朝の目覚めを迎えたら、最初に私は歯を磨くことにしている。
歯はとても大切だ、手入れを怠れば虫歯になるし、歯周病にも陥りやすい。
だけど何よりも、口臭や歯の黄ばみといった女としては耐えがたい汚点を生み出しかねない。
もし口が臭いなんて彼女に言われてしまったら、一ヶ月は立ち直れない自信がある。
だから私は、歯磨きを怠らない。
「いーっ」
歯を噛み合わせて、鏡に映す。
間抜けな顔なのであまり人前では見せたくない。
そのあとはしっかり口の中をゆすいで、牛乳を一杯飲み干す。
それらの工程を全て終えるのには十五分ほどの時間を要する。
「……さて」
あとは顔を洗って、軽く乳液と化粧水を塗る。
そしたらいよいよ支度は完了だ。
私は自分の寝室へと足を向ける。
つい先ほどまで私が寝ていた部屋に戻ると、部屋の中心のやや大きなベッドの上に、子供ほどの小さなふくらみが出来上がっている。
「えへへ」
そんな姿を見ただけで笑みがこぼれてしまうからだいぶ重症だと思う。
足音を立てないように近づいてから、そっとその体を揺さぶる、
「朝ですよ、起きてください」
「……ふぁい」
魂が抜け切ってるような返事だ、こればかりは何度聞いても面白い。
高校にいた頃はむしろ相当な早起きだったはずなのに、一緒に暮らし始めてからみるみるうちに朝に弱くなってしまった。
だから今彼女を起こすのは私の役目。
でも、役得ばかりなので全然嫌ではない。
「……エーミさんっ起きましょう!」
「ふわっ」
布団を一気に捲り上げた。
するとその下に隠れていたのは、胎児のように体を丸めてぐっすりと眠り込んでいるエミさんの姿。
眩しそうに瞼を強く瞑っているから顔に両手を添えて撫で回してあげる。
相変わらず幼稚園児のようなハリとモチモチさに、少しだけ妬いてしまう。
「ほらほらエミさ〜ん、朝ですよ〜」
「むわ、わう、やめれ〜起きる起きる」
流石に顔を弄られては睡魔も逃げたか、彼女は呻きながらも気だるそうに瞼を開く。
その下から飴色の瞳がそっと覗けたのを見て、改めて、少しよこしまな情が湧いてくる。
「……おはようございます、エミさん」
なので、いたずら気分でおでこに唇を当ててみる。
「……はぐっ」
「ああ、エミさん!?」
そしたら彼女はばたんきゅーしてしまった。
私が言うのもおかしな話だが、彼女はいつまでたっても初心すぎると思う。
「はい、どーぞ」
「ありがとうございます」
差し出されたマグカップの熱を手のひらに受ける。
この寒い時期にこの暖かさはどうだろう、手のひらの先をじんわり蕩かすように、ぬくもりが広がっていく。
ミルクを少し混ぜて温くしたコーヒーの温度を指先で味わいながら、そっと一口含む。
これだ、朝はエミさんのコーヒーを飲まなきゃ始まらない。
「今日はどこかにいく予定はありますか?」
「なかったと思う。 緊急で要件ができるかもしれないけれど、そうでもなければ久しぶりに家でゆっくりしようかな」
「そしたら、今日は2人で寛げますね」
「う、うん……」
赤くなってうつむいた姿が可愛らしくて、思わずカップを握っていた手を伸ばして、彼女の小さな手を包み込む。
あったかくて柔らかい手。
この感触を存分に堪能できるのは私だけの特権だ。
