でも、どんなに強力な味方がいてくれても、ことは「敵をやっつければいい」だけではないというか、そんなに単純じゃないみたいでー
とにかく、古代兵器を集めないと!でも、それってどう探せばいいのかな?
そんな矢先、月野さんがたまたま、それらしきものを拾ってしまってー?
第9話「レイン再び!動き始めた古代兵器!!」
第9話「レイン再び!動き始めた古代兵器!!」
「光山さん、そういうことだから、これ、お願いできるかしら?」
教室で私の席の前に現れ、無表情で書類を突きつけてきたのはカスミだった。
3人で共闘を誓い合うようなことをしてから3日後のことである。
渡されたA4のプリントには、1番上に小さく『生徒会選挙立候補者応援演説原稿』の文字が入っており、残りの部分は白紙だ。ホッチキスで、合計3枚がまとめられているがー
「いやいやいやいや、どういうこと!?これ私がやるの!?」
「そうよ」
カスミは表情を変えず、短く返答する。
「さっきも言ったじゃない。選挙当日には、立候補者である私と、私の応援者による演説が必要なのよ。だから、そういうことだからお願いできるかしら?と」
「それはわかったけど、私には任せないほうがいいんじゃ……」
この街、輝ヶ丘の神童と謳われ、将来を約束されているような存在、安楽加清の応援演説を、マナミ曰く天然のアホとのこと、この私光山ヒカルが務めるなど、荷が重すぎる気はするが。
「大丈夫よ、当たり障りのないことを2分くらい喋ってくれればそれで。応援者の演説なんて、カラオケの採点の加点要素みたいなものよ。大した影響はないわ」
例えはよくわからないが、カスミもカラオケという、普通の女子中学生の遊びの経験があるということだけは伝わった。にしても、依頼を持ち出した側の吐くセリフとしては不適切な表現でもあるが。
「でもなんで私?もっと賢そうな人に頼んだほうが説得力も出るよ!いくらそこまでの加点じゃないとはいっても、それが0か10かでも大事なんじゃない?」
「それはごもっともね。……あなた、失礼だけど、頭が良くなさそうに見えても、たまに鋭いところとかはあるわよね。まぁ、そういうところも幼い頃から知ってはいるから。根がしっかりしている、というか、ただの天然ではない、というか」
殺し文句だろうか。カスミの口から、私への褒め言葉が出てくるこの光景が珍しすぎて、私は思わずポカーンと、間抜けにも口を開けてしまった。
「まぁ、あとはその……これはあんまり、プライド的には言いたくないことだけど……」
カスミが髪の毛先を指でくるくると弄りながら、少し言いにくそうに語尾を弱めた。私は、これ以上の褒め言葉が出てくるのか、と身を乗り出し、ワクワクしながら次の言葉を待ったがー
「私、単純に友達いないのよね。昔からの知り合いで、今もなんだかんだ、諸事情でまた繋がりができてしまったの、光山さんくらいしかいないのよ」
なるほど。
「あ、あー……そういうことね……」
カスミとは幼馴染ではある。幼稚園の頃はよく一緒に遊んでいた覚えがあるが、それも最初の2年間の話だ。徐々に彼女は様々な習い事や両親による教育を受け始めることで私のような者とは接点がなくなり始めた。
輝ヶ丘は、ある意味で閉鎖的な街だ。一部全国チェーンの進学塾がある以外は、私立輝ヶ丘大学の学校法人管轄下の教育機関しかない。故に、小学校6年間でもたまに同じクラスになる、などのことはあったが、やはり接点は少なかった。
昔は互いにヒカルさん、カスミちゃんと下の名で呼び合っていたのに、今では苗字にさん付けである。だいぶ距離ができてしまった。もっとも、プリキュアという他にはない、特殊な共通点ができてしまったがために、ここ近日で再び接点が生まれ、急速的に距離が縮まってはいるが。
「まぁ……嫌ってわけじゃなくて、単になんで私なんだろうな〜と思っただけだし!やろうかな!応援演説!」
「それは助かるわ。光山さんに借りを作ってしまったわね」
「そんな、借りとか貸しとか関係ないよ!……あとさ、せっかくだし、苗字呼びやめない?なんか余所余所しいし、昔みたいにさー」
「私の呼び方は好きにしていいけど、私はあなたを光山さんとしか呼ばないわよ」
私の提案は秒で突き返されてしまった。
「そんなぁ……」
「あなたは大切なクラスメイトだし、プリキュアとしては先輩よ。でも、あまり人と友達などという、そういう関係になりたくないのよ。知り合いは生きて行く上で必要だから多く欲しいし、人脈が広ければ広いほうが有利なのは事実。だからあなたみたいな知り合いを増やしたいけど。でも私はいずれ国の、ひいては世界のトップに立たなければならない存在。トップは下を平等に扱わないといけないの。今の内から、人間関係の中で慣れていかないと」
これも、そう教育されてきたのか、それとも自身で考えたやり方なのか。わからないが、そう言われては、私から言えることは何もない。
「そっか……わかった!変なこと言ってごめんね」
「いえ、あなたは何も悪くなくてよ。……じゃあ、このプリント3枚分の原稿を、来週までに生徒会室か、私に直接手渡しでもいいわ。提出してちょうだい」
「おっけーおっけー、来週までに3枚……来週!?3枚!?」
「では、よろしく頼んだわよ」
顔が青ざめていく私をよそに、彼女は自らの席へと戻って行った。
ーーーーーーーーーーーー
ここは異世界、今や強大な影響力を持つ大国となったカバークラウダーの植民地となった各国をめぐり、エンシャントウエポンの調査と捜索に向かっていたのはレイン将軍だった。
プリキュアに、キュアスパークに2連敗して以降、将軍という肩書きでありながら前線から離れ、自らが率いた軍により強奪した土地を、自らの目と足で探し物をする、という屈辱的な仕事を回されてはいたが、しかしそれも自らの失態が招いたこと。それをしっかり理解していたレインは腐らず、任務をこなしていたようだ。
「ついに見つけたぜ!!闇のエンシャントウエポン!『ダークレイニードル』!俺様にもってこいの代物だぜぇ……」
そんな彼だったが、今日は喜びの声をあげていた。探していたものが見つかったようだ。何やら、指輪のようなアイテムである。これが、『兵器』なのだろうか。
