Vinculum semper vivat   作:天澄

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十六頁目.コミュニケーション:先輩

2020年6月

最近ずっと後輩の一人が悩んでいる。

どうやらそれは研究部の仕事としてではないらしい。

だからか一人で考え込んでいるようだった。

……その姿にはどうにも覚えがある。

それもあって、先輩としては放っておけないところだ。

近々この先輩様が声をかけてやるとしよう。

まったく、世話の焼ける後輩だなぁ!

 

――とある職員の日記より抜粋。

 


 

 はぁ、と溜息を吐く。作業に身が入らない。しかし仕事である以上、そこまで長期間休めるわけではない。

 そもそも最近まで休めていたのはあくまで研究部の仲間たちの厚意によるものだ。休んでいる間のタスクは他の職員たちが処理することになる。

 自分の事情で他人に作業を回してしまうのが長久は苦手だったし、作業の効率はともかく、何かしていた方が気が紛れるというのもある。

 そのため研究部の面々には心配されていたが、長久は仕事に復帰していた。

 

「んー……」

 

 データを比較する。画面上に大きく表示されているのは、以前結界外で行った試験運用の際に採取した球子と千景のデータだ。これだけ他のデータと比較してやはり値が飛び抜けて大きい。

 他に表示されているのは、どれも値に大きな違いの存在しないデータ群。それらはどれも試験運用時に起きた大きな出力の上昇を再現しようとして失敗したデータだった。

 

「……ダメだな、再現性がない」

 

 条件は簡単に揃えられる部分は揃えている。ペアでの戦闘であること。連携を主体とすること。多対二であること。

 バーテックスが相手であることも条件なのかと、結界外での実験も何度か行ったが、それでもやはりあの出力上昇を再現することはできなかった。

 

「そもそも結界外での実験だと採取できるデータの精度が落ちるんだよな……」

 

 すぐ傍で機器を用いてデータを採取できる結界内での計測に対し、結界外での計測となると各勇者の端末を通した遠隔でやるしかなくなる。

 命の危険がある実戦で、勇者たちの身体に計器を付けるなんてことができるわけがない。だからどうしても残っている出力増大時のデータは、精度が低く分析し辛いところがある。

 

「あとは条件としてありそうなのは、勇者たちの精神面なんだけど」

 

 というか長久としてはその線が濃厚だと思っている。だがもしそれが事実だとしたら、条件を満たすのがかなり厄介になってしまう。

 感情なんてそうそうコントロールできるものではないのだ。少しのことで簡単に揺らいでしまう。

 変身解除の条件然り、危険性という面から精神状態という不確定要素での出力の変化はあまり開発者としては認めたくないものだ。

 だからこそ、それを否定するために他の条件を模索していたわけなのだが。

 

「やっぱ精神状態依存なのが濃厚なんだよなー」

 

 椅子の背もたれに寄りかかって宙を仰ぐ。視界に映る天井を見ながら、あー、と意味のない声を漏らす。

 研究は思い通りにいかないし、人間関係というか自分の精神状態はよろしくないし、やってらんねーと長久は大きく伸びをしてから机へと突っ伏した。

 

「おーう、長久疲れてんなァ」

 

「んあ……先輩?」

 

 名前を呼ばれ顔を上げれば、一人の青年が苦笑しながら長久のことを見ていた。

 ボサついた黒髪にメガネをかけたその男は、手に持った大きな袋を机の上に置きながら、長久の隣の席へと座る。

 

「相変わらず長久はこんな感じー?」

 

「まぁ朝からそんな感じっすねぇ」

 

「いや正直オレらも嘆きたいんですが」

 

「ほんそれ。検証すればするほど精神状態依存という可能性が濃厚になっていく絶望感よ」

 

「あっはっは、そっちの担当は大変そうだなぁ!」

 

「お前!! 自分の担当が楽だからって!!」

 