「テレビとか見ながら、のんびりしましょう」
「はい……」
「それじゃあ早速……の前に、朝ごはんを食べないと」
残ったコーヒーを飲み干して、キッチンへと向かう。
朝の食事は1日を元気に過ごすために大変重要だ。
エプロンを手早く巻いて冷蔵庫を覗きこむ。
エミさんは好き嫌いが何もないから、栄養バランスだけ気をつければいい。
スクランブルエッグと、後は適当なサラダにトーストでも焼こう。
そうと決めた私は早速フライパンを火にかける……
「手伝うよ」
「大丈夫、今日は私にやらせてください」
「そう?」
席を立とうとしたエミさんを、私は止めた。
彼女にも秘密なのだが、こうして彼女のために食事を用意するのが、私は好きなのだ。
彼女の口に入り、彼女の血肉となるものを自分の手で作り出す。
それがどういうわけか、堪らなく好きなのだ。
「ふんふん……来週の試合は荒れそうですね」
「……」
朝食を終えた後は、2人で揃ってテレビを見ることにした。
ソファの上に座って、のんびりとテレビを見る。
(最近は、こういうのなかったなあ)
近頃は取材やら試合やらでバタバタしていて、休日も予定が立て込んでなかなか気も体も休まらなかった。
なのでこんなダラダラとした時間を過ごすのは本当に久しぶりだ。
「ねぇ、優花里さんや」
「はいはいなんでしょう」
「この抱え方に意味はあるのかい?」
そう言って不満げに睨んでくる姿を見て、また笑いがこぼれてしまう。
ソファに座りこんだ私に人形のように抱きかかえられているのが不満なようだ。
「いやですか?」
「優花里さんには子ども扱いはされたくない」
むすっとそんなことを言われて、私は胸のときめきが抑えられなかった。
この『優花里さんには』ってところがポイントだと思う。
私からは対等に見て欲しいという欲求だと思うと、たまらなく可愛らしい。
「大丈夫です、子ども扱いなんかしてません」
「本当?」
「これが一番密着できるじゃないですか」
「……はい」
真っ赤になって、俯きながらか細い声で返事をする姿があまりにも愛らしくて、私はエミさんのお腹に回した腕でぎゅっとその小さな体を抱き寄せた。
「ちょ、ちょっと……」
抗議の声を無視してつむじに押し付けた鼻から匂いを嗅ぐ。
自分と同じシャンプーの香り。
そのまま抱きしめた体をそっと撫でたりすると、くすぐったそうな声が漏れ出し始める。
「エミさん、イヤなら、言ってください」
「や、その」
「言ってくれれば止めます、止めますから……」
そのままモジモジと身じろぎするのを押さえ込んで、肺の中を彼女の香りで満たして、指先で肌のみずみずしさを堪能する。
支配欲求が満たされていき、みるみるうちに興奮が増していく。
そのままロクに抵抗もしないエミさんの首筋を指でなぞりながら、少し意地悪な問いをしてみた。
「……嫌だとは、言わないんですね。 いいんですか? このまま抵抗しなくて」
「……」
そんなことを言ってみると、真っ赤な顔を少し歪めながら、エミさんは私の手にそっと手のひらを重ねてきた。
「……その、むしろ嬉しいから、あの……」
「〜〜〜〜!!」
卑怯だ、なんだかんだでいつもこうして彼女の方から私の劣情を煽るのだから!