レインはこれを利き腕である右の親指に装着すると、その能力を試してみることにした。
その指を狙った場所、遠くにあった小さな岩に向け、指先に力を込める。
「はっ!!」
すると、指輪の先に黒いエネルギーの塊が生まれ、そこからガトリング砲のように、黒い小さな針のようなエネルギー弾が、まるで雨の如く発射され、次々に岩に突き刺さった。岩は大きな爆発を起こすことはなかったが、無数の小さな弾丸を喰らい、ものの数秒で粉々になってしまう。
「十分だな。所有者のウィザパワーを、弾丸の雨として降らせる指輪。これでプリキュアを倒し、前線に堂々と復帰してやるぜぇ……」
レインは空を見上げ、遠くを睨んだ。
「スノウからはサンダーが人間界に飛んだとのことを聞いたが、あいつは邪道。軍人の片隅にも置けぬ。確かに強いが、軍のトップはこの俺様、レイン将軍だ。秘密兵器として色々な場所に配属されていたが、問題ばかり起こしやがって。挙句クラウド様から直々に謹慎の命を受けるとは、殺されなかっただけありがたく思いやがれ」
レインも、サンダーについてはスノウと同じく、よくは思っていないようだ。
「奴の非道なやり方のせいで、我が軍は『極悪』『残虐』などの汚名がついてしまってるんだ!我らがカバークラウダー軍はあくまで、この異世界を!クラウド様の素晴らしいご指導のもとで統一させようと努めているだけなのに、だ!クラウド様はこの世界に秩序と道を示すいわば現人神のような存在であられる!そのクラウド様を侵略者かのように扱う連中がいるのも、大体はサンダーの無関係な非戦闘員への繰り返される大量殺戮のせいだ!」
今この場には彼しかいなく、誰も聞いてはいないのだが、このように声を荒げた。相当嫌っているのだろう。
「……奴はクラウド様に不幸をもたらす存在。プリキュアを倒した後は、俺が始末してやる」
レインはニヤリと笑うと、黒いゲートを開き、人間界へと移動した。
ーーーーーーーーーーーー
「今、レインが人間界に移動しましたか?」
帝国カバークラウダーの首都『ネブリーナ』に構える城の中でそう発したのはクラウドだった。彼にはどうやら、部下の位置情報は常に掴めているらしい。
「レインが人間界に?ならば、それはつまりー?」
ストームにはわかっていなかった様子だ。
「見つけたんでしょう。エンシャントウエポンを」
「だとすれば見事な功績だが、我々に報告もせずに直接戦いに行くつもりか?」
「まぁ、レインにホウレンソウを期待してはいけません。あの人はいつも、いつの間にか任務を遂行させ、いつの間にか領土を拡大してくれてる感じですし。プリキュアに連敗したこと、自分で言った『次こそは必ず』を守れなかったことを叱責はしましたが、まぁ、そういう人ですので、勝手に行動する分には大目に見ますよ」
「信頼しているようだな。流石に、将軍の称号を与えてるだけの存在か」
「信頼……とは少し違う気もします」
ストームの言葉に対し、クラウドは少しだけ首を傾げた。
「実力や実績は評価します。いまの領土は彼のおかげである分も大きい。ただ、信頼とは少し違うかもしれませんね。なんと言いましょうか……」
クラウドはしばらく考えた後、続けた。
「私のことを裏切れるはずがないというか、私に逆らえるわけないじゃないですか。私は、あなた方とは違う領域の者ですしね。あなたも、レインもスノウもサンダーもそのほか軍人も政治家も国民も、全ては私を恐れている。この国では1番の腕だったストーム、あなたでも、私相手には3分と持たなかった。なんだかんだで、みなさんは途中で任務を放棄することはできないし、私に任された仕事はやり切るしかない。まぁこれも、ある意味での信頼、でしょうか?」
「……なるほどな。一理ある。特に軍人諸君は、クラウドに命を救われ、この国という居場所を与えられた者たちだ。俺を含めてな。裏切れるはずがないし、仮に何かを企んでも、クラウドには勝てるわけがない。勝てるわけが、な」
ストームは語気を弱めてそう言った。先ほどのクラウドの台詞から察するに、一度彼に敗れているのだろう。
「まぁ、あなたは充分に強いと思いますよ。この世界と人間界を合わせても、最強の人類はストーム、あなたでしょう。私もあなたの強さをたたえ、唯一敬語を使用しないことを許可しています。あなたほどの強さとプライドがあると、やはり私のような外様に敬語は、難しそうでしたので」
「……その混沌の存在になれるかぎ、カオスシードだが、レインに預けるのは正しかったのか?あいつに持たせるのはやはり危険だ。あいつが混沌の存在となれば、なかなかの脅威にー」
「それはないです。レインではカオスシードを植え付けても混沌の存在になることは敵わない。条件を満たしていません。まぁ、他の使い方があるので預けているのです。……それはそうと、観察してみました?この前話した人間については」
クラウドは、人間界で、彼の指定した人間に、彼の指示するタイミングで植え付けるようにと、ストームにカオスシードを予め一粒手渡しているのだ。その人間というのも、すでに指定されているらしい。
「あぁ、少しな。確かに驚いた。人間界にあれだけの逸材がいるとは」
「でしょう。私も驚きましたよ。加えて、私の見立てでは条件さえ満たせば、混沌の存在にもなりえる器……。だからあなたにシードを預けているのですよ。あなたに匹敵する人類になるどころか、私の後継者にだってなりえる。素晴らしいですよ」
「だからこそ慎重に、か。だが、お前は後継者など育てなくても、命は永遠ではないのか?」
「……私もこの領域に達した時はそう思っていましたが、どうやらそうではないようで。神の『領域』に足を踏み入れたに過ぎませんからね」
「なるほど。しかし、神の領域、と言われもやはりピンとは来ない。神とはなんだ?そんな、存在するかも怪しい、非現実的な例えを持ち出されてもー」
「あぁ、神様ならいますよ。私はこの目で見ました。少し私の想像とは異なってましたが。何かこう、絶対的な力を持った、人のような。神話に出てくる像をイメージしていたのですがね」
クラウドの口から語られたのは、思いもがけないことだった。
「……では、改めて神とはなんだ?」
「神様とは、世界の意思です」
「……俺にはわからん」
