Vinculum semper vivat   作:天澄

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十頁目.勇者たちの戦い:試運転

いよいよ明日は勇者システムの試験運用だ。

俺たちが生み出した勇者システムは、

彼女たちの力になってくれるのだろうか。

もし、勇者システムが正しく機能してくれたら。

あれが彼女たちを守ってくれたなら。

俺は自分を……少しだけ誇ってもいいのだろうか。

 

大赦書史部・巫女様
勇者御記 二〇二〇年三月

 検 閲 済
白芥子長久記

 


 

 

「さて、改めて確認するぞ」

 

 瀬戸大橋の上で、長久は勇者の面々に向けて声をかける。見れば誰もが固い表情で、長久もまた、彼女らと同様に固い表情をしているのだろうと頭の片隅で考える。

 

「今回の目的は、勇者システムの試運転だ」

 

 完成から約一か月。幾度かの起動実験を経て、起動及び起動状態で勇者たちが動き回れることまで確認された勇者システムは、更なる実験に入ろうとしていた。

 

「これから皆には結界の外に出て、バーテックスと戦ってもらう」

 

 長久は視線を四国の外へと向ける。何の変哲もない、真っ直ぐと続く瀬戸大橋。しかし長久はそれが偽りであることを知っていた。

 この先に存在するのは、バーテックスによって破壊された世界。見えているのはあくまで神樹の力により、一般人を安心させるために用意された幻影でしかない。

 結界を超えれば、そこはもうバーテックスの蔓延る危険な世界。そんな場所に、長久は今から友人である勇者たちを送らなければならなかった。

 

「……巫女の神託によれば。一年か、二年後。四国はバーテックスの襲撃を受ける」

 

 いつになるかだけは確実ではないが、襲撃だけは絶対にあるとされている。それは襲来当初に人々を襲ったバーテックスが、人々が生き延びている四国を襲わないわけがないと、神託を抜きにしても予想されていることになる。

 そしてその時、戦うことになるのは長久の前にいる勇者たちだ。彼女たちだけが、バーテックスに対抗できる力になる。

 

「もし、その時が来たとして……初めて戦うなんていうのは無茶だ。いくら初回の襲撃で戦ったことがあるといっても、それは勇者システムを利用したものじゃない」

 

 勇者たちには戦闘経験がない者もいるし、あったとしても一度だけだ。それを〝戦いを経験したことがある〟として扱うのは見込みが甘すぎる。

 

「大社の中には、貴重な存在である勇者をわざわざ危険に晒すべきではないという意見もあったが……。最終的には、より危険が少ない状況で試しておくべきだということになった」

 

 長久は反吐が出そうになるのを、すんでのところで堪える。どちらを選んでも勇者たちを危険に晒すのには変わりがないのだ。

 そもそもその二つを比べようが、どちらも大社の都合でしかない。人ではなく、道具のように考えるやり方に、そしてそれに加担する自身に長久は不快感しかなかった。

 

「今回、バーテックスを倒すこと自体は目的じゃない。あくまで、問題なく勇者システムが動くかどうかの確認だ。バーテックスと戦う時は……無茶せず、できるだけ少数の集団と戦うように」

 

 だからこれから長久が口にするのは、あくまで個人的な願い。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だと思う、そんな少女たちへ向けて、長久は請うように言葉を発した。

 

「……安心しろ、必ず生きて帰ってくる」

 

 そんな長久の言葉に、若葉が力強い言葉で応じる。長久の自分に彼女たちの無事を祈る権利はないという思いから、あくまで大社からの指示という体で発せられた言葉に、若葉はその大本を察せずとも込められた願いだけは確かに気づいていた。

 

「……皆、これを」

 

 若葉の言葉に感じた安堵を心の内に押し込め、長久は勇者それぞれにある物を配る。手の平に乗せられたそれは、小型のインカムだ。

 

「基本的にはこれで俺と連絡がとれる。時々指示を飛ばすし、カメラを内蔵しているからこちらで何か発見した場合も逐次報告をしていく。逆に、気づいたことがあればそちらからも連絡をくれ」

 

 それぞれが耳にインカムをしていくのを確認しながら、長久は手元の端末へと目を向ける。インカムの接続状況、勇者システムの稼働状態などが表示されているそれは、全て正常を示している。

