Vinculum semper vivat   作:天澄

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十一頁目.日々の暮らし:星空の下

 ――声がする。

 

 頭に響く誰かの声が俺を呼んでいた。何だ、誰だと問うも明瞭な答えは返ってこない。

 そもそも自らの声が聞こえてこなかった。確かに喉から声を出したはずであるのに、まるで音が伝わるための空気が存在しないかのようにその世界は無音であった。

 

 そこで初めて辺りを見回してみる。

 周りは暗く、果てはなく。地面は確かな踏み締める感触を返してくるのだが、その材質は淡く発光する白い何かとしか言えず、明確に何かを判別することはできない。

 地面は延々と続いているわけではなく、どうやら円形となっているらしい。試しに端まで行って下を覗き込んでみれば自分がどこか、円柱のようなものの上にいることが分かった。

 しかし円柱より外は下も見えず、落ちたらどうなるかすら分からなかった。

 

 結局。今自分がどこにいるのか、そしてそれまで何をしていたかすら俺には思い出すことができなかった。

 名前も、何をしていたのかも。何もかもわからずただ途方に暮れるしかない状態。

 どうしたものか、何とはなしに白い地面の中心部へと行ってみる。

 

 何かに惹かれるように、実際よく目を凝らしてみればそこには細く弱いながらも光が差し込んでおり。

 それに気づいた時、確かに何かを心に感じながらゆっくりと歩を進めていく。

 そうして俺は光の元へと辿り着き。ただ暗い空を見上げてみれば、遠く……ただ遠くに光る何かを見つけ。自然とそれに向けて右手が伸びていき――

 

 ――っ!?

 

 突然、足場が失われた。

 

 泥に足を取られたかのように。底なし沼に沈んでいくかのように。

 何かに引き込まれるようにして下へ下へと体が沈んでいく。

 見れば自分が立っていた場所から黒い何か――闇が白を侵食するかのように広がっていっている。そして白が闇によって汚されていくのと同じように、俺の身体はどんどん闇へと飲み込まれていく。

 思わず恐怖から助けてくれ、と叫び声を上げるも、誰も助けてくれることはない。そもそもどこにも自分以外は存在しない。

 

 どうして俺がこんな目に、そんな思考が頭を過ぎる中、再び頭に声が響く。けれど今度は先ほどよりももっと明確だ。

 もがき苦しみながらも、自然と導かれるようにその声へと自分の意識が傾ていく。

 聞こえてくるのは、そう……助けて、痛い、苦しい。そんな今の自分が抱く思いと同じもの。

 同じくこんな状況に追い込まれた仲間がいる。その事実に、飲み込まれてから閉じていた目を開いて辺りを見ようとする。

 

 そこにいたのは――俺を闇へと引きずり込もうとする人間たちだった。

 

 相手は闇が辛うじて形を成したものであり、顔も見えない無貌の化物であるはずなのに。けれど分かる。俺にはそれが誰だかわかってしまう。

 

 俺の足を掴むのは、あの時足を怪我し、逃げることもできなくなって俺に助けを求めていた男。

 

 俺の腕を掴むのは、あの時我が子を守ろうと、一人化け物を睨んでいた母親。

 

 俺の腹を掴むのは、あの時死にたくないと叫び、抗っていた少年。

 

 そして俺の首を掴むのは……あの日、俺の目の前で化け物に上半身を食われた少年。

 

 闇の中にいるのは全て、あの日俺が見捨ててきた人間だ。一度だって忘れたことはない。

 ああ、そうだ。俺はあの日、バーテックスが現れた日。ヒーローに憧れておきながら多くの人を見捨てて、無様にも生き延びてしまった。

 

 ――どうしてお前が生きている。

 

 そうだ、俺は生きているべきではなかった。

 

 ――どうしてお前が幸せを享受している。

 

 そうだ、俺は幸せになっちゃいけない。

 

 ――どうしてお前が勇者たちの傍にいる。

 

 そうだ、俺に彼女たちの傍にいる資格は――

 

 


 

毎日夢を見る。

俺が見捨ててきた人々が

俺を責め立てる夢。

それに文句はない。

それが俺の生み出した幻影であれ何であれ、

俺を責めるのは、彼らが持つ当然の権利だ。

そう……忘れちゃいけない。

俺は、許されちゃいけないんだ。

 

大赦書史部・巫女様
勇者御記 二〇二〇年三月

 検 閲 済
白芥子長久記

 


 

 

「――っ、はぁっ……はぁ……」

 

 跳ね上がるようにして長久は上半身を起こす。全身汗だらけで気持ちが悪い。寝巻が肌に張り付き、シーツもびしゃびしゃだ。

 風邪をひくどころか、水分不足で死んでしまいそうだと、そうどこか他人事のように長久は思う。同時に、それで死んでしまった方がマシなのではないかとも。

 けれどまだ自分にはやれることがあると、長久は首を横に振る。死ぬにしても、せめて誰かの役に立ってから。そうでなければ贖罪にならないと、長久はベッドの横に置いておいたスポーツドリンクを飲む。

