王なる少女と見る世界   作:星の空

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第9話 悪夢克服と帝国

 

ハジメがとある吸血鬼の少女と大迷宮を脱出してから1ヶ月経ったこの頃、王宮の中庭には多種多様な武装をした少年少女らと、統一された武装をした大人らが集っていた。

「よし、クリスタベルさんの元に行っている大介と恵里以外は全員いるな?」

メルド団長が一部を除いて全員がいることを確認する。

「いるならいい。…………今日は3ヶ月に1回の大迷宮攻略の日だ!臆するな!確かにあの日はトラウマとなって閉まっただろう。だが、だからと言って引いていいのか?よくないだろう。あの日の悪夢を克服しない限り先には進めん!お前達が今日までどのような暮らし方をしたかは知らん。それでも、何か得ることが出来たのではないか?出来たのならそれを用いて乗り越えろ!悪夢に打ち勝って先に進もうではないか!!」

あの日の悪夢を思い出していたのか沈痛な面持ちであったクラスメイト達はメルド団長の激に励まされ、前を向く。

なんのための3ヶ月だったのか、それを問われている気がした。そう思うと、それをお披露目?するための日なのだろう。

確かに、見知らぬ土地、存在に怯えることもあった。しかし、それは人それぞれに現実逃避を止めさせ、覚悟を持たせるには十分な期間であった。

故に、クラスメイト達は初日の浮き足立った顔立ちや訓練中などで力に酔いしれていた顔立ちから、凛々しくも勇ましい顔立ちとなって此処に立っていた。

「それじゃあ、出発するぞ!!」

『はい!』

各チーム事に馬車に乗ってホルアドに向かう。

ちなみに英霊達には自由時間と言うことで自由にしてもらっている。あ、自由にしている訳は王宮からステータスプレートをくすねて、彼らに渡しているため職質されても何ら問題はない。まぁ、ヘラクレスはさすがにダメだけど。

 

あれからホルアドに着いて数日ほど経ち、今は60階層に居る。しかし、進み具合は初日と何ら変わらない。メルド団長の激が余程効いたのだろう。

そんなこんなで今は休息中、皆が皆、チームごとに反省点の確認やリラックスするために軽口を叩きあったりしている。

その中でAチームのメンバーの1人である白崎がずっと先を見つめ、八重樫が心配していた。

八重樫の心配そうな呼び掛けに、強い眼差しで眼下を眺めていた白崎はゆっくりと頭を振ると、八重樫に微笑んだ。

「大丈夫だよ、雫ちゃん」

「そう……無理しないでね?私に遠慮することなんてないんだから」

「えへへ、ありがと、雫ちゃん」

八重樫もまた親友に微笑んだ。白崎の瞳は強い輝きを放っている。そこに現実逃避や絶望は見て取れない。

「…………鈴、白崎が心配なのは分かるが、それは杞憂のようだぞ?まぁ、声をかけるのはいいがな。」

「うん。行ってくるね!」

鈴が白崎と接触する前に天之河がズレた発言をして白崎にディスられる。

休息をやめて行軍?する。一行は特に問題もなく、遂に歴代最高到達階層である六十五層にたどり着いた。

「気を引き締めろ!ここのマップは不完全だ。何が起こるかわからんからな!」

付き添いのメルド団長の声が響く。クラスメイト達は表情を更に引き締め未知の領域に足を踏み入れた。

しばらく進んでいると、大きな広間を見つけた。何となく嫌な予感がする一同。

その予感は的中した。何と広間全域にトラウムソルジャーがギチギチに詰まっており、唯一空いている元橋だった所の穴に雪崩のように落ちて行くがそれでもその量は変わらない。

それを見たクラスメイト達はは無論、騎士団達や嶺亜ですら頬を引き攣らせていた。

「………………おいおい、そりゃあねぇだろ…………」

坂上が思わず零した。その声を拾ったのか定かではないが

 

ザァッ!!!!

 

と、トラウムソルジャー達が一斉にこちらに顔ならぬ骨を向けた。

これは軽くホラーである。

そこで嶺亜は前回張り巡らした氷床を解除する。その途端、氷床の上に立っていたトラウムソルジャー達は一斉に奈落の底に落ちて行く。それに伴って敷き詰まって山のようになっていたトラウムソルジャー達も落ちて行って数がとりあえず全員で対処可能な程に減った。

