僕は今、木組みの街へと戻ってきた翠と凛と一緒に街の中を歩いていた。
「わ〜! やっぱりこの街の雰囲気は素敵ですよね!」
そう言ったのは翠。そしてその隣では凛がこくこくと頷いている。
二人とも出身がこの街では無いため、ここに来るのは長期休暇中に帰省していた僕とは違い、実に4年ぶりになる。それにしても、自分の故郷をこんなに高く評価して貰えるのは、嬉しい限りである。
「ところで、翠と凛がこれから住む家はどの辺りにあるんだ? あまり詳しく聞いていなかったが」
高校生の頃は、ホームステイをしていた二人であったが、さすがに大人になった今ではそういうわけにもいかないだろう。だから、どこか部屋を借りて住まないとな〜、という話になっていたはずだ。
しかし、二人ともこっちに来るのが久しぶりだという事は、部屋を見ずに決めたのか? 果たしてそれは大丈夫なんだろうか……。
心の中で心配していると、それを見透かしたように凛が答えてくれた。
「それなんですが、翠ちゃんと相談した結果、二人で家を買ってルームシェアのような形にすることに決まりました!」
……え、冗談だろ?
いくら売れっ子作家で、最近他社のWalkerという雑誌で『青山グルメマウンテン』という連載を持ち始めた翠と、この前僕たちの母校から、後輩たちに進路講演をしてくれないかと打診を受ける程、世間でもその名が知られてきた凛とはいえ、人生の中でも最大の買い物である家を買うなんて、大丈夫だろうかと思い二人の方を見てみると、翠が舌を可愛らしくペロッと出して、
「サプラ~イズです!」
と吐かしやがった。
結構心配していたんだが、その言葉を聞いて、あぁ、なんか全然大丈夫そうだな、と気が抜けたのであった。
それもそうか。翠も凛もなんだかんだで相当な額を稼いでるもんな。まぁ、それは僕も同じ事だけど……。
しかし二人が家を買った事は、まるで知らなかったな。別に教えてくれてたって良かったのに……。
きっと、というか確実に、翠が、
「凛ちゃん凛ちゃん! 私たちが家を買った事、シズ君には内緒ですよ? 後でドッキリさせたいですから!」
みたいな事を凛に言ったんだろうな。
今、目の前で翠が、高校生の頃から変わらない、茶目っ気たっぷりのいたずらっぽい笑顔をしているのを見ると、大方間違ってはいないだろう。
何か、この僕の反応まで計算に入れられていそうなのが、翠の手のひらで転がされているようで無性に腹立たしい。
というか、本当にこいつ大学卒業しているのか? 未だにやっている事が高校生の時とまるで変わんないじゃないか……。あぁ、何となくまた凛が翠を追いかける日々が始まるんじゃないかと心配になってきたよ。
「えっと、シズ君? さっきから黙りこくってますけど、大丈夫ですか?」
あまりに僕の反応が薄かったからなのか、遂には下から顔を覗き込むようにして、僕の方を見てくる翠。
お前が急に家買ったとか言ったからだろうが! と、若干衝動に身を任せてしまった僕は、目の前にいる翠のもちもちした頬をつねったのであった。
ムニィィ
「ほょっ、なにひゅるんですか! いふぁいですよぉ!」
「お前家買ったとか、まだ次の小説のプロットすら決まってないとか、そういう重要な事はちゃんとみんなに連絡しとけー!」
「わー、わー、ごめんなひゃい! 反省してましゅから、しょのてをはにゃしてくりゃさーい!」
そう言われた僕はぱっと、翠の頬から手を離した。
そうすると翠は、僕につねられた場所をさすりながら、むっとした顔をして、
「確かに私はシズ君をドッキリさせようとしましたけど、何もほっぺたをつねることないじゃないですか……。もぅ! そんな悪い子には、私たちと明日まで飲み明かしてもらうんですからね!」
と言うのであった。楽しそうな笑顔を浮かべた翠は、まるで小悪魔……。
「そうですね! たまには、シズ先輩も一緒に朝まで飲みましょうよ!」
あぁ、しかもこっちにも乗り気な娘が……。
二人とも中々お酒に強くて常識的な範囲で飲んでいれば気持ちよく酔えているのだが、生憎僕はお酒に苦手意識があり、何故かと言えば二十歳になって始めて飲んだ時に、悪酔い、二日酔いの連続コンボに苦しめられたからだ。正直自分でも飲み方が悪かったとは思うのだが、あの頭痛と吐き気がトラウマとなってしまい、あれ以来一滴もお酒は飲めていない。
だが、その事は翠と凛には伝えていないし、三人でお酒を飲む機会も無かったので、残念ながら二人は知らない。しかし、期待に満ちた二人の誘いを無下に断るのも心苦しいしなぁ……。
「分かった分かった。今日は二人の引っ越しのお祝いだから、とことんいつまでも付き合うよ」
結局僕は悩んだ末に、久々の三人一緒の楽しい時間に浸りたくて、お家飲み会に参加するのであった。
「ふふ、シズ君が来てくれるということは、シズ君の料理が食べられるってことですね。楽しみです!」
「それが狙いか、翠。大したものは作れないが良いのか?」
「先輩の料理は、十分過ぎるぐらいに美味しいですよ! 出来ることなら毎日作って欲しいぐらいです!」
凛に同調するように頷く翠。
さすがに毎日作って欲しいは言い過ぎだろ。でもそう言ってもらったからには、腕によりをかけて作らないとな!
そう考えた僕は、我ながら単純だなと思うのであった。
そんなやり取りをしながら歩いていると、いつしか駅からだいぶ離れた所までやって来ていて、そろそろ街の中でも端の方へと差し掛かってきた。ちょうど、僕の実家とは真反対の方だなと思っていると、凛が、
「そろそろ見えてくるはずなんですが……。あ、ありました! あの家です!」
そこに建っていたのは、まるでラビットハウスのような外見をした3階建ての木組みの家だった。
それを見た翠は、顔に花が咲くような笑みを浮かべて駆けだし、凛はそんな翠を追いかけて走り出す。
僕はそんな二人の後ろ姿に、やっぱり何年経っても高校生の頃から僕たちは変わっていないんだな、と少し残念なような、それでいてどこかほっとするような気持ちになるのであった。
「これからもよろしくな。翠、凛。」
小声で呟いた言葉は、穏やかな春風に流されてゆるりと街へと溶けていくのであった。
三月は別れの季節ですね。これまで共に過ごした友との別れを惜しんだり、四月からの新たな出会いに心躍らせたりする方もいることでしょう。
さて、皆様お久しぶりです。まずは前回の投稿から1ヶ月以上経過してしまった事、大変申し訳ございませんでした。そして、それにも関わらず読んで頂いた皆様、本当にありがとうございます。
こんな私ではございますが、これからも投稿は続けていきますので、忘れた頃にでもこの小説にお立ち寄り頂けたら幸いです。
『条河静の日常』第13話をお読み頂き、ありがとうございました。