フォフォイのフォイ   作:Dacla

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初めての空抜けて・3

 放課後、スリザリン五年生のマーカス・フリントと一年生有志が、連れ立ってマクゴナガル教授を訪れた。

 

 ハリーが箒を贈られたという噂を聞いた一年生が、「ポッターだけずるい! 自分も箒を持ち込んでクィディッチしたい!」と上級生に訴えたのが昼のこと。それでクィディッチチームのキャプテンであるフリントも、新人獲得のためにグリフィンドールが動いたことを察した。

 連覇を狙うスリザリンにとっては、他寮だけが有利になる要素は見過ごせない。有名人だからといって一人だけが特別扱いされるのは如何なものかと、グリフィンドール寮監の許へ乗り込んだ。

 

「ハリー・ポッターが競技用の箒を学校に持ち込み、教授がそれが許可されたそうですね。彼は今月入学したばかりの一年生だと思っていたのですが、ぼくの勘違いだったのでしょうか」

と、フリントは切り出した。それに対してマクゴナガルは落ち着いていた。

「あなたの認識は間違っていませんよ。ポッターは一年生です」

「では、学則が変わって一年生も私物の箒を持ち込めるようになったということですね」

「残念ながら、一般の一年生に対しては認められていません」

 

 それを聞いた一年生男子は口々に不平を鳴らした。グリフィンドール寮監は、ひよこたちの囀りには眉一つ動かさず、鉄面皮で答えた。

 

「特例ですが、ポッターはグリフィンドール代表チームに、シーカーとして迎えられることになりました。試合に出るのに箒が無くては始まりませんから、チームの予備の箒を貸し出すことになりました」

「新入生を引っ張り出すほど選手層の厚いグリフィンドールに幸いあれ。すると巷で聞く特例措置というのは、一年生をクィディッチの代表として認めることを指す、という理解でよろしいですか」

「ええ」

 正解だと言われても、フリントは険しい顔つきを和らげようとしなかった。

「しかしマクゴナガル教授。今朝ポッターが荷物を受け取ったところを何人も目撃していますが、とてもチームの備品を借り受けたようには見えませんでしたよ。外部から梟便で届いた物を、そのまま自室に持ち帰っているあたり、本人も自分の所有物と思っているようですね。安くはない競技用箒を買い与えられて当然。さすが世に知れた英雄ならではの考え方だ。でも全校挙げて彼をもてなせという連絡は、スリザリンには来ていないんですよ」

 

 マクゴナガルはフリントには答えず、後ろの一年生たちに目を向けた。

「クィディッチをやりたい子がこんなにいることは、嬉しく思いますよ。しかしあなたがたの寮は選手層が厚いという点で、グリフィンドールとは事情が異なります。自前の箒があっても、今年は活躍の機会は無いでしょう。よって特例を設ける必要はありません。先輩たちを応援してあげなさい」

「話を逸らさないで下さいよ、教授。チームを勝たせるために箒を買い与えることが許されるなら、ぼくらもOBに掛け合って同じようにしますよ」

 親やOBの財力では、グリフィンドール閥よりスリザリン閥のほうが圧倒的に上だ。マクゴナガルも溜息を吐いた。

「……分かりました。ポッターが使う箒には、チームの備品であることを示すシールでも貼っておきます。チームを引退した時には返却させましょう。誤解する生徒のないように、寮内にも周知しておきます」

「魔法界の英雄を接待しているのなら、そのままでも結構ですよ」

 

 嫌味を最後に引き上げたフリントは、廊下に出てから「まあ、こんなとこだろうな」と肩を竦めた。一年生たちは、もっと強気に出てくれても良かったのにと、恨みがましい目を上級生に向けた。

「そんな目で見るなよ。私物の箒を一年生が持ち込むことを特例として認めるって話なら、きみたちにもチャンスはあったけど。教授は、特例なのはあくまでも一年生が代表チームに入ることだと主張しているんだ。箒はそのおまけ。チームメンバーをどうするかなんて、そのチームの自由だ」

 フリントは近くにいた少年の肩を叩いた。「というわけで解散だ、解散」

 教授陣が容認している時点で、無理筋だということは一年生にも分かっている。少年たちは社会の理不尽を溜息でやり過ごして、とぼとぼと寮に戻っていった。

 

 その日の夕食の場で、ハリーとロンが大広間をずんずん横切って俺のところにやってきた。

 

