Vinculum semper vivat   作:天澄

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六頁目.日々の暮らし:授業

神樹、勇者、バーテックス。

こうなる前だったら存在自体信じなかったもの。

それを今は真面目に考えなければならないのだから、

世の中何が起きるかわからない。

特に、自分の場合はそれを研究しなければならないのだ。

何ともまぁ、不思議な感覚である。

 

大赦書史部・巫女様
勇者御記 二〇十九年十二月

 検 閲 済
白芥子長久記

 


 

「――あの日、突如現れた化け物を、大社はバーテックスと呼称することに決めました」

 

 丸亀城内の一室。元は用途が違うそれを改造し、机等を運び込み教室とした部屋。

 そこで長久や勇者たちは自席に座り、教壇に立つ大社職員の話を聞く。

 

「バーテックスは前触れもなく世界各地に出現して以降、そのまま各地を襲撃し続けているとされています。報告によると既に陥落してしまった土地もあると……そう、言われています」

 

 長久は配布された資料へと目をやる。そこには簡易的な日本の現状が図で示されており、既に何県かが赤色で示されている。

 それはつまり、その県が既にバーテックスとやらに滅ぼされたということを確認したということであり。通信システムもやられてしまっている今、実際のところはもっと滅んだ場所は多いのではないか、と言われていた。

 

「その資料には載せていませんが、海外も似たような状態であると言われています。海外に関しては日本国内よりも連絡をとるのが難しいこともあって情報が少なく、詳細については不明ですが……。この四国同様、結界により安全を確保するのに成功したという話もあります」

 

 バーテックスによる襲来を受けたのは何も日本だけではない。世界各地が襲撃され……互いの現状すら、把握するのが難しいようになってしまった。

 日本国内ですら、連絡をとるのが難しいのだ。それが海を挟んだ遠い地となど、安定して通信できるわけがなかった。むしろ、こうして他の地のことを気にしている余裕のあるこの四国がおかしいのだ。

 

「そんな中でこうして平和を保っている四国は特別です。あなた達勇者に、結界を張っている神樹様。特に神樹様の力がなければ、例え勇者がいてもこの地は滅んでいたでしょう」

 

 神樹様。バーテックスが現れてからしばらく。突如として四国に現れた存在。

 資料によれば、土地神が人類を守るため集まり、元々神木と扱われていた木に宿ったものであるらしい。そして平時は宿主である神木の姿をしており、その存在は目視できないとされている。

 些かそれが事実なのか疑わしいところはあったが、如何せん長久は千景と共に神樹が四国に現れた瞬間を見ている。あれは神樹が生まれた瞬間のみ、特別に見えただけらしいが、それでも長久はそれを見たのだ。

 そしてその時、それを構成していた光と、世界に漂い、また千景たちの武器を包み込んでいる光が同一であることを理解してしまっていた。

 それ故、長久は神樹の存在と、その恩恵を信じるしかない。

 

「神樹様はこの四国を囲うように結界を構築し、また不足している資源を補ってくださっています。今四国が健在なのは、全て神樹様のおかげなのです」

 

 それは逆に言えば、神樹様ですら四国を守るのに精一杯ということになる。多数の土地神が集まってなお、四国を保護し、物資を供給するのが限界なのだ。

 

「……そろそろ時間ですね。授業はこれで終わりとします」

 

「俺たちはいったい、何を敵に回したのか……」

 

「長久?」

 

 授業が終わり、思わず思考から漏れ出た言葉を若葉が拾い、首を傾げる。それに対し、話すべきか否か、しばし思案する。

 とはいえいつか直接的に戦うことになるのは彼女たちなのだ。ならば彼女たちはそれを一度は考えておくべきだろう。

 そう思い、他人に戦いを頼ることしかない情けなさと、そこから連鎖的に思い出したバーテックス襲来の日の記憶による胸の痛みを堪えながら長久は何を考えていたのかを口にする。