「簡単に言えば、世界の脳みそみたいなものです。神様が創造しようとお考えになれば、何かが生み出され、不要とみなせば、その何かが消える。すごいでしょう?」
「……それで、お前の野望とはなんだ?エンシャントウエポンを全て集め、その力で今度こそ、次の神にでもなる気か?」
「うーん、あれになるのは嫌ですね。まぁ、それはその時になってのお楽しみですよ」
「そうか。まぁ、とりあえずやることはー」
「変わりません。エンシャントウエポンの回収です。隙があれば、クリアハートも奪いますよ。敵になるプリキュアはいらない。私が欲しいのは、私の手となり足となりいずれは後釜となる、こちら側のプリキュアです」
クラウドは、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
ーーーーーーーーーーーー
「安楽加清が、自らの応援演説に光山さんを指名した、ですって?」
「はい、どうもそのような噂を耳にいたしました。あの2人、どういう接点でつながっているかは謎ですが、しかし、これは有利ですよ、クレハ様。私のクレハ様への応援演説が、あのような者に劣るはずがありません」
放課後の選挙活動中でのことだ。月野紅羽とその取り巻きたちが、校門の近くでビラ配りをしている中、取り巻きのうちの1人が、クレハにこう耳打ちをしている。
「それは確かですの?」
「確証は得られていませんが、しかしどうも嘘には思えません。他に目立った動きもなければ、彼女は常に単独で行動している存在。他に親しいような人物も思い当たりませんし」
「……あの2人、幼少の頃は仲睦まじかったと記憶しておりましたけど、今は接点なんてどこにもなかったはず……。他に友達がいないからって、あの人がわざわざ光山さんを指名するかしら?光山さんの方から名乗り出ることもまずあり得ませんわね。……まさかとは思いますが、プリキュア関連が生んだ繋がり……?いえ、彼女はもう興味がないとおっしゃっていたはず……」
1人でブツブツと唱えながら、その背景を考察しようとするクレハ。
「クレハ様?」
「……残りのビラ、すべて配り終えてくださいな。私は少し急用ができましたわ。斎藤さん!久義を呼んでちょうだい!」
「はい!ただいま!」
斎藤、と呼ばれた女子生徒が少し遠くで返事をした。その女子生徒に対して顔も向けず、そのままの体勢で指示を出し、相手もこれになんの不満もなく応えるものだから、まだ数ヶ月前まで小学生だった子供達とは思えないほど、確立した上下関係が構築されているようだ。
また、久義とは、彼女の執事の1人である。
「……おや?これはなんですの?」
取り巻きの生徒たちに仕事を任せた後、校門の外へと歩いていたクレハは、その途中で、地面に落ちていた、小さな、翼のような形をしたものを見かけた。拾い上げてみたが、金属製ともプラスチック製とも何かが違う、初めて触る感覚だ。
「もしかしたら、プリキュアに関わるもの……?一応、拝借させていただきますわ」
誰にもみられていないことを確かめると、彼女はそれをポケットへとしまい込んだ。
それから間も無く、久義の運転するリムジンが校門前に現れた。いつ迎えの命令が来てもいいように、放課後は常に近くで待機しているのだろう。
クレハは後部座席に乗り込むと、足を組んだ。
「お嬢様。お行儀が悪いですよ。月野家のご令嬢たるもの、常におしとやかでー」
「たまにはラフでもいいのですわ。お父様の教えは厳しすぎて窮屈ですもの。大物というものは、然るべき場所以外ではラフでいいのですわ、ラフで」
そういう持論があるようだ。
「それより、うちには庶民的な自動車はあったかしら?こういう、あからさまな高級車、のような車ではなくてよ」
「いえ、月野家のガレージにはリムジンが5台あるのみです。現在は自動車での移動をされるのが、お嬢様しかおりませぬゆえ、必要最低限の準備しか。しかしまたどうして」
「尾行したい人物がいるのよ。でも、リムジンで尾行じゃこの辺じゃ私しかいないし、すぐバレるじゃないの。ないなら仕方ないわ」
クレハはスカートのポケットからスマートフォンを取り出すと、どこかに電話をかけた。
『お電話ありがとうございます。こちら車田自動車本部の速水と申します』
「もしもし?月野家の長女のクレハと申しますわ。車田社長は今いらして?」
『これはこれはクレハお嬢様。はい、車田ですね。今は外出しておりますが、こちらから繋げましょうか?』
電話先は、輝ヶ丘に本部を構える自動車メーカーのようだ。
「いえ、ご不在なら結構よ。あなたでいいわ。今すぐに路上に出せる車はあるかしら。軽自動車でも構わなくてよ。庶民的な自動車が欲しいの」
『庶民的で、今すぐに、ですね。少々お待ちください……輝ヶ丘大学最寄りのディーラーに4台ございます』
「おいくらくらいするのかしら?」
『1番高いものでも350万円。安いものでよろしければ200万円になります』
「あら、そんなものなの。わかったわ、なら350万のものを一台、父の名義で購入するわ。よろしいかしら?久義、ディーラーまでどのくらいかかるの?」
「最寄りの場所となれば、5分もかかりません」
「5分ね。速水さん、5分後には到着するわ。すぐに出せる状態にできるかしら?」
『ディーラーの店長にはそう伝えておきます。この度はご購入のほど、ありがとうございます』
「こちらこそ、迅速な対応感謝いたしますわ。父にもますます贔屓にするよう、伝えておきますわね」
そういうと、彼女は電話を切った。
「いいのですか?お父様の口座から勝手に大金を……」
「お父様はこの可愛いひとり娘のためならば喜んで支払ってくれますことよ。さて、他の執事を呼んでおきなさい?その者には、この車で安楽加清を回収することを命じなさい。あなたは私と一緒にその庶民的な車に乗り換えて、尾行するのよ!光山輝をね!そして、その後彼女とも合流するのよ!おーほっほっほ!」
車内に彼女の高笑いが響いたのだった。
ーーーーーーーーーーーー
レインの開いたゲートの先には、やはり輝ヶ丘の裏山の雑木林が広がっていた。彼らカバークラウダーにとって、この場は人間界における一つの拠点のようなものとして扱われているのだろう。毎度、まずはここに訪れているかのように思える。