 冷たくはない。だが今は飲みやすくてそちらの方が都合がいい。長久は一気にペットボトルの半分ほどを飲み干していく。

 ぷはぁ、と一息。多少頭は落ち着いた。一先ずはシャワーでも浴びて、それからシーツを交換して、と長久は脳内で予定を組み立てていく。

 

「……随分と、魘されてたわね」

 

 突如響いた声に、長久は弾かれるようにして顔を上げる。自室の入り口の方を見れば、黒髪と黒いジャージのせいで分かりづらかったが、壁に肩から寄りかかるようにして千景が長久のことを見つめていた。

 見られた、その事実にどうしようかと悩んで、それから長久は困ったように笑う。千景の口振りから、言い逃れできない程にはっきり見られたのだろうということを気づいたからだ。

 千景は勇者だ、だからその性根は優しい。一度見られてしまったからには放っておいてくれないだろう。ならばむしろ一度説明をしてしまったほうがいいだろうと、少し手で待つように示してから長久はスポーツドリンクを何度かに分けて飲み切ってしまう。

 それから、汗のかき過ぎで体が冷えそうなことを自覚して、このままではかなり千景を待たせてしまうと気づいて先に声をかけることにする。

 

「千景、一旦部屋に戻っておいてくれないか?」

 

「……いいけれど、後で話は聞かせてもらうわよ」

 

 それにわかってるって、苦笑しながら後で部屋まで呼びにいくと約束して、一旦千景を部屋へと戻らせる。

 長久はシャワーを浴びて着替える。その時服は少し、厚着にしておく。風呂上がりで話をするなら、体が冷えないようにしなければいけないだろう、という判断だった。

 長久は予備の寝間着に上着を羽織りちょっとだけ荷物を持って、千景の部屋まで行きドアをノックする。時間が時間であるためにノックは控えめだ。

 もし千景が寝てしまっていたら気づかない音量だ、もしかしたら千景から反応が返ってこないかもしれない……しかしそんな長久の心配は杞憂だったらしい。

 ドアを開けて顔を覗かせた千景に思わずがっかりして、そこで反応がなく話さなくて済むことを少しだけ期待していたことを自覚する。そんな自分を嫌悪しながら、長久は千景を外で話そうと誘う。

 それに応じた千景が一度部屋に戻り、上着を羽織ってきたことを確認してから長久先導のもと、目的地へ向けて移動し始める。

 その道中は、ひたすらに無言であった。長久は話すとしたら腰を落ち着けてからだと思っていたし、千景は長久が話す気がないことを察していたため、どちらからも言葉を発することはなかった。

 

「ここで話そうぜ」

 

「ここ……屋根の上?」

 

 千景の言うと通り、長久が話の場として選んだのは丸亀城の屋根の上だった。丸亀城の屋根の上は、意外と簡単に行くことができる。

 実際、勇者たちの何人かは屋根の上に何度か行ったこともあるらしい。ただ長久に関しては勇者と違い、もし落ちた時が危険だからとあまり推奨されていなかった。

 けれど今回は少し話すだけであるし、何かあっても千景が助けてくれるだろうという信頼が長久にはあったため、長久はこの場所を選んでいた。

 

 未だ三月末。警戒して多少着込んできたとはいえ、やはり少し肌寒いと長久は自らの肩を擦る。だがだからこそ先程の夢で妙な熱を持ってしまった頭を冷やすにはちょうどいい。

 風呂上がりだということもあって、冷たい風が長久には心地よかった。とはいえ、それは長久だけの話。千景は身体が温まっているわけではない。見れば寒そうに、少しだけ震えているようだった。

 だから長久は街の電灯などが美しく見える位置に座ると、千景を近くまで呼び寄せ自身と千景を包むようにブランケットをかける。

 人肌の温もりというのは落ち着くものだ、長久は自覚がなかったが、その心の奥底では嫌な夢を見た辛さを癒やすために人肌の温もりを欲していたところがあった。

 

「……それで、話してくれるんでしょう?」

 

「そうだな……」

 

 どこから、どこまで話したものか。少しだけ考えて、それから長久は心の赴くままに話すことを決める。

 長久にとって、千景だけは特別であったから。ヒーローとしての千景ではなく、対等な友達の千景にならいくらでも話せる気がした。

 だから長久は星空を見上げながら、ぽつりぽつりと話していく。

 

「毎日夢を見るんだ。同じ夢を」

 

 見捨ててきた人々に、責められる夢。どことも知れない場所で、ずっと責められ続けるそれは、負い目もあって否定もできず聞き続けるしかない夢。

 そして長久は、千景へとずっと抱えていた罪悪感も話していく。千景と出会う前。何があったのかも。

 

