Vinculum semper vivat   作:天澄

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二十頁目.日々の暮らし:目指すもの

俺だけじゃなかった。

彼女たちをちゃんと見ている人はいる。

仲間はいたんだ。

だから俺も頑張ろう。

彼のようになれるように。

……初めて、他になりたい姿を

見つけられたかもしれない。

 

大赦書史部・巫女様
勇者御記 二〇二〇年九月

 検 閲 済
白芥子長久記

 


 

うおおおおぉぉぉぉ! 俺の夏休みはどこだァ!!

 

悲しいね、俺たちに夏休みなんかないよ……

 

おかしい……お盆休みすらなく気づけば九月なのは何故……?

 

 今日はまた、一段と騒がしい。

 九月頭、今月最初の研究部への出勤早々に長久は呆れの溜息を吐いた。どうやら、長久以外の研究部の面々にはお盆休みすらなかったらしい。

 ……これ、下手に口を挟むと休みのあった自分は変に絡まれるな。そう察した長久はなるべく気配を消して、自分のデスクへと向かう。

 

「お、長久おはよう」

 

「おはようございます、先輩」

 

 デスクに着くと同時、隣のデスクの先輩に挨拶され、条件反射で挨拶を返す。それから休み関係で文句を言われるのでは、と一瞬ビクついて、実際は先輩は呆れた目で騒ぐ連中を見ていたため長久は安堵の溜息を吐いた。

 

「知ってるか? あそこで騒いでるあいつら、ノルマ達成出来てないから休みなかったんだぜ」

 

「ああ、そういう……」

 

 要するに自業自得である。長久はじゃあ罪悪感も何もないな、と騒いでる研究部の一部面々を冷めた目で見た。

 そんな長久の視線に気づいてしまったのか、休み無し組がグリンと音を立てて長久の方を見る。

 あまりの恐怖映像にひぇっ、と声を漏らして硬直したのがいけなかった。その一瞬で休み無し組は長久との距離を詰めていた。なんだその早さ。

 

長久はいいよなぁ……女の子と海に山遊び……?

 

神樹様は不公平だ……クソ……クソ神樹……

 

どうじでなんだよおおぉお!!

 

 怨嗟が凄い。神樹に対してまで文句を言い始めたあたり末期なのが長久にも分かった。やっぱり自業自得なので可哀想とは思わなかったが。

 幽鬼のような足取りで去っていく休み無し組に若干恐怖の目を向けながら見送る。それから、そこまで絡まれずに済んだことに一息吐いてから、隣の先輩に気になったことを長久は問う。

 

「……にしても、ここの人達って良くも悪くも大社の人間らしくないですよね」

 

「ん?」

 

 長久のその言葉だけでは意味を拾いきれなかったのか、先輩が視線でもう少し詳しくと問いかけてくる。

 それに長久はいや、とひとつ言葉を置いてから何を思ってその言葉を口にしたのか話す。

 

「なんて言うか、神樹様への信仰の仕方が独特というか。他の部署の人達とは全然違うよなー、と」

 

 ああ、そういうことか、そう言って先輩は泣きながらデスクに着く休み無し組を見る。

 まぁ確かに、長久がそんな疑問を抱いたのは彼らが原因だ。なんというか……他の大社職員が堅苦しいのに対し、ここの人達は緩すぎるというか。いまいち、神樹への信仰が感じ取れない……というのが長久の感想だった。

 

「まぁそうだな……そもそも、この研究部に関しちゃ大社内でも成り立ちが特殊でな」

 

 そう言って椅子へと寄りかかりながら、先輩はざっとこの研究部の成り立ちについて話し出す。

 

「元々、大社って組織は存在してたんだよ。そんで、ある時巫女さんが神託を得たことで、今の大社へと変化してった」

 

「おう、オメーここでタバコ吸おうとすんじゃねぇよ」

 

「っと、こいつぁ失礼。手癖でついな」

 

 説明しながら自然とタバコを吸おうとした先輩を、偶然通りがかった同僚が頭を引っぱたいて止める。

 止められた先輩はそれでも口元が寂しいのか、カラカラと笑いながらタバコの代わりに棒付き飴を口に入れて、話を続ける。

 

