フォフォイのフォイ   作:Dacla

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掘り起こしたもの・3

 ある日、ドビーが俺宛に届いた手紙を部屋まで持ってきてくれた。差出人は父上の友人、セブルス・スネイプだった。

 

 年賀状をやり取りするより気楽に、イギリスでは十二月に入るとクリスマスカードを送り合う。

 ドラコ個人がカードをやり取りする相手は少ない。友人といっても家同士の付き合いの延長、惰性の繋がりがほとんどだ。だから去年までは、親のカードに便乗して名前だけ載せてもらっていた。なお、実際にはそれも俺が夢を見始める前の設定に過ぎないが、面倒なので、この夢における「過去の事実」ということにしておく。

 しかし今年は家庭教師以外の知り合いにも、ドラコ個人名義でカードを送った。物珍しさに買ってもらった魔法のクリスマスカードを、どうにか消費する必要があったからだ。開くと雪の幻が舞う仕掛けのあるカード。印刷されたサンタをタッチ操作して、イラストの靴下にプレゼントを届けるミニゲーム付きのカード。そういったカードに対する返事が、先方からも届き始めていた。

 

 スネイプからのものは、エンボス加工しただけの素っ気ない白いカードに、「きみの入学が楽しみだ」と読みやすい字で書いてあった。こちらから「来年ホグワーツに入学します。よろしく先生」と書いて送ったから、その返事になる。

 とりあえず暖炉のマントルピースの上に、他のカードと一緒に並べておいた。

 

 振り返るとドビーがまだいた。神妙な顔をしている。

「どうした」

「この前の、ドビーがハリー・ポッターの所へ行くのをお許し頂けるというお話でございます。やはり坊ちゃまは、何か良くないことが起きるとお考えなのではございませんか」

「単に想像しただけだ。生き残った英雄が反ヴォル……、『例の人』の反対派に担ぎ上げられて、逆にそれを良く思わない人たちから個人攻撃される可能性があるなと思っただけさ。具体的に言うと、ハリー・ポッターが魔法界に帰還したらダンブルドアの人気取りに利用されて、ダンブルドアを嫌いなうちの父上に目を付けられるとか、ありそうな話だろう?」

「さようでございますね」ドビーは感心したように頷いた。「ですが、それを仰るのなら、坊ちゃまも危ない目に遭われるかも知れないのでございます」

 

 俺は思わず自分を指差した。

 ドラコが自業自得の痛い目に遭うのは原作のお約束。それが深刻な状況になるのは六年生、早く見積もっても五年生以降だ。その頃に大変なのはドラコだけではない。他の同年代のキャラクターも、精神的・肉体的に苦痛を味わうことが多くなってくる。しかし、そんな未来の話をドビーが知っているはずがない。

「なぜぼくが危険なんだ?」

 

「世間は、旦那様が『あの人』の手先だったことを覚えているのでございます。マルフォイ家が古い血筋であることも、純血主義を掲げていることも、広く知られているのでございます。奥様のご実家が純血至上主義だったこともです。純血主義は『あの人』の主張でもございました。ブラック家の本家が消えた今、両家の血を引く坊ちゃまが純血主義の新しい象徴と見られても、おかしくないのでございます」

「待てよ。ブラック家の当主は、まだ生きているだろうが」

「世間的にはもう死んだも同然です。ハリー・ポッターが魔法界に戻ってきたら、『あの人』がいた頃を思い出す方々もいるでしょう。だから危険なのです。過去の恨みを、『あの人』の代わりに坊ちゃまにぶつけようとする輩が現れるかも知れません!」

 さすがにそれは無い、と笑い飛ばしたかった。しかしヴォルデモート云々は擱くにしても、ルシウスへの恨みをその息子で晴らそうとする者はいるだろう。というか、原作にいたな。

 

「大人の都合で振り回されそうなお立場は、ハリー・ポッターもドラコ坊ちゃまも同じでございます。でしたらドビーめは、坊ちゃまをお守りすべきなのです」

「でもおまえは、ぼくに虐められていたじゃないか。ぼくを憎んでいるだろう。憎い相手を守りたくなんてないだろう」

 

 するとドビーは身を震わせ、近くの壁にふらりと近づいた。「……ドビーにはもっとお仕置きが必要です」

 彼は壁に頭を一回打ちつけた。

「坊ちゃまが杖の魔法を覚えるのに苦労されていると聞いた時、ドビーは喜んでしまいました。今までドビーを厳しく折檻されたからだと、いい気味だと思ってしまったのです。ドビーは本当に悪い子なのです」

 ごん、ごん、と彼は額を壁に打ち続けた。

「同じ頃から、坊ちゃまはドビーにお優しくして下さるようになりました。虐めて悪かったと謝って下さいました。ハリー・ポッターの話も笑って聞いて下さいました。なのにドビーはそれを、魔法が使えず急に肩身が狭くなったからだと、当然のことだと思ってしまいました。悪い子です。悪い、悪い子です」

「仕方ないだろう。それまでがそれまでだった。もうその話は止そう」

 ドビーは急に振り返った。額に不気味に血が滲んでいる。

 

「いいえ! お聞き下さい! 坊ちゃまは魔法が使えるようになっても、ハウスエルフにお優しいままです。お陰で『悪戯』にお付き合いさせられて、ドビーが仕事を失敗をすることも今はなくなりました。その分だけ奥様や旦那様に叱られる回数も減りました。お仕置きを受けることもなくなりました。それでもドビーは、ただほっとしておりました。

