なんとはなしに窓の外を見つめる。しかし曇天と降り注ぐ雨のせいで景色を見ることは叶わない。
それでも長久は窓の外を見つめ続けた。目的は外の景色を見ることにない。
ただ宛もなく視線を飛ばすのに、そこが都合がよかっただけ。
長久の頭を占めるのは先月にひなたから言われた言葉だった。
――他人と一定の距離を取っているように見えるんです。
――明確に線引きをする。
――何かを恐れているかのような、そんなものを感じるんです。
ひなたの言葉が脳内で幾度となく再生される。自分で自覚のなかった……いや、目を逸らしていた部分。
どうしたらいいのだろう、と長久は考える。自分が勇者たちとは違う情けない人間だというのは、どう足掻いたって変わりはしない。
だからできるとしたら、劣等感を堪えること。彼女たちが求める関係性を目指すのであれば、長久はそうするしかない。
けれどそもそも、自分に彼女たちに近づく資格があるのだろうかと長久は思案する。
自分は、どうしようもない臆病者。不相応な夢であることに気づかず追い続けていた道化。
長久の中にはそんな認識があって、そんな人間が美しい心を持つ勇者たちに近づいていいわけがないという思考がある。
でも同時に、そんな勇者たちが望むものを、こんな自分でも与えられるならなんて思いもあって。
思考に雁字搦めになって、長久は身動きが取れなくなってしまっていた。
今だってそう。勇者たちとどう接していいのかわからなくなってしまって、放課後の教室で一人、雨の降る外を見続けている。
部屋にいれば、誰かに簡単に見つかってしまう。特に今日は雨だから、勇者たちも自室にいることが多く、アグレッシブな球子なんかは他人の部屋に遊びに行くことも多かった。
だから長久は一人になれる場所を求めてここにいた。天気が良ければ、屋根の上にでもいったのにななんて思いながら変わらず外を見つめ続ける。
「――おっ、いたいた」
そんな静寂を破る声が、教室に響く。
億劫そうに長久が入り口の方を振り返れば、そこにいたのは快活な笑みを浮かべる球子。長久にとって、今会いたくない人間の一人だった。
球子は意図してか知らないが、遠慮なく踏み込んでくる。その無遠慮さは悩みによっては救いになるかもしれないが、少なくとも今の長久では迷惑でしかなかった。
他には千景あたりであれば問題ない。元々彼女にだけは長久は寄りかかることができるから。
杏やひなた、若葉もいい。彼女たちは察してか一旦距離を置いてくれるから。
ただ友奈に関しては、球子以上に長久は会いたくなかった。彼女はなんとなくで察した上で、何とかしようと踏み込んでくる。
それは勇者らしい他者への思いやりからくるものだと知っているから、長久には振り払うのも難しく、曖昧に対応するしかないのが辛かった。
だからまだ、球子であっただけいいと自分に言い聞かせながら、長久はどうした、と球子へ声をかける。
「どうした、はこっちのセリフだぞ。雨が降ってる外なんて見つめて、どうしたんだ。どしゃ降りで景色も見えないだろ?」
「そうだなぁ……何、やってるんだろうな」
球子の問いに、長久は明確な答えを持たない。自分が今何をしているのか、どうすべきなのかが見えない。
千景に、生きて欲しいと願われた。ひなたに、歩み寄って欲しいと願われた。
こんな自分が、と思う。でも勇者である彼女たちが、とも思う。
優しい彼女たちの願いを叶えたくて。でもそんな資格があるようには自分には思えない。
「……暇なのか?」
「暇……暇、なのかなぁ」
そんな長久の悩みを叩き切るように、遠慮なく問いかけてくる球子に、思わず長久は苦笑する。
実際のところ、長久には研究の仕事もあった。勇者システムの試運転を通して、球子と千景の出力上昇の件も予測ができてきている。
そういったデータをまとめる仕事もあったが、しかし長久は今の精神状態もあって仕事が捗らない状態だった。
それでも仕事だからと無理矢理作業していたら、見かねた研究部の職員に休めと指示され、することがなくなってしまった。だから暇というのも、あながち間違いではない。
「暇ならちょっとタマに付き合ってくれ。千景の部屋でゲームやるからさ」
「ゲーム? いや、俺は……」
一度断ろうとして、そこで長久は悩む。断れば、球子は何かあるだろうと勘ぐるだろう。それは、今後余計に球子が関わってくるようになりそうで、長久としては望むところではない。
実際やることもなく、このまま過ごしていれば思考がループするだけ。ならば気分転換にゲームに参加するのも一興かもしれない。
