Vinculum semper vivat   作:天澄

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四頁目.コミュニケーション:勇者

うどん――そう、それは最強の食べ物。

うどんは美味しくて大抵のことに役立つ。

コミュニケーションだってうどんがあれば完璧だ。

うどんにできないことはきっと何もない。

 

大赦書史部・巫女様
勇者御記 二〇十九年九月

 検 閲 済
白芥子長久記

 


 

「――っ!?」

 

 予想外の衝撃に思わず、と言わんばかりに隣に座った千景が目を見開く。そんな千景を見て長久はほくそ笑みながら、長久はついに店員によって目の前に置かれたうどんに対して手を合わせ、いただきます、と小声で呟く。

 うどんに対しては最大限の礼儀を尽くさなければならない――故に、このうどんを作った料理人はもちろん、小麦粉を栽培してくれた農家や、だしの材料を獲ってくれた漁師への感謝も忘れない。無論、食材自体にもだ。

 

 そうして感謝を捧げ終えたら、次は箸を手に取り、うどんの見た目を楽しむ時間になる。

 柔らかな印象を与える、淡いクリーム色。艶のある、触れずとも弾力があると分かる麺が薄い黄金色のつゆに映える。

 ごくり、と思わず生唾を飲み込みながら、ゆっくりと箸でうどんを持ち上げる。弾力がありながらもなめらかなうどんは、ともすれば箸から滑って逃げてしまいそうで。しかしそこは長久も元香川県民。切れてしまわないよう、適切な力でしっかりと挟み込む。

 

 静かに口元まで運べば、つゆから発せられる魚介系の匂いに紛れて、仄かにかおる小麦の匂いが鼻孔を刺激する。

 これは美味いという確信――しかしそれに焦ることなく、あくまで丁寧にうどんを口に含む。

 

「ん……」

 

 ずず、と軽く音を立てながらうどんをすする。日本の麺料理は音を立ててすするのが粋ではあるが。それでもある程度、周りに配慮して抑えめにするのが基本だ。

 しかしこのうどんはそんな配慮をするまでもなく、そのなめらかさ故に軽い力ですするだけであっさりと口の中へと飛び込んでくる。

 

 適度な余裕を持って口に含まれるうどんを、長久はゆっくりと咀嚼していく。つゆの風味が口の中に広がる中、柔らかくしなやかな弾力があるうどんへと長久の歯が食い込み、そして硬めの芯をちょっとだけ力を入れて噛み切る。

 長久はそんなうどんのコシを楽しみながら、噛み切ったことでつゆの味と共にほんのりとした甘みが広がっていくのを感じる。そしてその甘みが味に更なる厚みを持たせ、口の中へと広がっていく感覚に長久は自らの口元が弧を描くのを自覚した。

 

 しかしうどんとは放っておけばのびてしまうもの。故に長久は手早く、しかし確かにうどんを味わいながら咀嚼していく。

 噛み砕くのは控えめ、少し形が残る程度でうどんを飲み込めば、喉の粘膜を刺激しながらうどんが食道を通っていく。しかしうどんが持つなめらかさ故、それが不快に感じることもなく、適度な刺激となり長久の眉尻は自然と下がっていた。

 

「はふぅ……」

 

 長久は目を閉じ、天を仰いで余韻に浸る。約一ヶ月ぶりとなる故郷の味に、長久は感動のようなものすら覚えていた。

 やっぱこれだよこれ、と余韻から帰ってきた長久はうどんがのびないように手早く食べよう、とうどんと向き合い。

 

「あれ、どうした?」

 

 そしてやけに自らに向けられる視線に気づいた。

 思わず長久がそれに首を傾げていると、ゴクリ、と何故か揃って喉を鳴らした勇者の面々ががっつくようにしてうどんを食べていく。

 突然の事態についていけず、何事かと若干呆けながらも長久もうどんを食べていく。

 

 そんな長久を見かねたのか、香川県民であり比較的うどんの美味しさに慣れている様子の上里が苦笑しながら話しかけてきた。

 

「白芥子さんがあまりに美味しそうに食べるからですよ」

 

「うん?」

 

「白芥子さんが美味しそうに食べるものだから、皆さん食べたくなってしまったんだと思います」

 

 そこまで美味しそうに食べてただろうか、と長久は首を傾げ。まぁ皆がうどんを食べるなら何でもいいかと長久は納得した。

 究極的にはうどんが普及すればそれでいいのだ、と長久は自分の分のうどんを食べてしまうことにする。

 

 久々だったが故にうどんの味をより楽しめるようにとシンプルなぶっかけうどんにしたが、些か物足りなかったかもしれない――なんてことを思いながらうどんをすすっていると、乃木がそういえば、と話しかけてくる。