数時間かけて全滅させて、トラウムソルジャーを召喚する魔法陣を破壊。

それと同時に皆が何か感じたのか顔を上げて橋の方を見ると、橋は修復されて赤黒い脈動する直径十メートル程の魔法陣が展開される。

「ま、まさか……アイツなのか!?」

天之河が額に冷や汗を浮かべながら叫ぶ。他のメンバーの表情にも緊張の色がはっきりと浮かんでいた。

「マジかよ、アイツは死んだんじゃなかったのかよ!」

坂上も驚愕をあらわにして叫ぶ。それに応えたのは、険しい表情をしながらも冷静な声音のメルド団長だ。

「迷宮の魔物の発生原因は解明されていない。一度倒した魔物と何度も遭遇することも普通にある。気を引き締めろ!退路の確保を忘れるな!」

いざと言う時、確実に逃げられるように、まず退路の確保を優先する指示を出すメルド団長。それに部下が即座に従う。だが、天之河がそれに不満そうに言葉を返した。

「メルドさん。俺達はもうあの時の俺達じゃありません。何倍も強くなったんだ!もう負けはしない!必ず勝ってみせます!」

「へっ、その通りだぜ。何時までも負けっぱなしは性に合わねぇ。ここらでリベンジマッチだ!」

坂上も不敵な笑みを浮かべて呼応する。メルド団長はやれやれと肩を竦め、確かに今のクラスメイト達の実力なら大丈夫だろうと、同じく不敵な笑みを浮かべた。

そして、遂に魔法陣が爆発したように輝き、かつての悪夢が再びクラスメイト達の前に現れた。

「グゥガァアアア!!!」

咆哮を上げ、地を踏み鳴らす異形。ベヒモスがクラスメイト達を壮絶な殺意を宿らせた眼光で睨む。

しかし、誰も臆さない。此奴を倒して前に進む。その覚悟はとっくの昔に出来ているのだから。

今、過去を乗り越える戦いが始まった。

 

✲✲✲

 

先手は、光輝だった。

「万翔羽ばたき天へと至れ……“天翔閃”!」

曲線状の光の斬撃がベヒモスに轟音を響かせながら直撃する。以前では“天翔閃”の上位技“神威”を以てしてもカスリ傷さえ付けることができなかった。しかし、何時までもあの頃のままではないという天之河の宣言は、結果を以て証明された。

「グゥルガァアア!?」

悲鳴を上げ地面を削りながら後退するベヒモスの胸にはくっきりと斜めの剣線が走り、赤黒い血を滴らせていたのだ。

「…………ほう、生き物の命を奪う忌避感が無くなっているか。だが、それは魔物の場合だ。もしそれが人間ならば…………君は殺せるか?天之河」

嶺亜が誰にも聞こえないよう1人呟いて市販の剣を構える。

「いける!俺達は確実に強くなってる!B、Cチームは左側から、D、Eチームは背後を、Fチームとメルド団長達は右側から!G、Hチームは不足の事態に備えて待機!I、J、Kチームは撹乱と遊撃、負傷者の手当を頼む!残りは魔法準備!上級を頼む!」

天之河が矢継ぎ早に指示を出す。メルド団長直々の指揮官訓練の賜物だ。

「ほぅ、迷いなくいい指示をする。聞いたな?総員、光輝の指揮で行くぞ!」

『おうッ!!!!!!!!』

メルド団長が叫び騎士団員を引き連れベヒモスの右サイドに回り込むべく走り出した。それを期に一斉に動き出し、ベヒモスを包囲する。

前衛組が暴れるベヒモスを後衛には行かすまいと必死の防衛線を張る。遊撃はベヒモスの気を逸らさせて勢いを削ぎ、負傷者の回収並びにその穴を埋めるべく動く。

「グルゥアアア!!」

ベヒモスが踏み込みで地面を粉砕しながら突進を始める。

「させるかっ!」

「行かせん!」

クラスの二大巨漢、坂上と永山がスクラムを組むようにベヒモスに組み付いた。

「「猛り地を割る力をここに!……“剛力”!」」

身体能力、特に膂力を強化する魔法を使い、地を滑りながらベヒモスの突進を受け止める。

「ガァアア!!」

「らぁあああ!!」

「おぉおおお!!」

三者三様に雄叫びをあげ力を振り絞る。ベヒモスは矮小な人間ごときに完全には止められないまでも勢いを殺され苛立つように地を踏み鳴らした。

その隙を他のメンバーが逃さない。

「全てを切り裂く至上の一閃……“絶断”!」

八重樫の抜刀術がベヒモスの角に直撃する。魔法によって切れ味を増したアーティファクトの剣が半ばまで食い込むが切断するには至らない。

「ぐっ、相変わらず堅い!」

「任せろ!粉砕せよ、破砕せよ、爆砕せよ……“豪撃”!」

メルド団長が飛び込み、半ばまで刺さった八重樫の剣の上から自らの騎士剣を叩きつけた。魔法で剣速を上げると同時に腕力をも強化した鋭く重い一撃が八重樫の剣を押し込むように衝撃を与える。

そして、遂にベヒモスの角の一本が半ばから断ち切られた。

「ガァアアアア!?」

角を切り落とされた衝撃にベヒモスが渾身の力で大暴れし、永山、坂上、八重樫、メルド団長の四人を吹き飛ばす。

「優しき光は全てを抱く……“光輪”!」

衝撃に息を詰まらせ地面に叩きつけられそうになった四人を光の輪が無数に合わさって出来た網が優しく包み込んだ。白崎が行使した、形を変化させることで衝撃を殺す光の防御魔法だ。

