フォフォイのフォイ   作:Dacla

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富を隠せよ・1

 まだ寒い曇りの日に、彼らはやって来た。

 

 温室を再利用した作業小屋で孔雀と遊んでいたら、傍らで作業していたドビーが不意に顔を上げた。

「坊ちゃま。ただ今ドビーに急ぎの仕事が入りましてございます。坊ちゃまは、できればお屋敷にお戻りになるのでございます」

 ハウスエルフにはある種のテレパシー能力があり、遠隔地からの要請にも応えることができるという。

 

 小屋から出ようとした時、いきなり現れた荷物とぶつかりそうになった。

「おっと」

 抱えた荷物の陰からコビーが顔だけ出した。

「真に申し訳ありません坊ちゃま。お怪我はございませんか。どうぞ本邸にお戻り下さい」

 

 その間に、ドビーは作業小屋の床板を持ち上げ、荷物を抱えて床下に飛び込んだ。アビーも荷物を運んできた。蟻が巣に餌を持ち帰るように、ハウスエルフ総出で書類や何かの袋を運び込んでくる。

 

 屋敷に戻ると母上に呼び寄せられた。

「ああ、ドラコ。これから人が屋敷に入ってきますから、良い子にしているのですよ。何か尋ねられても答えてはいけません。分からない、知らない。それだけでいいですからね」

「人が来るとは前から聞いていましたが、何か問題でも?」

「問題? ええ、お客人が増えただけですよ」

 

 書斎から出てきた父上が、手の埃を払ってコビーを呼んだ。「あらかた片付けたな。連中を入れてやれ」

 門に掛けられた魔法が一時的に解かれ、数人の魔法使いが玄関までやってきた。一人が前に出て、書類を差し出した。

「ルシウス・マルフォイさんですね。法執行部調査課の者です。先日ご連絡した通り、闇の魔術に関連した禁制品を不法に所持していないか、立ち入り調査に来ました。よろしいですか」

 

 すわガサ入れかと思ったが、そこまで深刻な事態ではないらしく、父上の対応は落ち着いていた。

「べつにあなた方に隠す物は無いが、そこの男を入れるのは断る。なぜ貴様がここにいる、ウィーズリー。とうとう何とか局長のポストも追われたか」

 

 父上は調査官の後方にいる男を、ドライアイスの視線で見やった。生え際がだいぶ後退した中年男性も、火の燻る目で眼鏡越しに父上を見返した。

 

 おそらくこの男性が、ハリーの親友となるロン・ウィーズリーの父親だ。ルシウス・マルフォイがアーサー・ウィーズリーという男を嫌っていることは、俺も知っている。原作では子供たちの前で取っ組み合いの喧嘩までした二人は、この夢でも心温まる交流をしていた。

 

 たとえば官僚の異動がガゼット(官報)に掲載される時期になると、父上は必ずウィーズリー氏の名前をチェックする。そして出世していないのを知って嘲笑い、「今年も変わらぬご活躍を」とメッセージを付けた豪華な花を先方の家に送りつける。

 ウィーズリー氏のほうでも、デスイーターだった人間が死んだり不幸な目に遭う度に、訃報欄の切り抜きと「同志がお気の毒に」というメモを添えて、保険のパンフレットを送りつけてくる。しかも公務員用の団体保険という、どう逆立ちしても父上が加入できないものをだ。

 

 そんな具合に、お互い相手の神経を逆撫でするための手間は惜しまない。逆に仲が良いのかと疑う。

 

 眼鏡の男性は苛立った声を上げた。

「部署は変わっとらん。応援だ。それとも私が来て何か不都合でもあるのか、マルフォイ」

「もちろんあるとも。貴様の手垢で調度品を汚されてはかなわない。金目の物を物色する気なら、十クヌートやるから帰ってくれないか」

「はっ! 尻尾を現したな蛇野郎。贈賄の現行犯で捕まってしまえ。デスイーターのくせにいつまでも名士面できると思うな。いつか必ず報いを味わわせてやる」

 

 不毛な言い合いに、先頭の調査官が咳払いで分け入った。

「マルフォイさん。ウィーズリー局長は確かに他部門の人間ですが、応援要員で来てもらっています。ご理解下さい。始まりが遅くなるほど調査時間も延びますよ」

「人手不足には同情するが、応援を頼む相手を間違えたのではないかね。こちらへ」

 

 調査官とその部下は父上の後に付いていったが、ウィーズリー氏だけは勝手に屋敷を調べ始めた。

 

「母上」放っておいていいのかと問うと、抱き寄せられた。

「これまで立ち入り調査の日は、あなたの叔母様のところへ行かせていたものね。立ち入り調査は今回が初めてではないのですよ。デスイーターと間違われた後遺症のようなものですから、仕方ありません。我慢なさい」