 胸ぐらをつかみ合う同僚を見ながら、相変わらず騒がしい職場だと長久は呆れの溜息を吐く。

 基本的に研究部は愉快な人間が多い。こうしてふざけて喧嘩し出すのはよくある話だった。

 今だって胸ぐらをつかみ合った二人がくるくる回りながら部屋からフェードアウトしていく。何やってんだあの人ら。

 そんな感想を長久が抱いていると、ほい、と隣の席に座った先輩が何かを差し出してくる。咄嗟にそれを長久が受け取れば、それはなんてことはない棒アイスだった。

 

「最近暑くなってきたからな。息抜きに食えよ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

「あー! 長久だけずりぃぞ!!」

 

「そうだそうだ、後輩贔屓だー!!」

 

「うっさい、お前らの分もあるわ!」

 

 ほれ持ってけ、と他の研究部の面々にアイスが配られていく。ぱっと見、他人を押しのけて奪い合っているように見えるが、よく見ると全員わざとであり、ちゃんと一人一つずつその手にアイスが握られているのが分かる。

 そして先程部屋を出ていった二人が胸ぐらをつかみ合ったまま、再び回りながらフェードインしてきて、アイスに群がっていた人々を蹴散らしてアイスを確保していた。

 ちゃんと全員がアイスを手にしたタイミングで蹴散らしたあたり、無駄に細かい芸風だった。

 

「愉快度が高すぎる……」

 

「長久もその仲間なんだぞ」

 

「ぐはぁっ」

 

 気づかないふりをしていた事実を叩きつけられて、思わずうめき声を上げながら長久は机へと倒れ伏す。そのままシャク、と音を立てながらアイスを齧れば行儀が悪いぞ、と背を叩かれる。

 

「疲れてんすよ、勘弁してください」

 

「疲れてんのは見りゃ分かる。隈ひでーぞ」

 

「マジです?」

 

 言われてスマートフォンのカメラをインカメラに切り替えて自らの顔を見れば、なるほど確かに酷いと長久は自覚する。

 隈ができて久しく、もはや自覚できないほどに見慣れてしまったらしい。とはいえ不眠症は簡単に解決できるものではない。

 これを勇者たちにも見られてたのか、長久はそりゃ色々心配もされると溜息を吐いた。

 

「寝れないのか?」

 

「……まぁ、そうですね」

 

 比較的、ではあるが。勇者たちと比べればまだ研究部の仲間には現状の立場が近いため正直になれるところはある。

 本音までは話せないが、聞かれたことに素直に応じることができる程度には楽な相手であった。

 

「無理に寝ろ、とは言わんけどな。寝てた方がパフォーマンスが上がるのは事実だからな」

 

「うっす……」

 

「何より惰眠をむさぼるのは気持ちいいぞう!」

 

 特にこの先輩に対しては、長久は千景の次に心を開いていた。研究部に配属されて以降世話を焼いてくれている先輩であり、また長久同様自分が戦えないことを嘆いている人間であること。

 その上でこうして長久を気遣い、そして少しふざけたりして空気を柔らかくしてくれたりするところなどが、長久にとって尊敬すべき相手として認識させていた。

 

「相変わらず小難しいこと考えてんのか?」

 

「あー……まぁ小難しいというか、何と言うか」

 

 長久からすれば真面目な話だ。だから小難しい話、というのもあながち間違いではないように思う。

 ただそういう言い方をされると、長久としては苦笑するしかなかった。

 

「何悩んでるか、話す気ある?」

 

「……先輩なら、話せる……かな」

 

 長久は先輩へと事情をかいつまんで説明する。無論、劣等感の原因など一部の部分は伏せてになる。

 無力感については研究部のメンバーの多くに共通する感覚ではある。だが長久が持つ劣等感は、根本的に長久しか持ち得ぬものだ。

 勇者の在り方はかつて長久が目指したものであり、だからこそ長久は自分と勇者たちを比較しやすい。だから違いが、劣っている部分が鮮明に見えてしまう。だからそれは長久だけに見えてしまう劣等感だ。

 加えて単純に長久にとって全ての元凶であるあの日は人に話したいと思えるようなものではない。

 そのため長久は勇者たちに近づけば近づくほど、劣等感を感じてしまうということだけ話す。

 

「劣っている自分が惨めで、そんなことを考えてしまう汚い人間が勇者たちの傍にいる資格があるのかって思えて……」

 

