彼は彼女の腕に惚れ込んで結ばれ、惚れ込んだから別れた。
書いたら出るを信じて、北斎美術館にいったノリで投稿
彼女の絵が好きだった、だから彼女に魅入られたから結婚した。
彼女の絵が好きだ、でも彼女に見限られたから離婚した。
堤派に属して絵師として浮世絵を描き続けてもう10年はたっただろうか。
師の等琳に『堤等明』の雅号を貰いはしても、その名は堤派の一人である以上の意味など持ちはしなかった。
その日もいつものように師匠が依頼された滑稽本の挿絵を師匠の代わりに門弟達と描いていた。師匠に依頼された絵である以上、この本には等明の名は一切載らない仕事だ。
たかだか、そこらの町人が書いたものに挿絵をつけるだけの仕事、その程度すら名前を載せられない自分に腹が立つ。
版画絵が完成して師匠に確認して貰おうと師匠の部屋を訪ねると師匠の他に客人が二人居た。
「ん?おお、ちょうどいい所に来たな吉之助。」
客がいるなら後で見てもらおうかと思ったがどうやら、己に用があるようだった。とりあえず師匠の隣に座る。
「鉄蔵、こいつはおれの門下の南沢吉之助、雅号は堤等明だ。ちょうどおめいが言った条件にあうだろう。」
師匠は目の前に座る異様な雰囲気をした男、巷で当代最高との噂の葛飾北斎に己を紹介する。
「んで、吉之助、知っているだろうがこいつはおれの古い知り合いの北斎と、おめいの嫁はんのお栄だ。」
それが才も功績も凡百で名も残らぬ己と美人画においてはかの北斎老を上回ると称された彼女の出会いであった。
その後、混乱する己をよそにさっさと縁談を結ぶ師匠と葛飾殿。話しに聞く所、北斎殿は年頃になっても嫁に行かずに絵ばかりを描く娘を心配し、親交のある師匠を頼り、ちょうどその場にいた己に白羽の矢がたったようだ。
絵狂いなどと噂されるかの御仁でも娘は心配なのだろ。噂では北斎殿は部屋は掃除しない、飯は店屋物しか食べない、終いには片付け代わりか部屋が汚れたら引っ越す事を繰り返しているそうだ。
そんな自分と同じになって欲しくない親心からのこの縁談なのだろうが、適当に絵師である己を選ぶあたり、爪が甘いというかなんとやらだ。
当の本人である、お栄殿にもこんないい加減で良いのかと問うても、
「こんな女っ気もなけりゃ、針仕事もできねぇ醜女を貰ってくれるのに文句はねぇさ。お前さんも絵描きなんだろ?あとで見せてくれや」
そう言って笑って流していた。確かに五尺を越える大柄で厳つい風貌だが、彼女の性格と合わせると自分で言う程悪いとは思わなかった。
それから話しはとんとん拍子で進み、気付けばお栄は己の住む家に引っ越してきていた。そうして己とお栄の奇妙な新婚生活は幕を開けたのだった
続けれない