条河静の日常   作:松野椎

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甘い物は好きだけど、自分に甘い人にはなりたくないと常々思っているよ

 チノちゃんとメグちゃんとマヤとラビットハウスで勉強会をした次の日、僕はまたもや朝の散歩に出かけていた。

 

「やっぱり朝に歩くのって、清々しい気分になるから最高だよな~」

 

 我ながらジジくさい考えだと思うが、事実清々しいんだからしょうがない。でも、こうして朝に出歩けるなんて、つい最近までは思ってもみなかったことだ。向こうの方にいた時は、翠も凛も僕も大学生とは思えないような忙しい生活を送っていたからな……。

 

 翠と僕が大学1年生だった頃は、どうやったら会社を建てられるのかと調べたり、作り方が分かったらその後は色々と面倒な手続きをしたり、会社作るのにもお金がいるからバイトをしたりと、会社を作るという目標に向かって一生懸命やったものだ。

 その上で大学の講義に行って、僕の場合は司法試験予備試験に向けての勉強もしてと、初めてだらけだったこともあり毎日大変だった。

 

 その翌年は、凛が翠と僕と同じ大学に無事入学出来たので、待ちに待った会社の設立をして、三人で協力して僕たちの書いた本を世に出すために、少しでも安く製本できる印刷所を探したり、様々な本屋を訪ねて本を置いてくれるように交渉したり、何よりも採算を見込めるような面白い小説を書くために日々努力を重ねた。

 その甲斐あってこの年は、翠の『うさぎになったバリスタ』や、僕の『コーヒーから学ぶ数学』など、今のところうちの出版社を代表するような作品達を発売にこぎつけられた。

 

 しかし、10月。司法試験に受かり、司法修習生となった僕は学校も会社も辞め、その後1年間全国各地へと行き、弁護士になるための実地研修に励むことになる。

 当時は翠と凛と毎日連絡を取り合っていたとはいえ、僕が抜けて二人で会社をまわしていた翠と凛も、裁判等の慣れない実習をしていた僕も、どちらも毎日疲れきっていて、泥のように眠る日も少なくなかったので、連絡をしても長話をすることはなく、いつも5分も経たない内に切ってしまうのだった。

 それでも二人の声を聞いたら、また明日も頑張ろうという気持ちになれたので、この日課はずっと続けていた。

 ちなみに一度、二人と会えた時に毎日電話をかけるのは迷惑じゃないかと確認したことがあったのだが、翠からは、

 

「もぅ〜、シズくんは変なところで遠慮するんですから〜!」

 

 と、ぷんぷんと可愛らしく怒っているような口調で言われてしまい、続いて凛から、

 

「そうですよ先輩! 私たちだって、先輩がいないのは寂しいんですから、ちゃんとその分毎日電話してくださいよ!」

 

 と、もうなんか、こっちが恥ずかしくなってくるような直球な言葉を言われてしまった。

 その時は、そんな二人の言葉が心に響き、思わず涙ぐんでしまったものだ。我ながら涙もろいことだと思うがな……。

 まぁ、そういう訳で毎日翠と凛から元気を貰いながら頑張った1年間だったということだ。

 

 そして、僕が晴れて弁護士の資格を得て二人のもとへ戻って来た3年生。ん? 僕は既に大学を辞めているから、この言い方は正しくないな……。

 訂正して、翠が3年生、凛が2年生の時。

 僕が翠と凛のもとへ戻って来たのはこの年の冬だが、次年度までに1本小説を書いたり、年度末の決算をやったりと、大学に通い続けている翠と凛よりは時間のある僕は、とりあえずできる仕事をするのであった。

 今思えば、この日々は向こうでの4年間の生活の中では一番暇な日々だったな。

 

 次の年、つまり翠が4年生、凛が3年生の年。

 この年はまず翠は卒論に時間を取られて、中々小説を書いたりということは出来なかった。そういうわけで基本的に僕と凛の二人で書店への営業活動などの仕事を行っていたのであったが、7月に凛が過労で倒れてしまったため、それからしばらくの間は僕一人で会社のほぼ全ての業務を行ったのだが、その時は、本当に死ぬんじゃ無いかと思うぐらいに大変だった。

 その後、凛が大学を辞めて本格的に仕事を始めてからは、凛が優秀なおかげで僕は本来の仕事である物書きに戻ったのだが、あまりにも本業から離れていたせいか凛からは没ばっかりもらってしまったのであった……。

 

