ダンジョンに智慧を求めるのは間違っているだろうか 作:冒涜アメンボ
Behold! A Paleblood sky!
ダンジョンから地上へ。
仲間と共にバベルから外に出たリューは空を見た。
紅い満月が出ていた。
リューが今までに見たことのない、見事なまでに紅く、大きい月だった。
夜空総てを血の色のように紅く染め上げる月に、リューは胸騒ぎを覚えた。
それは、リューの仲間も、道行く同業者も同じだったであろう。
天体や暦に詳しい者にとっては殊更驚くことはない、周期に基いた、夜空に在って然るべき月だった。
しかし、世の大半の者はそのような知識など持ち合わせていない。
紅く輝く大きな満月に、言いようのない不安を感じることを誰が責められようか。
例え、これから起こる惨劇のことを知らずとも。
アストレア・ファミリアの本拠地、『正義の館』。
そこで、ダンジョンから帰還したリューは愛用の木刀──さるエルフの森に生える大聖樹の枝で作られた第二等級武装《アルブス・ルミナ》を磨いていた。
妙チクリンな趣味嗜好を持つ神々は彼女の木刀を「スーパー洞爺湖ソード」だの「
リューにとって武器とは道具であると共に、命を託す相棒でもある。そういう意味では仲間に等しい。
いつかは壊れてしまう道具にそのように入れ込むのは良くないと言う者もいる。しかし、壊れてしまうものだからこそ、壊れぬように手入れし、壊れるまで共に戦う。それも戦士のあるべき姿のひとつだという哲学を持っていた。
アストレア・ファミリアの仲間たちも、程度の差はいくらかあるが、武具を丁寧に長く扱い、戦い続けることを是としていた(ファミリアの財政的に新しい武装をぽんぽん購入するのが難しいというのも真実だが)。
「おーおー、精が出るこったな」
「ライラ」
レベル3の
道具の整備や管理に関しては、リューはライラを参考にしているところが多々あった。
種族的に身体能力や魔力も獣人やエルフに劣りがちな
「リオンもよ、そんな色気のない手作業ばっかしてないでよ、女として男の精も出してやれよ。手作業で!息抜きさ。いや、こりゃ抜き抜きか?ダハハ!」
いきなり尊敬できないことを言ってきた。
「地上に上がってもいつ
尊敬に値しない部分を聞き流して答えると、「処女のまま死んだりしたら、それこそヤリ残しだぞ!」と、これまた尊敬に値しないことを言ってきた。まったく、酒場の酔っぱらったおっさんのような言動さえなければ余すところなく尊敬できるというのに。リューは呆れながらライラを見つめた。
「そんな目で見つめるなよ。私はノーマルだぞ」
「私もですが?」
くだらない、いつものやりとり。だが、敗北し、死んでしまえばもそれももうできなくなることを二人は知っている。
ライラもリューを茶化してはいるが、地上に帰還してから真っ先に武具の整備をしていたのは他ならぬ彼女だ。
「それはそうとよ、リオン。地上で私らの敵になるのは
「……それは、どういう?」
「ビアー・ファミリアのダチが言ってたんだ。都市じゅうから幅広く寄付を貰ってる新興宗教があるんだけどよ、羽振りのいいはずのそいつらが表向きには全然金使っているように見えないんだってよ。本部集会場は二束三文で買い取った廃屋、備品もボロボロのままときたもんだ。ギルドに登録されている幹部陣が私腹を肥やしているわけでもない」
「はあ……」
話を聞いているだけでは何が問題なのかぴんとこなかった。貯蓄をしつつも質素倹約を是としているだけではないのか?信徒が病気やけがでもしたときに援助をしてやる為に手をつけてないのではないか?
「それの何が悪いんだって顔してるな、リオン。真面目で誠実なのはお前のいいところだが、他のヤツらまでそうだ思っているのはお前の悪いところだぞ」
「どうして私の性格の話になるんですか。どこぞの宗教団体の話をしているのでしょう」
リューがむっとして*1言い返すと、すかさずライラが言葉を続ける。「その新興宗教の運営に、
「ライラ、それは」聞き捨てならない情報にリューが反応するが、ライラは構わず続ける。
「ビアー・ファミリアは都市の内外に多くの目と耳を持ってる。戦力だけじゃない。いろんな方法でいろんなイヌを飼ってるんだぜ。都市じゅうのファミリアのキンタマを握ってるんだ。そんな連中によ、金の流れを暴かれずにこそこそ活動する宗教団体が善き隣人だとは、アタシには思えないね」
「おいおいミコラーシュ、お前マジで言ってるのか?」
「信者が必要だっつったのはお前じゃねーかよ!そんなことしたらガネーシャ・ファミリアもビアー・ファミリアも黙ってねーぞ!いや、都市の全勢力が『第三の瞳』の敵に回るぞ!
ジュラとヴァレッタがミコラーシュに詰め寄る。二人はミコラーシュの今回の行動を聞いていなかったのだ。
「君らがそんな反応を見せるなんて意外だね。秩序に歯向かい都市に混乱をもたらすことこそ君らの本懐ではなかったのかね」
「そりゃそうだが、限度ってもんがあるだろ!」
「禁忌とは聞いているが、それはこの世界の者の話だろう?私には関係ないよ」
二人に対しミコラーシュは残念そうな貌をして言った。
「集めた信徒を皆殺しにされたら意味がねえつってんだよ!」
「大丈夫。皆殺しにされても彼らの魂は天に還らない。オラリオで悪夢の糧になる。決して無意味などではないよ」
「……!?」
地上に暮らす人々は神の子であり、彼らは死したらみな天の神の元に還る。この世界の定めであり輪廻の
「大丈夫さ、問題ない。なんだかんだで君らのような悪を必要とする存在があったからこそ
商業区のとある高楼。
「それに、見たまえ」
ミコラーシュが指差したほうをジュラとヴァレッタも見る。
10人程の集団がみっつ──大半が
「もう始まっているんだ。今更止められないよ」
「……あれは、バルザックやヘルゼーエンは知っているのか?」
「勿論。いの一番に相談したよ。イツァムナー・ファミリアの
コイツはイツァムナーの眷族ではなかったはずでは?ジュラもヴァレッタもそう考えた。たまたま行動を共にしたしただけで仲間意識など持っていないはず。だからこそバルザックがルドラ・ファミリアと仕方なく合流を決断した時もミコラーシュ一人だけがジュラと積極的に意見交換し、行動を共にしていたではないか。それがどういう風の吹き回しだというのか?
「ふふ……まったく」ミコラーシュは笑って言った。「何者も我らを捕え、止められぬのだよ」
喜色満面の笑みでひとりごちるミコラーシュに、ジュラとヴァレッタは『悪』とされている自分たちとも根本的に違う何かを感じた。
よもや、神を殺そうなどとは。