 

「神樹様って神々の集合体なんだろ?その神樹様ですら四国しか守れないって、どれだけ強大な敵なのかなってさ」

 

「それは……」

 

「人類に、勝ち目はあるのかね」

 

 正直に言えば、長久は研究職という立場故に、幾らか資料を閲覧する機会があり、そこから敵は若葉たちのような少女が戦える相手じゃないと予測している。それは、長久にとってのヒーローである千景すらだ。

 けれど長久は、世界はそれでも少女たちにいつか頼らなければならない時がくる。その事実に吐き気を覚えながらも、長久は彼女たちを戦わせるための研究をしなければいけないのだ。

 

 そんな思考から放たれた重苦しい長久の言葉につられて、若葉たちの表情が暗くなる。自分たちが何と戦っているのか。勝ち目があるのか。それが明確でないというのは精神的な負荷となってしまっていた。

 

「――例え勝ち目がなくても。奴らには報いを与えなければならないのだ」

 

「そうだよ、私たちが戦わなくちゃ。大丈夫! 私たちなら勝てるよ!」

 

 けれど長久のマイナス思考を吹き飛ばすように。若葉と高嶋が勇ましく声を上げる。そしてそれによって、勇者たちの顔には覇気が戻る。

 若葉が先導して、高嶋が背中を押す。そうして全員の士気が上がるこの形が、五人の理想的な流れなのだろう。

 そしてそうしてまた立ち上がれるから、きっと勇者なのだろうと、あの日からずっと折れたままの長久には、彼女たちが眩しく映った。

 

「……っと、もう次の授業か」

 

 そんな風に話していれば。真面目な話だったからか、時間のことを忘れて話してしまっていたために次の授業が始まってしまう。

 誰もが次の準備をしておらず慌てて荷物からノートなどを取り出していく。そしてそれは長久も例外ではなく。けれど取り出すものは一人だけ違った。

 

「……長久?」

 

 皆が自席で授業の準備をする中、長久だけは取り出したものを持って立ち上がる。それに皆が疑問を持つ中、長久が向かったのは――教壇。

 教壇に長久が当然のように立ち、何やら紙を取り出したと思ったらそれをそれぞれに配っていく。その行動から誰もが何となく、長久が何をしようとしているかを察し始めるが、しかしその理由までは見えず首を傾げるばかり。

 そんなクラスメイトたちを無視して、長久はついにはプロジェクターとスクリーンまで用意し始め、そして何故かメガネをかけた。

 

「メガネ……?」

 

「いや、授業の準備してるのも謎だけどそれ以上に何故メガネ……?」

 

「え? それっぽいじゃん?」

 

 こいつ、意外とバカだな? と皆の心が一致した頃。ここまで準備に徹していた長久が、ようやく説明のために口を開く。

 

「はい、つーわけで今回は特別に俺が教師だ。よろしく!」

 

「いえ、それは何となく準備を見てたのでわかりますが……どうして白芥子さんが授業を?」

 

「あー……それはだな。高嶋、本来この時間の教科は?」

 

「えっと、戦闘に関する座学だよね……?」

 

「そう。んで、その先生なんだけど」

 

 右手の人差し指だけを立てて、宙でくるくる。長久は自らの中から、事前にまとめておいた言葉を引っ張りだしていく。

 

「ちっと勇者関係の研究が大詰めでだな。忙しくて来れないと」

 

「なら自習になるんじゃないのか?」

 

 土居からの至極当然である質問に、長久は揺らしていた人差し指をビシッ、と土居に向けながら、普段だったらそうなんだけどな、と言う。

 

「今回はその大詰めである研究関係で説明しなきゃいけないことがあってな。ちょうど他の授業があってこっちにいるし、ってことで俺が説明することになったんだ」

 

