俺はみほエリをなせず敗北しました   作:車輪(元新作)

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『      』

「願わくば、この罪深き子羊が 主のみもとに召されんことを……アーメン」

 

サァサァと小雨の降る日の葬儀だった。

掘られた穴に入れられた棺桶が土に少しずつ埋められていくのを、少ない参列者たちが見届けている。

その中の一人、『     』は、その光景になんの感慨も抱いていないと言いたげな様子で、ただただ静かに事が済むのを眺めている。

 

「『     』さん」

 

そこは、一人の女性が声をかけた。

『     』が振り向けば、そこにいたのは『     』にとって最悪の難敵、世間ではいわゆるライバルとして持ち上げられていた西住みほが、喪服に身を包んで立っていた。

 

「……君か」

「さみしい、お葬式ですね」

「お姉さんと片割れはどうしたんだい」

「……まだ、気持ちの整理がついてないらしいので。 そのうち、一人で来るそうです」

「そうか……」

 

自分から話しかけておきながら心ここに在らずといったようすの『     』に、みほもかける言葉を思いつかず……そして無理に話すこともないかと思い、しばらくは並んで棺桶が土で埋まっていくのを眺めていた。

 

 

 

「……エミちゃんは、何か言っていましたか?」

「それに答えることに意味が見出せないな」

「最後にそばにいたのはあなただけだったでしょう」

「……」

「何か言ってたんですね」

 

追求してくるみほの視線に、『     』はしばらく目をそらして無視を貫いていた。

だがいつまでたってもみほが微動だにしないのを見て、こいつがこうなったらテコでも動かないと理解し、早々に諦めることにした。

 

「最後の最後まで謝り続けていたよ」

「謝る?」

「私に、君に、君のお姉さんに、片割れに……島田愛里寿にもその母親にも、西住の家元にもね」

「……」

「何に謝っていたかはわからない、なんで謝っていたのかも知らない。 ついぞ私は、エミのことを何も理解する事ができなかったね」

 

自嘲気味に嗤った『     』に、みほは何も言えずに俯いた。

やがて肩を震わせて涙をこぼし始めたのをよそに『     』は最後の瞬間を迎える前の彼女の姿を想起する。

実のところ、『     』は嘘をついている。

天翔エミがこの世から去る寸前に遺していた言葉はそれだけではなかった。

 

 

 

『生まれて来なきゃよかった……私のせいで全部こんなことになったんだ……生まれるべきではなかった……』

 

 

 

 

「……」

「ぅぅ……エミちゃん……エミちゃん……!!」

 

隣で泣き崩れる、一応はライバルとされている存在に、その遺言を聞かせる気にはならなかった。

単純に酷にすぎると思ったのもあるし、彼女をあそこまで追い詰めたのは他でもない自分だと思ったからだ。

あの慟哭は、きっと自分への罰だったのだろう。

であればそれは自分だけのものだ、他の誰にも任せてはならないし、任せる気にもならない。

結局は彼女が最後にようやく吐き出した澱んだ感情を独り占めしたいという浅ましく醜い独占欲なのだ。

ここにいる資格はない、そう感じた『     』は踵を返し、墓地を立ち去った。

 

 

 

 

そしてその次の日、『     』が戦車道選手を引退することを告げた。

世界の第一線で活躍する選手の電撃引退に戦車道界隈は騒然となり、様々なメディアが詳細を知ろうとするも足取り一つもつかむ事ができず

 

 

 

──────1年も経つ頃には、すっかり忘れられていた。

その後、『     』の姿を見たものは誰もいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まぁ、結論を言ってしまえば私はなんのこともなく、こうして元の場所に戻っていただけなのだけれどね」

「ふーん……」

 

継続学園のちょっとした裏路地に、ひっそりと佇む小さな食堂がある。

数年ほど前までコーヒーが美味しくてゆったり出来る、穴場的なスポットとして生徒たちに親しまれていたのだが、ある日突然店は閉店してしまい、それ以降はたまに掃除に訪れるもの以外立ち寄らない廃墟同然の扱いを受けていた。

 

その店内、小綺麗に整えられたテーブルの上で紅茶の入ったカップを手に談笑をしている二人組。

一人はかつてこの学校で戦車道選手として活躍していた、アキ、と名乗っていたその人。

そしてもう一人は、現在この店に住み着き、ひっそりとカフェを経営している『     』、改めてミカだ。

 

「姿をくらますのは得意だからね……昔と違ってお金もあった。ほとぼりが冷めるまで身を隠すくらいはわけはない」

「それでひっそりとこの古巣に戻ってきた、と」

「うん……情けない話、私はここから離れられなかった、離れたくなかったのさ」

「情けなくなんか、ないよ」

「さて、どうかな……」

 

微笑みながら紅茶を口にするミカの姿に、アキはどうしようもないほどの違和感を覚えてしまう。

高校の頃、天翔エミと出会って少したった頃から、ミカはずっと様子がおかしかった。

アキもエミとは仲が良く、ちょくちょくお菓子をご馳走になったりする間柄なので二人の仲を最も近くで見ていた存在だが、ついぞ二人がなぜ一緒に暮らし始めたのか、ミカが戦車道の運営に携わる者や委員会に対して攻撃的になったか、そしてそれをエミが憂いていたか……二人が、一体

