それでは本編をどうぞ。かなり長めです。
如月side
唐突に知らされた比企谷先輩とサクラがヴァリアントだという事実に俺は驚きを隠せなかった。
まさかエミリアの他に、しかも身近な人物と幼なじみがヴァリアントだったなんて……
「え……ヴァリアントということは、二人はやはりサベージに襲われた時に?」
「ああ。俺はそうだが、サクラは違う」
比企谷先輩に訊ねると、比企谷先輩はサクラの方を見ながら俺の質問に答えた。
「違う?どういう事ですか?」
サクラは違う?ヴァリアントってエミリアもそうだが、サベージの体液を直接摂取する事で、なってしまうものが普通じゃないのか?
すると、サクラがゆっくりと口を開いた。
「……私はね、人工的に作られたヴァリアントなの」
「人工的!?それってつまり……」
「そう、私はある研究で生まれたヴァリアントなのよ。魚みたいに、ハヤト君やハチマンが天然物なら、私は養殖物のようなものね」
そう言って自嘲気にサクラは俺に話す。
それからサクラが続けて語ったのは、グーデンブルグで俺とカレンと別れた後の話だった。
サクラは俺達と別れた後、離婚した父親の元に引き取られ、ヤマトの北に位置する極寒な気候が特徴の大国、ラスィーヤに生活していたそうだ。
だが、サクラは生活している内にある病気を発症してしまったのだ。その症状というのは体の筋肉が動かなくなるというもので、病院で入院しているカレンの症状に酷似していた。
「その病気を患って私はラスィーヤの病院に入院したんだけど、そこで出会ったのが今の私のマネージャーをしているスフレなの。当時はまだ大学を出たばかりの研修医だったけど、私にとても優しくしてくれたわ」
なるほど、ライブの時に話は聞いていたが、サクラとはそういう関係で知り合ったわけか。昔、研究者だったのは本当だったらしい。
「でも、私の症状は徐々に悪化して、一年程でそれは私の声までも蝕んでしまった。歌が歌えなくなったのはとても辛かった。けど、私の地獄はここからだったの」
「地獄……?」
「私の病気を治すという名目で、私は研究所に移された……いや、父親に被験者として研究所に売られたのよ。父親の多額の借金などの代わりとしてね」
「……!!?」
それはもう当時十歳になったばかりの少女が経験しない、いや経験してはいけない出来事だ。サクラは俺やカレンが知らない所でそんな目にあっていたのか。
「こうして私はワルスラーン社が経営する研究所に移された。そこには私と同じような病気を患っていた子達が沢山いたわ。そして、その子達と私にはサベージの体液を改良して作られたワクチンを接種されたのよ」
「ワクチン?サベージの体液でですか?」
「ああ、確かにサベージの体液を摂取すれば大半の人は死んでしまう。ごく稀に俺や如月のようなヴァリアントを生まれるけどな。だが、サベージの体液を改良すればウイルスにも対抗でき、人が死ぬ事のない安全なワクチンを作る事が出来ると考えたのが当時の研究所の所長、ヴィタリー・トゥイニャーノフの理論だった」
そう言って俺の質問に比企谷先輩が丁寧にゆっくりと説明してくれた。
「そのワクチンを接種をした後、高熱に襲われたりしたけども、効果は抜群で私の体は動けるようになったし、こうして声も出せるようになったわ」
「なら……「けど、実験は終わらなかった」
俺の言葉を遮るようにサクラは辛く悲しそうに話を続けた。声や身体の自由を取り戻した彼女に、一体何があったのだろうか。
「どうしてだ?」
「ヴィタリーの本当の目的はワクチンの製造じゃなかったのよ。彼女の本当の目的は改良したサベージの体液で、普通の人間を安全な形で武芸者にする、言いかえれば武芸者量産計画だったのよ」
「それはつまり、ヴァリアントという形で武芸者を増やすっていう事だろ?どうしてそのヴィタリーさんはその実験をやろうと?」
サクラやカレンの病気を治す特効薬を作るだけでも、十分過ぎる成果なのに、ヴィタリーさんはどうしてそこまでやろうとしたのだろうか。ヴァリアントを作る実験なんかしたら、最悪死人も出るかもしれないのに。
「それはだな、ヴィタリーがラスィーヤの研究所に飛ばされる前に遡るが、彼女は当時ワルスラーン社本社の技術主任だったんだ。要はワルスラーン社ではかなりの権力を持つ役職にいたわけだ。だが、その地位はある天才によって奪われてしまったんだ」
