友達と話したり遊んだり、そんな日常が大切
カリカリとシャープペンシルを走らせる音が耳を支配する室内。
ふと横を見れば、グラウンドで練習を行なっているソフト部を見つめている同級生の姿が目に入る。
「おーい、翠。また部誌書かずに逃げる気かー?」
ここは文芸部。現在は1ヶ月後に控えている文化祭に発行する部誌を書き上げてるために、文芸部の皆で、といっても3人しかいないが、集まって執筆している最中なんだが……。
「あら、そんなことはないですよ? ただちょっとソフトボール部の方へ取材に行って、アイデアを貰おうかと考えていただけです」
惚けた答えを返してくるこいつは、青山翠。
同じ学年ではただ1人の部活仲間で、書く作品はどれもプロのように上手いんだが、書き始めるまでに取材だアイデア探しだと言って、ふらふらと他の部活に行っては勝負を仕掛けられたり、適当なアドバイスをしたりしている自由人だ。
「もぅ、翠ちゃんはすぐにふらふらとどこかに行っちゃうんですから! 少しは探しに行く私とシズ先輩のことも考えて下さい!」
翠の言動に反応して頰を膨らませているのは真手凛。
特待生として入学してきたほど勉強ができるひとつ下の後輩だ。
部活では、自分は上手く文章を書けないからと言って、主に文書校正や印刷などの雑用をメインに活動しているはずなんだが、最も多い仕事は翠を連れ戻して部誌を書かせることという苦労人でもある。
尤も、凛もその追いかけっこを楽しんでいる節が見られるから、なんとも言えないがな。
ちなみに、彼女が言ったシズ先輩というのは僕のことで、本名は条河静。9歳年下の可愛い妹がいる高校3年生だ。
この部の部長もやっているが、正直僕としては部長の座は凛が一番相応しい気がする。翠を捕まえられるの凛だけだしな。
「でも凛ちゃん? 私はここに座っていてもアイデアが浮かんでこないようですから、アイデアを探しに行かせた方が部誌のためには良いと思いますよ?」
「翠ちゃんはアイデア探しだと言って外に出たら戻ってこないでしょう!」
確かにその通りだ。一度文芸部から出たっきり、吹き矢部で下校まで吹き矢勝負していたなんて事も、1年生の頃はざらにあった。
まぁ、最近ではそれも落ち着いてきてある程度満足したら自主的に凛に捕まってここへ戻ってくるようになったがな。
「ほらシズ先輩! 先輩からも翠ちゃんに何か言ってやって下さい!」
こちらに話題を振ってきた張本人は、頬を膨らませながら唇を尖らせて、いかにも私怒ってますというような顔をしている。
それに引き替え翠は、どこか楽しそうな雰囲気を出しながらもいつもと同じ穏やかな笑顔でいる。
まだ時刻は午後4時。部活を終わらせるには些か早い気がするが……
「はぁ、しょうがない。ここに居ても部誌は出来なさそうだし、ラビットハウスに場所を移すとするか」
その言葉を聞いて、瞳を輝かせて心からの嬉しそうな笑みを浮かべる翠。
それとは対照的に、やれやれといった表情をしている凛。
「まったく、先輩は翠ちゃんに甘いんですから……」
「あのー、一応私も先輩なんですけども……」
「翠ちゃんは私に苦労させてるから、先輩というよりむしろ手のかかる妹だよ!」
なぜだろうか。凛が翠にお姉ちゃんと呼ばれる姿が全く想像つかない。
どっちかと言えば、凛は姉にからかわれる妹のような気がする。
「だとしたら、シズ君は私たちのお兄ちゃんでしょうか?」
翠の言葉に少し考える素振りを見せた凛だったが、何を思ったのか上目遣いで僕に対して、
「お兄ちゃん……?」
と甘えた声で言ってきた。
「ぐはっっ!!」
「せ、先輩大丈夫ですか!」
「あらあら」
その破壊力抜群の台詞に思わずハートを射貫かれてしまった。
翠は僕が悶えているのを可笑しそうに見ている。凛は心配してくれているが、この状況を作り出したのは君なんだがな……。と突っ込みをいれたくなった。
結局、次に僕が言えたのは、
「は、早くしないと日が暮れちゃうから、さっさとラビットハウスに行こうか!」
という、無理矢理話題を変えたような返しだった。
「ふふ、そうですね。ではせっかくですから、ラビットハウスまで競走しましょうか!」
急な話題転換に乗ってくれたのか、はたまた天然なのか、きっと前者だと思うが、翠はそう言っていの一番に部室から駆けだした。
「ちょ、ちょっと待ってよ翠ちゃ~ん!」
一瞬驚いて固まったが、すぐにいつものように翠を追いかけ始める凛。
部室に一人取り残された僕は、文芸部の姉妹はまるで台風のようだななんて思いながら、僕は部室の鍵をポケットに入れて職員室へとゆっくりと歩き出した。
「ったく、競走するなら部室の鍵を返してからにしようぜ……。圧倒的に不利じゃないかよ。」
「シズ君~! 着くのが一番遅かった人の奢りですからね~!」
廊下の向こう側から聞こえてくるそんな声に苦笑しながらも、たまにはそんな日もいいかと思い、制服の内ポケットに入れてある財布の中身が十分にあることを確認するのであった。
「先輩ー! 早くしないと翠ちゃんと先に行っちゃいますよー! 期間限定のコーヒーぜんざいも頼んじゃいますからね-!」
「分かった分かった! すぐ行くよ!」
競走と言いながらも、待っていてくれる優しい後輩と同級生のために、ゆっくり歩いていた足取りを少し早めて、小走りに職員室へ向かった。
鍵を顧問の先生に返したときに、何か良いことでもあったのかと聞かれたが、それはきっと、この文芸部の3人での日常が、とても素晴らしく大切なものだと気づいたからなんだと思う。
この日常がいつまでも続けばいいのになと、柄にもなく思ってしまった高校3年生の9月の終わりの日。
「先輩遅いですよ~……」
「それでは行きましょうか」
二人の顔を見ると、大切な日常をくれていることに、感謝の気持ちが溢れてきて、
「二人ともいつもありがとうな」
と、口からするりと言葉が出てきた。
そんな急なお礼の言葉に目をきょとんとさせた二人だったが、すぐに、
「「どういたしまして!」」
と満面の笑顔で言ってくれたのだった。
秋のお彼岸も過ぎて、うだるような暑さに代わり、ようやく涼しげな風が吹き初めて来た頃、木組みの街では姉妹のような2人とそれを微笑みながら見守る1人の兄が仲良く歩いていたそうだ。
学校の中では少しだけ有名な彼らは、からかい半分にこう呼ばれている。
「文芸部3兄妹」と。
『条河静の日常』を手にとって頂きありがとうございます。
私も友達と一緒に小説を書き合うなんてしてみたかったな……なんて、これを書きながら思いました。
皆さんの時間が許す限り、私とこの文章を通してお付き合い頂ければ幸いです。暇なときはどうぞ来て下さい。