少なくとも、外を見続けているよりかは生産的だろう。そう判断して、参加すると球子に告げる。
「お、ほんとか?いやぁ、正直千景と二人だとすぐ喧嘩しちゃうからさ、いてくれると助かるんだ」
千景の部屋へ向かう球子の背を追いかけながら長久は思う。なんやかんやあの結界外での一件以降、千景と球子は仲がよくなったと。
教室では話す姿を見かけるし、こうして共にゲームをやるという話もよく聞いた。実際、長久も混ぜてもらったこともある。
かと言って、劇的に相性がよくなったわけではなく、この二人はよく喧嘩もする。本人たちは否定するかもしれないが、考え方を変えれば喧嘩友達であり相性は悪くないのかもしれない。
千景、と声をかけながら部屋に入っていく球子を見ながら、そんな思考と同時に長久はまた劣等感を抱く。
千景は最初、同族意識があった長久以外とは誰とも深く関わろうとしなかった。それが今は球子とこうして仲良くなっている。
千景は、確かに前に進んでいるのだ。それに比べて自分はあの日から未だに――
「長久ー? 何やってんだ?」
「ドアを閉めたいから早く入ってきてちょうだい」
「ん……ああ、ごめん」
また思考の渦に飲み込まれそうになっていた長久の意識が、球子と千景の声によって引き戻される。不安定過ぎる、そう自嘲するも改善するわけではない。
結局ゲームにも集中できず、気分転換にすらならないのではないかと思いながら長久は千景の部屋へと入る。
座布団に座る球子を見つつ、長久はベッドに座る千景の隣へと座る。もう何度も千景の部屋には遊びに来ている。どこに座ればいいか聞くまでもなく、長久は定位置へと座っていた。
「……それで? 今日は何をやるんだ?」
「スマブラはこないだやったしなー。千景、他に数人でできるゲームってあるか?」
「ん……そうね、確かマリオカートがあったはず」
そう言って千景がゲーム機のカセットを替えるために立ち上がり、球子がコントローラを渡してきたのを長久が受け取る。
元々、千景の部屋にはコントローラは二つしかなかった。その理由が、ニキャラ同時に自分で動かすためなのだから笑うしかない。
しかし今は球子や長久が遊びに来るために、コントローラはその数を増やしていた。長久がゲームをやる時はほとんど千景と二人でプレイする時だったために、最初から千景の部屋に置いておくことにしたのだ。
それが今では球子まで来るようになって、このまま増えていったらコントローラを買わなくてはいけなくなりそうだな、と長久は呆れる。
「うーん……マリオカートって確か三人だと画面は四分割だよな?」
「そうじゃなかったかしら。私一人でやるからよく知らないけれど」
「千景……」
「ブレないなぁ、千景は」
千景の言葉に呆れながら、それで、と長久は球子に何を言いたかったのか続きを促す。
同じく千景に呆れていた球子であったが、長久の言葉を受けてああ、それでな、と続きを話始めた。
「一箇所空くのはもったいないし、誰か呼ばないか?」
「あー……なら、杏でも呼んでみる?」
「……伊予島さんは、私のことが苦手なようだからどうかしら」
「あー……実際、この手のゲームって杏どうなんだ……?」
「少なくともタマもやってるところ見たこと無いぞ……」
杏はやめとこっか、とポツリと長久が言えば、そうね、と千景が続く。それに球子も大きく頷いて追従した。
今度この手のゲーム興味あるか聞いておく、と言う球子に頼むと頷けば、続けて球子が身体を左右に揺らしながら言葉を発する。
「それなら誰呼ぶべきだー?」
「もう三人でいいんじゃないか?」
「んー……タマはこういうの、できるだけ大人数でやりたいんだよな……」
「……高嶋さん、とかはどうかしら」
その千景の言葉に、長久と球子の反応は真逆のものだった。
長久はつい顔を顰め、球子は妙案だと言わんばかりに顔を輝かせる。それから長久だけは慌てて自らの表情を取り繕った。
別に長久は友奈と仲が悪いわけではないのだ。下手に嫌そうな顔を見せてしまえば、千景たちに勘繰られてしまうかもしれない。
確かに球子の表情から分かる通り、悪い提案ではないのだ。否定する動きを見せるべきではないだろう。
そう思いつつ、長久は気になったところがあったために、つい口を開く。
「……千景から他の人を呼ぼうとするなんてどういう風の吹き回しだ?」
「別に……どうせもう土居さんが勝手に来てるし、一人増えたところで変わらないでしょ」
