Vinculum semper vivat   作:天澄

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序章:Omne initium est difficile.(すべての始まりは困難である。)
一頁目.憧れた背中があった


今日から勇者御記なるものを書けと言われた。

勇者ではないが、勇者の傍にいるからだそうだ。

けれど、いきなり過ぎて

何を書いたらいいのかが分からない。

日記感覚でいいそうだが……。

……そうだな、印章的だった

彼女との出会いについてでも書いておこうか。

あの日の出会いは、何度も夢に見る。

颯爽と現れて、俺を助けてくれたあの後ろ姿。

彼女――■■■はあの瞬間間違いなく、自分にとっては勇者でヒーローだった。

 

大赦書史部・巫女様
勇者御記 二〇十九年九月

 検 閲 済
白芥子長久記

 


 

少年は、ヒーローに憧れていた。

 

 今よりもっと幼い頃、テレビで見た特撮ヒーローが始まりだった。

 仮面ライダー、戦隊シリーズ、ウルトラマン―――そういったテレビの向こうのヒーローたちに憧れて、自分もそうありたいと願った。

 それは男の子であれば、通ることも多い道で。そして少年は幾分か同年代よりも聡明であったために、現実では彼らのようになれないと理解するのも早かった。

 ヒーローに憧れて。現実に悪の組織はなく。自分は特別な英雄とはなれない。そんな多くの人が経験した幼少期。けれど少年はそこで終わらなかった。

 少年は理解していたからだ、ヒーローは悪と戦うからヒーローではないのだと。少年が憧れたのは、誰かの笑顔のために戦える、そんなヒーローたちなのだから。

 

 ならばなろう、ヒーローに。テレビの向こうのヒーローにはなれなくても、自分なりのヒーローに。

 

 そんな小さな少年の、小さな決意。

 

 

 

 

 少年――白芥子(しらげし)長久(ながひさ)は田舎道を一人歩く。

 周囲に広がるのは田んぼや畑。民家は数えられる程度しかなく、道は舗装されていないが人々が幾度となく踏みしめてきたことで固まり、しっかりとした足場となっている。

 遠くに連なる山々を見ながら、長久は随分と辺境に来てしまったものだ、と溜息を吐く。

 

 二〇十九年七月。最近頻発する地震などの災害のせいで父親の仕事場が潰れてしまい、地方へと転勤となってしまった。それについて行く形で長久もまた、父と共に家族揃ってこの田舎へと引っ越してきていた。

 

「……つっても、こんな田舎だとは思ってなかったけど」

 

 地方、とは聞いていたけれどもまさかここまで田舎だったのは長久には予想外だった。引っ越し先の下調べも両親がやっていたし、中学三年生である長久では個人的に下見をする機会もない。結果、この日初めてこれから自分が住むことになる町を見て回れたのだった。

 今は両親は新しい家で荷解きをしている。午前中は長久も手伝っていたが、休憩も兼ねて散歩に行くように言われこうしてふらふらと、宛てもなく町を見て回っていた。

 

 とは言っても、やはりどうしようもない程に田舎。商店街や、以降自分が通うこととなる中学校を一度見てしまえば、他に見に行くものもさしてない。これからどうしようか、と思わず長久は空を仰ぐ。

 雲一つない、どこまでも澄んだ青い空。今まで住んでいた地域よりも空気が綺麗なのか、長久には以前見た時よりも美しく見えた気がした。

 

「……んあ?」

 

 ふと、空を見上げていた長久の耳に何か聞こえたような気がして、思わず辺りを見回す。辺りは田んぼと畑ばかり、視界を遮るようなものは少ない。必然として、長久に聞こえた音の源はすぐに見つけることができた。

 長久がいる道から少し離れた、今は使われていない元畑であろう土地。そこで子供たちが鬼ごっこをしているようだった。歳の頃は長久よりも下、小学二年生か三年生あたりに見える。

 しばし、その光景を微笑ましく見ていた長久だったが、ある時その光景に違和感を覚える。どうやら足が遅い子が一人いるのか、その子がずっと鬼になってしまっているようだった。

 誰も悪意があるわけではなく、珍しくもない光景。けれど鬼の少年は、どこか無理をして笑みを浮かべているように、長久には見えた。

 