白崎は間髪入れず、回復系呪文を唱える。

「天恵よ 遍く子らに癒しを……“回天”」

香織の詠唱完了と同時に触れてもいないのに四人が同時に癒されていく。遠隔の、それも複数人を同時に癒せる中級光系回復魔法だ。以前使った“天恵”の上位版である。

天之河が突きの構えを取り、未だ暴れるベヒモスに真っ直ぐ突進した。そして、先ほどの傷口に切っ先を差し込み、突進中に詠唱を終わらせて魔法発動の最後のトリガーを引く。

「“光爆”!」

聖剣(笑)に蓄えられた膨大な魔力が、差し込まれた傷口からベヒモスへと流れ込み大爆発を起こした。

「ガァアアア!!」

傷口を抉られ大量の出血をしながら、技後硬直中の僅かな隙を逃さずベヒモスが鋭い爪を天之河に振るった。

「ぐぅうう!!」

呻き声を上げ吹き飛ばされる天之河。爪自体はアーティファクトの聖鎧が弾いてくれたが、衝撃が内部に通り激しく咳き込む。しかし、その苦しみも一瞬だ。すかさず、白崎の回復魔法がかけられる。

「天恵よ彼の者に今一度力を……“焦天”」

先ほどの回復魔法が複数人を対象に同時回復できる代わりに効果が下がるものとすれば、これは個人を対象に回復効果を高めた魔法だ。天之河は光に包まれ一瞬で全快する。

ベヒモスが、天之河が飛ばされた間奮闘していた他のメンバーを咆哮と跳躍による衝撃波で吹き飛ばし、折れた角にもお構いなく赤熱化させていく。

「……角が折れても出来るのね。あれが来るわよ!」

八重樫の警告とベヒモスの跳躍は同時だった。ベヒモスの固有魔法は経験済みなので皆一斉に身構える。しかし、今回のベヒモスの跳躍距離は予想外だった。何と、嶺亜達前衛組を置き去りにし、その頭上を軽々と超えて後衛組にまで跳んだのだ。大橋での戦いでは直近にしか跳躍しなかったし、あの巨体でここまで跳躍できるとは夢にも思わず、前衛組が焦りの表情を見せる。

がしかし、焦りは杞憂に終わる。

嶺亜が1人後衛組の前におり、放出した雷の魔力を剣に纏わせて構えていた。

「ちったぁいいとこ見せんとなぁ!擬似宝具(・・・・)雷霆極旋(ケラウノス・ストロフィー)!!!!」

プラズマの極光が二重螺旋を描きながらベヒモスの顔面に直撃して押し戻し、ベヒモスの固有魔法は不発に終わり、ベヒモスの顔は焼け爛れていた。

習性なのか顔を無茶苦茶にした嶺亜を睨むも遅し、既に前衛組がベヒモスに肉薄している。

前衛組が再び取り囲み、ヒット&アウェイでベヒモスを翻弄し続け遂に待ちに待った後衛の詠唱が完了する。

「下がって!」

後衛代表の誰かから合図がでる。前衛組は渾身の一撃をベヒモスに放ちつつ、その反動も利用して一気に距離をとった。

その直後、炎系上級攻撃魔法のトリガーが引かれた。

「「「「「“炎天”」」」」」

術者複数人による上級魔法。超高温の炎が球体となり、太陽のような形で燃えて周囲一帯を焼き尽くす。ベヒモスの直上に創られた“炎天”は一瞬で直径八メートルに膨らんだ直後、ベヒモスへと落下した。

絶大な熱量がベヒモスを襲う。あまりの威力の大きさに味方までダメージを負いそうになり、慌てて結界を張っていく。“炎天”は、ベヒモスに逃げる暇すら与えずに、その堅固な外殻を融解していった。

「グゥルァガァアアアア!!!!」

ベヒモスの断末魔が広間に響き渡る。いつか聞いたあの絶叫だ。鼓膜が破れそうなほどのその叫びは少しずつ細くなり、やがて、その叫びすら燃やし尽くされたかのように消えていった。

そして、後には黒ずんだ広間の壁と、ベヒモスの物と思しき僅かな残骸だけが残った。

「か、勝ったのか?」

「勝ったんだろ……」

「勝っちまったよ……」

「マジか?」

「マジで?」

皆が皆、呆然とベヒモスがいた場所を眺め、ポツリポツリと勝利を確認するように呟く。同じく、呆然としていた天之河が、我を取り戻したのかスっと背筋を伸ばし聖剣(笑)を頭上へ真っ直ぐに掲げた。

「そうだ! 俺達の勝ちだ!」

キラリと輝く聖剣(笑)を掲げながら勝鬨を上げる天之河。その声に漸く勝利を実感したのか一斉に歓声が沸きあがった。男子連中は肩を叩き合い、女子達はお互いに抱き合って喜びを表にしている。メルド団長達も感慨深そうだ。

これはひとえにトラウマを克服した様なもの。喜ぶのも無理はない。

天之河は白崎と八重樫の会話に混ざりこんなことを言っていた。

「これで南雲も浮かばれるな。自分を突き落とした魔物を自分が守ったクラスメイトが討伐したんだから」

「「……」」

天之河は感慨にふけった表情で八重樫と白崎の表情には気がついていない。どうやら、天之河の中でハジメを奈落に落としたのはベヒモスのみ(・・)という事になっているらしい。確かに間違いではない。直接の原因はベヒモスの固有魔法による衝撃で橋が崩落したことだ。しかし、より正確には、撤退中のハジメに魔法が撃ち込まれてしまったことだ。まぁ、犯人がわれたのだが、天之河はあれがなんだったのか分からなかったようだ。