 一先ずは問題なし――けれど重要なのはこれからだ、と長久は気合を入れる。むしろ、現状でエラーがあった方が彼女らを四国の外へ送り出すことができなくなるため、好都合ではあったのだが。

 そんな思考を長久は振り払いつつ、それじゃあ、と勇者たちへ指示を飛ばす。

 

「これより、勇者システムの試運転を始める。各勇者は変身後、結界外へと出撃。バーテックスと交戦し、勇者システムに問題がないことを確認し次第帰還するように」

 

 それに応じるように、勇者たちが変身の光に包まれる。勇者システムにより発生したその光は、勇者たちを包み込みその輪郭を変えていく。

 そしてその光は徐々に晴れていき――そこで、異常が発生した。

 

「……あ、あれ?」

 

 光が晴れた時、勇者たちはほとんどがその姿を変えていた。しかし杏のみ、その姿が変わらない。制服のままであるという事実に、戸惑ったように首を傾げた杏が再度勇者システムを起動しようとするが、今度は光すら発することはなかった。

 どういうことか、慌てて長久は手元の端末をチェックするが、システム的なエラーは発生していない。3Dモデル側は、正常にその姿を変えている。ならば問題があるとすれば、3Dモデルと本人のリンク。

 

 長久は目を凝らし杏を見つめる。検証の末、長久は神樹の力を見る能力にオンオフが効くようになっている。平時まで神樹の力が見えていると多くの物が神樹の力で賄われている四国では他の物が認識しづらくなる、とオフにしてた能力を使うと、長久の目に杏が変身できない原因が映った。

 

「神樹の力が安定してない……?」

 

 一瞬神樹の力が杏に纏わりついては、次の瞬間には霧散する。そんなことを繰り返す光が、長久だけには見える。

 基本的に、勇者システムでの変身は3Dモデルから発せられた呪術的な繋がりを、勇者側から発せられた神樹の力で補足、リンクを固定。そのリンクから得た勇者服の情報を利用し、神樹の力で勇者服を形成するのが変身のシークエンスになる。

 それ故に、そもそも神樹の力が安定しなければ変身することができない。現在杏が変身できないのは、それが原因なのは長久にも分かった。

 しかし、である。そもそも何故神樹の力が安定しないのか。その部分については長久にも理解ができない。

 特にシステム側には前回成功時から手を加えていない。またエラーが発生しているわけでもないので恐らくそれ以外の要因なのだろうと、そこまでしか長久にはあたりをつけることができなかった。

 

「……どうする長久。杏が変身できないのであれば、結界の外に行くのは危険になるが」

 

 若葉からの問い。長久は思案する。変身できていないのは杏だけ。他の四人が変身できているため、予定通り試運転に入ること自体は可能だろう。

 そうなると長久を悩ませる問題は、この杏に起きた現象が他の四人にも発生しないかどうかになる。

 杏の場合は幸いにも結界の外に出る前に起きたために何の問題もなかったが、これが結界外。特に戦闘中に起きれば命に関わってくる。

 このまま送り出すのはリスクが大きい――

 

「……杏を除いた四人で、このまま続行する」

 

 しかし長久はリスクを承知した上で、続行する決断をした。研究部の上司に確認を取れば、上司も同じ方針であるという。

 確かにこのまま試運転を続行するのは危険だ。けれど、この勇者システムが起動しないという問題を放っておくのもまた、後々の危険に繋がる。

 原因を特定するためにも、今までと変化がある状態で運用はしておくべきだと、長久も上司も判断していた。

 

 けれどあくまでそれは勇者システムの完成のための判断。友人たちを更なる危険に晒さなければならないと思うと、長久は心臓が痛むような苦しさを覚えた。

 常に感じている自己嫌悪。それが増していくのを自覚しながら、それを長久は噛み潰し、平常を装って長久は杏を除いた四人へと声をかける。

 

「杏に起きた問題の原因を把握するためにも、このまま杏以外の皆には結界外へと出てもらう。……無論、予定よりも更に危険がある状況だ。常に全員が他のメンバーのフォローに入れるように意識しておいてくれ」

 

