守れておらぬぞ……
二つ!!百合カプは絶対!命を賭して守り、離れ離れになったら、必ず引き戻せ!!
このままではまた、すれ違おう!
三つ!!ピロシキは絶対!!!!一時の保留は良い、だが手段を選ばず、必ず清算せよ!!
できるかのう? このカスに、ピロシキが!!
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所詮、カスだったか……
空から舞い落ちる純白が少しずつ地に積み重なっていく様を眺めていると、まるでこの世界が巨大な砂時計の中のように感じられる。
只々物理法則に従って落下する白雪は、しかしこの静謐な世界のなかで確かに秒針が刻まれていることを証明する数少ない存在だ。
結露した窓の外の世界とは隔絶された部屋の中は、ゴウゴウと熱を発するストーブのおかげで暖かい室温を保てている。
プラウダの冬、極寒に苛まれる学園艦の開かれた箱庭の上では、こうして暖かい部屋に篭りながら本でも読むのが最も賢い時間の過ごし方なのだ。
「よく寝ておられます」
静かな寝息を立てているプラウダの暴君の頭をそっと撫でながら、ノンナが呟いた。
絹糸のような金の髪は指に絡まってもするすると解けていく。
まるで天使の羽のような手触りに思わずため息をついていると、くぐもった咳が突如響き渡り、ノンナも思わずその手を止めた。
「大丈夫ですか?」
「ん、心配ないですよ。 少しむせただけ」
小さく笑いながらそう返事をしたのは、長い黒髪を後ろで束ねた、極々小さな少女、『エミーリヤ』であった。
『ポリニヤのエミーリヤ』の二つ名を持つプラウダの精神的原動機、天翔エミが、突如として倒れ病院に運ばれた日のことは、ノンナの記憶に新しいことであった。
原因は、ストレス性の胃炎、それも重度のもの。
また、コーヒーの飲み過ぎも原因の一つに数えられると医者は言っていたが、それにしても血を吐くほどのものは珍しいと目を丸くしていた。
それ以来エミはコーヒーをピタリとやめて、食事も消化に負担のかからないものに切り替えて対応をしている。
しかし、それでもなおノンナは心配でならなかった。
あの日、談笑する最中で唐突に咳き込み始め、書類を丸ごと染め上げてしまうほどの吐血をした時の光景は半ばトラウマとなって脳裏に刻まれていた。
その時あげられた、カチューシャの悲鳴と共に。
「本当に大丈夫ですか? 無理をしてはいけませんよ」
「いえ、本当の本当に大丈夫です。 多分これは乾燥かな……マスクでもしようかな」
そう言われて部屋の空気が乾き切っていることに、ノンナは気がついた。
冬とは湿度が低くなるものであるが、これではぐっすり眠っているカチューシャの体にも悪いかもしれない。
これでも加湿器を起動させているのだが、広い執務室を全てカバーするにはやや力不足だったようだ。
「そういうときは、これですよ」
エミはそういうと立ち上がり、隣の給湯室に入ったかと思うとすぐに出てきた。
手には水に満たされたヤカンを手にしている。
なるほど、古典的だがちょうどいい。
ストーブの上にヤカンが置かれると、滴っていた水滴が小気味いい音とともに一気に蒸発する。
そんな色気のないサウンドを聴きながら、ノンナは再び膝に寝転んでいるカチューシャの頭を優しく撫でつけた。
最近は深い眠りに入ることが少なかったので、ノンナとしてもしっかりと睡眠をとってくれることは嬉しかった。
この分なら、今日の昼休みは随分と長引くことになりそうだ。
「今のうちに、やれることを片付けておいたほうが気が楽ですよ」
「そうですね……」
休まずペンをノートに走らせる勤勉な姿を見て、ノンナは思わずため息をついた。
エミーリヤの成績の程は、よく知っている。
学年内では半ばよりもやや上の位置を常にキープしているが、常日頃の努力からするとそれはやや低い位置に止まっていると常々考えている。
本人は自頭が悪いからと自嘲の笑みを溢していたが、それは事実かもしれない、そうでないかもしれない。
それでも、決して妥協せず、自分のできる範囲で努力を怠らない小さな彼女の姿が、ノンナは大好きだった。
──同時に、堪らなく心配でもある。
「ですが、最近は少し根を詰めすぎていませんか? やり過ぎは逆効果、適度な休憩は大事ですよ」
「ブドウ糖はしっかり摂取してるし、睡眠もしっかりとってますけど」
「ちがう、そうじゃない」