それは置いておき、感慨にふけてない者は次層への階段を見つめ、神妙な顔をしていた。

これより先は完全に未知の領域。嶺亜達は過去の悪夢を振り払い先へと進むのだから。

 

✲✲✲

 

もう数日ほど迷宮攻略をしてからホルアドで別れてまた3ヶ月後に会う。そのつもりだったのだが、1度王宮に戻らないといけなくなった。

何故ならば、ベヒモス討伐の知らせをいの一番に手に入れたヘルシャー帝国から勇者一行に会いに使者が来るのだという。

何故、このタイミングなのか。

元々、エヒト神による“神託”がなされてから嶺亜達が召喚されるまでほとんど間がなかった。そのため、同盟国である帝国に知らせが行く前に勇者召喚が行われてしまい、召喚直後の顔合わせができなかったのだ。

もっとも、仮に勇者召喚の知らせがあっても帝国は動かなかったと考えられる。なぜなら、帝国は三百年前にとある名を馳せた傭兵が建国した国であり、冒険者や傭兵の聖地とも言うべき完全実力主義の国だからである。

突然現れ、人間族を率いる勇者と言われても納得はできないだろう。聖教教会は帝国にもあり、帝国民も例外なく信徒であるが、王国民に比べれば信仰度は低い。大多数の民が傭兵か傭兵業からの成り上がり者で占められていることから信仰よりも実益を取りたがる者が多いのだ。もっとも、あくまでどちらかといえばという話であり、熱心な信者であることに変わりはないのだが。

そんな訳で、召喚されたばかりの頃の天之河達と顔合わせをしても軽んじられる可能性があった。もちろん、教会を前に、神の使徒に対してあからさまな態度は取らないだろうが。王国が顔合わせを引き伸ばすのを幸いに、帝国側、特に皇帝陛下は興味を持っていなかったので、今まで関わることがなかったのである。

しかし、今回の【オルクス大迷宮】攻略で、歴史上の最高記録である六十五層が突破されたという事実をもって帝国側もクラスメイト達に興味を持つに至った。帝国側から是非会ってみたいという知らせが来たのだ。王国側も聖教教会も、いい時期だと了承したのである。

そんな話を帰りの馬車の中でツラツラと教えられながら、嶺亜達は王宮に到着した。

馬車が王宮に入り、全員が降車すると王宮の方から一人の少年が駆けて来るのが見えた。十歳位の金髪碧眼の美少年である。光輝と似た雰囲気を持つが、ずっとやんちゃそうだ。その正体はハイリヒ王国王子ランデル・S・B・ハイリヒである。ランデル殿下は、思わず犬耳とブンブンと振られた尻尾を幻視してしまいそうな雰囲気で駆け寄ってくると大声で叫んだ。

「香織!よく帰った!待ちわびたぞ!」

もちろんこの場には、白崎だけでなく他にも帰還を果たした生徒達が勢ぞろいしている。その中で、白崎以外見えないという様子のランデル殿下の態度を見ればどういう感情を持っているかは容易に想像つくだろう。

実は、召喚された翌日から、ランデル殿下は白崎に猛アプローチを掛けていた。と言っても、彼は十歳。白崎から見れば小さい子に懐かれている程度の認識であり、その思いが実る気配は微塵もない。生来の面倒見の良さから、弟のようには可愛く思ってはいるようだが。

「ランデル殿下。お久しぶりです」

パタパタ振られる尻尾を幻視しながら微笑む白崎。そんな白崎の笑みに一瞬で顔を真っ赤にするランデル殿下は、それでも精一杯男らしい表情を作って白崎にアプローチをかける。

「ああ、本当に久しぶりだな。お前が迷宮に行ってる間は生きた心地がしなかったぞ。怪我はしてないか?余がもっと強ければお前にこんなことさせないのに……」

ランデル殿下は悔しそうに唇を噛む。白崎としては守られるだけなどお断りなのだが、少年の微笑ましい心意気に思わず頬が緩む。

「お気づかい下さり有難うございます。ですが、私なら大丈夫ですよ?自分で望んでやっていることですから」

「いや、香織に戦いは似合わない。そ、その、ほら、もっとこう安全な仕事もあるだろう?」

「安全な仕事ですか?」

ランデル殿下の言葉に首を傾げる白崎。ランデル殿下の顔は更に赤みを増す。となりで面白そうに成り行きを見ている八重樫は察しがついているのか、少年の健気なアプローチに思わず苦笑いする。

「う、うむ。例えば、侍女とかどうだ?その、今なら余の専属にしてやってもいいぞ」

「侍女ですか?いえ、すみません。私は治癒師ですから……」

「な、なら医療院に入ればいい。迷宮なんて危険な場所や前線なんて行く必要ないだろう?」

医療院とは、国営の病院のことである。王宮の直ぐ傍にある。要するに、ランデル殿下は香織と離れるのが嫌なのだ。しかし、そんな少年の気持ちは鈍感な白崎には届かない。

「いえ、前線でなければ直ぐに癒せませんから。心配して下さり有難うございます」

「うぅ」

ランデル殿下は、どうあっても白崎の気持ちを動かすことができないと悟り小さく唸る。そこへ空気を読まない厄介な善意の塊、勇者天之河がにこやかに参戦する。

「ランデル殿下、香織は俺の大切な幼馴染です。俺がいる限り、絶対に守り抜きますよ」

天之河としては、年下の少年を安心させるつもりで善意全開に言ったのだが、この場においては不適切な発言だった。恋するランデル殿下にはこう意訳される。

“俺の女に手ぇ出してんじゃねぇよ。俺がいる限り香織は誰にも渡さねぇ!絶対にな!”

