Vinculum semper vivat   作:天澄

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十三頁目.日々の暮らし:戦う理由

怖くても、誰かの為に立ち上がれる。

譲れないものの為に立ち上がれる。

それがきっと勇者なんだろう。

それが俺が知っているヒーローの在り方だ。

俺がなりたかったもの。

俺がなれなかったもの。

だから彼女たちには、

その在り方を貫いてほしいと思う。

 

大赦書史部・巫女様
勇者御記 二〇二〇年五月

 検 閲 済
白芥子長久記

 


 

 それは何でもない、よく晴れた日の出来事だった。

 

「――杏がいない?」

 

 長久の口から出たのは、そんな言葉だった。

 長久が自室で研究を進めていたところ、突然球子が入ってきたと思えば開口一番に杏の姿が見当たらないとのこと。

 最初は長久も年齢的に見当たらない程度でそこまで気にすることはないだろうと思っていたが、よくよく考えてみれば球子が知らないというのは珍しい事態だ。

 基本的に杏は球子と行動を共にしており、別行動するにしても球子にちゃんと何をするのか告げてから行動するのがほとんどだ。それがこうして、球子が慌てているということは連絡も全くなかったということ。

 更に詳しく話を聞いていけば、今朝からその姿が見えないということだ。長久が時計を見てみれば、既に時刻は十七時。時期的に日の出ている時間が長くなっているとはいえ、心配にもなる時間である。

 加えて、長久たちが過ごす丸亀城内の寮にも帰宅時間がある。その時間まで一時間程度なのに帰ってきていないという事実も、どうにも長久たちの不安を煽った。

 

 なるほど、そういうことであれば――長久も心配になって杏を探すことにする。過保護もよくないとは思うが、なにせ杏は勇者の一人。貴重な人材だ。

 それに長久自身の友人でもある。打算と純粋な心配。両方を抱えて長久は球子からまだ探してない場所を聞き出す。その際に打算が交じることに自己嫌悪したが、今はそれには目を瞑ることにした。

 

 球子が他の勇者たちに声をかけに行くのを見送って、長久も杏捜索へと乗り出す。球子曰く、丸亀城内はほぼほぼ探したらしい。

 となれば探すべきは丸亀城の外か、と長久は外へと向かう。球子が入れ違っただけで、丸亀城内にいるという可能性はあるが、それは千景などのインドア派に捜索を任せるべきだと長久は判断していた。

 まず探すならば杏がいそうな図書館か? と一瞬考え長久は頭を振る。図書館は既に閉館時間を迎えている。既に追い出されているだろうと、長久は町中を駆けながら同時に思案する。

 ならば本屋か、道中で見かけた書店に一瞬そう思うも、そこまで長い時間店舗内にいたら店員から注意されるだろうと、長久はその発想も振り払った。

 

 そこで長久はそもそも、と思考を切り替える。今回は基本的に真面目な杏が帰ってこないという異常事態だ。ならば平時の杏がいそうな場所を探しても意味がないのではないだろうか、と長久は思いつく。

 しかしそれでは余計に捜索範囲が広がるだけである。ならば一度状況を整理して、ある程度予測を立てて行動しなければならない。

 

 長久は近場のコンビニエンスストアへと入る。悠長に買い物してる場合ではない――とは長久自身理解していたが、頭を使うのであれば一度クールダウンを挟みたいというのが正直なところであった。

 五月とはいえ人を探して走り回れば当然ながら汗もかく。火照った身体に冷房が当たることに心地よさを感じながら、適当にアイスを一つ買っていくことにする。

 お気に入りのアイスがあったことを内心少し喜びながら支払いを済ませて、店外へと出る。

 

 それから長久は一度、軽く思案してから近場の公園へ向かうことにした。落ち着いてアイスを食べる場が欲しかったというのもある。

 公園であれば時間的に人がおらず、考え事もしやすいというのもあった。そして何より、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()というのが大きかった。

 

 わざわざ誰にも告げず出かけたのだ、ならば少なくとも一人になりたいという意思があったのだろうというのは、長久にもすぐに思いついたことだった。

 とはいえ朝から夕方まで、ずっと一人で考え事をし続けていたのかとなると、正直怪しいところもある。そこら辺も含めて長久としては一度しっかり予想を立てたかったのだが。

 