「さて……いくらエンシャントウエポンを装備したと言っても、やはりそれだけで倒せるほど甘い存在じゃないのは重々承知だ。もう舐めてはかからねぇ。今日こそクリアハートを奪わなければ、いよいよ俺の立場もなくなるというもの。強いクライナーが必要だ……」
レインは1番高い気に登ると、その頂点に立ち、街を見下ろす。
「いいウィザパワーを持った人間は……うん?あいつらなんか、いい素材だぜ……!」
舌舐めずりしながら見つめる、はるか先にあったのは、学校帰りの中学生の集団だった。
「本来ならば、俺ら幹部でも、1体のクライナーを生み出すために扱えるのは、1人の媒体のウィザパワーだけだ。だが、今の俺には、カオスシードがある。複数のパワーを、混ぜ合わせることができる……!」
「生徒会選挙のあれ、始まってるけどさー、正直誰でもよくね?なんでわざわざ選挙とかするのかな?かったるい〜」
「マジそれな。校長も生徒会長もぶっちゃけ誰だっていいし。いうて大きな変化とかないじゃん」
「わかる。校則とかでさ、制服着なくてもいい、とか、授業サボってもいい、みたいなルールを作ってくれるんならそらもう神様として崇むけど、そこまでの権力ないしね〜」
「そして特にあの子、月野さんっていう1年生。あれだけはないわ。金持ちの娘かなんか知らないけど、ちょっと調子に乗ってるよね」
「これ。安楽って子にも言えるけど、少しませてるというか、粋がってるというか。誰でもいいとは言ったけど、あーいう子は嫌ね」
「お前ら、いいウィザパワーをしてるじゃねぇか。俺の部下として迎えてやってもいいぜぇ?陰口悪口どんとこい、大歓迎だ」
などと話し合っているその集団の前に、突然として、レインが降り立った。
「な、何この人……?どこから来たのこれ」
「不審者ってやつ……?」
「通報しとくか?」
突如として現れたのが、色白の身体を威厳ある漆黒のマントと、胸に6つの雫のような形をしたバッチがつけられた深い緑色の軍服に包んだ、185センチはあろうかという高身長。おまけに水色のギザギザとした、毛先が鋭利な特徴的な短髪の男なのだから、このようなリアクションになってしまうのも無理はないだろう。
「おいおい、もっとキャーッ!とか、いい反応ってもんがあるだろうよ!ったく、最近のガキは湿気ってやがる……」
彼はどうやらこの反応に不服のようで、少し顔をしかめながら、頭を掻く仕草を見せた。
「まぁいい。お前らのウィザパワー、いただくぜ。……召喚!クライナー!!この者等の心にかかる雨雲を力に変え、絶望の雨を降らすのだ!!」
レインはそう言うと、右腕を空へと掲げた。その彼の掌を目指して、中学生たちから紫色のオーラが集まり始め、それがハンドボールくらいの大きさに固まったあと、これを空へと放り投げた。
『クライナァァァァァ!!』
ウィザパワーの塊は上空で漆黒の、一つ目の人型の怪物へと変化し、再び地上へ降り立った。身長は実に三階建て建物くらいのものがある、大きな怪物だ。召喚の生贄となった生徒たちは、その場で気を失い倒れている。
さらに同時に、上空を分厚くドス黒い雲が覆い、大粒の大雨が降り出した。レインの生み出すクライナーは、等しくこのような能力を備えている。雨雲は徐々に拡大を続けており、街全域を覆うのも時間の問題だろう。
「さぁこいよプリキュア。目にものを見せてやるぜ。ふわーはっはっは!!」
『クライナァァァァァァ!!』
1人と1匹の侵略者の高笑いが不気味に鳴り響いた。
ーーーーーーーーーーーー
「……む!この気配!レインラエ!!」
放課後、マナミと共に下校していた際のことだ。私のポケットの中で、ラエティがそう叫ぶ。
「え!?」
そして次の瞬間、なんの前振りもなく空が暗くなり、大雨が降り始めた。レインが現れたというのは本当らしい。
「あわわわわ、今日折りたたみ傘とか持ってきてないよ〜!」
「ヒカルちゃん!そんなこと言ってる場合じゃないって!レインを倒しに行かないと!」
マナミはそう言いながら、素早くクリアハートを取り出した。
「さすがマナミレティ!ヒカルもこの戦士としての姿勢を見習うべきレティよ」
「まったくラエ」
「そりゃわるぅござんしたね……でも、どこにいるの?」
ひとまず近くの屋根のある場所に駆け込み、妖精たちに訊ねた。
「結構遠いラエね。ここで変身して、プリキュアの身体能力で飛んでいくといういつものパターンの方が早いラエ」
「なるほどね。なら、そうするしかないでしょ!いくよヒカルちゃん!プリキュア!エキサイティングー!」
「ちょっとお待ちを!!」
変身の合言葉を叫ぼうとした私たちを止めたのは、雨音よりも大きな声だった。それも、聞き覚えのあるものだ。振り返ると、こちらの方に自動車が向かってきているのが見える。
「……?誰の車?知り合い?」
「さぁ……」
見慣れない普通自動車の後部座席の窓から、小さな傘をさしながら顔を出したのは、月野紅羽だった。
「月野さん?なんでここに……」
「細かいことはいいのですわ。この車で現場に向かいますことよ!」
光山輝をつけていた、とは間違っても言えないだろう。
「いやでも、車より飛んで行った方が早いし……」
私はそもそもクレハが苦手である。マナミもそうだろう。先日喧嘩をしたばかりでもある仲だ。苦手な人間の、それももうプリキュアとは無関係者になったはずの彼女の車に乗り込むなど、現場への到着速度という点でも、また単純な心理としても、乗り気になれるはずがないのである。
「そりゃそうでしょうけど、でも御二方は飛べても、私は飛べないのですわ」
「……あなた、今から行く場所がどこなのかわかってるの?」
マナミが目を細め、彼女を見つめながらそう訊ねる。
「もちろん。戦いに行くのでしょう?私も雨を使う男性との戦闘経験がありますことよ。この感じ、だいたい察しはつきます。それに、今日は見学するだけですわ。」
「……何で今更そんな……」
マナミ的には、やはりどうしても気分が浮かないようである。
「私の生徒会選挙を有利に運ぶため、としておきましょうか」
「どういう関係が……?」
「そのうちわかりますわ。ほら、こうしている間にも、街に被害が出ているかもしれなくてよ?早く乗った方がよろしくて?」
「……なら、お邪魔します……」