「エミさんっ」
「はむっ──!」
そのまま、強引に振り向かせてキスをした。
手首を握って、頭を抱えて逃げられないようにしてから、彼女の唇を食み、舌をからめ合わせる。
弱々しくも彼女の方から舌を押し付けられるのを感じてますます気分が高揚し、そのまま体勢を入れ替えて彼女をソファに押し倒す。
指と指を絡め合わせながら、テレビの雑音をBGMに私たちはしばらくの間体をすり合わせあって濃厚な口づけを交わすのだった。
「……」
「……」
お昼、私たちは気まずい空気の中で昼食を味わっていた。
エミさんの作ったスパゲティはなかなかの味だ。
こんな可愛らしい見た目でありながら彼女は妙に豪快な男飯を作る傾向がある。
今啜ってるペペロンチーノも大火力で材料を炒めて手早く仕上げた代物だ。
少し焦げてるのは、ご愛嬌。
(朝早くから盛りすぎました……)
そう、気まずさの原因はそれだった。
まだ朝のニュースを流している最中に服がしわくちゃになってしまうほどにサカりあってしまったのだ。
特に私は自分から仕掛けた側である以上かなりの圧を感じてしまう。
そんな空気の中モサモサと麺を処理していると、一足早く食べ終わったエミさんが立ち上がって、歯ブラシを手に取るのが見えた。
「午後は、まあ、その、もう少し健全に過ごそう」
「は、はーい」
そう言って笑う彼女に、とりあえず返事をしておいた。
確かに、せっかくの2人揃っての休日をイチャつくだけで終わらせてしまうのも……悪くはない、のだけれど。
どうせならもっと他のことをして過ごしたい、というのはある。
しかしそうなるとどうしよう、いざこうなると、何をして過ごせばいいのかがわからない。
テレビを見て過ごす……だめだ、なんだか二の舞を踏みそうな気がする。
買い物にでも行こうか……家で過ごすと決めた以上今更その意思を曲げるのもなんだか悔しい。
2人一緒にいるのだから同じことをしたいのだが、何かいい案は……
「デュエルでもする?」
「却下で」
「……ゲーム機なんてうちにはないしな」
「やっぱり、どこかに出かけたりしますかねえ」
家にいると案外やることがないものだなあと思い知る。
家で過ごすことに固執して退屈な時間を過ごすのは本末転倒だ、ここは仕方がないので服でも買いに行こうか……
「あ、そうだ、あれがある」
「?」
と、決意を固めかけたところでエミさんはぽんと手を叩いて二階へと上がっていった。
はて、なんだろう。
さほど待たず、パタパタと降る音が聞こえてきて、すぐに戻ってきたエミさん。
手には、一本のボトルが握られていた。
「この間いいワインをもらったんだった。
せっかくだし、飲んでみようか」
「……昼間からお酒ですか?」
「なぁに、世間一般では珍しくもないさ」
そう言っているうちにエミさんはグラスを二個引っ張り出してきた、どうやら拒否権はないらしい。
まだ日も高いうちから呑んだくれるとは女としてどうかと思うけど、まあ今更かと思って彼女の酌に付き合うことにした。
の、だが。
「んうぅ……」
「……ええー」
十数分後にはすっかり潰れて、私にもたれかかってくるエミさんの姿があった。
確かにお酒には弱かったが、グラス2杯程度でここまでベロンベロンになる程弱かっただろうか……
「って、これ度数高いですね」
ちびちび飲みながらボトルを見てみると、なんと度数が14%もある。
飲み応えがあると思ったら道理で。
私の方もまだ一杯と少しだけなのに頭がクラクラとしてきたのを感じる。
「これ以上は……やめておきますか」
飲むと言い出した当人が寝てしまっているのだし、1人だけで続行するというのも虚しいので、ワインボトルに栓をして、エミさんの頭を自分の膝に乗せた。
しばらくはこの役得を堪能しよう。
「……んへへー、ゆかりさん」
「どうしましたかー?」
「すきー」
グサッときた。
普段とはまるで違うとろけたような笑みを浮かべながらそんなことを唐突に言われて私は思わずのけぞった。
この装填手、可愛すぎるっ。
「ゆかりさんはあったかいねー」
「ちょ、ちょっとエミさん……」
そんなことをしているうちにエミさんは器用に体を捩ってお腹に鼻を押しつけてきた。
そのまますんすんと匂いを嗅がれると、異様なほどに恥ずかしい。
なるほど、彼女はさっきこんな気分だったのか、悪いことをしたかもしれない。
「えへへへー」
「まったくもう……」
ふり落とす気にもなれないので、ゆるい笑い声をあげる彼女の頭を撫でてあげることにした。
つやつやとしたハリのある髪を指先で梳かすと、その触り心地に思わず頬が緩んでしまう。
私だけが知ってる、エミさんの触り心地。
「……ずっと、こんな日が続けばいいですね」
すやすやと寝息を立て始めた彼女の横顔を見ながら、そんなことをつぶやく。
願わくば、こんな幸せがいつまでも続きますように。
これを書きあがったとき、罪悪感で胃がキリキリと痛んだ、ここはそういうssが溜まる場所なのだ。
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