「……いたよ」

 

 まさかの一発で発見である。なんだか拍子抜けしてしまい、思わず長久は溜息を吐いてしまう。

 とはいえ発見は発見だ、と長久は球子を始めとした仲間たちへ連絡を取ろうとして。

 

「………………」

 

 杏を見つけた、とのみ伝えるに留めた。球子の心配具合から、きっと場所を伝えればすぐにでも迎えに来るだろう。けれどそれでは杏が抱えていたものは解決しないと、長久は思う。

 今日、こうして一人になるということは、今杏が抱えている悩みは球子に相談できないものなのだろう。そしてその悩みが解決していないからこそ、こうして帰宅時間の規則を破ってまで外にいる。

 長久はそこまで考えたが故に、発見報告に留め、そしてそれだけだと帰るのが遅くなれば自分まで心配されてしまうと追加で少し話してから帰る、とメールを送った。

 

 それから長久が杏に歩いて近寄れば、杏は夜空を見上げながら呆けてばかりで長久に気づくこともない。これは重症だな、長久は苦笑しながらアイスを杏の頬へと押し付けた。

 

「――わひゃあ!?」

「マジで気づいてなかったのかこいつ……」

「え? へ? ……あっ」

 

 何事かと慌てて周囲を見回していた杏は、長久と目が合うと小さく声を漏らした後、赤くなって縮こまってしまう。

 どうやらそれなりに恥ずかしかったらしい――その姿に長久はまた苦笑し、ちょっとだけ追い打ちをかけたら面白いかもしれないと思った。

 しかしそれでは無駄な時間がかかってしまう。杏の可愛らしい姿をもう少し見たいという欲を振り払い、長久は杏の隣へとベンチに腰掛ける。

 

 何してたんだよ、と長久。けれど杏からは明確な返事が得られない。続けて長久がみんな心配してたぞ、と言えばかろうじてごめんなさい、とだけ小さな声で返ってきた。

 思わず長久は後頭部をかく。それから仕方ないと、長久は棒アイスを半分に割って、片方を杏へと差し出した。

 本当なら贅沢に二人で分けられるアイスを、二つに分けずに一人で食べるつもりだったんだがな、と長久は思いながら一口、シャクっと音を鳴らしながらアイスを齧る。

 

「うまい……けど、ちょっと寒いな」

「そう、ですね……」

 

 いくら長久は走り回った後だと言っても、五月の夜。それに杏に関してはそもそも運動した後ですらない。

 外で食べるには些か冷える。それでも長久と杏は、互いに無言でアイスを齧る。

 そんな中、口火を切ったのは――やはり、長久だった。

 

「……まだ、戦うのは怖いか?」

「ッ、それは……」

 

 その杏の反応に、やっぱりかと長久は溜息を吐いた。一応、悩みがあって帰ってこなかったのであれば、と長久は予想を立てており、それが当たった形だった。

 あれから何度か勇者システムの動作確認のために、勇者たちを結界外へと送り出しているがしかし。杏だけは未だにそれに参加したことはなかった。

 理由は至極簡単。杏が変身できないから。未だに杏は戦うことを恐れ、結界外に出る際に勇者への変身をすることができなかった。

 それどころか、戦闘もしないただのシステムチェックでの変身すら、杏はできなくなってしまっていた。

 戦うという意思さえ取り戻せれば変身できるのか。はたまた神樹に勇者として認められなくなってしまいもう二度と変身できなくなってしまったのか。

 そういった部分すらはっきりせず、長久としては技術的にどう手を付けたものかわからず困ってしまっていた。

 

「……つっても、正直俺は戦いたくないなら戦わなくていいと思うけどな」

 

 その長久の言葉に、杏が驚いたような顔をする。とはいえ、こんなこと誰も言ってこなかっただろうから、当然の反応だと長久は思った。

 だが、だからと言って戦わなくていいと思っているのは長久だけではないことを、長久は知っている。

 

「俺たちはさ、思うわけだ。何でたった五人の女の子に、世界の命運を背負わせなきゃいけないのかって」

 