親しげに寄り添う勇者と治癒師。実に様になる絵である。ランデル殿下は悔しげに表情を歪めると、不倶戴天の敵を見るようにキッと天之河を睨んだ。ランデル殿下の中では二人は恋人のように見えているのである。

「香織を危険な場所に行かせることに何とも思っていないお前が何を言う!絶対に負けぬぞ!香織は余といる方がいいに決まっているのだからな!」

「え~と……」

ランデル殿下の敵意むき出しの言葉に、白崎はどうしたものかと苦笑いし、天之河はキョトンとしている。八重樫ははそんな天之河を見て溜息だ。

ガルルと吠えるランデル殿下に何か機嫌を損ねることをしてしまったのかと、天之河が更に煽りそうなセリフを吐く前に、涼やかだが、少し厳しさを含んだ声が響いた。

「ランデル。いい加減にしなさい。香織が困っているでしょう? 光輝さんにもご迷惑ですよ」

「あ、姉上!?……し、しかし」

「しかしではありません。皆さんお疲れなのに、こんな場所に引き止めて……相手のことを考えていないのは誰ですか?」

「うっ……で、ですが……」

「ランデル?」

「よ、用事を思い出しました!失礼します!」

ランデル殿下はどうしても自分の非を認めたくなかったのか、いきなり踵を返し駆けていってしまった。その背を見送りながら、王女リリアーナは溜息を吐く。

「香織、光輝さん、弟が失礼しました。代わってお詫び致しますわ」

リリアーナはそう言って頭を下げた。美しいストレートの金髪がさらりと流れる。

「ううん、気にしてないよ、リリィ。ランデル殿下は気を使ってくれただけだよ」

「そうだな。なぜ、怒っていたのかわからないけど……何か失礼なことをしたんなら俺の方こそ謝らないと」

白崎と天之河の言葉に苦笑いするリリアーナ。姉として弟の恋心を察しているため、意中の白崎に全く意識されていないランデル殿下に多少同情してしまう。まして、ランデル殿下の不倶戴天の敵は別にいることを知っているので尚更だった。

ちなみに、ランデル殿下がその不倶戴天の敵に会ったとき、一騒動起こすのだが……それはまた別の話。

リリアーナ姫は、現在十四歳の才媛だ。その容姿も非常に優れていて、国民にも大変人気のある金髪碧眼の美少女である。性格は真面目で温和、しかし、硬すぎるということもない。TPOをわきまえつつも使用人達とも気さくに接する人当たりの良さを持っている。

嶺亜達召喚された者にも、王女としての立場だけでなく一個人としても心を砕いてくれている。彼等が関係ない自分達の世界の問題に巻き込んでしまったと罪悪感もあるようだ。 

そんな訳で、率先して生徒達と関わるリリアーナと彼等が親しくなるのに時間はかからなかった。特に同年代の白崎や八重樫達との関係は非常に良好で、今では愛称と呼び捨て、タメ口で言葉を交わす仲である。

「いえ、光輝さん。ランデルのことは気にする必要ありませんわ。あの子が少々暴走気味なだけですから。それよりも……改めて、お帰りなさいませ、皆様。無事のご帰還、心から嬉しく思いますわ」

リリアーナはそう言うと、ふわりと微笑んだ。白崎や八重樫といった美少女が身近にいるクラスメイト達だが、その笑顔を見てこぞって頬を染めた。リリアーナの美しさには二人にない洗練された王族としての気品や優雅さというものがあり、多少の美少女耐性で太刀打ちできるものではなかった。

現に、嶺亜と瓸以外の男子生徒達は顔を真っ赤にしてボーと心を奪われているし、女子メンバーですら頬をうっすら染めている。異世界で出会った本物のお姫様オーラに現代の一般生徒が普通に接しろという方が無茶なのである。昔からの親友のように接することができる白崎達の方がおかしいのだ。

天之河が気障な台詞でリリアーナ姫をオロオロさせた後、王宮内に入り、今日の勇姿や3ヶ月間何処で何をしていたかなどで盛り上がる中で畑山先生が”豊穣の女神”と崇められてることが話題になり、それを聞いた畑山先生本人がやめてー!と発狂しかけたりとあったが、この日はそれぞれ思うままに心身を休ませた。

 

それから3日後に帝国の使者が訪れた。

 

