ。成功だ。記念すべき初変身の掛け声が疑問形だったのが残念ではあるがー

 

 彼女の身体を繭のように包んでいた光が姿を消した時、そこには、ハワイアンブルーに染まった、ボリュームのあるポニーテール、髪と同じ色を基調とした、清らかな印象を与える色彩の装束に身を包んだ戦士直立していた。

 マナミのプリキュアとしての姿のようだ。

 

『高鳴る心!キュアパンプ!!』

 

 キュアイラーレを生み出したはずのクリアハートから新たに生まれたのは、全く別の戦士、キュアパンプであった。

 

「……あの人間は不適合者だった……レインのデータにはそうあったはずだ!クリアハートの力は人を渡るのは確か。現に、遥か昔の伝説の存在だったプリキュアの力を、この小娘が継承しているのだから間違いない。が、それでも、人にわたるのは、そのプリキュアの継承者の役目が満了した時、または継承者が資格を失った時、もしくは命を落とした時であるというのがクラウド様の解釈だったはず!イラーレという正当後継者がいるのに、どういうわけだ!?」

 

 月野紅羽が力を放棄したことを知らないスノウは、ただただ困惑している。

 

 いや、全く違うプリキュアが爆誕したのだ。もしかすると、月野紅羽がまだクリアハートの所有者であったとしても、同じことがありえたかもしれない。

 

 一層にこの装置の、このエンシャント・ウエポンに対しての疑問ばかりが浮くことにもなるが、秘策はハマった。今やらなきゃいけないのは、クリアハートの謎解きではない。

 

 2人揃ったプリキュアの力で、敵を退けることだ。

 

『言ってたよね。プリキュアは2人揃って初めて真価を発揮するって。ちなみに、前2人揃った時は、レインってやつもあっという間に負けちゃったっけ?』

 

 パンプが挑発するかのようにニヤリと笑った。すっかり元の調子である。変身者の心臓ともなるクリアハートが彼女のキサトエナジーを高めているのだろう。だから、余計に自信満々になるものなのである。

 

「私とレインを一緒にするな!きやがれ!このダークブレードでー」

 

『プリキュア!スプラッシュフィールド!!』

 

 スノウにセリフを最後まで言わせる隙すら与えず、パンプはその身から放つキサトエナジーを水へと変化させ、あたり一面を水浸しとした。

 

「ちょ、調子が狂うな、青いプリキュアめ、スパークとは違う面倒臭さだ。だが、こんな水でどうする?レインの方がまだマシな水攻撃をするぞ?」

 

 スノウも挑発するようにニタニタと笑った。この2人、もしかしたら似ているのかもしれない。 

 

『何回も言わせないでよ。2人で真価を発揮するんでしょ?あなたが言ったことだよ?……スパーク、あとはお願い』

 

『任せて!プリキュア!スパークショット!!』

 

 先ほど仕掛けたのと同じ電撃攻撃だ。だが、少し違う。今度は敵にではなく、地面に向けてはなった。その攻撃範囲は先ほどとは比べものになるはずもなく、パンプのばら撒いた、キサトエナジーの水を伝い、徐々に火力とレンジを上昇させて行く。

 

「ま、まずい、くそっ!」

 

 スノウの逃げ足の早さには感心する。とっさに近くのビルの屋上へと避難した。だが、巨体であるクライナーには、そんな身軽さがあるはずはなくー

 

『クライナァァァァァァ!!』


 バチチチチッという耳を劈く音を立てながら、奴は電撃の被害者とかした。もうすっかり、動けなくなってしまっている。

 

『あとはトドメね。スパーク、エナジーを合わせるわよ』

『オッケー!!』

 

 私たちは手をつなぎ合わせ、互いの残る全てのエナジーをその手へと込めて行く。

 

『プリキュア!!スパークパンプエキサイト!!』

 

 繋いだ手から解き放たれた虹色の光線が、クライナーを包み込んだ。

 

『……タノ……シィ……ナァ……』

 そう呟きながら、怪物は消え去った。

 

「チッ、しかしこれは想定外の事態。すぐにクラウド様に報告せねば。くそ、一体、どうなっていやがる!?」

 

 スノウは捨て台詞を残し、再び起こした吹雪とともに消え去って行った。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「しかし、謎が残るだけ、ラエね」

 

 その30分ほどあとだった。私とマナミ、そしてラエティと、戦いが終わった後に到着したレティツが私の部屋に集っていた。

 クライナーが倒されたことで、街は元に戻り、記憶改竄も完了したようだった。もう、先生たちも忘れてしまっていることだろう。

 

「それで、結局私のパートナーはマナミってことになるレティ?」

 

 レティツがそう訊ねる。

 

「一概にそうとも言えないラエ……。この状況をみるに、プリキュアの資格を満たすものならば、誰でも使用可能、という可能性も……」

 

「クリアハートは二つしかないから、同時に存在できるプリキュアは2人だけ。でも、不特定多数、多パターンのプリキュアが出現する可能性になっても不思議ではない、ってことかしら」

 

 マナミはそのような仮説を立てた。

 

「まぁ、そうなるとしか言えんラエ。けど、伝説にそんな話は残されていないはず。それなら、はるか昔にも複数のプリキュアが存在しているはずラ……あ、そんな記述、あったラエ。プリキュアは複数の姿があるって、王様言ってたラエ。それってまさか……」

 

「そうなるレティ……」

 

「しかしそれが知られれば、今はプリキュアの存在をなんとか隠せているけど、もし一般認知などされようものなら、人間同士でのクリアハートの奪い合いになるかもしれんラエ。敵はクラウドだけだと思ってたけど、そうなるとまずい。やはり他言厳禁、クライナーは素早く倒し記憶を残してはいけないラエね」

 

 ラエティは改めて、正体バレが招くであろう懸念を述べた。

 

「でも、もう月野さんと安楽さんには知られてるわけだし……。特に安楽さんは、それを知ったら間違いなく、力を欲しがるよ。プリキュアは2人揃ったからもういい、みたいなこと言ってたけど、可能性があるってことになるし。それに、安楽さんが動き出したら、絶対に月野さんも動く、これを取り返しに来るかも」

 

 私はそう言った。十分に考えうる事態である。

 

「その通りラエ。だから隠さなくちゃいけない」

「でもどうするの?私がキュアパンプに変身するところ見られたら、口で言わずとも、その事実を認めているようなことになるわ」

「……むむぅ、頭がいたいラエ……」

 

「でも戦力としてみれば、いろんなプリキュアがいた方が有利レティ。敵に合わせて送り込めるレティよ」

 

「そりゃそうだけど、かと言って増やしすぎると、人間界で内乱起こるラエ。欲しがるのは女子中学生だけじゃない。各国の政府が軍事兵器として手に入れようとする懸念もある。この人間界が滅ぶことにつながるかもしれんラエよ。なら、やはり増やせない。それに、有力とは言えあくまで仮説。クリアハートはまだ、王ですら全てを把握できていないほど未知の機械なんだから……」

 

 私の部屋は静まり返ってしまった。

 

 なんだか、大きな話になりつつある気がする。果たして、これからどのような事態が待ち受けているのだろうかー

 

             

                                             続く

 


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