 それは、少なくとも技術班の総意であった。たった五人しかいない女の子に、全てを背負わせなくてはいけない。

 自分たちは大人なのに、そう呟く技術班の人々を長久は見てきた。そして長久自身、人々の命を背負える程上等な人間じゃないから肩代わりしたいとは思わなくても、もっと自分を上手くリソースとして利用できたら良かったのにと思うことは多かった。

 

「……だけど、神樹は俺たちを選ばなかった。力を得たのは、杏たち勇者だけだった」

 

 ならば自分たちにできることは。選ばれなかった以上は、自分たちにできることをやるしかない。

 だから技術班は彼女たちが死なないように、精一杯彼女たちを守れる技術を生み出そうとするのだ。

 そうやって戦えないなら戦えないなりに、別の戦い方をするしかない。

 

「技術班は杏たち勇者だけに全部丸投げするのが嫌で、自分たちにできることをやってる。……なぁ杏。お前は何のために戦う――いや、何のために()()()()()()……?」

 

 戦えない自分に悩むというのであれば。少なくとも戦いたいという意思はあるということ。

 長久としては杏は戦わなくてもいいと思うし、それは勇者たち全員に言えることだ。勝手に選ばれただけなんだから、勝手にやめたっていいのだと長久は思う。

 けれど、自分から戦いたいと思うのであれば。長久は背中を押したいとも思った。彼女らを戦わせるなど無論、やりたくはないが。

 それでも、それは長久自身があの日選べなかった選択肢であり。だからこそ美しく尊い意志だと感じたから、長久は彼女らの在り方を肯定したかった。

 

「私が、戦いたいと思う理由……」

「若葉なら、きっと報いを与えるため。球子あたりなら、杏を守るためとか言うだろうな」

 

 普段の言動からの予想を長久が言えば、杏は目を瞑り、胸に手を当て考え込む。

 それを見つめながら、長久は眩しいものを見るようにして目を細めた。

 恐怖を前にしてそれでもなお、戦いたいと思える意思の強さ。長久の中で、どこかで感じていた杏に対する親近感が打ち消されていく。

 

 ――やはり彼女もまた、勇者である。

 

 そんな当然の事実が長久にはどうしようもなく眩しい。

 

「私は……私も、タマっち先輩を守りたい。ううん、私はタマっち先輩や皆で過ごす日々を守りたいんだ」

 

 そう伏し目がちに呟かれた言葉はしかし、その姿に反し強い意志を感じさせるものだった。

 自分の為にではなく、誰かの為に。そうやって立ち上がれる人間が、長久にはどこまでも美しく、そして眩しく見える。

 

「今過ごす毎日が、私はとっても幸せだから」

「……それなら。いつか立ち上がれるはずさ」

 

 自分とは違って、と内心だけで呟いて長久はベンチから立ち上がる。

 溶けかけていたアイスの最後の一口を齧って、棒をゴミ箱に投げ入れながら、半分だけ振り返って長久は自分が思ったままに、杏へと言葉をかけた。

 

「恐怖ってのは行き過ぎなければ、危険を察知する力になる。杏のそれは、武器にもなるはずだ」

「長久さん……」

「だからすぐには戦えなくてもいい。守りたいものがあって。その為に戦いたいと思えるなら、必ず杏は戦える」

 

 その心は間違いなく勇者だったから。今日の会話を通して長久は杏が自分とは違って確かな勇者であると確信した。

 だから長久は手を差し出す。杏が幸せだと言った日常に帰るため。

 そしてそれを、杏はゆっくりと握り返す。

 

 

――紫羅欄花(あらせいとう)が咲く日は近い――




そんなわけで原作にもあった杏ちゃん行方不明事件。理由とか杏発見の流れとかは弄ったけどもね。
とりあえず予定としては、オリジナルイベントや原作イベントを挟みつつ一年間を描いて、もう一年はスキップ。そしてようやくのわゆ本編という流れ。

ちなみにまだアンケート投げてます。十四頁目投稿後の結果に応じて、十五頁目から反映予定。

それでは平成お疲れ様でした。次は令和で。

十二頁目から台詞間の空行無くしたけど、空行有り無しどっちが読みやすい?

  • 空行有りの方が読みやすい。
  • 空行無しの方が読みやすい。
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