 どうしたもんか、と長久は思わず頭を掻く。言ってしまえば、長久には何の関係もないことだ。下手に手を出してしまえば、引っ越してきたばかりだというのに何か問題に繋がってしまうかもしれない。残念ながら、長久はここで反射的に動けるほど、正義感に溢れた少年ではなかったのだ。

 だけど同時に、ここで悩んでしまう程度には良心があった。問題になるかもしれない。助ける義理もない。そもそも長久に利点がない。

 

 そこまで考えた上で――長久は少年たちへと歩み寄った。

 

 どれだけ利点がなくたって、長久は関与することを決めた。それは偏に、長久が憧れたテレビの向こうのヒーローたちであればそれを放ってはおかないだろうと思ったからだった。

 長久は咄嗟に誰かを助けにいける程の善人ではなくとも、悩んだ上でならば助けにいける程度の善人ではあったのだ。

 

「――よっす、坊主ども!」

 

「うわぁああ!?」

 

 少年らに見つからないように接近した長久が突如声をかければ、鬼ごっこに集中していたのか気づいていなかったらしい少年らが揃って叫び声をあげる。

 初手のインパクトとしては充分か、と内心でほくそ笑みつつ鬼ごっこで逃げる側だった少年の一人と、長久は肩を組む。

 

「よぉ、楽しそうに遊んでんじゃねぇか?」

 

「だ、誰だよ兄ちゃん!?」

 

「俺か?今日ここに引っ越してきたばかりの兄ちゃんだよ。多分今度から一緒の学校に通うことになると思うぜ」

 

 このあたりは人口が少なく、小学校中学校が同じ校舎を利用しているため、同じ校舎に通うことになるだろうと思い言ってみれば、それがいい情報だったのか少年たちは若干であるが警戒を解いたように見える。

 よしよし、いい流れだ――そう思いながら、長久は気軽に少年らへと提案を投げかける。

 

「なぁ、俺も鬼ごっこに混ぜてくれないか?」

 

「えぇ……兄ちゃん年上だろ?そっちの方が足早いから嫌だよ」

 

「まーまー、そう言うなって。大人しく混ぜてくれないやつは――」

 

 そこで一度溜めを作った長久は、次の瞬間突如として肩を組んでいた少年の腋へとその手を伸ばした。

 

「――こうだ!」

 

「わひゃっ!?あひっ、あはははは!!」

 

「うわっ、いきなりくすぐりだしたぞこの兄ちゃん!?」

 

「ふははは!次はお前たちの番だぞぅ!」

 

 長久は今までくすぐっていた少年を解放すると、残りの少年らに向き直り手を広げ、指をそれぞれ独立させながらわしゃわしゃと動かして威圧する。

 それを見た少年らは、わー、と叫び声を上げながら散り散りに逃げていく。その中には先ほどまでずっと鬼をやらされていた少年も混じっている。

 そして長久のノリから少年らもあくまでおふざけだと察しているのか、その顔には笑顔が浮かんでいる。それを見て長久は、適度に手を抜いて少年らを捕まえたり逃がしたりしながら、やっぱり皆笑顔なのが一番だよなと内心思ったのだった。

 

 

 

 

「じゃーねー長久兄ちゃん!!」

 

「おーう、また学校で会おうなー!」

 

 長久も今日が特別暇というわけではない。あくまで休憩として外出していただけであり、まだ荷解きの作業は残っている。親からは夜までに帰ってくればいいと言われていたためまだ時間的には問題ないが、あまり遅くなるのも良くない。

 名残惜しいながらも長久は少年らに別れを告げて、新しい家へと帰ることにする。既に時刻は夕暮れ時。ちょっと遊び過ぎたか、と長久は家へと向かい走り出す。

 

 ――そして突如、世界が揺れた。

 

「おわっとぉ!?」

 

 突然の地震に、多少体勢を崩しつつも長久は慌てることなくその場へとしゃがみ込む。いくら突然であっても、ここ最近高い頻度で起きていれば話は別。慣れたもので長久は慌てることなく、地震が終わるのを待つ。

 そんな長久の脳裏に浮かぶのは、この後どうしようかという悩みだ。引っ越してきたばかりで荷物が多いため、自宅にいる両親も長久は心配だった。けれど同時に先ほど別れたばかりの少年らも、長久には気掛かりだった。

