Vinculum semper vivat   作:天澄

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十九頁目.日々の暮らし:山遊び

ずっと彼女たちを勇者として見てきた。

俺にとって彼女たちはヒーローだった。

けれど、本当は。

彼女たちはもしかしたら。

もしそうだとしたら。

俺は彼女たちと

どう向き合うのが正しいのだろう。

 

大赦書史部・巫女様
勇者御記 二〇二〇年八月

 検 閲 済
白芥子長久記

 


 

「キャーンープーだー!!」

 

 山中に球子の叫び声が響き渡る。杏、ひなた、長久が辺りにいる他の人に謝る。千景が球子を小突き、若葉が球子を諌める。

 そうして、勇者たちの夏休み旅行第二弾、山でのキャンプイベントは始まった。

 始めに長久たちは宿泊先になるコテージへ荷物を持って向かう。今回は遊び場と宿泊先が近いため、先に荷物を置いてしまおうという話だった。

 ただ長久にとって意外だったのはコテージに泊まることになったことだった。

 今回の宿泊先やキャンプ場の選定に関しては球子に一任している。加えてキャンプという言葉のイメージから長久としてはテントで寝泊まりするものだと思っていたのだが。

 実際はこうしてコテージに泊まることになっている。純粋に疑問だったために長久が球子にその旨の質問をしてみれば、返ってきたのはこんな答え。

 

「キャンプというか山で遊ぶのに慣れてるのなんかタマくらいだろ? 山での活動ってかなり疲労が溜まるし、最初のうちはテントとかじゃなくてちゃんとした場所で休んだ方がいいんだ」

 

 なるほど、と長久は思わず声を漏らす。言われてみれば確かに、長久も運動はしていてもそれは整備された土地での経験であり、山の中での活動経験となると幼少期遊んだ程度のものだ。

 今回はあくまでキャンプをやろう、という目的ではなく山で遊ぼうというものであることも加味すると、確かに球子の主張はよくわかる話だった。

 ただ球子がよく考えられたことを言っているのが長久には意外で仕方がなかった。失礼な話だが、球子相手では仕方ない。

 とはいえこうしたところから球子の山での活動に関する知識が信頼に値することは分かる。そのため今回の山遊びで実際に何をして遊ぶのかということもまた、球子に任せられていた。

 

 荷物をコテージへと置いた長久たちは、球子の指示のもと動きやすい服装となって外へ出る。誰もが互いに見慣れたトレーニングウェアだ。

 新鮮なのは巫女であるために鍛錬には参加しないひなたと、山での活動用にいつもとは違う運動着を着ている球子ぐらいなものだろうか。

 

「よっし、じゃあみんな準備運動からな!」

 

「………………」

 

「……千景、そろそろ大人しく諦めろ」

 

 七人揃って軽く準備運動。長久は渋い顔をずっとしている千景を何度か宥めながら自らの身体を解していく。柔軟などを女子とやるのも日頃の個人鍛錬で慣れたもの。

 手早く準備運動を終え、ちょっと千景を手伝ったりしながら全員が準備運動を終えるのを待つ。とはいえやはり勇者たちというか、そこら辺日々の授業に組み込まれる鍛錬で慣れているらしい。

 時間がかかってるのは巫女で運動する機会が少ないひなただけ。となればちょっとだけ注意しとくかな、と長久は幾らか意識をひなたへと向けて注意しておく。とはいえ若葉もいるので大丈夫だとは思うが。

 

「ん、皆準備はいいかー? そしたら最初は山登りからだ!」

 

「……帰っていいかしら」

 

「千景」

 

「……冗談よ」

 

 嘘つけ、と千景を小突く。絶対迂闊なことを言えばこいつは帰っていた、と長久は確信と共に千景を睨む。

 千景は流石に睨まれればバツが悪いのか、スタスタと球子に続いて二番目に山を登り始めてしまった。

 はぁ、と長久は溜息一つ。面倒なやつと若干呆れながら長久も山を登り始める。

 

 ――とはいえ。山、と言っても本格的なものではなく、ある程度整備された道を登るだけのハイキングというやつである。

 日頃から鍛えてれば大したこともない……なんて長久は思っていたのだが。

 

「……ふぅー……」

 

