Vinculum semper vivat   作:天澄

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二頁目.俺のヒーロー

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大赦書史部・巫女様
勇者御記 ■■■■■■■

 検 閲 済
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「……あなた、両親のところにいなくていいの?」

 

「あー……うん、まぁ今はちょっと、ね」

 

 はぁ、と長久は溜息を吐く。視線の先には長久のことを心配そうに見つめる両親の姿があったが、今だけは両親や他の人に近づくのも憚られるような気がした。

 

 ここはとある神社の本殿。長久や無事だった町の人々は、長久の母親主導のもとこの場所へと案内され、あの白い異形の生物たちから隠れるように潜んでいた。

 この場所には何故か白い異形の生物が入ってくることもなく、今のところは誰もが安全に過ごせている。それでも絶対に安全だという確信は誰にもないし、隣人が目の前で殺された人だっているのだ。今この場所の空気は実に重苦しいものだった。

 それに、と長久はチラリと隣に座る少女を見やる。

 

 白い異形の生物に殺されそうになった長久を間一髪のところで助けてくれた少女。年の頃は、見たところ長久と同じ程度だろうか。町の人々を見つめる瞳はどこか無機質で、冷たさと諦観を感じさせる。

 そしてそんな少女の手元には折り畳まれているとはいえ、簡単に人を殺せそうな大鎌が一振り。そのせいか、どうにも町の人々は長久の隣にいる少女を避けているように見えて。その避けようから、ただそれだけが理由ではないようにも思えた。

 

「……何?」

 

 見つめ過ぎたのか、視線を向けて素っ気なく問いかけてきた少女にに対して長久はああその、と言い淀む。しかしそこから何でもないよと言葉を濁した。今の自分に彼女の事情に首を突っ込む資格はない……そんな考えが、長久の中にはあった。

 そんな長久に少女は何を思ったのかわからないが、そう、とだけ端的に返して視線を外されてしまう。やはり素っ気ない、と長久は苦笑しながらもどうしようか、と思案する。

 

 正直なことを言えば、長久は今、この隣にいる少女以外の人と話せる気がしなかった。

 今までヒーローを目指しておきながら、いざピンチになれば自分のことばかり。あの時助けることもせず、自分が見捨ててきた人の家族がこの場にどれだけいるのか――それを考えると、長久は自身にここに避難してきた人々へ話しかける資格がないように思えた。

 両親にしたって、今まで応援してきてくれていたヒーローという夢を台無しにしてしまった負い目があって、今はあまり話したくない。

 そんな中、唯一まともに長久が話せそうなのは、長久にとってのヒーローである少女ぐらいであった。

 長久がここにいる人々と話す資格がないと思っているのは、彼らの家族を救えなかったから。長久が少女とだけは話せるのは、彼女が長久を救ってくれたから。

 少なくとも長久の主観では、少女だけは救う側と救われる側が逆の存在だった。故に、唯一少女とだけは、長久は気負わず話すことができる。

 

「あー……っと、そうだ、とりあえず礼を言ってなかったな。さっきは助けてくれてありがとう」

 

「別に、助けるつもりはなかったわ。放っておけば、次は近くにいた私が狙われる。だから斬っただけ」

 

「それでも、助かったのは事実だから。ありがとう」

 

「……そう」

 

 リアクションとしては素っ気ない。しかし頬を染めている辺りは、何も思っていないわけではないようだった。口下手なのか、はたまた人間嫌いなのか。そこら辺はよく分からないが、話すなら好意で押し込む方がいいだろうと判断する。

 

 ……そうやって、打算で好意を向けようとして、罪悪感に胸が痛む。やっぱり自分はそんな人間だったのかという納得と、そんな自分への嫌悪感。

 それが表に出ないように心のうちにしまって、長久は笑顔を取り繕って少女へと話しかける。

 

「でも……君は何であんな山中に?」

 

 長久が化物に追われて逃げていた山は、あまり人が寄り着くような場所には思えない場所だ。必死だったためにはっきりと道を覚えているわけではないが……それでも、それなりの距離を走ったように思う。

 そんな場所に、同じ年頃の少女が一人でいた。偶然いた、とは思い難いところだった。

 

「……呼ばれた、気がするのよ」

 

 自分でもよくわかっていない、そんな戸惑いを孕んだ表情で少女が呟くように言う。

 

「何にかは分からない。ただ……何かが私を呼んでいて、それに従ったらこれがあった」

 

