長久くんと二人でご飯を食べる機会があった。
■■ちゃんと話す機会も増えるだろうし。
ちょっと心配なところもある。
「「うん、美味しい!」」
長久にとって、最も接しやすい相手は誰か。
千景はあくまで最も親しい相手。若葉は最も信頼できる相手。
となると最も接しやすい相手は、となると。そこら辺、この目の前にいる高嶋友奈、という少女になるのであろう。
「やっぱりおうどんは美味しいね!」
「香川のうどんこそ至高……。うどんさえあれば世界も救えるのでは……?」
「美味しいもの食べてる時は幸せだよねー……」
ズズ、と高嶋と二人、うどんをすする。
今日は以前言っていた身体測定があった。目的が目的であるが、ついでということで長久も受けたそれであるが、一人だけ男ということもあって別部屋で実施、そして早く終わってしまったパターン。
そして高嶋が女子陣では一番最初に終わったことで、こうして二人だけでの食事が発生していた。基本的にご飯は皆で食べる長久たちであるが、流石にこういう時に融通が利かないほどではなかった。
「それにしても変身できるんだよねー。楽しみだな」
「まぁ完璧に、とはいかないけどある程度デザインの要望も通せる。楽しみにしててくれよ」
長久は高嶋とは特別親しいわけではない。しかし話題がある程度合い、かつ互いにそこそこフレンドリーであるために多少性差を気にしなくていい。
その感覚は同年代が女性ばかりであるこの丸亀城では、かなりありがたいところであった。実際、長久は休日などに過去の友人に会いに行く程度には、長久は現在の空間に息苦しさは感じていた。
「高嶋は確か、格闘が基本だっけ?」
「そうだね、私は格闘技が趣味だし、それもあって武器も籠手になったのかなぁ……」
そういったどんな基準で武器が選ばれたのかなどは、流石に大社の研究部も把握し切れていない。そもそも長久が研究部の中でも末端というのもあるだろうが、神樹に関しては不明なところが多いのだ。
大社自身、状況を完璧に把握しているわけではない――とはいえ、それは勇者たちに不安を与える可能性があるため、伝えられてはいない。長久もまた、大社からそんな内容の指示は受けているために、日頃から発言に気をつかっている節はあった。
「まぁある程度、勇者に合わせてる……か、武器に合わせた勇者が選ばれてる、とは言われてるな」
「へぇー……でも確かに、若葉ちゃんとかは居合できるもんね」
「偶然にしちゃ出来過ぎてる、ってことで研究部の方も判断してる」
そう言い終えてから、長久はズル、とうどん最後の一口をすする。しかし長久は育ち盛りの男の子。最近は若葉に師事し、運動も増えたために食事の量も増えている。
物足りなかったな、と席を立って追加で何か注文に行こうとすると、丁度二人席の対面に座っていた高嶋も立ち上がった。
「……高嶋も、追加で注文?」
「えへへ……お恥ずかしながら。よく動くからか、お腹は減るし美味しいからついつい食べ過ぎちゃって……」
うんうん、と長久は大きく頷く。最近、食道楽と化してきている長久には、高嶋の気持ちがよくわかった。
しかし若干照れ臭げな高嶋を見て、長久はやっぱり女の子的にはそこら辺、恥ずかしいのだろうかと内心首を傾げる。
だが長久には女の子と付き合った経験があるわけではない。何とはなしにそこら辺の感情の機微を察することはできても、どんな言葉をかけるのかが適切なのかが分からない。
こういう気遣いも考えないといけないから、丸亀城での暮らしは大変なんだよな、と長久は心のうちで溜息を吐く。
それから長久はこういう場合は、下手なことを言うよりも触れない方がよっぽどいいと、カウンターの方を指さし、それなら一緒に行こうぜ、と高嶋へと声をかけた。
「高嶋は何食べる? 俺、どれだけ追加で食べるか悩んでてさー」