どういう関係だったのかは最後まで知ることができず、エミは、死んでしまった。

 

言ってしまえば、ミカをこうも歪めてしまったのは天翔エミなのだろう。

本人の望む望まぬにかかわらず、戦車道という競技の裏側に潜む薄汚い闇に対し戦いを挑んだミカに対して何も思わぬほど浅い仲ではなかった。

ボロボロに傷つきながらも尚、体一つで地位を確立していき、彼女は何を目指していたのか。

 

なんてことは、どうでも良くて。

 

「……ミカ、一人で大丈夫なの?」

「生きていくくらいはできるさ」

「そうじゃなくて……」

「大丈夫だよ、アキ。 私は大丈夫さ」

 

もう何も立ち入らせようとしない頑なな態度にアキは困ってしまった。

ただどうしようもなく、独りになってしまったミカが心配で訪ねたのに、自分はもう何もしてあげられないのだろうか。

冷めてもまだ美味しい紅茶を口にして、少し間を置いた。

 

「紅茶、入れるの上手になったよね」

「練習したからね」

「コーヒーは出さないの?エミちゃん、得意だったじゃない」

「……私に彼女のコーヒーの味は出せそうにない」

 

地雷か、と思うも落ち込む様子のないミカ。

こうまで会話のとっかかりがないと、いっそ対戦車地雷でもいいから踏み抜いてしまいたい。

どうにかして彼女の本音を引きずり出して、会話の糸口を掴みたい。

居心地の悪い無言の時間に唸ってしまいそうになりながらも、アキは悪あがきするかのように店内を見渡す。

 

ふと、アキはミカが傍に置いてある分厚い本が目に入った。

角が擦り切れてボロボロのそれには、表紙にただ天翔エミと書かれているだけだ。

 

「それって、エミちゃんの……日記?」

「ん? あぁ、彼女の数少ない遺品さ。 本当は一緒に埋めた方がいいかと思ったんだけど……悪いけど、手元に残しておきたくて」

 

そう言って日記の表紙を撫でるミカの瞳がどろりと濁っていることに、アキは気がついた。

 

「彼女が抱えていた苦悩や嘆きか、ここには収まっている。 ついぞ私は彼女の苦しみを解きほどいてあげることができなかった、だからこの日記には楽しいことや嬉しいことなんて全然書かれてない……でも、それでもこれは彼女の生きた証だから、それを忘れないように刻み込んで、せめて私が生きている間はこの世に彼女がいたということを覚えていてあげたい……」

 

ミカは、エミの残光に囚われている。

アキはそう直感した。

エミが苦しんだのも、若くして命を落としたのも全て自分の咎だと認識してしまっている。

 

それから解き放たない限り、彼女が再び幸せになることはできない。

アキは決断した、せめてその足がかりとして、エミが残した枷を破壊しなければならない。

 

「ミカ、その、言いづらいんだけど……その日記に縋るのは良くないよ。 本人もさ、きっと自分の日記を何度も読み返されたりするのは嫌だろうし……吹っ切るためにもそれは処分した方が」

 

「それ以上は言うな」

 

 

 

「それ以上は、言うな、アキ」

 

 

 

「ミ、ミカ……離し、て……」

「例えアキでも、その先を口にするのは許さない」

 

 

 

「私が覚えてなきゃいけないんだ、私は赦されてはならないんだ、私は遺さなきゃならないんだ

、私は継がなければならないんだ、私は、私は、私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は私は」

 

 

 

「っ、はぁ、はぁ、けほ、ミ、ミカ」

「出て行ってくれ、アキ……頼む」

「……」

 

 

 

「……はは、結局私は、何もできやしない……かつての友にまで、あの仕打ちか」

「そうだな、エミ。 君の気持ちが少しわかった。 私は何もできやしなかった、君を救えず、何も変えられず、成し遂げたいことは全て手が届かなくて、救いたいものは全部こぼれ落ちて」

 

 

 

「棄てられたのも、納得だ、私は何もない、無能力者だ」

 

「生まれるべきではなかったのさ」

 

 

 

「……エミ、ごめんね。 君のお願いすら守れないほど、私は弱かった」

 

 

 

 

 

 

 

店内の小窓から吹き込んだ風が、テーブルから落ちた日記のページを捲り上げる。

パラリとめくれて開いたページには、震えた字でこう書かれている。

 

『ミカさんが壊れていくのが辛い。 神様、私がどうなっても構わないので、どうかミカさんだけは幸せにしてください』

 

 

 

再び風が吹き、そのページは閉じられてしまった。

 

 

 

 

 

落ちた日記を拾うものは

 

もう、いない。




ほんとうにみてしまったのか?

次の次の回

  • 徐々に体の各機能が停止していくエミカス
  • 完全にノンカチュに征服されたエミカス
  • マリー!(バシィ

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