勇者たちの、■■の役に立つことができる。
丸亀城の、芝生広場。そこに勇者たちと、長久。それから数人の大人が集まっている。
周囲には科学的、呪術的な機器が用意され、非常時に対応できるようにされている。
これより行われるは勇者システム、初起動――
「見てろよ杏! タマが一番格好良く変身してやるからな!」
「あはは……期待してるね、タマっち先輩」
「どんな感じの変身なのかな、楽しみだね若葉ちゃん!」
「む……私は変身自体には興味はないのだがな……」
「それはそれとして、若葉ちゃんはどのくらい身体能力が上がるのかには興味があるみたいですけどね」
「おい、千景。お前いつまでゲームやってんだよ」
「待ちなさい、今回はハイスコア出せそうなのよ……」
まぁ欠片も緊張感などなかったのだが。
とはいえ、長久自身はそれでいいと思っている。
今回、気を張っていなければいけないのは研究部の面々だ。データ収集はもちろん、常にシステムの挙動を確認し、微細なエラーも見逃さないようにしないといけない。
なにせ扱うのが神の力だ。人間よりも高次元のものとされる力。扱いを間違えれば、勇者が死ぬだけでは済まない可能性だってある。
下手なことはできない……常に警戒するのが研究部の仕事。
「――準備、できました!」
「了解です! ……さて、そんなわけで勇者システムの実験を始めるぞ」
けれど研究部に対し、変身する当事者である勇者たちは、そこまで気を張る必要はない。緊張によって、何か操作ミスをされても困るし、精神状態が変身に何らかの影響を及ぼす可能性もあるからだ。
それ故、長久に求められる役割は比較的難しいものになる。研究部として、決して気を抜いてはならない。しかしその警戒は胸の内に秘め、勇者たちには緊張が伝わらないように、気軽に振る舞わなければならない。
中々、面倒な役回り。しかし、日頃から誰にも明かさぬ罪悪感を抱え続ける長久にとっては、慣れた作業でもある。
「それじゃあ、実際に変身してみる前に、改めて勇者システムの説明をするぞ」
一度声をかけて集まってきた勇者たちを前に、長久は足元のジュラルミンケースから携帯端末を取り出して、全員に見えるように掲げてみせる。
「勇者システム、正式名称『BraveSystem』は、こいつの中に入ってる」
「でもそれ……スマートフォン、だよね?」
友奈の確認に、長久はおう、と頷いて肯定を返す。長久が手に持っている端末はパッと見、ただのスマートフォンにしか見えない。そして実際、その機能は市販のスマートフォンとほとんど変わらないものになっている。
ではこれの何が勇者システムに関わってくるのか。それは、先ほど長久が言った通りでしかない。
「このスマートフォンは専用の調整を施してあって、中にはアプリケーションとして勇者システムがインストールしてあるんだ」
これな、と言って長久は勇者たちそれぞれにスマートフォンのホーム画面を見せていく。そこには〝BS〟の文字が刻まれたアプリケーションのアイコンが存在していた。
「こいつをタップすると、蕾が表示されて変身待機状態。んで、さらに蕾をタップすると花開いて変身、って流れになってる」
とはいえ、これは勇者本人じゃないとできないから実演は無理なんだけどな、と長久は勇者システムのアイコンをタップしてみせるが、アプリケーションは反応を見せない。
これは呪術的に神樹の力を感知することで動作するセキュリティで、勇者システムが他人の手に渡っても動作してしまわないように。また不慮の事故で一般人がシステムを起動してしまい、神樹の力を取り込んでしまわないようにという二つの警戒から生まれたセキュリティだった。
「まず最初に、注意点だ。神樹様の力なんてものは、人間より遥かに高位の存在の力だ。力が強過ぎて人体には毒の可能性だってある」
薬ですら過剰摂取すれば死に繋がるように。強過ぎる力は、取り込めば人体では耐えられない可能性はある。むしろ高いと言ってもいい。
実際、勇者たちは武器を手に取った時に、肉体を作り変えられるような感覚を味わったと聞いている。研究部はそれを、神樹の力に人体を適応させたと判断しており、神樹の力は本来であれば人間の手に余るものだと考えていた。
そのため、勇者たちの防御力を上げるために選んだのが直接神樹の力を体内に留める形式ではなく、衣装の方に留める方向性になったのだ。
