小説に書いてあることを真に受けてしまうほど馬鹿な少年。
皆帰ったはずの教室でクラスメイトの女の子と遭遇してしまう。
流石に小説書いてあったからそれを再現してしまったとは言えず少年の取った行動は...。

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ずっと好きだったんだ

夕方、放課後。

 

ひとりぼっちの教室。

 

窓から水平線に向かって沈む夕日を見ながらぼーっと僕は佇んでていた。

昨日読んだ小説のある場面がどうしても頭から離れず、頭の中がロマンスで一杯になった僕はこっそり学校に戻ってきた。他者とも関わらずただブルーに浸る自分を演出する、ただそれだけのために。

 

手に持ってるタッチディスプレイの高機能メディアプレイヤーから流れるのは斉藤和義の「ずっと好きだったんだ」(誰かが権利者の許諾もなく無断でyoutubeに上げてくれたものだろう。LIVE版で画質が荒い。全くひどい話だ)。

 

『全く飽き飽きした。学校も何もかもにだ。誰も僕のことなんてどうでもいいって思ってる。先生も親もこの世界の人間全員が。

1人で両耳に深く突っ込んだイヤホンももうそろそろ耳の外に出たがっていると感じて机から立ち上がった。』

 

 

昨日読んだ小説の文章がなんだか僕をおかしくしてしまったようで一字一句間違いなく頭の中に残っている。

自分でも何でこんな文章に惹かれたのか意味がわからなかった。

 

すると音がした。

窓際にいる僕が発したものじゃない。教室の角。入り口の引き戸。

 

「え。」

 

2人が発した声はほぼ同時だった。タイミングも音量も。違うのはそこにいた人(正確には彼女だった)が発した声は僕の発した声より高く澄んだ声だったのを今でもはっきりと覚えている。

 

彼女も放課後に誰かが残っているとは露程も思ってなかったようで目を見開いて驚いていた。それはそうだ、今日は終業式で学校が早い。部活も休み。放課後に残っている中学生なんて僕のようなよっぽど暇な人間くらいだろう。

 

彼女の髪を赤いリボンで結ってポニーテールにしており、制服ではなく学校指定のジャージに着替えていた。それと彼女の手には中に何も入っていなさそうなぺらっぺらなトートバッグを持ってそこに立っていた。

 

 

「ええと、せ、きさん?」

 

せっかく小説の場面を完全に再現していたのに、乱入者が教室に入ってくるなんてこんな展開は流石に小説には書いていなかった。どうにか沈黙を破らなくてはと、出された精一杯の勇気と少しの我慢を含んだ声は明らかに震えていたし、わかりやすいくらいに動揺していたのが自分でもよくわかった。

 

女の子と話すのは昔から苦手だった。考えていることがまるでわからなかった。特に僕は本の次に虫が好きだったから、草むらでセミの抜け殻にダンゴムシ、カブトムシにバッタ、果ては蜘蛛の糸を素手で平気で掴んでいつも遊んでいた。当然、虫の得意な女の子なんて希少だし、少なくとも僕の幼稚園ではいなかったと思う。加えて、質の悪いことに何をやったらダメかの分別のつかない当時の僕は、嫌がる子にばかり虫をわざと披露しては泣かれるという非道の限りを尽くした。

 

違う。そんなことはどうだっていい。

 

とにかく女の子に嫌われまくった幼稚園時代から学んだのは女の子が考えていることはどうやら僕たちと違うらしいということだった。

 

僕には兄がいたけど妹はいない。よって、近い年齢の女の子は自然と学校で会うクラスメイトになってしまう(小学校に向かう登校班には上級生の「女の子」は一応いた。でも僕はなぜだか「お母さん」と同じカテゴリに入れてたせいで「女の子」として見ていなかった)。とりあえず女の子と話したり遊ぶときは注意をしといた方がいいというのを頭の片隅に置いているせいで、中学の今まで女の子と気軽に話しかけたり遊んだりすることが恐ろしく不慣れだった。

 

だから彼女の名前を記憶の奥底に閉まっていて、取り出すのにわりと時間がかかった。かなり後になって給食の班で隣の席だったらと思ったけど、そこでも僕はみんなが好きなテレビや最新の携帯ゲーム機の話題についていけず、じっと黙って空腹を解消するために食べ物を口に詰め込むという変なヤツだったから、どちらにしろ無理だったんだろうと思う。

 

