「はいエリカ、これどうぞ」
「え?」
とある日の黒森峰学園艦。
1日の学業と戦車道の鍛錬が終わり、その日逸見エリカは友人である天翔エミと2人で帰路に着いていた。
その途中、突然カバンの中を漁ったと思えば、エミのその小さな手には主張しない程度の包装に包まれた箱がある。
「バレンタインデー、だろ? 日頃エリカにはたくさんお世話になってるからね」
「え、あ、う」
差し出されたその箱と、同時にかけられた言葉に、エリカは言葉に詰まった。
実の所、同性からチョコを贈られるという経験はエリカは初めてではない。
他者にも自分にも厳しく常にストイックで、かつ容姿も優れたエリカは同性にも人気があり、何度かそういった贈り物や『手紙』を受け取ったことがある。
しかし、これは、どうだろう。
日が沈みかけた道すがら、自分が仄かな懸想を抱いている相手から、そんなものを、贈られて。
胸が甘い痛みを孕み、頬がカアッと暑くなるのを感じて、エリカは慌てて顔を背けた。
だがすぐにこの態度は良くないと思い、慌てて取り繕ろうと言葉をひねり出す。
「そ、その……ありがと」
「ふふ、エリカは大げさだな」
クスクスと笑われてしまい、エリカは思わず歯噛みした。
もう少し、もう少し気の利いた言葉を言えないのかと自分の語彙力を詰る。
そうこうしているうちにエリカとエミは分かれ道にたどり着いてしまった。
このまま別れてしまっては挽回のチャンスを逃してしまう!
エリカは必死になって頭を働かせる。
どうにか、どうにか先の失態をフォローする方法はないか……!
「……エミ、今日はあなたの家に行っていい?」
「へ?」
茹だった頭が出した結論はそれだった。
エリカは穴があったら入りたくなった。
「まあ、適当なところにかけてよ。 コーヒー淹れてくる」
「ええ、お願い……」
相変わらず殺風景極まりないエミの部屋を見て、エリカは思わず眉をひそめた。
もう少し、部屋の内装に気を使ってもいいと思う。
机とテーブルとパイプベッドしかない部屋はもはや死刑囚の独房だ。
カーテンすらないとなると一種の美意識すら感じる。
座布団に座り込んだエリカはひとまず一息ついて、勢いでエミの部屋に上がり込んだがこの先どうすればいいのかを考えていた。
時間をおいて冷静になったエリカは、とりあえず改めてしっかりとお礼を言おうと思った。
おそらくエミからすればいわゆる友チョコ以上の意味なないだろうと、わかってはいる。
だがそれでも、嬉しかった。
心が静かに湯立つような、暖かくて粘性の高い悦びが胸の内に張り付いているのを感じられた。
受け取った箱を眺めていると、ニヤニヤと笑いがこぼれてしまいそうなのを抑えるのが大変だった。
だから、しっかり、心を込めてお礼を言いたい。
「はい、おまちどうさま」
「あっ、ありがとう」
気がつけば二つのカップを両手に持ったエミが、その一つを目の前においてくれた。
白い湯気に乗って、香ばしい香りが脳髄にまで染み渡る。
「砂糖は二個でよかったかな?」
「……ん、今日は砂糖はいいわ」
「あれ?そうかい? でも私はいれよう、普段より多めに」
「え?」
ちゃぽん、ちゃぽん、ちゃぽんと。
普段はブラックを好むエミがものすごい数の砂糖を投入してるのを見てエリカは目を疑った。
エミはもともと甘いものを好まなかったはず。
「意外そうな顔してるね」
「いや、だってあんた……」
「偉大なるガンマン曰く、寒い夜には大量の砂糖を投じたコーヒーとチョコレートで暖をとるべし。 今の時期の海は、やはり寒いよ」
そういってコーヒーに口につけたエミは、顔をしかめて額を抑えた。
「頭が痛くなるほど甘い」
「なによそれ」
甘いものを口に含んだのに渋い顔をする、矛盾に思わず笑いがこぼれてしまう。
そんなエミを尻目にエリカは早速エミからもらったチョコレートの包装を丁寧にはがし、そっと箱を開けた。
中に入っていたのは、しきりに区切られた可愛らしいチョコの詰め合わせだ。
「あれ……?」
「え、なに?」
「え、いや……手作りじゃないんだなって」
「そりゃ、私は手作りチョコなんてわざわざ作らないよ」
あっけらかんと言い放つエミに、エリカは安堵したような残念なような、不思議な感情を覚えた。
普段から何かと妙なところでこだわりを見せるこの小さな親友なら、こういう行事ではてっきり手作りチョコでも作ってくるかと思ったのに。
「だってさ、手作りチョコの大半って湯せんで溶かした市販のやつを型に流し込んだだけだろう? そういうのって大半はまずいらしいじゃないか。 せっかくの贈り物、送った相手には美味しく食べて欲しい、なら市販のもので済ますべきだ。 手作りなんて見栄張るよりも、相手のことを思って間違いのない品を。 違うかい?」
「……おっしゃる通りね」
エミの言葉にエリカは苦笑し、チョコを一つつまんで口に放り込んだ。
キャラメルソースがかかっているらしい、香りが口の中に広がってなかなか美味しい。
あとを追うようにブラックコーヒーを一口。
芳醇な苦味とコクが、甘ったるいチョコレートと混ざり合う。
「うん、悪くないわ」
「それは良かった……うへぇー、甘い」
「でも、型に流し込んだだけなのがダメなら、チョコトリュフとか作ればよかったんじゃない? あとはほら、生チョコとか」
「私が料理苦手なバカ舌って知ってるだろう? それともアレか、お気に召さなかった?」
「んーん、そんなことない。 ……ありがとう、エミ。 すごく嬉しい」
スルリと自然に本音を伝えられて、エリカ自身が驚いた。
エミもまたぽかんと口を開けて、あのエリカが素直にお礼を言うなんて、などとのたまうものだからエリカも怒る。
「なによその言い草は!」
「だってエリカいつもひねくれてるじゃないか。 隊長には素直なのに」
「……隊長以外にだって素直よ」
特に貴女には、なんてことは言えず、拗ねたようにエリカはそっぽを向いた。
ごめんごめんと謝るエミは一息に砂糖のコーヒー和えを一気に飲み干して過去最高に情けない顔を晒す。
しばらくは甘いものはごめんだと吐き捨てた彼女を見て、ニヤリとエリカは笑った。
「ふーん、じゃあホワイトデーにお返しはいらないかしら」
「む、まぁくれないのなら仕方がないか」
「諦めるの早くない!?」
「だってくれないんだろ?」
「もう少しその、催促するとか!」
「くれるのかくれないのかどっちなんだよ」
「〜〜〜〜! エミのバカ!」
「ふふ、なんだよそれ」
怒りをあらわにするエリカに参ったように笑うエミ。
しばらくじゃれ合ううちに、そんな揉め事も霧散して。
そのまま2人は、夜が更けるまで他愛もない話を交わして、そして今日は同じ屋根の下で眠りにつくだろう。
いつもの日常にたまにあるお泊まりの日、そしてそこに偶然重なった『恋人の日』。
いつもより甘くて優しい、1日だった。
これはエミとエリカがまだ中学三年生の頃の、2月14日の物語。
いわゆる過去編、まだエミカスがピロシキしてなかった頃。
毎日がみほエリに溢れてて調子に乗ってた頃ですね、むかつく。
次の次の回
-
徐々に体の各機能が停止していくエミカス
-
完全にノンカチュに征服されたエミカス
-
マリー!(バシィ