 長久の言葉に、若葉たちが揃って神妙に頷く。一人残されることになってしまった杏は不安そうでこそあったが、今の自分では足手まといにしかならないことを理解しているのか文句を言うこともない。

 故に長久が研究部と共にシステムの監視体制に入り、若葉たちが結界外へと出撃していき――しばらく。

 

「……言葉がない、とはこのことを言うのだろうな」

 

 ポツリ、と若葉が思わずといったように呟く。それに対する明確な反応は、他の勇者たちからは返ってこない。

 若葉が漏らしたように、誰もが言葉を失っている状態だった。それだけ、結界の外は悲惨な状態だった。

 

 かつて人々が生活していた様子は、もはや痕跡としてしか残っていない。住居も、車も。()()()()()()()()()()()()()()()()()、あらゆるものが破壊されていた。

 若葉たちは結界外がろくな状態ではないとは覚悟していたものの、その予想以上に酷い状態に誰もが何を言ったらいいかすらわからなくなってしまっていた。

 

「なぁ……結界の外は、どこもこんな状態なのか?」

 

「わからないよ……遠くの方は全然、調べられてないらしいから」

 

 無言で結界の周囲を探索し続ける中、若葉から放たれた言葉をきっかけにして球子、友奈とぽつぽつと言葉がこぼれ始める。しかしそのどれもがどこか暗いものであり、彼女らがまだ平常心を取り戻せていない証拠だった。

 またそれを聞く若葉は拳を強く握りしめ、千景も眉間にしわを寄せ険しい顔をしている。勇者の誰もがこの景色に怒りや恐怖、そして絶望という感情を覚えていた。

 

「――ッ、止まれ」

 

 そんな中、若葉の小声ながら鋭い一声が響く。何事か、他三人は思わず一度若葉の方を見てから、その視線を辿り彼女が何を見たのかを確認する。

 ……そこにいたのは、白い異形。ここにいる誰もに見覚えがある、バーテックスだった。

 距離はさほど、近くはない。バーテックスは勇者たちを発見しておらず、また隠れて監視するだけならばさして問題のない距離。

 慎重に。勇者システムの謎の動作不良。また初の本格的な戦闘という緊張感。それらから勇者たちはまず、隠れて様子を伺うべきだと判断を下す。

 

 四人集まり草陰で背中合わせになる。全方向を監視できる体勢で、若葉が発見したバーテックスを注視する。

 バーテックスは何かを求めるかのように、周囲を見回しながらフラフラと漂っている。特にそれ以外にすることもなく、また周囲に別の個体の姿もない。

 おそらく、バーテックスはこうして少数の個体で人を探し、発見した場合何らかの方法で周囲のバーテックスを呼び込むのだろう、と若葉は予想する。

 

 バーテックス側に発見される前に、こちらがバーテックスを見つけることができてよかった、と若葉は内心だけで安堵した。こうして冷静に思考する時間ができたのはありがたい、と手元の刀――生太刀(いくたち)の柄を握りながら若葉は思う。

 しばしそうやって、勇者たちはバーテックスを監視するが、バーテックスが他の個体と合流する様子はない。やはり単独行動している個体。その確信を得た勇者たちは一度頷き合い、またインカムで長久からも許可をとれたため、あのバーテックスを相手に初の戦闘を試みることを決める。

 

 球子、千景、友奈の三人が周辺警戒と共に待機。若葉が生太刀を構え、バーテックスに駆け寄る体勢になる。

 目配せ――そして若葉の覚悟が決まると同時、ダッシュ。勇者システムの補助に上がった脚力を以って、数十メートルを一息で詰める。

 その素早い動きに、バーテックスは反応し切れていない。

 斬れる。その確信と共に、若葉は鞘から生太刀を抜き放ち、一閃。宙を奔る刃がバーテックスへと食い込む。

 

 ――感触が、軽い!

 

 若葉は己の失態に気づいた。平時と比べてパワーの上がる勇者システム。初戦闘による緊張。それらが相まって、若葉は距離を見誤った。

 想定よりも早く振るわれた若葉の一撃は、間合いを詰め切る前にバーテックスへと到達。真っ二つにするつもりで放った一撃は結果として、バーテックスの肉体の半ばまで切れ目を入れるだけに終わった。

 恐らく、数瞬もあればバーテックスであろうと死ぬであろう一撃。しかしその数瞬が今回の場合、致命的であった。

 

ホロビヨ……! ホロビヨ……!!