 そう言って長久は手元の端末を操作し、スクリーンに投影しているスライドを切り替える。そこにでかでかと書かれている文言は『勇者システム』。

 乃木を始めとした長久以外は、勇者は分かるがシステムとは、と疑問を覚える。それに長久はまぁ話すから待て、とスライドを次のものへと切り替えた。

 そこに写っているのは、勇者という文字と、二頭身にデフォルメされたような、刀を掲げる若葉だ。

 

「さて、伊予島。勇者とは何か。簡単に説明してみてくれ」

 

「えっと、神の力を宿す、特別な武具に選ばれた者たち……でしょうか」

 

「そうだな、その認識で間違ってない」

 

 続いて長久がスライドを切り替えると、今度はデフォルメされた千景が同じくデフォルメされたバーテックスを倒しているかのようなイラストとなる。そしてその隣には、二頭身の男が銃でバーテックスを倒そうとしていて、その上に大きなバツ印がつけられたイラストもあった。

 

「現状、このイラストの通り、勇者だけがバーテックスを倒すことができる。これは神の力しかバーテックスには効果がないから、ってのはこれまでの授業で習ったな」

 

 長久の言葉に、上里や伊予島、千景と若葉が頷きを返す。土井と高嶋だけは皆が頷いてるから頷いた、みたいな曖昧な挙動であったが、まぁ今こうして改めて言ったのだから問題ないだろうと長久は判断する。

 

 もしまた忘れたら? それは長久の知ったことではない。

 

「だけど現状、それを役立てられるのは攻撃だけなんだ」

 

「それは……どういう?」

 

 千景から投げかけた問いに、伝わり辛かったか、と長久は頬をかく。長久にとって、他人にこうして授業を行うなど初めての経験だ。だから思っていた以上の言葉選びの難しさに苦戦しながら、先ほど伝えようとしていたことを伝えようと試行錯誤する。

 

「あー……今は神の力はそれぞれの武具にしか宿っていない状態だろ? だから、バーテックスに対して攻撃することはできる。ここまではいいな?」

 

「そうですね。それは私たちも理解しています」

 

「だけどもし、バーテックスに噛みつかれたら? そうでなくても、バーテックスがジャンプしても届かない位置を漂っていたら?」

 

 その言葉に、若葉を始めとする察しのいい人が長久が言わんとしていることを理解し、盲点だったと驚いた顔をする。しかしそれでも、まだ気づいていない人がいるために、長久は結論を口にした。

 

「――人間なんだよ。勇者はあくまで神の力を宿す武器を振るえるだけで、それ以外は一般人と何も変わらないんだ。だから……」

 

「……だから。もし反撃を受けたら、それだけで死にかねない。そういうことですね」

 

 言わんとしたことを代弁してくれた伊予島に、長久はああ、と肯定を返す。そしてそれで全員が正しく長久の言っていることの意味を理解したのか、恐怖からか全員の顔が強張る。

 

「いくら多少の能力向上があっても、飛ぶ相手に生身の人間じゃ対応するのが難しいってのもある。そしてそういうもんを解決するために開発されたのが、勇者システムってわけだ」

 

「なるほど……」

 

「そしてそれこそが今、大詰めを迎えているものであり、俺がお前たちに説明しなきゃいけないものになる」

 

 そう言いながら長久が切り替えた次のスライドに写っていたのは、伊予島がバーテックスに噛まれているイラストだ。

 

「まず、防御面。勇者は現段階ではたった五人しか確認されてないんだ。死なせちゃならんと、大社研究部は頭を捻った。どうしたもんかと俺らは悩んだのだ」

 

 長久がスライドをまた切り替える。今度は伊予島は無事であり、バーテックスとの間に薄い膜が描かれていた。そしてそこには神の力、と書かれている。

 

「さっき言ったように、バーテックスに対抗できるのは神の力だけだ。なら、神の力であればバーテックスからの攻撃も防御することができるんじゃないか? 俺たちはそう考えた」

 