 状況的に不安な両親か。それとも年齢的に心配な少年たちか。しばし悩んだ長久は……地震が止んだ直後、その場で立ち上がり家とは反対方向へと走り始めた。

 

 決断は意外と簡単だった。両親は無論心配であったが、あの二人なら大丈夫だろうという信頼が長久にはあった。両親は二人ともそこそこ鍛えていてタフなのだ。ちょっとやそっとや死にやしないと長久は信じていた。

 そして同時に、この状況で両親の方を選べばそのことを両親は多少喜ぶだろうが、それでも両親からは少年らの方に行くべきだったと言われるであろうという確信が長久にはあった。両親はヒーローに憧れた長久を肯定し、いつも背中を押してくれる二人なのだ。だから、長久はすぐに少年らを探しに行くという決断を下していた。

 

 そうして探し回ること数十分。鬼ごっこをして遊んだ場所周辺を探したが、少年らの姿は見当たらない。見つからないのが無事に帰れたからだといいのだが、と思いつつ長久は一度自宅へ帰るべきかと思案する。

 

「あっ、長久兄ちゃーん!!」

 

 そんな風に長久が悩んでいると、少し遠くから聞き覚えのある声が聞こえてくる。反射的に声がした方へ視線を向ければ、高く生い茂る草々の向こうから、少年らのうちの一人が飛び跳ねながら手を振っているのが長久の目に映った。どうやら背の高い雑草のせいで、少年らが隠れてしまっていたために見つけられなかったらしい。

 ほっ、と長久は思わず安堵の溜息を吐きつつ、少年らのほうへ向かって長久は雑草をかき分けながら進んでいく。都会育ちの長久には生い茂る雑草たちの元へ突っ込むのは少々怖かったが、そうも言っていられない状況のために突き進んでいく。

 

「そんなところでどうしたんだ、お前ら。地震もあったし早く帰ったほうが……」

 

「それが友達の一人がさっきので腰ぬかしちまってよぅ……」

 

 先ほどの地震が本震だとして、まだ余震が起きる可能性がある。特に最近の地震は連続して起きることが多いのだ、早いところ親御さんと合流させるべきだと思いつつ長久が声をかけると、少年から返ってきたのはそんな言葉。

 それは仕方ないな、と思わず長久は苦笑しながらそういうことであれば自分が運ぶしかないと歩調を強める。身体に当たってくる雑草を鬱陶し気に払いながら、少年との距離が数メートルまで詰まった頃。

 こっちだよ、と言いながら少年が腰を抜かした子がいる方へと走っていく。それに慌てるなよ、と声をかけつつその姿を追いかけようとして。

 

 ――長久の視界に、世界に何かが流れるのが見えた気がした。

 

 直後、地震。それも先ほどよりも圧倒的に大きい。これは大分マズくないか、と慌てて少年らに向けて声をかけつつ長久はしゃがみ込む。

 一秒、二秒、三秒……地震はその大きさに比例してか、先ほどよりも長く十数秒間揺れたかと思うと、次第に収まっていく。

 ここ最近では一番じゃないか、と長久が思っていると、ふと視界に白いものが映った気がした。鳥にしては些か大きく、見慣れぬ形状をしたそれ。

 一瞬だけ見えたそれに、何か無性に嫌な予感を覚え思わず立ち上がった直後のこと。

 

「に、兄ちゃん助け――」

 

「――あ」

 

 少年の、上半身が消えた。

 

 先ほどまで突然の状況に戸惑いながらも、友達のために大きな声を放っていた少年。その少年の上半身が丸々消え、今は下半身しか残っていない。辺りに赤い飛沫が撒き散らされ、白い異形の生物に赤色の斑点が刻まれる。

 

「っうぇ――」

 

 胃から何かが逆流してくる感覚に逆らうことなく、長久は吐瀉物をばら撒く。そもそも抑えようという気が起きない。目の前で起きた信じたくない事実に、長久の思考は完全にフリーズしていた。

 脳裏に浮かぶ、少年らと鬼ごっこで遊んだ光景。それと入れ替わるように蘇るのは、白い異形の生物によって少年の上半身が齧られる光景。交互に思い出される光景に、長久の感じる気持ち悪さは加速していく。

 

「っ、ぁ、が……」

 

 胃に存在していたものを吐き出し切ってしまったのか、ただ息が擦れながら吐き出されるだけになった頃。ふと長久は顔を上げる。

 

「――――――」

 

 そこにはいつの間にか増えていた白い異形の生物に追いかけられる残りの少年らと、目の前でケラケラと笑うかのように体を揺らす白地に赤い斑模様の異形の生物がいた。

 

「――う、あああぁぁぁあああ!?」

 

 直後、長久は駆け出していた。残りの少年らのことなど欠片も頭にない。ただただ目の前の恐怖の象徴から逃げようと、全力で走る。

 

死にたくない。

 

死にたくない。

 

死にたくない!!