私たちは渋々、この車の世話になることとした。
「久義、発進して。目的地は?」
運転手に指示を出しながら、彼女は私に視線を移した。
「えーっと……」
「西のほうラエ」
ラエティが囁く。
「街の西のほう!」
「とりあえず。西の方面にお願い。それと、あなたが今から聞くこと見ることは全て月野家の機密事項になり得るわ。これで口外しないことを誓いなさい。他の執事にも、お父様にもダメですわ。私との契約よ」
クレハはそう言いながら、運転手である執事久義に札束を押し付けた。何百万という額にもなりそうな量のお金だ。これだけのお札を生で見るのは初めてである。
「……お嬢様との私的な契約として、このような大金をいただくわけには。私は月野家の執事でして、お嬢様の専属のそれではございませぬ。誠に失礼ながら、このような行為はー」
「つべこべ言わないの。受け取っていただかないと、機密を漏洩しない、という信用ができなくてよ。信用を失えば、あなたどうなるかわかっていて?それとも、明日から他のお家に務めることにするのかしら?」
買収、というよりは半ば脅しではある。
「……かしこまりました」
久義もまた、渋々と言った表情でそのお金を受け取った。カスミにしろクレハにしろ、本当に同い年の中学1年生なのだろうか。私たち2人はこの光景を、引きつった表情で眺めていたが、それも無理のないことだろう。
「選挙活動に関係あることなら、いくら、おうちの執事さんでも、あまりお金のやり取りはしない方がいいんじゃない……?」
私は思わず、そうぽろっと口に出してしまった。カスミの応援演説をやるということで、少し規約のようなものに目を通していたからだ。
「あら、痛いところをつくのですね。あなたが生徒会選挙規約をご存知だったとは。やはり、噂は確かですのね。安楽加清の応援演説をあなたが行うというのは。」
「なるほど、それで光山様のあとをつけろというご命令を……」
執事久義が、誰にも聞こえない程度の声量でボソッと呟いた。今日の一連の流れを理解できたようだ。
「ま、まぁ、それは本当だけど……」
これそのものは、隠すようなことではないだろう。
「やはり不思議ですわ。今のあなたたち2人になぜそこまでの接点が。確かに安楽加清は孤高の存在、応援を頼める友人は少ないとしても、もっと良い人選はあったはず。任せられるほどの一定の信頼、仲をいつの間に……。彼女はもうプリキュアに興味がないとはおっしゃっていましたけど、これは今でもプリキュア関連で繋がりがあるということではなくて?」
「……やっぱりカスミの変身を嗅ぎつきかけているラエ。だとすればー」
ラエティが小声で呟いたことで、私はようやく今、非常にまずい事態になりかけていることを悟った。隠すべきだったのかもしれない。
「回りくどいことは止しましょうよ。クラスメイトの仲じゃない」
そう言いだしたのはマナミだった。
「クラスメイトの仲、ではありますが、私は一度あなたに殴られていてですね……」
マナミだけが一方的に悪かったというわけではないだろうに、まだ根に持っている様子だ。
「その節は本当にごめんなさい。……それで、月野さん。仮にもし、安楽さんがプリキュア関連で私たちと繋がっているとしたらどうしたいの?狙いはこれかしら?」
彼女はクリアハートをチラつかせながらそう言った。
「……それは安楽加清の関わり方次第、ですわね。万が一、彼女もプリキュアだというのならば黙ってはいられませんことよ。私は彼女を倒し頂点に立ちたいの。先を行かれているのであれば、悔しくてよ?」
「やっぱりレティ……」
「2人とも、面倒臭いまでの負けず嫌いラエね。さて、どうしたものラエか……」
そうこうしているうちに、私たちを乗せた車は現場近くに到着したようだ。見慣れたものより大きな、プレーン型に近いクライナーが、やけに静かに佇んでいる。
「来たか、プリキュア……!」
レインがニヤリと笑う。
「大きいレティ……それに、大きいのは身体だけじゃない……」
「ウィザパワーも相当なものラエ。これは何か細工があるラエね。ただのクライナーとは思えないラエ」
「……あら、あのお方は確か、私もお相手をした、えーっとお名前のほどはー」
車窓ごしに、クライナーの頭上で仁王立ちしているレインを見つめたクレハが、初変身の時を思い返しながらそう呟く。
「レインっていう、時代遅れな格好をしたヤンキーよ」
マナミが補足する。
「お嬢様のお父様がお若き頃の、バブル経済と謳われたあの時代のクラブなどにいそうな風貌ですね。あのお方も、どこかの財閥の御曹司だったりされるのでしょうか?それでお嬢様とも面識がある様子で?」
執事久義の推測があまりに斜め上のもだったので、私たちは少し笑ってしまった。
「いえ、違います!御曹司どころか、悪いやつですよ。懲らしめないといけないんです!」
私がそう訂正する。
「懲らしめる……と申されますと?」
「久義、さっきも言ったけど、全てはトップシークレット。令嬢命令よ。絶対に、ほかの執事間でも漏らさないこと。よくて?」
「……もちろん、承知しております」
「ならいいわ。さて、見せてもらおうかしら?安楽加清の力を」
「え?安楽さんはいないけど……」
車から降りながら、唐突にカスミの名前を出したクレハに対し、マナミはそう応える。ここには私たち3人しかいないはずだが。
その時、黒光りのリムジンがこちらへと向かってきているのが視界に入った。この街でこのようなものを乗り回すのは、月野家の関係者以外にあり得ないがー
「まったく、誘拐事件として警察に突き出してもよくってよ?私も暇じゃないのだけど」
こう悪態をつきながら車から傘を刺しながらおりたのは、ほかでもなくカスミだった。
「安楽さん!?なんでここにー、それも、それ月野さん家の車じゃ」
「私がさっき手配致しましたわ。ほかの執事に、彼女をここに連れてくるようにね。ちょうど、私たちが庶民的な自動車を使う分、リムジンが1台空いておりましたので」
「手配……てことは、もうほとんど確信していた、ラエね。あの生意気な娘がプリキュアだったってことには」
「確信に変わったのは今のあなたのセリフを受けてから、ですわ。しかしまぁ、でも9割そうでしょうとは、思っていましたけど」