 

 バーテックスの口から、擦れた音のような何かが響く。人間には正確に聞き取れないそれは、若葉たちでは意味を理解することはできなかったが、これから何が起こるからだけは理解できた。

 

『若葉ッ!!』

 

「わかっている!!」

 

 長久の声に反応してその場を飛び退る若葉。勇者システムの力によって瞬間的に離れることに成功した若葉は、先ほどまでいた場所へと大きな口で食らいつくバーテックスの別個体を目撃することとなった。

 

「案の定か……!」

 

 噛みつきが宙を空ぶったバーテックスは、即座に若葉の位置を捉えると、知性がないのか真っすぐに若葉に向かって襲い掛かってくる。

 しかし若葉にとって不意打ちならともかく、真正面からくる敵など恐れるものではない。先ほど生太刀を振るった感触から修正、向かってくる敵に合わせて――()()()()()

 抜刀の勢いと、バーテックス自身が突っ込んでくる速度を利用し、横一文字にバーテックスを両断する。やはり、この白く人間ほどの大きさのバーテックスであれば勇者システムもあって厄介な敵ではない。そう思いながら若葉は一度、鞘へと刀を納める。

 

「――若葉ちゃん!!」

 

 刹那、響いた友奈の鋭い声に反射的に若葉が振り向けば、そこには大口を開けるバーテックス。

 そしてそれに向かって大跳躍で接近し、拳を振りかぶる友奈の姿。

 

「でやぁッ!!」

 

 天ノ逆手(あまのさかて)と呼ばれる手甲。それを両拳に纏った友奈は、右拳を全力でバーテックスへと叩き込む。

 あまりのインパクトに、吹き飛ばされる暇もなく砕け散るバーテックス。そんな光景に、若葉は思わず数瞬絶句してしまった。

 

「……た、助かった、友奈」

 

「ふぅ……若葉ちゃんが無事でよかった」

 

 やや間をおいて礼を口にする若葉に、友奈は笑顔で応じる。しかしその顔はすぐさま険しいものへとなり、視線が周辺へと走る。

 

「でも、これはちょっとマズそうかな……」

 

「ああ……すまない、失敗した」

 

 友奈と同じく、若葉も周囲を見る。そこにはどこから現れたのか、先ほどまでいなかったはずのバーテックスがわらわらと集まってきていた。

 加えて。最初に見つけた個体に接近した若葉と、それを助けに来た友奈は残りの二人と距離が少しばかり距離が離れてしまっている。間にいるバーテックスの数は多くはないが、それでも合流のためにそこの突破にだけ集中するには、些かリスクが高過ぎる程度には、周囲にバーテックスが集まってきていた。

 

「どうしよう……若葉ちゃん」

 

『理想形は四人合流して、結界内まで逃げ込むことだが……』

 

「そうも言ってられん、なッ!!」

 

 一閃、若葉は不用意に近づいてきたバーテックスを、鞘から抜き放った生太刀で両断する。下手に会話に集中することもできない状況、不用意に敵に背を向けるわけにもいかない。

 若葉と友奈、二人背中合わせで向かってくるバーテックスを迎撃しながらどうしたものかと思案する。

 

『……仕方ない、このまま二人組で互いの死角をカバーしながら戦闘。合流の隙ができるまで耐えるしかないか』

 

「敵の数がわからない以上、下手に突っ込んで消耗するのは避けたいところだな!」

 

「わかった、とりあえず近づいてきた敵を倒すだけでいいんだね!」

 

 それぞれ斬る、または殴りバーテックスを処理しながら言葉を交わす。

 未だ周囲には大量のバーテックス。迎撃しながらでは、もう二人の様子はバーテックスたちの隙間からチラチラと見える程度であり、どうなっているか正確に把握することはできない。

 無事でいてくれ、若葉と友奈は二人揃ってそう願いながら、目の前の敵へと武器を振るった。




戦闘関係とか、設定周りの話になると文字数が嵩むのはいつものこと。
そんなわけで次話も戦闘です。まぁ日常段階にしても、盛り上がりどころは欲しいということで。
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