条河静の日常   作:松野椎

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未来を選ぶのは、いつだって自分自身

「兄貴、早く起きてよ! 今日は一緒に遊びに行く約束でしょ!」

 

 ぽすっ、という音と共に、寝ている僕の上に飛び乗ってくるマヤ。その軽い衝撃に目を覚ました僕は、乗っかっているマヤを落とさないように抱えながら、仰向けになっていた体を起こした。

 枕元の時計を確認すると、時刻はまだ6時30分と外に出るには些か早い時間帯でありながらも、マヤの出かける準備は既に万端だった。

 

「ほら! 早く朝ご飯食べて行こうよ!」

 

 そう言いながらこちらに向けた顔は、待ちきれなくてしょうがないといった表情であった。

 

「分かった分かった。すぐに準備するから、少し待っててね」

「はーい!」

 

 良い声で返事をしながら、僕の布団から出て居間の方へと向かったマヤ。

 正直この時間に外出しても、マヤの好きそうな店は開いてないと思うんだが、あんな風になったマヤはどう頑張っても止められないからなぁ……。

 

「さて、マヤの機嫌を損ねない内にさっさと支度しますか!」

 

 なんだかんだ思いながらも、結局僕は翠とか凛に言われるとおり、妹には甘いのであった。別に変えるつもりはさらさらないけどね。

 

 

「あーあ、春休みもあと明日で終わりかー」

 

 4月になってすっかり暖かくなった街を、とことこと二人並んで歩いていると、マヤがふいにそう言ってため息をついた。

 

「もう私も2年生になるし、そろそろ受験のこととか考え始めなくちゃいけないのかなぁ」

「そうだね。マヤは、僕の行ってた高校と、もう一つの高校、どっちに行ってみたい?」

 

 木組みの街にある高校は2校で、1つは、翠や凛、僕が通っていた学校だ。

 大きな特徴を挙げるとすれば、学生層が極端に偏っていて、秀才とお嬢様がやけに多い事。勿論これには理由がある。この学校は私立校で毎月結構な授業料がかかる為、お金持ちか、よほど勉学の意欲のある人しか受験しないからだ。

 それに特待生制度があるので、勉強に自信がある人は、入学金や授業料が免除されるこちらの試験を受験する人がほとんどだ。ちなみに、翠も凛も僕も、特待生試験に合格して入学した特待生だった。

 

 もう1つの高校は、街の外からも沢山の人がやって来る、高校だ。

 昨日僕が会った亜麻色の髪の少女も、下宿先を探していたという事は、きっとその高校に入学するのだろう。いや、彼女には本当に悪い事をした。次会ったら謝らねば……。

 話を元に戻そう。こちらの高校に入学するメリットとしては、色んな街から色んな人が集まるので、本だけでは分からない様々な話が聞けたり、後、行動力のある人が集まるので、文化祭や球技大会などの行事はとても楽しいという話は聞いたことがある。

 

 この2つの高校は、面白い部分が少し異なっているだけで、どちらを選んでも青春を謳歌する場としてはとてもいい所だ。現に僕も、翠と凛と知り合ったのは高校の部活でだったしな。

 だから、マヤにはどちらの高校を選ぶのか、存分に悩んで貰った上で決めてもらいたいと僕は思っている。

 

 僕がそんな事を考えていると、僕の質問にマヤが答えた。

 

「んー、今はまだわからないかな。これから自分が何をしたいか、どんな風になりたいかをちゃんと見つけてから決めたいんだ」

 

 照れた笑いを見せながらそう言うマヤに、僕は驚嘆した。僕が今のマヤの年齢だった時に、こんな立派な回答は返せていただろうか。勿論、答えは否だ。

 そもそも僕が高校を選んだ時なんか、授業料免除という文言に惹かれて特待生試験を受けたら偶々合格したという、今思い返せば中々向こう見ずな行動だった。

 だから、それが正しいか正しくないかは別として、マヤが自分で考えてその答えを導き出したという事実は、僕の心に深く突き刺さった。

 

「そうか……。マヤは大人だな」 

 

 そう言って頭を撫でてやると、マヤはえへへと嬉しそうな顔をしたのであった。

 

 

 それからしばらく歩き、木組みの街の中でも特に入り組んだ地域までやって来たマヤと僕。

 今日のお目当ての場所は、よほど木組みの街に詳しくないと知らないであろう、非常に分かりづらい所にあるゲームセンターだ。

 

「という訳で、ゲームセンターにやって来ました」

「ここが、あの都会で有名なゲームセンター!」

 

 目をきらきら輝かせながら、期待のこもった表情をしているマヤ。ただ、期待を裏切るようで悪いのだが、このゲーセンにはプリクラとかそんな可愛い物は無く、あるのはレトロなゲームばかりだ。

 

 さて、中に入ると案の定マヤは当てが外れたようでがっかりしていたが、そこにあった1972年発売の、アーケードゲームの元祖とも名高い某卓球ゲームや、過去に社会現象にもなった某シューティングゲーム等をプレイしている内に面白くなってきたようで、二人で時間を忘れるほど熱中したのであった。

 

 

 時刻は11時。ゲーセンに入ってから、かれこれ3時間位は経っただろうか。マヤもレトロゲームを大体堪能し終わって、手持ち無沙汰になっているようだった。

 

「じゃあマヤ、そろそろ行くか」

「ん~、楽しかった!」

 

 マヤがそう言ってくれるのなら、僕も連れてきた甲斐があるもんだ。そうして僕達はゲームセンターを後にするのであった。

 

