Vinculum semper vivat   作:天澄

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五頁目.コミュニケーション:乃木若葉

白芥子長久。

友人として、比較的好ましく思う相手。

しかしどうにも、心配な相手でもある。

時々見せる、思いつめたような表情。

彼がよく間食をとっているのも、

ストレスからなのかもしれない。

けれど、それについて踏み込める程、

まだ私たちは親しくない。

丸亀城に来る以前からの友人らしい、

さんであれば何か知っているかもしれないが……。

彼女も彼女で、問題を抱えているようだし、

人間関係、というものはどうにも難しいものである。

 

大赦書史部・巫女様
勇者御記 二〇十九年十月

 検 閲 済
乃木若葉記

 


 

 大手門を潜り抜ける。

 基本的に、勇者及び長久は丸亀城内でのみ過ごすことが許される。化物が現れ、それを打破する可能性がある人間を保護しておきたい、というのは当然の思考故、長久自身それに文句を言う気はない。

 しかし、いくら丸亀城の土地には芝生広場や林があると言っても、それでも閉塞感があるのは否めない。

 単純にずっと同じ光景ばかり見ているのは気が滅入ってしまう、という話だ。

 

 そのため長久は、一週間か二週間に一度ほど、外出の機会を設けている。大体は食べ歩きであり、偶にバスでちょっと移動して昔住んでた地域の友人たちと遊ぶ。

 息抜きが必要、というのは大社側も理解してくれており、また度が過ぎれば監禁と変わらないとも分かっているらしく、そこら辺簡単に許可はおりるのだった。

 

 そんなことを思いながら、長久は買ってきたどら焼きの最後の一口をいただく。長久が外出する時は、基本的に買い食いがメインだ。長久はうどんに限らず、美味しいものを食べること自体がそもそも好きだった。

 無論、自分だけで楽しむわけではなく、お土産だって買ってきてある。そこら辺、長久には研究協力の報酬としてお金が入っているために余裕があるのだった。

 

「……お、あれは」

 

 時刻は現在三時頃。芝生広場に誰かいるかもしれないし、いたらその人としばらく喋ろうかな、なんて長久が思っていたところ。

 大社から支給されたトレーニングウェアを着て、髪を揺らしながら刀を振るう少女の姿を見つける。

 

 細く、鋭く息を吐き――抜刀。宙に斬閃が走り、そこから二の太刀、三の太刀と斬撃が紡がれていく。

 その技術は素人である長久には分からないものであったが。努力の積み重ねによって洗練された美しさがあることだけは分かり、気づけば自然と長久は拍手をしていた。

 

「っ、む……白芥子さん、でしたか。急に音が聞こえてきたものですから、驚きました」

 

「ああ、ごめんごめん。あまりにも綺麗な動きでつい、な」

 

 肩をビクつかせて振り向いた乃木に、流石に申し訳なさを感じて長久は謝罪する。

 そんな長久に気をつかったのか、はたまた元々その予定だったのか。乃木は木陰を指さし、休憩がてら話し相手になって欲しいと提案してくる。

 それに対し長久は快諾。元々、人がいれば話そうと思っていたために、断る理由がなかった。

 

「はいこれ」

 

「これは……六万石(ろくまんごく)?」

 

「お、知ってる? 今日は寶月堂(ほうげつどう)ってところ行ってきたんだー」

 

 あむ、と乃木にも渡した六万石というお菓子を齧る。もなか種のサクッとした食感があったかと思えば、次の瞬間には求肥(ぎゅうひ)の柔らかさととあんこの甘さが口内に広がる。

 最近、長久は出かける度にこうしてお菓子を買って食べていたが、これは中々に好みの味で上位に入るだろう。

 そんなことを思いながら食べていると、乃木がじっと見つめてくるので、長久は食べながらつい首を傾げる。それに対し乃木は、見つめていることがバレたのが気まずいのか、ああいえ、と言葉を漏らしたあと、おずおずと思っていたことを口に出す。

 

「その、白芥子さんは何かを食べている姿が印象的だな、と思いまして……」

 

「ああ、まぁ最近俺自身、よく食べてる気はするなぁ……」

 

 特別腹が減っているわけではないのだが、と自らのことながら長久はどうしてだろうと疑問を覚える。

 しかし結局、明確な答えが出ないためにまぁいっかと思考を投げ捨てた。

 

「美味いもんは美味い。だから食べたい。そんなもんでいいんじゃないの?」

 

「……それもそうですね」

 