現在、クラスメイト達、迷宮攻略に赴いたメンバーと王国の重鎮達、そしてイシュタル率いる司祭数人が謁見の間に勢ぞろいし、レッドカーペットの中央に帝国の使者が五人ほど立ったままエリヒド陛下と向かい合っていた。

ちなみに嶺亜と瓸、アルトリアだけは此処にはいない。空間転移で鍛錬の時に使っていた森に逃げ込んだのだ。面倒臭いと。

「使者殿、よく参られた。勇者方の至上の武勇、存分に確かめられるがよかろう」

「陛下、この度は急な訪問の願い、聞き入れて下さり誠に感謝いたします。して、どなたが勇者様なのでしょう?」

「うむ、まずは紹介させて頂こうか。光輝殿、前へ出てくれるか?」

「はい」

陛下と使者の定型的な挨拶のあと、早速、天之河達のお披露目となった。陛下に促され前にでる天之河。召喚された頃と違い、既に3ヶ月と少し程経っているため、随分と精悍な顔つきになっている。

天之河を筆頭に、次々と生徒達が紹介された。

「ほぅ、貴方が勇者様ですか。随分とお若いですな。失礼ですが、本当に六十五層を突破したので? 確か、あそこにはベヒモスという化物が出ると記憶しておりますが……」

使者は、天之河を観察するように見やると、イシュタルの手前露骨な態度は取らないものの、若干、疑わしそうな眼差しを向けた。使者の護衛の一人は、値踏みするように上から下までジロジロと眺めている。

その視線に居心地悪そうに身じろぎしながら、天之河が答える。

「えっと、ではお話しましょうか?どのように倒したかとか、あっ、六十六層のマップを見せるとかどうでしょう?」

天之河は信じてもらおうと色々提案するが使者はあっさり首を振りニヤッと不敵な笑みを浮かべた。

「いえ、お話は結構。それよりも手っ取り早い方法があります。私の護衛一人と模擬戦でもしてもらえませんか?それで、勇者殿の実力も一目瞭然でしょう」

「えっと、俺は構いませんが……」

天之河は若干戸惑ったようにエリヒド陛下を振り返る。エリヒド陛下は天之河の視線を受けてイシュタルに確認を取る。イシュタルは頷いた。神威をもって帝国に天之河を人間族のリーダーとして認めさせることは簡単だが、完全実力主義の帝国を早々に本心から認めさせるには、実際戦ってもらうのが手っ取り早いと判断したのだ。

「構わんよ。光輝殿、その実力、存分に示されよ」

「決まりですな、では場所の用意をお願いします」

こうして急遽、勇者対帝国使者の護衛という模擬戦の開催が決定したのだった。

天之河の対戦相手は、何とも平凡そうな男だった。高すぎず低すぎない身長、特徴という特徴がなく、人ごみに紛れたらすぐ見失ってしまいそうな平凡な顔。一見すると全く強そうに見えない。

刃引きした大型の剣をだらんと無造作にぶら下げており。構えらしい構えもとっていなかった。

天之河は舐められているのかと怒りを抱き、最初の一撃で度肝を抜いてやれば真面目にやるだろうと思ったのか最初の一撃は割かし本気で打ち込むことにしたようだ。

「いきます!」

天之河が風となる。“縮地”により高速で踏み込むと豪風を伴って唐竹に剣を振り下ろした。並みの戦士なら視認することも難しかったかもしれない。もちろん、天之河としては寸止めするつもりだった。だがその心配は無用。むしろ舐めていたのは天之河の方だと証明されてしまう結果となった。

 

バキィ!!

 

「ガフッ!?」

吹き飛んだのは天之河の方だった。護衛の方は剣を掲げるように振り抜いたまま天之河を睥睨している。天之河が寸止めのため一瞬、力を抜いた刹那にだらんと無造作に下げられていた剣が跳ね上がり天之河を吹き飛ばしたのだ。

天之河は地滑りしながら何とか体勢を整え、驚愕の面持ちで護衛を見る。寸止めに集中していたとは言え、護衛の攻撃がほとんど認識出来なかったのだ。護衛は掲げた剣をまた力を抜いた自然な体勢で構えている。そう、先ほどの攻撃も動きがあまりに自然すぎて危機感が働かず反応できなかったのである。

「…………永らく剣を手に取り戦場を駆けた生粋の武人と最近剣を手に取りある程度の振り込みしか出来てない元学生。どちらが強いかは一目瞭然だろうに…………寸止めなんて考えるからあんな簡単に吹き飛ばされる。」

「えぇ、天之河は少し驕りがありました。試されている立場でありながら驕るとは………………岡田以蔵を思い浮かべます。」

「いや、あれは才能が努力を勝ってたからそうであって、あれが李書文やケイローンクラスで努力してみろ。少なくとも純粋な剣技だけで俺を上回る。俺は魔力放出なんて奇策にもってこいなものがあるからいいがなくてみろ。負けちまう。」