「ちょっとラエちゃん、なんで自分から話すの!」
私は思わず突っ込んでしまう。
「ここに安楽加清がいるんだから、もう隠し様がないラエよ。隠してると逆にめんどくさくなるから、ラエ」
「申し訳ございません、安楽様。お嬢様のご指示となれば逆らえませぬので……」
リムジンの運転手が申し訳なさそうな面持ちを浮かべている。
「まぁ、この執事の方は何も悪くはありませんし。それで?私はあそこにいる怪物と、男を倒せばいいのかしら?」
「見慣れねぇ顔だな、小娘。いや、あの時いたかな?俺が学校を襲撃した時、いたような気もするが……。その口ぶり、まさか貴様もプリキュアか?」
レインがそう問いかける。
「えぇ。サンダー、とか名乗る幹部とも互角に渡り合った最強のプリキュア、キュアジョイフルをご存知なくて?」
カスミは強気で、堂々と返答する。
「知らんな……。サンダーと互角?笑わせる、この俺でも手こずるやつと互角など、ハッタリをかますことは得意らしいな?」
「あら、帝国と言う割には、情報の共有が遅れているようね。まぁ、すぐにわかることよ」
カスミはそういうと、マナミの方へと片腕を差し出した。クリアハートをよこせ、ということだろう。
「まぁ、今日は任せるわ。どうぞ!」
マナミもそれを察したのか、すぐにこれを彼女へと投げ渡した。
「嫌いじゃないぜ、そういう、強気な敵はな。がっかりさせないでくれよ?」
「それで、もう一つのクリアハートはどうするレティ?金持ちの力をまた試すレティか?」
「いえ、私は結構ですわ。安楽加清のお手並みを拝見したいので。光山さんがお使いなさい?」
「まぁ、言われなくても君に渡すつもりはなかったラエが。ヒカル、頼んだラエよ」
「う、うん。じゃ、行くよ、安楽さん……いや、カスミちゃん!」
「……昼間も言ったけど、あなたが私をどう呼ぼうと勝手だけどー」
「わかってる!いいよ別に。でも、私はカスミちゃんって呼ぶから!」
「そう。まぁいいわ。……プリキュア」
「エキサイティングフィーバー!!」
この合言葉で、私たちは伝説の光の戦士、プリキュアへと変身することができるのだ。
『弾ける心!キュアスパーク!』
『楽しむ心!キュアジョイフル!』
『闇に染まった心に元気と天気を取り戻す!輝け!ワクワクプリキュア!』
ビシッと、名乗りとポーズが決まった。カスミとこれをやるのは初めてになる。
『今日はエネルギー切れなんてことは起きないわ。前と違って、本気で戦えるってわけ』
ジョイフルは自信満々の様子である。
プリキュアたる者、正の感情、キサトエナジーがなければ戦うことができない。ゆえに、そもそも変身資格には、秀でたキサトエナジーが必要となる。加えて、プリキュア態では心臓の役割をするクリアハートが、変身者のその瞬間ごとのテンションに合わせて、このエナジーをさらに大きくすることがある。
要は、常に自信や勇気、希望などの正の感情を持ち続けていれば、クリアハートもこれに呼応し、常に強いプリキュアで居続けられるどころか、心臓クリアハートを通して大きくなり身体中に行き届くキサトエナジーにより、更なるパワーアップも望め、また永久にエナジーの枯渇しない、強力な戦士となれる。この好循環は『キサトサイクル』と呼ばれている。
私、ヒカルことキュアスパークは、このキサトサイクルに突入しやすい才能の持ち主らしい。
しかし、逆もまた然り。
体術よりも戦術よりも、何よりも大切なのは、感情の管理であると言えるだろう。実際、前回のサンダー戦では『怒り』というウィザパワーを戦闘中に生み出してしまい、サイクルに終止符を打つはもちろん、一気にキサトエナジーを衰弱させ、変身解除にも追い込まれてしまっている。
「キュアジョイフルか……データのほどは……」
レインは右腕を、身体の正面で払うような仕草を見せた。その腕の軌跡より、ホログラムのようなものが出現した。例えるのならば、ゲームのステータス画面だろうか。酷似している。
「……本気ではなかったとはいえ、一度他のプリキュアが使用していて、エネルギー残量の少なかったクリアハートを使いながらも、サンダーと互角の格闘、か。ハッタリではなかったようだな。それが、今日は最初から体力も満タンってわけか。面白い。俺の、この『集合クライナー』ともいい勝負をするかもな。さて、あいつはクライナーに任せるとして、俺はー」
レインはクライナーの頭を蹴り、宙へと躍り出た。
「キュアスパークをやるぜ!!」
その直後、巨大なクライナーも動き始めた。こちらは、ジョイフルの元へと走り始めている。狙いは、1対1に持ち込むことか。
プリキュアは2人揃ってこそ真価を発揮する。それをその身でいたいほど味わっているレインだ。そう考えるのも当然ではあるが、その作戦に乗っかるわけにもー
『面白いわね。受けて立とうじゃない。あの怪物は、私1人でやるわ』
いや、彼女はそうは考えていなかったようである。
『しょうがないなぁ。まぁ、レインは、そんなに怖い相手じゃないよ!』
私たち2人も、迎え撃つように走り出した。レインになら勝利経験が何度かある。サンダーのような規格外の敵に比べれば、まだ可愛い方だ。1人でもやれるだろう。
「な、なんなんですかこれは……」
車に取り残されていた執事2人は、ポカーンと口を開けたままである。
「ひ、久義さん、これは一体……」
「私にもわかりませんが……お嬢様からもトップシークレット案件として取り扱えとのご命令が出ています。知ってはならないのでしょう。ひとまず、私たちは安全なところへ退避しましょう」
二台の車が、現場から離れ始めた。
「キュアスパークゥ!今日こそ、貴様を葬り去ってくれる!」
『負けないよ!たぁ!』
バチっと、私たちの拳がぶつかり合う。単純な腕力なら、どうやら互角のようだ。鬩ぎ合って、2秒ほどお互いにその場から動かない。これでは埒があかないだろう。
『くっ……』
私は数十メートル後方へとジャンプしながら後退した。組手のような格闘戦になっては、決定的な攻撃を与えることができない。プリキュア組みの中でもさらに抜きん出ている、キサトエナジーによる、力任せの体術があるため、近距離の方が得意ではあるが、私の攻撃レンジは中距離型でもある。電撃攻撃を使い、少し離れたところからー
