Vinculum semper vivat   作:天澄

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十九頁目.日々の暮らし:山遊びⅢ

「ふぅ……」

 

 振り分けられたコテージの部屋で一息つく。海に続いて、今日は実に疲れる一日だったと長久は振り返った。

 

 結局、試合自体は敗北で終わっていた。千景を木の上に待機させ、長久と友奈で囮。頭上からの奇襲をすることで打開を図ったのだが……長久たちは球子を警戒し過ぎていたのだ。

 奇襲から三人で球子に集中攻撃したまでは良かったが、それを利用され残った若葉と杏に隙を突かれて負けてしまった。どうやら元々、あえて球子を囮に使う作戦だったらしい。まんまと引っかかってしまった長久たちだった。

 

「でも……まぁ、楽しかった」

 

 最初の試合も、その後メンバーを入れ替えてやった試合も。午前中の山登りだって、全部含めて……長久は楽しかったという感想を抱いていた。

 ……そして、自然とそんな感想を抱いていた自分に愕然とした。

 

 ――楽しんでいた? 自分が?

 

 長久は驚きのあまり、固まっていた。長久にとって自分は生きている価値のない人間だ。だが何も成さずに死ぬなど、生き延びた以上許されないから生きているだけなのだ。

 だから、長久は自らが何かを楽しむなどあってはならないと常日頃から思っており……けれど、最近はそれを忘れていることが多かった。

 思い返してみればどうだ、日々を楽しむなど許されない、そう自制していた時がどれだけあった? 長久は自らへと問いかける。

 勇者たちと対等に楽しむなど許されない、そう思いながらも……長久は、最近勇者たちと過ごす時間はほとんど、その時間を楽しんでいたように思う。

 

「……クソが」

 

 思わず、悪態が口から漏れる。長久は苛立ちから頭痛がしだし……吐き気すら覚え始めていた。

 いつからだろうか、自制を忘れしまったのは。……いいや、そもそも自制が必要な段階でダメなのだ。自制がいるということは、楽しみそうになっているのだから。

 何故そんなことになってしまったのか。長久は勇者たちと過ごしてきた日々を振り返り……ふと、気づいた。

 

「……は、はは……」

 

 それは、簡単な話だった。長久は勇者と対等に日々を過ごし、それを楽しむなど許されないとそう意識してきた。

 けれど勇者たちと共に過ごし、時間を重ねる中で……長久は自覚せずに勇者たちへ向ける目が変わってしまっていたのだ。

 勇者ではなく、普通の少女として。気づけば彼女たちのことをそんな風に見ていたのだ。

 

「マジかよ……」

 

 自覚してなかった予想外の事実に、長久は頭を抱える。勇者たちをただの少女として見るなんて。

 そんなの許されない、許されるわけがない。お前は何様だ――そう、長久は自らを罵ろうとして。

 だけどそれが本当に正しいのかと、頭の冷静な部分が囁いた。

 

 普通の少女のように見えたというのなら、それは彼女たち自身がそうありたいと望んだからではないかと、長久はそんな疑問を抱いたのだ。

 ならば普通の少女として彼女たちを見るのがきっと正しいことで。だけど、自分なんかが彼女たちを勇者としてではなく、普通の少女として見ていいのかと――

 

 ……ふらりと、長久はベランダへと出る。ヒートアップしていき、複雑化していく思考。

 一度頭を冷やすべきだと、長久は夜風を身体に浴びる。そのまま、満天の星空を見上げた。

 それから、今度はゆっくりと。思考が絡まらないように、過去の記憶を漁っていく。

 

 今日の試合中……いいや、もっと前。山登りの時。海に行った時も、彼女たちは笑顔だった。

 皆楽しそうに……まるで普通の女の子のように、毎日を全力で楽しんでいた。

 

「いいや、そうじゃない」

 

 首を振る。まるでじゃないのだ。それは今まで気づいていなかっただけ。あるいは、見ないようにしていたこと。

 

「皆……皆、普通の子なんだ」

 

 確かめるように、刻むように、呟く。決して忘れてはいけないことだから。目を逸らしちゃいけないことだから。

 勇者は、ヒーローはいる。だけどそれはただ選ばれてしまっただけで……決して彼女たち自身が選んだ道じゃない。

 その上で勇者であることを受け入れた彼女たちはきっと美しい心の持ち主なのだろう。

 だけど。だからこそ。忘れてはいけないのだ、彼女たちが普通の少女であることを。

 

 ――なら、そんな彼女たちに全てを押し付けた大社は? そして自分は? それは、本当に正しい行いなのか……?

 

 彼女たちに頼らなければ、人々は滅ぶ。だからそれは、仕方のないことなのかもしれない。

 本当に? 仕方のないことで済ませていいのか?

 いいわけがない。それでいいわけがないのだ。だけど、現実としてそれを受け入れなければならない。

 人々が生き延びるために、彼女たちを少女ではなく……勇者として、定めなければならない。

 

「あ、長久くん!」

 

 一人、長久が思いに耽っていると隣のベランダから声がかけられる。声がした方に目を向ければ、手を振る友奈とそれに連れられるようにベランダへ出てきた千景の姿があった。

 先ほどまで考えていたことがことなため、長久は一瞬言葉に詰まってしまう。けれどそれから慌てて取り繕うように、よう、と簡素な言葉を返した。

 

「長久くんも星を見に?」

 

「あー……まぁそんなとこ」

 