 なるほど、これは中々に疲れる。長久は球子が言っていた意味をようやく正しく理解した。

 平地で行う鍛錬や走り込みとは些か違う筋肉を使う。整備されているとはいえ、階段状になっているわけではないので角度のついた不安定な地面で踏ん張らなければならない。

 これは今後のトレーニングの一環に山での走り込みもいいかもしれない。そんなことを思いながら、軽く息を整えながら前を見る。

 

「うーん、やっぱり気分がいいなー!」

 

 ぴょん、ぴょん、と軽快に山を登っていくのは企画者の球子。山での活動に慣れているというだけあって、余裕に溢れている。

 他には人はおらず、大自然がよく見える。背の高い植物が少ないので目に優しい緑が大きく詩歌に広がっていた。

 

「ッ、はぁ……はぁ……」

 

「ぐ、ぐんちゃん大丈夫……?」

 

 聞こえてきた声に長久が振り返れば、そこにいるのは二番目に登りだしておきながら盛大に息を切らした千景と、そんな千景を心配するまだ余裕がありそうな友奈だ。

 まぁそうなるだろうな、と長久は気づいていたのでさして驚きもない。友奈は鍛えてる期間が長久よりも長いために多分、球子についていくこともできるのだろうが、千景を心配して近くにいてあげるあたり優しいと思う。

 

「ぐんちゃんのペースで大丈夫だからね」

 

「……た、高嶋さんは……先に行ってて大丈夫だから。私に合わせてもらうのは申し訳ないわ……」

 

「大丈夫! 私、ぐんちゃんと一緒で楽しいよ?」

 

「え、ん……あ、ありがとう……」

 

 ちょろい。相変わらず千景は友奈に弱いな、なんて感想抱きながら長久は更に千景たちよりも後ろに目を向ける。

 後ろにいるのは若葉、ひなた、杏の三人。ひなたは予想通り体力的に辛そうだが、若葉がついているためそこまで心配はない。合間合間に休憩を挟み、彼女たちなりのペースで進むだろう。

 だから心配なのは残った杏になる。

 

「ふぅ……」

 

 立ち止まり、息を整える杏。彼女も千景と同じで、基本インドアであるために山道という普段触れることのない環境を歩くのが辛いらしい。

 普段であればこういう時は球子が杏をフォローするのだが、今回は球子が好きなアウトドア活動、それもキャンプだ。球子には純粋に楽しんで欲しい。

 そんな思いから長久はペースを落とし、杏の横へと並ぶ。そんな長久に気づいた杏があれ、と声を漏らしたのを聞いて長久は苦笑しながら口を開いた。

 

「大丈夫か、杏」

 

「あ、えっと……大丈夫です。慣れないので少し大変ですけどこれくらいなら……」

 

 これでも勇者として鍛えてますから、と可愛らしく力こぶを作ってみせる杏に、長久は笑みを浮かべる。

 普段の本好きの姿を見ていると忘れがちだが、彼女も勇者なんだよなと改めて理解し、同時に杏を普通の少女として見ていた自分に驚く。

 

「長久さん?」

 

 ふと動きを止めた長久の顔を覗き込むようにして見てくる杏も、他の皆も。確かに勇者、長久がかつて憧れたヒーローとでも言うべきものなのだろう。

 だけどそれ以前にきっと彼女たちは普通の少女で。唯一、勇者でも何でもない友として傍にいることができる自分がすべきことは――

 

「あの、大丈夫ですか……?」

 

「……ん、ああ、気にしなくていい。大したことじゃない」

 

 ひらひらと軽く手を振ってみせる。実際、これはきっと長久自身の考え方が少し変わるかどうかだけの話でしかない。だから本当に大したことではない。

 そうやって杏の問いをあしらう長久に呆れたのか、諦めたのか。杏は大きく溜息を吐いてから、代わりに別の質問を飛ばしてくる。

 

「それにしても長久さんはどうして後ろの方に? さっきまでペースよく登ってたのに……」

 

 その問いに、長久はああ、それはなと言いながら進行方向、それもそこそこ先を指差す。そこには上機嫌で山道を進む球子の姿がある。

 

「あいつに限った話ではないんだけど。折角こうして好きなことできるんだし、気兼ねなく遊ばせてやりたいだろ?」

 