 そう言って、少女が化物を切り捨てた大鎌を宙にかざす。……そんな少女に、人々が何かを恐れたように、顔を強張らせて後退った。それを見た少女が悲しみからか顔を歪める。

 しかしそんなことよりも、長久には気になることがあった。ずっと、気になっていたことではある。だが少女の話で少しだけ、納得のいった部分があった。

 

「ああ、そうか。だからその光が君と繋がってるんだ」

 

「光?」

 

「ん? そう、光。君と、その鎌を包む光」

 

 それ、と長久が指をさし。どれ、と少女が首を傾げる。あれ、と長久も首を傾げた。

 

「もしかして、君にはその光が見えてない?」

 

「……見えてない、というか。そもそも本当に光なんて見えてるの、って疑ってるわね」

 

 マジかぁ、と長久は頭を抑える。化け物に追われる恐怖か何かで、おかしくなってしまったのだろうか。

 しかし、長久にはどうにもその光がただの幻覚とは思えなかった。

 大鎌を包み込むように存在し、そこから少女と繋がるように伸びる光。それはどこか、優しさや慈しみを感じさせる……温かな光だった。

 

「俺にだけ見える、存在も不確かな温かい光……」

 

 少女に許可をとって、大鎌を触らせてもらう。じんわりと、染み渡っていくような温かさ。

 大鎌自体は金属であり、命を刈り取るが故の冷酷さを表したかのように冷たい。しかしそれでもなお、包み込むような温かさを長久は感じていた。

 

「この光が君を導いて、俺を助けてくれた。ただの妄想かもしれないけど、そうだったらいいな、なんて思うんだ」

 

「……なんというか、ロマンチストみたいなことを言うのね」

 

「ん、む……あれ、今俺、結構小恥ずかしいこと言った?」

 

「言ったんじゃないかしら」

 

 ぐおおぉぉ、と長久が頭を抱える。それを、少女は呆れたような目で見て、溜息を吐く。なんというか、毒気を抜かれたというような態度だった。

 そんな少女のリアクションに、長久は若干のいたたまれなさを感じて、慌てて別の話題を探す。

 

「……っと、そうだ。君の名前、まだ聞いてなかったよな」

 

 何か手ごろな話題を、と考えた長久は未だに少女の名前すら知らないことに気づく。

 単純に恩人の名前を知りたいと思ったというのもある。けれどそれ以上に、長久は彼女と友達になりたかったのだ。

 こんな温かい光に導かれるような少女であるならば。きっとその心は温かいのであろうと、そんな少女と長久は友達になりたかった。

 だから長久は、己の名を告げると共に、その右手を少女へ向けて差し出した。

 

「俺は白芥子長久。君の名前を、教えてほしい」

 

 そんな長久の手を、掴むべきか掴まざるべきか……少女はしばし悩んだ様子を見せる。何かを恐れるように手を伸ばしかけては引っ込めることを繰り返す少女を、長久はただじっと待ち続ける。

 そうしてしばし悩んだ少女は、長久の手を掴む直前で一度止め、口を開く。

 

「あなたは……どうして私と友達になりたいの?」

 

 ふむ、と長久は悩む。友達になりたいという思いに具体的な理由などない……と、長久としては言いたいところなのだが。

 少女は明確な答えを求めているのだ、と少女の揺れる瞳を見て長久は悟る。ならばあえてこの思いを言語化するならば、と長久は一度目を閉じ、己の心と向き合う。

 

 自分なんかが彼女の友になる資格があるのか、という迷いがあった。

 自分は彼女のようなヒーローではない、という劣等感があった。

 それでも友達になりたいという、大きな想いがあった。

 

 ならばその想いがどこからくるのかと、長久は自らの心を見つめる。

 

「……温かい光。それに導かれた君はきっと、その光のように温かい人で」

 

 長久は少女に助けられた時のことを思い出す。

 

「俺を助けてくれた時の背中が、忘れられない。あの瞬間、間違いなく君は俺のヒーローだった」

 

 差し出した手を、一度己の胸に当てる。

 

「過去に君に何かあったんだろう、とは周りの人の様子を見てて思った。君が避けられている、というのも察してはいた」

 

 それでも。その上で。そうして自分の中の想いを見つめ直した上で、長久はもう一度、改めてその手を差し出す。

 