 何か思い返してみると、自分が何の職業に就いているのか分からなくなってきそうだが、今はこうして朝からゆっくりと散歩に出かけられるほどには時間に余裕のある日常を送ることができているのは間違いない。向こうでの忙しさが嘘のようだ。

 

 こんな感じで、僕は昔のことを思い出しながら、街の中をあっちへふらふら~こっちをふらふら~とまるで高校生時代の翠のように歩いていた。

 

 その歩みを止めたのは、10時のことであった。なんか小腹が空いてきたなと思い、今何時だろうとポケットに入れていた携帯を見てみたら、いつの間にか散歩を始めてからかなりの時間が経っていて驚いた。

 自分自身の時間感覚が狂っていることを実感しながらも、僕はその空いた腹を満たすために、これまた高校生の時には大変お世話になった甘味処へと足を向けるのであった。 

 

 まるで童話の中のような木組みの街にしては珍しい、古風な看板。その看板には渋い文字で、甘兎庵と書かれている。ラビットハウスとは違い、ここは喫茶店というよりも茶屋といった雰囲気のお店だ。

 実はこのお店には翠や凛と来たことは一度も無かったりする。いつも決まって一人で来ては、僕の大好物である栗羊羹を食べるのであった。

 その他に、口調は荒いけれども言動はとても優しいおばあさんと世間話をするのも、ここに来た時の楽しみだった。

 

 カランカラン

 

 あのおばあさんは元気かなと思いながら店内に入ると、そこに居たのは緑を基調とする着物を着た、黒髪ロングの女の子であった。

 

「いらっしゃいませ〜、お好きな席にどうぞ」

 

 まだ午前中ということもあってか、店内に客は数人しか居ない。でもラビットハウスよりはよっぽど混んでるなと失礼なことを考えながら、僕はまだ一人も客が座っていなかったカウンターの席に腰を下ろした。

 

「お客さんは甘兎は初めてですか?」

「いや、昔は結構来てたよ。今日はかなり久々だけどね」

 

 少なくとも、4年は来ていないのは確かだ。けど、なぜ初めてか聞いたのだろうか、と思っていると少女が、

 

「ではこちら、おしながきと指南書でございます。今、お茶を持ってきますね」

 

 と二つの冊子を渡し、店の奥へと入っていった。

 指南書とは一体何であろうかと疑問に思いつつ、ひとまずはおしながきを見てみようと開いてみると、そこに書かれていたのは、前に来たときとは全く異なっている、一見商品名とは思えないような単語の表であった。

 煌めく三宝珠、雪原の赤宝石、海に映る月と星々、などなど、これらは本当に甘味なのかと疑いたくなる名前の数々。 

 もしかして指南書って、この中二病染みたメニューの解説書なのかと一人悶々としながらおしながきを眺めていると、黒髪少女がやって来て、

 

「こちらお茶です。ご注文はお決まりですか?」

 

 と、聞いてくるのであった。

 この全く商品の想像ができないおしながきだけれども、ここで指南書を見てしまうのは些か勿体ないと感じた僕は、分からないんだったら運任せとまでは言わないが、どれかを試しに選んでみようと思い、

 

「じゃあ、この海に映る月と星々で」

 

 と、注文するのであった。

 

「はーい、海に映る月と星々1つですね。少々お待ち下さい」

 

 そう言って、再度店の奥に入っていく少女。

 その後ろ姿を見ながら僕は、折角久しぶりに来たのだから栗羊羹がどれなのか確認して頼めば良かったなと、若干後悔したのであった。

 

 

 お客さんが少ないこともあってか、その注文した甘味は5分もしない内にやってきた。

 

 ゴトッ

 

「こちら、海に映る月と星々です」

 

 僕の前に置かれたお椀の中には、白玉栗ぜんざいが入っていた。なるほど、ぜんざいの餡子を夜の暗い海に見立てて、それに浮かんでいる白玉で月明かりを表現しているのか。白玉の間には刻んだ栗がアクセントに置かれており、とても美味しそうだ。そして何より面白いのは、白玉に突き刺さっている兎型の爪楊枝。

 このお店の甘味が絶品なことはよく知っているが、更に視覚的にも楽しい要素が含まれるようになって、一段と美味しそうに感じる。

 

「店員さん、これは君が作ったのかい?」

 

 昔から比べると、見た目がもの凄い進化を遂げていたため、感動して思わずそのぜんざいを持ってきてくれた少女に聞いてしまった。

 すると少女は、

 

「これは、私のおばあちゃんが作ったんですよ。私が作ったのは、このメニュー名です!」

 