「このアプリケーションは、まだ完成したばかりだ。何かの拍子にその力が肉体に流れ込んでしまう可能性もある。違和感を覚えたら、即座に申し出るように」
緊張感を持たせないように、とは思っている。しかしこの忠告だけはしておかなければならない、というのは長久含め研究部の総意だ。
無論、そこには貴重な勇者を失ってはならないという意図もある。しかしそれ以上に、研究部の面々は責任感からこの発言をしていた。
研究部である長久や大人たちは、未だ少女と呼ぶべき年頃の少女たちを戦わせなければならないことに、悔しさを覚えている。代われるものなら代わりたい。けれどそれは決して叶わない。
ならばせめて。せめて自分たちにできる精一杯を。
自分たちの精一杯を以って、彼女たちを守ろう。そんな想いが研究部の面々にはあり。
システムが生まれた切っ掛けが、勇者の防御能力の向上を考えたことからであった、という点にもそれは表れていた。
「それじゃあ、一応変身の原理も説明しとくぞ」
しかしそれでも、試作段階故に絶対に安全ということはない。そのため研究部の誰もが緊張と恐怖に襲われていた。
長久もまた、説明のためにスマートフォンを持つ手は若干震えており、こうして説明を挟んでいるのも、長久自身が覚悟を決めるための時間稼ぎでしかなかった。
「この変身のシステムは、呪術における
「ひ、ひとかた?かたしろ……?」
「ま、待ちタマえ。タマにかかればこの程度理解するのは簡単……。簡単、だからもうちょっとゆっくり……」
そんな風に。頭を抱える友奈と土居の二人に、長久は毒気を抜かれるようにして、大きな溜息を吐く。
どうやら気を張り過ぎていたらしい――長久は適度に力が抜け、思考がクリアになるのを自覚しながら、二人にも分かるように、もっと噛み砕いた説明をすることにする。
「皆、丑の刻参りって知ってるか?」
「丑の刻参り……というとあの、藁人形に釘を打ち付ける、という呪いでしょうか?」
「その通り! その程度だったら、皆知ってるんじゃないか?」
上里の答えに、パチンと指を鳴らす。丑の刻参りとは上里が言った通り、厳密なルールを省けば、藁人形を憎い相手に見立て釘を打ち付けることで、相手を呪う儀式のことになる。
そしてそれは怪談にも出てくることがある話で、勇者の面々もその話なら知っていたらしく、長久の問いには頷きが返ってきた。
「んで、この藁人形の他にも、人間を人形とかに見立てるものもある。こう、映画とかドラマで、陰陽師が人の形をした紙を使うの見たことない?」
「あ、小説なんかでもそういうのは読んだことあります」
「それがさっき言った、
実際、形代なんかは創作以外でも、お祓いなどで利用されている。
そんな風に人形などを誰かに見立てて、というのは呪術では割とメジャーだったりする技なのだ。
「そして今回は、それをこの勇者システムに利用した」
お願いします、と長久が研究部の仲間に声をかける。それに研究部の人間は、頷きつつノートパソコンの画面を見せることで応じた。
見せられたノートパソコンの画面を覗き込む勇者の面々。そこには3Dモデルが用意されており。
「なんだかこれ……若葉ちゃんに似てる?」
「いや、似てるというか……私そのものではないか、これは?」
「ご明察、その3Dモデルは若葉だ」
3D技術はかなりレベルの高いところまで来ている。それは個人ですら、クオリティの高い3Dモデルを作れるレベルに。
そしてそのノウハウは世界がバーテックスに襲われたからといって消えるものではなく。こうして、今現在勇者システムへと利用されていた。
「先月の身体測定で得た各々のデータを元に、スケールを調整して忠実に3Dモデルで再現。更にそこに同じく身体測定時に取らせてもらったDNAを電子化、3Dモデルに組み込むことで限りなく本物に近い、3Dモデルを用意した」
「な、なんか凄そう!」
「まぁやっていることは理解したけれど……」
純粋に驚く友奈などとは違い、理解したがそれがどうしたのか、と千景などは目線で問うてくる。
それに対し、長久は人差し指を立ててここで先ほどの話を思い出して欲しい、と言う。
「決して似ているとは言えない藁人形や形代。それでさえ対象とリンクさせて呪ったり、穢れの肩代わりをさせたりができるんだ。じゃあ、データ化したとはいえ遺伝子まで組み込んだ、本人とよく似た3Dモデルとであれば……?」
