僕は今、全速力で走っていた。
最近あまり運動していなかったせいで少し走っただけで息が苦しくなってくるが、目的地に着くまではこの足を止めるわけにはいかない。
僕が向かっている先は、この街で最も大きな駅である。
どうしてこんな状態になっているかと言うと、それは数時間前にかかってきた1本の電話が原因である……。
昨日、僕は甘兎庵へ久々に行って美味しい和菓子を食べたのだが、栗羊羹を食べ終わった頃から段々店が混み始めて来たので、すぐにお暇することにした。
それから真っ直ぐ家に帰り、マヤにお土産を渡し、お昼ご飯を一緒に食べ、午後はゲームなどをして遊ぶという大変楽しい一日を過ごした僕だったが、夜寝る前、もうこっちに帰ってきて5日も経つ事だしそろそろ仕事を始めないとまずいな、と思い、浮かんできたアイデアを基に次の小説の原案をカタカタとパソコンに打ち込むのであった。
その後色々と試行錯誤しながらなんとか形になりそうだというところまで来たので、そろそろ寝ようかなと思いパソコンを閉じて、布団に包まろうとしたのだが、ふと窓の外に目を見やると、既に外が明るくなっていた……。
時計を見たら、針が朝の6時を指していて、いつの間にこんな時間が経っていたんだ……。と、驚きつつ、気付かずに6時間以上パソコンに向かっていた自分に呆れるのであったが、もういいや眠いし寝ちゃお、と睡魔に身を委ねるのであった……。
「ふわぁ~あ、よく寝た~」
大きな欠伸をしながら身体を起こし時計を見ると、時刻は昼の1時を少し過ぎたところだった。
よく誰にも起こされなかったなと思いながら、枕元に置いてあるスマホを確認すると、翠から1件のメールが届いていた。
朝の11時に連絡してくるなんて珍しいこともあるもんだ、とメールを開くとそこには、
件名:木組みの街へ行く件
本文:今日の11:11発の列車で凛ちゃんとそちらに向かうので、駅で待っていて下さいね?
と、短くシンプルな文章が書かれていた。
あれ、ちょっと待てよ。その時間に出発するんだったら、こっちまで約2時間半で来られるんだから、1時半過ぎには到着するのか。
その結論が頭の中に浮かんだ瞬間、僕は全身から冷や汗がどっと出てくるのを感じた。
これはまずい。駅で待っていてと書いている以上、僕が居なかったら翠はきっと怒るだろう。同じ列車に凛も乗っているという事は、下手したら凛からもぷんぷんと怒られるかもしれない。
凛が怒る姿は可愛いから是非見たいが、翠のお叱りは心の底から受けたくない。あの高校3年生の文化祭の時に翠の怖さは身に染みて理解したからな……。本当に普段温厚な人って怒ると別人のようになるんだよな。
と、呑気にそんな事考えている場合じゃない。
現在時刻は13:07。家から駅までは走って約25分だから、今から急いで行けば翠の言う列車にはぎりぎり間に合うはずだ。
そう判断した僕は、部屋の箪笥から動きやすそうな服を取り出して、慌てて着替えるのであった。
そして洗面所に駆け込み、急いで顔を洗って歯を磨き、携帯と財布を持ったのを確認したら、昼過ぎに起きたと思ったら何やら慌ただしく動いている僕に不思議そうな目を向けているマヤに、
「行ってきます!」
と、大声で告げて全速力で走り出した。
こういう訳で僕は、現在進行形で息を切らせながら走っているのである。
「はぁっ、はぁっ、こんなに走るなんていつ以来だよ!」
脳に酸素が十分に届いてないのか、意図せずに思ったことがそのまま口に出てしまった。幸いにも今は周りに人が居なかったので、その言葉が聞かれることは無かったが、もし聞かれていたら変な人だと思われていただろう。
いや、いい大人が息を切らしながら全力疾走している時点で十分変だな。
駅までは森林公園を突っ切る道が一番早いので、公園の中に入り、固められている歩道を外れ、草を踏みしめながら走っていると、足をもつれさせて転んでしまった。
「痛てて……。膝擦りむいたっぽいな」