 と、キラキラとした笑顔で、特に後半が、答えてくれた。

 この数々の摩訶不思議な名前は、君が作っていたのか……。数年後に黒歴史になっていないことを切に願っているよ。

 それはそうと、これを彼女のお祖母さんが作ったということは、まだあのおばあさんは生きていたのか。しかもバリバリの現役で働いているらしいな。

 ティッピーもといマスターの時のように後悔しないためにも、これは是非とももう一度お会いしないといけないなと思い、少女に頼んでみた。

 

「あの、君のおばあさんに会わせて貰うことってできるかな?」

 

 いきなりこんな事言ったら断られるかなと思っていると、少女が、

 

「いいですよ、おばあちゃーん! ちょっと来てー!」

 

 と、すぐに呼んでくれたのであった。

 

「なんだい千夜、大声なんか出して」

「あのね、おばあちゃんに会いたいって人がいるんだけど……」

 

 そうやって少女、千夜という名前らしい、が告げると、おばあさんが数年前と全く変わらないしかめっ面でこちらを向いた。 

 

「あんたかい、久しぶりだね」

「お久しぶりです、おばあさん」

 

 互いに挨拶を交わす僕とおばあさん。千夜ちゃんは状況が理解できていないらしく、僕とおばあさんの方を交互に見ている。

 

「あんた、あのジジイの所にはもう行ったのかい?」

「ええ、まさかもう亡くなられているとは思っていませんでした」

 

 挨拶の次に飛び出した言葉は、マスターの事だった。おばあさんとマスターはいつも張り合っていたが、なんだかんだで仲の良い方達であったので、きっとおばあさんもマスターの事を気にしていたんだろう。

 

「そうかい、あそこに行ってたんだったら私から言う事は何もないさ。それで、今日も栗羊羹食べていくのかい?」

「お願いします。おばあさんの作った栗羊羹は絶品ですから、是非とも食べたいです!」

 

 そう本心からの言葉を告げると、おばあさんは口角を上げて、ふっ、と微笑を浮かべながら、

 

「分かったよ、ちょっと待ってな!」

 

 と言って、戻って行くのであった。

 店内に残された千夜ちゃん。彼女は、おばあさんが居なくなったあと、僕に、

 

「あの、おばあちゃんと知り合いみたいですけど、どういう関係なんですか?」

 

 と質問してきた。

 どういう関係か、そうだな……、

 

「昔、といっても4年くらい前の話だけどね。ここには週に一度か二度必ず来ては、栗羊羹を食べながらおばあさんと世間話をしてたんだ。そして、おばあさんには色々とお世話になったんだよ」

 

 これまでの人生において、おばあさんの話ほど役に立ったものは無いだろう。知恵袋的なものではなく、人としてどう生きるかというような深い話を教えて貰ったもんだ。

 そう千夜ちゃんに伝えると、千夜ちゃんは、

 

「へぇー、そうだったんですね」

 

 と、一人納得していた。

 そうして千夜ちゃんと少しお話をしていると、おばあさんが栗羊羹を持って、やって来た。

 

「はいよ、ゆっくりしていくんだよ!」

 

 そして、おばあさんは僕にいつもよりひとまわり大きな栗羊羹を渡すと、足早にその場を立ち去った。

 また、それに続き千夜ちゃんも他の客に呼ばれたので、一人になった僕はおばあさんの言った通り、ゆっくりと味わって食べるのであった。

 

 

「ありがとうございました。また来てくださいね」

 

 お会計を終えた僕にそう言う千夜ちゃん。

 言われずとも、ここへはまた1週間後にはまた来るだろうな、と心の中で呟きながら、一言お礼を告げて甘兎を出た僕。

 お昼ご飯を食べる前にお腹いっぱいになっちゃったなと思いながら、手にマヤへのお土産に買った栗羊羹を持ち、家への道を歩きだした僕なのであった。 

 

 今日も木組みの街にはいつもと変わらない穏やかな空気が流れている……。

 

 

 




 やりたい事とやらなくてはいけない事。どちらも大事な事だけど、バランスって重要だよね。勿論、やらなくてはいけない事は、ちゃんとやる必要はあるけども……。

『条河静の日常』第11話をお読み頂き、ありがとうございました。

 まず皆様、私の力不足により前回の投稿から5日も経過してしまい、大変申し訳ありませんでした。
 次回投稿より、遅くなる場合には活動報告等でご報告させて頂きますので、何卒宜しくお願いします。

 またこれからもこの小説は投稿し続けますので、暇な時にでもお立ち寄り頂けると嬉しいです。
 皆様、ありがとうございました。
 
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