「……その繋がりはより強固になる……?」
察しのいい伊予島に、長久は思わず正解、と声を上げる。ここら辺の理解の早さ、伊予島は研究職に向いているかもしれないと長久はそんなことを思う。
しかしそうやって察せたのは伊予島や元々巫女という立場から呪術への理解がある上里程度であるため、長久はより詳しく説明をしていく。
「今伊予島が言ったように、3Dモデルは限りなく勇者の皆に似せたことで呪術的に強力な繋がりが作られている。それは、3Dモデルに何かあれば、本人に影響が出る程に」
それは既に、研究職の面々で実験して確認したことである。DNAのデータを組み込んだ3Dモデルは、内容にもよるが本人に影響を及ぼすことができる。
それは動きを強制できるほどではないが、3Dモデルが傷を負えば、本人が痛みを感じた気がする程度には。
そしてここに神樹の力が加わった場合、その影響は大きくなる。
「そう、衣服を強制的に切り替える程度には、だ」
「……なるほどね、それで変身というわけ」
普通の衣服であればこうはいかない。神樹の力を含み、対象が勇者であるからこそ、神樹の力が呼応し3Dモデルが勇者の衣装に切り替わることで、勇者本人も変身できる。
それをタップだけで自動的にスマートフォン内部で処理を行ってくれる、それが研究部の開発した勇者システムだった。
「……と、いうわけだ。説明はこれで大丈夫か?」
「えーと……わかったような、わからないような?」
「た、タマはわかったぞ! ただちょっと整理する時間をくれ!」
「……ああ、うん。俺が悪かった。とりあえず、アプリケーションをタップするだけで変身できることさえ覚えていてくれたらいいから……」
思わず長久は頭を抱えつつ、そんなことを言う。とはいえ、実際のところ本当に理屈を理解している必要はなかったりするのだ。
例えばスマートフォン。これが動く原理を理解して使っている人がどれだけいる? 理解していなくても、使えるものは使える。それが長久たちが生み出すべきものだ。
だから存外、友奈と土居の分からない、というのは正常な反応でもあり、そんな人々に正しくシステムを使わせることができて初めて長久たちは成功した、と言えるのだった。
「……そしたら前置きが長くなったけど、スマートフォンを配布する」
各々が一応の納得を見せたところで、長久はジュラルミンケースからスマートフォンをそれぞれへと配布していく。
新しく用意したスマートフォンは、基本的にカラーリングなどのデザインを現在それぞれが使っている端末に似せたため、間違えて配布されることもない。
「おし、全員、スマートフォンは持ったな? それじゃあ……皆、変身してみてくれ」
その長久の言葉に一番最初に応じたのは――若葉だった。
やはり、勇者たちを先導するのは彼女なのだな、と長久は思いつつ、大きく息を吐く若葉を見つめる。
若葉は一度、アイコンタクトで他の勇者たちを下がらせたあと、スマートフォンの画面を見つめ……ゆっくりと、その画面をタップした。
若葉が光に包まれたかと思えば、次の瞬間には鮮やかな青色の衣服にその姿を変えていた。
そしてそれに続くように、若葉同様、光に包まれたかと思えば衣服を変えていく勇者の面々。
長久は思わず、勇者それぞれを観測している研究部の面々の方へと振り返るが、そこに慌てた様子の者は一人もおらず。返ってくるのは一様にサムズアップばかり。
それはつまり、無事に勇者システムが動作したということであり。長久は安堵から、自然と青空を仰いでいた。
今回の話に一体どれだけ需要があるのか。
と、いうわけで作者なりに解釈した勇者システムの変身原理。
呪術とかについて調べて一応それっぽくしたけど、詳しい人からはツッコミがきそうな気もする。
ちなみに一応参考文献とか。
https://yushimai.net/209.html
https://ranpo.co/article/6025226655419600897
https://japanese.engadget.com/2016/04/05/dna-mit/
あとはそれ関係のWikipediaとかも確認してた。
DNAのやつなんかはこれだけできるならデータ化もできるじゃろ、程度ですけど。
そんなわけでまだまだ彼ら彼女らの日常は続く。