 苦笑いしながら、肩を竦める。星を見ながら物思いに耽っていたのだから嘘は言っていない。

 ……正直な話をすれば、長久は友奈たちにどう接すればいいのかがわからなくなっていた。

 勇者として彼女たちを見ればいいのか、同年代の少女として見ればいいのか。

 どちらにしたって彼女たちへの対応が変わるわけじゃない。勇者であっても、普通の少女であっても、自分のような存在が触れていいとは思えないからだ。

 だけど自分は彼女たちの力にならなければならない。あの日、千景と約束したから。誇れる自分になるために、今の自分ができることはきっと彼女たちの力になることだから。

 償って、そしていつか胸を張れるようになるために。自分自身を信じることはできないけど、千景との約束のためになら。

 だけど、どうやって力になればいいのか。それは、彼女たちがどうありたいかがわからなければ、きっと見出すことができない。

 

「……なぁ、二人はさ、怖くないのか?」

 

 だから長久は二人へと問いかける。勇者たちをどう見ればいいのか、自分では正しい答えを見出せるとは思えない。

 だったら、彼女たちに聞いてしまえばいい。彼女たちは、勇者として立ち向かっているのか。それとも。

 

「大社に言われて、勇者になって。化物と戦うことになって……それで、二人は怖くないのか? どうして戦えるんだ?」

 

「えっと……」

 

 いきなりの問いに、友奈と千景が戸惑ったように顔を見合わせる。一瞬、その姿を見てなんでもないと誤魔化そうとしたが、それでは意味がないと長久は思いとどまった。

 それから、長久は真剣な眼差しで二人を見る。そんな長久の姿に二人もそれが大事な質問だと分かったのか、悩む仕草を見せた。

 ……時間にして、数秒ほど。自分の中で言葉がまとまっていないのか、友奈が喋りながら手探りで言葉を選ぶように喋る。

 

「……私は、怖いかな」

 

 ああ、やはりそうなのだと。長久はそんな答えが返ってくると、どこか察していた。だから違和感なく、友奈の言葉を受け入れていく。

 

「本当は戦いたくなんてない。誰かが傷つく姿なんて、見たくないから」

 

 そこで目を伏せた友奈は、だけど、と言って首を振る。そして次に長久へと向けられた瞳には、確かな強い意志が宿っていた。

 

「だけどそれ以上に、皆で過ごす日常を失ってしまうのが怖いから。大切な今を失くしたくないから……私は戦うって、決めたんだ」

 

 真っ直ぐと、そう言い切る友奈。その答えは勇者らしいものじゃない。世界のためなんて高尚なものじゃない。

 

「……そう、ね。私も、高嶋さんとこうして過ごす日常を失うのは怖いわ」

 

 照れ臭そうにそう言った千景に、友奈が嬉しそうに抱き着く。やっぱり、そんな姿はどこまでも年頃の少女らしいもので。

 彼女たちは、決して勇者として戦っているわけではないのだと、長久は理解した。

 

 誰かを守りたい、誰にも死んでほしくない。そんな想いがないわけではないのだろう。けれど、彼女たちにとって一番大切なのはそこではなくて。

 きっと、身近にある自分たちの日常、それがとても幸せで、大切で。かけがえのないものだから失いたくないと、そう思っていて。

 だからこそ、きっと誰もが大切な日常を失いたくないであろうと分かるから、彼女たちは戦うことを選んだのだろう。

 それは、多分誰もを救おうとするヒーローの在り方なんかじゃなくて。ただ、ささやかな幸せを尊いと思える、心優しい少女たちの暖かな願い。

 

「……そっか」

 

 ならば、答えは出た。彼女たちが少女として戦うのであれば。長久だけは彼女たちが普通の少女だったということを覚えておこう。

 例え大社や世間が彼女たちを勇者として崇めようとも、自分だけは彼女たちを普通の少女として見つめ続けよう。

 それがきっと、約束を果たすために今、自分自身が許せる範囲での精一杯。

 だから覚えていよう、彼女たちが笑っている今を。きっとそれが、自分が今も無様に生き続けている意味だ。

 

「長久くん?」

 

「……なんでもないよ」

 

 どうかしたのかと、顔を覗き込んでくる友奈に首を振って答える。それから話を逸らすように、長久はそっと星空を見上げながら口を開いた。

 

「前にさ、千景と話をしたんだ」

 

 長久が思い出すのは千景に自らの歪みを打ち明けたあの日。あの日もこうして星空を見上げながら、約束をしたのだ。

 

「この星空は神樹様が作り出したもので本物じゃない」

 

 だからさ、約束をしようと、長久は言う。千景と星空の下、約束をしたように。今度は千景と友奈に、長久は約束しようとしていた。

 それは彼女たちを普通の少女であったことを忘れないように、約束という形で自らに刻もうとした選択だった。

 

「……全部終わったら、皆で星を見よう。偽物じゃない、本物の星空を」

 

 それはありふれた日常の形。さして珍しくもない、普通の少年少女が過ごすような日常。

 それをいつか、本物の空を取り戻して、胸を張れるような自分になれたら。普通の友達として、一緒の思い出を作ろうと長久は言う。

 

「……うん、いいね! きっと素敵な思い出になるよ!」

 

「あまり星に興味はないけれど。……でも、そうね。きっと偶にはそういうのも素敵だと思うわ」

 

 こうして約束は結ばれた。全員生き延びた平和な世界で。何のしがらみもなく、皆笑っていられる普通の日常を望んで。

 そんなものを望む資格が自分にあるのかと長久は思う。だけど、彼女たちとの約束のためだったら許される気がした。

 だから長久は今、自分にできる精一杯を自らに誓うのだった。




まぁなんやかんやで日々を重ねる中で長久くんも変わっていってるのよね。
徐々にとはいえ改善はしてる。

そんなわけでいつもより早めの更新です。
現状のコラボ先の更新ペースを考えると、とりあえず今は週一ぐらいで更新しとりゃどうにかなるやろみたいな気分。
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