 けれどこの前、坊ちゃまは、ドビーたちがいないと困ると仰いました。ハウスエルフの存在をお認め下さいました。その瞬間、ドビーは自分がいかに悪い子だったか解ったのです。以前の坊ちゃまは、ドビーたちのことをご存知なかっただけ。それはお伝えできなかったドビーが悪いのです。

 だからどうか、これからも坊ちゃまにお仕えすることをお許し下さい。坊ちゃまを良く思っていないと思われるのは、とても辛いお仕置きでございます」

 

 そう言って、またガンガンと頭をぶつけ続けるので、俺は慌てて壁から引き剥がした。

「解った。解ったから止めろ、ドビー。壁が汚れる」

「はい、申し訳ありません」

 ドビーはけろりとして抵抗しなかった。

 

「坊ちゃま」

「なんだ」

「ご心配がおありなら、それを取り除くお手伝いもいたします。坊ちゃまは、何を恐れておいでですか」

「恐れる?」

「はい。それでハリー・ポッターが危ないなどという話をされたのでしょう」

 

 いつまで続くかも分からない夢の中で、俺が恐れていること。それはこの夢が悪夢に変わることだ。痛みや苦痛や恐怖といった、一般的な意味での悪夢だけではない。ドラコの中身が本物ではないとマルフォイ家の人間に知られ、彼らを悲しませることも怖い。

 

 ドラコ・マルフォイは家族に愛されている。

 息子が将来正しい判断が出来るように、家の秘密や自分の過去の過ちを明かしてくれたルシウス。

 息子の精神と肉体のアンバランスさに気付き、愛情を注ぐことで安定させようとしてくれているナルシッサ。

 闇の帝王と恐れられた男の影を挑発してでも、孫への注意を逸らしてくれたアブラクサス。

 

 そんな彼らと体感時間で半年も暮らしているうちに、俺もマルフォイ家に情が湧いてきた。自分だけでなく、彼らが苦しんだり殺されたりするような事態は避けたかった。原作の流れに沿えば、ヴォルデモートの復活と共に、マルフォイ家は精神的・経済的・社会的に翻弄される羽目になる。

 それが怖い。

「ああ、そうか」

「何かお気づきになったのでございますね」

 だからトム・リドルの日記が手の届かない場所に移された時、残念に感じたのだ。物語の流れを変えられる機会が遠ざかったから。今思い出しても、惜しいことをした。

 

 俺はドビーを見返した。彼の大きな目は、真っ直ぐにこちらを見上げていた。

 いっそ彼と二人、ヴォルデモートの分霊箱を破壊して回ろうかと本気で考えた。原作でレギュラス・ブラックが試み、ハリーたちが実行したように。

「ドビー」

「はい」

「今、ぼくの胸の内にある問題を明かすことはできない」

「……はい」

 

 その思いつきを成功させたところで、ヴォルデモートの復活自体は防げない。足りない物も多かった。まだ子供の行動範囲は狭く、活動資金もなく、頼れる伝手もない。今のドラコの力量では、魔法で保護された分霊箱を破壊することも不可能だ。そもそもの問題として、日記帳以外の分霊箱の所在がうろ覚えだ。

 試しに挙げてみると、

・リドルの思春期日記:この屋敷のどこか(父上が簡単に捨てられたとも思えない)

・ハリー・ポッター:ロンドン近郊のどこか(住んでいる町や通りの名前は忘れた)

・ペットのアナコンダ:知らない

・ペンダント:どこか海辺の洞窟にあったのは偽物なんだっけ?

・金のカップ:レストレンジ家がグリンゴッツ銀行に借りている金庫の中

 我ながら酷い。

 カップだけ詳しく覚えているのは、ベラトリックス・レストレンジの出番はしっかり等速で観たからだ。あのヘレナ・ボナム=カーターが俺の伯母なんて、夢でも嬉しい。彼女の出演作では『ファイト・クラブ』『英国王のスピーチ』が好きだ。バートン作品は好きでも、その中でのヘレナはそれほど好きではない。『ビッグ・フィッシュ』はまあまあ好きだが。

 

 話が脱線した。

 分霊箱は他にもまだあったはずだが、今は思い出せない。こんな状況から、ドラコの平和な生活を確保しようというのも気が遠い話だ。

 しかしヴォルデモートの復活に怯えて、鬱々としているよりは前向きだろう。復活そのものを邪魔して遅らせるというのも、一つの手だ。但し、やるからには秘密裏に、完璧に、やりおおせなければドラコの身が危うい。そこだけは気を付けなければならない。

 

 こちらを見上げ続けているドビーに微笑みかける。

「だけどおまえのお陰で方向性は決まったよ。具体的にどうしたらいいかは、しばらく考えてみる。おまえにも仕事を頼むかも知れない」

「かしこまりましてございます」とハウスエルフは深々と頭を垂れた。「そのお仕事が何なのかドビーは存じませんが、その場合、旦那様や奥様にはお話し申し上げないほうがよろしゅうございますね」

 

「もちろん秘密だ」俺は頷いた。

「親には心配を掛けたくないし、この家の不利益になるようなこともするつもりはない。でも裏工作で目的を達成するなんて、いかにもマルフォイらしいやりかただろう?」

「お答えいたしかねるのでございます」

と、ドビーは困り顔で言った。

 




Carcass "Exhume To Consume"

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