 

 頭の中がたった一つの思考で埋め尽くされる。気づけば辺りは白い異形の生物でいっぱいであり、もはやただ必死で脅威のより少ない方へと隙間を縫って逃げるしかなかった。

 

 道中、倒れ伏して手を伸ばす男性がいた。

 

 構っている暇はないと無視した。

 

 恐怖に竦みながらも、我が子を守ろうとする女性がいた。

 

 巻き込まれたくないと無視した。

 

 痛い、嫌だ、死にたくないと叫ぶ少年がいた。

 

 自分だって死にたくないと無視した。

 

 青年、子供、老人――無視して、無視して、無視した。

 

 そうして、あらゆる救いを求める人々を無視して逃げ続けた長久は。

 

「ぐぁっ」

 

 逃げた先の山中で、木の根に躓き地に倒れ伏していた。その際に足をひねったのか、痛みですぐに立ち上がることができない。

 寝返りを打つようにして仰向けになれば、迫りくる数体の白い異形の生物が見える。死にたくない、と心が叫び。どこか冷静な思考がもう助からないと諦めた。

 それでもただ死にたくない一心で辺りに落ちている木の枝や石を投げつける。しかし異形の生物たちは怯む様子も見せない。

 もう助からない、そんなことは分かっている。それでもまだ長久にはやりたいことがあった。

 

 もっと家族と過ごしたかった。

 

 新しい土地で新しい友達を作りたかった。

 

 元々住んでいた土地の友達ともまた遊びたかった。

 

 テレビの向こうのヒーローたちのような男になりたかった。

 

 そしてふと、長久は気づいてしまった。自分が無視してきた人々も、きっとそんな気持ちだったのだろうと。そしてそんな願いを、長久は無視してきたのだと。

 長久はそこで、自分の命をかけてまで誰かを助けられるほど、自らが突き抜けた善人ではないことを自覚した。それは一般的なことであり、誰かに責められなければならないことでもない。

 きっと悪いことではないのだろう。だけどこの瞬間、長久は自らが憧れたヒーローになれなかったことを自覚してしまったのだ。

 

「は、はは……」

 

 長久の口から渇いた笑いが漏れる。自分への失望で、もはや何もかもがどうでもよくなってしまっていた。

 ヒーローになりたいと願いながら、躊躇いもなく他者を見捨てられた自分に生き残る価値はないと、そう思った。

 さきほどまであった死にたくないという渇望が、一瞬で無くなってしまっていた。

 

 そんな長久の様子も気にした様子もなく、異形の生物たちが徐々に寄ってくる。何の因果か、一番前にいるのは少年を喰ったであろう、返り血のある赤い斑模様のある個体だった。

 

「ああ、いや、他の人間を喰ったやつかもしれないか……」

 

 もしかしたら長久が見捨ててきた人間を喰った個体のどれかなのかもしれない。どちらにしても、自らにお似合いの結末だろうと長久は死を受け入れ。大きく開かれた異形の生物の口によって――

 

 刹那、銀閃が奔った。

 

 身体の半ばから真っ二つになる異形の生物たち。気づけば異形の生物と長久の間に一人の少女が立っていた。

 

「君は……」

 

 月光を反射しながら風に靡く美しい黒髪。その手には大振りな鎌を握り、どこか死神とも思えるような後ろ姿。

 けれどその姿に不思議と恐怖はなく。自分を助けてくれた勇ましきその背中に、長久は憧れたヒーローたちの背中を幻視した。




そんなわけでゆゆゆですぜ。今回は軽めの導入。
ぶっちゃけゆゆゆ原作トップ二作に多大な影響を受けてるので、しっかり差別化できてるかが不安よなぁ……。

あとタグにある通り年代は微妙にズラしてます。
いやまぁ、ぶっちゃけ誤差だし、理由も大したことないんだけど。

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