「な、なにしてるの...?」

「・・・っえ、私?」

 

ようやく彼女の方も彼女の方で、放課後の教室に僕がいて名前を呼ばれたことを正しく解釈できたのかなんだか跳ねるようなリズムで自分の席に歩いていった。リズムに合わせてポニーテールと赤いリボンがなんだか楽しそうに揺れる。そして何やら自分の席の引き出しを覗き込むと無造作に手を突っ込んだ。

 

「これこれ。学校が閉まる前に取りに来たの」

 

と彼女は先ほどの鳩が豆鉄砲をくらったような顔とはうって変わり、何やら得意げそうな顔をしながらあるものを引き出しから取り出した。

 

そのあるものとは本だった。でも、ただの本ではなくて何やら見覚えのある本だった。

それもそうだ。なぜならそれは僕のをここに呼び寄せる呪文が記された本だったからだ。

 

「そ、その本って」

「そうそう。これをうっかり忘れちゃってさ」

 

彼女は僕の嬉しさと気恥ずかしさとちょっぴり期待が入り交じる気持ちなんてまるで気にもとめずに「勘弁してくださいよ、本さん。あなたの遅延で皆が困ってしまうんです。」とも言いたげな呆れと少しのイタズラ心が混じった様子だった。今の今まで僕も僕でまともに話したこともないので、彼女がそもそも一般の女の子よりも外れたかなりアグレッシブな性質の持ち主ということに気づいていなかった。

 

「ところでイシカワくんはなんでこんなところに?」

「え、えっと...」

 

いきなり聞き返されたことに脳の処理が追いつかない。聞き慣れない声音で名前を呼ばれたのがそれを更に手伝った。目の前にあるものといえば、もう日が沈み本格的に暗闇に引きずり込もうと準備を始める教室、うんともすんとも言わない机と椅子たち、特に聞き返したことに深い意図や考えはないと言っているセキさんの真っ直ぐな視線、元気がなくなり自らの終わりを受け入れ始める窓際の観葉植物。

 

窓際の観葉植物。朝の会で言っていた。係が世話をサボっていると。何やら先生のようなクラスメイト(変だけどこう言うしかない)が先生に、まるで正義は我が手中にありとも言いたげな顔で報告していた。

 

「か、観葉植物に水を上げたら元気にな、なるかなって」

「...へえ。」

 

僕は朝の会で言われていたネタをだいたい覚えている。周りは早く終われとしか思ってないようなどんなくだらない話題でも、黙って聞く以外の行動がとれずにいつも全内容に集中力を割いてしまい記憶する癖がついていたのだ。だからとっさに嘘の言い訳が作れた。まだたどたどしいけどとりあえず作れた。

 

「・・・ところでセキさんって本読むの?」

 

おそるおそる聞いてみた。僕と同じ本を読もうとしているよりもジャージを着た彼女が本を読む場面が想像できなかった。確かこの中学の陸上部は授業より朝練みたいな方針で、朝早くには登校してみんな疲れ切った中に何やらダイヤモンドを見つけたみたいな顔をして授業をこなしている印象だった。たまに耐えきれなかったのだろうか、机に突っ伏して寝ていたり、あともう少しで本格的に眠るという感じで船を漕ぎ始める人を授業中に見つけられた。その中でもセキさんはクラスにいる陸上部でも抜きん出て寝ていて、しょっちゅう授業中先生にわざと当てられ、何もわからず平謝りするという行動を繰り返していた。

 

「私そんな本読んでるように見えない?」

 

聞き返された。こんな返答が来るとは思っていなかった。

 

「うん、かなり」

 

なぜだかこの返事はごく自然に出てきた。なんでさっきまでどもってたり、声が震えていたりしていたのが不思議になるほど自然に答えることが出来た。

 

「そうなんだ」

 

短くそれだけ言うと彼女は持っていたトートバッグに本をしまい教室の引き戸までそそくさと歩いていった。なんか急いでるようだ。

 

引き戸を勢いよく開けてっきりそのまま行くと思っていたら、振り返って僕の目を真っ直ぐ見て彼女は行った。

 

「セキくんってなんかわかんない」

 

今度は僕が豆鉄砲をくらった顔になった。彼女はその言葉を僕に言い放ってさっきの跳ねるようなリズムで出ていった。再びひとりぼっちになった教室で僕はしばらく何が起こったのかわからずただただ呆然と立ち尽くすことしか出来なかった。

 


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