八幡side
サクラの提案の元、俺達は総督達と別れてサクラが歌う予定のライブ会場に向かっていた。
車で十数分程、ツヴァイ諸島の中心街を移動すると、ハイヤーは停止した。どうやら目的地に着いたようだ。
車から下りると、多くのスタッフが必死にセッティングをしている真っ最中だった。
「ほぼ、ステージの形は出来ているようだな。後は照明や音響のセッティングぐらいだろう」
「ええ、それにしても良い会場ね。思いっきり飛び回れて気持ち良さそうだわ」
俺がサクラにそう言って話しかけると、サクラは会場の様子を見てライブの姿の想像をふくらませていた。
「けど、かなりの規模だから観客席がある後方まで結構距離があるが、大丈夫か?」
「多分、大丈夫だと思うんだけど……」
「あの、何の話をしているんですか?」
俺とサクラが話していると、置いてけぼりの如月が俺達に何について話しているか訊ねてきた。
「そういえば、如月はサクラのライブスタイルを知らないんだったな」
俺が確認すると、如月は頷いた。
「なら、ハヤト君に良いものを見せてあげるわ。スフレ、着替えはもう楽屋にあるかしら?」
「ええ、まさかトライするつもりなの?」
「その方が明日のリハーサルに備えられるでしょ?それに観客席まで届くか確認したいの……ダメ?」
サクラがそう言うとスフレは仕方がないと呆れたようにサクラの提案を承認した。まったく……明日に備えるのは建前で、本当の目的は如月に見せたいためだろ。
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しばらくサクラの楽屋の前で待っていると、サクラはピンクの全身タイツのようなものを着て楽屋から現れた。衣装を初めて見た如月はそれに驚いていたが。
だが、その衣装には秘密があるんだよな。というか、サクラの浮き出たボディラインをマジマジと見るんじゃない。失明させるぞ、こら。
「ハヤト君、しっかり見ていて。ここが私の戦場だという事を見せてあげる!」
ステージに移動すると、サクラは俺や如月に見せるように拳を空に向かって高く掲げた。
「比企谷先輩、サクラが手に握ってるあれって……」
ほう、サクラの手に握られた宝石のような物を見て、サクラの衣装の秘密に気付いたようだな。
「ハンドレッド・オン!」
サクラがそう言って叫ぶと、宝石はエメラルドグリーンの輝きを放ち、サクラの体を包んでいく。輝きがおさまっていくと、サクラの背中には四枚の妖精の羽が現れ、サクラは舞台を蹴り、空に向かって上昇した。
「これが私のハンドレッド、《
そう言って俺達にその姿を見せながら、飛行機雲のように空にエメラルドグリーンの軌跡を描いていく。
「すごい……サクラは武芸者だったんですか?」
「その言葉は少し語弊があるな。あくまでサクラにはあの衣装…ヴァリアブルスーツを着て、ハンドレッドを扱える武芸者の才能があるというだけだ。如月や俺のようにサベージとは戦えるような感じではない。そもそもあのハンドレッドでは武器の生成出来ないからな」
「その通りだよ」
俺がサクラの姿を見て驚いている如月に説明をしていると、後ろから声をかけられ、俺達は振り返った。
「シャーロットさん!?どうしてここに……」
「なんだ、シャロも来ていたのか」
そこにはリトルガーデンの技術主任であり、俺の親とも言える存在のシャロと助手の猫耳メイドであるメイメイが立っていた。
「どうしてここにいるのかって?それはヴァリアブルストーンを使ったステージに興味があったのと、古い友達に会いに行こうと思ってね」
シャロはそう言いながら、スフレさんの方を向いて彼女と数ヶ月の再会の言葉を親しげに交わした。
「あの……比企谷先輩」
「ん?どうした、如月?」
「スフレさんとシャーロットさんってどんな関係なんですか?かなり親しげに話していますけど……」
如月はシャロ達の方を見ながら、俺に訊ねる。
「シャロとスフレさんは昔の同僚同士だ。今、スフレさんはサクラのマネージャーをやっているが、昔はスフレさんと同じ技術者だったんだ」
「へぇー………」
しばらくして、サクラが会場中を飛んで一周し終えると、サクラは俺達の前で妖精のように丁寧に着陸した。
「ハヤト君、どうだったかしら?」
「ああ……凄かったよ。まさかサクラがハンドレッドを使えるなんて思っていなかったからさ。それにあんなに自由に速く空が飛べるハンドレッドだなんて……」
「驚いたかい?彼女が自由に空を飛べる事が出来る理由は彼女のハンドレッドの型にある。彼女のハンドレッドの型は一定の空間内を操るフィールド型なんだ」
「フィールド型……ですか」
シャロが如月にサクラのハンドレッドについて説明すると、如月は俺の方に視線を向ける。そうだ、フィールド型について如月は俺との模擬戦で嫌と言うほど身に染みているからな。
「ああ、サクラのハンドレッドの能力のメカニズムは俺と同じだ。俺の場合は一定の領域内の影を操るものだが、サクラの場合は一定の領域内の空気を操る事で、あのように空が飛べるわけだ」
「なるほど……そういう事ですか」
フィールド型の能力とは珍しい分、武器を扱うシュバリエ型やシューター型よりも簡単に扱えるイメージがあるように思われる。だが、それは大きな間違いだ。フィールド型の能力こそがハンドレッドの型の中で扱いが難しいと使用者である俺はそう考える。
フィールド型には他のハンドレッドの型には必要ないセンスが必要である。それは空間演算能力だ。
それが無ければ俺も影をラクラクと操る事は出来ないし、誤って味方に当てる場合もある。実際、俺も完璧と自負するぐらいまで扱えるには一年ほどの時間を有した。それはサクラも同じである。
今、目の前でサクラは如月達と何食わぬ笑顔で話しているが、あれだけハンドレッドを使うだけでもかなりの集中力を持っていかれている。空間演算能力、センスエナジーの管理、これらの事を日頃考えないと、空からまっ逆さまなわけだし、しかも本番では歌をずっと歌わなければならない。ライブでは今の倍以上の集中力を使っているんだ。
サクラはライブを戦場だと言ったが、俺はサクラのライブを何回も見て、その発言は彼女にしか出来ないと思う。あんだけファンのために意匠を凝らし、一つずつ魂を込めたライブが出来る努力家のアイドルはサクラだけだからだ。
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「如月、今日の仕事はこれでおしまいだ。後は自由に過ごして貰って構わない」
ライブ会場の下見を終え、ホテルに帰って来たところ、俺は如月にそう言った。
「え、もういいんですか?」
まぁ、如月が驚くのも無理はないな。時刻は午後の三時を過ぎたばかりだし。
「ああ、サクラのリハーサルは明日やる事になっていてな。それまでサクラはホテルから外出する予定はないから、俺達も休みという訳だ。後は基本、ホテルにいる警備の武芸者に任せておけば大丈夫だろう」
今の所、密猟者が出現した情報はないし、ここにいる警備の武芸者達もそれなりの実力があるからな。
「それに予定よりも早く仕事をさせてしまったからな。今日はゆっくり休んどけ。また明日必要だったら連絡するからさ」
「分かりました。でも、比企谷先輩は?」
「まだここに残る。用があるからな」
そう言って如月に説明すると、如月は理解したようでホテルからリトルガーデンに向かう車に乗って行った。
ふぅ、これで今日の仕事は一段落だ。