正直な話をすれば気まずい。それが長久の胸中を占める思いだった。
外を見れば流れていく街並み。長閑なそれは、意識を逸らすにしても、すぐに飽きてしまうようなもの。
かと言って現代っ子らしくスマートフォンを弄り出すというのも失礼なように思えて、長久にはできなかった。
どうしたものかな、と後頭部をかきながら長久はちらりと、隣に座る少女を見る。
美しい黒髪に、赤い大きなリボン。赤銅色の瞳には、一体何が映っているのか。
少女――上里ひなたは、長久にとっては友達の友達だった。
上里ひなたという少女と、長久は微妙な関係性であると言える。
クラスメイトとして、そして若葉の友人として。二人は全く話さないわけではない。授業でわからないことを教え合ったり、互いに勇者ではないという立場上、二人きりになるということだってある。
今回だって、巫女である上里と、異端ではあるが巫女の資質を持つ長久に用があるということで、二人揃って丸亀城から神樹が存在する大社本部へと移動していた。
けれど今までと今回では、一つ違う点があった。今までは二人きりになる時は、勇者が別行動しているだけで、仕事や授業があった。だから話題自体は状況的に存在していたのだ。
しかし今回に関しては、移動中の車の中という二人きりでありながら、その場でネタにできる話題が存在しない。
普段、能動的にコミュニケーションを取っていない相手に、長久はどう話したものか、すっかり困ってしまっていた。
はぁ、と小さく溜息。助けを求めるように運転手へと視線を向けるが、残念ながら反応はなし。
長久は技術班の大人とは親しかったが、流石に大社の職員全員と親しいわけではなかった。
今回は巫女関係の部署の職員。長久とは面識がなく、また気さくな相手でも無いようだった。
別に、長久はひなたと話さなければいけないわけではない。別にこのまま無言でも問題はないのだ。
しかし親しい相手ならばともかく、微妙な距離感の相手と無言になってしまうと気まずさを感じてしまう。長久はそんなタイプだった。
そのためどうにも、今の空間は居心地が悪い。一応、共通の話題としては若葉が存在するが、基本的に長久が若葉に会う時は上里もセットだ。今更、話すような内容も思いつかなかった。
そんな風に長久が頭を悩ませていると、くすりと上里が笑い声を漏らす。え、と思わず長久が上里の方を見れば、いえ、と上里が口を開いた。
「ごめんなさい。悩んでるのがわかりやすくて、つい」
「えっと……そんなに、わかりやすかった?」
「はい、とても」
それは恥ずかしいと長久は頬をかく。勝手に考え込んでいるのがバレていたのだ。相手からはわからないと思っていたために、そこそこ恥ずかしい。
とはいえ、悩んでいるのがバレてしまったのなら、もはや変に隠す意味もないか、といっそのこと正直に話してそれ自体を話題にしてしまおうと判断する。
「まぁ……なんだ。上里とこうして二人きりで話すことってなかっただろ? だから何を話したもんかなーってさ」
「言われてみれば……。確かに、お話する時は若葉ちゃんがいる時か、授業のことが多かったですね……」
なるほど、と納得した様子の上里はそしたらですね、と指を一本立てて長久に提案してくる。
「まずは私のことを名前で呼んでください」
「名前で?」
「はい。下の名前で呼んだ方が友達感が出るでしょう? まずは形から、友達らしい距離感にしてみましょう」
「一理ある」
上里の提案に大きく頷く長久。確かに今日まで、勇者たちと距離を詰める時も名前を呼んできた。
こうして改めて呼び名を変えるというのは些か恥ずかしさのあるものだったが、いい加減長久も慣れたもの。それじゃあ、と比較的スムーズに口火を切る。
「ひなた」
「はい、長久さん。……と、言っても特別話題は生まれませんけどね」
「……だろうね」
名前を呼んだ程度で話題が生まれるわけがない。オチがわかっていたとはいえど、長久とひなたは苦笑するしかなかった。
とはいえ、少し空気が変わったのは事実。柔らかくなった空間であれば、自然と話題も出てくる。
「そういえば、ひなたはよく写真撮ってるよな? 趣味なのか?」
「若葉ちゃんの写真を撮るのはライフワークですから」
「お、おう。……他の皆の写真は、撮ってないのか?」
「それも撮ってますね。写真は、思い出を形として残せますから」
そんな風に他愛もない話が一度始まれば、そこからはもう自然と話題は広がっていく。
何でもないようなことを、友達として楽しく話していれば目的地までの移動などすぐである。車から降りて、二人は職員に案内されるがままに、大社本部の廊下を歩いていく。
「……すげー今更なんだけどさ、ひなたは今日何やるために呼ばれたのか聞いてる?」
「私も簡単にしか。私達の巫女としての能力を測るということでしたけど……」
「具体的には何も聞かされてないんだよなぁ。能力の計測なら、結構前に済ませてたはずなんだけど」
二人は既に、その適性を見出された段階である程度の能力の計測を済ませている。
ひなたであればどれだけの精度で神託を受けられるか、長久であれば神樹の力が見えるというのはどこまで明確なのか。
そういったものの計測は済ませているために、今回の呼び出しに関しては情報が与えられていないというのもあって、二人共何をするのかという部分を把握していなかった。
「それでは、しばらくこの部屋でお待ちください」
「あ、りょーかいです」
「どれくらい待てばいいのでしょうか?」
「予定より早く着いてしまったために、まだ準備が整っていない状態です。準備ができ次第、こちらから声をかけますのでそれまで辛抱いただければと」
それでは、と去っていく大社職員を長久とひなたは見送る。
どうにも事務的な人だったなぁと思いながら、あてがわれた部屋に障子をを開けて長久は日向と共に入室する。
六畳ほどのその部屋は、中心に長いローテーブルが存在しているだけで何の変哲のないものだ。あとはテーブルの上に湯呑みや急須、電気ポットがある程度だろうか。
「長久さん、お茶飲みますか?」
「あ、うん、淹れてもらえるなら嬉しい」
ひなたが淹れたお茶を、ありがとうと礼を言いながら受け取る。しかし、長久は若干の猫舌であるためにすぐに飲むことはできない。
両手で持ちながら息を吹きかけていれば、くすりとひなたが笑みを浮かべた。
「……なんだよ」
「いえ、可愛らしいなぁと」
「しょーがないだろ、猫舌なんだから」
ぷい、と拗ねて長久がそっぽを向けば、微笑ましいものを見るようにひなたが笑う。
本当にひなたってひとつ下なのか、と若干失礼なことを長久が考えていると、そういえば、とひなたがふと口を開く。
「長久さんに以前から聞きたかったことがあるんですが」
「ん? 何?」
いえ、とひなたが目を逸らして言葉を濁す。何か聞きづらいことなのだろうか、疑問に長久は思うが、そういったものをあとに残しておくのも面倒事の元になる。
だから気軽に遠慮なく言ってくれ、とひなたへと告げる。
「そういうことでしたら――」
――どうして長久さんは、他の皆さんと距離を取っているんですか?