「天才?」
「シャーロット・ディマンディウス。神童と呼ばれた天才で、俺とサクラの親だ」
なるほど、シャーロットさんにそういう因縁のようなものが。というより、サクラと比企谷先輩が孤児同士の家族なのは知っていたが、その親がシャーロットさんだという事は初耳だった。聞くと、スフレさんもその一人らしい。
「つまり、ヴィタリーさんはシャーロットさんにその地位を奪われて、且つラスィーヤの研究所に飛ばされたから、その実験を?」
「その通りだ。シャロという存在に積み上げた全てを奪われたんだ。悔しかっただろうし、必死だったのだろうな。気持ちは分かるが、やり方は最悪だ」
比企谷先輩は唇を噛み締めながら、まるでヴィタリーさんという人を憎むようにそれを話した。
「ええ、最悪だったわ。まさに生き地獄とも呼べるような状況だったもの」
サクラは当時を振り返るように、辛そうにしながら俺に話し続けた。
「続いたヴィタリーの実験で、私達被験者の中にはハンドレッドを起動出来たりするようになった子達もいたわ。同時に副作用に襲われた子達も……」
副作用。それを聞いて、俺にもピンと来たものがある。おそらくその子達は……
「副作用に襲われた子達はいきなり暴れだしたり、いつも苦しそうにしていた。研究所で出来た私の友達、ラトゥーニ・イヤニノフもその一人だったわ」
やはり、俺と同じだ。周りが見えなくなり、好戦的になってしまう。サクラの友達も……。
「ラトゥーニは苦しそうにしながらも、私に言ったの。『歌って』って。だから、私は歌い続けたわ。すると、歌を聞いた子達は次第に落ち着いていったの。けど、次第にそれすらも効果が無くなってしまい、私の周りの子達は傷つけ合ったり、体を悪くして亡くなってしまった」
恐らく、サクラの友達のラトゥーニも……サクラが地獄だというのも理解できる。家族を失い、ましてや友達も失ってしまったのだから。
「周りの知っている子も死んでしまい、私の中には絶望しか存在しなくなってしまった。けど、そんな時にスフレとシャロが研究所にやって来て、私を助けてくれたの」
なるほど、これがサクラとスフレさん、そしてシャーロットさんが家族として知り合う仲になったきっかけだろう。
「でも、どうしてシャーロットさん達が?」
「当時、看護師だったスフレが私の移動に違和感を感じたらしくてね。調べて行く内に、私がいる研究所とヴィタリーの悪事を突き止めたらしいの。そこで、スフレは同期のシャロに相談して悪事の証拠をワルスラーン社に叩きつけて、ヴィタリーを逮捕したらしいの」
「へぇ……じゃあそのヴィタリーさんは今も捕まったままなんですね。良かったじゃないですか」
「「…………………………」」
俺がそう言うと、二人は静かに黙ってしまった。……もしかして、言ってはいけないことを?
「そうか……如月が知らないのも無理はないか。あの件は世間には公表されてないし」
「そうね……ハチマン」
「あの……一体?」
そう言って恐る恐る二人に訊ねると、比企谷先輩が俺の疑問に答える。
「実は…ヴィタリーは数年前に脱獄したんだ」
「脱獄!?」
話を聞くと、どうやらヴィタリーさんはラスィーヤの刑務所に投獄されたのだが、数年前にその刑務所で何者かによる爆発事件が起こったらしい。それを境にヴィタリーの姿が無い事から爆殺されたとも解釈されているが、比企谷先輩とサクラはまだ何処かで生きていると考えているそうだ。
「へぇ……そんな事が」
「ああ、この件はワルスラーン社からも秘密裏に委託されていてな。ヴィタリーが脱獄してから少しずつだが、自分でも調査をしていたんだ。成果は…あまり無かったけどな」
比企谷先輩は自分の力がまるで及ばなかったと落胆するように話す。
あれ?そう言えば……
「そう言えば、比企谷先輩ってどうしてヴァリアントになったんですか?」
「うん?…ああ、そう言えば話してなかったな」
そう言って思い出したかのように比企谷先輩は俺に話しかけた。比企谷先輩は孤児だったんだよな?なら、俺みたいにサベージによって家族を亡くして、その時にヴァリアントに目覚めたとかだろうか?