「その流れの中で、大社は化け物どもへ対抗する力として勇者が現れたのを知る」

 

 まぁ長久たちが保護された日の話だな、と先輩が長久の頭を撫でててくる。

 この歳にもなると気恥ずかしくてつい、長久はその手を払ったが……まぁ、実は悪い気分ではなかった。

 長久自身の負い目もあって、丸亀城に来てから両親とはほとんど顔を合わせていない。そのため寂しさもあったのかもしれない。

 近々、会いに行こうか。そんなことを思いながら長久は先輩の言葉に耳を傾ける。

 

「ただ如何せん、勇者の数が少な過ぎた。これじゃあ戦力的に心許ない。そんなわけで立ち上げられたのがこの部署だ」

 

 とんとん、と先輩がデスクを指先で叩く。長久はなるほど、この部署は最近できたばっかりだったのか、と納得する反面、その話がどう長久の疑問に繋がるのかが分からない。

 そんな長久の姿から思っていることを察したのか、まぁ焦るなと先輩が制してくる。

 

「この部署を立ち上げるにあたって、必要になったのは呪術と科学のノウハウだった。最初は呪術だけでやろうとしたが、足りんかったらしくてな」

 

 その話は長久も知っている。勇者システムの開発に関わった際に、データは全てに一度目を通している。

 その際に呪術のみで研究してた時のデータは閲覧していた。……とはいえ、機械を用いていないため曖昧なところの多いデータではあったが。

 

「それで、外部から科学者を招いたわけだ。ついでに、大社内の人間だけじゃキツかったから外部の呪術の専門家もな」

 

 そこまで説明されて、長久はようやく話の意図が見えてきた。

 つまり、長久はそう言葉を置いてから先輩が言おうとしていたことを先取りする。

 

「外部から招いた人がほとんどだから、神樹様への信仰が根付いてない?」

 

「That's Right! 研究部には元々大社にいたやつはほんの数人しかいないんだわ」

 

 パチンと指を鳴らして先輩は長久の言葉を肯定する。

 

「神樹サマがオレ達を助けてくれているのは分かるし、その力が大きいのも理解している」

 

 けれど。先輩は神樹の偉大さを表現するように大きな身振り手振りで言うが、直後、自分のことを指差す。

 

「それはいつか、オレ達が解決してみせる。食料も、空気も。全部オレ達がどうにかしてやる」

 

 つまり。今は信仰が必要だから研究部の面々はそうしているだけ、という話だ。

 必要でなくなれば信仰はしないし、むしろ自分たちが必要なくしてやる。それが科学者、ということらしい。

 

「そうさ、いつだって科学によって神秘は現象へと引きずり下ろされてきた。今回だって変わらない」

 

 人間は人間だけで生きていけるのだと、先輩は拳を握る。その横顔は一瞬、息を呑んでしまうほどに真剣だった。

 そしてそれは……長久には少し、眩しかった。ひたむきな思い。それは悩みながら一歩ずつ進む、今の長久には存在しないものだ。

 だから先輩は長久には眩しくて…だからこそ、とても憧れた。

 その考え方にではなく。そう思える、心の在り方にどうしようもなく、憧れたのだ。

 

「……ま、ってなわけで、オレみたいなのが多くてな。研究部の連中は神樹サマへの信仰がちょいと変わってるのさ」

 

 ぱっ、と擬音が付きそうなほどに、瞬時に先輩の表情が切り替わる。真剣なものから、いつものちょっとやる気のなさそうな顔へ。

 さっきまでのそれは幻だったのではないか。そう疑ってしまいそうな程の早変わりであったが、脳裏に焼き付いた情景が事実だと告げている。

 きっと、この人は自分が思っているよりも色々考えてる、長久はそう先輩への認識を新たにした。

 

「呪術師出身も、それはそれで神様やら呪術に関して詳しすぎるらしくてなぁ。素直に信仰するのは嫌なんだと」

 

 はぁ、と肩を竦める先輩に応じて、チラリと呪術方面出身の女性職員を見る。

 折り紙の動物たちを机の上で踊らせていた。ふふふ、と暗い目をしながら笑っている。

 ……見なかったことにしよう。

 

「……さって! 神樹サマへの信仰についてはわかったか?」

 