「俺は……俺はきっと、生きているべきじゃないと思ってる」

 

 そう、長久は自分語りを締めくくる。千景がどんな表情をしているのか、それが怖くはあったが気になった長久がチラリと千景の様子を伺う。

 それに対し千景は、なんと言うべきなのか困っていた。千景自身、恵まれた人生を送ってきたわけではない。どちらかといえば、千景は救われなければならない側の人間だった。

 だけどそんな千景を見て、悲しげにごめんと言う長久に。千景は友達に何もできないのが嫌で、せめてと自分なりの言葉を口にする。

 

「……気軽にあなたは生きているべきだなんてことは、言えない」

 

 千景には死人の想いなどわからない。あの日死んでしまった人々が長久を恨んでいるかどうかなどわからなかった。

 だから決して、長久が生きることを肯定などできない。例え千景がそれを肯定したとしても、長久は納得しないであろうこともわかっていた。

 

「だけど私は」

 

 けれど千景だからこそわかることもあった。

 

「私は……私の友達に、生きていて欲しい」

 

 千景はあの日長久にヒーローだと存在を肯定されたことが嬉しかった。今日だって自分は長久のヒーローであるという自負が支えになった。

 だから千景は、今度は自分が長久を肯定して、その支えになりたいと願う。

 

「自分を許せなくても、信じられなくてもいいから……この先も生きて一緒にいて欲しい」

 

「………………」

 

 そんな千景の思いを。けれど長久は素直に受け取ることができない。

 長久にとってやっぱり自分は死ぬべき存在で、自分にできることを成したらそこで死ぬことで初めて贖罪が完遂できると思っている。そうでなくては、釣り合いがとれないと。

 同時に、自分よりよっぽど生きるべきヒーローである千景を、自分ごときののことで悲しませたくないとも長久は思う。

 相反することでありながら、どちらも長久の自己嫌悪からくる思いだった。そしてそれは、どちらも長久の正直な心であった。

 

「……じゃあ、さ」

 

 今の長久には、どちらも選ぶことができない。どちらを選んでも、もう片方を選ばなかったことが許されるとは長久には思えなかったから。

 

「今、あの空はさ。神樹様が見せてる幻で、本物じゃないんだってさ。……本物の空は、もう見えないらしい」

 

 千景はそれを自分の目で確かめていた。確かに、結界の外で見た空はもはやかつて見た空ではなくなっていた。

 まるで自分たちから空が奪われたようであったと、千景は振り返る。

 

「だからいつか。本物の空を取り戻した時。その時……もし俺が誇れる自分自身になれてたら。その時は、生きてみようと思う」

 

 長久が夜空へと向けて手を伸ばす。今はまだ、どうしようもない程に自分が嫌いだけど。もしも……もしも未来の自分が誇れるような人間だったら。

 千景と……いいや、勇者の皆と生きてみたいと初めて思える、そう長久は未来の自分へと願いを託す。

 

「とりあえずは、今回発覚した勇者システム強制解除の問題から手を付けてみるよ」

 

「……それについてなら、少し気になったこともあるから明日にでも話すわ」

 

 それに何で明日、と首を傾げた長久に千景は苦笑してみせる。どうにもこの友人は視野が狭すぎるところがある、そんなことを千景は思う。同時に、視野の狭さは自分も大概であると自嘲しながら。

 

「折角なんだから、もう少し夜景を楽しみましょう?」

 

 こんな時間に屋根の上に来るなんて滅多にないし、と千景が言えばそれもそうかと長久が息を吐く。

 それから長久はじゃあ、と手を伸ばし星空を指さす。

 

「冬の大三角でも探してみるか?」

 

「流石にそれは簡単に見つけられるでしょ……」

 

 ほらあそこ、と千景が指を指して、長久があそこか、と目を細める。街が明るいのもあって星は見えづらかったが、何とか冬の大三角程度なら長久でも見つけることができた。

 こういう時、勇者は視力も上がっていて便利だな、と千景は何となく思いながらふと、疑問に思ったことを長久に問う。

 冬の大三角のシリウスって何座の星だっけ、と千景。それにおおいぬ座じゃなかったっけ、と長久が答える。それから、おおいぬ座の他の光が弱い星は見えないなと呟いた。

 そうやって二人、寄り添いながら静かに夜景を楽しむ。そんな平和な時間はただ静かに過ぎ去っていく。




友と絆を築き、トラウマを乗り越えていく。

タイトルは結構意訳いるんだけども、直訳でも絆って単語は出てくる程度には絆がテーマだったりするのだ。
だからまぁ、こういう平和な日常でのコミュ回は重要だったりするのでもうしばらく付き合ってもらえればと。
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