だが、これを見たレインも数十メートル後方へと下がった。これでは、私の攻撃も届かないが、レインの水を使った攻撃だってそこまで長い距離では狙いも絞りにくいだろうし、第一、私の元への到達時間がかかるため、回避するのも容易になる。有利な距離ではないと思われるがー
その次の瞬間、私の顔の横を何かが通り抜けた。小さい。弾丸のようなものだろうか。通過後に、遅れて、それによって生じた小さな空気の振動が、私のツインテールを揺らした。その後方では、民家の壁に蜘蛛の巣状の亀裂が入っている。
「な!?何、今の攻撃は!?」
物陰に隠れて見守っていたマナミが思わず声をあげる。見えなかったのだろう。
「なるほど。確かに、あのような代物があるのなら、1対1の方が断然有利になりますわね。光山さん、これは苦戦しますわよ」
この口ぶり、クレハには何か見えていたのだろうか。
「いい目をしているな、キュアイラーレ。いい動体視力だ。今のが見えていたのか」
レインは感心している様子だ。
「お褒めにあずかりまして、加えて名前まで覚えてくださっているとは光栄ですわ」
「いまのは何レティ?」
「さぁ?具体的なことまではわかりませんわ。さしずめ、目にも留まらぬ速度で、あれだけ距離の離れた民家の壁に傷を作れるだけの威力の、エネルギー弾のようなものでしょう。それに、あの小ささ、速度ならばおそらくー」
「連射が可能ラエ。それも、まるでマシンガンのようなレベルで、ラエね」
「ご名答。このエンシャントウエポン、『ダークレイニードル』の力だ!」
レインは自慢するかのように、右の親指に装着された、指輪のような兵器をこちらへと見せびらかしてきた。新しいおもちゃを買ってもらったばかりの子供のような、無邪気な笑顔を浮かべている。
「今の威嚇射撃は効いたラエよ。スパークの攻撃レンジに持ち込むには、距離を詰めないかんラエが、簡単じゃない。とんでもない速度で動かないと。もちろん、あれを躱しながらラエね」
「そんなの無茶レティ!古代兵器に勝るには、古代兵器しかないレティが、今こちらの手元にはまだ……。ここはスパークを退かせて、ジョイフルとまずはクライナーを片付け、2人で挑まないと……」
「それがベストでしょう。ですが、それも難しいですわ。第一、あのお方が、そう簡単に光山さんを退かせるとは思えなくてよ」
「どうすればー」
『……回避が難しい速度、連射もできる、となると、ちょっとヤバいかも……。でもやるしかない。倒せなくても、ジョイフルが向こうをやっつけるまでは、持ち堪えないと!てやっ!』
ここで臆するわけにもいかない。私は地を蹴ると、まっすぐに、レインの方へと向かい始めた。全速力だ。
「ふん、そうこなくては、面白くない!!」
レインはニヤリと笑うと、ダークレイニードルによる容赦のない弾幕攻撃を開始した。弾丸の雨が、見えない速度で飛んでくる。
『プリキュア!スパークバリアーー!!』
私は攻撃用の電撃を放ち、これを盾とするかのように、私の正面に配置した。バチっと音を立て、電撃が弾丸を弾いて行く。
「とっさにそのような応用ができるとは、やるな。だが、そんなもので堪え切れるほど、エンシャントウエポンは甘くねぇぞ。火力増強だ!」
弾丸の重さが変わった。威力まで自在に操れるようだ。すぐに電撃の壁は崩壊し、私は一発をまともにお腹に喰らい、途轍もない速度で吹き飛ばされた。
『キャッ!』
私の身体は、民家に激突することでようやく止まったが、かなりのダメージを受けてしまった。身体を軽くし速度を上げるためにキサトエナジーの鎧もまとっていなかったため、本当に、もろに受けてしまったのである。
「スパーク!!」
「ヒカルちゃん!」
「あら」
妖精たちが、心配するようにこちらを見つめている。戦士とあろうものが、情けない。
「どうだ。これが帝国カバークラウダー天下の大将軍、レイン様の力だ!!はーっはっはっは!!とっとと、トドメをさしてくれる」
レインは倒れこんだ私へと、指輪の照準を定めようとする。
『まずいわね。はぁっ!』
これを見かねた、クライナーと戦闘中だったジョイフルは、とっさに怪物の頭を力いっぱいにけたぐり、レインの方へと吹き飛ばした。
『クライナァァァァ……』
「……ちっ」
巨大な怪物はズゥゥンと重たい響きをあげながら、レインの正面へと倒れこんだ。これを回避するためにレインは後退させられ、さらにはスパークに狙いを定めようにも、そこに遮るかのように怪物が倒れこんできたのだ。すぐさまの追い打ちとはいかなかった。
「しかし、キュアジョイフル……なんてやつだ。集合クライナーだぞ?普通のクライナーとはわけが違う。なのに、無傷どころか、ホコリひとつ被っていないとは、どういうことだ……」
レインの気は、スパークから、その圧倒的な戦闘力を見せつけているジョイフルへと移り変わったようだ。腰からちいさな、エネルギーの羽を生やしたジョイフルが、彼を睨むように、空中から視線をおろしている。
『ハッタリじゃないことは、ご理解いただけたかしら?』
「そのようだな。だが、貴様もこのダークレイニードルにかかれば、すぐにスパークのようにー」
『それはある程度距離がないと意味がないわよ』
「!?」
そのジョイフルの声は、なぜかレインの耳元から聞こえてきた。気がつけば、つい今までいた空間に、彼女の姿が見当たらない。瞬時に、彼の背後に回っていたのだ。
「……ほお。俺の背後を取るか。面白い」
『観念することね。あなた程度、あの怪物と二人掛かりできても、私1人で料理できるわ。無駄な抵抗はおやめなさい』
「俺、程度だと……?」
『何か間違えたかしら?現に、もうあなたの切り札は、私には封じられているけど』
「……あぁ、間違ったさ。まだまだ、新米のプリキュアのようだな。俺たちがウィザパワーで強くなることを理解していないようだ……言葉は、よく選んで発言することだぜ?」
何か、レインの雰囲気が変わった。彼女はそれを察知したのか、警戒を強める。
「俺を怒らせたな?いいだろう。まずは貴様に、お灸を据えてやる!」
『……やってごらんなさい』
レインと、さらに巨大な集合クライナーが目をたぎらせ、ジョイフルと睨み合う。