 ルシウス・マルフォイは転向者の中でも名を知られているほうだ。なおかつ純血の名家で資産家。世間への見せしめには最適だ。

 

 後でこっそり書斎に様子を見に行くと、調査官たちはファイル類をじっくり検分していた。父上の横に見慣れぬ男性も同席し、父上の代わりにあれこれと調査官の質問に答えている。

 

「そこの少年、少しいいか」

 振り返ると眼鏡の役人がいた。ドラコと顔を合わせるのは初めてのはずなのに、ウィーズリー氏は忌々しそうにこちらを見下ろしていた。

「父親と瓜二つだな。母親に似ればまだ良かったものを」

 余計なお世話だよ。「ぼくに何かご用ですか」

 

 ウィーズリー氏は腰を屈めて、俺と視線を合わせた。残っている頭髪は確かに赤毛だった。

「きみの父親は過去にとても悪いことをして、未だにその罰を受けていない。だからいつまで経っても悪いままだ。父親が悪い奴なのは嫌だろう? だから魔法省の調査に協力してほしい。持っていてはいけない物、よそに言ってはいけない物がこの家のどこに隠してあるのか、教えてくれないか」

 

 そう言われて思い浮かんだのは、作業小屋に何かを運び込むハウスエルフたちの姿。しかしそれが不法所持の危険物かと言われると、違う気がする。そもそもこの日に調査が行われることは事前に知らされていたようだし、直前に慌てて隠す理由はない。

「そういうのはよく分かりません」

「物分かりの悪い子だな。法令で禁じられた、闇の魔術に使う呪具だよ。マルフォイの息子が知らないわけないだろう」

 

 決めつけられたことに文句を付けようと顔を上げると、相手と目が合った。青空のように澄んだ目だ。

「さあ、言ってごらん」

 真っ直ぐにドラコの目を通して、真実を掴もうとしている。

 

 嫌だ、と思った瞬間に視界が黒く覆われた。腕で顔を隠すよりも早かった。

「ウィーズリー、私の息子にレジリメンスを使うなら、おまえの首を飛ばしてやる」

 

 真上から聞こえた父上の声にほっとした。ウィーズリーが苛立たしそうに答えていた。

「レジリメンスなど使っとらん。後ろ暗いところがあるから、そうやって常に人を疑う羽目になるんだ。私はただ目を合わせて話をしようとしただけだ。うちの息子たちともそうしている」

「ドラコはおまえの子ではない。杖も持たない他人の子供に勝手に術を掛けるなど、無礼もいいところだ。さすが血を裏切る家の人間。常識も何もあったものではないな」

 

 父上の袖に覆われて視界は遮られたままだが、却ってその怒りが間近に伝わってきた。声を掛けて腕を叩く。

「父上、ぼくは大丈夫です」

「ではこんな所にいないで、調査の邪魔にならないように母上と一緒にいろ」

「はい、すみません。失礼します」

 

 俺は早々にその場を離れて母上のところに避難した。そこでレジリメンスが人の思考や記憶を覗く魔法だということを知った。つまり、開心術か。

 ウィーズリーがその魔法を使ったという根拠はなかったし、実際に使っていないと思う。ただ、父上がそう疑うように、俺に開心術を使う人間がいてもおかしくないという状況が、急に現実味を持った。

 

          ◇

 

 調査官たちが帰った後の屋敷は、空き巣被害に遭ったようだった。犯人はもちろん、一人で家捜しを敢行したウィーズリー氏だ。なんとドラコの子供部屋さえ引っ繰り返されていた。日本の警察も家宅捜索の後に現状復帰するのは義務ではないという。覚醒剤の不法所持を疑われて家宅捜索された友人の家の惨状を思い出して、まだましだと自分を慰めた。一緒に片付けてくれるハウスエルフもいる。

 

 床に散乱したワークブックや辞書の中に、スネイプから貰った鉱石図鑑も混じっていた。乱暴に扱われたせいで、中ほどのページに折り目が付いてしまった。せっかくの贈り物だったのに。

 

 おのれ、ウィーズリーのくそ親父。

 

 役人の横暴を訴えようと、俺は図鑑を抱えて書斎に飛び込んだ。

「父上!」

「どうしたドラコ。貧乏人に何か盗まれたか」

 

 書斎では、父上と、先ほども同席していた男性が椅子を向かい合わせにして話していた。

「あ、申し訳ありません。お客様がいらしたんですね。出直してきます」

「いや、いい。ちょうどいい機会だ」

 

 父上はその壮年の男性に俺を紹介した。でっぷりと腹の出た穏やかそうな男性は、会計士ということだった。

「こちらのセラター氏は節税に長けた魔法使いだ。マグルの勅許会計士の資格も持っている。事務所とは一世紀以上の付き合いになるな。彼はいくつかの海外口座と法人を使って、我が家の利益が最大限になるように手を貸してくれている」