 苦笑する乃木に、さてはこれあんまり同意を得られてないな? と何となく察しながらも長久はそこら辺は個人の自由ということで気にしないことにした。

 説得が面倒だったのもあるし、今はとりあえず美味しいものを食べるのが優先だった、というのもある。

 しかしそれ以上に、どうにも以前から気になっていたことがあるために、今はそれを優先したかったことがあったのが大きかった。

 

「なぁ乃木。その……さ。できれば敬語、やめてもらえないか?」

 

「え?」

 

「ああ、いや。お前がそれが一番話しやすいとか、歳上にため口とか無理っていうなら別にいいんだけどさ」

 

 長久もまだまだ思春期。歳の近い女の子、それもかなりの美少女にもっと親しく接してくれ、と言うのは些か気恥ずかしかったが、それでもそれ以上に引っかかる部分が大きかったために、照れながらもそう頼み込む。ついつい、照れ隠しで言い訳がついてきてしまったのはご愛敬というところだろうか。

 そんな長久の照れに気づいているのかいないのか。乃木はしばし思案したのち、眉根を寄せて困った様子でその口を開く。

 

「別に、敬語を外すの自体は構いませんが……どうしてまた、そんなことを?」

 

 その問いに、長久は即座に答えられない。頼みが照れ臭ければ、その理由もまた照れ臭いものだった。

 それ故に中々理由を言い出せず、けれど乃木が真っ直ぐに見つめてきて言い逃れもできないような気がして。結果としてしばしあー、うー、と唸るだけであったが、やがて観念して仕方なしにその理由を喋ることにする。

 

「まぁ……なんだ。俺と、千景以外は皆同じ歳で、大体ため口だろ?」

 

 上里みたいにそれが普段の口調とかじゃない限りさ、と頬をかきながら長久は乃木から視線を逸らす。これから言うことを真正面から言えるほど、長久の精神は成熟しておらず、また開き直ることもできていなかった。

 

「だから、えー……。その、寂しくてな。なんだか仲間外れみたいでさ」

 

 結局、最後まで正面から見ることはできなくて。けれどついリアクションが気になって長久はチラっと横目で乃木を見る。

 それはもしかして軽くでも笑われているんじゃないか、という思いからで。そんな考えに反して、乃木は至って真剣な顔で考え込んでいた。

 そして思案から返ってきた乃木は、そういうことなら、と前置きして一つの提案をしてきた。

 

「今後は敬語をやめるの自体は構いません。ですが……私たちのことを仲間だと言ってもらえるのであれば。私のことは乃木ではなく若葉、と」

 

 それはつまり、女の子を下の名前で呼べ、ということで。千景の時のように勢いで呼ぶならともかく、こうして改まって下の名前で呼ぶというのは思春期の少年にはハードルが高かった。

 しかしそんな長久に対し、乃木は当然のように長久が下の名前で呼んでくれると信じて真っ直ぐに見つめてきている。

 その自信がどこから来るのか、と一瞬思うも、その視線からただただ長久への信頼だけで自信を持っているのが分かってしまう。そしてそこまで信頼を向けられてしまえば、流石に長久も照れてしまって応えられない、なんて情けないことはできない。

 

「ん、じゃあまぁ……改めて。よろしく……若葉」

 

「うむ。よろしく、長久」

 

 なんだこのイケメン。

 

 当然のように爽やかな笑みを浮かべて下の名前で呼んでくる。本当に自分よりも歳下? もし女だったらうっかり惚れてたわ……。

 

 長久にはあった照れが欠片も見られない乃木改め若葉の様子に、長久は軽度のパニックへと陥っていた。

 同時、あまりのイケメンっぷりに、長久の方が男であるはずなのにイケメン度で負けているという事実に打ちのめされる。

 改めて名前を呼び合い、友達としてやっていこうという中、長久の頭の中はかなり残念なことになっていた。

 

「ところで長久。郡さんにも同じように、もっと親しげに話した方がいいのだろうか」

 

「え。……あ、ええと、そうだな……」

 

 若葉からの問いに、若干呆けていた長久は我に返る。それから、改めて若葉の質問を吟味し。あー、と思わず困った声を漏らした。

 

「うーん……あいつ大分気難しいというか、あれだからなー……」

 

 仮に若葉が千景に親しげに話しかけたとして。千景の方が真っ当に受け止めるかどうかを考えると、まず捻くれた答えを出すだろうと長久は予想する。

 特に千景は何やら若葉に対して苦手意識を持っているようであるし、不用意に踏み込むと拗れる予感しかしない。

 