「俺は如月と同じ第二次遭遇の際に、サベージに襲われてヴァリアントになった」
「……ちなみに家族は?」
「サベージに襲われた俺以外は全員無事だったよ。言い方は悪いが、そこが如月と違う所だな」
へぇ……比企谷先輩の家族は全員無事だったんだな。……えっ!?なら……
「ちょっと待ってください!?比企谷先輩の家族は全員無事だったんですよね!?なら、どうして比企谷先輩は孤児院に!?」
俺とカレンは家族を第二次遭遇で亡くしたから孤児として孤児院で今まで過ごしてきた。だけど、家族が全員生きている比企谷先輩が孤児院に入る理由が全く見当たらない。どうして……
「理由は簡単だ。家族が俺を捨てたからだ」
「っ!?」
比企谷先輩から放たれる短く、そして重い一言に俺は思わず息を呑んでしまう。
「どうして…ですか?」
「家族はサベージの体液が流れている俺をバケモノのように扱い、拒絶したんだ。普通なら、サベージに襲われても生きていることを喜ぶべきなのにな」
その当時を思い出すように、比企谷先輩は辛そうに俯きながら話を続けた。
「その後、家族は俺を悪びれる様子もなく平然と孤児院に預けた。だけど、親は俺にサベージの血が流れている事を孤児院の先生に話したらしくてな。親からしたら、注意をした感覚だと思うが、俺から見たら嫌がらせだった。そのせいで、先生だけでなく周囲の子達からも苛められたりされたよ。サクラよりはマシだが、地獄だったな」
いや、比企谷先輩のも俺からしたら、かなり酷な体験に思える。サクラと比企谷先輩、二人は俺の知らない所で壮絶な幼少期を過ごしていたんだ。
「そんなある日、転機が訪れた。俺を孤児院から引き取りたいという人達が現れてな。それがシャロ、スフレさん、そしてサクラだ」
そうか、この時に……
「最初は冷やかしだと思ったよ。孤児院の先生ですら耳を疑っていたからな。だけど、シャロ達は俺がヴァリアントだという事を知った上で、家族のように優しく接してくれて、サクラは俺と同じヴァリアントだという秘密を打ち明けて仲良くしてくれた。すごく嬉しかった」
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『君が比企谷ハチマンだね。ボクの名前はシャーロット・ディマンディウス。気軽にシャロと呼んでくれ。隣にいるのがスフレ・クリアレール。そして、この子は霧島サクラだ。』
『……俺を引き取るってなんの冗談すか。俺よりマシな子は孤児院にいると思いますが。俺なんてたまに暴れるし、先生から知られていると思いますが、サベージの血が……』
『ああ、知っているよ。君の事は全てね』
『なら、人体実験がお望みか?聞けば、ワルスラーン社の人達じゃないですか。貴女達も俺にこれ以上の苦しみを味わえと言うんですね!!』
『……瞳が黄金色に。シャロ、あなたの情報は間違っていなかったようね。ヤマトにサベージの体液を取り込んだヴァリアントと疑われる少年がいるって』
『けど、かなり警戒されているね。彼の経歴を見たが、酷いものだ。彼をこうしてしまったのは親の影響だろう。彼は一番の被害者なのに』
『っ!?サクラ!!待ちなさい』
『シャロ、スフレ、私がやるわ』
『……霧島サクラ、だったな。何の用だ』
『ハチマン、どうして貴方は私達の申し出を断るのかしら?』
『家族の繋がりなんて偽りだ。身をもって知ったからこそ、信用していない。それに俺はバケモノだ。バケモノの居場所なんてどこにも無い』
『なら、貴方の目の前にいる可愛らしい少女も貴方の言うバケモノだとしたら?』
『っ!?何だと……』
『もう一度聞くわよ。ハチマン、私達と家族になる気はないかしら?』
『……話を聞こう』
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「……これが俺とサクラの出会いだ」
数十分にもわたる説明を受けて、俺は比企谷先輩の過去について知る事が出来た。普段の先輩からは想像も出来ない凄まじい過去だった。
最初は家族が無事な点で先輩に嫉妬してしまった自分がいた。けど、その認識は間違っていた。彼は家族に見捨てられ、人を信用しなくなってしまったのだ。もし俺の親が生きていたなら……俺を見捨ててしまうのだろうか、話を聞いてそう考えてしまう。
「比企谷先輩は親が憎いんですか?」
俺は比企谷先輩にそう訊ねた。
「……どうだろうな。今となってはあまり気にしていないから、憎いのかどうかも分からない。ただ言えるのは、俺の家族はシャロにスフレさん、そしてサクラだという事だ」
そう言って比企谷先輩は先程の辛そうな顔を見せず、笑顔で俺の質問に答えた。
「さて、如月に話す事は話したし、もう時間だからライブ会場に戻ろうか」
「そうね。私も何だかスッキリしたわ」
先程まで辛そうな顔で話をしていた二人は笑顔で顔を合わせながら、山を下って行った。
「ま、待ってくださいよ!」