 ハリーは朝に受け取ったばかりの箒を、ずいと俺の前に突き出した。「これ」

 柄の上のほうに、銅色の薄いプレートが貼られている。はっきりと寮名と備品番号が読み取れる、真新しい備品ラベルだった。さすがマクゴナガル、仕事が速い。

 

「クールなステッカーだな」と俺は感想を述べた。

「どこがだよ。なにこの『備品名:競技用箒』って。ぼくの箒なのにおかしいじゃないか」

「いや、それをぼくに言われても」

 するとハリーの横でロンも声を荒げた。「おまえのせいだ。今朝のあれで羨ましくなったんだろう。それでマクゴナガル先生に難癖付けて、ハリーの箒を取り上げようとしたんだ!」

 

 俺は眉を上げた。

「ぼくが? マクゴナガル先生が、一生徒に過ぎないぼくの圧力に負けたと、ご自分で仰ったのか」

「言ってないけど、おまえの父親が理事だから、それで脅されたんだ。卑怯者」

 

 どう言い返してやろうかと考えていると、「スリザリン生はマルフォイだけじゃない」と、少し遠くの席からザビニが話に入ってきた。常に斜に構え、周囲を見下した態度の少年だ。自分から雑談に加わるようなこともあまりない。驚く俺を一瞥してから、ザビニはロンたちに言った。

「フリントさんがマクゴナガル先生に確認してくれたんだ。その箒は学校の備品を貸し出したんだと、先生が自分で認めた。ポッターの私物じゃない。だいたい、その場には俺もいた。マローンもグレイバーもデンテイトもクラッブもゴイルもだ」

「そうだそうだ。マルフォイのせいにするのは逆恨みってやつだ、ウィーズリー。一つお利口になったな」と、マローンも野次った。

 そう言えば、普段は仲が悪くても、外敵に対しては一致団結するのがスリザリンだった。

 

 ただしロンの考えもあながち間違いではない。最初のきっかけは確かに俺だ。ハリーが箒を持ち込んだという話を、憤懣やるかたなしといった態度で同級生に吹聴して回ったから。しかし話を聞いたその場でいきり立ち、「マルフォイ行け! マクゴナガルに直訴して俺たちにも同じ事を認めさせろ!」と言いだしたのは、スリザリンの少年たちの意思だった。俺は右から左で上級生に話を持っていった。一人でクレームを付けに行っても、門前払いされるのが目に見えている。話を持っていった先が、抗議する理由と説得力のあるクィディッチチームのキャプテンだったとしても、それはただの偶然だ。フリントがマクゴナガルと話している間、俺はその他大勢のうちの一人に徹して、目立たないようにしていた。だからザビニたちの言っていることも正しい。

 

 ロンは髪のように顔を赤くした。

「うるさい! 屁理屈ばっかり言うなら、こっちにだって考えがある。言ってやれ、ハリー」

「あ、うん。えーとマルフォイ、そんなにぼくが気に入らないなら決闘しろ!」

 

 ハリーは箒の柄の先を俺に向けた。穂のほうが背に当たったレイブンクローの生徒が「あ?」と不機嫌そうに振り返ったが、グリフィンドールとスリザリンのいざこざだと分かると、すぐに知らない振りをした。

「ポッター、箒を下げろ。後ろの人に当たってる」

 あ、すみません、とハリーは後ろのレイブンクロー生に謝った。

 

「四階のトロフィー室がお勧めだぞ」とノットが余計なことを言った。「蛇寮からも獅子寮からも等距離。誰も来ない。二十四時間オープン」

 箒を抱えたハリーは頷いた。

「それじゃ、そこにしよう。時間は今夜零時。ぼくの介添人はロンだ」

 淀みなく話を進めるあたり、事前にシミュレーションしてきたのだろう。原作では、ドラコがハリーに決闘を申し込んでいた。わざと夜中に寮の外に呼び出して自分は行かず、相手だけに校則違反をさせるために。この夢でハリーから申し込んできたのは、つまりは箒の贈り物にケチを付けられた意趣返しか。

 

 俺は言った。「それならぼくの介添人または代理人にはフィルチ氏を希望する」

「えっ」

 ハリーは動揺し、ロンは彼を支えながら小声で怒鳴った。

「ふざけるなよマルフォイ。管理人にチクる気かよ。卑怯だぞ。そこは普通、いつも連れてるデブ二人のどっちかだろ」

 なるほど、と俺はデブ二人を振り返った。「きみたち、どちらか引き受けてくれるか」

 