 だからちょっと辛そうなやつのフォローは俺とか余裕があるやつがやった方がいいと思ってな、と長久は答える。

 実際、そういった気配りも球子は開始前にしているようで、宿泊先をコテージにしたのも、今回のハイキングのルートを選んだのもそういった基準らしい。

 となれば、当日にまで気を張らせるのも申し訳ない。代われることがあるなら代わってやりたい。そんな考えから長久は杏のフォローへと入っていた。

 

「そう……ですね。私もタマっち先輩には思いっきり遊んで欲しいかな」

 

「だろ? 多分、あのままだったら杏のところに来てたと思うんだよなぁ。球子は杏に甘いし」

 

 実際今、球子がチラリとこちらの方を見て、安堵の溜息を吐いている。責任者として、というのもあるだろうし、単純に杏が心配というのもあるのだろう。

 まぁ気持ちは分からなくもない。だからこそ自分が杏の面倒は見てしまいたい。……と、長久は思っていたのだが。

 

「……だからこそ、長久さんはタマっち先輩の方に行ってください」

 

 杏からすると違ったらしい。意図が読めず、視線でどういうことかと問いかければ杏は苦笑しながら答える。

 

「どうせ遊ぶなら一人じゃなくて誰かと一緒に遊びたいと思うんです。だから……」

 

 長久さんが、と言ってくる杏に長久はなるほどな、と返す。しかしその理屈でいくならより仲の良い杏が球子と一緒に行動した方がいいはずだ。

 その旨を杏に伝えるとそれは確かにそうなんですけど、と眉尻を下げながら理由を語る。

 

「私じゃ体力的についていけないので……」

 

 あー、と思わず長久は納得する。確かにこうしてハイキングの段階でついていけてない段階で、球子が全力で楽しむには杏では追い付けないというのは分かる。

 しかしそれを言うのであれば、である。

 

「球子には俺もついていけないぞ……」

 

 こと山での活動について言うのであれば球子に敵う人間はこのメンバーの中にいない。慣れの関係上、最も山という環境で体力に無駄なく動けるのが球子なのだ。

 若葉、友奈でさえ山では全力の球子に追い付くのは無理だろう。そんな中二人より劣る長久が球子についていくのは至難の業だ。

 

「……けど、まぁ」

 

 その上で、である。

 

「杏がそう言うなら、そうするよ」

 

 球子の一番の理解者である杏がそう言うのであれば、そうすべきなのだろうと。長久は杏の面倒を若葉や友奈に任せて山道を駆け上がる。

 全員の様子を確認して問題ないと判断したのか球子をかなり先まで登っている。追い付こうとするならそれなりの速度で登らなければならなかった。

 

 

 

 

「ぜぇ……ぜェ……うぇっ……おぉ……」

 

 球子には勝てなかったよ……。

 

 無茶し過ぎた。追い付こうとするだけでかなりの体力を消費してしまい、長久は頂上のベンチに倒れ伏していた。虫の息である。

 そんな長久を見て球子は笑い転げ、後から登ってきた何人かは呆れたように苦笑していた。まぁ長久自身としてもバカだったな、とは思うので笑われても仕方ないとは思う。

 

「まぁなんか一人やけに無茶してたけど、大体皆の体力は分かった!」

 

 全員揃い、長久以外の息が整った段階で球子がそう切り出す。しかしそこにどういう意図があるのか読めない面々が揃って首を傾げたのを見て、球子が言葉を続ける。

 

「皆の体力の感じ、次やろうと思ってたことは問題なさそうだなって話だ!」

 

 なるほど、と全員が納得を示す。まぁ球子がそんな風に体力を加味して判断するなんてまともなことができるということに全員違和感を抱いたのだが。

 球子はおバカキャラとして浸透してしまっているから仕方ない。

 

「つっても……何やるんだ?」

 

 ふぅ、と大きく息を吐きながら放たれた長久の問いに、球子がふっふっふっ、と不敵に笑う。

 そして自信満々にビシッ、と効果音が付きそうな動きで虚空を指差しながら、球子は言った。

 

「――水鉄砲を使ったサバゲーだ!!」




 球子がやっぱ一番扱いやすい。
 そんなわけで夏休み回第二弾、山遊び編です。
 つっても多分次回、長くても次々回で終わる。
 そんでその後からそろそろお話を進める感じかなぁ……。
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