「まぁ……」

 

「それじゃあ今日の業務に入ろうか!」

 

 そう言って立ち上がる先輩に、思わずえっ、と声を漏らす。

 研究部では長久は基本的に自由に仕事をやっている。期日中にタスクを消化さえすれば、手を付ける順番も、個人的なことをしていようと許される。

 長久がまだまだこの分野では素人であり、学生だからこその扱いだ。要するに勉強する時間を貰っているのである。

 

「何だ、予定でもあったのか?」

 

 ただ今回はそれが仇になった。長久は今日、完全に個人的な作業をするつもりだった。

 とはいえ優先順位は当然、仕事だ。特にわざわざ先輩付き添いでご指名が入ったのであれば、個人的な作業など後回しにせざるを得ない。

 いえ、別日に回せますよ。そう言って長久は先輩に倣い、席を立つ。

 

「ま、悪いけどそうしてくれ」

 

 そして先輩も仕事が最優先と分かっているので、長久に気を使うことはない。立ち上がった長久を確認し、移動を開始する。

 どこへ行くのだろう、長久は首を傾げる。基本的に、研究部において長久の担当はソフト側だ。ハードに関して関わることは少ない。

 今手を付けてる案件では、まだハード面と関わる段階ではないというのが長久の見解であり、移動しての仕事となると何をやらされるのか全く見当がつかない状態だった。

 そんな長久の疑問を様子からくみ取ったのか、はたまたただタイミング良かっただけか。ともあれ、先輩がこれから向かう先と、目的について話し出す。

 

「実は四国以外の生存エリアを発見してな」

 

 それは……。長久は言い淀む。もし事実だとしたら大きい情報だ。何か別の、抗う術に期待できる。

 しかし同時、長久はそれを信じることができないでいた。長久は直接ではないが結界の外を見ている。

 あの時見た滅びた世界。跋扈する化物たち。本当に人間が生きているのか、生きていられる世界なのか。

 

「短い時間だが通信が繋がったんだ、確かに言葉を交わした記録が残ってる」

 

 険しい顔をする長久に対し、先輩はより詳しい情報を伝えてくる。それなら、まぁ。長久は一応信頼することにした。

 

「連絡が取れたのは三箇所。一つは長野。ここは距離もあってかそれなりにやり取りができた」

 

 長野。県単位での生存。四国は神樹という存在によって生存していることを考慮すると、確かにありえそうな話ではある。

 神樹のような存在がそうそういるわけもなし。人数が四国ほどじゃないのであれば、何らかの手法で生き延びているのもまぁ不思議ではないだろうと長久は納得を示す。

 

「それから北海道と沖縄。ただこの二箇所に関しては、一瞬繋がるのが何度かあっただけで、明確に言葉は交わせてない」

 

 生存者がそれなりにいる、というのは分かったんだが。先輩が続けた言葉に、あくまで偶然連絡が取れたというだけなのだと理解する。

 とはいえ、どちらもどういう手段を以て生き延びているのかは気になるところだ。できることならどうにか通信を安定させ、生存できた理由など情報交換したいところであるが。

 そこまで考えて長久は今回の仕事の内容を察した。わざわざ移動し始めた時にこの話をし出した、ということは無関係のわけがないのだ。つまり、である。

 

「今回の仕事って、通信環境の整備ってことです?」

 

「正解。どんなもんを作るか、オレたちの方にはどんな作業があるのか……ま、要するに仕様を決めようって話だ」

 

 なるほど、先輩の言葉から状況を理解した長久であったが、けれど同時に長久は首を傾げる。

 今まで長久はそういう場に呼ばれることはなかった。研究部の中では最も知識が少ないのが長久だ、その扱いは当然と言えた。

 だからこそ、ここに来て急に呼ばれるというのは何事か。長久は先輩へと目線で問いかける。

 

「別に、大した話じゃないぞ。いつかお前もやることになるんだから、経験としてあった方がいいって話」

 

 このまま研究部にいれば、そういう仕事も任される。そう言う先輩は笑みを浮かべて長久を見る。

 期待されている……ということでいいのだろうか。長久は自信のなさから、少し、その言葉の意図を素直に捉えることができなかった。

 それに先輩は特に言葉を返すことはなく、けれど苦笑しながら長久の頭を軽く撫でる。

 ……やっぱり気恥ずかしい。長久は条件反射でその手を払った。

 