いつの間にか試合を見に来ていた嶺亜達は誰にもバレない位置と声量で会話をする。

「はぁ~、おいおい、勇者ってのはこんなもんか?まるでなっちゃいねぇ。やる気あんのか?」

平凡な顔に似合わない乱暴な口調で呆れた視線を送る護衛。その表情には失望が浮かんでいた。

確かに、天之河は護衛を見た目で判断して無造作に正面から突っ込んでいき、あっさり返り討ちにあったというのが現在の構図だ。天之河は相手を舐めていたのは自分の方であったと自覚し、怒りを抱いた。今度は自分に向けて。

「すみませんでした。もう一度、お願いします」

今度こそ、本気の目になり、自分の無礼を謝罪する天之河。護衛はそんな天之河を見て「戦場じゃあ“次”なんてないんだがな」と不機嫌そうに目元を歪めるが相手はするようだ。先程と同様に自然体で立つ。

天之河は気合を入れ直すと再び踏み込んだ。

唐竹、袈裟斬り、切り上げ、突き、と“縮地”を使いこなしながら超高速(嶺亜達には亀の歩く速度にしか見えてない。)の剣撃を振るう。その速度は既に、天之河の体をブレさせて残像を生み出しているほどだ。

しかし、そんな嵐のような剣撃を護衛は最小限の動きでかわし捌き、隙あらば反撃に転じている。時々、天之河の動きを見失っているにもかかわらず、死角からの攻撃にしっかり反応している。

天之河には護衛の動きに覚えがあった。それはメルド団長だ。彼と天之河のスペック差は既にかなりの開きが出ている。にもかかわらず、未だ天之河はメルド団長との模擬戦で勝ち越せていないのだ。それはひとえに圧倒的な戦闘経験の差が原因である。

おそらく護衛も、メルド団長と同じく数多の戦場に身を置いたのではないだろうか。その戦闘経験が天之河とのスペック差を埋めている。つまり、この護衛はメルド団長並かそれ以上の実力者というわけだ。

「ふん、確かに並の人間じゃ相手にならん程の身体能力だ。しかし、少々素直すぎる。元々、戦いとは無縁か?」

「えっ? えっと、はい、そうです。俺は元々唯の学生ですから」

「……それが今や“神の使徒”か」

チラッとイシュタル達聖教教会関係者を見ると護衛は不機嫌そうに鼻を鳴らした。

「おい、勇者。構えろ。今度はこちらから行くぞ。気を抜くなよ?うっかり殺してしまうかもしれんからな」

護衛はそう宣言するやいなや一気に踏み込んだ。天之河程の高速移動ではない。むしろ遅く感じるほどだ。だというのに、

「ッ!?」

気がつけば目の前に護衛が迫っており剣が下方より跳ね上がってきていた。天之河は慌てて飛び退る。しかし、まるで磁石が引き合うかのようにピッタリと間合いを一定に保ちながら鞭のような剣撃が天之河を襲った。

不規則で軌道を読みづらい剣の動きに、“先読”で何とか対応しながら一度距離を取ろうとするが、まるで引き離せない。“縮地”で一気に距離を取ろうとしても、それを見越したように先手を打たれて発動に至らない。次第に天之河の顔に焦りが生まれてくる。

そして遂に、天之河がダメージ覚悟で剣を振ろうとした瞬間、その隙を逃さず護衛が魔法のトリガーを引く。

「穿て、“風撃”」

呟くような声で唱えられた詠唱は小さな風の礫を発生させ、天之河の片足を打ち据えた。

「うわっ!?」

踏み込もうとした足を払われてバランスを崩す天之河。その瞬間、壮絶な殺気が天之河を射貫く。冷徹な眼光で天之河を睨む護衛の剣が途轍もない圧力を持って振り下ろされた。

刹那、天之河は悟る。彼は自分を殺すつもりだと。

実際、護衛はそうなっても仕方ないと考えていた。自分の攻撃に対応できないくらいなら、本当の意味で殺し合いを知らない少年に人間族のリーダーを任せる気など毛頭なかった。例えそれで聖教教会からどのような咎めが来ようとも、戦場で無能な味方を放置する方がずっと耐え難い。それならいっそと、そう考えたのだ。

しかし、そうはならなかった。

 

ズドンッ!

 

「ッガァ!?」

先ほどの再現か。今度は護衛が吹き飛んだからだ。護衛が、地面を数度バウンドし両手も使いながら勢いを殺して天之河を見る。天之河は全身から純白のオーラを吹き出しながら、護衛に向かって剣を振り抜いた姿で立っていた。

護衛の剣が振り下ろされる瞬間、天之河は生存本能に突き動かされるように“限界突破”を使ったのだ。これは、一時的に全ステータスを三倍に引き上げてくれるという、ピンチの時に覚醒する主人公らしい技能である。

だが、天之河の顔には一切余裕はなかった。恐怖を必死で押し殺すように険しい表情で剣を構えている。

そんな光輝の様子を見て、護衛はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

「ハッ、少しはマシな顔するようになったじゃねぇか。さっきまでのビビリ顔より、よほどいいぞ!」

「ビビリ顔?今の方が恐怖を感じてます。……さっき俺を殺す気ではありませんでしたか?これは模擬戦ですよ?」

「だから何だ?まさか適当に戦って、はい終わりっとでもなると思ったか?この程度で死ぬならそれまでだったってことだろ。お前は、俺達人間の上に立って率いるんだぞ?その自覚があんのかよ?」