 

「しかし白芥子さんも香川出身だったんですね。郡さんと共に高知から来たと聞いていましたが」

 

「ああ、元々は香川出身だよ。高知の方には引っ越しただけ」

 

 まぁ高知についてはほとんど神社の中で過ごしてたからよく知らないんだけど、と長久が付け加える。それに乃木と上里はなるほど、と納得の声を漏らす。

 

「ですがそういうことでしたらかなり大変だったんじゃないですか? 引っ越してすぐまた引っ越すことになったわけですし」

 

「あー……それがなぁ。結構複雑な事情があるんだわこれが」

 

 上里からの疑問に、長久は思わず頭を掻く。言っていいのかこれ、と一瞬疑問に思うも、そもそも長久や千景には知らされている情報故に、まぁ勇者相手なら言っていいだろう、と判断して語ることにする。

 

「上里は巫女だったよな? だったら俺と同じ苗字の巫女いるの知ってるだろ?」

 

「ええ、巫女内ではかなり高位の方ですが……まさか親族の方なんですか?」

 

「あれ、母親」

 

「えっ」

 

 思っていた以上に近い血縁関係に上里が固まる。まぁそれも当然かな。長久の母は巫女として最上位の力を持つ存在だ。歳であるためにその力こそ衰えており、一般的な巫女と同じ程度になってしまっているが、それでもその扱いは特別なものだ。

 そもそも。基本的に神に好まれるのは若く清らかな乙女だ。それが子供を産み、妙齢となった上でなお他の巫女と同等の力を持つなど、巫女としての適性が高過ぎるのが長久の母だった。

 

「それでまぁ、高知には勇者や住民を安全な地まで案内できる巫女適性がある人間がいないってことになったらしくてな。うちの母親が派遣されることになったらしい」

 

「そういうことでしたか……」

 

「……いや、だが待て。つまりそれは、大社は()()()()()()()()()()()()()()()()……?」

 

 乃木の呟きに、そういうことだなと長久は頷いて返す。

 元々、長久たちを丸亀城へと集めた大社という組織は、この化物たちに襲われるという事態を予期していた。長久の母が過去に神託を受けていたらしいのだ。

 

「あの……そういうことでしたら、周知しておくことでもっと被害は抑えられたのではないでしょうか……?」

 

 うどんを食べ終えたらしい伊予島が、おずおずとそう言葉を放つ。確かに伊予島の言う通り、もっと襲撃の話を周知しておくのが理想形だったのだろう。しかしである。

 

「いきなり化物が襲ってくると言われて信じる人間がどれだけいる?周知しても、それが信じられないんじゃどうしようもない」

 

 だから次善の策として、事が起きてから対応できるよう人員を配備するしかなかったのだ、と長久は口にする。

 長久の言葉に、実際自身が言われても信じなかっただろうことが想像できたからか、それに反論する者は誰もいなかった。

 

「……確かに、大社自体も日本全体に力が及んでるわけではないようだし。偽の情報で予め避難させておくのも難しかったでしょうね」

 

「まぁそんなわけで。白芥子一家は高知に引っ越したのです、っと」

 

 千景の言葉に追従してちょっとだけ茶化して言う長久であったが。それでも重くなった空気は改善しない。これは話題選びに失敗したな、なんて思いながら長久は頭を掻く。

 どうしたもんかと、知り合って間もないために具体的なフォローも思いつかず、長久が困っていると、でもさ、と一人の少女が声を上げた。

 

「理想的じゃなくても、何もしないよりは助かった人は多いんでしょ? だったら今はそれを喜ぼうよ!」

 

 そう言った少女、高嶋は心からそう思っていることが伝わってくる笑顔で言い切る。

 

「それに大社のおかげでこうして皆と会えたわけだしね!」

 

「……俺たち、それを喜べるほどまだ仲良くなってないぜ?」

 

「えー!? 仲良くはなくても新しい友達が増えるのは嬉しくない!?」

 

 それは確かに違いない、と長久はくつくつと笑いながら呟く。実に底抜けに明るい少女だ、と長久は高嶋のことをそう評する。

 ムードメーカーとして、いつかこのメンバーに欠かせない人間になるだろう。長久自身、この短いやり取りだけで彼女のことを好ましく思っていた。

 

「それじゃあ仲良くなるためにもう少し俺の話でもしようか」

 

「聞きたい聞きたい!」

 

「そういえば、なんで白芥子さんが丸亀城に呼ばれたのか聞いてませんでしたね」

 

「それはタマも気になるぞ」

 

 あ、これちょっと気分いい。

 