「俺を助けてくれたヒーローのことをもっと知りたい。君のようなヒーローになりたかった。憧れたんだ、俺は。君に」

 

 もう、ヒーローになる資格など自分にはないけれど。せめてヒーローの傍にいて支え続けることぐらいは。それが自分にできる、精一杯の罪滅ぼしだから。

 だから友達になってくれ、と長久は少女の目を見て、その手を差し出すのだ。その目を見てれば、まだ自分も進める気がしたから。

 

「……私は、きっとヒーローなんてそんな立派な人間じゃない」

 

 少女は長久の言葉に首を振る。少女は何よりも自分を信じられなかったから。自分で自分の価値を認められなかったから。

 けれど長久が少女のことをヒーローだと言ってくれるのなら。もしかしたらヒーローという価値ある自分になれるかもしれないなら。

 

「だけど、それでもあなたが私をヒーローだって言ってくれるなら。私はそれを……信じてみたい」

 

 少しだけ、少しだけではあるけども。長久の言葉に、少女は自分のことも長久のことも信じたいという気持ちになっていた。

 

「……郡、千景。その……よ、よろしく」

 

 少女――千景が長久の手を、そっと握り返す。 

 それは、顔を逸らしながらですぐに放されてしまったが、少し紅潮した頬と照れ臭そうな仕草が決して嫌だったわけではないことを示していて。恥ずかしがり屋なのだろう、と嬉しさとおかしさから長久はつい笑みを浮かべていた。

 

「私に何か、おかしいところでもあった?」

 

「いや、別にそういうわけじゃないよ」

 

 そういうわけでもあったのだけれど。長久はちょっとだけ嘘をついて誤魔化す。

 千景はそれをしばし疑う様子を見せていたが、流石に少し話しただけの相手の嘘を簡単には見抜けない。長久が言ったことが本当なのか、結局分からず、千景は仕方なしに諦めるしかなかった。

 

「……それで。と、友達になったはいいけど、どうしたらいいの?」

 

「え?うーん……そうだな」

 

 はて、と長久は首を傾げる。友達になって最初にすべきこと。長久は今までの人生で大体勢いで友達を作ってきたために、こうして改まった形で友達になるなど初めてのことだ。長久自身、具体的なことが思い浮かばない。

 何度か首を傾げながら、どうにか捻り出そうとするも出てくるのは当たり障りのないアイデアばかり。それでも言わないよりはマシか、と一応口には出してみることにする。

 

「自己紹介してみるとか……?」

 

「面白味のない答えね」

 

「うるせー!俺だってこうやって友達になろう、って言って友達になるのは初めてなんだよ……!」

 

 仕方ないだろ、とちょっと拗ねながら長久が言えば、まぁ仕方ないわね、と言って千景が呆れた顔をする。

 しかし呆れた顔ながらも、千景は長久の提案に乗ってくれるようで、言葉をまとめるためかゆっくりと言葉を発していく。

 

「改めて……郡千景、です。えーと、十四歳の中学三年生。趣味はゲーム。……あとは何を話したらいいのかしら?」

 

 そこで早くも自己紹介に詰まる千景に、長久はさてはこいつ結構やべー人生送ってるな、と察しつつ、ならばこちらで話を広げるしかないかと、今の自己紹介で気になったことに触れることにする。

 

「ゲームっていうと……何やってたりするんだ?」

 

「色々よ。有名なのだとモンハンとかね」

 

「お、モンハンか。俺もやってるなぁ」

 

「といってもモンハンはあんまり本気でやってないわよ。最近環境生物のコンプ終わったばかりだし……」

 

「いやそれ結構やってない?」

 

 長久がゲーマーと一般人の尺度の違いに慄きつつも、ゲームであればある程度触れたことがあるために長久と千景の話題はそこそこ弾む。千景が他人と話し慣れていないために、時々会話が詰まることはあったが、それでも長久がフォローを入れてそれなりには話せた。

 そうして一つの話題で盛り上がり会話に慣れてくれば、自然と他の話題も会話で出てくるようになる。状況的に神社の本殿から出ることもできず、長久は負い目から。千景はその生い立ちから、他の人と話すことも少なく。二人だけで話す日々を数日過ごしていたある日。

 

 ――世界に、巨大な樹が現れた。




そんなわけでこの作品でも年齢弄ってます。
私小学生中学生らしい思考が書けなくて、年齢のわりに思考が大人びてしまうので……。
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