「自覚って……俺はもちろん人々を救って……」

「傷つけることも、傷つくことも恐れているガキに何ができる?剣に殺気一つ込められない奴がご大層なこと言ってんじゃねぇよ。おら、しっかり構えな?最初に言ったろ?気抜いてっと……死ぬってな!」

護衛が再び尋常でない殺気を放ちながら光輝に迫ろう脚に力を溜める。天之河は苦しそうに表情を歪めた。

しかし、護衛が実際に踏み込みことはなかった。なぜなら、護衛と天之河の間に光の障壁がそそり立ったからだ。

「それくらいにしましょうか。これ以上は、模擬戦ではなく殺し合いになってしまいますのでな。……ガハルド殿もお戯れが過ぎますぞ?」

「……チッ、バレていたか。相変わらず食えない爺さんだ」

イシュタルが発動した光り輝く障壁で水を差された“ガハルド殿”と呼ばれた護衛が、周囲に聞こえないくらいの声量で悪態をつく。そして、興が削がれたように肩を竦め剣を納めると、右の耳にしていたイヤリングを取った。

すると、まるで霧がかかったように護衛の周囲の空気が白くボヤけ始め、それが晴れる頃には、全くの別人が現れた。

四十代位の野性味溢れる男だ。短く切り上げた銀髪に狼を連想させる鋭い碧眼、スマートでありながらその体は極限まで引き絞られたかのように筋肉がミッシリと詰まっているのが服越しでもわかる。

その姿を見た瞬間、周囲が一斉に喧騒に包まれた。

「ガ、ガハルド殿!?」

「皇帝陛下!?」

そう、この男、何を隠そうヘルシャー帝国現皇帝ガハルド・D・ヘルシャーその人である。まさかの事態にエリヒド陛下が眉間を揉みほぐしながら尋ねた。

「どういうおつもりですかな、ガハルド殿」

「これは、これはエリヒド殿。ろくな挨拶もせず済まなかった。ただな、どうせなら自分で確認した方が早いだろうと一芝居打たせてもらったのよ。今後の戦争に関わる重要なことだ。無礼は許して頂きたい」

謝罪すると言いながら、全く反省の色がないガハルド皇帝。それに溜息を吐きながら「もう良い」とかぶりを振るエリヒド陛下。

天之河達は完全に置いてきぼりだ。なんでも、この皇帝陛下、フットワークが物凄く軽いらしく、このようなサプライズは日常茶飯事なのだとか。

「…………ゼルレッチの爺さんじゃあるまいし………フットワークが軽いってなんだよ…………」

嶺亜は何処ぞの第二魔法の使い手を思い浮かべて呟く。

なし崩しで模擬戦も終わってしまい、その後に予定されていた晩餐で帝国からも勇者を認めるとの言質をとることができ、一応、今回の訪問の目的は達成されたようだ。

しかし、その晩、部屋で部下に本音を聞かれた皇帝陛下は面倒くさそうに答えた。

「ありゃあダメだな。唯の子供だ。理想とか正義とかそういう類のものを何の疑いもなく信じている口だ。なまじ実力とカリスマがあるからタチが悪い。自分の理想で周りを殺すタイプだな。“神の使徒”である以上蔑ろにはできねぇ。取り敢えず合わせて上手くやるしかねぇだろう」

「それで、あわよくば試合で殺すつもりだったのですか?」

「あぁ?違ぇよ。少しは腑抜けた精神を叩き治せるかと思っただけだ。あのままやっても教皇が邪魔して絶対殺れなかっただろうよ」

どうやら、皇帝陛下の中で天之河達勇者一行は興味の対象とはならなかったようである。無理もないことだろう。彼等は数ヶ月前まで唯の学生。それも平和な日本の。歴戦の戦士が認めるような戦場の心構えなど出来ているはずがないのである。

「まぁ、その点に関しては3人ほど見込みがある奴がいたし、魔人共との戦争が本格化したら変わるかもな。見るとしてもそれからだろうよ。今は小僧どもに巻き込まれないよう上手く立ち回ることが重要だ。教皇には気をつけろ」

「御意」

そんな評価を下されているとは露にも思わず、光輝達は、翌日に帰国するという皇帝陛下一行見送ることになった。用事はもう済んだ以上留まる理由もないということだ。本当にフットワークの軽い皇帝である。

帰り際に早朝訓練をしている八重樫を見て気に入った皇帝が愛人にどうだと割かし本気で誘ったというハプニングがあった。八重樫は丁寧に断り、皇帝陛下も「まぁ、焦らんさ」と不敵に笑いながら引き下がったので特に大事になったわけではなかったが、その時天之河を見て鼻で笑ったことで天之河はこの男とは絶対に馬が合わないと感じ、暫く不機嫌だった。

その分、溜息…………ストレスの発散法を求めていたので、色々と教えておいた。

 

皇帝陛下らが国に帰ったのを確認したら、嶺亜、瓸、アルトリア、鈴、アランは英霊達を回収して3ヶ月の旅に出発した。

次の行先はライセン大峡谷である。

 

 


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