 続々と上がる聞きたいという声に、長久はそんな感想を抱きつつならばどこから話すかと思案する。

 

「さっき、俺の母親が巫女として破格の力を持っているって話はしただろ?」

 

 立てた右手の人差し指をユラユラしながらそう問えば、千景以外の誰もがうんうんと頷く。千景に関しては既に知っている内容故に暇だろうが、我慢してもらうしかない。

 

「まぁそれが息子の俺にも影響を及ぼしてて。特異な力が発現してるらしい」

 

「特異な力……ですか」

 

 乃木の言葉におう、と肯定の言葉を返す。ただここからがどうにも説明が難しいところになる。何と言っても、証明が難しい力であることが問題になる。

 

「巫女の力って、基本的に神からの声を聞く力……って認識で間違ってないよな上里?」

 

「そうですね、大まかにはその理解で間違ってません」

 

「ただその力は男には発現しないものだ。神託を正しく受け取れるのは無垢な少女しかいない」

 

 それは神々が無垢な少女を好むがために、どうしようもない点である。あとはまぁ、他にも条件はあるようだがここでは必要ない情報であるために長久はその説明を割愛する。

 

「それでもなお、男である俺に遺伝してしまう程に母さんの力は強かった」

 

「……なるほど、男の白芥子さんに巫女の力が無理矢理受け継がれた結果、それが歪んで特殊な能力になったと。そういうことでしょうか」

 

「凄いな上里。正解だ」

 

 上里の言葉に肯定を返した長久は、トントン、と自分の頬骨の辺りを指先で軽く叩く。

 

「見えるようになったらしいんだよな」

 

「見える?」

 

「神様の力ってやつ」

 

 謎の光が見える、と両親に相談したところ、発覚したのがその力だった。

 曰く本来は神々の力は純粋なエネルギーであり、目には見えない力らしい。それが見える、というのは不明な点が多かった神々の力を解明する足掛かりになるかもしれないようで、研究に協力して欲しいということで長久は丸亀城へと呼ばれていた。

 

「ですけど、何で丸亀城に? 研究でしたら大社本部の方でもできるはずですし……」

 

「勇者の方の分析にも俺の力を使いたいらしいなぁ……」

 

 肩を竦めてそう言った長久に、問うた伊予島が納得の表情を見せる。

 大社が研究したいのは神々の力であり、それはその力を扱う勇者も例外ではない。故に、研究対象は全て一纏めにしてしまおう、という判断があったと、長久は聞いていた。

 

 そんなことを漠然と思い出す長久は、しかし。いい加減視界に映るものが気になって仕方なくなってくる。

 誰も触れないがために放置していたが、いい加減我慢が効かず、思わず長久の口から疑問が漏れた。

 

「……それで、そろそろそいつらについて触れていいか?」

 

「……うぅん……」

 

 長久が顎でうなり声がする方を示し、それに上里や伊予島、乃木が揃って苦笑しながら示された方へ顔を向ける。

 そこには話の途中から頭を抱えてただ呻き始めた土居と高嶋の姿があった。

 

「タマには難しい話はわからないぞ……」

 

「うーん……うーん? つまり長久くんには巫女の力があって? 巫女さんは女の子限定で? でも長久くんは男の子だよね……???」

 

 なるほど、土居と高嶋はあまり頭がよろしくないのだな? と仲間たちの理解への深めつつ、長久は溜息を吐く。

 そしてならば彼女らにも分かるように噛み砕いて言うならばどうすればいいのか思案し、いいか、と前置きしてしっかりと二人を見据えて口を開く。

 

「俺には君たちが戦う時に使う不思議パゥワッを見る力があるんだ。オーケー?」

 

「っ、なるほど!」

 

「オッケイ!!」

 

「頭悪過ぎじゃない?」

 

 千景から辛辣なお言葉が飛んでくるが、まぁ実際頭が悪いので長久には否定ができない。流石に長久自身ちょっと知能を落とし過ぎた気もするが、まぁ理解してもらうためだから仕方ないと納得することにした。

 

「ま、そんなわけで皆が戦闘訓練やってる時、俺は研究に協力する感じで、あとは大体皆と一緒に行動する感じだな」

 

「そっか、よろしくね長久くん!」

 

 高嶋から差し出される右手。まぁ何ともフレンドリーな少女だと苦笑する。

 けれどこの感じなら今後も仲良くやれそうだ、と長久は同じく笑顔で差し出された右手を握るのだった。




なんで俺、うどんについて調べなきゃならないのん??
そんなわけでそれなりにうどんについて調べながら書いてた今回です。
今回のお話、かなり知能が落ちてた気がするぜ……。
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