 クラッブとゴイルはコイントスで決めようとした。だが途中でコインを落とし、二人してテーブルの下に潜り込んだ。二人がごそごそしている間も、ハリーとロンは教員席のほうを気にしている。しかしスネイプがこちらを見ながら立ち上がった瞬間に、「もういいや」と見切りを付けた。

 

「連れて来るのはどっちでもいいから。今夜だぞ。忘れるなよ」

「しつこいぞウィーズリー」

「さっさと帰れ、ばーか」

 

 スリザリン生の心温まる見送りを受けて、グリフィンドールの二人は去った。クラッブとゴイルがテーブルの下から這い出てきたのはその後だった。

「無い」

「十クヌートがどこか行った」

 俺は踏んでいたクヌート銅貨を二人に返した。

「これだろう。どうせ今夜は行かないから、もう決めなくていい」

「なんだ」

「なんで」

 ほっとした様子で尋ねてくる二人の他にも、周囲が注目している。

「向こうの都合で勝手に言ってきたことだ。強引なデートのお誘いは好みじゃないね」俺は同級生のほうにも声を掛けた。「そうだ。ザビニ、庇ってくれてありがとう」

「……べつにマルフォイを庇いたかったんじゃない」

 黒人の少年は嫌そうにそっぽを向いた。

 

 その夜は宣言した通り、寮の消灯時間に合わせていつも通りに寝た。お陰で翌日、廊下ですれ違った時にハリーからは恨みの籠もった目で睨まれ、ロンからは「卑怯者」と罵られた。心外だ。

 

 それはそれとして、ハリーだけは授業以外でも飛べる時間があって羨ましい。ホグワーツの構内では、グラウンド以外の場所で箒に乗ることが禁止されている。しかしフーチの授業だけでは却ってストレスが溜まってしまいそうだ。俺だって地上から離れたい。

 ふと思いついた。

 

          ◇

 

 そこはピッチと呼ばれるグラウンドだった。芝生がところどころ禿げて、土が剥き出しになっている。地上のコンディションはいいとは言えないが、ピッチで使うのは中空だ。宙に聳えるゴールの先には青い空。マルフォイ邸よりも秋が早い。

 

「あ、まじに来てる」

 その声に振り返ると、夏合宿で挨拶したこともあるクィディッチの選手だった。練習用のユニフォームに着替えていた彼は、軽装の俺を見て言った。

「これから夕食前まで、スリザリンチームの練習時間だ」

「あの、フリントさんにはお話ししているんですが――」

「聞いてる。これから練習だから話しかけないでくれ」

 はい、と俺は引き下がった。

 

 ハリーが選手に抜擢されたのを引き合いにして、俺もクィディッチの練習に参加させてくれと、フリントに頼み込んだのだった。

 飛行のためにピッチの隅を貸して欲しいと頼んだ最初は、その場で却下された。そこからの粘りの交渉で、条件付きながらピッチの使用を許可してもらった。

 名目上はチームの一員だが代表選手には選出されず、使う箒は学校の備品のボロ箒。当然対外試合も出られない。先方は、そんな扱いにマルフォイ家の坊ちゃんが耐えられないと思って条件を出してきたのだろう。だがこちらは、飛行時間と場所が手に入ればそれで良かった。

「何なら道具の準備も片付けも、球拾いも声出しもやりますよ」と申し出たら、焦って「そこまでしなくていい」と断られた。

 

 それからフリントと二人でスネイプに相談に行くと、「保護者の承諾が得られたら」とあっさりしたものだった。家に梟便を飛ばせば、「学業に支障が出ない範囲で」と、これも許してくれた。無理を言われなくて良かった。

 

 選手がピッチに集まると、フリントは改めて挨拶した。

「新学期からキャプテンになりました、マーカス・フリントです。うるさいわグラハム、最初くらい真面目にやらせろ。えーと、これまでの優勝経験に倣い、スリザリンは今年もフィジカル重視のチーム作りをします。勝つだけなら今のメンバーで不足はありませんが、来週のトライアウトでいい新人が見つかればいいなと思います。新人も加えた新しいチームに慣れるまで、しばらくは体作りを中心にしていきます。俺たちの代で連勝記録を途切れさせないように、慢心せず、全力で敵を叩き潰しにいきましょう」

「おうっ」

 野太い吠え声のような選手たちの応え。

 