「まぁ、安楽加清は言葉の棘がチクチクしていますからね。見るからにプライドたかそうなあのお方が、あのセリフで怒るのも無理はありませんことよ?ですが、これで光山さんはひとまず助かりましたわね。もしかして、光山さんを守るためにわざと、とか?」
「さぁ。そこまで考えていてもおかしくないし、ただ本当に口が悪いだけかもしれないラエ。でも、とりあえずいまのうちにスパークを助けるラエよ。マナミ、準備するラエ。クリアハートを、君に託す!まだ大技も使っていないから、エネルギーは残っているはずラエ」
「プリキュア交代ね!任せて!」
「いえ、まだ光山さんでも戦えますわ」
「何?」
クレハが、突然そんなことを言い出すのだから、妖精たちは目を丸くした。
「これ、妖精さんたちならご存知でしょう?きっと、光山さんの力になると思いますわ」
そういってポケットから取り出したのは、学校で拾っていた、翼のような形をした、小さな物体を取り出した。
「こ、これ!光の古代兵器、シャイニングバードに違いないラエ!こ、これをどこで!?」
「細かいことは後から説明しますわ。古代兵器には古代兵器、なのでしょう?こんな小さなものが……とは思いましたが、あのお方の古代兵器とやらも、指輪程度の大きさでしたわね。ですので、もしかしたらこれも、と思いまして」
「とにかく、それがあればヒカルちゃん逆転できるんでしょ!?なら、早くこれをあげないと!レインは安楽さんが引きつけてるわ!今ならバレない!」
「よ、よし!今回ばかりは礼をいうラエ、金持ち!」
「金持ちという名前ではありませんわ。私は、月野紅羽と申しましてー」
「あーもうわかったラエ!悪かったラエ、クレハ!」
ラエティは感謝しているのか怒っているのか、そう怒鳴るように礼を言うと、すぐに私の方へと飛んできた。
「スパーク!これを!」
『うぅ……何これ、おもちゃ?』
「一発逆転のチャンスラエ!これを、背中に、いやもういい、僕がつけてやるラエ!」
慌ただしくしている妖精は、そう言いながら、羽のようなものを、私の背中に取り付けた。するとどうだろう。次の瞬間、私の身体の奥底から、さらなるキサトエナジーが湧き出てきた。今なら、立ち上がれる。なぜかそう確信した私は、スクッと起き上がった。さらに、湧き出る力は留まることを知らない。破裂しそうなほどだ。
そして、現に、翼という形で破裂して現れた。黄色いキサトエナジーをまとった、白い、天使のような巨大な翼が、私の背中に現れたのだ。その翼は、私の身丈よりも大きい。
『これって……』
「これが、光の古代兵器の一つ、シャイニングバード……現物は初めて見るラエ……」
『古代兵器……これが、探さないといけないという、あの……!これなら、勝てる!』
『クライナァァァァァァ!!』
「ハァァァァァ!!」
レインの発する弾丸、さらにはクライナーの猛攻。さすがのジョイフルも、無傷とはいかないようだった。何発か攻撃を食らいながらも、どうにか2人の相手をしている。
「どうした!?二人掛かりでも料理できるんじゃなかったのか!?」
『この怪物も急にパワーアップをしている……。負の感情、ウィザパワー、ね。それによって強く……。ならば、怒らせてしまったのは私。自分で蒔いた種は自分で……しかしわからないわね』
クライナーと格闘しながら、ジョイフルはそう呟く。
「何がだ?」
『なんで怒っているのかわからないって言ってるのよ。私は事実を述べただけじゃない』
「……無自覚に人を傷つけるタイプだろ、貴様。そのクライナーの声が聞こえないのか?」
『クライナーの、声?』
『安楽って子にも言えるけど、少しませてるというか、粋がってるというか』
女子生徒の声だ。クライナーから、いや、クライナーの中から聞こえてくる。そうか、うちの生徒のウィザパワーから生まれたクライナーだったのか。
「無自覚に人を傷つけるから、お前に対する負の感情でこんな化け物が生まれるんだ。そして、俺も怒らせた。まぁ、悪いことは言わねえ。治したほうがいいぜ。貴様も、それでも伝説の戦士のつもりならな」
『それはどうも。頭の片隅に入れておくわ。でも、私は間違ってはいないと思うけど』
「その我の強さというか、芯の強さというか。一周回って敬服ものだぜ。だが、貴様みたいなやつを見てるとイライライすんだよ、チッ、昔のやな記憶が……」
レインは最後は、周囲には聞き取れない程度の声でボソッと呟きながら、頭を腕で押さえる仕草を見せた。
「チッ、やっちまえクライナー!!そいつへのウィザパワーを、ぶつけちまえ!」
『クライナァァァァァァ!!』
クライナーは、大きく口を開け、巨大なエネルギー弾を形成し始めた。これを放つというのだろうか。とんでもない威力になりそうだ。ジョイフルは思わず身構える。
だが、それが発射されることはなかった。クライナーは次の瞬間、強烈な光に飲まれ、消滅してしまったのだ。
「何!?」
『これが、私の新必殺技!プリキュア!シャイニングスパークル!だよ!!』
声がする方を振り向くと、さっき戦闘不能にしたはずのキュアスパーク、私が巨大な翼を広げながら、煙を上げている両手のひらをこちらへと向けていたのだから、驚いただろう。その煙は、今のクライナーを一瞬で倒した、光線か何かを放ったあとだろうか。
「集合クライナーを、一撃だと!?まさかその翼は、エンシャントウエポンか!?チッ!キュアスパークゥゥゥゥ!!」
レインはまたもや、ダークレイニードルを、私へ向けて連射し始めた。だが、その弾丸の雨は、翼をはためかせることで生じた衝撃波に、薙ぎ払われてゆく。
「何!?」
『これで、2対1になったわ。それも、その武器じゃ、今のスパークとの相性も悪い様子ね』
「……く、いつの間に、手に入れていた!?どこで見つけたんだ!?」
『……私がどんなにアホだったとしても、答えるわけないじゃん。で、どうする?レイン。あなたも、さっきの技、受けてみたいの?』
私は微笑みながらそう問いかけた。溢れ出るキサトエナジーによって、自信に満ち溢れていたのだ。
「調子に乗りやがって……覚えてろ!!」
流石に分が悪いことを判断したのだろう。レインはこう捨てセリフを吐くと、その場から姿を消した。
雨は止み、分厚い雲も消え去り、街に残った戦いの爪跡も、綺麗さっぱり無くなっていた。
続く