 実際、勇者が振るう武器の素材自体は何ら特別なものではないのだ。それがバーテックスを攻撃してなお、その形を保っている以上、神の力には硬さを増す力か、バーテックスの力をレジストする力が存在しているはずなのだ。

 

「だからどうにかして、それを身に纏う方法はないか、次に俺たちが悩んだのはそこになる」

 

「身に纏う……」

 

「人間には神の力を制御下におく能力はないからな。どうやって神の力を勇者の周囲で安定させるか……そうして出来上がったのが、これだ」

 

 スライドが切り替わる。今度のイラストは、土居。左側には制服姿の土居が描かれており、その隣には間に右方向への矢印を挟んで、衣装の変わった土居が存在していた。そして矢印の上には強調するように、荒っぽいフォントで大きく『変身!』と文字が刻まれていた。

 

「そう! 神の力を閉じ込めた衣装を作成! そして勇者システムを介することでその衣装に即座に変身できるようにしたのだ……!!」

 

「へ、変身!?」

 

「かっこいい……!!」

 

 土居と高嶋からの声にそうだろうそうだろうと、長久は腕を組んで頷く。この二人とは実に趣味が合う、と思いながら難しい顔をしている残りのメンバーへと長久は視線を向けて、問いを投げる。

 

「どうした、何か疑問があるのか?」

 

「ああ、いや……その、変身する意味はあるのか、と……」

 

「……その衣装に着替えるだけじゃダメなのかしら。あるいは、普段着ている制服自体に神の力を閉じ込める、とか」

 

 ノンノン、と長久は顔と右手の人差し指を横に振る。分かってないなぁ、と。ちゃんと理由があるのだ、と。

 千景が言った手法も一度候補に挙がったのだが、それが採用されなかった理由がちゃんとあった。

 

「まず襲撃の度に着替えるんじゃ手間がかかり過ぎる。今後どんな形で戦うことになるかわからないが、即座に対応できた方がいいだろうってことだ」

 

「じゃあ制服に神の力を込めるのは?」

 

「そこまで数が用意できないんだ。神の力を逃がさない、専用の呪術を込めた繊維がいるからな。用意できたとしてそれぞれ一着。それじゃあ洗濯もできないだろ?」

 

「そう、ね……洗濯できないのは、辛いわ」

 

「他にもアイデアはあったけど、ちゃんと理由があってこの手法になってるんだよ。あとはなにより……」

 

「……なにより?」

 

ロマンに溢れてるからな!!

 

「た、大社の研究部はどうなってるんだ……」

 

「皆頭おかしいんじゃない?」

 

 サムズアップと共に真理を語ったら、何故か若葉が頭を抱え始め、千景が冷たい目になった。伊予島や上里は苦笑しているし、長久の仲間は分かる、と大きく頷く土居と高嶋だけだった。

 おかしいなぁ、と首を傾げながら、何はともあれ、今の優先事項はロマンの布教ではないため、長久は一回ツッコミを中断。残りの連絡事項を伝えていく。

 

「まぁこういう風に身に纏う形式にしたおかげで、神の力による動作補助である程度の身体能力向上も予定してる。あとは実物の開発をしながらだから明確なことは言えないが……」

 

「実物自体はまだできてないんだ?」

 

「ああ、皆の身体に合わせないといけないからな。多分、近々身体測定とかをすることになるってさ」

 

 そうやって多少のツッコミは飛んできながらも、勇者システムの簡単な説明は進んでいく。

 テンションが上がったり。呆れたり。まぁ実用的なら……。変身とか楽しそう!

 そんな各々、様々な反応を見せながらではあるが、こうして一先ず勇者システムは勇者たちに受け入れられたのだった。




原作で言及されてないところを練り練り……。
こういうのって楽しいよね、ってことで勇者システムのお話でした。
しばらくはコミュ回と、日常回を交互くらいで平穏な日々の予定。
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