 フリントは満足そうに頷いてから、ちょいちょいと俺を手招きした。

「もう皆合宿で顔見知りだろうけど、一応紹介します。一年生のマルフォイくん。基礎練習だけ参加します。毎年お世話になっているマルフォイ家の子だから、余計な手伝いやスキンシップは考えないように。スネイプ先生にも言われています」

 わざわざ釘を刺さなければならないほど、選手たちの目は冷たかった。スネイプの危惧したように、マグル生まれに気を許しているドラコ・マルフォイを警戒している。その証拠に「あんな奴とっとと帰らせろ」と誰かが言うのが聞こえた。

 

 練習は、軽いランニングから始まった。

「マルフォイくんは走り慣れてないだろうから、適当に回ればいいよ」と言われたが、俺がコースを一周する間に選手たちは三周していた。そういえば、放課後によく上級生が建物の間を走っているのを見掛ける。こいつらか。

 体が温まったところで柔軟体操。おっさんはラジオ体操でさえ体の硬さに泣くが、子供の体はしなやかで感動する。

 

 その後は、クィディッチ用のボールの一種、クアッフルを使ってのスクエアパス、ランパス。箒に跨って宙に浮きながらではあるものの、地上一メートルでは立っているのと変わらない。

 筋トレを挟んだ後にポジションごとの練習が始まり、やっと自由飛行ができると思ったところを引き戻された。そしてピッチの隅で体幹を鍛えさせられた。フリントが言うには、

「箒に乗って全体重を支えるのは、尻と太腿を中心にした下半身。上半身と下半身を繋ぐのが体幹だ。下半身と体幹を鍛えないと上半身が巧く使えない。スリザリンがコンタクト(接触)プレーが得意なのは、基本をしっかり鍛えているからだよ」

ということだった。

 選手になる気のないことは伝えたはずだが、故意に無視されているような気がする。しかし体力を付けて悪いことはないので、素直にやっておいた。

 

 一人でプランクをやらされている間、向こうではタックルバック相手に延々とタックルをしている若者たちが見えた。そもそもクィディッチは、コンタクト有りのスポーツではなかったような気がするが、勘違いだろうか。

 

 その後クールダウンをして練習は終わり……と思いきや、その後が地獄だった。

 自分の箒を両手で捧げながらの集団ランニング。掛け声を叫びながら、時に「コール老王」を歌いながら、控え銃の姿勢で全員で走る。

 腕がやばい。肩がやばい。肩が、肩が、肩が、ああもう駄目。

 

 ついて行けなくなった俺は、微笑みデブと罵倒されてもいい覚悟で脱落した。シャーリーンならぬ古箒を放り出して地面にへたり込む。

「こらマルフォイ、地面に転がるならベビーベッドへ戻れ!」

「イエッサー!」

 叫びながら思った。これ、何のスポーツだっけ。

 




Dimension Zero "Through The Virgin Sky"

実生活のスケジュールが破綻寸前で、書き溜めたストックも尽きそうなのでしばらくお休みします。ストレスどろどろな脳内から無理して文章絞り出しても、アンチだヘイトだ言われるんじゃやってられない。

追記(2019/09/11):
しっかり食べてぐっすり寝た後に見直してみたら、なに喚いてんだ自分。我ながらやべえ。
精神的に追い詰められた時に出た本音として、見苦しいですがこのまま晒しておきます。

言葉不足だった部分を補足しますと、自分では原作の流れ・設定をそのままなぞっているつもりの話でアンチ・ヘイトだという指摘が増えるにつれ、「原作エピソードで駄目なら、オリジナル路線は何を書いても更に駄目なのでは?和解の前段階としての無理解や対立さえ嫌がられるのは、自分の感性か構成に問題があるのでは?」と悩むようになりました。その状態のまま迷走しても誰も得しない、一度立ち止まろう、という見切りが「やってられない」の本意です。
作品への批評は気兼ねなくお書き下さい(具体的な欠点の指摘は特にありがたいです)。

また作者のたわ言に対して様々な意見を頂いたお陰で、なぜ本作がアンチだと言われているのか、ようやく認識できた気がします。思い返せば、ある原作設定に対してのアンチテーゼとして書き始めた本作は、そもそも最初からアンチ作品でした。ヘイトのつもりは今もありませんが、タグは付けることにしました。

ただやはり入学後を一から構成し直したいのと、執筆時間が取れないのと、実生活のストレスで潰れそうなのとで今は碌なものが書けないため、更新はしばらく休止します。トイレに行ったとでも思って、あまり待ち構えないで下されば幸いです。スッキリしたら戻ってきます。

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