そうは言えども、絆創膏は持ってないし、かと言って歩くわけにもいかないので、ヒリヒリとした痛みを考えないようにして、僕は再度走り始めた。
時刻は13:25。正確な時間までは分からないが、僕に残された時間は15分有るか無いかだろう。それなのに、道のりはようやく半分来たかどうかだ。
これで果たして列車が到着するのに間に合うのかと不安になってきたが、考えたってしょうがない。今するべきなのはとにかく足を動かすことだ。
それからしばらく走って、ようやく公園を抜け駅の近辺まで来ることができた。
「ぜぇっ、ぜぇっ、あぁ、やっと駅が見えてきた」
息が荒いのは変わらないものの、ランナーズハイになってきたおかげで疲れを感じなくなってきた。
これはしめたと思った僕は、ラストスパートをかけて最後の力を振り絞りながら走るのであった。
駅の中に入った僕は、天井から明るい太陽の光が差し込むそのホームに急いで行き、時間を確認した。
時計の針は短い針が1。長い針が8を指しているので、つまり現在は13:40。
これは間に合ったのか、そうでないのか分からないな。いやでもここまで翠や凛の人影は見えなかったしな……。
と、考えていると、ホーム内に設置されてあるスピーカーからアナウンスが響いた。
「まもなく、1番ホームに電車が参ります。白線の内側でお待ちください。」
間違いない。翠が嘘をついていなければ、この列車に乗っているはずだ。
そう思った僕は、一番端にある線路の方へと向かった。
ゆっくりと駅構内へと進入してくる青い車体の列車。降りる人の邪魔にならないように、少し離れた場所に待機していると、すぐに列車は完全に停止し、
プシュー
と、列車特有の開閉音と音楽を鳴らしながら、扉が開いた。
さて、翠と凛は一体どこに居るんだと、降りてくる人を目を凝らしながら見ていると、大勢の旅行者に混じって見慣れた顔があるのが分かった。
「おーい! みどりー! りーん!」
二人の名前を大声で呼んで手を振ると、向こうも気付いたみたいで、手を振り返してくれた。
そして、こちらに駆け寄ってくる二人に僕は、
「翠、凛。おかえりなさい!」
と言うのであった。それに対して翠と凛は、
「「ただいま!」」
と、息ぴったりに返してくれた。
この事がなんだか面白くて、僕だけでなく二人も一緒に、3人揃って笑ってしまうのであった。
あぁ、これからはまた3人で楽しくやっていけるんだな。
そう感じた僕は、喜びと幸せが心の中から溢れてきて、自然と自分でも分かるぐらいに笑顔になった。そしていつかと同じように口からするっと、
「二人とも、これからもよろしく!」
と、言葉が出てくるのであった。
それを聞いた二人は、
「「こちらこそよろしくお願いします!」」
と、これまた同時に言うのであった。
あはははは!
駅の喧騒の中、一際大きく聞こえる笑い声。その発生源は、クリーム色の髪が美しいミステリアスな女性と、その横に立っている、まだ幼さを残している顔をしている女性。それに、その二人と向かい合うように立っている一人の男性からだ。
一見どういう関係なのか全然分からない三人だが、ひとたびペンネームを聞けば、すぐに推測できるだろう。
それほどまでに有名な彼らは、見ているとそれだけで笑顔になってくるような笑みを浮かべながら、心底楽しそうに談笑していたのであった。
すっかり暖かくなり、春を感じさせる陽気な日々が続く木組みの街。
今日もそこでは、また新しい物語が紡がれていくのであった……。
皆様、お久しぶりです。
まずは投稿にだいぶ間があいてしまった事、大変申し訳ございませんでした。
また、こんなに時間をかけてなお、このような文章であることも同時に申し訳ありません。
『条河静の日常』第13話をお読み下さり、ありがとうございました。
次回投稿目標は、2月6日にしたいと思います。
もしも読んで下さる人がいらっしゃれば、暇潰し程度に来ていただけると嬉しいです。
皆様、本当にありがとうございました!