「……へ?」
予想外の質問に、長久の思考が止まる。しかしそれも一瞬のことで、すぐに平静を取り戻し、そしてひなたは一体何を言っているのだろうと首を傾げる。
無自覚のうちに背筋に走る悪寒から目を背けるようにして取ったその行動だったが、ひなたは言い逃れはさせないと真っ直ぐな瞳で長久を見つめながら更に言葉を続けていく。
「何を、言ってるんだ?」
「私からは長久さんは他人と一定の距離を取っているように見えるんです。例外は、千景さんくらいでしょうか」
「いやいや、俺ちゃんと皆と仲良くやってるだろ? 別に距離なんかとってないぜ?」
「確かに仲良くはしているのでしょう。ですが……最初に距離が縮まった時以降は、一度もその距離を詰めさせてないんじゃないですか?」
「それ、は……」
距離を取っていたつもりなど、長久には一切ない。皆と親しくするのは、仕事をこなす上で必要だ。
だから機会があれば必ず、その距離を詰めるように長久は意識してきた。
強いて言うなら、バーテックス襲来の日のことなど、踏み込まれたくない部分だけには触れさせないようにしてきたが、長久が自覚しているのはそれくらいだった。
しかし、ひなたはそれだけではないと首を振る。
「最初に親しくなった時に、明確に線引きをする。あえて一度踏み込ませることで距離が縮まったと思わせて、けれど実際は深いところには踏み込ませない……違いますか?」
「……誰だって、触れて欲しくないところはあるだろ」
「そうですね、それは否定しません。ですが長久さんの場合は……何かを恐れているかのような、そんなものを感じるんです」
「……っ」
ひなたの言葉を否定しようとして、けれど長久は言葉を紡ぐことができない。確信を持って告げられるひなたの言葉に、長久は心当たりを見つけてしまった。
あの日からずっと心に巣食うもの。一度たりとも忘れたことがないもの。
――劣等感。
誰かを救えるヒーローである勇者。それに対し、自分は自分のために逃げ出したという事実が、長久の中には劣等感として残り続けている。
もし、その劣等感のせいで気づかぬうちに勇者たちと距離を置いていたのなら。近くにいると惨めだからと、そんな理由で無自覚に距離をとっていたのなら。
それはなんとも……情けない話になる。けれど同時に、納得感もあって。
事実、勇者の面々の近くにいると、その輝きに押し潰されそうな感覚を覚えることはあった。
だから長久は、ひなたの言葉を否定することはできなかった。
「……ごめんなさい、私は大社から、バーテックスが現れた日にあなたに何があったのか聞いてるんです」
「それは……」
「その時、あなたが何を思ったのかは、私には想像することができませんが……。いつか、若葉ちゃん達には話してあげてください」
「………………」
「全力を尽くしてくれてる研究部や、あなたには若葉ちゃん達も感謝してるんです。だから困っているなら、力になりたいと思ってるはずです」
伏し目がちにひなたはそんなことを言う。そしてそれは長久も気づいていることだった。
助けて、助けられて。それがきっと、長久や勇者たちの正しい関係性。仲間というもの。
けれど長久は仲間にはなれない。なれるわけがない。なってはいけないと、長久は戒めている。
長久が本音を言えるのは、同類である千景だけ。
「だからいつか、頼ってあげてください」
そのひなたの願いに、長久は返す言葉を持たない。
ちょっとは改善の兆しは見えたけど、まだまだ歪んでる長久くん。
そりゃまぁトラウマが一年も経たないうちに治るわけないよね、というお話。
それはそれとして作者はウルトラマンジードを見て死んでました。
好きが過ぎた、キモオタになっちゃう……。
とりあえず読者は、作者がキングダムハーツとかウルトラマンジードが好きというのを覚えておくといいと思う。何がどうとは言わないけど。
あ、あとアンケート今回の更新で最後です。
次話からアンケ結果反映されるので、ご協力お願いします。
十二頁目から台詞間の空行無くしたけど、空行有り無しどっちが読みやすい?
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空行有りの方が読みやすい。
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空行無しの方が読みやすい。