 

「マヤ、お腹空かないか?」

 

 お昼時の街に流れる美味しそうな匂いに刺激された僕は、すっかりお腹が空いてしまっていた。だからマヤに聞いてみたのだが、どうやらマヤも同じだったようで、

 

 ぐぅー

 

 と、返事の代わりにお腹を鳴らしたのであった。

 

「よし、それじゃあ何か外で食べていくか」

「うん!」

 

 マヤは元気な返事をすると同時に駆け出して、僕の事を早く早くと呼んでいる。

 まだ何を食べるかも決めていないのに気が早いなと思いながらも、そんなマヤの姿に僕は愛おしさを覚えるのであった。

 

 

 その後、広場に出ていた屋台の食べ歩きを楽しみながら、軽めの昼食を終えた僕達は、マヤの新学期の持ち物の準備をすべく文具店にやって来た。

 まぁ、マヤには僕を気にせず、ゆっくり買いたい物を選んでほしいので、僕は僕で万年筆の陳列棚を見ている。

 

「そういえば、翠がいつも使っている万年筆って、マスターから貰った物なんだっけな」

 

 翠は、小説を書く時には常に、原稿用紙に万年筆というスタイルだ。

 一方で僕は、専らパソコンに打ち込んで小説を作るので、翠のそのスタイルには結構憧れていたりする。個人的に、万年筆って浪漫が詰まっていると思っているからね。

 

 折角の機会だし、一本買ってみようかなと思っていると、突然店の外から、きゃあぁぁ、と女の子の悲鳴が聞こえた。

 真昼間から何か事件でも起きたのかと驚いた僕は、悲鳴の主は大丈夫か、と声が聞こえた方向に全速力で走り出した。

 

 

 商店街の通りから細い裏路地に入って、昼間でもやや暗い道を疾走する。

 店の入り口が開いていたとはいえ、文具店の中まで聞こえた位だ。あの場所から、そう遠くない位置に悲鳴を上げた女の子はいるはず。

 そう確信して探していると、行き止まりの道に尻餅をついて倒れている金髪の少女の姿が見えた。

 

「こ、これ以上近づかないでー!」

 

 少女は視線を下の方に向けながら、拒絶の意思を示している。ただ、少女はまだ僕の存在に気付いている様子ではなく、何か他の存在に言っているようだ。

 しかしながら、僕の見える範囲では、少女以外の存在が見当たらないのだが、金髪少女は一体何を嫌がっているのだろうと、少女の視線の先を辿ってみると、そこには一匹の野良兎が居た。

 

 それを見て、僕はようやく合点がいった。つまり、あの金髪少女は兎が苦手なのであろう。それなのに、この街で偶に出没する、通行の邪魔をする野良兎に捉まってしまい、耐えきれなくなって悲鳴を上げたと。

 取り敢えず、誘拐や変質者では無かったようでほっと一安心していると、兎がじりじりと少女ににじり寄っている姿が見え、慌てて少女を助ける為にその兎を抱き上げて追い払うのだった。

 

「お嬢ちゃん、大丈夫かい?」

 

 そう声を掛けると、少女はようやく僕の事を認識したようで、急な展開に頭が追い付かずにぽかんとしていた。それでもすぐに、僕が兎を対処した事に気付いたようで、

 

「あ、ありがとうございます」

 

 とお礼を言ってくれた。

 

「君は兎が苦手なのに、兎は君の事が好きなようで……中々難儀だね」

「はい、そうなんです……」

 

 少女は落ち込んだようにそう言って、軽く溜息をつく。

 

「まぁ、狭い道は兎も好むし、なるべく大通りを通った方が良いと思うよ。裏路地には兎以外にも、危ない人とか居るし」

「えぇ、今度から気を付けるようにします」

 

 少し説教臭くなってしまったなと若干後悔しているが、この娘も可愛らしい顔立ちをしているから、良からぬ事を企む輩が潜んでいる所には、余り近づかない方が良いだろう。

 

「ちょっとお節介だったかな、ごめんね。それじゃあ、僕は立ち去るとするよ」

「あ、あの、お名前を聞いてもよろしいですか?」

 

 別に名乗るような事もしていないので、その少女の言葉はうやむやにしてマヤの待つ文具店に戻ろうと考えていたが、ふと自分にはもう一つの名前がある事を思い出した。

 

「僕はサントス。じゃあね」

 

 そう言って僕は、元来た道を引き返すのであった。

 ちなみにサントスっていうのは、僕が高校生の頃から使っているペンネームだ。

 

「サントスさん、ありがとうございました!」

 

 後ろから聞こえる声に、礼儀正しい良い子だなと思いつつ、ペンネームを大声で言われる恥ずかしさから、僕は振り返らずに片手を上げて、手を振るのであった。

 

 

 

 さて、最近シズは何かと少女と遭遇しているが、その少女達とこれから長い付き合いになるなんて事は、まだ知らない。

 

 

 

 




 人生は選択の連続で、時に選ばなかった未来を夢想したりもするでしょう。
 でも、過去の後悔をするよりも、最期に良い人生だったと言えるような人生を送れるように、日々努力を積み重ねていく方がずっとカッコいいですね。

 皆様お久し振りです。4か月以上更新していなくて、大変申し訳ございませんでした。
 またお恥ずかしい話、次の投稿がいつになるかも分からないのですが、まだまだ投稿は続けていきますので、お暇な時にでも訪れて頂けると幸いです。

『条河静の日常』第16話をお読み頂き、ありがとうございました。


 
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