「まぁ……千景の方は、もう少し待ってやってくれ。あいつ自身が望まない限り、ゆっくりと距離を縮めていった方がいいと思う」

 

「そうか……彼女の友人である長久が言うならば、それを信じるとしよう」

 

 美少女にさらりと呼ばれる下の名前に、やはり照れを抱きながらも、長久はちゃんと若葉へ頷きを返す。

 あれ、これこのままだと割と真面目に若葉に攻略されない? と長久は若干の危機感を抱きながらも、折角の機会なので長久はそのまま、若葉とコミュニケーションをとっていく。

 

「そういやさ、あー……若葉って、居合道だっけ? を昔からやってるんだったよな?」

 

「ああ、そうだな」

 

「居合道ってさ、実際剣術とかとはどう違うものなんだ?」

 

 若葉の名前を呼ぶのを若干つまりつつも、長久は以前から気になっていたことを聞くことにする。

 長久は親に言われて最低限の運動はしていたが、それだけだ。運動能力はそれなりにあっても、それを活かすためのスポーツについての知識は乏しい。

 特に学校の授業で触れることのない、剣術や居合といったものに関しての知識はからっきしであった。

 

 そのため、若葉には彼女がやっているという居合について常々聞きたいと思っていた。

 だってそこら辺長久も男の子。刀というロマンには憧れがあるのだった。

 

「うーむ……そこら辺、居合というものも説明が難しいが」

 

 悩むように、しばし宙に視線を彷徨わせた若葉は、やがて彼女の中で言葉がまとまったのか、簡単に言うとだな、と話を切り出す。

 

「居合、というのは後の先をとる技術、とでも言えばいいだろうか」

 

「後の先?」

 

「元々、居合は座った状態から、先に短刀などで斬りかかってきた相手に、長刀で対応するための技術、と言われている。所説はあるがな」

 

 ふむ、と長久は言われたことをイメージする。短刀の間合いから、後から動いて先に斬りかかる。

 ……あれ、不可能じゃない? と長久は首を傾げた。

 そんな長久に、若葉は苦笑しながら補足説明を加えていく。

 

「まぁ今、長久が疑問に思ったであろう、後から動いて先に斬る、というのは理想形ではあるが実際難しい。動作の最適化による無駄のなさ、純粋な瞬発力――それを為すには求められるものが多い」

 

「じゃあどうするんだ?」

 

「後の先、というのは相手の攻撃を一度受け流したり、避けたりしてから応じ手を叩き込む。カウンター、といえば分かりやすいか」

 

 なるほど、と長久は思わず呟いた。それなら長久にも理解できる。

 居合については納刀状態からただ抜刀して斬る技術、とだけ漠然と認識していたが、こうして聞いてみると中々に奥が深い。

 そこまで考えていや、まぁ武道なのだから奥が深いのは当然か、と思い直す。

 

「ふーむ……なぁ若葉。それって俺にも教えてもらうことってできるか?」

 

「居合道をか? まぁ構いはしないが……」

 

 そう言って、若葉から木刀が長久に渡される。いきなり初心者に刀を渡すことはできない、ということらしい。

 それもそうか、と長久は納得し、そしてそこからどうしたらいいのかと若葉へと問う。

 

「まずは正眼に構えてみろ。……と、言っても分からないか」

 

 そこから若葉から具体的な指示が飛んでくる。

 木刀の柄を、上から握る。木刀を支えるのは左手の小指や薬指、中指が主であり、他の握りは軽く。肩の力は抜き、リラックスした状態に。けれど背筋はピンと張ること。

 

「居合をやるにしてもまずは刀を振るえなければどうしようもない。だからまずは刀の振り方と、それに必要な筋力をつけることから始めるぞ」

 

「う、うっす……!」

 

 あ、これ思ってたりよりキツイ。そんな風に思った頃には時すでに遅し。

 既に教官モードに入ったらしい若葉が、鋭い眼光で長久のことを見つめている。手を抜いたり、弱音を吐いたりしようものなら檄が飛んできそうな様子だった。

 木刀を主に支える左手をはじめとして、多くの普段使わない筋肉にかかる負荷に内心で悲鳴を上げながらも、言いだしっぺは自分。

 ただでさえイケメン力で若葉に負けているのだから、一度言い出したことを曲げるなど男の子としてできないと、長久は腹を括った。

 

 そこから数日間、筋肉痛で地獄を味わったのは当然のオチである。




知り合いの乃木若葉限界オタクにツッコミ入れられたら修正入るかも。
乃木若葉は扱いがデリケートなのだ……。
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