どこの特殊部隊の訓練兵なのかとノンナは頭を抱えたくなった。
軟弱な人間は、嫌いだ。
だからといって己を虐めすぎるタイプも、ダメなのだ。
だから、こういう時にノンナが打てる手は一つだけだ。
「少し休憩いたしましょう。 紅茶を入れますから一服しませんか?」
「……ノンナさんの入れるお茶なら、喜んで」
そういって微笑んだエミがペンを置くのを見届けて満足げに頷いたノンナは、カチューシャの頭を膝からそっと下ろして、抱き抱えた体をベッドへと──執務室になぜベッドがあるかは置いといて──寝かせ、給湯室の奥へと入る。
使う茶葉はクラスノダール産のいいやつだ。
本当は各国の紅茶を揃えているのだがダージリンティーだけは絶対にエミーリヤに出してはいけないとカチューシャからキツく言いつけられている。
サモワールの中で濃く煮出した紅茶の香りはなんとも芳しく、嗅ぐだけでも心が満たされるようだ。
コーヒーの腕前はまだまだエミーリヤには及ばないが、こちらの方はいささか以上の自信がある。
「お待たせしました」
「あぁ、ありがとうございます」
座って待っていたエミーリヤの前にカップを置くと、彼女は申し訳なさそうに頭を下げた。
気にしなくてもいいのに、と思う。
この執務室では、コーヒーはエミーリヤが、紅茶はノンナが煎れるのが暗黙の了解だった。
最近はコーヒーを飲む機会がなくなってしまったが、だからといって必然増えた紅茶を煎れる仕事が嫌ということは決してない。
美味しそうに飲んでくれる顔を見るのは、堪らなく嬉しいものだった。
ちびちびとカップを傾ける愛らしい姿に思わず口角が上がってしまうのを必死で堪えながら、ノンナはエミーリヤの傍の椅子に腰を下ろした。
驚いたような顔を尻目に開かれたノートに目をやると、今日習った授業の復習らしい内容がびっしりと書き込まれている。
勤勉さが現れている、いいノートだ。
「同志エミーリヤは、とてもよく勉強を頑張っておられます。 どうでしょう、目指す大学でも決まりましたか?」
「いえ、まだです。 というか、最近は大学に行くかどうかも不明瞭でした」
「ダメです」
キッパリと言い放つノンナに、エミは目を丸くする。
「貴方には大学に必ず行ってもらいます。 理由は深くいえませんが」
「えぇ……」
実のところ深い理由があるわけではなかったが、ノンナはエミが大学に行かないという選択を許容するわけにはいかなかった。
なぜなら、カチューシャは進学する気満々だからだ。
カチューシャは間違いなくエミーリヤの進学を望むだろうし、なんなら自分だってそうあって欲しいと思っている。
浅ましい話だが、一年間共に過ごしただけでありながら既に、ノンナは彼女が欠けてしまった人生を想像することができなくなっていた。
早い話、ゾッコンである、ベタ惚れともいう。
「上級生は絶対、逆らうことは許しませんよ」
「いつになく押しが強い……」
密かにドン引きしているエミを尻目に、ノンナはちらりとベッドに目を移す。
どうやらカチューシャはまだぐっすりと眠っている。
今の会話が、聞かれなくてよかった。
きっとカチューシャは、エミーリヤが進学しないという選択肢を考えていることに対し徹底的に反論してしまうだろうから。
少なくとも、今は、この静かな空間を乱されないことに、ノンナはほっと胸を撫で下ろした。
「それにしても、なぜ進学しないという奇妙なことを考えたのですか?」
「なんでって……まあ率直な話お金の問題です、孤児院に負担を与えるのは本意ではないし、稼ぐ手もないし」
「でしたら私が払いましょう」
「ダメに決まってるでしょなにいってるんですか」
「え?」
「え?」
こうして、目が覚めたカチューシャも巻き込んでエミーリヤの卒業後の進路をめぐる大論争が勃発し──────最終的に、カチューシャと一緒にロシアへ留学するという話にまで発展するのは、そのすぐ後のお話。
次回!麻子ちゃん無双!!
次の次の回
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徐々に体の各機能が停止していくエミカス
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完全にノンカチュに征服されたエミカス
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マリー!(バシィ