「……うーん、何気に大社の食堂って美味しいから、何を食べるかで毎回悩むんだよね」
それは分かる。長久は大きく頷いた。
なんやかんやでついついうどんを選びがちだが、大社は色んな県の人間がいることもあり、意外とその食堂はご当地メニューも用意されている。
それらを食べてみるのも、密かな長久の楽しみだった。
「そういや高嶋はどこ出身だっけ?」
「奈良県だよ」
「郷土料理とかある?」
「んー……柿の葉寿司とか飛鳥鍋かな? あ、あとは茶粥なんかもあるね」
「お、茶粥は追加で食べるには丁度よさげ。それにしよ」
大社の食堂はシンプルな食券式だ。券売機で食券を発券して、カウンターで注文する。
特殊なのは大社職員や勇者たちはそこで支払いをする必要がないこと。給料などから既にその分は差し引かれているらしい。
ちなみに差し引かれる額は基本的に一律。だからその分食べなければ勿体ないだろう、というのが長久のスタンスだった。
「そしたら私は長久くんの地元の料理にしよっかな……」
「以前言ったかもしれんが俺の出身は香川だぞ」
「えっ、私、またうどん食べるの……?」
「ハァイ、ユーナァ……うどんはいいぞぉ……」
去年流行った小ネタを挟みつつ、長久は友奈へとうどんを布教する。香川県民としてうどん洗脳は日課であるために仕方がない。
と、言いつつも流石にあんまりうどんを食べさせ過ぎて飽きさせてもいけない。そこら辺、長久は他者への洗脳慣れしている玄人香川県民である。
とりあえず一旦、うどん休みとしてしょうゆ豆辺りでも勧めておく。別に焦る必要はないのだ、ゆっくりと、じっくりとうどんは勇者たちに布教すればいいのだ、と長久は一人頷いていた。
「しょうゆ豆……食べてみようかな」
「うーん、つってもあれは好き嫌い結構あるみたいだし、気を付けてな? 俺はまぁ好きだから、ダメだったら俺が食ってもいいし」
「それならその時はお願いしようかな……。ありがとうね!」
気にすんな、と片手を振りつつ食券をカウンターへと出す。勧めた以上、その責任を取るのは当然であるため、それくらいであれば当然であるという感覚が長久にはあった。
しかしそれでも礼を言われれば気分もいいというもの。誰かが誰かのために動く。そしてお礼を言われて嬉しくなり、また誰かを助けようと思う。それはきっと素敵なサイクルで。
――そんな綺麗事を考えた自分に、長久は吐き気を覚えた。あの時人々を見捨てた人間に、そんな綺麗事を言う資格はないと長久は自己嫌悪に陥る。
けれどそれを表に出さないようにしながら、長久は注文した茶粥を待っていたところ。突然、高嶋が長久の顔を覗き込んできて、思わず長久は若干仰け反る。
「な、なんだよ高嶋?」
「……なんだか、難しい顔してたから」
「俺、そんな顔してたか?」
「んー、難しい顔はしてないけど、心はしてそうだった? あれ、それじゃ顔じゃなくない……?」
そういって自分で言ったことに首を傾げている高嶋を見て苦笑しながら、長久は内心ではヒヤリとしていた。
一番安心できるかもしれないと思っていたが、長久は高嶋を侮っていたらしい。誰かの心を、痛みを察する……高嶋はそういう能力に長けているのかもしれない。
ならば自分は高嶋の前で気を抜くことはできない、と長久は警戒を強める。自分は決して許されてはならない人間である。それが長久の自身への認識だ。
バレれば許されてしまう、という確信が長久にはあるために、常に勇者と話す時は警戒をしている。それもまた、長久自身自覚していないストレスの原因の一つだった。
「ま、実際のところ特に何も考えてなかったから、高嶋の勘違いだよ」
「うーん……そうなのかなぁ……?」
首を傾げる高嶋を無視して、出てきた料理を職員に礼を言いつつ受けとる。漂ってくるほうじ茶の香りを楽しみながら、長久は一旦、高嶋よりも先に席へと戻ることにした。一度、自己嫌悪を抑えるための時間が欲しかった。