 

 それは魔法ではなく、マネーロンダリングというやつではないだろうか。

 

「ルシウス様にお褒め頂けるとは光栄ですな。しかし、そこまでご子息にお話しされて、よろしいのですか」

「構わない。いずれ伝えることだ」と言うと、父上は俺に向き直った。

「前に教えたと思うが、マルフォイ家の収入基盤はマグルとの取引にある。その利益の大部分はマグルのやり方に則ってオフショアで運用しているから、魔法省の連中は手を出せない。だが連中は、暮らしぶりの割に納税額が少ないと不満なのだ。それで今日は我が家の財政状況を調べに来た」

 考えてみれば、魔法省という行政組織があるのだから、魔法界にも租税制度がないと困るだろう。

「闇の魔術品を探している人もいましたよ」

「奴は嫌がらせに来ただけ、奴を寄越した連中は体裁を取り繕いたいだけだ」

 

 セラター氏がにこにこしながら会話に加わった。

「自慢ではありませんが、私が目を光らせている限り、マルフォイ家と関連法人の会計処理は完璧です。本当は税務課の連中も、踏み込んでも何も掴めないことは分かっているんです。だから調査が空振りでも失点の無いように、禁制品の取り締まりなどと上辺を取り繕ってやって来る。下手に勘繰られても困るので、帳簿類はちゃんと見せてやりますよ。ええ」

 やっぱりマルサ案件だった。

 

「すると、屋敷を片付けていたのは何だったのですか」

「マグルとの直接の接触を示す品だ。調査にウィーズリーが来ることは予想外だったからな。奴は知識の浅いマグルかぶれだが、現物を見ればさすがに勘付くだろう。我が家がマグルと繋がりがあることを奴に知られるのは、色々と具合が悪い」

「……開心術を掛けられなくて良かったです」

 俺が溜息を吐くと、父上とセラター氏は笑った。

 

 ふと、以前から考えていたことを思い出した。会計士がいるならいい機会だ。

「父上、こんな時になんですが、毎月決まった額の小遣いを頂くことはできませんか」

「欲しい物は買ってやっているだろう」

「お二人の話を聞いて、将来の資産運用のために、今のうちにお金をコントロールすることに慣れておきたいと思ったのです」

 

「ほう」父上は不審そうに片眉を上げた。「私や母上に知られると不都合なことに使うのではないか?」

 心外な、と俺は肩をそびやかしてみせた。

「息子の独立心を応援して頂けないのですか。だいたい誰かが一緒でないと外出もままならない身で、どうやって火遊びできるんです」

 

 父上が疑っていることは、実は正しい。

 ドビーとの対話を経て、俺はマルフォイ家がヴォルデモートの手駒にされるのを阻止したいと思うようになっていた。具体的に何をするかは決めていないが、いざという時は、すぐにタクシーを拾ってビジネスホテルに避難するくらいの資金は確保しておきたい。移動くらいは魔法でやれ? 非常時に備えるなら、魔法が使えない状況も想定すべきだ。

 

 横で聞いていた会計士が口を挟んだ。「ルシウス様。ドラコくんが加勢を期待しているようですので、私からも一言よろしいですか」

「当主より息子の味方をするのかね」と、父上は椅子に頬杖を突いてそっぽを向いた。

 

「私はお家の味方ですよ。ご子息に取り入って甘い汁を吸おうとする輩からお家を守るためにも、小遣い制度は有効だと私も思います。使える金額が限られていると分かれば、妙な連中にすり寄られる面倒は減るでしょう。学校に入る前に自立心と金銭感覚を養っておくのもよろしいかと。加えて言うならば、ドラコくん用の口座を作っておけば、いざという時の資金の一時避難に使えます」

 

 言い終えると、セラター氏はこちらに軽くウインクしだ。俺も会釈を返した。父上はまだ苦虫を噛み潰し続けている。

 

「口座の件は、許可してもいい。しかし、本当に自分で管理できるのか」

「できるとは思います。ご心配なら、ぼくが父上の後を継げるかどうかの試金石にでもなさって下さい」

「こんなにしっかり将来を見据えておいでのご子息だ。ご心配には及ばないでしょう」

 

 たっぷりと沈黙を取った後、父上は重々しく言った。「……後で母上と相談しよう」

「ありがとうございます。父上、セラターさん」

「ドラコくん、もし小遣いの使い道に困ったら、いつでも私の事務所に来なさい。特別に無料でコンサルティングしてあげよう」

「くれぐれも息子に余計なことを吹き込まないでくれ。ところでドラコ、何か用があったのではないか」

 図鑑の折れたページを見せて説明すると、父上は憤慨した。

 


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