「ほーん……」

 

 話を一通り聞いた先輩が、適当な返事をしてから自分のアイスを一口齧る。それから、そうだなぁと呟いてから、棒アイスでくるくると円を描きながら思案し始める。

 それから一つ頷いた先輩は、もう一口アイスを齧ってから再度口を開いた。

 

「まぁそれでええんちゃう?」

 

「それでいい、とは?」

 

 こちらの問い返しに対し、先輩は持論だけどな、と前置きを挟む。それからアイスの最後の一口を食べ終え、棒を咥えたまま喋りだす。

 

「友達とかに資格もクソもないんじゃないかなって。友達って結局は当人がどう思ってるかだろ?」

 

 ……それは、ありきたりな考え方だ。確かに長久自身、そもそもそうやって資格云々で考えるのが間違っているのはないかとは思った。

 しかし、結局長久は自分自身を認められなかった。どう足掻いても自分が彼女たちの傍にいていい人間であるとは思えなかったのだ。

 だから先輩の言ったことは、結局慰めにすらならないと思って。

 

「だからお前が彼女たちの傍にいるべきじゃない、って思ってるならそれでいいんだよ」

 

 続いた言葉に目を見開いた。

 

「……え?」

 

「友達になるべきじゃないって思うなら、それは一つの答えだ。別にそれで何の問題もないさ」

 

「だ、だけど彼女たちは俺とちゃんと友達になろうとしてて、それを俺如きが無下にすべきじゃないって思考もあって……」

 

 予想外の言葉に思わずしどろもどろになる。否定されるならともかく、この考え方を肯定されるなど欠片も思っていなかった。

 だから思わず言っていなかったことも一つ、漏らしてしまう。

 

「じゃあいつか友達になればいい。彼女たちはそこで待ってくれないような人間じゃないだろう?」

 

「でも……そんなの、いつになるかわからない。一生なれないかもしれない。なのに俺如きが彼女たちを待たせろっていうんですか……?」

 

「おう、待たせろ」

 

 弱音が漏れる。伏せていた想いが漏れる。

 否定して欲しかったものが肯定されて、戸惑いから長久の心の中だけに留めていたものがどんどん流れ出ていく。そしてそれすらも肯定されてしまう。

 

「友達になりたい、仲間でありたいっていうのは彼女たちの方なんだろ? だけどお前の方はそれでいいのかって悩んでる。じゃあその思いは現状一方通行でしかないんだ、勝手にそう望んでる連中が待たされるのは別におかしくないだろ」

 

「……それは……そう、なんですかね」

 

「そんで最終的にお前がちゃんとした友達になりたいって思ったなら友達に、そうじゃなかったなら今回はご縁がなかったということで、って言ってお終いよ」

 

「……ははっ、就職かなんかですか、その断り文句」

 

 くだらないネタに、長久は少しだけ自然に笑みが浮かぶ。

 結局、先輩の話を聞いても長久は答えを出せない、そこは変わらない。それでも、悩む時の心持ちは変わっていた。

 考えすぎだとか、友達に資格なんか関係ないなんて言われるよりも、悩んでいてもいいと肯定してもらえたのは長久にとっては大きかったのだ。

 悩んで、悩んで。いつか必ず答えを出そうと長久は決めた。

 

「長久、自分がやりたいようにやれ。友達であることに資格を求めるのだってお前の自由だ。……その代わり、後悔しないような選択をしろよ」

 

「わぷっ、ちょっ、先輩!? もう頭撫でられるような歳でも背でもないんですけど!?」

 

「あっはっはっは」

 

「先輩!? 話聞いてます!?」

 

 だから長久は感謝する代わりに、意味有りげな呟きを聞かなかったふりをして、今は先輩のおふざけに乗ってあげることにした。




トラウマに起因する悩みがそう簡単に解決するわけないだろ、いい加減にしろ!!
そんなわけで悩みは続くよどこまでも。だけどそうやって悩むことは間違いじゃないよ、というとても簡単なことに気付かされるだけのお話。

最近は他所様とのコラボを企画してるせいで大変更新が遅れてるよ! ごめんね!!
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