そんな長久の意を神樹が拾ってくれたのか否か。運よくしょうゆ豆が用意されるまで時間がかかったらしく、高嶋が席に戻ってくる頃には長久は平常通りの精神状態へと戻っていた。
「あれー……? やっぱり気のせいだったのかな……」
「高嶋の気のせいだったんだって。俺、日頃からそんな難しいこと考えてるわけじゃねーもん」
「そうだったのかなぁ。んー……でも!」
突然、高嶋の声量が上がる。そして同時に突き付けられた高嶋の人差し指に思わず長久はビクリ、と目を見開いて座った椅子ごと後退った。
「高嶋、って苗字で呼ぶの禁止。友奈って下の名前で呼んでよ」
「……え? 名前?」
意外な内容に、長久はついつい目を瞬かせる。てっきり隠し事はなし、なんて方向性の言葉がくると思っていたために、長久は拍子抜けしていた。
そんな長久のリアクションを高嶋はどう受け取ったのか、知ってるんだよ、と言いながらちょっと怒ってます、といったように高嶋は目を閉じて腕を組む。
「若葉ちゃんに居合を教わるようになった辺りから、若葉ちゃんのこと下の名前で呼んでるでしょ」
「それは、まぁ……」
「私たちだってもう友達でしょ? だったら、名前で呼んで欲しいな」
「む……」
予想外の展開に、長久は言葉に詰まる。しかし、若干頬を膨らませつつ不満そうに見てくる高嶋の姿を見ると、呼ばないのも申し訳なく思える。
それに何より、長久自身が丸亀城での日々や今日のやり取りで高嶋のことを既に友人だと感じていた。だからその言葉は、若葉の時と比べて自然と出てきた。
「――わかったよ、友奈。これからは名前で呼ぶ……友達、だからな」
「やった! もし今後苗字で呼んだら怒るからね!」
無邪気に喜ぶ姿に、長久は頬が緩むのを自覚する。長久にとって友奈は最も接しやすい相手であり――その結果として、本心が口から漏れてしまいそうな相手だった。
一番気楽だけれど、気楽ではない相手。今の長久にとって、友奈は厄介極まりない少女だった。
「そうだ、折角だから明確に友達になった記念に、格闘技教えてあげるよ!」
「え、マジで?」
予想外の提案に、思わず二つ返事で了承しようとして。長久はそこでふと、踏みとどまる。
長久は若葉から既に居合を習っている。その上で友奈から格闘技を教わるなんて、それは実質浮気ではないのか。
だがしかし、男の子的に格闘技に憧れるのも事実。特に長久が好きな特撮ヒーローは基本の戦闘方法が格闘の場合も多い。
悩んだ末に……長久は、格闘技を教わることに決める。元々居合は週に二回か三回であるし、研究だって勇者が授業として鍛錬する時間に長久はやっている。
放課後を鍛錬の時間にあて、夕食後に研究やって……。そう長久は予定を立てつつ、浮気じゃない……浮気じゃないから……と自らに言い聞かせつつ、友奈にお願いします、と頭を下げた。
「お願いされました! でも私から誘っといてあれだけど、長久くんって居合も格闘技も、ってそんなに強くなりたかったの?」
「あー……まぁ、そうなぁ……」
強くなりたかったのか、と問われると。長久はなりたかった、と過去形で答えるしかない。
友奈たち勇者のように。テレビの中のヒーローたちのように。誰かを助けられるような、心と体、両方の強さが欲しかったのだ。
けれどあの日、長久は自身にそんな心の強さが全くないことを知ってしまった。人々を見捨てた自分には、そんな資格がないと思ってしまったのだ。
だから今、強くなろうとしているのは。
「……俺も男の子だからな。格好いいものに憧れたのさ」
きっと、憧れへの未練でしかない。
こいつまた食べ物の話してる……。
ゆゆゆ書くのにご当地グルメの情報が必要になるとは、この天澄の目をもってしても見抜けなかった……。
しかし特殊タグがバリバリ増えて我ニッコリ。
頑張って練習して演出に組み込むね……。