「……あ、そういえば先輩、一つ相談なんですけど」

 

 若干の気まずさから話を逸らすように、長久は先輩へと相談を持ち掛ける。

 先輩は歩く速度を調整して、長久の横へと並びながら視線で続きを促してくる。

 

「えっと、今こういうの作ろうと思ってるんですけど」

 

「――――――」

 

 構想段階でしかない、未だメモとしか言えないそれをスマートフォンの画面に表示して先輩に見せる。

 軽い気持ちで見せたそれ。実現可能かどうか、何かアドバイスはないか。その程度の気持ちで見せたものだったが。

 予想外なことに先輩はそれを見た途端、目を見開いて動きを止めてしまう。

 

「先輩……?」

 

 訝し気に先輩の顔を覗き込む長久。それに対し先輩は何かを思案するように目を細めた後、腕時計で時間を確認してから、こっちへ来いと長久を引っ張っていく。

 ……そうして辿り着いた先は休憩所。喫煙所も兼ねたそこで煙草を吸いだした先輩は、ふぅと大きく煙を吐き出した後、こいつを見ろと長久に言ってくる。

 こいつ、とはどれのことか。長久が戸惑っていると、ポン、とスマートフォンに通知が届く。確認してみれば、それは先輩から送信された何かのファイルだった。

 

「……!」

 

 何事だろうか、疑問に思いながらファイルを開き……長久は驚いた。

 それは、設計図だった。そう、先ほど先輩にも見せた、()()()()()()()()()()()()()()()()だった。

 細部は……違う。そも、長久はまだ設計の段階にも至っていないので比べるのも間違いだとは思うのだが。その上で長久が予定しているものと比較して、細かい設計は違っている。

 しかしその目的は間違いなく合致している。そうだ、これは――。

 

「それは、オレを含めた研究部の一部連中で設計したものだ」

 

 長久は首を傾げる。こんなもの、研究部の仕事にはなかったはずだ。

 ならば、勝手に作っているということだろうか。それも研究部のメンバー複数人で?

 

「……長久はどうも、勇者に対して信仰みたいなもんがありそうだし、あんまり巻き込みたくないから黙ってたんだがな」

 

「それは……」

 

 ……否定しきれない、事実だった。あの日、彼女たちもまた普通の少女であると理解し受け入れるまで、確かに長久は勇者という存在を神聖視していたところはあっただろう。

 だから、少し前の自分だったらこんなものは考えもしなかっただろう。先輩の言ってることは、間違ってない。

 

「だけどまぁ……お前自身、作ろうとしてたなら話は別だ」

 

 興味深いアイデアもあったしな、そう言って先輩は天井見上げる。

 それから、何かを思案するようにしばらく黙った先輩は、ぽつりと、言葉を漏らす。

 

「……オレはまだ、納得してない」

 

 長久に対して語っているわけではない。自分の中で言葉を整理するように、先輩は言葉を発していく。

 

「ガキどもに世界の命運任せて、オレたち大人が安全な場所で見てるだけだなんて……ンなもん絶対に納得なんてしねェ」

 

 それは、彼の在り方。大人としての、内に秘めていた激情。

 

「仕方ないじゃねェンだ。そうするしかない。分かるさ、他に手はないのは」

 

 だけど、だけどだ。拳を握り締め、溜まっていたものを吐き出すように言う。

 

「諦めていいわけじゃねェ。オレたちは技術者だ。どうにかするのが、オレたちの仕事だ。だから」

 

 だから――。先輩は真っ直ぐに、力強く長久を見て。覚悟を以てそれを口にする。

 

「オレたちで作るぞ、長久。勇者以外でも使える、勇者システムを――」




クロスレイズ買って、ライブ行って、研究やってしてたら一ヶ月経ってたよ。
ちなみにコミケ行ったりしてるから年内最後の更新だよ。

そんなわけで実は内容は先月の段階でほとんど決まっていた大社の研究部のお話。アウトプットをやらなかっただけ。
作者は諸事情で格好いい大人が大好物です。

次の更新は多分来年なので、皆様よいお年を。

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