ぷい、とそっぽ向く千景だったが、長久は見逃さなかった。声に出したかも定かではないが、確かに『それに楽しいから』と千景の口が動いたことを。
そしてそれが、千景の変化をまざまざと見せつけられているかのようで、どうしようもなく長久の劣等感を煽る。
思わず顔を顰めそうになるのを必死で堪えながら、長久はじゃあ友奈を呼んでみるか、と提案する。
「じゃあタマが電話してみるな」
「頼むわ。その間……俺ら暇だな」
「もうコントローラの設定は済ませてあるしね。まぁ適当に話して待っているしかないでしょう」
友奈に予定があることを祈りながら長久は千景と話を続けるが、どうにも球子の様子を見る限りそうではないらしい。
球子が通話を終えれば、自室にいたらしくすぐに友奈が千景の部屋にやってくる。まぁ雨が降っているのだから、予定がある方が珍しいよな、と長久は内心で溜息を吐いた。
「ぐんちゃああああん!!」
「えっ、わっ、高嶋さん!?」
部屋に入ってきた友奈はいきなり千景へと抱き着く。その勢いに負けて、千景はベッドへと倒れ込んだ。
いきなりのことに球子と長久、二人して驚いていると、何とか友奈ごと身体を少しだけ起き上がらせた千景が眉を引くつかせながら口を開く。
「高嶋さん……? いきなり何をするのかしら……?」
「ごめんごめん。でもタマちゃんから、ぐんちゃんが私を呼んでくれたって聞いて嬉しさでつい……」
「土居さん……」
「なんのことやらー」
千景が球子のことを睨みつけるが、球子は音のしない口笛を吹いて誤魔化す。それに呆れたように溜息を吐いた千景は、友奈をどかしてコントローラを渡す。
「とりあえず、やるなら早く始めるわよ。あと高嶋さん、私の苗字は『ぐん』じゃなくて『こおり』」
「えっ」
「まぁもう別にその呼び名でもいいけれど」
ほら、始めるわよ、と言って千景が友奈を座布団に座らせ、ゲームを操作し始める。
それに合わせて全員がモニターの方へ向き直り、ゲームができる態勢を整えた。唯一、友奈だけは千景の苗字を間違えていたことに戸惑っていたが。
――それから約二時間ほど。夕食の時間というのもあって、ゲームが一度中断される。
「やっぱ千景強過ぎないか……?」
「別に、オンラインでやるんだったらこれくらいは普通よ」
「あははは……でも長久くんも結構上手かったよね! ステージによってはぐんちゃんと接戦だったし」
「ん……まぁ、千景と以前からマリオカートでは対戦してたし」
結局千景の呼び方をぐんちゃんで固定したらしい友奈にそう告げつつ、長久は一つ、息を吐く。
なんだかんだで長久は今回のゲームに熱中していた。それは以前から千景と共にゲームやるのが日常だったからだ。
日常で行われる当たり前のこと故に、簡単に没入できる。それが意外と、意識のリセットに役立っていた。
けれどだからといって悩み自体がなくなったわけではない。ゲームを終え、再び悩みの存在を意識してしまえば長久は無意識のうちに眉間に皺を寄せていた。
「うーん……やっぱダメだったか」
そんな長久を見た球子がそんなことを呟く。思わず長久がえ、と問い返せば、球子がどんな意味を込めてその言葉を言ったのか説明し始めた。
「最近長久がなんか悩んでるみたいだったからさ、千景に話して気分転換してもらおうと思ったんだけど……」
「まぁ案の定、ゲームが終わってしまえばまた険しい顔になったわね」
それはつまり、球子や千景が気を遣ってくれていたということ。察しているとは思っていたが、まさかこうしてわざわざ気分転換の場を用意してくれるとは思っていなかった長久としては驚くしかない。
「タマちゃんとぐんちゃんも気づいてたんだ。私も気づいてたんだけど、どうしよっかなーって悩んでたんだよねー」
「高嶋さんの場合はぐいぐい行き過ぎて、長久も迷惑してそうだったけれど」
「えっ」
「……まぁ、そんなわけでさ、タマたちも結構心配なんだ。なんか協力できることがあったら言ってくれよ」
球子が微笑みながらそう言う。友奈が両手で小さくガッツポーズを取る。千景が片目を瞑りながら、肩を竦めた。
長久の背を押すように、励ますように三人が長久のことを見ている。けれど長久は彼女たちのその輝きが眩しくて、目を逸らすことしかできなかった。
ネガティブ! ネガティブ!
長久くん、完全にお悩み中。
とはいえあんまり長々とネガティブ思考しててもうざったくなってくるので、近々状況を動かす予定。
それとアンケの結果出たので、作品の方に反映させてます。
十二、十三、十四頁目の方も随時修正していく予定です。